« 2012年9月23日 - 2012年9月29日 | トップページ | 2012年10月7日 - 2012年10月13日 »

2012.10.06

[書評]恋愛検定(桂望実)

 NHKで6月頃放送されていたドラマ「恋愛検定」を先日見た。なぜ今頃、というと、録画していたことを忘れていたからだった。50分くらいの4話ものである。おでんくんに出てくる神様のような「恋愛の神様」が登場するファンタジーという、軽いコメディータッチの作品なので、さらっと見られるものかと思ったら、1話づつ、ずしんと重たい。一話見ては、うるうるしてしまった。
 調べてみたら、原作(参照)があるようなので、あのうるうる感というか、胸キュン感をもう一度確かめたくて読んでみた。テレビドラマとはちょっと方向性の違う作品だった。

cover
恋愛検定
 ドラマはドラマで完成度が高くて驚いた。映像の作りがきれいだし、音楽もよかった(参照)。DVDも出るのだろう。原作にはない、フラメンコを見せるスペイン酒屋も美しかった。脚本も緻密で、なにより女優が魅力的だった。
 第1話「自称恋多き女 四級検定」は、30過ぎた自称恋多き女。つまり勘違い女の話である。化粧品会社広報部長を演じる田中麗奈が意外と言っては失礼だが、お見事だった。彼女については私はあまり知らない。大河ドラマ「平清盛」でも、まあ気丈なキャラとしてそんな感じかなというふうに見ていた。年は若いとばかり思っていたが、今回のドラマの映像はなかなか辛辣で、どうみても30は過ぎたでしょうというのを上手に捉えていた。実際は撮影時に31歳の終わりというあたりだったのだろう。女優の内面も透けてみさせるような演技には魅了された。
 話は、4話通じてなのだが、「恋愛の神様」が人間の世界にやってきて、恋愛能力を検定するというのだ。英検とか漢検のノリである。が、恋愛が成立すると合格というのではなく、恋愛能力が試されるだけ。悲恋でもよいのである。ドラマのほうは気の利いたファンタジー的に描いていたが、小説のほうはポケモンのようにそういう異世界を制度的に描いていた。
 「恋愛の神様」は意外にも酒好きの中年のおっさんである。ドラマではだらっとした風体でほっしゃんが演じていた。好演であった。なぜ中年男なのかというと、おそらく原作者の内面を反映しているからなのだろう。
 2話目「無駄にやさしい女 三級検定」では、惚れた男には別に好きな女がいる。男への恋情から彼らの恋愛を哀しく助ける道化の一人という設定である。エドモン・ロスタンの戯曲「シラノ・ド・ベルジュラック」(参照)の現代版といったところだが、その恋愛の手助けとしてのメールの扱いが私には面白かった。私の青春にはメールはなかったからだ。電子メールはかれこれ四半世紀も使っているが、それで恋とかしたこともない。メールで恋愛はご勘弁と思っている私には、ここはちょっと異世界を覗くようでもあった。
 主人公・香川紗代はマイコが演じていた。この人、朝ドラで見た人だなとわかったが、今回のドラマで、もしかして、この人、ハーフじゃないだろうかと思った。日本人とはちょっと違う顔の表情がある。どうやらそうらしい。あとで人に聞いたら、知らなかったのぉと驚かれた。自分も濃いめの顔をしているせいか、こういうのに鈍いんだよ。
 マイコの演技は上手に切なかった。切ない感じをうまく出せる女優はなかなかいないなというのと、ドラマでの女優の選択の妙を思った。
 第3話は男の側である。よって私などにはそれほど面白くはない、とまで言ってよいかわからないが、「石橋を叩き続ける男 二級検定」というようになぜか二級である。いわゆる理系男をありがちに描いているのだが、かたきも当然いて野波麻帆が演じていた。これはこれで上手だった。前二話と脚本の質が違うので、この作品は加藤綾子によるものだろうか。あと三話が荒井修子だろうか。
 第4話「神様が惚れた女 マイスター検定」は、10年前に恋人を事故で失ってもう恋をすまいと思い込んだ39歳の沢田ゆかりを木村多江が演じていた。木村多江という女優さんはよく知らないが、見たことあるなと思った。私のおばあさんの若い頃に似たタイプの美人というか、こういうタイプに惹かれる人は多いのだろうと思う。私はちょっと微妙に苦手である。そんなことはどうでもよい。
 物語は、子連れの男との再婚への微妙な恋情を描いていた。悪くない。いいと言っていい。ただ、恋愛のこういう、なんというのか、40歳を越えていくあたりからが、本当に難しいものがある。
 さて、原作のほうはどうだったか。
 設定は似ている。登場人物名も同じ。ドラマの側から見ると、脚本家の力量もわかって面白いというか、最近の脚本家というのは巧みなものだなと確認する。私は韓流ドラマというのを見ないのだが、ここまで繊細に人間の心情が描けているだろうか。描けているのかもしれない。わからん。
 ドラマと原作の違いは、ドラマに採用されなかった、「堀田慎吾 三級受験」と「森本瑠衣 一級受験」の物語によく表現されている。
 堀田慎吾は女性への理想は高いものの仕事は適当にやっていればよいという36歳の男。現実世界ではそこまで典型的な男もいないだろうと思うが、その心理の働かせかたは、かなり正確に描かれていて、自省力のある男性なら痛みを感じるだろう。物語では、ほぼ理想の24歳の女性との見合いに失敗する。理想さえ高くなければ34歳の看護婦さんとうまくいそうにも見える。ネタバレになるが、検定期間が終了して落第し、「僕の日常が再開された」という言葉で終わる。まさに蛇足だが、その意味は「死」でもある。
 「森本瑠衣 一級受験」は堀田慎吾の女版である。私は女性の心理というのがわからないが、これも正確に描かれていているのだろうと思う。たいていの女性はこういう心理で生きているのだろう。女というものの薄気味の悪い部分だと思う。ここはさすがにネタバレは書けない。
 原作には、心理学者のゆうきゆうの解説が付いている。なんとなくだが、これは出版社側の企画で最初から彼が入っての作品だったような印象がある。その解説は、いわゆるこの手のハウツー本にありがちな内容以上はなく、むしろ原作はそのハウツーを越えた部分の深みにうまく到達している。
 深み? 恋愛はたやすくないということ。
 なぜたやすくないのかというと、私たちはたいていは凡庸な人間だからだ。見映えもぱっとしない。勉強や仕事の能力もない。カネもなければ縁故も薄い。それで恋愛なんかできるわけないと世間と妥協して生きているし、その妥協の上手下手が端的に言えば結婚にかかわる。それでいいのか? よいわけはない。凡庸さの痛みのような部分におそらく恋愛は毒でもあり薬でもあるようにはたらく。
 
