« 2012年8月12日 - 2012年8月18日 | トップページ | 2012年8月26日 - 2012年9月1日 »

2012.08.25

[書評]ニシノユキヒコの恋と冒険(川上弘美)

 なんとなく読むのを避けていたのだが先日、ツイッターのタイムラインで川上弘美の「ニシノユキヒコの恋と冒険」を見かけ、ふと読んでみたい気がした。その気分だけで読んでみた。

cover
ニシノユキヒコの恋と冒険
川上弘美
 どんな女からももモテモテの男性、ニシノユキヒコの恋の人生の物語。彼を恋した女たちがその人生で遭遇した彼の相貌をそれぞれに描き出した掌編群。気色の悪い小説でもある。それほど広く読まれるというタイプの小説でもないし、「溺レる」(参照)に比べて文学性に富むという作品でもない。が、三十も過ぎた男女で恋愛の悪趣味も趣味のうちという人にとっては、なかなかに笑える小説でもあるし、読んで笑いながら、内面、ぐさぐさくる。僕なんか、絶叫して目覚める悪夢見ちゃいましたよ。
 1970年生まれの西野幸彦は、清楚でルックスもよく、それでいて気弱げで母性を誘うというのか、女なら一目で惹かれるタイプの男である。女の扱いもうまく、するすると気安く女との一線を越えて性関係を持つ。セックスも上手な部類だ。女にしてみたら、ペットにして最高の部類といったタイプの男でもある。
 だが、男女の愛情の関係を数年と続けることは彼にはできない。関係した女にしだいに自然に飽きる。それが女に伝わる。結局プライドの高い女たちは、彼と関係を維持できず別れていく。別れても憎悪の関係にならず、ふっと出会ってまた性交渉を結ぶこともある。そもそも西野幸彦は、一人の女と関係を持ちながらも、並行して他の女とも二股で関係をずるずると、平然と続けていられる男である。西野幸彦の人生に、高校生時代からずっと女との関係が途切れることがない。
 いうまでもない。平安朝かよそれ、といった趣向である。現代の光源氏かと。しかし、源氏物語と共通するのは光君と同様に内面の人間性の多大なる欠落がある主人公というくらいだ。西野幸彦には、女に対する欲望はあまりない。女が持つ、彼に対する欲望と女特有の寂しさを嗅ぎ分けて応答するだけで(つまり性交)、その意味では、実際には女の欲望に対して受け身のままである。
 まあ、つまらない男と言っていいだろう。そんな男に惚れる女もつまらない女だろうとすら言っていいように思える。が、おそらくそこは違う。おそらく女というのは、こういう男を求めているのである。それを戯画的に描き出す悪趣味が、およそ文学の感性のある女にとってはたまらない自虐の快感をもたらすだろうし、男にとっても、恋愛の一時期、女の欲望に受け身に寄り添いながら、心が離れていく刹那のフラッシュバックは、ぐさぐさと自虐する。
 物語は十の掌編から成り立っている。概ね、西野幸彦の少年時代からその死までをクロニカルに描いているのだが、冒頭の「パフェー」ですでに西野幸彦は死霊として登場する。50代半ばそこそこで西野幸彦は死んだ。私の今の年齢。そして死んだ西野幸彦は、かつて若い頃関係した女のもとに死霊となって訪問しているという、いかにも川上弘美的な仕掛けである。ようするに文学的な仕掛けでもあるのだが、私はこれがこの作品を悪趣味以上のものにはしない意図的な失敗の原因でもあると思う。
 次の「草の中で」は、若干ネタバレになってしまうが、中学生の西野幸彦が姉の乳を吸うシーンが象徴的に描かれている。姉の死が西野幸彦という男になにか決定的な喪失をもたらした結果、理想の女たらしを作り上げたことになる。このあたりは、姉と弟という、まるで吉本隆明の共同幻想論ですかというような雰囲気もある。そして案の定、この物語に母なるものはいない。西野幸彦と別れた女が後に母となることはあっても、思慕や残酷の象徴としての母なる存在はいない。父もいない。ラカンのいうファロス(φαλλός)は完全に欠落している。この小説をフランス語に訳してラカン派に読ませたら、狂喜乱舞するに違いない。そんな逆説的な理想の完遂した物語世界がそもそも成り立つのか。
 成り立つわけはない。50代半ばになった西野幸彦は19歳の少女と狂おしい関係に陥る。愛を見出すことができず、19歳の少女の身体の存在性にだけすがりつく、一種の死霊に近い妄念となる。これを描いた9編目の「ぶどう」は、美しい。おそらく、この小説が文学であるなら、55歳の男と19歳の少女の狂おしい関係だけを描くべきであり、そこにその死を迫る追憶のなかで、薄汚れた女たちを描くべきだった。そのように物語すべて書き換えるべきだった。その狂おしい関係の内実を「ベティ・ブルー―愛と激情の日々」(参照)や「砂の上の植物群」(参照)のようにこってりと描き出してほしかった。
 だがそれを文学と称賛される世界のなかに宝石のようにうずくまっている川上弘美に求めるべきだろうか? そこがよくわからない。最終の「水銀温度計」は、悪趣味として見るなら最上の仕上げともいえる。筆者のひんやりとしたモノローグが、どのようにして西野幸彦という薄気味悪い幻影を生み出したか、「峰不二子という女」(参照)の最終話よろしくメカニカルに解説されている。文学的な推理小説趣向としては面白いといえば面白いし、ゆえにつまらないとも言える。そもそも、西野幸彦が死んだのは2025年あたりのおとぎ話である。
 いや、ほかにも面白い。掌編それぞれの女の視点の錯綜が、掌編を跨ぐことで、まさに女の見る多様な世界という、まるで悪意の万華鏡のように見える。さすがにこれは女でないと描けないだろうなという面白さもある。それらが最終的に一人の作者の視点にきゅっとまとめられて幕を下ろし、静かに読者の心にある悪意の贈り物を残す。
 これを受け取るなら、私たちはニシノユキヒコを生きて来たのだと告白せざるを得ない。ほのぼのとした思い出なのか、夢のなかで絶叫して目覚めるような恐怖としてか。
 
