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2013.07.13

「アベノミクスが新たなリスク」の意味

 IMFチーフエコノミストのブランシャールが「アベノミクスが新たなリスク」だと指摘しているというニュースが流れた。なんだろそれと首をかしげていたが、どうも大した話ではない。この手の話題にありがちにスルーしておくかとも思ったが、ちょっと気になることもあるので、簡単にメモしておきたい。
 気になるというのは、参院戦の時節でもあり、自民党や安倍政権を批判したいがための人がこのネタを持ち出して有権者からさらなる失笑を受けるようなことになるのも、どうかなと思うからだ。
 このニュースについてわかりやすい記事は、7月10日付け朝日新聞「「アベノミクスが新たなリスク」 IMFが初めて指摘」(参照)である。


「アベノミクスが新たなリスク」 IMFが初めて指摘

 【ワシントン=山川一基】国際通貨基金(IMF)のブランシャール調査局長は9日、安倍政権の「アベノミクス」が世界経済の「新たなリスクだ」と指摘した。一方、IMFは同日、最新の世界経済見通しで、日本の2013年の実質成長率予想を前年比2・0%増に上方修正した。
 ブランシャール氏は同日の会見で、世界経済の新たな懸念材料として「中国の金融システム不安や成長の鈍化」「アベノミクス」「米国の量的緩和の縮小による世界金融の不安定化」の順で、言及した。
 IMFはこれまでアベノミクスを支持してきた。リスクだと指摘するのは初めてだ。


 この記事はどう読んでも、「アベノミクスが新たなリスク」であり、しかも「IMFはこれまでアベノミクスを支持してきた。リスクだと指摘するのは初めてだ」という指摘からは、暗黙にもはやIMFがアベノミクスを支持していないという誘導が感じられる。
 この記事の通りであれば、けっこうなニュースだと言えるし、ブランシャール調査局長の原文を検証してみないといけない。これはあとで。
 朝日新聞以外に関連のニュースを検索したら、7月11日付けで朝鮮日報に類似の記事があった。「「アベノミクスはリスク要因」 IMFが警告」(参照)である。先の朝日新聞の記事を念頭に読んでみていただきたい。

 国際通貨基金(IMF)のチーフエコノミスト、オリビエ・ブランシャール氏は9日、世界経済のリスク要因の一つとして、アベノミクス(安倍首相の経済政策)を挙げた。IMFはこれまでアベノミクスに好意的な立場を取っていたが、危険性を警告したのは今回が初めてだ。
 ブランシャール氏は同日、「世界経済見通し」の発表会見で、世界経済のリスク要因として▲中国の金融システム不安と成長鈍化▲アベノミクス▲米国の量的緩和縮小による世界経済の不安定化―を挙げた。朝日新聞は10日「IMFはこれまでアベノミクスを支持してきたが、リスク要因として指摘したのは今回が初めてだ」と報じた。
 ブランシャール氏は、日本政府が財政の健全性強化など構造改革を実行しない限り、アベノミクスが世界経済のリスク要因になり得ると指摘した。その上で「投資家が日本の財政の持続可能性に不安を抱き、日本の国債利回りが上昇しかねないことが懸念材料だ。そうなれば、財政運営が難しくなり、アベノミクスは苦境に立たされる」と分析した。

方顕哲(パン・ヒョンチョル)記者


 朝鮮日報の記事では、記事中に先の朝日新聞の記事への言及があるので、それを意識したものとも言えるし、基本の論調は同じものだと朝鮮日報は朝日新聞の記事を見ていると理解できる。
 朝鮮日報の記事は、このリスク要因に「日本政府が財政の健全性強化など構造改革を実行しない限り」という限定がついている。さらに「その上で」と条件を重ねて、その第二条件として「投資家が日本の財政の持続可能性に不安を抱き、日本の国債利回りが上昇しかねないことが懸念材料だ。そうなれば、財政運営が難しくなり、アベノミクスは苦境に立たされる」とある。
 朝鮮日報の記事から読み取れることは、IMF・ブランシャール氏の「アベノミクスがリスクになる」という意見は、次の二つの条件が順次適用された場合に限定されるということだ。経時的な二条件は、(1)日本政府が財政の健全性強化など構造改革を実行しない場合、(2)投資家が日本の財政の持続可能性に不安を抱き、日本の国債利回りが上昇した場合、である。
 このあたりで奇妙な印象を私は持つのだが、「日本政府が財政の健全性強化など構造改革」の意味がわかりにくい。印象としては、構造改革がなされれば財政は健全化されるという含みがありそうに思える。また、「など」に増税が含まれているかもしれない。
 普通のレベルの経済学的なセンスがあれば、日本財政の困窮は構造改革されないことによるのではなく、デフレによって名目上の税収が減ったことにあり、むしろデフレ脱却によって財政の健全化が達成可能になる。もう少し踏み込むと、アベノミクスのような2%のマイルドインフレは実質的には1%のインフレであり、これでは財政健全化に寄与できる名目上の税収向上には繋がらない。この点は、みんなの党が主張しているように4%のリフレが求められることになる。だが、現状ではまだそこまで議論できない段階だと見てよく、アベノミクスに現実性がある。
 また、同記事には「投資家が日本の財政の持続可能性に不安を抱き、日本の国債利回りが上昇した場合」とあるが、リフレをすれば国債利は上昇するのは当然で、問題は、どの程度の規模、どの程度の期間で上昇するかということになる。現状、日銀の11日の金融政策決定会合ではこう見られている(参照)。

