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2013.07.10

文春の「安藤美姫選手の出産」アンケートで思ったこと

 フィギュアスケートの安藤美姫選手が未婚で女児を出産していたことについて、週刊文春が「緊急アンケート! 安藤美姫選手の出産を支持しますか?」(参照)としてをインターネット上でアンケートを実施し、話題になっていた。いや、話題というよりは、文春への批判で炎上と言ってもよいような光景があった。
 ネットでの典型的な批判は、この件で注目されていた弾小飼さんのブログのエントリー「あなたはあなたの母があなたを出産したことを支持しますか?」(参照)で読める。まず、こういう切り出しだった。


むしゃくしゃして書く。後悔のやり方は知らない。
緊急アンケート!安藤美姫選手の出産を支持しますか? | お知らせ - 週刊文春WEB

この突然の告白に対し、出産を祝福する声が上がると同時に、まだ結婚しておらず、父親が誰かも明かさないことへの疑問や、子育ても競技も中途半端になるのではないかなどの批判もあります。そこで、下記アンケートへのご協力をお願いいたします…

1)あなたは安藤美姫選手の出産を支持しますか?
2)子育てをしながら五輪を目指すことに賛成ですか?

何を言っているのかわかっているのか?

「安藤美姫選手の娘がこの世に生まれて来てよかったですか?」と言ってるんだぞ?

ブラック企業に対しては、就社しない権利もあれば、就社してしまったとしても退社する権利がある。我々にはある。

公職されるにふさわしくない候補には、投票しない権利が我々にはある。

しかし、自らを生まれなかったことにする権利、以前に能力が、誰にあるというのか。

これがまだ、安藤選手が妊娠する前に「結婚はしたくないけど、出産したいです」とでも表明していて、それに対するアンケートであれば、依然下衆ではあるとはいえまだ許されよう。それは彼女の未来で、彼女にはそうすることもしないことも選べるからだ。

しかし出産はもはや成されたのだ。娘はすでにこの世にいるのだ。


 私は率直に言って安藤美姫選手の出産にそれほど関心はなかった。以前、トリビアの泉で10代の彼女を見て、子供らしいかわいい人だなあという印象を持ち、またオリンピックの演技なども見ていたので、彼女に関心がまったくないわけではないが、出産にはそれほど関心はなかった。正確に言えば、「未婚」での出産ということに関心がないわけではない。が、俵万智のそれと同程度の関心でしかない。いずれ父親が事実上出てくるのか、どういう人生を辿るのかという関心と言ってもよいかと思う。
 アンケートを実施した週刊文春(文藝春秋社)のような関心はもたない。こうしたアンケートを見ても私という人はただ通り過ぎていくだけだが、一つ思うことはあった。あとで述べる。
 話を弾小飼さんのエントリーに戻すと、私にはこの反応のほうに違和感があった。率直に言うと、文春のアンケートからそういう受け止め方ができないわけではないが、その怒りの感情の根は氏自身が生み出した修辞なのではないかという印象を持ったからだ。総じて、ネットでの反応はバッシングの修辞をみんなで頷きあって炎上祭りを演じていたように思う。同化しがたい空気を私は感じたが。
 修辞ではないかなと思うのは、弾さんの引用にもあるが、原文では、次の文言があったこともある。その部分を強調しておく。

 フィギュアスケートの安藤美姫選手が7月1日の「報道ステーション」で4月に女児を出産していたことを公表しました。また、競技に復帰し、来年のソチ五輪を目指すことをあらためて語っています。

 この突然の告白に対し、出産を祝福する声が上がると同時に、まだ結婚しておらず、父親が誰かも明かさないことへの疑問や、子育ても競技も中途半端になるのではないかなどの批判もあります。そこで、下記アンケートへのご協力をお願いいたします。

1)あなたは安藤美姫選手の出産を支持しますか?
2)子育てをしながら五輪を目指すことに賛成ですか?

