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2012.02.25

ポップアップトースターを買った

 ポップアップトースターが壊れた。思い出してみると東京に引っ越したときに買ったのだから、もう9年前。引っ越し荷物にオーブントースターを入れる必要なんてないなと捨てて来たものの、東京生活を始めるとやっぱりトースターはあったほうがいいかと悩んだ。たまたまダイエーに行ったら2千円くらいのたぶん中国製のポップアップトースターがあって、これでもいいんじゃないかと買ったのだった。もっと性能のいいトースターがあるのは知っているし、知人はGEのを使っていた。GEのはいいなとも思っていた。使っていない夜には翼を装着してもいいのだし。
 なんでもいいやと思って買ったポップアップトースターなのに9年も保った。それなりに優れものだったのだろうか。そういえば数年前一度壊れて解体して修理したことがあった。仕組みは簡単だったから今回も本気出せば直せるかとも思って解体したものの、なんとなく気力が抜けた。買い換えてもいいんじゃないか。悪魔がつぶやいたのだった。
 さてと、どれにするか。アマゾンを見て思った。家電屋にもダイエーにも行かなかった(たぶんダイエーには売ってない気がした)。まずオーブントースターは要らない。オーブンもあるしロースター(参照)もある。ロースターでパンのトーストできるのか。思ってやってみた。できないものでもないが、実用性は低そうな気がした。
 やっぱし、ポップアップトースターだろ。そしてポップアップトースターなんて最低価格のでいいことは9年間が実証している……ちょっと待て。悪魔が耳をひっぱる。高機能なのとか、おしゃれなのとかも、いいんじゃないか。
 私が誘惑に弱い人間であることは私を愛そうとした数名の女性以外知らない。煩悶し懊悩した挙げ句T-FALのポップアップトースターを買った。ピンクの。かわいいの。小さくて軽い。

cover
T-falポップアップトースター
アプレシアシュガーピンク
 自分で食べるパンは自分で焼く。もう人生の半分くらいそうしている。手作りなのでイングリッシュブレッドというか山高のパンになる。これをスライスしてトースターで焼くのだが背があって以前のトースターでも全部は入りきらなかった。T-FALのポップアップトースターだと口の長さがさらに短くて入らないんじゃないかと懸念したが、予想通り入らない。立てて入れても頭が出る。さてどうしたものか。
 半分に切るか。ここで疑問がわく。これ、普通の市販の食パンでも入らないんじゃないか。セブンイレブンに行って食パンを買ってきて入れてみる。ぎりぎり。ちょっと押し込む感じ。微妙なサイズ。でも口の幅はあって6枚切りが余裕で入る。うーむ。とりあえずトーストしてみますか。焼き色は中くらいでと。口を上からのぞいてみてわかったのだが、中ではスライスしたパンが傾かないように両脇から支えるようにもなっていた。
 ポップアップトースターといっても昔の漫画のように飛び出すわけでもなく、しばらくするとかしょっと焼き上がる。囓ってみると、かりっとよく焼けている。なるほどね。9年間の間に進歩したのは情報機器だけでもないのだ。自分で作ったパンもトーストしてみる。これもかりっといい感じ。けっこううまくて感動もする。
 ベーグルもトーストできるんじゃないかと思って、冷凍してあるベーグルを半割にしてやってみる。いい感じにかりっと焼き上がる。かなりうまい。面白い。スーパーマーケットまで行ってイングリッシュマフィンも買ってトーストしてみる。これもいい感じ。トーストできるのは食パンに限らないわけか。欧米だと普通にそういうもんか。付属の金具をつけるとクロワッサンの温めもできるらしい。へええ、おフランス。
 
 

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2012.02.23

iPhoneアプリゲーム アレキサンドリア大絵巻

 ちょっとした出来心でiPhone用ゲーム「アレキサンドリア大絵巻」をやっていたら、ずぼっと嵌ってしまった。最初は何が面白いんだろこのゲーム、とか疑問に思っていたが、すでにずぼずぼ。私は主にiPadでギリシア軍をやっている。現状アレキサンドリアまで到達した。
 発売元のSEGAでは、ゲームの種類をTCG型対戦ディフェンスストラテジーゲームアプリとか呼んでいるらしい。