長期金利については「米欧で上昇している中で、日本は極めて安定している」と指摘。日銀が毎月平均7兆円超の長期国債を買い入れることで「下押し効果が効いており今後も効果は累積的に高まる」と述べた。

 IMFのブランシャール氏が述べたとされるコメントに戻ると、氏が普通レベルの経済学的なセンスがないとは思えないので(まあ、私のいう普通レベルの経済学的なセンスというのがそもそも間違っているというのもあるかもしれないが)、氏の意見はどうも朝日新聞と朝鮮日報で奇妙な理解がされているのではないかという懸念があった。
 ロイターでは11日「日銀景気判断「回復」明記、中国経済の動向注視」(参照)としてIMF関連についてこう伝えている。

 国際通貨基金(IMF)のブランシャール調査局長が財政健全化策を伴わないアベノミクスを世界経済のリスクとして挙げたことに対して、「財政健全化が進まなければ、市場から不信任とみなされ金利が上がる懸念もあり得る」「今のところ日本政府は懸念を理解して努力している」との見方を示した。

 朝鮮日報よりは明瞭に「財政健全化」とされているので、これだと構造改革よりはわかりやすい。
 さて、こうした問題は原文を検証するに限る。原文はIMFのサイトに掲載されている「Global Outlook -- Still Three Speeds, But Slower」(参照)である。当面の話題の該当分は次。

The second is Japan's Abenomics, namely the "three arrows" of fiscal stimulus, aggressive monetary easing, and structural reforms.

第二点は日本のアベノミクスであり、これは通称「三本の矢」とされている。財政刺激策と、積極的な金融緩和、それと構造改革である。

Unless the second arrow is soon complemented by a credible medium run fiscal plan, and the third arrow reflects substantial structural reforms, the risk is that investors become worried about debt sustainability, and ask for a higher interest rate. This would make it difficult for Japan to maintain debt sustainability.

第二の矢が信頼できる中期的な財政策で早急に補完されず、かつ第三の矢に実質的な構造改革が反映されないなら、投資家が債務の持続可能性を懸念し、国債により高金利を求めることがリスクになる。このことが、日本の債務の持続可能性の維持を困難にするかもしれない。


 まず、第一の矢は問題になっていない。
 ではリスクは何から生じるのか? それは、(1)適切な財政策が遅れること、(2)実のある構造改革が進まないこと、の2点である。
 おそらくこの構造改革に含まれているのは、女性の社会進出だろう。市販薬のネット販売解禁とかの話題は安倍総理の冗談だと思いたい。
 ということで、朝日新聞の誤報とまではいえないまでも、アベノミクスがリスクになるというのは、第二・第三の矢が適切に進まないと、債務問題が悪化する可能性がありますよ、ということだ。
 参院戦の文脈でアベノミクスをまともに批判するなら、ブランシャール氏のように、財政出動を早急にきちんと実施しなさい、また女性の社会進出を進めるように保育制度を完備しなさいということになるだろう。
 別の言い方をすると、こういう批判ではないアベノミクス批判は、むしろブランシャール氏が懸念するリスクを高めることになる。
 ブランシャール氏は今回のコメントでもう一個所、アベノミクスに言及している。

Even in the core countries, forecasts have been revised down. Lower exports, and induced low investment, are playing a major role in Germany. A large fiscal consolidation is playing a big role in France. But there seems more at work here–a general lack of confidence in the future, which, if it does not turn around, may turn out to be partly self fulfilling.

主要国ですら、予想は下方修正された。投資低下がもたらした輸出低迷はドイツで多大な要因となった。大幅な緊縮はフランスで大きな要因となった。しかし、現状対処することは、未来に対する全般的な自信喪失であり、これが好転しないなら、いくぶんかは予想されたとおりに落ち込んでしまう。

One could say Japan falls in the three and a half speed. While it is too early to tell how much of it reflects Abenomics, growth this year has been stronger than expected, and confidence appears to be building.

日本は3.5の速度に落ちると言う人もいる。それがアベノミクスの影響かどうかについてはまだ言及できる時点ではないが、今年の成長は予想より力強く、信頼が形成されつつある。


 日本はむしろよい方向に向かっているので、もっと頑張れというのが、ブランシャール氏の意見と読めるだろう。
 
 

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コメント

ブランシャールが挙げた3本の矢は、原文でリストされた順番にしたがって
第一の矢・・財政刺激
第二の矢・・金融緩和
第三の矢・・構造改革
と解釈するのが自然だと思います。ですから、金融緩和はリスクに挙がっています。

