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2013.07.15

[書評]きっとすべてがうまくいく 甘詰留太短編集(甘詰留太)

 2ちゃんねるのまとめサイトに先日、それほど面白いネタではないけど、ちょっと気になるネタがあった。「お前らのテンションがすげぇ上がりそうな画像見つけたwwww」(参照)である。該当画像を見れば、ネタの趣旨はわかる。

 40歳男の空しさというのは、55歳の私にしてみると、もう遠く過ぎ去ったことではある。正確に言うと自分がそういう気分になったのは40歳ではない。35歳くらいころのこと。その手の話やその後のことは自著『考える生き方』(参照)に書いたのでブログには書かない。ついでだけど「俺は少子化に加担していた」ということもないこともその本に書いた。
 なんであれ、この漫画の男に、かつての「お前は俺か」感はあった。絵の雰囲気から察するに、まだ物語は始まっていない印象がある。ではこの男の物語はどういう展開になるのだろうか。気になった。
 が、いかんせん、何の漫画かわからない。掲載されていたサイトにも情報はなかったように思う。アフィリエイトかなんかで情報があるかと見づらいサイトを見回してみたが、わからなかった。

cover
リニューアル+α版
甘詰留太短編集
きっとすべてがうまくいく
(ジェッツコミックス)
 ツイッターで聞いてみた。即座に教えて貰えた。ありがとう。それは『きっとすべてがうまくいく 甘詰留太短編集』(参照)らしい。
 アマゾンで表紙を見ると、先の男と思われる男の立ち姿に若い女がしなだれている。そういう展開になるのだろうな。というのと、そういう展開になる男の心理というのにも関心をもった。
 男は40歳、女は20歳くらいだろうか。であれば、それほど珍しことでもない。でも、それなりに若い女の思いや、年食った男の思いには、恋愛や結婚というものに関して微妙な陰影があるものだ。それは文学としては安易な構図でもあるから、実際に作品にするのは難しい。うまくいったのは川崎長太郎くらいではないか。
cover
甘詰留太短編集
きっとすべてがうまくいく
(ジェッツコミックス)
 絵の出典がわかると同時に、というか、この漫画はなんだろうか、ということでも気がついたのだが、「リニューアル+α版」である。リニューされていない版が存在する(参照)。リニュー版の表紙とは大きく異なり、この表紙はもろにエロを狙っている。これも後でわかったのだが、リニュー版ではこのエロ絵は口絵になっている。リニューに際して、短編集の表題作でもある、さえない40歳男の物語を前面に出したのだろう。あるいは、このほうがエロい物語の予感があるだろうか。
 その後わかったのだが、作者、甘詰留太は、エロ、とまで言えるかジャンルの特定がわからないが(18禁ではなさそう)、エロっぽい漫画では著名人であるようだ。先の2ちゃんねるのネタでスレが延びてないのも、「甘詰だろ、読んだよ」感がすでにあったのだろう。
 物語はどうだったか。その前に、先のページの見開きになる前ページはこうだった。