「ディフェンスストラテジー」の意味はよくわからないが、対戦モードでなければ、防御(ディフェンス)が基本になるからだろうか。他方、「TCG型」というのはわかる。トレーディングゲームみたいになっているからだ。兵力を示す各種のカードを組み合わせて攻めたり防御したりする。カードの購入も別途できるようだ(買ってないのでよくわからない)。

 カードは戦場が進むことや各戦場でのレベルが上がってくると、種類が増えてくる。10枚以上になってくると、だんだんゲームの意味がわかってくる。
 歩兵なら歩兵で対抗できるが、歩兵では馬車には対抗できない。カードで示される兵にはいろいろ種類がある。槍兵とか弓兵とか槍投げ兵とか投石兵とかボクサーとか。それぞれの属性が違うので、上手に組み合わせないと勝てない。遠くから投げてくる槍兵をどうやって倒すのか最初わからなかったが、ぎりぎりまで引き寄せてから至近距離で剣兵で倒せばいい。騎馬は馬の脚切り剣で倒せる。そんな感じ。コツがわかってくるとパズル的な要素もあって面白い。(画像は無料版のエジプト軍)
 戦闘は基本的に横5列で同時並行的に進む(つねに5つの戦場がある)。兵力のカードは盤上に載せると動き出す。列の移動はタッチして行う。王は最後に攻めてくる兵の列に自動的に移動して最後まで戦う。王は兵を支援する必殺技を持っているが自身は通常兵と同じくらいの力なので、王が戦いだすときはたいてはもう負けになる。。

 なかなか見た目も美しい。見ればすぐにわかるし、ゲーム名からもわかるように、古代絵巻風のデザインが面白い。古代エジプトの壁画と古代ギリシャの壷絵から想像されたものだ。動きもよい。ただ、ギリシャとエジプトが戦うというのはちょっといかがなものかという感じもしないでもないが。
 知っている人は知っているだろうけどこのゲーム、実は第二弾で、第一弾は「源平大戦絵巻」だった。こちらはまだやっていない。やろうかどうか迷っているうちに、アレキサンドリア大絵巻が出たので、つい、というのがきっかけだった。
 両方やっている人の話だと、アレキサンドリア大絵巻のほうが面白いよとのこと。まあ、趣味もあるんだろうけど。ちなみに、Bluetoothで対戦もやらないかと誘われているが、ようやく兵の組み合わせがわかってきたばかりなので、しばらく見合わせ。
 Android版はないらしい。海外からも購入できるだろうから評判はどうか見たがよくわからない。ざっと見ていくと、"Alexandria Blood Show"という言葉が見つかる。言われてみれば、血が噴き出すシーンが多い。絵巻物風デザインなので残虐性は薄められているが、まあ、あまり趣味のよいものではない。嫌な人はオプションで設定が変更できる。
 
 

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2012.02.22

現下のフォークランド問題が示唆すること

 南大西洋上のフォークランド諸島の領有権を巡る英国とアルゼンチンの対立が国際問題化しているが、国内報道を見ているとそれほど目立っているわけではない。遠い国の話だからというのもあるし、その意味がよく理解されていないというせいもあるだろう。
 フォークランド諸島では1982年、領有権を巡って軍事衝突が起きた。「フォークランド紛争」と日本では呼ばれているが、英語で"Falklands War"というように普通に「戦争」であり、双方で千人近い戦死者を出したものだった。
 現在の対立はいわばその30周年記念と言えないこともない。深刻な事態になるかといえば、軍事衝突はあるかもしれないが、軍事力の差から、つまり英国が最終的には十分な抑止力を持っていることから、大問題へと発展するとの見方は少ないようだ。
 「フォークランド紛争」はいろいろな意味で興味深い。この地域の争いは、油田といった資源問題を含むことに加え、現代の西側自由主義諸国間でも領土紛争で戦争が起こりうることを示している。日本からすれば双方が憲法で戦争放棄をすればよさそうなものだが、現実の国際社会ではそうした潮流はない。
 今回のフォークランド問題再燃はその背景を探ると日本にとっても、なかなか示唆的な部分がある。考え方によっては示唆を超えているかもしれない。雑誌「ディプロマット」は「オバマのフォークランドの失敗」(参照)として論じていた。四点にまとめられている。