(finalventさんも挙げてらっしゃる通り)インフレによる金利上昇を念頭に置いた発言でしょう。現状たしかに長期金利は安定していますし、普通レベルの経済学で言えばインフレ自体はむしろ債務の持続可能性に対しては中立orややプラスなのですが、昨年のように、財政が不健全な国の金利上昇は投資家を急激にリスク回避的にさせることがあります。ですから、“信頼できる中期的な財政策で早急に補完されないなら・・・投資家がより高い金利を求めることはリスクになる”、と言っておられるのだと思います。

いずれにしても全体の結論自体(日本はむしろよい方向に向かっているので、もっと頑張れ)は同じですが。

失礼ですが、finalventさんの“普通レベルの経済学”の認識は若干偏っていると思います。今回の主張(「金融緩和は長期的にはインフレを通じて金利上昇につながるので、中長期的な財政策がないと債務大国の日本では不安要素になり得る」)は、経済学的にはそこまで非常識な主張ではないです。このようなミスをなさるのは、ご自身に“リフレ政策が批判されるはずがない”という予断が強すぎるからなのではないでしょうか。

投稿: | 2013.07.13 18:02

ご指摘ありがとうございます。矢の順序はご指摘のとおりかと思います。金融政策は問題なとする文言は誤解を起こしかねないので削除しました。

あと意外だったのですが、「金融緩和は長期的にはインフレを通じて金利上昇につながるので、中長期的な財政策がないと債務大国の日本では不安要素になり得る」という点に異論はありません。そのような主張に読めましたでしょうか。逆に金融緩和によって金利は上昇するという趣旨で書いたつもりでした(だから黒田日銀は注意を払っていると)。

それと、リフレ政策については、私の考えでは状況によっては国際社会から近隣窮乏化政策と見なされうるので、“リフレ政策が批判されるはずがない”という予断は自分の認識としてはもっていないつもりです。

投稿: finalvent | 2013.07.13 18:55

人間の血は、カラダの中を循環している。経済の金も、世界を循環している。

石油を高い金で必死に今買っているわけだけど、その金が中東に流れる、中東の金がドバイに集まって、高層建築がどんどん建つ、建てる技術はアメリカだったりして、アメリカが儲かる。アメリカは日本の自動車でも買うかとなる。石油を買うのを縮小したら、この循環も縮小する。ま、いいんだけど。

でね、アベノミックスって、何をどう循環させようとしているのか、さっぱりわからない。買えば循環しはじめるのだけど、買いが見えないんだよね。買い全体を縮小して、利益がでるみたいな。

まぁ、「もったいない」で、なんとしてでも廃炉にするなってやって、原発を爆発させて、今ある原発がもったいないで、修理して再稼動してとか、結局、時間ばかり無駄になって。一番頭が痛いのは、なぜ、新しい法律をつくらないのだろうね。事故責任が刑事事件になるようにとか。あとは、新しい土地に最新の原発をつくって実利と実証を世間に知らしめて、旧発電所敷地内の原発も最新式にしていくとか。

そもそも、「もったいない」で利益がでるなんて、投資でもなんでもないじゃん、笑。ま、それが一番気分がいいなら、もったいないで、石油を買うのも減らせばいいし、米をつくるのも、もっと減らせばいい。

で、お金が日本の中で増えれば、使う人がでるっていう理論なのかもしれないけど、日本人はもったいない作戦、外人はそれを見てせっせと買って、債券市場だけが上昇してさ。日本人はなにもかわってない、笑。

将棋には、駒落っていって差をつけて対戦するのがあるけど、なんだかしらないけど、今の日本って、自陣に駒を増やして、守りに徹すれば最後は勝つだろうっていう感じなんじゃないの。もし、相手が一切攻めてこなくなったら、実は負け。たぶん、そのうち、外国が日本の債券に興味がなくなって、つまり日本国債が値上がりまくって、大敗するってことなのかもね。ま、その前に、日本の将棋の駒が全部、前に一つ進んでほしいけどね。無理だろうけど、地方は前に絶対に進まないし。

投稿: | 2013.07.14 06:08

 大規模な金融緩和によって見せかけのインフレーションを引き起こしたからといって、景気が回復するかどうか明確ではありません。これまでの資産デフレーションは、世界的に資本主義が広がり、モノやサービスの価格がグローバリゼーション化していく過程で日本の高コスト体質の修正を求められた結果発生しています。したがって、インフレーションを人為的に起こしてもモノやサービスの価格が世界的水準になるまでは簡単に上昇しないように思えるのです。この点については鉄鋼製品の価格を観れば解かりやすいと思います。また、 高コスト体質となっている規制を撤廃・緩和しないままインフレーションだけで景気低迷からの脱却を求めても本質的な解決をなされずにこれまで以上に先送りされ、将来さらに深刻化することに繋がる恐れがあります。

高コストの大きな理由となっている従業員の給与にインフレーションが起きても、企業は簡単にインフレ率にあわせてまで上昇させることはしないでしょう。むしろ、このケースでは世界的競争力確保のために従業員の給与を増やさず、実際には削減を図るのではないかと考えています。結局、インフレーションは経済的強者に有利に作用し、国民の多くを占める経済的弱者には不利になるのです。

投稿: 語る個人投資家 | 2014.05.01 17:52

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