「米有力紙に尖閣問題は棚上げ」報道について
昨日、「米有力紙が尖閣問題は棚上げすべき」との社説を出したということがニュースになった。結論から言えば、報道に明確な間違いはないのだが、なぜ今回、これが日本で報道されたのか、報道の詳細はどうだったか、検証しておいたほうがよいように思えた。
すでにどこかのメディアなりブログなどで検証しているのかもしれないが、それがないとすれば、二次的な日本報道が一次的な「米有力紙」のままのように残る懸念もある。拙いながらこのブログでも記しておこう。
国内報道だが、NHKでは27日付け「米有力紙 尖閣問題は棚上げすべき」(参照)があった。報道検証なのであえて全文引用する。
アメリカの有力紙、ワシントン・ポストは26日付けの社説で、沖縄県の尖閣諸島を巡る日本と中国の対立について取り上げ、不測の事態から日中間の軍事衝突に発展する可能性に懸念を示したうえで、「当面はこの問題を棚上げすべきだ」として、鎮静化に向けてアメリカも支援すべきだという考えを示しました。
ワシントン・ポストの社説は、尖閣諸島を巡る問題について「日本と中国の間でこれまで棚上げされてきたものの、去年9月に日本政府が島を国有化したことで中国側に激しい反発の口実を与え、中国による挑発行為がエスカレートしてきた」と指摘しました。
そして、不測の事態から日中間の軍事衝突に発展し、日本の同盟国であるアメリカが介入を余儀なくされ、衝突に巻き込まれる可能性が以前より増していると懸念を示しました。
その一方で、社説は公明党の山口代表が25日、安倍政権の幹部としては初めて、中国の習近平総書記と会談したことについて「事態の鎮静化の兆しだ」と歓迎しました。
そして、来月訪米する予定の安倍総理大臣に対し「中国側の挑発に応じるのではなく、緊張緩和の道を探るべきだ」とするとともに、「当面はこの問題を以前のように棚上げすべきだ」と訴え、鎮静化に向けてアメリカも支援すべきだという考えを示しました。
概ね間違いはないと言ってよいのだが、NHKによる「日本と中国の間でこれまで棚上げされてきたものの、去年9月に日本政府が島を国有化したことで中国側に激しい反発の口実を与え、中国による挑発行為がエスカレートしてきた」という表現からは、日本側に非がある印象を与える。
時事にも報道があった。「尖閣問題の棚上げを=米の支援で-Wポスト紙社説」(参照)である。
【ワシントン時事】26日付の米紙ワシントン・ポストは社説で、安倍晋三首相に沖縄県・尖閣諸島をめぐる中国との緊張緩和を模索するよう求めた上で、米国の支援で尖閣問題を棚上げすべきだと主張した。
社説は、尖閣問題で中国が挑発行為を強めていることや、安倍政権の対中強硬姿勢に懸念を表明。こうした中で、公明党の山口那津男代表が安倍首相の親書を携えて訪中したことを、緊張緩和の兆しとして歓迎している。
その上で、2月に訪米する安倍首相に対し、緊張緩和の方策を模索するよう要請。米国が尖閣をめぐる日中の軍事衝突に巻き込まれる危険が高まっているとし、尖閣問題の棚上げを支援すべきだとの見解を示している。 (2013/01/27-01:53)
時事は報道が短くなっている分、「尖閣問題で中国が挑発行為を強めている」ことについて、日本側の非についての含みは読み取れない。
原文はどうだったか。
該当のワシントンポスト社説は「Political climates in Japan and China ratchet up island dispute(日中間の政治情勢が島論争を過熱させる)」(参照)である。
該当個所を読んでいこう。まず前提的な説明がある。
The Senkaku Islands, called the Diaoyu by China, have been under Japanese administration since 1895; for decades, China agreed to leave its claim to them on a back burner. But Japan’s nationalization in September of three of the islets — undertaken in an attempt to head off an attempt by a nationalist politician to gain hold of them — provided China’s military and Communist leadership with a pretext for rabble-rousing.中国が釣魚島と呼ぶ尖閣諸島は1895以来、日本の管理の下にある。ここ数十年間、中国はその領土主張を後回しにすることに合意していた。しかし日本が9月、うち三島を国有化したことは、中国軍部と共産党指導者に大衆煽動の口実を与えることになった。日本政府としては、国家主義政治家がこの島を支配しようとしたのを阻もうとして目論まれたものだった。
どうだろうか。原文は、NHK報道の「日本と中国の間でこれまで棚上げされてきたものの、去年9月に日本政府が島を国有化したことで中国側に激しい反発の口実を与え、中国による挑発行為がエスカレートしてきた」というのは違う印象を受けるのではないか。特に、NHKがまとめる「反発の口実」ではなく、原文は「中国軍部と共産党指導者に大衆煽動の口実」とされている部分に注目したい。
続きを見てみよう。
In recent weeks Beijing’s provocations have escalated from dispatching surveillance ships to the islands to scrambling warplanes in response to Japan’s. China’s state-controlled media have been whipping up something like war fever, with one paper declaring that a military fight is “more likely” and the country “needs to prepare for the worst.” Disturbingly, this provocative and dangerous campaign has been overseen by the new Communist leadership under Xi Jinping, which has ample motive to divert attention from domestic problems.