 

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2012.08.20

台湾「東シナ海平和イニシアチブ」の実質発動

 香港の民間団体「保釣行動委員会」による15日の尖閣諸島上陸に関連した台湾側の動向について、なぜか日本ではあまり報道されていない印象の、興味深い動向があるので、簡単に言及しておきたい。
 今回の香港側の尖閣諸島上陸活動は、基本的には、7月就任にしてすでに閣僚の不正疑惑や中国愛国主義への反対活動でレイムダック化する不安を抱えた梁振英・香港行政長官など香港側のご事情が背景にあるが、この件で、中国本土側ができるだけ露出を避けたかった台湾の外交姿勢があった。この問題を象徴するのが、中国の二つの国旗である。
 保釣行動委員会の活動家は今回尖閣諸島に、大陸側共産党の「五星紅旗」と台湾側国民党の「青天白日満地紅旗」の二種類の国旗を掲揚した。保釣行動委員会の思惑としては、台湾側へのラブコールと、大陸と台湾の双方が団結して日本に当たるという国共合作的な演出の思惑の二点があった。余談だが、青天白日旗は九龍城で掲げられ来た歴史もある。
 二国旗が並び立つことは実際には中国が分裂していることを明言するようなものなので当然ながら中国政府側としては表向きご迷惑なので、中国国営テレビなどは青天白日旗にモザイクを書けた(参照)。台湾側としても、国民党馬英九政権は多少やっかいな立場に立たされたと見ることもできる(参照)。このあたりの動向は、中国観察家にとっては妙味とも言える部分で、中国本土側としては、今回の反日行動が中国本土側の反政府運動の大義名分となる危険性があっても、台湾にイヤミもしたいという欲望の矛盾した心の経済学が露出する。

