キプロス金融危機の論点
キプロスの財政危機は困った問題だなと思って見ていたが、予想もしていない速度で問題化した。あらためて世界の金融問題というのは難しいものだと思った。簡単に自分なりの整理をしておこう。
その前に目先の問題である取り付け騒ぎに関連する預金の課税についての最近の状況だが、キプロス議会で否決になりそうだ。ロイター「キプロス議会、銀行課税案を否決の見通し」(参照)より。
[ニコシア 19日 ロイター] キプロスの議会は19日の採決で、預金への課税案を否決する可能性が高い。課税案が議会を通過しなければ、同国はデフォルト(債務不履行)と銀行セクターの崩壊へ近づく可能性がある。
キプロス議会は1600GMT(日本時間20日午前1時)に開会する予定だが、どの政党も過半数を確保していない議会で、課税案が可決される可能性は低い。
どのような帰結になるとしても、キプロスは小国なので、規模で見るかぎりは、世界全体に対しては大きな問題にはなりえない。
ギリシャ系住民によるキプロス共和国の面積は9,250km2で四国の半分ほど、人口は86万人で世田谷区民ほどの小国家であり、国内総生産(GDP)はユーロ圏全体から見て0.2%である。債務残高も約170億ユーロ(約2兆円)で、5000億ユーロを超えるスペインやイタリアなどとは比較にならない。
当面の問題だけ見れば、取り付け騒ぎを引き起こした信用の毀損で、他国も疑心暗鬼に捕らわれたことだ。
問題の発端は、ブリュッセルの15日夕方開催された財務相会合にて、債務危機のキプロスに最大100億ユーロ(約1兆2500億円)の金融支援を実施する条件に、同国の銀行の預金者に対して、10万ユーロ超の預金からは9.9%、それ以下は6.75%の課徴金を1回に限って徴収するという異例の措置に踏み切るとしたところ、これで一気に取り付け騒ぎが起きたことだ(参照)。
ユーロ圏では10万ユーロまでの預金は保証されるというのが制度理念だが、これが崩れたと見られれば、取り付けが起きても不思議ではない。
事前に想像できなかったのかというと、構図としては想定されていた。日経に訳出された2月12日のフィナンシャルタイムズの記事「[FT]キプロス、支援計画で厳しい現実に直面」(参照)からもわかる。
ユーロ圏で金融危機がなお進展していた2011年初め、あるドイツの金融当局者は最も懸念される今後の問題に思いを巡らせた。
■政治的に困難な支援計画
やや意外なことに、その当局者は「キプロス」の名を挙げた。キプロスは小規模すぎてユーロ圏の安定を脅かすほどではないと考える向きもあるかもしれない。だが彼は「同国の銀行部門は肥大化しており、ギリシャ危機の影響が非常に大きい。解決すべき悪夢のような問題になり得る」と話した。
キプロス島は南北に分断され、南部のキプロス共和国は欧州連合(EU)に加盟している。この島には依然としてドイツが目を光らせている。そして今、この悪夢のような問題が現実のものになっている。ユーロ圏財務相は、有効に機能し政治的に認められる支援計画をどのように策定するかという問題に取り組んでいる。支援計画は同国の債務返済能力を超えてはならず、同国をタックスヘイブン(租税回避地)として利用してきた外国人預金者に恩恵を与えることになってもいけないからだ。
EU側の思惑としては、タックスヘイブンの対応もあった。ロシア・マネーにも関連している。
銀行部門は特にロシアからの大規模な資金流入によりこの20年間で肥大化し、支援策は常に激しい政治的議論の的となっている。
独与野党は、キプロスを通じた脱税やマネーロンダリングをやめさせる十分な保証がなければ支援策に賛成するつもりはないと表明している。
ユーロ圏財務相は、問題を中期的に悪化させることなく、銀行部門をこれほどまでに肥大化させた無謀な行動を利することもないような支援策を策定しようと無駄な努力をしている。
この時点ではしかし、今日の事態は想定されていなかった。
ロシア国民であるかキプロス国民であるかを問わず、銀行の預金者に損失を負担させる案はキプロス政府には受け入れ難い。同国財務相は11日に「いかなる状況でも受け入れるつもりはない」と述べた。
これに代わるのはシュタインブリュック氏が望む増税だろう。キプロスは「与えられる立場の者にえり好みは禁物」という厳しい現実を知りつつある。
転機になったのは、その後、2月24日のキプロスの大統領選挙の決選投票で、親EU派大統領アナスタシアディス氏が、事前の予想に反して勝利したことだった。25日ロイター「キプロス大統領選の決選投票、保守系候補が反緊縮派候補破る」(参照)より。
アナスタシアディス氏は支持者に対し、「欧州が味方に必要。われわれの約束を必ず維持し、達成する。キプロスは欧州に属している」とし、「キプロスに対する欧州内での信頼、国際的な信頼を取り戻すことを約束する」と述べた。
金融市場はアナスタシアディス氏の勝利で、欧州連合(EU)と国際通貨基金(IMF)による救済策の実施が迅速化すると期待している。
これが裏目に出たかたちになったようにも見える。また、EU、特に、ドイツが結果論的に失敗したと批判できそうにも思える。が、問題はもう少し入り組んでいる。
JBPressが翻訳した18日付けフィナンシャルタイムズ記事「ドイツで決められたキプロス預金者の運命」(参照)は、問題の焦点が銀行にあることがわかりやすい。
ECBいわく、キプロス第2位の大手銀行ライキは、財務内容があまりにひどいため、もはや欧州中央銀行制度(ユーロシステム)の緊急流動性支援――経営が厳しいユーロ圏の銀行が日々の業務をこなすために必要とする低利の中央銀行融資――を受ける資格がないという。
ECBの交渉責任者を務めるイェルク・アスムセン専務理事がもたらしたメッセージは、合意がまとまらなければ、ライキは破綻し、恐らくはキプロスの最大手銀行も道連れにすることになり、キプロス政府が同国の預金保険機構がカバーする口座の補償に300億ユーロの支払い義務を背負い込むことを意味した。
キプロス政府には、そんなお金はなかった。そんなことになれば、キプロスに銀行口座を持つ人すべてが一文無しになる。
国家の債務問題に見える問題に、銀行の債務問題が潜んでいた。
ベイルイン(bail-in)の原則論(参照)からすれば、国家の債務と銀行の債務を切り離し、後者の銀行について、外資を含めてその債権者に損失を負わせるほうがよいだろう。
今回の事態は取り付け騒ぎに目が向くが、銀行債権者への負担追求がキプロス政府にはできなかったということでもある。別の言い方をすれば、国家による補填の代替として、弱者を含めた預金者全体で肩代わりさせようとしたわけである。外資にも課税することで外資にも損失を与えるように見えながら、実際は、キプロスにおけるタックスヘイブンの仕組みを救済することになる。
こうして見ると、今回の事態は取り付け騒ぎからユーロ危機再燃、あるいはドイツが無理難題をふっかけているといった枠組みではなく、EUのベイルイン規則が含む問題の顕在化という点で深刻なのではないか。
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