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2013.01.03

TPP・ISDS条項以前の話

 TPPの、なかでもISDS条項(投資家対国家の紛争解決)については、冷静な議論のアウトラインは概ね尽きているように思える(参照参照参照)。そのわりには現実ネットの世界では極度な地雷地域でもある。あえて地雷を踏む勇気を出してもナンセンスなので通り過ぎるのが無難だし、実際のところ民主党でも自民党でも政治力を持つ利権団体(再配分同盟)の力が支配的で現実的な対処は難しい。仕方が無かったとも言えるが、すでに期限的に「バスに乗り遅れ」ている状態にも等しい。こうした議論するだけ不毛かつ消耗の話題は、日本のWebの状況ではタフな面々に譲るほかはない。まあ、それはそれとしてだね。
 ピーター・タスカ『JAPAN2020 不機嫌な時代』(参照)を読みながら、TPP・ISDS条項以前の話が興味深かった。同書は1997年と古い書籍なので、現状すでに変革されているのかもしれないが、簡単に触れておきたい。

日本の法は国際市場に耐えうるのか
 「日本の法は国際市場に耐えうるのか?」という問いそのものがすでにナンセンスかもしれないが、ここでは形式的に立ててみたい。タスカの1997年の同書より。


 たとえば、中近東やアジアで日本企業がビジネスの契約を結ぶ際に、日本の法律に基づいて契約することは、まずありえない。ほとんどはアメリカかイギリスの法律が下敷きにされる。

 なぜか。

日本の法律システムに国際競争力がまったくない分、日本の法律事務所は世界でのビジネス・チャンスをどんどん失っている。第一、契約がこじれて万一裁判になったら、日本では二〇年、三〇年の長期裁判も覚悟しなければならない。そんな話は、世界では通用しない。

 いくつか疑問が浮かぶ。
 1997年のこの指摘は今も妥当なのか? そうだとすると、日本はこの15年間、日本国の法的な未熟によってビジネス・チャンスを失うプロセスであり、現況はその結果なのだろうか?
 印象としてはそのように思える。
 その文脈にTPP・ISDS条項の話があるようにも思える。米英法に依存するよりも、あるいは下敷きとするよりも、より公的なルールが求められるのは合理的なプロセスだからだ。
 なお、日本のこの分野の法整備の不備は、法律の分野が強固な再配分同盟となっているからというのがタスカの議論だった。妥当な見解だろう。

なぜ英米法なのか?
 日本企業による国際ビジネスが英米法に拠っていたのはなぜか。


 イギリスとアメリカの法律同士の競争となると、アメリカの法律が頻繁に使われる。ただし、アメリカの法律システムにも大きな問題がある。裁判になって負けた場合、どのくらいバカバカしい金額を支払うことになるかがわからないのだ。そのためイギリスの法律事務所の世界での台頭が目立つが、むろん、特に才能やノウハウがあったり、イギリス企業がバックにあるという理由からではない。イギリスの法律システムそのものが、ある程度わかりやすく、比較的フェアで、裁判に負けても支払う金額は高くないといった評判があるからだ。そういったシステムを維持、監督するするためにはかなりのスタッフが必要といえよう。

 1997年のタスカの議論は、英国法の有利を人的な厚みとしていると同時に、法の運用が再配分同盟に実質制御されている日本ではそれが無理であることも示唆している。
 TPP・ISDS条項は、先にアウトラインとして参照した議論などを読む限りでは、こうした法的プロセスを簡素化し統合する役割を持つはずで、むしろ全体の有利に働くはずである。
 さらにTPPの文脈を外してISDS条項だけ見ても、TPP以前にすでにこの間、日本はISDS条項を含めた投資協定を各国と結んでいるわけで、そのことからも実質的に法整備の弱い国の側にISDS条項が不利になることをしてきたわけでない。もしそうなら日本自体が矛盾した立場になる。
 しかしTPPでも濠州はISDS条項に反対しているが、その理由は自国に法システムがあるためと見てよいだろう。日本の場合は途上国というよりは、先進国なので濠州のように自国法システムに異存するというのが理想的には第一選択になるはずだが、そうなってはいない。なれもしないのが現実である。日本では先に言及したように、再配分同盟によって国際ビジネスにおける法システムが死んでいるからだろう。

TPP・ISDS条項なしでやっていけるか
 「TPP・ISDS条項なしでやっていけるか」というのも形式的な修辞疑問に過ぎないが、仮に設定してみるのは、タスカの同書にある「ソフトのデファクト・スタンダード」の問題が関連するかだ。
 同書では扱いが短く、かつ曖昧な議論ではあるが、アジアでは高度な日本製品の購入先にはならないとしていた。1997年の指摘であることを念頭に。


 それに、この先二〇年間、日本の基幹産業は電気情報産業になるといっても、ソフトのディファクト・スタンダードは、依然としてアメリカが決定権を持ち続ける。つまり、アメリカとの関係を無視して、アジアに焦点を移動させるのはとても無理な話なのだ。

