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2012.11.17

[書評]ちょっと早めの老い支度(岸本葉子)

 どきっとする書名で手に取った。あの、岸本葉子さんが「老い支度」だなんて。

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ちょっと早めの老い支度
岸本葉子
 「はじめに」をめくると「今の私は五十代」とある。1961年生まれのはずだから、たしかに五十代には違いない。52歳だろうか。かく言う私は55歳。四捨五入すると繰り上がりのほうになってしまった。自分も「老い支度」ではないかと読んでみた。
 「はじめに」はこう始まる。

 老後が怖い。そう思ったのは三十になろうとする頃、結婚しないかもしれないと感じはじめたのと同時期だ。

 女と男の心の動きは違うが、30歳になったときは、ひどく年老いた気がした。そしてそこからの時の流れは速かった。
 自分は老後が怖いかというと、すでに半分余生のような捨て鉢な感じもあってよくわからない。
 岸本さんは、「怖くなくなった」と言う。

 不安は、わからないところに生じる。得体が知れないものほど恐ろしい。
 三十代よりも今の方が老いにたいしてなじみが出てきた。視力の衰えひとつも体験すると「なるほど、こうなっていくわけね」とつかめる。

 本書で岸本さんは、視力の衰えのことで、老眼鏡を必需品だと書いている。
 そのあたりは、よくわからない。先日百均でクリップを買ったおり、老眼が各種置いてあったので、もしかしてこれって便利なのかなと試してみたが、まるでわからなかった。近眼と乱視のほうがひどいからだろう。
 老眼は免れているのかもしれないが、老いを感じないわけではない。
 この本で岸本さんは忘れっぽくなったという話も書かれているが、自分も思い当たるふしがあってどきっとする。じわっと記憶力なども衰えていくのだろうか。
 で、どうするか?
 という話がいくつも、生活の見直しになるようなヒントとして指摘されていて、女の生活と男のそれとは違うものの、うんうん、なるほどなと頷きながら読んだ。いろいろ実行したいこともある。
 「好みの低年齢化は、まま起こる」もおもしろかった。五十歳すぎたら岸本さんは、かわいいものを好むようになったという。なるほど。
 自分は男性なので、女子のかわいい趣味はないが、だんだん感覚が子ども帰りしている感じはする。お酒を飲まなくなったし、大人らしい性的なアピールというか色気も抜けてしまい、子どものような気分でいることも多い。
 英語を含めて向学心がふっとわくともあるという。それも頷ける。私も一時期、もう勉強とかしてもそれが何かの足しになるような未来はもうないから、勉強みたいなことはどうでもいいと思っていた。が、どこかで逆転した。脳みそが動いて、ものに関心あるうちは自分のために勉強していても、いいんじゃないかと気楽に考えるようにした。歴史、英語、科学、ふつうに勉強はおもしろいものだなと思う。
 意外に思える話もあった。岸本さんは、風呂場のカビ落としが大変なので、いっそのことお風呂はスポーツジムで済まそうというのだ。その手があったか。おもしろい生活だな。それも老いに向かう生き方のコツと言えないこともないだろう。
 本書には二点、対談が含まれている。産婦人科医とマネーライターが相手だ。前者は閉経などにともなう女性の身体の変化の話だが、岸本さんのなまなましい体験のようなものは出て来ない。後者は老後のためのお金の話だ。年金の話題もある。
 ああ、しかし。
 いつのまに年を取ったのだろうか。岸本葉子さんの「微熱の島 台湾」(参照)を感動して読んだのは私が32歳のことで、それを参考に台湾に三度行った。あの本を書いていた岸本さんはまだ20代だった。そして、30代、40代、それぞれの時代の思いをつづったエッセイを時の流れに合わせて書いてきた。
 岸本さんは私より4つも若いので、同世代の感覚からは少しずれる部分があるが、それでも、近い世代の感覚がいつも生きていていた。そして、いよいよ50代か。
 
 

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2012.11.16

不穏な中国の時代へ

 先日ニューヨークタイムズに、胡錦濤体制への批判と見てよいだろう温家宝の中国首相一族の資産リーク記事が上がった。また随分とえげつないことをするものだなと思った。胡錦濤・腹心の令計画の息子が女性二人を高級スポーツ車乗せて交通事故死した醜聞をネタに、令計画を中央弁公庁主任から降格した話も伝わってきた。政争の終盤に来て、これはだいぶ胡錦濤派が揺さぶられているな、と想像はしていた。が、中国共産党第十八回大会の映像の初っ端から江沢民(86)が現れ、その他ゾンビがゾロ並びの不穏な雲行きとなり、新体制の蓋が開くと想像以上にひどい顔ぶれだった。
 不穏な事件を起こした薄熙来を江沢民派は長老ゾンビが庇うなか共青団が厳しく追究していたので共青団には勢いがあると見えていたものだ。ここまでひどいバックラッシュになるとは想像していなかった。これから不穏な中国の時代がやってくるだろうと観念した。
 中国の指導部・政治局常務委員は、おそらく全体的には共青団を優勢にした七人体制に持っていくなかで、太子党や上海閥が「俺も入れろ」という流れで九人体制、あるいは通常はあり得ない変則的な実質八人体制、つまり胡錦濤による軍事委主席留任となるかもしれないと想像していた。
 が、胡錦濤は全面的に引退し、胡派の息のかかるのは事実上、李克強だけとなった(参照)。


