村上春樹・処女作『風の歌を聴け』から最新作『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』のcakes書評
cakesで連載している「新しい「古典」を読む」(参照)で、第20回から第22回の3回で連載した『風の歌を聴け』の書評が、今日5月20日から5月24日までの間、cakes用アプリ開発記念で、無料公開になります。ご関心のあるかたはこの機会にご一読を。
cakesでの書評は、このブログや、また自著『考える生き方』(参照)とはまた違った立場で書いています。cakesという機会がなければこうした本格的な文学書評作品を自分は書かなかったかもしれないので感慨深いです。
該当書評のリンクリストをかねてcakesによる紹介文を借りると、以下の通りです。この紹介文は自分でも、こそばゆいですが。
「極東ブログ」ブロガー・finalventさんが、時が経つにつれ読まれる機会が減っている近代以降の名著を、”新しい「古典」”として読み返す試み。finalventさんの深い洞察に触れることで、本の面白さが何十倍にも増幅します。今回は現在進行中の「村上春樹の読み方」の中から、村上春樹デビュー作『風の歌を聴け』の書評を無料でお届けします。【第20回】村上春樹の読み方『風の歌を聴け』前編(参照)
【第21回】村上春樹の読み方『風の歌を聴け』中編(参照)
【第22回】村上春樹の読み方『風の歌を聴け』後編(参照)
『風の歌を聴け』は昔一読されたことがあるという人も多いだろうと思うので、この書評を機会に再読されると、たぶん、思わぬ発見もあるかと思います。ごく簡単にいうと、この作品はかなり巧緻なパズルとしてできているので、書評ではできるかぎりパズルの解答集的にまとめてみました。
「できるだけ」と限定したのは、作品中、ふいに登場するニコス・カザンザキスの『ふたたび十字架にかけられたキリスト』と文脈の関連といったディテールなども解説したい誘惑に駆られたのですが、やりすぎになりすぎそうなので控えました。
文学をパズルとして見るなんて邪道という考えもあるでしょう。もちろん、パズルという言い方がわかりやすい半面よくないからでしょう。もうちょっと真面目にいうと、構造分析になります。
書評では構造分析をかなり徹底的にやってみました。自著でも書きましたが、自分の若い時の専攻は記号学分析だったし、聖書学も記号学的な読みだったので、こうした物語構造分析は懐かしいなあという思いもありました。
cakesの連載ではすでに『1973年のピンボール』についても3回にわけて連載してあります。こちらも物語構造分析を重視したものです。が、この作品は巧緻なパズルという趣向より、現在の村上春樹文学に連なる暗喩やシュールレアリスムの傾向が強くなっているので、分析手法も変えてあります。とはいえ、この作品にも主題に関わる重要なパズルが潜んでいるので、そこは解いておきました。
cakesで村上春樹の初期作品を読み解くのは、最新作『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』の出版にある程度タイミングを合わせた面もあり、当初は「新しい古典」の意味合いで初期三部作または四部作として軽くまとめるかなと思ったのですが、これらの初期作品について、自分が見た範囲ではあまり適切な解説がないようにずっと思っていたので、ある程度きちんと取り組んでみました。
以前にもふれたのですが、この後、『羊をめぐる冒険』と『ダンス・ダンス・ダンス』の書評の粗原稿もできています。が、これも長いので、世の中で話題になっているうちに『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』の書評を先行しました。明日からcakesで公開する予定です。たぶん、これも3回シリーズになるかと思います。
『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』の書評も、物語構造分析が基本ですが、それ以前に村上春樹が意図的に振りまいた各種の解読の罠みたいなをまずフィルターアウト(除去)する前処理もしてみました。解読の罠というのは、各種の知識でこれが解き明かせるといった知識の誘惑です。ただし、これらの解読の罠がすべて罠かというとそうとも言い切れず、作品の読み込みには一定の理解は必要だろうと思われます。
『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』の書評でも、パズルとは違った仕組みですが、配備された謎をできるだけ解読してみました。パズルではないので、これで解答だとはなかなか明確に言えないのですが、構造的にわかる範囲で主題に関わる部分は粗方解けたのではないかと思います。
自分より先にこのあたりの謎解きの解答を出している人がいるかわからないのですが、ちょっと毛色の変わった批評である『村上春樹『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』メッタ斬り!』(Kindle版・参照)を読んだ範囲では、謎を解かずに批評に走るとこうなってしまうのだろうなという印象はありました。もちろん、そういう批評があってもいいでしょう。
そういえば、cakesの連載は書籍にしないの?と聞かれることがなんどかあり、これも検討しています。個人的にはもう少し社会学的な古典や自然科学的な古典も含めたいという思いや、文学的には第三の新人あたりの作品をもう少し補いたい気持ちもあります。ただ、書籍としてみると村上春樹関連でけっこうな比重になり、ページ数の多い書籍もどうしようかなと悩んでいます。というか、それ以前に書籍にしても売れないんじゃないかと悩むんですが。
あ、もう一つ。cakesに対談記事が載る予定です。育児の話ではありません。不倫の話でもありません(当然)。いろんな話題だったのですが、料理の話とかが盛り上がったんでそのあたりが中心になっているかもしれません。
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コメント
はじめまして。超個人的な興味ですし、翁はあまり関心を持たれていないかもしれませんが、神林長平という日本人SF作家の作品の物語構造分析を読んでみたいです。
というか書評集を纏められるのなら、ぜひ読みたいです。
投稿: n_z | 2013.05.21 11:43