 

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2012.10.05

ガラムマサラの話

 ガラムマサラについて、一言を持つ人は多いだろう。私もその一人だと言いたいところだが、そうでもない。定見がないのである、私には。
 なので、ガラムマサラについて、けっこうどうでもことを書いてみたい。
 ガラムマサラとは何か? デジタル大辞泉にはこう書いてある。「各種スパイスを混ぜ合わせたインドの混合香辛料。インド料理に広く用いられる」。まあ、そうだ。語源はというと「元来はヒンディー語で、ガラムは辛い、マサラは混ぜたものの意」である。
 ようするに、各種スパイスを混ぜたものである。
 じゃ、それは何か?
 ウィキペディアにはこう書いてある。


 「辛いスパイス」と訳されることがあるが、辛味よりも香りをつけることを目的に使われる。ヒンディー語の "garam" には「暑い」「熱い」という意味はあるが「辛い」という意味はない。
 熱い香辛料と呼ばれる由来は、作る過程で熱を加えるためである(後述)。また、石井利一(S&Bスパイスクッキングアドバイザー)は、「『ガラム』は、“触れてあたたかい”というニュアンス。インドでは、それぞれの家庭で独自の配合で作られていることから、日本でいうところの『おふくろの味』といったイメージがある」と述べている。

 「ガラム」の解釈については置くとして、ようは、「それぞれの家庭で独自の配合で作られている」ということだ。吉田のタレみたいだな。
 だとすると、ご家庭ごとに勝手に調合するのか。
 そうだとも言えるが、できあいも売られているし、ガラムマサラの基本というものがあるんじゃないか。ウィキペディアはこう書いている。