政治局常務委員(現職)
1 太子党:習近平・国家副主席(59)
2 共青団:李克強・副首相(57)
3 上海閥:張徳江・副首相兼重慶市党委員会書記(66)
4 上海閥:兪正声・上海市党委書記(67)
5 中間派:劉雲山・党宣伝部長(65)
6 太子党:王岐山・副首相(64)
7 上海閥:張高麗・天津市党委書記(66)

 なお、兪正声は太子党と見ることもできる。劉雲山は共青団としてもよいが上海閥に近い。
 太子党は高級幹部子弟ということで明確な政治スタンスはないが、底辺から組織された共青団とは対照的になる。上海閥は概ね江沢民派であり、上海を中心とした利権的な組織であり、特定の政治的なスタンスが強いということではない。地方利権という点からすれば、他の地方利権と同構造と見てもよいだろう。
 有力視されていた李源潮・党中央組織部長と共青団から期待されていた汪洋・広東省党委書記は選出されなかった。
 なぜここまで上海閥が勢力を盛り返したかだが、江沢民一族の危機意識もあるだろうが、概ねゾンビ長老と地方利権のいわばコングロマリット的な勢力の危機感からだろう。露骨に言えば、この勢力が抱えている不良債権問題と見てよいと思う。
 だが、これらの潜在的な危機は、非民主主義国家で法が整備されていない中国では、むしろ共青団的な社会主義的な国家イデオロギーにまかせたほうが対処しやすいのに、そういう流れにならなかった。
 中国の潜在的な経済危機が、言わば、地方利権の私党の争いで、上手に調停されるかが今後の中国動向を決める。たぶん、ろくな事にはならないだろう。
 もちろん、危機が顕在化されたときに、共青団的な勢力がどう動くのかが重要になるのだが、その点では、常務委員の下部の25名の政治局員の動きにが気になる。ここは意外と共青団的な勢力が上手に温存されている。最後の砦として胡錦濤・温家宝が次世代のために残したということだろう。これらが、習近平と李克強のコンビでうまく機能すれば、中国は安定軌道に乗る可能性がないわけではない。期待はしたい。
 逆に今回、なぜここまで共青団が押し返されたかという視点でからすると、胡錦濤の対応から見て、日本政府による尖閣諸島国営化が引き金だっただったと見てよいだろう。
 民主党政府も欧米メディアも、中国から流されてくる「悪の右翼・石原慎太郎都知事」というお話に翻弄され、石原の動向を封じることで、中国政府の歓心を買おうとした。が、これが事実上、外交的な謀略だった。
 胡錦濤としては、石原の動向は困るが、日本国が大げさに動かれても、反日活動お得意の江沢民派からの弱みにつけ込まれることになる。
 実際、そのような展開になった。尖閣諸島についてはこうした中国政変時にはできるだけグレーな状態に保持するか、ごく内密にことを進めるべきだったし、実際、胡錦濤もそれを想定したのだろう。その意味では、胡錦濤にしてみると日本に寝首を搔かれたという思いがあるだろう。
 それでも、それだけの理由で胡錦濤派がここまで押し返されるとも思えない。薄熙来事件の駆け引きや、温家宝一族の資産リークも関連しているだろう。弱い形でブルームバーグから習近平の資産リークがあったが、ようするに、これらで脅しも政争の一端だったのだろう。ただし、こうした脅しはむしろ上海閥や地方勢力に効くようにも思えるのだが、ようは情報の流し方だろう。
 ニューヨークタイムズが江沢民派の事実上の謀略に荷担したということなら、このチャネルがまた反日活動でフル活動できる体制が整ったともいえるだろう。
 多少不吉なことを言うと、今回の政治局常務委員で上海閥が優勢とはいえ、年齢を見てもわかるように、次期常務委に留まることができるのは、現在50代の習近平と李克強で、残りの5人の任期は1期5年だけである。
 つまり、2017年には仕切り直しの政争が起きるだろうし、その前哨戦がまたまた反日運動の謀略とともにゴングが鳴ることになりそうだ。
 
 