 ここでもいくつか疑問がわく。
 まず前提として、日本の基幹産業が電気情報産業であるというのは20年を待たずしてすでに崩壊している。なぜ崩壊したのかというのは別の話題になるが、ごく簡単にいえば、経営の合理化を問うおちゃらけ論などを別にすれば、そもそも日本の産業構造で主要な位置を占めるはずのサービス産業強化との関連の失敗と、金融政策のミスせいだろう。
 日本において今後、電気情報産業自体が独自に成り立たないとするなら、ソフトのディファクト・スタンダードを論じる以前の状態のようだが、この点についてはむしろ、現代の産業のインフラを支える情報技術が事実上米国に支配されている現実のほうが重要だろう。もはや議論以前に事実認識の課題である。その意味で現代の産業そのものが米国との関係を無視して存立しえないし、これは広義にソフトのディファクト・スタンダードとも言えるだろう。
 となれば、弱い位置に置かれた立場はできるだけ公的なルールを求めるしかなく、その点で日本の産業はどう存続できるかという議論でなければならない。普通に考えれば、ここもまたTPP・ISDS条項の文脈に思える。
 リアリティの全体変化もある。1997年時点では日本が優位性を持っている高度な製品の販売市場はアジアには求められなかったが、成長セクターであるアジアこそが今後は日本の高度な製品の販売市場となるのかもしれない。
 いずれにせよ現実問題として見ると、TPP・ISDS条項については「TPPの議論すらしてはならない」という日本の戦争末期の「敗戦の議論をしてはならない」と似たような空気に覆われている現状では、どの政党による政府でも身動きが取れない。すでに手遅れ状態に近い。手遅れでないとしても、法システムの不整備でいかんとも動けない日本にしてみれば、さほど焦る意味もない。どうにでもなーれの、安逸な状態であるというのもなんだが、考えるだけ困惑する事態になっている。

 
 

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コメント

連続投稿で失礼します。「TPP問題は素通り。ネット上のタフな連中に譲ります」と。極東ブログ様は『ゲーム理論』の解説を書かれたことがありますので、ゲーム理論で考えてみます。TPP問題は、要約すれば、アメリカと同盟を結ぶか(中国封じ込め作戦)、アメリカに逆らうか(中国と同盟を結ぶか)となります。個人的には、TPPに参加しろ、でないとアメリカさんの圧力が怖いよ、ただし徹底的に交渉せよ、が正解だと思っています。ただし、この問題には、そもそも『正解』がない。どちらの選択肢もメリット・デメリットがあるからです。TPPに参加すれば、日本の農家は全滅するかも知れない(デメリット)。でも、参加すれば、いろんなメリットもある。どちらを選んでも良いという場合(答えが複数ある場合)、ゲーム理論を適用することは難しいはずです。まあ、日本の害務省は無能なので、結局は「交渉力もなく、最後はアメリカさんの言いなり。でも、その時はもう既に遅かった」(日本の農家も全滅、アメリカの信用すら失う)となるだろう、と安倍総理の後釜を狙っている(マンガが愛読書と世界に公言した)麻生次期総理の顔を見て、そんなシナリオを私は想定します。ところで、アメリカの法律が強いのは何故なのか。単に、20世紀はアメリカさんが強かった(パクス・アメリカーナ)からではないですか。18世紀はオランダ(パクス・オランダ)、19世紀はイギリス(パクス・ブリタニカ)でした。では、これからの21世紀は?さて問題。パクス・ジャポン(世界最強・ニッポン)となるか?ぜーたいッにあり得ない。じゃあ、パクス・チャイナ(中国最強)となるか?これも、あり得ない。なんせ法律は守らない、56の公式言語を持つ世界最狂(?)の民族国家ですから。歴史的に、法律を守らない国が列強国になったケースはない。中国にある日本企業に対して、表向きは『反日デモ』と称して「かっぱらうぞー!」と平気でやれるような中国さんは、ある意味で21世紀はパクス・チャイナかも知れませんけれど。法律と勤勉さと団結力がパクス(列強国)の条件でしょうが、法律を守りすぎても、守らないのでもダメというのが面白いところ。統合後の南北朝鮮も、いずれは凄まじい脅威になるはず。インドは宗教的な身分階層がまだ残っているからなあ。いずれにしても、パクス・ジャポンは絶対にあり得ない。ニッポン・サイゴー(最期)!

投稿: 大東亜 | 2013.01.03 13:56

TPPに参加したらそれこそ日本は最後です。
洗って乾かすために猫や幼児をレンジに入れた結果、死なせたことに対して取り扱い説明書に書いてないからと言ってレンジ企業を訴えて賠償金を勝ち取るようなアメリカとISD条項を結ぶなど以っての外です。
TPPは日本に対してアメリカの因縁つけを直に通すための条約です。例え圧力がかかっても日本国民全員で抵抗するべきです。絶対反対が正しい答えであり、その他の選択肢はありません。

投稿: TPPはアメリカによる戦前の古臭い植民地政策 | 2013.02.11 07:42

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