[書評]一万年の進化爆発 文明が進化を加速した(グレゴリー・コクラン、ヘンリー・ハーペンディング)
本書『一万年の進化爆発 文明が進化を加速した』(参照)が日本では翻訳出版されたのは2010年。原書「The 10,000 Year Explosion: How Civilization Accelerated Human Evolution」(参照)の出版が2009年なので一年ほどして日本でも訳本が出たことになる。私もそのころ読んで、困惑した。
面白い本かといえば間違いなく面白い。似たようなテーマである『10万年の世界経済史』(参照)より科学的な装いをしているし、「人類はこの一万年間に飛躍的に進化している」とする仮説もスリリングだ。しかし、ほんとかね?
一万年の進化爆発 文明が進化を加速した |
が、先日、女優アンジェリーナ・ジョリーが癌予防のために乳房切除した際、英語圏の情報を追っていたとき、「ジョリーはユダヤ人だったのか」という話題が意外に多く、そういえばと本書を引っ張り出してざっと再読した。気になっていたのはここである。
ではなぜ、アシュケナージ系ユダヤ人は際だって知能が高いのだろうか?
この疑問を解くには、アシュケナージ系ユダヤ人のDNAについての知識が役立つかもしれない。というのも、彼らにはもうひとつ別の興味深い特徴があるからだ。彼らは、ティ-サックス病、ゴーシェ病、家系性自律神経障害、そして二つの異なる型の遺伝子性乳がん(BRCA1とBRCA2)といった、まれで重篤な遺伝子病をもつ率が高いのである。他のヨーロッパ人と比べて、アシュケナージ系ユダヤ人のこうした疾患の有病率は一〇〇倍も高い。長い時間、こうした疾患は別の疑問も投げかけてきた。なぜ、この特定の集団では、こうした病気がこれほど多くみられるのだろうか?
「ジョリーはユダヤ人だったのか」という話題の背景にはこの問題が隠れていたようだったが、この手の話題はユダヤ人差別に繋がりかねない。それでも欧米ではその側面でも話題なのだろうと奇妙な思いがした。なお、私の理解ではジョリーのBRCA1の遺伝子変異はアシュケナージ系を意味するわけではない。
本書に戻ると、先の問いかけにこういう仮説が出されている。
この二つの疑問は、一つの説明によって解決できるのではないだろうか。私たちは、アシュケナージ系ユダヤ人は知能において遺伝的な強みをもち、その強みは、彼らが北ヨーロッパに居住していた時代にホワイトカラーの職業で成功するための自然選択によって生じたものだという仮説を立てている。知能に対する強い選択には、いつかの不都合な副作用が伴った。ある対立遺伝子を一コピーだけもつ人はIQが高くなるが、コピーが二つそろうと有害な結果を引き起こすのである。
これに続いて「もちろん、この種の説明が議論を呼ぶことはわかっている」とくる。このあたりで、先の「Bell Curve」にも関連してやっかいな議論になる。
本書のアシュケナージ系ユダヤ人についての議論だが、これも面白いか面白くないかだけでいえば、残念ながら、面白い。ちょっとつう向けの話だが、本書はハザールについての言及はない。ではその上でアシュケナージ系ユダヤ人とは何か、またその歴史議論がどうなるか、という点も面白い。
本書の議論としては、アシュケナージ系ユダヤ人の遺伝的な知的能力の向上と特定の遺伝子疾患の高い有病率は、すでに中世にその根はあるとしても1800年ころから見られるとしている。逆に言えば、それ以前のアシュケナージ系ユダヤ人は特段に他の西欧の人々と変わりないということである。
話をアシュケナージ系ユダヤ人の遺伝病の説明に戻すと、通説的にはボトルネック仮説が適用されている。集団が極端に縮小し、その後爆発的に増大すると特定の遺伝子疾患のが増えるのも当然だというのである。ピンゲラップ島でも同種の現象は見らた。
だが著者たちは、ボトルネック仮説であれば、偶然の産物なので、アシュケナージ系ユダヤ人のように限定された代謝経路に収束する傾向はないだろうと指摘する。また知能への影響はないだろうとも。
どうなのか。私としてはなんとも評価しづらい、という先の感想に戻ってしまう。
本書は表題からわかるように、アシュケナージ系ユダヤ人以外に、一万年の人類進化の仮説がいくつかの側面でコラム的に描かれている。ネアンデルタール人との遺伝子交雑、農業革命に対する進化論的身体適応、印欧語族と乳糖耐性の問題などもある。それぞれの話題は面白いが、科学的にどう評価されるものかは、まったくもってよくわからない。
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