 基本のスパイスは、 シナモン(肉桂、桂皮)・クローブ(丁字)・ナツメグ(肉荳蒄)の3つである。
 ほかにカルダモン、胡椒、クミン、ベイリーフなどを加えたり、ナツメグをメースに替えることがある。厳密なレシピは無く、同じ人が作る場合でもつねに配合が同じとは限らない。

 結論からいうと、こういう説明でもいいんじゃないかと思うが、ここでこういいう疑問は起きないだろうか? 各種スパイスを調合するというのなら、カレー粉と何が違うのか?
 これについて、「はてなキーワード」にこんなことが書いてあった。

garam masala。
インド料理には欠かせないスパイス。カレー店にはこの名前を取ったものもある。
ガラムマサラはすごいらしい
魅惑のカレーが出来るんだよ
ガラムマサラを毎日摂ろ
カレーのパワーを信じましょう

 ふざけてて書いてあるのかもしれないが、カレーとガラムマサラの関係こそ、日本人にとって最大の疑問と言っていいだろう。
 よって、ここは対するカレー粉とは何かが提示されるべきである。
 カレー粉ってなあに?
 ウィキペディアにカレー粉の説明があった。

 カレー粉の原型になったのはインドのマサラであるといわれている。しかしマサラは本来、料理に合わせてそのつど調合して作る混合スパイスのことであり、同じマサラを別の料理に使うことはない。

 はて? それではカレー粉とガラムマサラとの違いがわからない。
 とはいえ、調合されるスパイスの種類で見ればちょっと様子が見えてくる。

味 - クミン、コリアンダーなど
辛味 - カイエンペッパー、胡椒、ニンニク、ショウガなど
色 - ターメリック、サフラン、パプリカなど
香り - クローブ、シナモン、カルダモン、ナツメグ、オールスパイス、キャラウェイ、フェンネル、フェヌグリークなど

 そういうこと。
 ちょっと乱暴に言うと、カレー粉は、クミンとコリアンダーを中心に、黄色の色にターメリックを混ぜると、基本ができる。
 というわけで、私は、クミンとコリアンダーを等量にターメリック半分の特製カレー粉を作って常備している。
 基本ができれば、これに辛みと香りの好みを合わせると、カレー粉になる。
 ガラムマサラの話に戻ろう。
 ウィキペディアの話だと、ガラムマサラの「基本のスパイスは、 シナモン(肉桂、桂皮)・クローブ(丁字)・ナツメグ(肉荳蒄)の3つである」というのは、つまり、カレー粉の香り成分の強調なのである。
 別の言い方をすると、基本のカレー粉(クミン、コリアンダー、ターメリック)があれば、あとはガラムマサラで香りを強調し、辛みをチリで調整して自分の特製カレーができるというわけだ。
 そこで、S&Bの「ガラムマサラ」を見る(参照)。

こしょう、コリアンダー、赤唐辛子、カルダモン、クミン、クローブ、シナモン

 ありゃ?
 成分表記は通常配合量順に書かれているので、この順に入っているとすると、見てわかると思うが、カレー粉の基本が入っている。
 これ、コショウベースにカレーっぽい感じになっているのである。
 他も見てみよう。AllAboutに手製ガラムマサラの配合がある(参照)。

クローブ   5g
シナモン   1本(3~5g程度)
カルダモン   5g
ブラックペッパー   5g
クミン   10g
ローリエ   2~3枚

 ちょっと微妙だ。ウィキペディア的にはナツメグが抜けている。甘い香りが弱いか。
 あえて問題はというと、クミンの配合がもっとも多いことだ。クミンを入れると、簡単にいうと、カレーになってしまうのである。だから、この配合でも、けっこうカレーである。カレーと被っている。
 他はどうか。「魔法の香辛料ノート」というサイトにこういう配合がある(参照)。

カルダモン  小さじ1
シナモン  小さじ1
クローブ  小さじ1
ナツメグ  小さじ1
ローリエ  4枚
クミン  小さじ1
ブラックペッパー  小さじ1
スターアニス  小さじ1

 ほぉという感じ。クミンが入っているが、それほどは目立たない。スターアニス、つまり、中華素材の八角が入っているんで、甘いフレーバーが出るし、ナツメグでも強調される。
 同ページにはこのガラムマサにターメリックを加えて、「本格的チキンカレー」の作り方が乗っているが、ようするに、ガラムマサラはカレー粉の中核なわけである。
 マスコットのガラムマサラもこれに似ている。

