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2013.07.05

エジプト混迷の背後にちらつくカタール

 またエジプトで軍部のクーデータが起きた。改めて言うまでもない。2011年初頭、ムバラク政権を倒したとする「エジプト革命」とやらも、ただの、軍部のクーデターだった。今回のモルシ大統領の排除となんら変わりない。もっとも多数のエジプト国民の賛意を背景に軍部がクーデターを実施したとは言える。途上国の軍部はその国の合理的なナショナリズムの先端でもあるので、多数の国民の意向にまったく反して行動することはない。いずれにせよエジプトは、前回も、今回も「アラブの春」とかとは関係ない、ただのクーデターだった。
 前回のクーデターが起きた理由は、ムバラク独裁への反抗だと言われている。が、実際は経済問題だった。二面あった。表面と裏面である。リーマンショック以降の国際的な金融緩和で途上国にインフレが発生し、エジプトでも物価が上がった。なかでも食料の高騰はエジプトでは以前からこうした暴動の原因となっていたものだった。これが表面。裏面は、エジプト国民の多数の不満に乗じた、エジプト軍部という軍産コングロマリットの利害闘争だった。ムバラクの息子ガマルを象徴にした新興経済勢力と軍部は利害関係で敵対していた。軍部クーデターの目的はムバラクの排除というより、新興経済勢力の排除であった。が、この成功によって、エジプトの新しい経済発展の道は閉ざされた。旧態依然のエジプト軍部という軍産コングロマリットではエジプトの経済発展はない。
 エジプト軍部としてもそれにまったく無知ではない。自分たちのコングロマリットは維持できてもエジプト国家の経営ができるわけでもない。そこで、見せかけの民主化を行い、経済運営とその他の行政から軍は手を引くことが計画されていた。しかし、エジプト軍部の一番の金蔓であり軍事支援国の米国との関係維持まで手を引いたわけではない。米国がエジプト軍を支援する理由はイスラエルとの和平であり、モルシ政権もそこはけっこう配慮していた。
 エジプト軍部としても思惑が逸れた部分がある。ムスリム同胞団の意向がここまで行政にのしかかってくるとは想定していなかったのだろう。ムスリム同胞団も当初は、国民の少なからぬ割合を占めるリベラル派やコプト教徒など異教徒への配慮を行うかに見えたものだった。しかも温和なモルシが大統領となった点で、その期待が高まった。が、モルシが温和であるということは実は彼自身の政治理念も温和であり、ようするにムスリム同胞団の幹部の意向が直接的に大統領に影響することになった。
 ここで米国を挟んで、軍部と政権に三すくみのような状況が発生する。軍部が行政に期待していた経済運営能力はムスリム同胞団に存在しない。軍部もムスリム同胞団も米国が嫌いだが、軍部は米国の金蔓および軍事支援国である米国と腐れ縁が切れない。米国はムスリム同胞団が嫌いだが民主主義の建前上異論は出せないし、軍部の腐れ縁を切れない。
 この状態で、モルシ大統領の政権と軍部と米国で(対イスラエル問題以外に、イラン問題やシリア問題も結果的に従属するのだが)、米国の支援と影響力を一定まで認めようと事実上の密約が出来た。この密約の形を整えたのが、ムバラク追放の表向きの責任者タンタウィ国防相・軍最高評議会議長をモルシ大統領が追放したという茶番劇だったのだろう。実際は、タンタウィを排除しても、エジプト軍部の予算と人事はモルシ政権から治外法権的な力を確保しているし、かつムスリム同胞団の意向を酌んだ昨年末の憲法でも軍部は拘束を受けない。
 今回のモルシ排除のクーデターでも、こうした軍部の治外法権的な力が最大限に活かされた。本来なら近代国家というのは最終の暴力装置として軍部という暴力機関を収納しているものである。しかし、エジプトではそれができなかった。なぜか。いかに国民の意向を酌んだかに見せても軍部が暴発したのか。違う。政治機構上、エジプトの場合、軍部が国家に所属していない独立機構という、近代国家としての最大の欠点にあったからだ。国家が暴力を収納する暴力装置でなければ民主主義のシビリアンコントールは実現できない。
 困った状態であり、ムスリム同胞団排除を是として、今回のクーデターを事実上、暗黙に承認している米国でも、建前として、こうした軍部の危険性に憂慮はしているようすは主要メディアからうかがえる。
 さて、今回モルシが排除された理由はなぜか?
 ムバラクが排除された理由と同じである。国民にとっては、経済の疲弊による不満がある。もちろん、この疲弊こそ最初のクーデターの必然的な産物ではある。軍部にとってはどうか。何が軍部の利権に抵触したのか? ようするに軍産コングロマリットであるエジプト軍部は理念ではなく、経済的な利害で動いている。
