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2012.05.30

[書評]沈黙に至る言葉:キリスト教瞑想のためのマニュアル(ジョン・メイン)

 キリスト教黙想としてシンシア・ブジョー(Cynthia Bourgeault)の著作で、ジョン・メイン(John Main)がよく言及されているので、比較的わかりやすそうに思えた、ジョン・メイン著「沈黙に至る言葉:キリスト教瞑想のためのマニュアル(Word Into Silence: A Manual for Christian Meditation )」を読んでみた。タイトルは仮訳で、本書の翻訳があるかについては知らない。ないのではないかと思う。副題にマニュアルとあるように修法も簡素に書かれている。メイン自身の実践的な経験に裏打ちされた部分の解説は興味深い。

cover
Word into Silence
A Manual for
Christian Meditation
John Main
 ブジョーが師事したトーマス・キーティング(Thomas Keating)とジョン・メインはともに、現代的なキリスト教の黙想的・瞑想的祈りの指導者として有名で、メイン存命時には本人同士の交流があり、その後も両者のコミュニティの交流はあるらしい。「不可知の雲」(参照)の現代的な再評価から直接的な影響を受けたという点でも両者は共通するし、メインによる本書を読んでも、教理的な解釈で、キーティングとメインに大きな差があるわけではなかった。
 修法については、キーティングは「センターリングの祈り」(参照)として伝統的なキリスト教修法のレクチオ・ディイナ(Lectio divina)から、その祈りを黙想(Contemplation)に位置づけているが、メインはその祈りの修法に特段の名称を付けず、単に「キリスト教瞑想(Christian meditation)」としている。本書でも、瞑想(Meditation)として言及されている。
 修法としては、キーティングの「センターリングの祈り」が「不可知の雲」の原形に近いのに対して、メインのキリスト教瞑想は、超越瞑想(Transcendental Meditation)のようにマントラを使うという点で東洋的・インド的な修法のように見える。しかし、超越瞑想やスワミ・ラマ(参照)の教説のようにマントラの神秘性といったものは排除されている。キーティングにしてもメインにしても、黙想・瞑想の道具としての聖句は、その簡素から、八福(Beatitude)における「霊の貧しさ」の象徴に模されている。
 実際のメインの修法としてはしかし、マハリシ・マヘーシ(Maharishi Mahesh Yogi)の超越瞑想とほぼ同じと言ってよさそうだが、マヘーシのシステムは、スワミ・ラマのシステムでもそうだが、階梯の指導があるという点で、同じではありえない。
 実際のところメインの瞑想には東洋瞑想の影響がありそうだ。メインは28歳のとき英国植民地行政官としてクアラ・ルンプールに派遣されている際、マントラを使う東洋的な瞑想を、同地で孤児院を営んでいたインド人僧スワミ・サッチャナンダ(Swami Satyananda)から学んでいる。本書にはその部分についてはあまり描かれていない。このサッチャナンダだが、同名のグルが数名いてよくわからないが、著名な一人はヨガナンダの師匠にあたるスワミ・ユクテスワ・ギリ(Yukteswar Giri)の弟子なので、もし同一人物であれば、サッチャナンダ自身がキリスト教への造詣を持っていてメインに接したのかもしれない。


John Main

 クアラ・ルンプールから戻り、メインは33歳のときベネディクト会に入り僧となる。この際、東洋的な瞑想はしないように指導されていたらしく、彼もそれを守っていたとのことだ。その後、1970年代に入り、自身がベネディクトゥスの師匠にもあたるヨハネス・カッシアヌス(Johannes Cassianus)の研究のなかで、カッシアヌスによる瞑想的な祈りを再発見し、これが若い日のマントラを使う東洋瞑想との近似性として理解を深め、そこからメインによるキリスト教瞑想へと発展したようだ。
 それゆえ、三一教義とメインのマントラ的な瞑想は、本書においてはカッシアヌスの教説において結びつけられている。その部分は、読みながら思ったのだが、ブジョーによるキーティングの教説にも近く、むしろキーティングの「センタリングの祈り」の教義的な深まりはメインのカッシアヌス理解によるのではないかとすら思えた。
 メインにおける後年の東洋との再会は、ベネディクト会僧アンリ・ルソー(Henri le Saux)によるインド神秘主義への融合的な傾倒とも関連付けられている。アンリ・ルソーは深くインド神秘主義に傾倒し、むしろヒンズー僧のスワミ・アビシュクタナンダ(Swami Abhishiktananda)として著名になった。メインは、瞑想の神秘的なありかたについては、アビシュクタナンダの直観から学ぶところも多かったようだ。

 本書だが、メインの弟子にあたるローレンス・フリーマン(Laurence Freeman)が、メインの講義の録音をもとに編集したものなので、口語的で理解しやすい。反面、メイン自身の思索の深みは当然欠けざるをえない。