クミン、シナモン、ブラックペッパー、カルダモン、その他香辛料。

 クミンが多いのでカレー粉っぽいが、これはこれでガラムマサラの基本。
 ところで、エスニックといえば大津屋である(参照)。大津屋のガラムマサラを見る。

原材料:ブラックペッパー、コリアンダー、クミン、フェネグリーク、シナモン、その他香辛料

 うっ。これはカレー粉っぽいぞ。なぜだ?
 説明が続く。

ガラムマサラはインド料理の万能スパイスで、その家庭により、また料理によって、いろいろにアレンジして使います。一般に肉・魚用には臭み消しの効果の高いナツメグ、ガーリック、クローブなど。野菜用にはコリアンダー、クミン、キャラウェイ、フェネルなどの芳香性スパイスを用い、これに辛味性スパイスをブレンドします。

 なるほど。というのは、これ、ようするに、大津屋ブレンドこそ、現地的なカレー粉の基本なわけなのですよ。
 日本だとカレー粉というとそれだけで論じられるけど、インド料理的には入れる素材でスパイスを当然変える。特に、肉・魚用と野菜用を変える。大津屋ブレンドのガラムマサラはまさにその用途でできている。
 とはいえ、最初からコリアンダーとクミンが入っていると、ほんとカレーだなという感じ。
 ラーメンやでよく見かけるGABANはどうかな? GABANのガラムマサラはこう。

コリアンダー、クミン、スターアニス、ターメリック、カルダモン、クローブ、唐がらし、その他の香辛料。

 これは大津屋と似ている。基本のカレー粉という構成になっている。
 マコーミックのガラムマサラはちょっと面白い。カレー粉っぽさがちょっと引いている。

ナツメグ、フェンネル、コリアンダー、クミン、カルダモン、クローブ、シナモン、ジンジャー、その他香辛料

 さて、実は、このガラムマサラ話、ここまで前振りだったのである。
 実は、ハウスのガラムマサラが面白いのだ。こういう調合になっている。

オールスパイス、ブラックペパー、シナモン、ローリエ、カルダモン、クミン、クローブ、バジル、コリアンダー、ガーリックパウダー

 配合比はわからないけど、多い順に並んでいるはず。そして、クミンもコリアンダーも入っているので、当然カレー粉臭はある。使っているから、本当ですよ。
cover
ハウス ガラムマサラ 13g
 しかし! シナモン・クローブ・ナツメグを兼ね備えたオールスパイスが前面に立つことで、香りが引き立つ。
 つまり! これこそ、日本のカレーに加えるべき、日本人のためのガラムマサラだと言えるのではないか!!
 さっきのGABANも実はハウス食品、さらにNEWCROWNACEもハウス。ハウスって自社系列で、3種類のガラムマサラを出している。やるな。
 とか、ちょっと感動してしまったわけですね。ステマみたいですが、違います。
 ガーリックパウダーは配合しなくてもいいと思うけど、これ、カレーに加えても使えるし、そのままローストチキンに使ってもいいし、チャイ(スパイス紅茶)にも使えて、便利ですよ。
 カレーに入れるときは、5皿分に小さじ1/2とあり、ぱらぱらと振るよりは少し多めに使う。
 パッケージを見ると、その他、野菜炒め、焼きそばにともある。まあ、好みによるだろう。
cover
マスコット
ティーマサラ カルダモン 28g
 チャイ限定であれば、マスコットのティーマサラのほうがいいかもしれない。「カルダモン、シナモン、ジンジャー、その他香辛料」と、まさにチャイ向け。
 
 

