中国の「海警局」発足の意味
参院戦の騒ぎに隠れてしまったきらいがあるが、中国で22日、名目上は日本の海上保安庁に相当する「海警局」が発足した。それだけ聞くと、「中国にだって海上保安庁があっても不思議ではないでしょう」といった印象も持つ日本人もいるだろうが、もう少し深い意味がある。というのも、そういう印象の人には、「そもそもこれまで中国に海上保安庁がなかったのか」という疑問を投げかけてみてもいい。
もちろんこれまでの中国にも海上保安庁に相当する国家機能は存在していた。通称「五龍」と呼ばれる、公安部公安辺防海警総隊(海警)、農業部漁業局(漁政)、国土資源部国家海洋局中国海監総隊(海監)、交通運輸部中国海事局(海巡)、海関総署密輸取締警察(海関)の五機関である。
尖閣諸島海域関連では、なかでも農業部漁業局の漁業監視船、国土資源部国家海洋局中国海監総隊の海洋監視船がうろついていた。だが、そのように管轄が異なっていた各組織が今回「海警局」として統一されたというのが今回の表向きのニュースではある。
統一されることの基本的な意味は機能強化と理解してよい。が、それは二つの面から理解できる。ひとつは、これまでは五龍は競合・対立していたことだ。中国におけるこの手の対立組織は、中国人の御得意行動なのだが、外国を刺激合うことで存在主張を高める。尖閣諸島あたりの中国船のうろつきも、彼らの内部的な権力闘争の側面があった。これが今後統一されるということは、中国の内政で強固な権力が出現したと理解できる。
もうひとつの面は、その「より強固な権力」の必要性は何か、ということだが、これは表面的には、中国にとっては自国領土であるべき尖閣諸島および関連の利権を防衛するということである。日本などからもそう見られているむきがある。
しかし、海洋資源が期待される、尖閣諸島を含む東シナ海であるが、そうした経済的な利権のために、それでだけこれだけ大がかりな国家機能の統合を行うわけもなく、当然ながらこれは軍事的な意味合いがある。
なにより今回の五龍統合は人民解放軍の羅援少将の提案であることも暗示的だ。昨年3月9日の読売新聞記事「中国版の「海保」構想 9部門統合プラン 解放軍少将が提案」より。
【北京=竹内誠一郎】中国で、東シナ海などの海上警備にあたる準軍事部門「国家海岸警備隊」の創設構想が浮上し、全国人民代表大会(国会)開会中の北京で関心を集めている。人民解放軍の羅援少将が提唱しているもので、海洋権益の保護強化に向け、警備の効率化を図る狙いだ。
羅氏によると、中国の海上警備には、国土資源省国家海洋局に属する巡視船「海監」、農業省漁政局に属する漁業監視船「漁政」など9部門があたっている。複数の部門が同時に同じ性能の船舶を導入するなど効率が悪く、複数の指揮系統により、警備行動の混乱を招くこともあったという。
羅氏の提案は、9部門を統合し、国家海洋局を格上げした「国家海洋省」か、関係部門で設立する「国家海洋委員会」に所属させるものだ。羅氏は、日本の海上保安庁と同等の武装を想定しているとし、「日本側と同様の組織とするので脅威とはならないはず。ただ、相手の挑発行動があれば相応の対応をする」と語った。
羅氏は、軍のシンクタンク、軍事科学院世界軍事研究部副部長などを務めた軍のスポークスマン的存在で、当局が、羅氏の発言を通じて、国内外の反応を探っているものとみられる。
米国もこの動向に軍事的な意味合いがある点に注目していた。五龍時代の5月のニュースではあるが、「尖閣などへ中国「ファイブ・ドラゴン(五龍)」新たに30隻投入へ 米国防総省報告」(参照)より。
【ワシントン=佐々木類】米国防総省は6日、中国の軍事行動に関する年次報告書を発表した。尖閣諸島(沖縄県石垣市)をめぐる中国の挑発行為に初めて言及し、中国国家海洋局など5つの海洋執行機関「ファイブ・ドラゴン」の公船を使って圧力をかけ、それを海軍艦船が後方から支援していると指摘。ファイブ・ドラゴンは、2015年までに新たに30隻を投入するとの見方を示した。
2015年という年号に独自の意味合いがあるが、同記事では説明されていない。これは後でふれる。
今回の統合で、同局には北海、東海、南海の三分局が設置され、合計11の「海警総隊」という実動部隊をもつようになった。全配置人員は1万6296人。所属船艇は3000隻を超える。実動部隊というのは武器を使用するということで、報復措置用である。
形式上は警察権力ではあるが、実質上、軍事的な意味合いをもつと想定できる。日本の海上保安庁も実質軍事的な意味合いをもたされているので、今回の中国海警局の発足は日本の真似と言えないこともない。余談だが、中国海警局の船舶デザインは日本の海上保安庁と米国の沿岸警備隊の船舶デザインに似ていていて、なかなか味わい深いまねっこ感もある。というか、そもそも日本の海上保安庁も米国の沿岸警備隊を模したものだ。米国の沿岸警備隊は五軍として軍として数えれることもあるように、基本これは軍隊のようなものである。
中国「海警局」の本来の意味は何か?
「第一列島線(First island chain)」の制海権確保である。
別の言い方をすれば。第一列島線までの制海権が中国によって握られれば、日本にとってはシーレーンの確保が中国軍に奪われることになる。その末路は日本人ならABCD包囲網などから推測が付くだろう。
この中国による第一列島線までの制海権の構想だが、1997年中央軍事委員会常務副主席を退任した劉華清が当時描いた中国海軍の発展計画では、当初、「躍進前期」として2010年までとしていた。すでに当初予定時期が過ぎていて、現状5年遅れたことになる。先ほどの「2015年」はそうした意味がある。
ここから付随的に了解できることがある。中国側からは、「民主党政権時代に日本が尖閣諸島を国有化したから、中国の国益を守るためににこの海域に船舶を頻繁に送るようにした」というように言われるが、ようするに中国側の謀略(石原慎太郎など日本国内の国粋主義勢力に民主党政権が対応せよとして尖閣諸島の国有化にしむけたこと)に民主党が籠絡されなくても、現在の東シナ海の緊迫は中国としてはタイムスケジュール的な展開だったということだ(参照PDF)。
今後はどうなるだろうか。
単純な力の均衡だが、「海警局」の人員は先にふれたように1万6296人。対する日本の海上保安庁は1万2808人と若干劣る。大型船舶は中国側が2012年に60隻となり、日本の現状の51隻を越える。日本側の対処がなければ、これから2年以内に、中国「海警局」の力が上回ることになる。
こうした力のバランスが崩れたとき中国がしかけてくるのは、先日のロックオン(レーダー波照射)でよくわかるように、日本側としては正当防衛であれ武力行使の誘発である。中国はこれから、日本側が武力行使を迫るような危機をなんども演出するようなシーンを打ち出してくることになるだろう。
日本側としては、ひたすら我慢に我慢を重ねて、戦前のように「もう我慢ならない」とならないようにするしかないだろう。なんともやりきれないが、より具体的には、この海域の力のバランスを台湾とともに強化していくしかない。ただし、その台湾の軍事力も早晩、中国軍と均衡が崩れることになりそうだ。日本が我慢に我慢を重ねていても、第一列島線での暴発は、台湾やフィリピン側で起きるかもしれない。
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