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2013.05.05

夕陽のあたる小道での出来事

 夕陽の美しい日だった。夕焼けにはまだ少し間がある。まっすぐに西に向かう歩道を夕陽が鋭く照らしていて、まるでその先が天国だか浄土だかに続いているような気がした。
 そんな気がしたのは、その道を歩いているのが僕一人だったせいもある。連休で多数の人々はどこかに出かけてしまったからだろうか。たまたま偶然、その時間帯、その歩道を西へと、とぼとぼと歩く人なんていなかったというだけのことかもしれない。いつもは、そんなに閑散とした小道ではないのだ。
 まぶしい夕陽が目に痛くも感じられて僕はどちらかというと下を向いて歩いていた。下を向いて歩こうよ。そんな歌があったっけ。心が沈んでいたわけでもないけど、そんな格好で歩いていると、心はちょっと沈んでくるのものだ。とはいえ真下を見ていたわけではない。3メートル先を見ていてたわけでもない。10メートルくらいは先を見ていただろう。もう少し先だろうか。きらーんと100円玉でも光ったら、ちょっとハッピーになれたかもしれない。
 がそのとき、10メートルくらい前方に見えたのは靴のサイズくらいの石の影ようなものだった。歩道に石が置かれているのだろうか。いいことじゃありませんねと思って、その影を見ていると、動く。石が動くのか。自分の意思で。いかんな。無言でだじゃれを思いついちゃったじゃないか。ふつう石は自分の意思で動かない。
 なんだろ。風が強いわけでもない。もっとも風であのサイズの石が動くわけもない。そう思っているうちに僕もそれに接近していくし、それがなんであるかは目の悪い僕でもわかった。鳩である。鳩が歩道を歩いているのだ。西に向かって。しかも歩道の中央を。巡礼の旅のように。
 なんで? 僕にだってわからない。接近しつつわかったことは、鳩は西に向かって歩いていることだけだった。おごそかな歩みである。僕だって西に向かって歩いている。西にはあるんだ夢の国。にんにきにきにきにん。
 急がないとお釈迦様の涅槃に間に合わないぞといった切羽詰まった思いは僕にはない。鳩にもないようだった。それに釈尊入滅のメッセージがスマートフォンで伝わってきたわけでもないのだ。僕らは西に向かってとぼとぼと歩いているだけなのだ。
 そこで問題に気がつく。鳩くんが歩む速度と僕が歩む速度が違うのである。どちらが速いかというと、僕のほうが速い。光の速さに比べれば同じようなものかもしれないが、後ろを歩む僕の速度のほうが速いから、その間の距離は縮まっていく。先ほどの鳩君発見地点Aからすると僕の現在地点Bは鳩君の現在瞬間的位置Cの半分になっているかもしれない。このままいくと、さらにその半分の地点Dを通過するだろう。そしてさらにその半分、半分と接近していくと、僕はついに鳩くんを追い抜くことはできない。なんてことはないよ。問題はそれじゃない。
 僕は鳩を追い抜くことになる。するとそのとき、鳩くんはびっくりするに違いなのだ。どひゃあ。後ろに人間がいたよ。しかも男だよ。年は55歳らしいぞ。
 驚かしてすまなかった、鳩くん。いや、女性で鳩さん、かもしれない。女性の後ろにそっと接近していくというのは僕の趣味じゃないんだ。困った。大問題じゃないか。鳩さんはどこかの地点で、とってもびっくりして、そして慌てて天に向かって飛び立つことになるに違いない。
 どうしたらよいのだろうか。ちょっと通りますよとか声をかけてみるのもいいかもしれないが、それもきっと鳩さんをびっくりさせてしまうことになり、やっぱり慌てて空に向かって飛び立たせてしまうことになるかもしれない。鳩さんの、この西に向かう輝く小道の精神的な歩行の意味を僕は壊してしまうかもしれない。
 なにか平和な手立てはないのだろうか。僕は先日のことを思い出した。この道のことである。そのときの僕は東に向かって歩いていたのだ。不死の薬がどこかにあるに違いないと思って歩いていたわけでもないが、ふと道脇のフェンスに鳩がいたのを見た。え? 驚いたのは僕だった。フェンスの高さは150センチくらい。つまり僕の目の先、20センチくらいのところに鳩がぼうっと休んでいるのである。もっともフェンスは草木が茂っていて、鳩は葉のなかに埋もれているふうに見えないこともないから、目の悪い僕なんかが気がつかないでしょと、たかをくくっていたのかもしれない。鳩がたかをくくるなんて奇妙なことだねとか思ったが、そのとき、目が合った。
 やあと心の中で僕は、一休みしている鳩に語りかけた。やあと鳩もそのチャネルで答えた。じゃあねと僕は言うと、じゃあねと鳩は言った。そこから先は沈黙。僕らは同級生でもないんだし、ここでつもる話もないしね。
 ああいうこともあるんだなあと思い出して、もう数メートル先に迫っている鳩さんのことを思った。同じ鳩ではない。色の違いでわかる。近くに寄るにつれこの鳩さんには緑色っぽい輝きがあるのがわかる。先日の鳩さんは、ふつうに鳩色だった。目立たないタイプだったのだ。
 困った。ここで急に歩を遅くしても不自然だ。ここはあれかな、心のなかで、ちょっと後ろを通りますよと念じてみるかな。
 そう思ったのが漏れちゃったのかわからないが、そのとき、彼女は振り向いたのである。
 どきっとした僕が見たのは、彼女がそれから右の道脇にそそっと寄っていく光景である。僕は左を通れということである。そんなことがあるんだろうか。鳩に道を譲ってもらうなんていう経験はしたことがないぞ。近くによったら、結局、鳩さんが飛び立つということになるんじゃないか。
 その瞬間。すれ違うその時。普通に、すれ違った。
 どもと僕は心で小声で鳩に語ると、鳩さんはさほど関心なさげに、はあという感じでちょっとだけ僕を見た。僕たちはもうすれ違うことはない。
 それから僕は夕陽のあたる小道を歩き続けた。振り向きもせずに。
 
 

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