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2012.11.15

ばか正直では首相は務まらない

 窮鼠猫を噛む。野田総理も追い詰められたら、戦中の大日本帝国みたいに特攻隊突撃か。エコノミストが言うように(参照)、つまり、英語でいうところのカミカゼ(kamikaze)をやってしまった(参照)。


kam‧i‧ka‧ze [only before noun]
1 kamikaze pilot: a pilot who deliberately crashes his plane on enemy camps, ships etc knowing he will be killed
2 used to describe someone who is willing to take risks, without caring about their safety:
kamikaze lorry drivers

カミカゼ
1 カミカゼ飛行士:自殺になることを知りながら、敵陣や敵艦に入念に自分の飛行機をぶつけてくる飛行士
2 自分たちの安全を考慮せずに、危険を冒す気でいる人についても言う


 なぜ太平洋戦争末期みたいな神風特攻隊を野田総理は演じることができたかといえば、戦前の日本精神・特攻隊精神とまったく同じ精神構造だったからではないか。清廉潔白・正直なら何をしてもいいという二・二六青年将校みたいな人がこの国の頂点に立っていたのか。




嘘をつくつもりはありませんでした。えー、私は小学生の時に家に通知表をもって帰った時に、とても成績が下がっていたんで、親父に怒られると思いました。でも親父はなぜか頭をなでてくれたんです。5や4や3、そんなの気にしなくて、生活態度を書いた講評のところに「野田君は正直の上に馬鹿がつく」と書いてありました。それを見て親父は喜んでくれました。安倍総裁の教育論は傾聴に値するもがたくさんあります。歴史観、国家観から。私の教育論はそっからはじまるんです。偏差値や百点や五段階じゃなくて、数字にあらわせない大切なものがあるんだということを親父はおしえてくれました。だからもともと嘘をつくつもりはありません。「近いうちに解散をする」ということに是非先般の一〇月一九日党首会談をやったときにもお話しました。信じて下さい。残念ながら、「トラスト・ミー」という言葉が軽くなってしまったのか、信じていただいておりません。

 私も日本人だから、涙ぐんで親父さんのことを思い出すという心情はわからないではない。だが、それは信頼できるわずかな人、妻や親友や息子や恩師、あるいは吉田茂のように愛人でもいい、ごくわずかな人にだけ見せるものだ。大国の総理が国会で見せるものではないし、そうすることがむしろ嘘になってしまうのだということが、正直とバカ正直の違いなのである。
 野田さんの気持ちはわかる。誰もを信じたい、国民も信じたい。しかし、すべてを信じられるわけではない。だます人もいる。総理たる者、それでだまされて国家の命運をかけてもらっては困る。総理は信じたいという自分を美化した甘えで務まる仕事ではない。もっとも、「トラスト・ミー」とか軽く言ってのけて国を傾ける総理というのも困ったものだが、逆ブレして、お子ちゃま総理でよいわけはない。
 窮鼠猫を噛む、でわかることは、野田総理が鼠であったことでもある。せめて、ジェリーくらいのふてぶてしいユーモアを持ってほしい。
 しかし、まあ、やっちまったな、であり、もう済んだことでもある。
 誰がここまで鼠を追い詰めたのか。猫は誰か。
 安倍自民党総裁ではなく、民主党である。国民ことなど念頭にない党派政治の自己運動みたいなものである。13日NHK「民主幹事長“今解散すれば政権失う認識足りない”」(参照)より。

 民主党の輿石幹事長は党の参議院常任役員会で、野田総理大臣が衆議院の年内解散に踏み切る方向で検討を進めていることについて、「今、解散すれば、間違いなく政権を失うという認識が足りないのではないか」と述べ、懸念を示しました。
 この中で輿石幹事長は衆議院の解散・総選挙に関連し、「『TPP=環太平洋パートナーシップ協定の推進』だとか、『マニフェスト=政権公約を取りまとめる』などと言っていても、野党に転落したら、なかなか実現に向けて取り組むことはできない」と述べました。
 そのうえで輿石氏は「今、解散すれば、間違いなく政権を失うという認識が足りないのではないか」と述べ、野田総理大臣が年内解散に踏み切る方向で検討を進めていることに、懸念を示しました。
 また、民主党の一川参議院幹事長は記者会見で「国会の懸案は近々、解散があるというスケジュール感で処理されていない。衆議院の選挙制度改革がその最たるものであり、憲法違反の状態で解散に突入するのは分かりにくい話だ。今は、東日本大震災の復旧・復興に最優先で取り組む時であり、今解散すべきではない」と述べました。