各質問にお答えいただき、理由も併せてお答えください。


 文春側としては、「出産を祝福する声が上がると同時に」とあるように、こうした状況で出産すべきかの是非が問われているわけではない。もちろん、この表現には、「出産を祝福しない声」も想定されている。が、修辞的に「出産を祝福しない声」を切り出すのではなく、意味は文脈から読み取るのが通常だろう。
 もう少し補足すれば、例えば、親や周囲から反対されて結婚した夫婦に子供が生まれた場合、その生まれたことを前提に、「その出産を祝福しない声」というのはあるだろう、という文脈での意味になる。
 文脈を歪めてまでバッシングしたいものだろうか、というバッシングへの一般的な批判がしたいのではない。誤解無きよう。普通に文春の問いかけ文はそういう文脈で読めるでしょうというくらいなものだ。
 とはいえ、ここは強調しておきたいのだけど、そもそも市民の出産についてとやかく関心をもつのはどうかと思う、というのはある。もちろん、安藤美姫選手は著名人であり、週刊文春はタブロイド的な大衆雑誌であるというのもあるだろう。
 加えれば、こうした文春の問いかけについて、インターネットの世界では基本的な反意の環境があるというのも言えるだろう。だから、そこに修辞的に足を掬われるような文春の問いかけが適切ではなかったというのもそうだろう。PC(ポリティカル・コレクト)な世界である。
 そう受け止めるなら、ひろゆきさんがブログ「安藤美姫選手のアンケートの結果を見たほうが良かったと思う理由 : ひろゆき@オープンSNS」(参照)でこう述べられている指摘には同意する部分が多い。

世の中には、多種多様な人達がいて、考え方が偏ってる人達もいるわけです。
安藤さんが母として生きることや、娘さんが生まれただけで批判されてるのが気にならない人が、日本の中にいるという事実を知ることは意味があると思うのですよ。

喜ばしいことではないですが、現実がどんなものか知らないと、対処の方法を間違えることがありますし。。。

ってことで、週刊文春は批判されるのがわかってスタートしたんだから、最後まで結果を出して批判されてくれればよかったのに。。。と思ったりするおいらです。

あと、出産と仕事が両立出来ないって前提になってるのがおかしいと思うのですよね。ベビーシッターを雇って、子育てを完全に外注して、今までどおり仕事するとか、やり方はいろいろあるのに、両立出来ない前提で考えちゃうのは、どうしてなんすかね?


