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2013.03.09

[書評]就活でうつにならないための本(向後善之)

 ネットを眺めていると、とくに「はてな」界隈でよく就活の話題をよく見かける。長くデフレが続き、若い人の就職が大変なのだろうなというのはなんとなくわかるし、自分を省みて、就職や職のことも思う。そのあたりは、先日出した自著『考える生き方』(参照)にも書いた。結論だけいえば、就職が自身に馴染むのは30歳くらいのことだろうし、また、何がやりたいかといった夢よりも、落ち着ける職場がよいだろう、というものだった。自分は、どっちかというと、ネガティブな人間なので、そんなことくらいしかわからなったし、職のまつわるつらさに潰れたほうの人間だったので、そのつぶれ状態についても書いてみた。まあ、自著の話はさておくとしよう。

cover
就活でうつに
ならないための本
 現代の就活というのはどうなっているのだろうか。つらいから、鬱になる人もいそうだ、というあたりで、そのままのコンセプトに思える本書『就活でうつにならないための本』(参照)を読んでみた。これも結論からいうと、熟達の心理カウンセラーらしい視点が随所にあり、就活と限らず読んでおいてよい本だろうと思った。トランスパーソナル的な臭みは感じられはしたが、それがどうという含みはない。
 同書のまとめは5点あった。

  1. 判断基準が不確かなものであることを知る
  2. 情報とノイズを仕分けする
  3. 感覚・感情に気付く
  4. 自動思考を横に置く
  5. 緊張を解く

 自分なりに受け取ったところで言うと、「判断基準が不確かなものであることを知る」というのは、就職面接における採用基準は、けっこう不確かなものだということだ。たぶん、そうだろう。「たぶん」と留保してしまうのは、自著のほうに書いたように、一定の能力のある人だと採用基準はけっこう単純だからだ。実際のジョブで所定の能力のある人を採るというだけだ。逆にいえば、新卒だと雇う側でも、実ジョブ経験は期待できないので、判断基準は不確かにならざるをえない。ましてや新卒にリーダーシップまで期待する会社は普通はないだろう。
 「情報とノイズを仕分ける」は、この本読んで、そうだなよな、と頷くところだ。ネット全体でもそういう傾向があるが、情報として話題にとなるものが、自身の重要性から見るとただのノイズにすぎないことは多い。投資家でもない人が投資業界の問題に正義感をもってもあまり意味ないといったことなども。
 「感覚・感情に気付く」と「自動思考を横に置く」はこれは、一般的な心理カウンセリングの原則だともいえる。どういう感情を持つかということに真偽はないのだから、自分の心情に素直に気がつくことは重要である。そしてそこからネガティブな自動思考をしないことも重要だ。とはいえ、こうしたことはカウンセリングの実践に関わることで、頭で理解してわかることでもないのが難しい。加えて、最後の「緊張を解く」も同様だと言える。
 全体としては、現代の就活状況について、一定の社会人による見識と、心理カウンセラーの原則がきれいにまとまっているという印象の書籍だった。逆に言えば、そうした部分がいわゆる就活本には欠けていそうだというのが本書から透けて見えてきた。
 読みながら著者自身にも関心をもったので、他書も読んでみたい。本書に著者の生年、学歴、職歴はまとまっては記されていないが、冒頭の1981年に大学院2年生だったとあるので、当時学部4年だった私からすると、私より1歳か2歳年上だろうか。当時の就職活動を著者が顧みて、「技術職については、完全に売手市場でした」とあるが、あの時代は、概ねそうだとも言える。
 ただし、またまた自著の話になってしまうが、私ように新卒の枠からそれた人間はあの時代でも就職はきついものだった。というか、新卒的に就職を探すのは無理に近い状態だった。
 現代でも新卒のレールを外れると就職はかなり厳しいだろう。その意味では、私の時代と今の時代でも変わりないし、むしろ、新卒のレールを外れる恐怖が、就活へのプレッシャーになっているのではないかと思う。この点については、本書での言及は直接的にはなかったように思う。が、ここは私にしてみるとけっこうキモである。大半の人にとっても、新卒の就活で、安定した職業を持つことができないだろう。
 本書の本筋とはあまり関係ないが、三章「情報は、常に時代遅れ」のなかで、敗戦時の人々の精神変化について言及し、こう指摘している点も気になった。

 敗戦当時小学生から思春期あたりの人達の多くは、この安直な価値観の転換に、アイデンティティが崩壊するような感覚に見舞われたと思います。

 その見解を否定するものでもないが、私がいろいろ当時の人々の思いを読んできて思うのは、当時でも一定の年代以上は、それほど敗戦のショックはなかったらしいことだ。敗戦後の経済混乱を生き延びるのが大変だったというのはあるにせよ。
 それでも、敗戦のショックを受けたのは、「敗戦当時小学生から思春期あたりの人達」というのはけっこう当たっている。1945年に13歳くらいとすると、1932年、昭和7年生まれ。現在、80歳くらいの年代である。これには、生年月日が同じ五木寛之と石原慎太郎がいる。他に江藤淳や本多勝一、小田実などがいる。彼らは、戦前の日本の知の伝統からは反れていたので、そのまま敗戦ショックを受けて、戦後にそれを展開してしまった。こうした思想転換を課題とした人々の下限が、私の知る人のなかでは、1924年生まれの吉本隆明である。1921年生まれの山本七平には、そうした転換はなく、日本というのは戦前戦後も変わらないものだという視点をむしろ強化していた。一定の教養があれば、敗戦の世相の転換にはさほど動揺もしないもののようだ。
 そうした部分で言うなら、就活なり、人生の課題のような問題に、個別的な対応をするより、むしろ厚みのある知性が育成されたほうがよいように思う。そのほうが、世相は見やすいし、就活といった問題もすごしやすいのではないか。暢気なことを言うように聞こえるかもしれないが、繰り返すが、就活が成功してもそもまま職が安定する人は半数を満たないだろうと思うからだ。
 
 

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コメント

知者と愚者について。
進化論から考えると、「多く残れば勝ち」だと思う。
生物が賢くなる必要はない。
真理が情報の王座に来る必要もない。
頭の中が空っぽで妄想に取り付かれている愚者でも
増えまくっていれば、勝ちだと思う。
人口が増え続けて、人間一人の価値が下がり続けている現在、
人間を死を恐れない兵器へと変貌させる宗教は、有用なのかもしれない。

投稿: 星野 泰弘 | 2013.03.14 05:08

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