1 軍事弱体は挑発的である
 紛争地域では一方の軍事力が低下すると、挑発となる。他方が軍事行動に出やすくなる。
 フォークランドを巡る今回の英国とアルゼンチンの対立も、キャメロン英首相が陸海軍の大幅削減を打ち出した際にアルゼンチンが挑発的に出た。特に英空母の退役がアルゼンチンを挑発した。
 日本では、鳩山元首相のように首相になってから抑止力を学ぶ人もいるが、現在の世界を見つめているだけでもそれを学べる機会はある。

2. 米国は同盟国として頼りない
 英米の軍事同盟はかつては強固だった。英国は国内世論を押し切っても、米国が始めたイラク戦争やアフガニスタン戦争に参加した。オバマ政権以降、同盟は弱体化している。
 今回のフォークランドを巡る問題では、クリントン米国務長官は対立する二国間で話合うことが望ましいと述べ、英国を支持しなかった。英国の保守高級紙テレグラフはこれを「フォークランド問題でオバマ政権は英国を背中からナイフで刺した(Obama administration knifed Britain in the back again over the Falklands)」と表現した。
 自国民の血を流してまで米国との同盟を維持してきた英国でも、オバマ政権の時代では背中からナイフを刺される。

3. 法の支配・民主主義・民族自決推進の失敗
 現在のフォークランド諸島の住民3200人はこの地に175年も暮らしていて、現在のアルゼンチン国民の祖先の多くがアルゼンチンの地に住み着いた以降より長い。当然、フォークランド諸島住民の多数は英国領であることを望んでいる。それは法の支配・民主主義・民族自決の原則を前提にしている。
 米国はこの、法の支配・民主主義・民族自決といった価値を世界に推進しようとしてきた。だが、オバマ政権がフォークランド問題に関与しないとしたことで、これらの価値の放棄したことになった。
 このことからさらに懸念される波及として南シナ海の問題がある。


For example, the complex web of territorial claims in the South China Sea, similarly, requires that no party try to unilaterally impose its will on smaller neighbors. The question is what sort of precedent the South Atlantic crisis sets for this similarly tense dispute in the Pacific.

例えば、多岐にわたる領土主張がある南シナ海でも同様に、どの勢力であれ弱小隣国に一方的な強制をするべきではない。問題は、南大西洋の危機が、同様に緊張した太平洋の対立にどのような先例をもたらすかである。

4. 経済制裁は裏目に出る
 フォークランド問題の文脈で見ると、アルゼンチンが自国ナショナリズムの視点からフォークランドを経済的に締め付けると、アルゼンチン自身が困難になる。つまり裏目になる。他国の資源開発参入を阻止し、観光業にも影響するからである。もっとも、ナショナリズムに覆われているときは長期的な経済利益はあまり考慮されないものだ。

 まとめも振るっている。


Whatever the outcome of the current crisis over the Falklands, the Obama Administration’s failure to back America’s key ally and its policy of significantly cutting American defenses sends the wrong message that will be heard far beyond the waters of the South Atlantic.

フォークランドを巡る現在の危機がどのような結果になろうとも、米国オバマ政権がその主要同盟国支援に失敗したことと、米軍大幅削減政策は、間違ったメッセージとして南大西洋を越えるだろう。


 日本を含めた状況でこの指摘を翻案するなら、現下フォークランド問題への米国オバマ政権の対応が、南シナ海の紛争に関わる米国同盟国に強い影響を与えることになる。その影響を見て日本近海の領有権問題の行く末が想像できるようになる。
 
 


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2012.02.21

光市母子殺害事件元少年の死刑

 1999年に起きた山口県光市母子殺害事件で、強姦致死などの罪に問われた元少年の死刑が20日、最高裁で確定した。元少年は犯行当時、死刑が認められる年齢である18歳を超えていたものの、満18歳を1か月超えたばかりで、その点でも死刑が妥当かなどを含め、死刑の基準についても長く議論が続いていた。
 検察は死刑求刑したが、1審の山口地裁は無期懲役とした。地裁判決要旨を引用したい(読売新聞2000/3/22より)。


