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2012.12.13

マリ共和国への国連安全保障理事会による軍事介入計画

 西アフリカのマリ共和国の状況について国内ではあまり報道がなく、考えようにもよるのだが深刻な事態になっている。このブログでは4月26日エントリー「マリ共和国で起きていること」(参照)で言及したが、その後の状況、特に、国連安全保障理事会による軍事介入の計画について補っておこう。

 前回触れたように3月22日、西アフリカのマリ共和国で軍部のアマドゥ・サノゴ大尉が率いる「民主主義と国家の再建のための国民委員会」(CNRDR: the National Committee for the Return of Democracy and the Restoration of the State)によってクーデターが発生した。
 これによってトゥーレ大統領はネガルへ出国。4月に議会議長だったトラオレ氏が暫定大統領に就任。8月にCNRDRの関係者を入閣させた国民連合内閣が成立し、暫定首相にはディアラ氏が就任した。
 この3月のクーデーターの混乱に乗じて、北部独立を掲げるトゥアレグ人勢力は攻勢を強め、北部ガオ州の州都ガオを掌握。さらに世界遺産の都市であるトンブクトゥ制圧し、北部の主要都市を掌握した。
 トゥアレグ人勢力は二系ある。北部に「アザワド」という国家の独立を求める遊牧民トゥアレグ人の武装組織「アザワド国民解放運動(MNLA: National Movement for the Liberation of Azawad)と、アルカイダ系イスラム過激派「アンサール・ディーン(Ansar Dine)」である。
 中部都市トンブクトゥはこの時点で、アンサール・ディーンがMNLAを追い出して支配下に置き、マリ共和国北部から中部はアルカイダの新しい拠点になっていった。
 前回にも触れたが一連の政変は、カダフィのリビアを西側が潰したことの余波であり、カダフィ大佐の傭兵が大量の武器をもってトゥアレグ人勢力に荷担したせいであった。
 いずれにせよリビア崩壊が、マリ共和国北部から中部はアルカイダの新しい拠点をもたらしたのだが、このアンサール・ディーンは指導者の縁故を含め、「イスラム・マグレブ諸国のアルカイダ(AQMI: Al Qaida au Maghreb Islamique, AQIM:Al-Qaeda in the Islamic Maghreb)」と関連がある。
 ここでオバマ米政権がスピンをかましたベンガジ事件を思い出してほしい(参照)。あの事件は、オバマ政権が当初ふかしていたムハンマドを冒涜する映画に対するイスラムの怒りではなく、「イスラム・マグレブ諸国のアルカイダ(AQMI)」の関与があったと見られる。
 どういうことなのか。
 西側がもたらしたリビア崩壊が、新しくマリにアルカイダの拠点を生み出したということだ。
 現状マリでは、民間人40万人が難民になり、5歳以下の子ども60万人に栄養失調状態にある。人道危機と言ってよい。
 ここにきて12月10日、ディアラ暫定首相だがサノゴ大尉の指示で、身柄を拘束された(参照)。背景にあるのは、マリの政情不安である。
 国際社会がまったく手をこまねいていたわけではない。10月の時点で国連安全保障理事会が軍事介入を検討している。10月13日付け朝日新聞「安保理、マリ軍事介入への計画求める 国連・AUに」(参照)より。


【ニューヨーク=中井大助】無政府状態が続くマリ北部をめぐり、国連安全保障理事会は12日、国連やアフリカ連合(AU)に対し、45日以内に軍事介入の計画を策定するよう求める決議を全会一致で採択した。計画が策定された後には、改めて軍事介入を承認するための決議も検討するという。
 マリでは3月にクーデターが起きた後、北部をイスラム武装勢力が支配。フランスが提案した決議は、アルカイダ系を含めたテロ組織の活動を指摘、周辺国を含めた治安の悪化につながる可能性を懸念している。事態を解決するため、潘基文(パンギムン)事務総長が西アフリカ諸国経済共同体(ECOWAS)とAUに要員を派遣し、介入計画を策定するよう求めている。

 45日が過ぎたのだが、どうなっているのか。
 11月14日共同「マリ軍事介入計画を承認 アフリカ連合」(参照)より。

 エチオピアからの報道によると、アフリカ連合(AU)は13日、イスラム過激派らに北部を掌握されたマリに対する西アフリカ諸国経済共同体(ECOWAS)の軍事介入計画を承認すると表明した。
 同計画では、ナイジェリアやニジェールなどから兵力3300人の部隊をマリに派遣予定。AU平和安全保障委員会のラマムラ委員長は、AUの承認により、ECOWASに属していない他のアフリカ諸国からの派兵も可能になると記者団に述べた。
 ECOWASは、国連安全保障理事会の承認が得られ次第、部隊を派遣するとしている。(共同)

 その後はどうなったのだろうか。国内報道からは見えないようだ。
 12月10日のVOA「UN Security Council Has Growing Concerns Over Sahel」(参照)を読むと微妙にもたついているようだ。年内にはなんらかの動きはあるのかもしれない。問題は資金のようでもある(参照)。また、ダルフール危機でも見られたが広域に軍の展開が難しいという技術上の問題もあるのかもしれない。
 米国オバマ政権としても、人道危機とはいえ、また失態を重ねかねないアルカイダと事態に関与しなくないというのもあるのだろう。
 