 世代間の社会認識の違いというのを契機に明るみに出す、という意味で、ひろゆきさんの意見にはうなずけるし、「現実がどんなものか知らないと、対処の方法を間違えることがありますし。。。」とお茶を濁されている部分が、実際には、この問題の核心だったりする。
 ここも補足すると、弾さんの怒りは、具体的に私生児を産んだ人々への支援の契機を生まないだろうと思う。そして現実は、ひろゆきさんがお茶を濁されているように、私生児への世間の風当たりは強い。
 そのあたり、内舘牧子が脚本を書いた、2002年のNHKの朝ドラ「私の青空」(参照)が興味深かった。この10年も以前のこの作品は週刊文春の読者層とも重なっている部分があり、そうした影響から、むしろ、ネット上で活躍される世代より、もうすこし深い陰影がアンケート結果から見られたかもしれないとも思う。ちなみに、この作品はとてもよく出来たものでしたよ。
 さて先ほど「あとで述べる」としたのは、今回の文春の問いかけで、私が思い出したのは桐島洋子のことだった。
 東京オリンピックがあった1964年のことだったが、27歳の桐島洋子は未婚のまま子供を産んだ。これが後に世間に知られて大騒ぎになった。小学年の私ですらこの話題が記憶に残っているほどである。
 この時の子供が桐島かれんである。当時の話題はまさに今回の文春の問いかけそのもので、未婚で子供を産んでよいのか、ということだった。そこで私などは、「ああ、文春は桐島洋子の話題を繰り返しているのだろうな」と今回のことで思った。文春のようなオールドメディアは半世紀してもそれほど基軸の感覚は変わらないのだろう。
 このときには、未婚の母という以上の話題性もあった。一つは相手が妻子ある米人だったこと。また桐島洋子はけっこうな家柄の出のお嬢さんだった(斜陽でもあった)。この二つの要素は、小島信夫『アメリカンスクール』(参照)のようなインパクトもあった。同小説は1955年の発表だったが、1964年はそれから10年は経っていない。現在から2000年を振り返るよりも短い時間だった。
 今回桐島洋子を思い出したのは、もう一つ思うことがあったからだ。当時彼女は、文藝春秋の記者だったことだ。比較的現代のイメージだ『働きマン』とかのイメージにも近い。当時の彼女は、将来は編集者になりたかったのである。文春の編集者である。
 彼女の私生児出産は、勤め先の文藝春秋社にも当初は隠されていた(同僚までまったく隠すというのは無理だったろうと思うが)。会社には長期の病欠で出産し、その後一週間ほどで職場復帰した。生まれたばかりのかれんは知り合いに預けられた。かれんの幼い頃の記憶には、たしか母の思い出はなかったように記憶しているが、どうだっただろうか。
 翌年桐島はノエルを洋上で出産するも、これも隠し通そうとした。が、仕事がきつく、結局文藝春秋社を退職。フリーランスとなり、1968年にはローランド(今や参院戦で時の人!)を出産。妊娠はベトナムでだった。
cover
淋しいアメリカ人 (文春文庫)
 未婚の母、桐島洋子はかくして三人の子供を立て続けという感じで産んでいったわけだが、生物学的な父親である恋人の米人とはもつれた。その関連で米国に滞在してドラマのような経験をした。
 こうした自分の流転をネタに1970年、『渚と澪と舵』(参照)を出版。さらに翌年『淋しいアメリカ人』(参照)を出版して大宅壮一ノンフィクション賞を受賞した。
 私はこれを月刊文藝春秋で読んでいる。今思うと、私は小学六年生で月間文藝春秋を読んでいたことになる。というか普通に読んでいたものだった。
 改めて言うまでもなく大宅壮一ノンフィクション賞は文藝春秋社の主催である。同書は文藝春秋社から刊行された。処女作『渚と澪と舵』も文庫では文藝春秋社に帰した。
 文藝春秋社は、ネタということもあっただろうし、桐島洋子も力量のあるライターとなったことも当然があるが、未婚の母である桐島洋子の人生を、結局、フルサポートしたのである。
 文藝春秋社というと、現在ではイスタブリッシュメントのように見えるが(余談だが私はあのレトロなロビーに入ったことがあるが)、ジャーナリストの集団であり、ジャーナリストというのはいわばインテリ・ヤクザである。アウトローである。娑婆で力強く生きて行くなら、私生児の母の味方である。と私は思う、50年ちかく文春を読み続けた私はそう思う。
 今回の安藤美姫選手のアンケートで、私がまず感じたのは、桐島洋子を結果的に支えたインテリ・ヤクザの臭いだった。しかしネットの世代のバッシャーたちは、「私生児の存在を許さないのかオヤジたちは」と思ったのだっただろう。
 時の流れと感性というものだろう。桐島洋子も先日、76歳になった。この年代の少なからぬ女性たちも、桐島の生き方をサポートしてきたものだった。
 現在のネットから見ると、日本社会の老人たちは保守的だとステロタイプで批判されることが多いが、ネットを出てみれば、そんなことはないとわかるものだ。私生児だろうが、被差別者であろうが、断固これを支持する70過ぎの老人たちも少なくはない。
 
 

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コメント

最初から結果が予測できるのは、アンケートとはいわないんじゃないかな。世論調査でなくて、世論便乗なんじゃない。まぁ、娯楽としてのアンケートだったのかもしれないけど。マスメディアだったら、せめて、無作為に選ばれた人からの統計サンプルとして、分析に使えるような方向でやったほうがよかったんじゃない。とにかく、変なアンケートが増えたよね。それだけ、ネットで都合のいい情報を作り出そうとしているのかもしれないけど。作為丸出しでね。漫画や雑誌には読者アンケートが前からあって、これは確かに役立ってはいたと思う。ただ、常に公開されていたわけじゃないし、公開が前提じゃなかったけどね。