 しかし、一川参議院幹事長の語るところにも真実はある。「憲法違反の状態で解散に突入するのは分かりにくい話」というのはそのとおりだ。
 で、どうなったか。これを野田総理は、自民党に丸投げしたのである。
 党首討論で野田総理の気迫に自民党安倍総裁が怯んだとみる話も伝わっているが、私が見るかぎり、「そ、それを丸投げするか」という驚きだったのだろう。逆にいえば、安倍さんとして見れば、できるかぎり議員定数問題の泥を野田総理に被せたいつもりでもいたわけで、安倍さんらしい暢気な甘えでもあった。
 野田総理にしてれば鼠のカミカゼ攻撃であるし、うるうると自己陶酔もしているし、自分なりの正直者の理路でもあったのだろうが、この筋書きを書いたのは、これまでの野田さんの対応を見ていれば彼ではないだろう。堪忍袋が切れるのをサポートしたのは誰か。これはその後の対応を見ていたら、おそらく岡田克也副総理だとわかる。ちゃんとベタな解説までしているのである(参照

 先ほど党首討論が終わりました。
 特に、安倍自民党総裁と野田総理、あるいは山口公明党代表と野田総理のやり取りは、まさしく解散をめぐるやり取りで、総理が16日に解散することを明言される、歴史に残るやり取りになったと思います。
 総理はまず、谷垣総裁との約束は守る。そういう意味で、解散するタイミングを伺ってこられた。そして、今回いよいよ決断をされたということです。

 泥のなすりつけもきっちり解説。

 それに対して総理から、もし定数削減がこの国会で出来ないということであれば、選挙の結果によってどこが与党でどこが野党か現時点では分からないわけですが、「次の国会できちっと定数削減を実現する約束をしてもらいたい」と言いました。
 これに対しても非常に曖昧な答えだったわけですが、総理は「少なくとも国会議員の歳費2割削減だけは約束してもらいたい、一緒にやろう」と呼び掛けられました。ここも安倍さんの答えははっきりしませんでした。山口さんのほうは、「それはやる」と明確に答えられたと思います。
 いずれにしても、総理としては様々なことを考え、例えば年明け解散などになると、我々が来年度の予算編成をしても、選挙の結果によってはもう一度予算編成をやり直すということになりかねません。それは景気にも経済にも悪影響を及ぼしかねないし、二度手間にもなる。そういったことを避けるためにも、このタイミングで解散する。それが国益・国民の利益にかなったことだと。こういうことだったと思います。
 国と国民のことを考えた総理の思いがにじみ出たというか、いっぺんに外に出た。そういう迫力のあるやり取りだったと思います。

 ようするに、小泉元総理の「自民党をぶっ壊す」と同じで、「民主党をぶっ壊す」ということでもあった。
 政権与党でありながら党内理由で政治決断がなにもできない状態ではいけないという、原則主義の岡田さんの考えそうなことだし、そもそも、岡田さんが総裁だったころの民主党はこういう政党ではなかった。そうではない民主党が暴走したのだから、これをぶっ壊そうというのは、それはそれで正論でもあった。それに加えて、現状なら沈みゆく船から逃げる民主党議員に助成金を握らせずにすむという算段もあっただろう。
 私は、こんなことすべきではなかったと思う。
 議員定数問題についても、最高裁の判断では、「0増5減」でも違憲状態であり、ここで解散し、自民党に丸投げしても、なんら解決の糸口は見えない。
 野田総理が戦うべき相手は、民主党だった。これまでも野田総理は民主党と戦ってきたのはわかる。つらい、そして孤独な戦いであったとも思う。しかしそれをやり抜くことが総理の仕事であっただろう。
 もはや詮無いことだが、泥にまみれた本当のドジョウが見たかった。誰もが、滑稽なドジョウ掬いだと笑っても、嘘つきだのとわめいても、きちんと任期を全うしてみせてほしかった。
 
 

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2012.11.14

[書評]重金属のはなし - 鉄、水銀、レアメタル(渡邉泉)

 科学は日進月歩するものなので、生活に接する一般向けな科学を扱った、主要な新書を見かけたときは、できるだけ読むようにしている。本書「重金属のはなし - 鉄、水銀、レアメタル(渡邉泉)」(参照)もそうした意識からと、加えて言うなら、新技術や国際政治などいろいろな局面で重金属の重要性を痛感することが多いことから、とりあえず読んでみた。こう言うと逆に著者に失礼かもしれないが、思いがけぬ良書であった。