 主文
 被告人を無期懲役に処する。
 (罪となるべき事実)
 【第一】 被告人は、平成十一年四月十四日午後二時三十分ごろ、山口県光市室積沖田四番の本村洋方において、同人の妻本村弥生(当時二十三歳)を乱暴しようと企てたが、同女が大声を出して激しく抵抗したため、同女を殺害した上で目的を遂げようと決意し、頸部を両手で強く締め付けて殺害、乱暴した。
 【第二】 同日午後三時ごろ、前記方において長女本村夕夏(当時生後十一か月)が激しく泣き続けたため、聞き付けた付近住民が駆け付けるなどして第一の犯行が発覚することを恐れ、泣きやまない同児に激昂して、居間において同児を床に叩きつけるなどした上、首に紐を巻き、締め付けて窒息死させた。
 【第三】 第二記載の日時場所において、本村弥生管理の現金約三百円及び地域振興券約六枚(額面合計約六千円)等在中の財布一個(物品時価合計約一万七千七百円相当)を窃取したものである。
 (量刑の理由)
 一 本件は、被告人が排水検査を装って被害者ら方を訪問し、同所において主婦を乱暴しようとするも、激しい抵抗にあったことから、同女を殺害して乱暴しようと考えて同女を殺害して乱暴した上、その傍らで泣き叫んでいた生後十一か月の乳児を殺害し、右主婦の管理にかかる財布等を窃取したという事案である。
 なお被告人は、当公判廷において、被害者ら方を訪問するまでは乱暴の犯意はなかった旨供述するが、不自然かつ不合理であり採用できない。
 二 被告人は、自己の性欲の赴くままに判示第一の犯行に及び、その傍らで泣き叫んでいた乳児を右犯行の発覚を免れるためなどの理由で判示第二の犯行に及んだものであり、誠に身勝手かつ自己中心的なその犯行動機に酌量の余地は全くない。
 そして、その犯行態様は、極めて冷酷かつ残忍であり、非人間的行為であるといわざるを得ない。また、被告人は犯行後その発覚を遅らせるために、遺体を隠匿したり、罪証隠滅のため自己の指紋の付いた物品を投棄したり、窃取した地域振興券を使用する等犯行後の情状も極めて悪い。
 他方、本件各犯行当時、被害主婦は二十三歳の若さであり、被害児はわずか生後十一か月であり、何らの落ち度もなく、幸福な家庭を築いていた被害者らの無念さは筆舌に尽くし難いものであり、遺族が本件各犯行によって被った悲嘆、怒り、絶望感は察するに余りある。当公判廷において証言した右主婦の夫及び実母がいずれもこぞって峻烈な被害感情を表し、被告人を死刑に処してほしいと強く要求しているのは、至極当然であるところ、これに対し、慰藉の措置は全く講じられていない。
 さらに、本件各犯行は、平日の白昼に集合団地の一室で発生した凄惨な事件であって、マスコミにも「光市母子殺人事件」として大きく取り上げられ、近隣住民に与えた恐怖感や、一般社会に与えた不安感、衝撃は計り知れないものがある。
 三 しかしながら、最高裁判所昭和五十八年七月八日第二小法廷判決が判示したところにしたがって本件を検討すると、被害者らの殺害は事前に周到に計画されたものでなく、被告人には前科がなく犯罪的傾向が顕著であるとはいえず、当時十八歳と三十日の少年であり、内面が未熟でありなお発育過程の途上にある。
 そして、被告人の実母が中学時代に自殺した等その家庭環境が不遇で成育環境において同情すべきものがあり、それが本件各犯行を犯すような性格、行動傾向を形成するについて影響した面が否定できないことに加え、捜査段階において一貫して本件各犯行を認め、当公判廷において示した遺族に対する謝罪の言葉は必ずしも十分なものとはいい難いが、被告人質問や最終陳述の際に被害者らに思いを致し涙を浮かべた様子からすると、一応の反省の情の顕れと評価でき、被告人の中にはなお人間性の一端が残っており、矯正教育による改善更生の可能性がないとはいい難い。
 四 以上によれば、本件は誠に重大悪質な事案ではあるが、罪刑の均衡の見地からも一般予防の見地からも極刑がやむを得ないとまではいえず、被告人に対しては無期懲役をもって、矯正による罪の償いをさせるのが相当である。