ま、結局、大衆は忘れて解決。本人も秘密を通せば通せたはずなのに、意図したことか、スキがあったのかはしらないけど、それなりに利益も得られたんじゃないかなぁ。政治家や財界人の隠し子とか不倫なんて、秘密は硬いでしょ。つかまれたら情報料とか払うのかはしらないけどさ。で、思い出せる? かなり昔の、財界人とスケート選手のスキャンダル。ま、あれと同じ構造でしょうね。で、今回も、彼女が特別悪いわけでなく、個人を管理しよとする協会団体が下品ってことじゃないかな。なにしてるんだかしらないけど。

投稿: | 2013.07.10 10:18

「生まれてしまった命だから是非が議論すべきでない」のであれば、向井亜紀の子供の是非も議論しちゃいけないとなる筈なんだけど。

個人的には安藤美姫の私生児云々より、何故彼女が「報道ステーション」で独占告白したのか、テレビ朝日に「もっと重大なスキャンダル」を握られており、それを潰すバーターなのでは?と逆に興味をそそられているのだけど。

投稿: ん | 2013.07.11 05:31

この記事を作成した編集部が総員その程度の認識しかないってことだろね。
まあ、編集長あたりがOKだしたから他の編集部員はだれも異を唱えることが出来なかったんじゃないかな。

投稿: それはね | 2013.07.11 10:40

こんにちは。話が拡散しまくって分けわからなく、わざと煙に巻いているようですが「が、修辞的に「出産を祝福しない声」を切り出すのではなく、意味は文脈から読み取るのが通常だろう。」これおかしいと思うよ。そして、煙に巻くまでしてわざわざエントリを書く必要ないでしょ?声がでかいだけの小飼弾に負けたくないから?彼の姑息なレトリックなんか放置しておけばいいのに。

投稿: けろやん。 | 2013.07.11 15:26

こんにちは。話を拡散して煙に巻いているようですが。「が、修辞的に「出産を祝福しない声」を切り出すのではなく、意味は文脈から読み取るのが通常だろう。」これ違うと思うよ。なんで煙に巻きながら、無理矢理エントリを書くのかな?声がでかいだけの小飼弾に負けたくないから?彼の姑息なレトリックなんか放置しておけば?

投稿: けろやん。 | 2013.07.11 19:19

まったくもって書いてあるとおりだと私も思いますが、1つ懸念があります。もし仮にお子さんの父親がロシア人コーチ(オリンピック選手でコーチはアメリカ国籍が多い)であるとすると、同意のない出産は、アメリカ社会ではそんなに簡単なものではなくて、このコーチは多くの女性との間にお子さんがいるようですが、それとは別に父親は父親で面会を求めてくると思います。

先ごろ批准したハーグ条約の規定にも関連して、面会そのものや親子鑑定を拒否した場合、親権訴訟でまずその真偽を明らかにする可能性があると思います。

私の知り合いのアメリカ人によると「最悪で」親権訴訟に巻き込まれて、アメリカの裁判所への出頭になるかもしれないとのこと。しかも、父親が違う人と出産時から同棲しているとなると親権をあちらにもっていかれる可能性も高いとのこと。

投稿: 通りすがりのもの | 2013.07.12 22:28

勇気ある決断!と持ち上げるマスコミが多いですが、私が古いのか、ただのふしだらとしか思えません。父親が誰かは興味なくて。テレビで告白したから、マスコミに追いかけられても仕方ない。そっとしておいてほしければ、一切しゃべらずにスケートと子育てに専念すれば。中途半端な告白したから、こうなるのでは?とにかく、頑張って生きていってくださいね!

投稿: れい | 2013.08.07 05:41

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受信: 2013.07.13 09:29

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