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2012.10.02

「うる星やつら」の思い出

 また楽屋落ちみたいな話からだが、cakesで書いている書評の、今回は「めぞん一刻」(参照)が公開された。前・中・後と3回に分けていて今回はその前編分。「めぞん一刻」の紹介説明な部分。書評はできるだけこれから読む人のガイドも兼ねたいと思っているので、基本ストーリーや主要人物、要点などをまとめようと思っている。
 「めぞん一刻」は単純なラブコメとも言えるのでさくっとまとめてもよいのだが、ちょっと思い入れがあって紹介部分からして重くなってしまった。ネットメディアに重たい文章もなあと思ったが、今回は特例で3回に分けて掲載ということなった。こういう部分は書き手としては嬉しいが、ブログとも違い、あまりそれに甘えてもいけないとも思った。
 「めぞん一刻」の話はそちらでということなのだが、今回全巻を数日かけて読み直しながら、並行して書かれていた「うる星やつら」も気になっていた。特に、あれっと思ったのは、「めぞん一刻」の冒頭の数話での男主人公・五代のキャラ設定は、「うる星やつら」の男主人公・諸星あたると被っていたんだなと再確認した。当然、女のほうでも響子はラムに被っている部分があった(キャラ的にはサクラでもあるが)。
 キャラの被りは作者の個性からしかたないし、この二つの物語は相似形とまでも言えない。では、「うる星やつら」っていうのはなんだったのだろうかと、あらためて思った。
 「うる星やつら」は少年サンデーに1978年(実質は1979)から1987年、約10年連載された。「めぞん一刻」のほうは同じく小学館のスピリッツに1980年から1987年。並行していた。私は当時、少年サンデーと少年マガジンはずっと読んでいたので、「うる星やつら」も第1回から知っているが、最初のラムちゃんの顔は、ちょっとなという感じであった。

cover
うる星やつら (1)
 「うる星やつら」は暗い物語である。面堂終太郎の閉所恐怖症や太宰治の「グッドバイ」を思わせる三宅しのぶや、ランやおユキもも暗さの始まりではあったが、「巨人の星」のパロディなんだろうが、藤波親子が出て来たあたりで、もうなんだか精神病理のような世界になってきた。特に、藤波竜之介には、すごいなこれ、と思った。そのあたりで、「うる星やつら」は死のカーニバルというものなのだろうとも思ったが、物語全体としては、それほど面白いものではない。
cover
うる星やつら
ラムのベストセレクション
 アニメのほうは作画が安定せず、ひどいことになっていた。が、音楽は最高で、関連CDは買っていたし、ロックやっていた平野文のCDも買って聞いていた。あのCD、以前の職場に置き忘れて紛失したのがいまとなってはくやしい。ラムと平野文の結合は、まあ、どうしようないなというくらい強く結合してしまって、それ以外のラム像は描けない。
 ラム萌えしていたかというと、いやあ、そんなことはないっすと言いたいところだが、毎年「うる星やつら」カレンダーを買って飾っていた。でっかいラムのポスターも飾っていたのだから、ちょっと弁解しがたい。記憶を辿ると当時、ガールフレンドもいたのにそのざまであった。我ながら20歳もすぎて、ラム萌えなんてどうなんだろという感じだった。もちろん、「萌え」なんていう言葉はなかったが。
cover
築地魚河岸嫁ヨメ日記
 萌えということでは、作者の高橋留美子にも思い入れがあって、真偽は確かめたことがないが、O島タヌキに重なる担当者と結婚したという噂を聞いて、なにかがっかりした気分になった。そのがっかり感みたいな記憶は今でも残っているのだが、なんなのかよくわからない。そういえば、平野文が見合い結婚したときもちょっとさみしい感じがした。
 さすがに30歳過ぎてからはサンデーも読まなくなり、30半ば以降の沖縄暮らしのせいもあったがスピリッツもあまり読まなくなった(発刊日が遅れるのである)。東京に戻ってきたころには漫画雑誌もあまり読まなくなった。いい作品だよとか勧められると、単行本で読むくらいである。
 
 

| | コメント (4) | トラックバック (1)

2012.09.30

[書評]長く生きてみてわかったこと(高見澤潤子)