 私はこの地裁判決で概ねよいのではないかと考えていた。理由は、死刑の基準となる通称「永山基準」の妥当な解釈だと思われたからだ。地裁判決では「最高裁判所昭和五十八年七月八日第二小法廷判決が判示したところ」とされている部分である。
 永山基準では、1968年、当時19歳の少年が起こしたの連続射殺事件で最高裁が判決で示したもので、(1)犯罪の性質、(2)犯行の動機、(3)犯行態様、特に殺害方法の執拗性、残虐性、(4)結果の重大性、特に殺害された被害者の数、(5)遺族の被害感情、(6)社会的影響、(7)被告の年齢、(8)前科、(9)犯行後の情状、の9項目を考慮し、やむを得ない場合に死刑が許されるとした。
 「無期懲役」とする地裁判決を高裁も支持し、少年に更生の可能性を指摘した。が、2006年、最高裁は「計画性のなさや少年だったことを理由にした死刑回避は、不当で破棄しなければ著しく正義に反する」として審理を広島高裁に差し戻し、2008年控訴審で死刑判決となり、今回最高裁は上告を棄却して、死刑を確定した。
 ここで疑問を投げかけてみたい。当初の地裁・高裁の「永山基準」の解釈は間違っていたのか、それとも今回「永山基準」が事実上改訂されたのか。
 差し戻し時に最高裁が「少年であることは死刑を回避すべき決定的事情ではない」としていること、また、20日の最高裁第一小法廷が「犯行時少年だったことなどを十分考慮しても、死刑はやむを得ない」(参照)としていることから、「永山基準」は今回事実上改訂されたとしてよいだろう。昨日、日本で死刑の基準が変更されたのである。
 なぜ死刑の基準が変わってしまったのか。
 20日の最高裁第一小法廷では「何ら落ち度のない被害者の命を奪った冷酷・残虐で非人間的な犯行。心からの反省もうかがえず、遺族の被害感情も厳しい」「刑事責任はあまりにも重大で、死刑を是認せざるをえない」とされたが、この言明に日本国民の支持が暗黙裡に織り込まれていると見てよい。残忍非道なら死刑を是認せざるを得ないとする現在の日本国民の意思に、最高裁が法を調節したものだろう。今後こうした刑事事件は裁判員裁判の対象となり、日本国民の死刑についての意思が露出してくるが、それに先回りして調節したものでもあるだろう。
 法がそんな改変をしてもよいものか、というなら、まさにハーバード大学マイケル・サンデル教授がコミュニティの価値観を尊重して「これからの『正義』の話」をしたように、正義とはこうした日本国民の文化・歴史的な価値観の反映になるものである。その点からするなら、コミュニティの価値観から正義が改変されても当然だと言えるだろう。
 私はというと、今回の「永山基準」の改訂は間違っていると思う。死刑は廃止の方向に思索していくべきだからだ。しかし死刑廃止論については今回の判決とは直接関係はないので立ち入らない。
 この事件での、死刑という量刑について考えたいのだが、そこが間違っていると考えている。地裁判決が示した少年法の主旨への配慮は重要だろうと思う。この点で、今回宮川光治裁判官が死刑判決では極めて異例となる反対意見として「死刑判決を破棄し、改めて審理を高裁に差し戻すべきだ」「年齢に比べ精神的成熟度が低く幼い状態だったとうかがわれ、死刑回避の事情に該当し得る」述べたことに賛成したい。
 後は余談に近い。この事件の事実関係の認識において、結果的には残虐非道になったものの、その計画性という点でも私は疑問が残っている。
 法が裁くのは、悪なる意思である。「法という一般意思」が「罰に値する悪なる意思」に向き合うのが裁判である。精神異常者や少年が裁けないのは、そこに意思がないからであり、「悪なる意思」は計画性によって表れる。だが、最高裁の判断では、「計画性のなさや少年だったことを理由にした死刑回避は、不当で破棄しなければ著しく正義に反する」として計画性を重視しなかった。これは間違いだと私は思う。
 今回の裁判でいえば、先に要旨を引用した地裁でも高裁でも、事実関係は争われなかった。おそらく、「永山基準」で無期懲役になるとの弁護側の甘い想定で裁判が進められたためだろう。差し戻しをした最高裁も地裁・高裁の事実関係は確定としていた。
 だが、控訴審では事実関係は審理しなおされ、この時点でいくつか事実関係の問題点が見えてきた。事件の全貌は見えてこなかったが、犯罪の計画性という点では、この事件は「悪なる意思」の表れというより、人間らしい残虐さと偶然性という印象をもった。
 