 母親から結婚を望まれているが、「教授になるメドもないんでしょアンタ!」とある。想像がつくように、彼は「助教授」である。「助教授」という言い方はもう時代遅れの感もあるが、それでも講師ではない。40歳でそれなりに学者として生計が立つわけだから、自分を「何かをするには歳をとりすぎて」というほどでもないだろう。2ちゃんでネタにした人もそのあたりを汲んでこのページは削除したのだろう。
 ネタバレというほどでもないが、この男が40歳の助教授であれば、院生とかの若い女が付いてくるというのは、よくあることだ。個人名を挙げるとなんだが、ネットで話題の彼や彼なども20歳も年下の奥さんをもっている。知的な中年男の知性に惹かれてしまう若い女というのはそれなりにいるものだ。渋江抽斎の妻・五百などもその部類かもしれない。
 しかしこのありがちな設定が物語の欠点と言うわけでもない。むしろ学者さんにありがちな若い嫁というフツーな設定は、あえてなされている。別の設定だと恋愛に別の要素がいろいろ混じる。
 短編作品「きっとすべてがうまくいく」は前編後編に分かれているが、先の絵に続く前編の部分を読んでみてもそれほど面白い物語ではなかった。女がなぜ中年男に惹かれたかという部分は、ありがちに知的な感性に惹かれたようだし、作品はある程度エロを志向せざるをえないので女の姿や表情の描写がまさっている。それでもどこかしら作者の、男と女によせる微妙な視線と展開が心にひっかかる。恋愛をするという感覚のある微妙で滑稽な感覚は描かれている。
 後編はもう少し、男女の内面に入り込む。ひとり暮らしが長い男は、それなりに生活に安定があり、その安定が恋愛の感情を阻む。そうなのだ。30半ばをすぎて、俺みたいなやつがもう恋愛なんかするわけねーよ、たはは、という入り組んだ自虐感より、恋愛でその生活が不安定にされることへの奇妙な怖れのほうが強い。まあ、これは、私などが思うところではだな、どっかんとちゃぶ台返しをするしかないものなんだけど、この物語はそうはぜずに、それなりに予想された恋愛ドラマに仕立ててハッピーエンドとしている。違和感は残る。特に、発表媒体とかの制約もあるのだろうけど、セックスシーンは事後がさらっと描かれているだけだが、現実にはそういうものでもない。40歳の男には、心の傷になっている女が二、三人はいるだろうし、20歳の女であれ(この作品では院生なので最低でも22歳)、男についての遍歴はあるものだ。あー、まー、ちょっと自分の思い入れが勝ち過ぎてしまったな。ついでに言うと、この40歳の男のキャラ設定はちょっと無理がある。40歳は実は年齢の葛藤があってももっと内面的に若い。この男のキャラだと50歳くらいが相当だろう。50歳の男と24歳の女というくらいに見える。
 このリニュー版+α版の「+α」は、前回の短編集に加え、作者インタビューと自作品解題、さらに読者サービス的に蛇足的エピローグが付いていることだ。それらを読むと、この「きっとすべてがうまくいく」は編集者からのお題だったらしく、後半に際しては作者も編集者づてであろう、そういうカップルと面談してネタを探したらしい。作者としての思い入れはあまりない作品だったようだ。また、作者もこれは30代前半で描いたらしく、執筆時点では、実際に歳喰った男への共感はまだそれほどなかったのだろう。
 短編集としてみると、他に5作含まれている。どれもそれなりに面白いとはいえるし、エロというニーズに配慮しつつも、普通に文学的な感性に接近した本質をもっている。その意味で上質な短編集である。表題作はおっさんがテーマになっているが、全体として見れば、当時の作者の年代、30代前半くらいの感性が描かれている。ただし、この30代前半の感性は現代の30代前半とはもう微妙に違っているだろう。そこを補正するなら、現在40歳の男が読めばけっこう普通に文学的な感興があるだろう。
 この短編集しか私は読んだことがないが、この作者の本質はよい意味でオナニストというものだろうと思った。オナニストというとヤフー質問の回答みたいに思われがちだが(参照)そういうものでもない。どう違うのかというと、このあたりでさすがに55歳の私ですら口ごもるのだが、男のエロス感性のとても基本的な何かだ(女にもたまにそういう感性を持つ人がいるが)。
 この作品集では「ふたりでもひとりでもエッチ」にオナニストの本質がよく表現されている。美人妻をもつ男がオナニーにふける物語である。振り返ってみると、この作品が短編集では一番優れているかもしれない。「ぼくの○○ペット」はその学生版というか、未婚者のオナニー幻想の核のようなものを虚構で描いている。宇宙人設定のロリっぽい話である「星の王女さま♡」も、オナニー幻想と言ってよいだろう。これが「+α」で洒落た展開になっているのは楽しめる。
 「あ行のプロ!」は、エロゲームの声優を描いた作品で、作者は声優取材をしてきっちり描き込んでいるため、普通にドラマとなっている。実写にしても普通に面白いだろうと思うが、ちょっと爽やかすぎる。
 個人的に一番好きだったのは「雨の日はカレー」という作品だった。英国文学とかあるいは映画とかに元ネタがあるのだろうか。個人的にはタンザニアのザンジバル島のような印象をもった。
 ジョナサンという少年は年長のハサンという男を尊敬していた。ハサンは国を出て活躍し、少年はハサンが帰るための海辺の家を守っている。そこに、ハサンの恋人と見られる、おそらくインド人であろうサラという女がやってくる。
 サラとジョナサンの恋の物語と言えるし、それほど入り組んだストーリーではないのだが、南国の女の肉体に溺れていく感じがぐっとくる作品である。短編なのできれいに仕上がっているが、もう少し伸ばして、ホモシーンとかサラのえぐいシーンとかまぜて中編に仕上げたらもっと面白いだろうなと思った。
 以上、こうした機会でもなけば読まなかったタイプの作品であり、おそらく甘詰留太の主要な作品のほうは今後も読まないような気がするが、この短編集は興味深い作品であり、興味がもてる作家だった。彼は、何かの転機で、けっこう国際的に評価される水準の作品を生み出しそうな気もする。感性の基本は意外と日本的ではないように思えた。
 
 

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コメント

スレが伸びてないのは今のvipはそういう所になってしまったからです。(ドヤ顔)

投稿: rabi | 2013.07.15 21:41

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