 

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2012.12.11

他に適任者がいないなら安倍首相でしかたがないかというのがフィナンシャルタイムズ

 3年前、民主党への政権交代を勧めていたフィナンシャルタイムズは今度の衆院選挙をどう見ているのか気になっていたが、9日付け社説「帰ってきた安倍(Abe’s return)」(参照)に、表題のように安倍晋三の復帰として論じていた。概ね、他に適任者がいないなら安倍首相でしかたがないかという主張のように受け取れた。
 フィナンシャルタイムズに言われると、戦争の歴史を恥じもせず「美しい国」とか掲げて無様に失態した安倍がまた出てくるなんて、想像できた人も少ないだろうと、いきなり、かます。
 どうしちゃったんだ日本ということで、3点ほど理由が挙げられている。
 まず、国際状況は変わった。尖閣問題である。こうした状況では、憲法改正や軍事費増強を狙う安倍の主張も理があるみたいだ(His view looks reasonable)と。
 二点目は、政権交代した民主党がげんなりする出来だったこと(the lousy performance)である。日本国民は民主党は自民党よりはましだと思っていたと。
 三点目は、安倍は、日銀改革を迫り、2から3パーセントのインフレタート政策を掲げ、デフレ克服にやる気満々であることだ。中銀の独立を脅かさないなら、大胆なインフレ政策は好ましい(his bolder stance on inflation is to be welcomed)。むしろ、リフレ政策の主張を今の時点で弱めたのは早すぎだ(If anything, he has backtracked a little too quickly.)と。
 全体として安倍への評価はどうかというと、前回の手ひどい失態を思えば、幻想を抱かないほうがいい(No one should be under any illusion)とのこと。国内的には指導力もなかったし、対外的には、彼が誇る日本の戦時には性奴隷がいた恥ずかしいものだった、と(such as the Imperial Japanese Army’s routine use of sex slaves – was shameful and caused justified anger among neighbours.)。
 では、安倍はやめとけということかというと、結語がなんとも奇妙なものである。


That Mr Abe now looks like the best candidate available is the result of two things: China’s misguided foreign policy, and the sorry state of a Japanese political system unable to produce someone better.

安倍氏が首相候補として最善に見られるのは、二つの帰結である。一つは、中国の対外戦略の失敗であり、もう一つは彼よりましな人選ができない、日本政治の残念な状況である。


 よく言うよねというか、これって裏を返せば、まずもって現在の野田首相けちょんけちょんということ。そして、自民党の石破幹事長もダメダメということだ。ましていわんやおやおやおやと。
 総じて久しぶりに目の覚めるようなフィナンシャルタイムズのダメな社説の典型例みたいなものだったが、それでも共感できないでもない。
 もう少しポジティブに書くなら、日本を追い込んだのは、中国だろうということになるが、そこはフィナンシャルタイムズらしいヘタレがあるわけで、日本へのクサシとどっこいどっこいでしかない。
 それに中国の反日デモという事実上の謀略に引っかかったのは、民主党政権なのだから結局は民主党の自滅でもあった。民主党政権は中国との多面的な実チャネルを失い、メディアを通して事実上工作される「危険な国粋主義者・石原慎太郎論」にひっかかり、これを排することが中国政府への忠誠だと思い込まされて謀略を踏み、失態した。本来なら、中国の政変時期に日本政府は動いてはいけなかった。
 これだけヘタレたフィナンシャルタイムズの社説ではあるが、安倍のインフレターゲットは実質支持していると読んでよいし、ようするに、それを打ち出せる、実力ある政党が不在であるということが残念な状況というのは、いたしかたない。
 
追記
 JB Pressに全訳が掲載されていた。
 「社説:安倍氏の首相返り咲きが意味すること」(参照
 
 

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2012.12.10

「じれったい」

 たぶん明日、cakesの連載で林真理子『ワンス・ア・イヤー』の書評が掲載される予定で、その次は向田邦子『思い出トランプ』の予定。どちらも大作を書くつもりもなかったのだが、文章が長くなってしまった。ご関心あるかたはどうぞ。
 cakesの書評では、対象作品を知るために関連作品も読むことにしているし、実際のところ、そのための読書にけっこう時間を割いたりもする。1981年に亡くなった向田邦子については、私の世代だとテレビなどでも本人を見ていて、その肉声も知っているのだが、もう一度聞いてみたいと思った。
 こういうときネットは便利なもので、違法ではあるのだろうが、ユーチューブにいくつかあった(参照)。が、肉声を聞けたか聞けないか、イエスかノーかという話が、肉声を聞くという意味であるわけもない。新潮から出ている「言葉が怖い(新潮CD)」(参照)を聞いてみた。昔カセットで出ていたものである。76分ある。面白くってさらっと聞ける。それでいてじんとくる。

