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2013.02.07

[書評]統計学が最強の学問である(西内啓)

 統計学をその「意味」の視点からこれほどわかりやすく解説した書籍はないのではないか。「統計学が最強の学問である」(参照)という表題は挑戦的だが、実際、後半部の応用分野との関わりの解説に力点を置いて読むならなら適切とも言える。しかしなにより、統計学をわかりやすく解説した入門書としてすぐれている。現代人ならどうしても統計学の基礎知識は必要となるので、そういう点からも必読書と言ってもいい。

cover
統計学が最強の学問である
西内啓
 本書の内容は、cakesに連載されていたもので、私も連載当初から読んでいた。語り口が豊かでまた逸話も面白く、オンラインの読み物としてもすぐれているのだが、中盤の回帰分析の説明あたりから、これは集中して読んだほうがいいなと思い直し、年末から正月、Kindle PaperWhiteのブラウザー機能に落とし込んで読んだ。ある程度、濃密なコンテンツになると依然、書籍というのは有利なもので、この連載が書籍化されるなら、早速読んでみたいものだと思っていたら、すぐに書籍化された。再読し、さらに再々読した。読む度にうなった。ちなみに、本書はKindle版もある。再読に便利だ。
 統計学の入門書として本書が優れているといっても、他に良書もある。著者・西内啓氏自身の「世界一やさしくわかる医療統計」(参照)も「医療統計」としているものの、統計学の入門書としてもすぐれている。
 しかし、統計学は数学でもあり、つまるところ、ある程度は体系的に学ばないとわからない面がある。演習も必要とは言えるだろう。統計学を一定水準で学ぶためには各人がいろいろ工夫されるとよいだろう。ちなみに私は中学生のころ、教師の趣味でできた統計クラブというのに属していて電卓叩きをよくやらされたが、現代では、無料の表計算ソフトですら各種統計処理用の関数が用意されているので、具体的な事例をもとに簡易に計算してみるという学び方もあるだろう。
 問題はその先、あるいはその手前かもしれない。
 「なぜこういう統計分析をするのか」「その背景にどういう考えがあるのか」「こういう統計分析をしてどんな意味があるのか」ということは、いわゆる入門書からはわかりづらい。統計の専門家はどうしてもテクニカルな問題に関心を向けてしまうからだ。相関と因果関係についてはどの入門書でも指摘されているが、「両者を混同しないように」くらいな説明で終わらざるをえない。
 本書は違う。統計というものをこれほど徹底して考え抜いた書籍はなかったのではないかと思えるほどだ。本書の前半を読んでもわかることだが、統計学の意味がわかることが、実際のビジネスシーンにも大きな影響を与える。逆の言い方をすれば、統計学の技術だけで出された定量的な結果レポートは、そのために巨費をかけていても、実質ナンセンスということが多い。率直なところ、本書を読んだ経営者は以降、企画屋があげてくるプレゼンテーションに厳しくなるに違いない。
 本書の内容は、著者も率直に述べているが、前半では統計学の基礎説明を越えるものは特にない。その意味で、一通り統計学を学んだ学生にとっては、なーんだという印象ももつかもしれない。実は私も、前半三分の一までは、統計学者フィッシャーのエピソードの話などを読みながら、「ああ、あれね」という感じで過ごしていた。
 が、喫煙の被害についての、統計処理の背景にある考え方の説明あたりで、ぐっと引き込まれた。自分としてはフィッシャーの原理的な考え方が正しく、いわゆる各種疫学の論考にはそれほど意味がないのではないかと疑っていた。が、そのあたりが、ばしっと整理されていたのだった。
 もう一点は、これは単に私が無知なだけだったかもしれない。回帰分析に関連して「統計学の教科書は一般化線形モデルの扱いで2種類に分けられる」という説明には、感服。また曰く「一般化線形モデルという枠組みによって、データ間の関連性を分析したり推測を行ったりする解析のほとんどは、広義の回帰分析の一部であると整理することができた」。そうだったのか。という時点で自分の無知にあきれた。
 本書では、t検定の考え方と回帰分析の考え方が、実は同じなのだということをわかりやすい図を使って説明しているが、こういうの、これまで読んだ入門書や教科書の冒頭にきちんと書いてほしかった。というか、私の読み落としだろうか。なお、「t検定」については他の説明に比べて、この用語についての説明手順に省略があるように思えた。こうした点で巻末索引から見直したり、別途用語集があるとよかったかもしれない。
 後半三分の一、第6章「統計家たちの仁義なき戦い」以降は、統計学の6つの分野として、統計学の応用の話題に移る。ここらは統計学の基礎というよりは、現代の各種学問や企業活動、医療などの背景にある統計学の現状がそれぞれ簡素にまとめられている。読みやすいといえば読みやすいが、その分、個別の領域に潜む問題についてはどうしても浅くなりがちで、おそらく著者であれば各分野について一冊分の解説書ができるだろうし、今後も期待したい。特に、統計学と計量経済学については是非、経済学者を交えて深掘りをかけてほしい、難しいだろうが。
 本書の意義の一つは、回帰の説明が極まる第5章末の段落に現れている。

 人類はすでに因果関係を把握しコントロールする術を手に入れている。妖しげな霊媒師に頼るまでもなく、ちょっと勉強してデータをいじりさえすれば最善の判断は下せる。あとはもう、この知恵を使っていかに価値を生み出すか、というだけの話なのだ。

 誰でもちょっとデータをいじるだけでよいかという点では、ネット論壇的なものを見るとそうとも言えないかなと思い浮かぶ御仁が数名いるが、それはそれとして、きちんとした統計処理から、現代政治の政策課題の大半は、技術的な問題に帰しており、その技術面のプランでは有能な官僚の良心にかなり委託できる。が、現実の私たちの課題はその方向にそれほど進んでいない。別の難問があるのだ。
 余談めくが、私は著者の西内氏に先日会い、「うあ、これは昔よく見た天才のいちタイプだ」という印象をもった。きっと話せばいろいろ理解してもらえると思ったが、現実の私たちの社会・政治の難問は、実は、解決にはないのである。正しい解決は、活かされないと言ってもいい。そんなこと通じるかなあと思ったのである。
 最強の学問が最高の価値を生み出しても、なかなか現実には反映されないという点で、現実には別のタイプの難問がある。とはいえ、その難問の多くは、基本、市民間の関係や妥協・譲歩の倫理に帰すもので、個人のビジネスにはさほど関係ない。
 本書を理解した人間は、仕事や個人的な問題に直面したときは、かなり強みを発揮するだろうし、そこでは統計学を「ちょっと勉強して」の効果は絶大だろう。
 
 


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コメント

>昔よく見たい天才のいちタイプだ

見たい>見た でしょ?


現実は、応用するとき、誤るし、統計データの収集でも誤ってしまうのが、ニホンのエリートの短所だよね。地震のリスクも、原発のリスクも、大ハズレ。結局、データと肌で接してるかじゃないかな。欧米人はのめりこみかたが違うし。

投稿: | 2013.02.07 16:33

今日買ってきました。
なんとか読みたいと思います。

投稿: ほっさん | 2013.02.10 02:43

誤記修正しました。ご指摘ありがとうございました。

投稿: finalvent | 2013.02.10 18:38

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