 先日ツイッターで田河水泡の話があり、彼は小林秀雄の義弟だというのを知らない人がいた。別段、いても不思議でもない。ついでに田河水泡の名前の由来が、本名の高見澤仲太郎の名字、高見澤(Takamizawa)を、田(Ta)河(ka)水(miz)泡(awa)という話も出た。これも知らない人がいた。いや別段、いても不思議でもない。ついでに言うと、田河のお弟子がサザエさんの長谷川町子なのだが、知らない人もいるかも知れない。以下略。

cover
長く生きてみてわかったこと
高見澤潤子
 田河水泡の本名名字が高見澤だが、本書著者・高見澤潤子はその嫁さんである。すると旧姓は小林潤子かというと、そうではなく小林冨士子である。「潤子」のペンネームの由来については私もわからない。田河水泡というペンネームの由来は本書に書かれているが、本人のほうは書かれていない。ちょっと調べてみると、昭和26年の雑誌「演劇」の7号に高見沢潤子名の戯曲「霊柩車とともに」があるので、これをきっかけにしたものだろうか。ついでだが同号は吉田健一、武田泰淳、飯島正、松井須磨子、芥川比呂志などの名前も見かける。
 本書「長く生きてみてわかったこと」(参照)は彼女が94歳のときの作品。いやさすがに「長く生きて」と言って遜色のないもので、私の知る限り彼女名の最後の著作である。書かれている内容は、兄・小林秀雄、夫・田河水泡、田河の弟子・長谷川町子の三人のエピソードと言っていいだろう。他、両親のことなどにも触れている。編集は西妙子とあるが、おそらく聞き書きではないだろうか。同年に近い作品に「九十三歳の伝言」(参照)もあるが、こちらはクリスチャンらしい彼女の人生観が中心になっている。
 高見澤がクリスチャンとなった経緯だが、きっかけは長谷川町子であった。長谷川町子の家族がどれほど熱心なクリスチャンであったかについては1979年のNHK朝ドラ「マー姉ちゃん」で有名である。町子は田河水泡の内弟子としてお女中さん兼のように同居するのだが、その際、教会に通えることが大きな条件で、そうしたことから、高見澤も教会と関わり、二年後にクリスチャンとなった。夫・田河水泡はそれに17年遅れてということだが、妻の影響であろう。本書には長谷川町子が内弟子時代の15歳とおぼしき昭和10年の写真があるが、いやリアルサザエさんみたいで面白い。
 田河の「のらくろ」の連載が始まったのが昭和6年。雑誌「少年倶楽部」のその新年号からであった。当初は、のらくろ二等兵である。連載は好評で10年続いたが、昭和16年に内閣から、のらくろの執筆禁止令が出て10月10日に終了した。ちなみに、10月16日に近衛内閣が総辞職、10月18日東條英機内閣組閣、そして12月8日に開戦となった。考えてみると、のらくろは結果として一種の反戦文学と言ってもよいものだし、読むとわかるが、登場「犬」物は戦争が嫌いである。
 高見澤の結婚のきっかけが面白い。話は、小林秀雄と長谷川泰子に関係する。彼らが同棲していた貸家の向かいの貸家に田河が住んでいて、小林もご近所として知っていた。当時の田河は前衛芸術家でその貸家も原色で飾られ、本人も長髪でルバシカを着ていた。まあ、しょくぱんまん様を想像してもいいかもしれない。
 とはいえ、田河と高見澤の出会いは小林が介したものではなく、小林の貸家の大家の松本恵子である。小林が出奔して一か月後、恵子とお茶を飲んでいるときに、田河との結婚を勧めれた。恵子も英国暮らしの経験があり、また夫の泰も翻訳・文筆などもしていて、芸術家への親近感はあったのだろう。
 結婚は昭和3年。田河がキリスト教式がよいとした。仲人は松本夫妻である。結婚の牧師は恵子の父の知り合いとのことだ。恵子自身もクリスチャンだったのではないか。
 田河が29歳、高見澤が23歳だろうか。結婚式の写真が本書にあり、率直に言うと、ちょっと驚いた。

 これが昭和3年の日本である。戦前の日本なのである。

cover
のらくろ ひとりぼっち
夫・田河水泡と共に歩んで
 驚いたのは、なんとなく結婚式は「のらくろひとりぼっち」(参照)の表紙のようなものを思っていたからだった。
 考えてみると、高見澤の父、小林秀雄の父でもあるが、小林豊造はベルギーでダイヤモンド加工研磨の技術を学んだ。御木本で貴金属加工の工場長にもなった。書棚には聖書もあり、少年の小林秀雄が読んでいた。
 
 

| | コメント (1) | トラックバック (0)

« 2012年9月23日 - 2012年9月29日 | トップページ | 2012年10月7日 - 2012年10月13日 »