cover
言葉が怖い 新潮CD
 ちょっと勘違いしていたこともあった。向田邦子の講演というのはけっこう多数あるものだと思っていた。が、そうではないらしい。「講演嫌いの向田さんが亡くなる半年前に行った講演会の模様を収録した貴重な声の記録」とあるが、聞いてみると、手慣れた話口調であるし、人を聞き入らせるのが上手だとも思うが、それほど多数の講演をこなしてきた人ではない躊躇が感じられた。
 亡くなれる半年前の声というのも印象深かった。50歳であろうか。けっこうなオバサンさだなとも思うが、私は55歳である。彼女は冬の季節の手前に生まれたから、存命なら83歳である。おばあさんと言ってよい年だが、生きていたらまだしっかりと語られたことだろう。
 講演は、『父の詫び状』形式というでもいうのか、ちょっと気を引く感じだがやや緩い結合の挿話をいくつかまとめて、主題「言葉が怖い」、言葉というのもの怖さをその年齢で知るようになったということ、を伝えている。
 興味深い挿話が続くのだが、最後のほうに出てくる「じれったい」という言葉についてなかでも興味引かれた。ふと、向田さんの講演は、中森明菜の「少女A」の前だっただろうかというのも気になった。
cover
中森明菜
「Best★BEST」
 調べてみると、歌のほうは1982年であった。向田さんの講演が先だったのである。するとあの講演が阿木燿子に影響したのかと一瞬思ったのだが、そう、勘違い。この作詞は売野雅勇であった。

じれったい、じれったい
何歳に見えても、私、誰でも
じれったい、じれったい
私は私よ。関係ないわ
特別じゃない。どこにもいるわ
わたし、少女A

 中森明菜の曲を思い出したのは、「じれったい」が少女の言葉とされていることだ。
 向田邦子の講演では、「じれったい」の言葉が、少女、といっても、七、八歳だろうが、そのつぶやきから出たのを驚いたとしていた。
 脚本家として向田邦子は、何千本も脚本を手がけながらも、一度も「じれったい」という台詞が書けなかった。書こうとすると、艶っぽい大人の女の言葉を想定してしまいがちだった。が、実際には、幼い女の子でも使うのを見て驚いたというのだ。
 ちなみに中森明菜の年代の女性に「じれったい」とか言う?ときいてみたが、使わないとのことだった。私も、しばらく、「じれったい」という言葉を聞いたことがないなと思っていた。それとこれは、女性の言葉だと思っていた。
 手元の辞書を引いたなかで、大辞林に用例解説があった。ネットにもある(参照)。

[用法]じれったい・[用法]はがゆい――「一向にはかどらなくてじれったい(はがゆい)」「自分の気持ちが伝わらなくて、何ともじれったい(はがゆい)」のように、思うようにならなくて、いらいらする意では相通じて用いられる。◇「じれったい」は、その気持ちの生じる状況に対し、自分では手の出しようがなく、いらだたしい思いがつのる場合に多く使われる。「私が行ければいいのだが、ほんとうにじれったい」◇「はがゆい」は、他の人のすることを見て、何をしているのだといらだたしく思う場合に多く使われる。「一度の失敗であきらめるとは、はがゆい人だ」◇類似の語「もどかしい」は古くからの語で、「じれったい」「はがゆい」と同じように使うが、文章語的である。「上着を着るのももどかしく部屋を飛び出した」のように、心がせいて何をする時間も惜しいの意は他の二語にはない。

 女性言葉だという説明はない。他の辞書だと「じれったい試合だ」というのがあり、なるほど、その文脈なら、昭和のおっさんが言いそうでもある。が、それでも基本的にこれは女性言葉のように思える。
 この言葉には、性的な関係の含みがあると思う。男に対して「ああ、じれったい」、あるいは、年下に対して「ああ、じれったい」と言うのだろう。
 男の私としては、私が特例なのかもしれないが、いらいらする、はがゆい、もどかしいという語感はあっても、「じれったい」という語感の内実はよくわからない。
 もう一つ連想することがあった。天理教の開祖、中山みきの天啓によく「たすけ、せきこむ」というのが出てくる。「あしきをはらうて、たすけせきこむ、いちれつすまして、かんろだい」というあれである。といって、通じる人は少ないかもしれないが。
 このアージェントでありながら、性的なせっつき感のなかにみきの本領もあるのだろう。神は人間を「じれったい」と見ているのだろう。
 日本語の辞書が十分に「じれったい」を示していないので、英語でなんというのかも気になってみたが要領を得ない。annoying、frustrating、irritating、provoking、tantalizing、vexatious……どれも違うような感じがする。
 じゃ、なに? というところで、ふっと、"You, piss me off!"という言葉が浮かんだが、それだと「むかつくわ」という感じのほうが濃いのだろう。
 「じれったい」という言葉が使われる世界が日本でもなくなったかといえば、そこはよくわからない。シチュエーションによってはありそうだし、英語でもありそうには思う。
 ただ、つきつめてみると、女が険のある顔で「じれったい」と男に言うような状況は、もう日本にはないんじゃないか、という気がする。
 
 

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