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2013.06.14

シリア情勢、そのアイロニカルな現状

 米国オバマ政権がようやくシリアにおける化学兵器の使用実態を認めた(参照)。化学兵器、つまりサリンなどの毒ガス兵器の使用は、オバマ政権がシリアへの軍事介入を決断するための基準、レッドラインだと表明してきたので、話の上では、これで米国がシリア内戦に軍事介入することになる。あくまでお話としては、ということだが。
 具体的には来週英国で開催予定のG8・主要国首脳会議で関連国と協議してからということになり、早急な軍事的な展開はないだろう。
 想定される今回の決定の影響は、すでに欧州連合(EU)が下している小型の武器供与の解禁程度に留まるだろう。米国と北大西洋条約機構(NATO)の介入は、リビア内戦のときと同様、シリア上空の飛行禁止区域設定も望まれるが、すでにロシアからの反撃用の武器供与もあり、うまく行くとは想定されない。
 欧州側からすると米国の軍事介入の決断は遅きに失したと見られている。また大方の評価からしても、今月5日、それまで反体制派が抑え込んでいた、西部のレバノン国境にあるクサイルをシリア政府が奪還し掌握た時点で、反体制派の力は大きく削がれた。この点は、あとで地図で説明する。
 今回の米国オバマ政権の決断だが、表面的にはようやくシリアでの化学兵器使用の実態を認めたか、というふうに見えるが、この間の状況を見ていると、実際の意味合いはそうではない。
 シリア内戦で化学兵器が使用されてきたことは、すでにフランスやイスラエルなどから報告があった。BBCですら報道していた。が、米国オバマ政権は確実な情報ではないとして政治的に判断を遅延してきた(ニューヨークタイムズなんかもこれに賛同)。クサイル陥落までオバマ政権はその判断を渋っていたかのようである。
 結論から言うと、クサイル陥落が明らかにした事実上の米国オバマ政権の失態に押されて、ようやくオバマ政権としてもシリア化学兵器が使用されたと発表せざるをえなくなったのが真相と言ってよいだろう。
 クサイルという要所に焦点を置いて、文脈となるシリアの情勢を見ていこう。
 まず、政府軍と反体制派の勢力の拮抗だが、4月28日の時点で次のようになっている。

 赤みを帯びている部分が政府側の地域で、緑を帯びた部分が反体制派である。北部の黄色を帯びている部分はクルド人勢力であり、広義に反体制派に含まれる。東部のベージュの部分は衛星写真で見るとわかるが砂漠と言ってよい。
 北部のアサド政権側の力は弱体化し、北部のシリア第二の都市アレッポも反体制派が掌握している。だが、シリア全土で見ると人口の多い居住に適した地域の大半は依然政府軍が掌握している。その意味で、シリアのアサド政権が壊滅的な状況になるとは言いがたい。
 5月までの時点での話だが、反政府勢力の攻勢のポイントは、最終的には南部にある首都ダマスカスの攻略だが、その手前に都市ホムスの攻略となる。
 このホムス攻略において要所となるのが、その近くにある都市クサイルである。レバノン国境にも近い。地図でAのピンを立てた部分である。

 一目でわかるように、クサイルはレバノンとホムスを結ぶ交通の要所である。反政府派にとってもレバノンからの補給路となるが、同時にこの経路でレバノンからヒズボラが侵攻したことで、クサイルが陥落した。ヒズボラは言うまでもなく、シーア派を国教とするイランが支援しているシーア派組織である。背景にはイランからの軍事援助がある。
 関連した地理でもう一つ重要なのは、この地図の左上に見えるタルトゥースである。ここはロシア海軍の補給拠点となっていて、ロシアは沖合に防衛用に十数隻の艦艇を配備している。ロシアはこの不凍港をなんとしても失いたくない。
 関連都市の距離感がわかるように、もうひとつ地図を挙げておこう。左下に50kmのスケールがあるので、それでクサイル、ホムス、レバノン国境、さらにタルトゥースの距離感がつかめるだろう。

 地理上の関係は、どういうことか。
 化学兵器の使用がフランスやイスラエルなどで報告された5月の時点で、米国がシリアに介入するとなると、クサイルが焦点となり、タルトゥースを堅持したいロシアと米国は正面から対立することになる。
 これを避けたいとしたので、米国としてはまずシリア問題で米ロ会議を行い、ロシアを軟化させる必要があると判断していた。
 これがジュネーブ会議だったのだが、6月6日に開催が困難という結果になった(参照)。時期的にわかるようにクサイル陥落がこれを困難にした。
 外交という面で言うなら、ジュネーブ会議の構想は、シリア政権とロシアが組んで、クサイル陥落の時間稼ぎに米国オバマ政権の決断を遅らせるための策略だったと見てよい。
 ごく簡単にいえば、オバマ政権は、ロシアの計略に嵌って、国際的に笑い者にされたのである。しかもこの外交の主導者はケリー国務長官である。苦笑したら、"Ta gueule!"とか言われそうである。
 オバマ政権はいわば外交的な失態に蹴飛ばされたかたちで軍事介入に賛成せざるをえなくなり、その道具として今更のように、化学兵器使用というレッドラインを持ち出したわけである。むしろ当初から、このレッドラインは軍事介入を避けるためのオバマ政権の口実であったのだが、自縄自縛となってしまった。
 今後はどうなるか。リビア内戦の場合は、こっそり殺人ロボットを使ってカダフィを暗殺(参照)して納めたが(現状のリビアは混乱しているので納めたとは言いがたいのが実態だが)、シリアの場合、アサドを屠れば終わるという問題ではない。シリア人口で見ると少数のアラウィ派が弱者に置かれたときは、おそらく最悪の事態になりかねない。
 アイロニカルに見れば、クサイル陥落をきっかけにアサド政権が軍事的な安定を取り戻せば、それなりにシリアは沈静化することになる。それを平和と定義しなおすなら、オバマとケリーとプーチンの三人が最大の功労者ということになるだろう。プーチンはゴールドメダルをケリーに譲るだろうが。
 
 

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コメント

前回のイタリアの諜報機関の情報を鵜呑みにした、イラク戦争の反省もあったのでしょう。あとはロシアへの配慮では?
ロシアにとってシリアは欧州との緩衝国ですし、アサド政権はカダフィ政権と違って、一度もEUに「尻尾を振ったり」していない重要な同盟国です。
ロシアは絶対に譲れないラインですから、米露間での衝動は避けられないでしょう。旧日本の満州みたいなものですね。
米国としても、民主主義国家日本を追い詰めた結果、東南アジア各国の独立を許し、中国が赤化した歴史的事実を忘れてはいないでしょうから、慎重なのでしょう。
オバマは帝国主義の棲み分けを解っていますよ。

何も解っていないのは中国です。

投稿: TU | 2013.06.16 02:52

逆に中国が何もしていないのはおかしいと思う。中国の狙いはアメリカとロシアの離間策にあると思う。そうすれば利を得るのは中国になるから。仲たがいすればね。一番わかっているのは中国ではないかと思う。 ユリウス・カエサル

投稿: カエサル | 2013.08.25 19:52

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