cover
台湾ナショナリズム
東アジア近代のアポリア
(講談社選書メチエ)
 台湾はそれでは今回の香港側の尖閣諸島上陸活動をどう見ていたかだが、「台湾ナショナリズム」(参照)などでも説明されているが、尖閣諸島上陸活動を開始したのは台湾なので、その本家のメンツのようなものがある。歴史的に見るとむしろ尖閣諸島上陸活動は大陸側にお株を奪われた形になっている。ただし、主導は「台湾ナショナリズム」にもあるように米国団体だろう。
 台湾としては、尖閣諸島は台湾の領土だということになっている。ここで知っている人にとっては当たり前だが最近の日本人は知らない人も多いようなので補足すると、台湾、つまり中華民国の領土意識が関連してくる。
 「台湾」と簡単に呼んでしまうし、国民が民主主的に大統領を選出した時点でレファレンダムが完遂され事実上は独立を果たしてしまった独立国家・台湾ではあるが、建前上は中国正統政府である中華民国政府の、いえば亡命政権であり、その領土は中華民国のまま、大陸側の現在の中国すべてを覆っている。中華民国の版図には、なんとモンゴルまで含まれ、たしかその形式上の行政長官も存在している(代表部設置後に変わっただろうか)。当然、尖閣諸島も中華民国の領土なので、台湾の領土だという論理である。そのため台湾としても日本が尖閣諸島を実効支配している状態については異議があり、今回の件でも国是としては日本に同調はできない。また、この奇妙な論理と関連して、台湾は中国と日本と実質独立国家として距離を置きたいという思惑もあることから、日本に内通していると見られる外交行動は避けたい。
 今回の「保釣行動委員会」の活動でも、抗議船は台湾の本家「中華保釣協会」の活動家の船と合流する予定だったが(参照)、台湾側としてはそれに乗らず、また台湾の海上保安庁にあたる海岸巡防署も抗議船を台湾の領海から追い出した。がそこは、国民党もさすが中国文化というか、抗議船に人道的な配慮として救援物資を渡している。台湾国内や大陸側への小さいラブコールの応答はしている。
 ついで言えば、おそらく台湾海岸巡防署は今回の事態で日本側に情報を実質流していて、日本側でも香港活動家を敢えて上陸させるという野田政権のシナリオがあったと思われる。このシナリオは小泉政権のそれそのものであり、つまり、野田政権は対中国対台湾問題については、民主党の鳩山政権の打ち出したヘンテコなイニシアティブともとも取れる「東アジア共同体」創設と「東シナ海を友愛の海に」(参照)といった外交路線を廃棄して、小泉政権を継承したという国際アナウンスとしたかった。それについてはきちんと達成ができた。
 だがこの過程でもっとも重要なのは、台湾側の今回の対応の大義が、「東シナ海平和イニシアチブ」によっていたことだ。報道を見ていて面白いものだなと思うのだが、今回の尖閣騒動で国際的にもっとも重要なことは、「東シナ海平和イニシアチブ」の実質的な発動となったことなのだが、ほとんど注目されていない点である。
 「東シナ海平和イニシアチブ」自体の報道は提唱時にある。8月5日、馬英九総統は台北市内で開かれた「日華平和条約発効60周年」関連式典で、「東シナ海平和イニシアチブ」を提言した。外交部声明を引用しよう(参照)。

