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2013.06.30

ミトコンドリア病治療を含めた人工授精の倫理的課題

 ミトコンドリア病治療含めた人工授精について、英国議会での承認を目指すというニュースが27日のBBC(参照)や28日のガーディアン(参照)で話題となっていた。確かにこれは倫理的な課題がありそうだなと私も思い関心を持ったが、いち日本人としては、日本ではこれは話題になりそうにないなとも思っていた。
 日本で報道はないかもしれない。ブログに書くべきだろうかとためらっていたが、昨日付で共同の報道があった。邦文で読みやすいので紹介し、簡単にメモ程度であるが言及してみたい。
 共同「他人の卵子に核移植、英が体外受精で実用化検討」(参照)より。なおこの報道は英メディアの伝聞なので、全文引用する。


 遺伝性のミトコンドリア病の予防などを目的に、受精卵の核を、別の女性から提供され核を取り除いた卵子に移植して胚を作る体外受精の方法について、英政府が実用化のため、来年の議会での承認を目指し検討を進めていることが28日分かった。英メディアが伝えた。承認されれば世界初となる。
 作った胚は受精卵の核の遺伝子と、卵子の細胞質中の正常なミトコンドリア遺伝子を受け継ぐため、生まれた子どもは遺伝的に3人の親を持つことになり、倫理的な問題を指摘する声も出ている。
 心臓や骨格筋などに異常を来すミトコンドリア病の大半は、細胞質に含まれ母親から子どもへと受け継がれるミトコンドリア遺伝子の異常が原因。ミトコンドリアに異常がある受精卵から核だけを取り出し、正常な卵子に入れて子宮に戻すことで、生まれる子どものミトコンドリア病を防げるとされる。
 子どもが別の女性から受け継ぐ遺伝子は、全体のうちごくわずかな比率で、子どもの外見的特徴などには影響を与えないという。
 英国で政府の研究監視機関「人受精・発生学委員会(HFEA)」の認可を受け、実用化に向けた研究が進められてきた。HFEAはこの手法について、世論からは広範な支持を得られているとの見解を示している。(ロンドン=共同)

 英国メディアはBBCやガーディアンなどを指すのものと思われる。基本、現状では英国での話題だとも言える。
 記事をまとめた共同記者がこの技術について理解しているか、多少疑問が浮かぶが、この技術の概略自体はそれほど難しくないのでその点は理解はされているだろう。
 補足すると「母親から子どもへと受け継がれるミトコンドリア遺伝子」ということだが、ミトコンドリア遺伝子(mtDNA)は37個で22,000個ほどの核の遺伝子とは異なる。数の上では千分の一ほどではある。そこで「子どもが別の女性から受け継ぐ遺伝子は、全体のうちごくわずかな比率で、子どもの外見的特徴などには影響を与えないという」ということになるのだが、この評価は難しい。ごくわずかというが、この異常が決定的な問題を引き起こしていたからである。
 技術的には、ミトコンドリア異常のある人工授精の受精卵から核を抜き出し、これを正常なミトコンドリアをもつドナーの卵子から核を除去した卵子に移植しすることだ。ミトコンドリア部分を入れ替えると言ってもよい。

 もう一点補足すると、「世論からは広範な支持を得られているとの見解を示している」とあるのは、英国ではこの病気で7人の子供を失ったシャロン・バーナードさんが注目されていることがある(参照)。また、ナイチャーでも3月に議論されていた(参照)。
 共同報道での倫理的な問題の所在指摘についてはどうだろうか。記事では「生まれた子どもは遺伝的に3人の親を持つことになり、倫理的な問題を指摘する声も出ている」として、三人の親という点が論点のように読める。
 AFP報道でもこの点が表題になっていた。「体外受精を「3人の親」で、 英が新技術の実用化を検討」(参照)。


【6月29日 AFP】3人の親のDNAから胚を作る新たな体外受精の方法の実用化を、英国政府が検討する方針であることが28日、明らかになった。筋ジストロフィーや心臓障害など母親から受け継ぐ深刻なミトコンドリア病の予防を目的として、体外受精(IVF)に新技術の導入を認める方向で研究を支援しており、来年にも議会で審議を行う。承認され、実用化されれば世界初となる。

 遺伝子上は親が三人になるということも確かに倫理的な課題ではあるだろう。
 が、より課題となるのは、そのような操作を受精卵に施してよいものかという点だろうし、BBC報道などの報道でもその点を含めて議論されていた。
 広義に見るなら、遺伝子欠陥のある新生児を人類がどのように受け入れるかという問題でもある。これに対して、遺伝子欠陥を病気と見なし、それを「治療」してよいのかということである。
 この問題は遺伝子検査の結果で中絶をするかという問題より、一段複雑な様相をしているように思われる。
 自然的な状態であれば、生存に適さない遺伝子は淘汰されると理解してよいだろうが、この「治療」は進化に対してどのような介入になるのだろうか。
 私はこのニュースでミトコンドリア病という「病気」の設定以前についても問題意識をもった。簡単にいえば、この技術は人間の改良に繋がるのではないかということだ。
 共同報道などでは、あくまで「病気」の文脈にあり、ミトコンドリア遺伝子の異常か正常かという二者択一としているが、ミトコンドリアDNAの遺伝子多型は代謝効率などを介して、肥満や運動能力に影響している可能性がある。またミトコンドリアは細胞死にも関連しているので、癌との関係もあるかもしれない。仮に生存に有利なミトコンドリア遺伝子があれば、この技術はその面で優秀な人間を作り出す技術になりかねない。
 もう一点、これはインターネットで「ミトコンドリア治療」を検索するとげんなりするのだが、卵子老化と関連づけた話題が多くヒットする。まさかとは思うのだが、卵子の若返りといった文脈で語られる懸念もありそうだ。
 話を戻して、英国でこの治療の対象となるのは、5人から8人程度らしい。単純に人口比で見るなら日本では10人くらいだろうか。その「少数」に対して、この「治療」の国家的な意味は何だろうかとも考えさせられる。当然ながら、少数だから無駄だという議論ではないことは、英国政府が市民の声を受けて推進することからも理解できる。
 
 

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コメント

質の高い卵子を得るために、卵子の前駆細胞(??)からミトコンドリアを卵子に注入する方法は、ボストンのベンチャーが開発してますね。
http://www.ovascience.com/technology/

投稿: | 2013.06.30 18:10

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