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重金属のはなし
鉄、水銀、レアメタル
 高校生なら一年かけて本書を教科書に使うとよいのではないか。いわゆる科学分野の他に、歴史、地理など幅広い分野の知識を育成するのにも役立つだろうし、ビジネスマンから主婦まで、市民・常識人であれば、難しいところは飛ばしてもよいから通読されるとよいだろう。
 昨年以降、問題となっている放射性物質の汚染については、本書ではほとんど言ってよいほど扱っていないが、本書を読めば、従来からある、重金属による環境汚染の問題と類似の行政上の問題も明らかになる。こうしたことを知ることは、まさに蒙が啓かれるという印象を持った。
 全体は8章に分かれ、3章から6章は、本書副題にもあるように、それぞれ水銀、カドミウム、鉛、ヒ素が当てられている。この4章分については概ね独立しているので、それぞれ別に読んでもよい。
 「第1章 産業の最重要素材―人類の歴史を牽引した重金属」については、重金属の定義的な話や章のサブタイトルにあるように人類史との関連の概要が粗描されている。この分野の常識的な知識をまとめるという点では簡便だが、常識的な範囲でもあり、それほど興味深いというものでもない。さっと読み飛ばせる。
 「第2章 からだと重金属―必須性と毒性」から、一般向けの科学書としては面白くなってくる。よく栄養を補給するためにビタミン・ミネラルということが言われるが、具体的な知識のない人は多い。その点本章では、ミネラル、つまり微量金属が生体でどのように働くのか、またビタミンのいくつがそれにどのように関わるかということを基礎から簡素にまとめている。「酵素」についてもしっかりと記述されていて、そこに含まれる重金属との関連が整理されている。ネットなどでは「酵素」についてめちゃくちゃな意見を散見するので、こうした基礎知識をしっかり持つとよいだろう。
 同章を読み進めながら、わくわくとしてくるのは生命の発生や初期の地球環境についての、ある意味で大胆な素描である。知っている人にとってはさしてどうという話でもないが、地球誕生から27億年前まで、地球は酸素のない状態にあった。ではなぜそこから現在の酸素を含んだ大気が形成されたのか?
 もちろん光合成によって形成されたのだが、そのプロセスで鉄を含んだ太古の海の重要性が明示される。酸素は反応性が高く、反応した酸素は大気中には存在できない。しかし、光合成によって酸素が排出されるようになると、これが海中の鉄と結合する。

 光合成の獲得は、海を酸素という猛毒で満たし、さらに海に溶けきれなくなった酸素は大気まで汚染した。その結果、海では大量に溶けていた鉄が酸化し、不溶性の酸化物、つまり錆となって沈み、取り除かれた。この酸化に伴い、その当時生息していたほとんどの嫌気性生物は、体を酸化され死に絶えたと考えらている。

 生体内でのカルシウムのイオンバランスについても太古の海との関連で説明される。その前提として、カルシウムの、細胞にとっての毒性が語られる。カルシウムは骨の形成などに重要だとしながら。

このようにカルシウムは、生体のなかで重要な役割を担っているが、じつは細胞にとっては猛毒である。細胞内にカルシウムが侵入すると脱水素酵素が活性化し、酸素呼吸の工場であるミトコンドリアの電子伝達系で活性酸素種が増加してしまう。

 これが細胞のアポトーシス(自死)にも関連する。
 カルシウムを扱う細胞は、現在の海ではなく古代の海から生まれているとするのは、なぜか。
 マントル変動で陸と地殻のなかから海中に流れ込んで現在の海が形成されたからである。古代の海は、生物の内部に残存したともいえる。他にも進化論的に興味深い指摘や、毒性となる活性酸素の発生と微量重金属の関係の説明など、読んでいて楽しい章である。
 「第7章 必須元素とレアメタルによる環境汚染」は、章題どおりの話題で、3章から6章までの水銀、カドミウム、鉛、ヒ素以外を手際よくまとめ、これにレアメタルと呼ばれる金属の概要を加え、「環境汚染」に焦点を当てていく。
 読んでいて意外だったのは、学校教育などでよく強調される足尾鉱毒事件だが実際には、銅の中毒が原因ではなかったことだ。最近ではどのように教えているのかわからないが、参考までにウィキペディアを見ると「銅山の開発により排煙、鉱毒ガス、鉱毒水などの有害物質が周辺環境に著しい影響をもたらし」と銅の中毒が主眼でもない。また括弧書きで「(実際には、鉱毒が原因で貧困となり、栄養状態が悪化して死亡した者が多く含まれていると考えられるが、田中正造や松本はこれらも鉱毒による死者とすべきだとしている)」など明瞭ではない。
 本書では複合汚染だとしている。

 筆者の分析からも、渡良瀬川流域の足尾銅山直下からは高濃度の鉛やヒ素が検出されている。つまり、足尾銅山の鉱毒は単純な銅汚染ではなく、鉛やヒ素なども含む複合汚染であった可能性が否定できない。

 この鉱毒という問題は、現在のレアアースの採掘・精錬にも関連しているが、これには世界の産業構造も関連している。というと、大企業が利益中心に鉱毒をまき散らすかのようだが、逆で、現在世界では資源メジャーが寡占化しているため、そうではないマイナーが利益を争うことになり、特に中国がそこで利益を上げようとして欧米的な環境基準を満たしていないことのほうが環境問題を引き起こす。
 「第8章 悩ましい存在と生きる―重金属対策の今後」については、私は別途この分野の知識があるので新知見は少なかったが、日本の行政の産業保護から重金属毒性の規制が矛盾に満ちたものになっていることを指摘している。この構造は、読みながら放射性物質の汚染についても同様に思えてくるあたり、日本の政治の大きな病理の指摘にもなっている。
 結語的に言及されている化学物質対策の指摘も重要である。

