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2013.03.06

女子高校生の中尾ミエ

 cakesに五木寛之の『風に吹かれて』(参照)の書評(参照後編)を書いたとき、同書とのその複数の版や、関連書籍を読み返しつつ、ここが核心という部分に絞ったのだが、そのために同書のもつ、あの時代を描いた豊潤さの部分は捨象してしまった。その一つが、女子高校生の中尾ミエと、それを見つめる30歳ほどの五木寛之の視線だった。
 話は、同書の「光ったスカートの娘」に含まれている。五木寛之がまだ作家として登場する前のこと、早稲田大学を除籍され(後、中退に変わる)、そのまま社会に出て、新しいメディアの世界でCMソングを書いたり、ショービズに関わったりしていたころのことだ。同エッセイには「三十四歳の今日まで、様々な人間を見てきた」とも書かれているように、このエッセイ執筆時は、34歳だった。
 エッセイは、彼が初めて作詞者としてその名前を記したCMソングの思い出である。当時、彼はまだ五木姓ではなかったが。
 製品は「パピー」という、水気を拭き取る道具だったという。「パピー、パピー、何でもふいちゃう パピー」というものらしい。私は知らない。逆算すると私が4歳ころのことなので、記憶にもない。パピーとは何か、今回書評書きに合わせて少し調べてみたが、わからなかった。
 その五木の初CMソングの歌手は、彼の知らない人だったという。録音のスタジオで、録音の用意ができた。


用意が出来たころ、マネージャーに連れられて、一人の小柄な女子学生がやってきた。カバンを下げ、セーラー服を着ている。
「この人が歌うんですか?」
 私はいささかガッカリして聞いた。私は自分の最初の作品を歌うタレントさんに過大なイメージを抱きすぎていたのだった。
「だいじょうぶ。この子は凄い才能がありますよ。将来きっと大物になります」
 マネージャー氏が、私をなぐさめるように言った。
 「はあ」
 私は半信半疑であった。何でも、学期末の試験で大変疲れているという。マイクに向かったセーラー服のスカートのお尻の所が、ピカピカ光っているのが目についた。

 五木の懸念に反して、歌は張りがありパンチがあった。「その声の背後ににじむカレンなお色気が私を驚かせた」とも書いている。
 中尾ミエである。

 その少女が、中尾ミエ、という名前であることを、私は後で知った。その日から私は彼女にあったことがない。

 中尾ミエは1946年生まれ。今年、67歳になる。
 五木のCMソングを歌った高校生の中尾ミエは、高校何年生だっただろうか?
 ウィキペディアの情報によるのだが、「1961年に渡辺プロと契約。園まり・伊東ゆかりらとスパーク3人娘を結成。ザ・ピーナッツの後継として期待され、クレージーキャッツ主演の『シャボン玉ホリデー』などに出演し、一時代を築く」とある。1961年は、彼女が15歳の年である。
 中尾ミエで決定的なのは、彼女を一躍スターにのし上げた歌「可愛いベイビー」である。

 元歌をコニー・フランシスが歌ったのは1961年。翌1962年に中尾ミエがカバーして日本でも大ヒットになった。
 1962年というと、中尾ミエは16歳である。高校2年生といったところだろう。すると、五木寛之が作ったCMソングを歌ったのは、1961年、高校1年生だったのだろう。
 相当に若いなと、ちょっとショックを受けると同時に、もし彼女が高校3年なら、五木は光ったスカートの女子高校生と見るより、すでに女を見ていただろう。
 五木はこの時、ちょうど30歳になったばかりだろう。すでに、後に「配偶者」となる玲子さんとはすでに同棲していたと見られる。
 五木は、真摯な15歳の中尾ミエを見つめながら、ショービズにかけたプロの魂といったものを見て取り、自身をこう省みていた。


おそらく私が見たものは、一人の歌い手の卵ではなく、幼くして一つの道に賭けた人間の後姿だったのだろう。そして、小説を書くという年来の抱負から遠ざかって、一向にめざす仕事のいとぐちに近づけずにもがいていた私自身に対する、恥ずかしさだったのかもしれない。

 五木寛之はこのそのころ、30歳で、小説家にならんともがいていた。どのように生きていったらよいか、その一つの道が見いだせなかった煩悶もあった。
 道の定まらない30歳の五木寛之と、15歳の中尾ミエの光景を想像すると、胸になにか、ぎゅーんと響くものがある。ノスタルジーというのでもない。昭和がどうということでもない。
 自分も、『考える生き方』(参照)にも書いたが、そんな時代があったなと思う。私は女性と同棲ということはなかったどころか、恋愛の気配さえなかった。30歳を過ぎて、ああ、自分は、おじさんになってしまったなあと、街行く女子高校生がとても遠く思えたことがあった。いや、女子高校生趣味といったものはないのだけど。
 

 
 

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