 簡単に考えられるのは、モルシ側つまりムスリム同胞団が軍産コングロマリットの利権を食い荒らし始めたということがある。いわゆるモルシ政権の腐敗である。これは少なからずあるようだが、構造的な問題とまでは言えない。
 この先がなかなか明瞭には言えないのだが、IMF融資問題ではないか。
 エジプトの経済困窮は、産業構造上の問題は緩慢だが、目下の問題は外貨不足であり、国際通貨基金(IMF)に48億ドルの支援を求めていた。これが昨年の年末には最終合意されるはずだったが、これをモルシ政権がちゃぶ台返しにした。
 温和なモルシのことだから、ムスリム同胞団の意向というだけだったかもしれない。あるいはモルシも理解はしていたかもしれない。IMFはただで金を貸してくれるわけではない。結果的にエジプト国民に負担を強いる政策(食品やエネルギーへの助成金削減や増税など)の実施が伴う。
 タイミング的にもこの時期、ムスリム同胞団の意向を酌んだ新憲法案の承認が課題だったので、IMF融資に伴う国民負担を打ち出せなかった。興味深いのはこの時点で、今回のクーデターの立役者、シシ国防相が政府と反政府派との政治的な仲介を申し出ていたことだ。
 軍側の仲介の背景もIMFが念頭にあったからではないだろうか。エジプト軍としては自集団の政治的な独立性は保持でき、軍産コングロマリットも維持できるので、あとはそれが寄生する国家経済をある程度軌道に載せる必要があり、IMFからの融資が避けがたかったのだろう。
 2013年に入り、外貨不足で絶望的な状況がじわじわと進展していくなか、春らしく椿事が起きた。カタールが30億ドルの支援を打ち出してきたのである。
 カタールはモルシ政権成立後も外貨不足のための支援を行っていて、すでに50億ドルにまでふくれあがっていた。もう限界と見られていたがこの追加である。モルシ政権やムスリム同胞団としては渡りに船という状態だが、問題はカタールの意向がわからない。善意とかのわけはない。またエジプト軍部としてはこのカタールをどう見ているのか?
 カタールの意向として普通に想像が付くのは、その経済的を利用した地位の拡大である。カタールによる融資の代償はIMFのように露骨ではないが、結果としてエジプト経済への食い込みが進展するし、緩慢にエジプトがカタールの経済植民地化される懸念がある。そのあたりが、軍部にとってカチンと来ている可能性がある。
 カタールを巡っては経済利害に加えてもう一点気になることがある。
 今回のモルシ排除のクーデター騒ぎで、前回と違って、実は非常に興味深かったのは、軍部がモルシ政権に及ぼした実力行使が、モルシ拘束は当然として、カイロのアルジャジーラ支局を閉鎖したことだった。表向きには、アルジャジーラの報道がモルシ政権側・ムスリム同胞団に偏っていたことがあり、これを軍部が嫌ったためだ。以前からカタール王族資本のメディアであるアルジャジーラはモルシ政権側・ムスリム同胞団に肩入れしていた。
 今回のクーデターの背景にはどうも、エジプト軍部とカタールとの対立が潜んでいるようにも見える。
 エジプトの二度目のクーデターはそれ自体で中東の不安定化をもたらす問題であり、またIMF融資が決まってもその対価の負担でエジプトの不満はさらに高まり、しかも軍部の地位には変化がないだろうとすれば、エジプトには民主国家としての未来はないかにも見える。が、それも一つの安定的な状態である。
 むしろ今回のエジプト・クーデターは中東混乱の派性であり、焦点がカタールにあるとするとそれはなんだろうか?
 カタールは通称「アラブの春」以降、いろいろ奇妙な動きをしている。リビア内戦のときの反政府勢力肩入れもだが、シリアでも反政府勢力を支援している。特にシリア問題では、反政府派の肩入れの点でサウジアラビアと協調しているかに見える。が、サウジアラビアはカタールが肩入れしているムスリム同胞団を嫌った。このことでこの協調が崩れている。
 議論は逆かもしれない。カタールによるムスリム同胞団への肩入れが、そもそもサウジアラビアへの叛意の象徴であったらどうだろうか。
 サウジアラビアは米国を介してその怒りを発揮するだろう。米国の歯止めがなければエジプト軍部は自動的に暴発できる。一見すると、このところお馴染みのオバマ政権の外交ドジがこのクーデターを招いたかのようだが、逆なのかもしれない。
 この構図がなんとも今回のクーデターの背景に透けて見えるのが、奇妙と言えば奇妙である。
 
 

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