 今後包括的な化学物質対策がとられるようになれば、将来的に世界を遅う化学物質の影響は、極端な量の化学物質による影響ではなく、微量な暴露が長期に及ぶ慢性中毒となって発生する可能性が高い。

 また、第2章に戻るが次の指摘もある。

(前略)重金属の毒性は、高濃度で暴露される産業の現場や誤飲などの問題が主流となっていた。このような背景から、重金属の毒性発現メカニズムは、無機態のほうが知見が多く、対照的に有機態のものに関しては、未知な部分が多いのが現状である。

 こうした指摘は本書では直接的に指摘されていないが、従来の科学的な視点による食の安全基準から漏れる部分があることを示唆しており、逆の言い方をすれば、従来の科学視点をもった食の安全知見で十分とし、それ以外を非科学と断ずる危険性も暗示している。
 とはいえ、どこかで社会の安全基準の線引きをしなければならないとすれば、本書が指摘するように、この分野に先行的な欧州の動向を参考にするしかない。
 非常に「お得な」とも言えるような本書ではあったが、行間から「そこまで言うと誤解されるだろうか」というためらいも感じられる部分も少なくなかった。不用意に社会に衝撃を与えても解決には結びつきそうにない知見があるなら、それを市民社会に組み込むためには、その前提として、市民による、本書のような基礎知識共有が前提となるだろう。
 
 

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2012.11.13

[書籍]野口英世とメリー・ダージス―明治・大正偉人たちの国際結婚(飯沼信子)

 鈴木大拙とその妻ベアトリス・レイン(Beatrice Lane)について、戦前日本の神智学関連の文脈で知りたいと思っていたところ、本書「野口英世とメリー・ダージス―明治・大正偉人たちの国際結婚」(参照)に関連の情報があるらしいと知り、読んでみた。結論から言うとその面ではさしたる情報はなかったが、鈴木夫妻の話はそれなりに興味深いものだった。

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野口英世とメリー・ダージス
明治・大正偉人たちの国際結婚
 本書表題からは、野口英世とその妻メリー・ダージスが強調されているが、他に、高峰譲吉、松平忠厚、長井長義についてそれぞれ章が当てられ、オムニバス的な軽い読み物になっている。メインとなる野口英世と高峰譲吉については、著者・飯沼信子による別書もそれぞれあり、本書ではその概要といった印象も受ける。自分もこの年齢になってみると、こうした人々のことを調べ直すのは感慨深い。
 うかつにも知らなかったのだが、高峰譲吉については2010年に「さくら、さくら ~サムライ化学者・高峰譲吉の生涯~」(参照)という映画が出来ていた。機会があったら見てみたい。

 当初の関心だった大拙と妻ベアトリス・レインについては、本書を読んでみて、いろいろ知らないことがあったことに気付かされる。これもうかつだったなと思ったのは、彼女が猫を抱いている写真は知っていたが、私の記憶にあるそれは彼女の部分がトリミングされ、全体では「おこのさん」という女性も写っていたのだった。おこのさんという女性についても、もう少し知りたいように思った。また別の機会に調べたい。