 

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2012.02.20

米国では、30歳以下の女性の出産は婚外子が多い

 一昨日のエントリー「新米パパ(Old New Dads)」で、40歳過ぎて子供を持つ男性が増えてきたという話を書いたが、40過ぎ男性のお相手女性はというと8歳ほど若いことが多い。40歳を過ぎた再婚男と30歳を少し過ぎた女性といったところ。日本でもそういう傾向はあるだろう。こうした話と直接関連しているわけでもないが、米国だと30歳未満の女性の出産では婚外子が多いらしい。18日付けのニューヨークタイムズに「30歳未満の女性では、大半の出産は婚外」(参照)という記事があり、興味深いものだった。
 米国はプロテスタントのキリスト教文化的な気風が強く、かつては婚外子の出産は違法のように見なされていた(余談だがアマゾンのベソス社長は母が10代のときの婚外子)。この50年間で社会は変化し、30歳未満の女性では嫡出子より婚外子の出産が上回った。結婚しないで子供を産む20代の女性が普通になったと言ってもよい。
 全体的に見るなら成婚者の出産が59%だが、30歳未満の女性に限定すると60%強が婚外子出産となる(2009年)。しかし若い世代に全体的な傾向かというとそうでもなく、大卒者に限定すると結婚してから子供を出産していることが多い。若い世代では学歴の有無が婚外子を決める側面がある。こうした状況から「結婚は贅沢品」との指摘もある。
 なぜ20代女性の婚外子出産が増えたのか。直感的にわかるようでわからない。日本ではそういう傾向が目立っていないから先進国全体の傾向でもない。もっとも日本の場合は中絶が重要な意味を持っているかもしれないが。
 米国の若年層の婚外子出産増加にはそれなりの理由はありそうだ。平均給与の減少によるものか。格差社会の影響か。婚外子でも安心して出産できる社会的セイフティネットの充実か。セイフティネットの充実という場合は、成婚が増えるのではなく、未婚で婚外子が増えるという考え方である。婚外子のほうが食糧提供などの補助が厚い。
 ニューヨークタイムズ記事では統計提示の後、具体的な事例を挙げて婚外子増加の理由を考察している。結婚できないのは貧困が原因であることが多いが、あらためて婚外子の出産の理由はというと、それほど明確な推測に至れない。
 事例を読むと、日本人的な印象にすぎないかもしれないが、婚外子を産むと決断する若い米人女性たちには中絶の選択は第一に上がっていないようだ。米国では中絶の権利が声高に叫ばれているので、日本より産まない自由が社会に浸透しているのかと思っていたが、こうした事例からは、産む自由が問われているようだった。また、婚外子を持つ若いカップルの三分の二は子供が10歳未満で別れる。早晩別れると理解して婚外子を出産している女性も多いだろう。子連れの30代女性と再婚する男性も珍しくはないだろう。
 30歳未満女性の婚外子出産には人種の差が存在する。黒人では73%、ラティーノで53%、白人は29%。人種的な格差あるいは人種的な文化差のようだが、増加率で見ると白人が多い。人種差による経済格差の間接的な影響はあるとしても単純ではない。婚外子もまた普通の出産とする社会的セイフティネットの浸透速度の差かもしれない。
 出生率が低下していく日本だとこうした問題は、国の人口問題やあるいは結婚できない若者の問題といった文脈で議論されがちだが、ニューヨークタイムズ記事に、考えようによっては、気になる指摘があった。「家族というのはもはや父母・夫婦といった社会的な役割を演じるものではなく、より個人の満足や自己達成となっている」というものだ。個人の生き方という文脈が前面に出てくる。
 日本はその点でどうだろうか。少し古い話だが女性の結婚について「勝ち組」と「負け組」を分けるという話題があった。結婚を勝ち負けと見る見方だった。これが現状はどうだろうか。「負け」ではなく「勝ち」の多様性として、「結婚もして社会的にも成功」と「結婚はしないが社会的には成功」に置き換えられつつあるように見える。特に社会的な正義や成功といった文脈で語られるとき、暗黙に「結婚はしないが社会的に成功」が鼓舞されていく傾向、あるいはその枠組みに疲労していくようすが日本に見えつつあるように思える。
 日本では、生き方が問われているようでいながら、婚外子を自由に産むという空気はない。あればもっと増えているだろう。米国のように30歳以下の女性の出産で婚外子が増えてくることは、社会的な成功や結婚よりも、婚外子であろうが子供を産むという生き方の、自由な選択結果として受け止めてよさそうだ。
 