「東シナ海平和イニシアチブ」に関する外交部声明
 最近、東シナ海及び釣魚台列島水域で発生した一連の争議に対し、中華民国政府は、釣魚台列島は台湾の付属島嶼であり、中華民国の固有領土であることを改めて表明する。
 中華民国は、釣魚台列島は「カイロ宣言」、「ポツダム宣言」、「日本降伏文書」、「サンフランシスコ平和条約」、「中日平和条約」などにより、台湾とともに中華民国に返還されるべきと主張する。
 中華民国は、関係国がこの地域に対して異なる主張があるため、長年来争議が絶えないことを理解し、最近この地域の緊張がにわかに高まっている事態に鑑み、中華民国としては、関係国が国連憲章と国際法の原則に則り、平和的に争議を解決するよう鄭重に呼びかける。
 中華民国政府の釣魚台列島問題に対する一貫した主張は、「主権はわが国にあり、争議を棚上げ、和平互恵、共同開発」である。しかし、この争議と関係ある東シナ海は、西太平洋海空航路の要衝に位置しているため、アジア太平洋地域、ひいては世界の平和と安定にも深く関わっている。この地域の持続的平和と安定、経済の発展と繁栄、海洋生態の永続的発展を促進させるため、関係国が積極的に共存共栄の道をはかることを望む。そのため、中華民国は「東シナ海平和イニシアチブ」を提起する。

我々は各関係国に次のように呼びかける。
一、対立行動をエスカレートしないように自制する。
二、争議を棚上げにし、対話を絶やさない。
三、国際法を遵守し、平和的手段で争議を処理する。
四、コンセンサスを求め、「東シナ海行動基準」を定める。
五、東シナ海の資源を共同開発するためのメカニズムを構築する。

 中華民国政府は、「東シナ海平和イニシアチブ」の早期実現、東シナ海が「平和と連携の海」になるよう、関係国が一致努力するよう切望する。
【外交部 2012年8月5日】


 これが今回の一連の騒動で、それなりに発動したということが、国際外交上はもっとも重要な点であり、おそらくこの発動を読んでいた大陸側でもそれなりの是認が一部にあったと見てよい。
 「東シナ海平和イニシアチブ」については、米国も実質賛同していた。「フォーカス台湾」の記事より(参照)。

(ワシントン 7日 中央社)馬英九総統が5日発表した「東シナ海平和イニシアチブ」について、米国務院報道官は現地6日、中央社の取材に電子メールで応じ、「関係各方面が平和的手段で問題を解決することを望み、いかなる立場も採らない」との米の方針に変更はないと回答した。
 馬総統は5日、釣魚台列島(日本名:尖閣諸島)の領有権などをめぐり論争が活発化する東シナ海について、行動規範の策定検討や共同資源開発のメカニズム確立など5項目の提案を発表、中華民国の主権を主張した上で、関係各方面に対し問題の平和的解決を呼びかけた。
 これについては日本の玄葉光一郎外相も、7日の定例会見で香港メディアの質問に応じ、(尖閣に対する)台湾の主張は受け入れられないが東シナ海の平和・安定のための協力は大切だとコメントしている。

 「東シナ海平和イニシアチブ」で重要なのは、(1)台湾が主導した、(2)共同資源開発が視野に含まれている、という点である。
 「(1)台湾が主導した」ということは、やっかいな当事者国である日本ではないほうがよいという意味もあるが、文言だけは鳩山政権の「東アジア共同体」創設と「東シナ海を友愛の海に」と大して変わらないのに、これが上書きされたという点が重要で、端的に言えば、民主党政権以降の日本は東アジアで安全保障上の存在が薄れたということだ。日本が経済的かつ文化的なソフトパワーで抑制したいた東アジアの安全保障が民主党政権によって壊れてしまったということを端的に示している。これが中国の南シナ海への進出という問題を結果的に後押ししてしまったことにもなった。
 今後日本でもう少し知恵のある政権ができたら、現行の台湾との間の暫定執法線を当面配慮する形で資源開発のポーズでもすることが、対中国というか、尖閣諸島のもっとも妥当な防衛になるのではないかと思うが、まあ、たぶん、ダメだろうなと、報道を見ていてもネットを見ていても思う。
 
 

| | コメント (5) | トラックバック (0)

« 2012年8月12日 - 2012年8月18日 | トップページ | 2012年8月26日 - 2012年9月1日 »