 私が仏教というものを学ぶきっかけにもなった、大拙の有名な英文著作「大乗仏教概論(Outlines of Mahayana Buddhism)」(参照)は1907年に書かれたものだが、彼らの結婚は1911年であったので、当然、私は大拙自身の英文によると思っていた。だが、本書に詳しく指摘はされていないが、あらためて考えてみると、彼らの出会いは1905年なので、あの英文にベアトリスの手が入っているとみてもよさそうだ。ベアトリスの思想的な影響もあったかについては、なんとも言いがたい。
 ベアトリスが亡くなったのは彼女が61歳の1939年(昭和14年)である。この年、大拙は69歳で、彼もすでに老境にあったとも言える。彼が松ヶ岡文庫に移ったのは1941年(昭和16年)。ベアトリスの死と老境への整理でもあったと見てよいだろうし、ベアトリス的な密教と神智学への決別の意味もあるかもしれない。
 興味深いのは大拙の「日本的霊性」が書かれたのが昭和19年(1944年)で、これが事実上、敗戦後の日本への精神的な支柱を意図されていたとみることができる点だ。このあたりにも、戦前日本の神智学の動向と戦前の日本の精神史の関係が背景にあるのだろうか。今一つわからない。
 話が前後するが、今東光の父今武平が神智学に属し、神智学時代のクリシュナムルティが1910年に記したとされる「At the Feet of the Master(大師のみ足のもとに)」を「阿羅漢道」として訳出したのが1924年(大正13年)である。だが、1929年(昭和4年)のクリシュナムルティによる、その神智学分化の教団「星のオーダー(Order of the Star)」の解散の主旨を今武平は十分に理解し、彼自身神智学から離れた。
 武平については、今東光の弟・今日出海の親友でもあった小林秀雄がその神智学時代を懐かしく語っていたが、1902年(明治35年)生まれの小林の思い出は1920年(大正9年)あたりだろう。だいたいベアトリスが高野山で密教研究を開始する時代と重なり、当時の日本の精神風土が察せられる。この時代、つまり大正10年あたりのベアトリスの活動、さらに大拙の活動における仏教が、実際のところどの程度、神智学的な傾向を持っていたのかというのが知りたいところが、いま一つよくわからない。
 神智学系の他資料(参照)にあたると、1924年に神智学の支部である東京ロッジ設立に、大拙とベアトリス、およびその母エマ(Dr. Emma Erskine Hahn)が参加しているので、大拙も神智学徒と言ってよいだろう。年代から見て武平との関係もあっただろうと推測される。なお、その前になるが、1920年の国際ロッジへの夫妻の参加もあったようだ。
 その後の活動だが、神智学側から見ると、大拙らは東京ロッジを離れ、大乗仏教ロッジなるものを形成していったようだ。このあたりの解釈は難しいが、どうも当時の大谷大学のなかに神智学的な傾向があったようすがうかがわれる。さらに神智学の分派的な動きは、やはり星のオーダーも関連している。さらにその後だが、1930年ごろから、大拙夫妻と神智学の接点は薄くなっていくようだ。とはいえ、ベアトリスは終生、神智学徒と見てもよさそうだ。
 ところで本書を読んで驚いたのだが、これもうかつにも部類だが、大拙とベアトリスには両者ともやや晩婚のせいもあったのか(41歳/33歳)、子どもはなかったが、1916年(大正5年)生まれの、英国人男性と日本人女性の混血児を養子として引き取っている。鈴木勝(アラン勝, Alan Victor Suzuki)である。


勝・ベアトリス・大拙(1925)

なおオリジナルサイトでは神智学ではなくバハイの扱いになっている。

 大拙とベアトリスの元で育ったのだから、さぞかし知的な少年期・青年期かというと、そうもいかず、放蕩で中学を放校された。ベアトリスのつてもあって、高野山に送るも遁走した。運命は皮肉なもので、勝は戦後の進駐軍の世界で頭角を顕し、英語を教えたことが縁でアイクこと池真理子と結婚した。宝塚時代の三日月美夜子である。

 鈴木勝は、1948年の大ヒット、笠置シヅ子の「東京ブギウギ」の作詞も手がける。結婚生活は、勝の私生活の乱れから、1959年(昭和34年)離婚に至り、1966年(昭和41年)には亡くなる。50歳の生涯だった。奇妙な縁とも言えるが、大拙が死んだのもこの年である。



東京ブギウギ リズムうきうき
心ずきずき わくわく
海を渡り響くは 東京ブギウギ
ブギの踊りは 世界の踊り
二人の夢の あの歌
口笛吹こう 恋とブギのメロディー
燃ゆる心の歌 甘い恋の歌声に
君と踊ろよ 今宵も月の下で
東京ブギウギ リズムうきうき
心ずきずき わくわく
世紀の歌 心の歌 東京ブギウギ

 池真理子が亡くなったのは2000年5月30日。83歳だった。喪主は、1951年(昭和26年)生まれの、勝との間の娘・池麻耶だった。彼女も音楽の道に進み、現在ではアート関連のビジネスと英語教育に携わっている。
 
 

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2012.11.12

最近ハマった驚愕の三つの料理法について

 なんと言ってもまず、「水島シェフのロジカルクッキング 1ヵ月でプロ級の腕になる31の成功法則(水島弘史)」(参照)。強火にしない調理法の水島シェフの調理集なのだが、もう虎の巻みたいな本。31のレシピが素っ気なく載っているだけ。これで出来るの?と思ったけど、実際の手順はファンプラスというサイトに動画で掲載されているので、それを見るとよくわかる。公開鍵暗号方式じゃないけど、動画だけ見てもわからないというのもミソ。