 


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2012.02.19

ボードゲーム 「世界の七不思議:指導者たち (LEADERS)」多言語版

 今年の元旦にボードゲーム「世界の七不思議」(参照)のエントリを書いた。しばらくはこの基本セットだけで楽しめるだろうし、なんとか各都市でそれぞれ勝利してから拡張キットの「世界の七不思議:指導者たち (LEADERS)」(参照)を入れることにしようと思っていた。時期的には春頃かなと思っていた。でも、いろいろ手こずってもなかなか一位になれないハリカルナッソスでもようやく勝てたし(意図的に埋めとく戦法)、ギザとロドスでやることは機械的になってきたので、そろそろ拡張キットを入れる潮時かなと買ってみた。追加キットが重たいようなら、抜けばいいんだし、と。

cover
世界の七不思議:指導者たち
(LEADERS) 多言語版
 嵌った。たぶん、もう元の基本セットには戻らないだろう。プレーした感覚では、基本セットの三世代構成に、指導者カード選択がもう一世代入るような印象もあって、10分くらい延長する。基本セットの30分くらいのサクっとしたゲームが、10分くらい延長で少しねっとり感が出てくる。。が、重たい感じはない。元から指導者を入ってたゲームのように自然に感じられる。よく出来た追加でした。
 最初のコインが3から6にアップするのだけど(リーダー購入用だろう)、特に違和感はない。リーダーの機能も最初はいろいろ細かくあって、こんなの覚えられないよと面食らったが、例によってアイコンで表示されているので、いったん慣れればそれほど解説書を読むことはない。ベタな勝利点や科学のカードまんまやんかみたいな指導者もあって、その部分はつまらない追加だなと当初は思っていたが、いえいえ、実に微妙に勝負の行き先を変えるのでよく考えられている。
 基本セットでもそうだが、ともすればというかやり始めは、他のプレーヤーを無視して、しこしこ自分でカードを集めていくようなゲームにも見えるのだが(ドミニオンもそういうところがあるが)、しだいに手元のカードがどう他のプレーヤーに循環するかを計算するようになるし、他のプレーヤーの軍事化や科学化のタイミング、どの資源や手工芸品を産出するかとか、いろいろ周りを気にして見計るようになる。あれですね、経済学でいう市場を通したコミュニケーションみたいな感じ。
 この追加キットは多言語版というのだけど、ようするにリーダーの名前が英文字で書いてあるというだけで、説明書には日本語のものが入っている。日本人がやっていて違和感はない。ローマ字が読めるくらいの子供なら、英文字で指導者名が書いてあっても問題はないだろうし、指導者たちの肖像はわかりやすく描かれているので、名前がよくわからなくても顔とか姿でわかる。
cover
 新規に加わった愛人ギルドと愛人トークンというのも洒落めいていて面白い。総じて、世界史を舞台に指導者というと、おっさんばっかりのイメージがあるが、カードには女性も多い。できるだけ女性を多くしようとした配慮の感じもうかがわれる。
 都市のボードにはローマが加わる。コロシアムである。これじゃエイトワンダーではないかというのは野暮。ローマのボードは指導者を多用する。ローマらしいといえばローマらしい。
 当然だがゲームのメンツの腕も上がってくるので、科学化で80点とかいうことは難しくなるし、軍事化のメリットやデメリットも気になる。一次産品を生産するようになるか工業品でやっていくか、商業を発展させるかなど、戦法も複雑になる。無理に世界史とかに結びつける必要はないが、国家と歴史のダイナミズムの基本的なモデルにもなっている。
 得点計算は基本セットの計算に指導者得点を加えるため新規の集計用紙を使う。つまり、ますます集計作業がめんどくさい。ゲームをしながら、相手がどの程度勝っているのは直感的にはわかりにくくなる。そのあたりは、今後のボードゲームの課題でもあるんだろうな。
 
 

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