男は中年になると郷愁の味を好むのか?
俳優というかコメディアンというか大竹まことの料理本『こんな料理で男はまいる。』(参照)の、レシピ説明の合間に彼のちょっとした食のコラムが入る。そのなかに「人は郷愁という味を食べる」というのがある。
人にとって「おいしい物」とは何だろう。
これまで食べたことのない新鮮な味覚に「うまい!」と感じることもあるだろう。だが、自らの郷愁をかきたてられたとき、もっとも強く感じるのではないか。
実は私はまったくそう思ったことがない。
こんな料理で男はまいる。 大竹まこと |
基本の和食の朝ごはん/だしまき卵/カニチャーハン/卵丼/そぼろ丼/海鮮キムチ丼/スパゲティナポリタン/豚肉のしょうが焼き/ハンバーグ/野菜炒め/薄切り肉のカリカリ揚げ/ポテトコロッケ/鶏の竜田揚げ/肉天/いろいろフライ/オムライス/焼きそば/アンチョビとキャベツのスパゲティ/ベーコンと野菜のスパゲティ/あさりとバジルの和風スパゲティ/スパゲティカルボナーラ/じゃがいものチーズ焼き/ホットドッグ/ガーリックトースト/バゲットサンド/ハムサンド/キャベツとベーコンのスープ/豚汁/牛スジとごぼうの甘辛煮/あじのしょうが煮/里芋のそぼろ煮/ゆで豚/小あじの南蛮漬け/なすの油炒め/じゃがいもとセロリの炒め物/ピータン豆腐/中トロとネギの串焼き/JJ風サラダ/トマトサラダ/焼くだけ5品/鯛茶漬け/昆布茶漬け/いつでもトマト/とうもろこし/ふかしいも/揚げパン/いちごジャム/みそ汁
冒頭の「基本の和食の朝ごはん」は、正確にはレシピではない。ただ写真があるだけ。
おいしいそうかと問われたら、おいしそうに見える、と私は答える。食べたいかと言われると、他になければ、と答えるだろう。朝、生臭いものはほとんど食べられない。食べられるのはハムやベーコンくらい。
大竹は、男というはこんな朝食が食いたいんだというのだ。そして、先のレシピになる。どれも、たしかに郷愁のようなものは感じられるし、面白いと思うし、さらに手軽なのでこのレシピで料理を作ることもある。
思ったのは、こうした料理を好むは今年64歳になった大竹まことの世代ではないか。昭和24年。村上春樹も同じ。村上の小説にはサンドイッチやスパゲティといったカタカナ料理から『多崎つくる』でもレストラン料理などが出てくるが、彼の味覚の重心は和食的で大竹の同世代らしいなと思う。中華が全然ダメというのは個人的なものだろうが。
こうした料理に郷愁を覚えるのはどの世代までだろうか。私は昭和32年生まれ。郷愁のようなものは感じられるが、郷愁というのとは違う。
そして思うのだが、大竹のこれらの料理は、本当に郷愁なんだろうか? 肉じゃがもカレーもない。肉豆腐も野菜炒めもない。大竹の料理は、どちらかというと、和風の飲み屋の料理に近い。彼のいう郷愁というのは、彼が大人になって酒を飲み出して擬似的に作り出された郷愁ではないだろうか。
人はというか、男は郷愁の味を好むのだろうか。自分にはそんなことはないと思いつつ、考えてみると、私の場合は、アメリカ料理がそれに近い。キャンベルスープとか。世代の差だろうか。
あの時代、昭和30年代から40年代、朝食は少なからぬ家庭でパンが中心だったと思う。昭和の時代、みんなよくパンを食っていた。大きめな国鉄の駅にはどこもミルクスタンドがあって、サラリーマンが朝、ホームであんパンを牛乳で飲み下していたものだった。
話が少し散漫になるが、肉じゃがというのが普及したのは、1970年代後半だったような気がする。60年代には見かけなかったように思う。そのあたりの食と時代の感覚がよくわからないが。
食卓から味の素が消えたのがいつかもよくわからない。60年代の食卓にはあった。もう現代では普通の家庭に味の素はないだろう。吉本隆明の家にはずっとあったらしい。吉本の味の素好きは、以前から知ってはいたが、『開店休業(吉本隆明・ハルノ宵子)』(参照)の挿話を読むと、実に驚く。娘のハルノがイラストを描いているが、どさっと味の素を使っている。これでは味もなにもあったものではないなと思う。吉本の食の感覚は、ある種の美食家と言えないかもしれないが、およそ私なんかとは志向が違う。
この吉本の晩年の本も、男は郷愁の味を好むというテーマに近い。彼の場合は、戦前の東京下町の食や、九州父祖の食ということになる。
中年以降の味覚の志向はなにで決まるのだろうか? 私は味噌汁はあまり飲まないが、飲むなら信州人の子孫らしく信州味噌を好む。万事がそうかというと、醤油は関東の濃い口は使えない。
ご飯におかずという食をしないので、料理は基本的におかずほど味が濃くない。沖縄暮らしの影響もある。
まあ、よくわからないが、中年過ぎると、味覚というのは回帰的になっていく人と、時代に流されていく人と、自分なりに独自のものになっていく人と三種類くらいありそうな気がする。なにがそれを分けているのかも、よくわからないが。
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