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水島シェフのロジカルクッキング
1ヵ月でプロ級の腕になる
31の成功法則
 この素っ気ない31のレシピがすごいのなんのって、手順どおりに作ってみるとわかりますよ。で、やってみた感想その2としては、私が料理が下手なのか、うまくいかないこともある。従来通り、料理がうまくやってこれた人は、こんなまどろっこしいことやってらんない、ということもあるんじゃないか。しかし、そこもポイント。
 帯に「料理の革新!」とあるけど、まったく違った手法で調理してみるというのは、初心忘るべからずではないけど、調理というものを見直す機会にもなる。
 表題に「ロジカルクッキング」とあり、言わんとするところは科学的かつ論理的な調理法ということで、たしかにレシピを見ているといくつか法則性がある。もちろん、水島シェフ自身が3点に原則としてまとめている。(1)塩加減、(2)火加減、(3)毒出し、ということだが、その原則がどのように各レシピに反映さているかが、難しい。
 もちろん、「ここの調理手順は、毒だし」とかいうのはわかるし、火加減、塩加減も明記されている。が、その背景の科学的な原理がじっくりわかるというとそうもいかない。別の言い方をすると、31のレシピはこれでよいとして、これらではない素材やこれらではない調理をどうするかというとき、レシピをどう組み立てるかという演繹性で原理がどう関係しているのか、わかりづらい。
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決定版「50℃洗い」と「70℃蒸し」
食べて健康になる
 で、自分なりにいろいろやってみて思ったのだけど、これ、基本的には、「決定版「50℃洗い」と「70℃蒸し」―食べて健康になる(平山一政)」(参照)と同じなのではないかと思う。
 つまり、40度から50度近辺での洗い・毒出し・酵素反応と、火加減として特にたんぱく質や細胞組織の変化ではないか。
 そうすると、毒出し、調味、温度管理、という3ステップで、素材と料理を検討していくと、類似のレシピはできるはずで、実際に、実験的にやってみると、おおっとと驚く感じに出来る。げ、こんなうまいものできちゃった感もある。
 驚くといえば、これまでスロークッカーで料理するとうまいものだと思っていたのだけど、その理由は素材によっては長時間煮るということもあるが、低温から煮るという面もあるのだろう。
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油を使わずヘルシー調理! ポリ袋レシピ
 その手のことを考えていくと、これ、真空調理法とも通じているわけで、それってシャトルシェフの湯煎でもできたよなと思っていたら、「油を使わずヘルシー調理! ポリ袋レシピ(川平秀一)」(参照)というのもあって、これもやってみたら、レシピによってはけっこうすごかった。
 さらにこれに下ごしらえについても、ちょっと思うことあって、試してみているけど、さすがにその本は見当たらない。自分が思いつくようなことは誰かがやっていると思うけどね。
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DRETEC防滴クッキング温度計
 というわけで、なんか最近、調理が化学実験みたいになって来た。ので、絶対に欠かせないのが、温度計。水島シェフも使っていたのと同じだと思うけど、「DRETEC防滴クッキング温度計」(参照)を使っている。もちろん、メジャー器具も大切。クッキングタイマーとかも。
 それほど入れ込んでいるわけでもないけど、自分なりにいろいろ調理の実験していると、もっと簡素な調理法がわかったりする。つまり、なーんだ、この料理、こんなに簡単にできるんだ、とか。
 その反対に、昔ながらの伝統的な調理方法のメリットがわかったりもする。
 
 

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2012.11.11

半熟ゆで卵の割り方について

 卵を何分茹でますか?と聞かれるタイプのホテルに泊まることが久しくなったが、自分の朝食ではやはり好みの時間はある。6分かな。大きさや冷蔵庫から取り出したときの状態で違うのだけど、ある程度の黄身が固まっていたほうがいい。まあ、それは人の好みではあるけど。
 これをエッグスタンドに載せて、上部を割る。いかにして?
 つまり問題は、ゆで卵の割り方についてだ。
 スプーンでコッコッコッコッコッと回していってもいいのだけど、もっとワイルドなやり方もあるみたいだ。チョップ!

 モグラ叩き風もある。って、あきれた。

 しかし、ここはやはりエッグタッパー(egg topper)が欲しいところ。
 伝統的には、あれ、金属の塊の重石を棒に沿ってスコーンと落とすヤツだ。なかなか日本で売ってない。それなりにお高い。
 成功率は高いが、切り取られた状態は、つるんとしていることもあり、そうでないこともあり。

 もちろん、お子様は大好き。っていうか、これ、一種の玩具ともいえるよな。

 最近また始まった料理の鉄人でも出て来たけど、引っ張って離すというやつ。

 他はどうかなと見ていると、カッタータイプのものがある。というか、それってエッグカッター(egg cutter)だろと思うが、タッパーでもカットするなら同じでカッターでいいのかよくわからない。
 これだが、なによりカッターの歯が周りから、にょっと出て来て、卵を苦しめる感じがどうも趣味に合わない。恐いじゃないですか。

 アマゾンを見ていたら、安価なエッグハンマー(参照)があった。これ、使えるんか?

 買ってみた。
 椀部分を卵に当てる。ハンマーはクリップみたいになっているので、そこを引き離して、パチンとする。初回は失敗。
 二回目で成功。うまソースは今一つ合わない、ま、それはどうでもいいけど。

 マジックソルトだとそれなりに、おいしい。

 まあ、そんだけの話です。
 でも、やっぱり、伝統的なエッグタッパーがいいかなあ。
 

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