この数週間、中国政府の挑発は、諸島への監視船の派遣から、日本の対応に呼応した戦闘機の緊急発進にまでエスカレートした。中国の国家管理下にあるメディアは、戦争にかられた熱病のような状況をかき立ててきている。その一紙は、軍事衝突は「可能性が高い」とし、「最悪の事態に備える必要がある」とうたいあげた。不穏なことに、この挑発的かつ危険なキャンペーンは、習近平指導下の新しい共産党指導者によって、国内問題から関心をそらすという十分な動機をもって、監督されているのである。
細かく見ると、ワシントンポストの「in response to Japan’s」という表現だと、日本が先行してスクランブルをしたかようだが、その理解でよいものか疑問には思う。
いずれにせよ、ワシントンポスト社説の論点は明確で、尖閣問題で戦争騒ぎをかき立てている張本人は、習近平指導下の共産党の新指導部であり、目的は中国大衆の関心を国外にそらすためである、としていることだ。つまり、ワシントンポスト社説はけっこう、この事態の本質、つまり中国の危険性を突いている。だが、NHKや時事など日本の報道からはこの認識は欠落したようだ。
日本について非についての指摘はないのか。短くあるにはある。
The political climate in Tokyo, too, gives cause for concern. The new prime minister, Shinzo Abe, is a nationalist who has packed his cabinet with politicians who share his aims of boosting Japanese defense spending and standing up to China. Japan has refused negotiations over the islands, declaring that there is nothing to discuss.日本政府の政治情勢も懸念を引き起こす。新総理大臣、安倍晋三は国家主義者であり、彼の望むように防衛支出を増強し中国に抵抗する政治家で組閣した。日本は尖閣諸島についての交渉を拒絶し、議論することは何もないと宣言した。
日本について非とされるのはこの部分だけだ。
まず不可解なのは、尖閣諸島についての領有権問題はないとまず鮮明にしたのは、野田前首相とその内閣であるのに、なぜ安倍首相がとりわけ名指しされるのかは理解に苦しむ。また、防衛増強についても前民主党政権の動向と変化はない。
つまるところ、安倍政権へのワシントンポスト社説の非難は、内閣人事に国家主義者が多いというだけになる。確かにこの点は問題だが、ワシントンポスト社説の懸念は臆断によるものでしかないと言えるし、安倍晋三が国家主義者だというのも彼の前政権の実績から判断されるものでもない。
もう一つの論点、NHKが言うところの「米国が尖閣をめぐる日中の軍事衝突に巻き込まれる危険が高まっている」についてはどうか。つまり、オバマ政権はどう見ているというのか。
The Obama administration has been trying to defuse the dispute, dispatching a senior State Department official to Tokyo last week to call for “cooler heads to prevail.” But Secretary of State Hillary Rodham Clinton has also reiterated a position the administration first adopted two years ago: A security treaty binding the United States to defend Japan against attack applies to the islets. That public stance may have been intended to deter China from provoking a crisis, but it also magnifies the stakes for Washington. Should China attempt to seize control of the territory, Mr. Obama could have to choose between backing Japan in a military confrontation and a climb-down that would undermine the “pivot to Asia” he has placed at the center of his foreign policy.オバマ政権は、言い争いを沈静させようと、国務省高官を日本政府に派遣し「頭を冷やす」ことを求めた。しかし国務長官ヒラリー・ロダム・クリントンのほうは、オバマ政権が二年前に初めて採った立場を繰り返した。攻撃から日本を防御することを米国に義務づけている安全保障条約は、この島々にも適用されるというのだ。この公的な立場表明は、中国が危機を引き起こすのを思いとどまらせる意図だったかもしれないが、同時に米国政府の賭け金を吊り上げたかもしれない。中国が万一、この領域の支配を試みるなら、オバマ氏は、日本を支援するための軍事対決か、あるいは、その政権が外交の中心的方針とした「アジアへの軸足」を蝕むことになる軍事譲歩のいずれを選ぶことになりかねない。
この部分は一番理解が難しいところだ。
まず、ワシントンポスト社説は、日米安保の根幹を理解していない可能性がある。同社説は、オバマ政権の沈静化策とクリントン国務長官による言明を対立したものと理解しているが、これは端的に間違いである。正しくは、現状は沈静化を望むが、原則では日本の施政権下の領域は日米安保に含まれるということである。
ワシントンポスト社説が、国際政治に無知であるなら批判をするのは空しいが、むしろ、このような誤解が米国中枢部の意見として同社説で示されている点に重要性がある。
やや奇妙にも思えるのだが、この社説からは、米国がアジア戦略を展開する上で、日本への軍事支援を確約するのも困るし、中国への対応にくじけてしまえばアジア諸国との関係がまずくなって困る、という意見が読み取れる。
普通に考えるなら、日本を支援し、そのことでアジア諸国の信頼も得ることで、なんら問題はないようだが、それが問題であるかのように語られているのは、「米中関係をまずくするのもなんだな」という懸念なのだろうか。
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コメント
「「米中関係をまずくするのもなんだな」という懸念」なんてのんきなものではなく、「局地にしろ、中国との戦争に巻き込まれたくない」ということだと思います。
投稿: korasho | 2013.01.29 06:20
懸念は、軍事支援の確約を得た安倍政権が高飛車に出て、
中国を暴発へ追い込んでしまうケース。
投稿: 愛煙家@禁煙中 | 2013.01.30 11:02