 メインによるキリスト教瞑想のキリスト教的な位置づけだが、超越瞑想にも似た面があり、ブジョーなども実践には抵抗感があるらしいが、そうした表層的な問題よりも、教義的な部分での、ヨハネス・カッシアヌスによる神人協力説(Synergism)との関係が重要になるだろう。ややこしいのは、神人協力説は現代においては、ルター派との関連の神学者のフィリップ・メランヒトン(Philipp Melanchthon)の文脈で語られやすいが、カッシアヌスはメランヒトン時代の原罪概念を元にしているわけではない点だ。
 神学として見た場合の評価についてはわからないが、キリスト教瞑想が恩寵に対する自由意志であっても、その自由意志はケノーシス(κένωσις)つまり、無となる意志でありむしろ恩寵の受け入れの様態として捉えられるので、メランヒトン的な神人協力説の問題とは異なる。
 それでも、カルバン的な恩寵からすれば異端的には見え、それゆえに、世俗的なあり方については議論が残るだろう。この点、つまり、活動的な生活と黙想的な生活については「不可知の雲」にも議論があるが、キリスト教瞑想の現代的な意義は、まさに現代生活における黙想の、恩寵的な意味ということになる。
 
 

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2012.05.29

野田政権「社会保障と税の一体改革」をフィナンシャルタイムズはどう見ているか

 野田政権「社会保障と税の一体改革」をフィナンシャルタイムズはどう見ているか。5月21日の社説に興味深い指摘があった。日本経済について言及されているので翻訳が出なければブログで拾っておこうかと思っていたら、案の定、出た。JB Pressからだった。「Financial Times 社説:日本経済、1~3月期の伸びは続かない」(参照)である。
 この社説、どのくらい注目されているのかと見ると、ツイッターでの言及が34、はてなブックマークが12、フェイスブックのいいねが37。どちらかというとあまり振るわない。しかも、それらのコメントを見ると、ネットにありがちとも言えるのだが、否定的なものであったり、本論とは関係ない部分に釣られていたりするものが多い。まあ、しかたがないのかもしれない。
 JB Pressの訳文を原文とざっと照合したが、訳漏れもなさそうで、プレーンに訳されている。なかなかするどい指摘ではないかと私は思うので、ちょっとツッコミを入れて解説代わりにしたい。
 まずタイトルなのだが、JB Pressの「日本経済、1~3月期の伸びは続かない」は意訳。悪い意訳ではないが、内容を読むとわかるように、今後日本経済、特に、野田政権「社会保障と税の一体改革」はどうあるべきかということが課題になっているので、ネットにありがちなんだが、タイトルに釣られると中身が精読されにくい。というか、ネットだとタイトルしか読まない人やタイトル中のトリガーワードに反応して終わるだけの人が少なくない。
 ただ、これ、意訳はしかたがないだろうと思う。元のタイトルは「Flash in Japan」。直訳すると、「日本のフラッシュ」で、では「フラッシュ」って何? なのだが、これは、カメラのフラッシュのような「閃光」の意味を核に「news flash(速報)」がかけてある。そこで、「現下の日本の速報」ということで、「日本の第1四半期の国内総生産(GDP)1%、年率換算で4.1%という高成長」を速報として伝えるという意味合いがある。
 そこで翻訳者としては諦めざるを得ない。だが、これ、「Flash in Japan」は、「a flash in the pan」の駄洒落なんですよ。こういうフィナンシャルタイムズの駄洒落を見る度に、うへぇと思うのだけど。
 で、「a flash in the pan」の意味は、これは辞書には、「線香花火的な企て(をする人), 竜頭蛇尾(に終わる人) 」というふうに説明されているはず。
 この「pan」って何? なんだが、普通の英語だと、Panというと日本語でいうフライパンのことだけど、これは、天秤皿の皿みたいな皿で、「a flash in the pan」というときのその皿は、火縄銃(Arquebus)の火薬を入れる皿状の"Flash pan"のこと。図のBのところ。この皿から弾のとこまで火薬が入ると実弾がでるが、皿のことで、パーンと発火、フラッシュですね、しても、弾は出ない。不発になる。

 どうも余談が長くなりすぎたけど、日本経済の現下の成長に見えるのは不発のパーンで終わるという含みが、フィナンシャルタイムズのこの社説にある。
 さて、中身。
 日本経済が一発屋で終わらないためにはどうあるべきかが、フィナンシャルタイムズ社説の論点になる。まさに、そこは当の日本人にとっても関心を持つべき部分である。


 とりわけ日本は、潜在成長率を実質と名目の両方で引き上げる必要がある。名目成長率の引き上げには適度なインフレが必要だが、この国ではもう15年間もごぶさただ。その意味では、日銀が渋々ながらも、1%というインフレの「目途」を導入したことは前進である。

 日本の経済にとって重要なのは、実質成長率と名目成長率の両方で、経済成長する必要があるということ。
 実質成長率というのは、ふつうに経済の成長と呼ばれているイメージに近い。人気のブロガーさんとかネットで人気のご先生がたが、毎回毎回手を替え品を替え、日本には経済成長が必要だ、経済成長をしないとなんたらかんたら、とネタを投下している経済成長のイメージに近い。
 多少難しいのが名目成長率かもしれないし、あるいはこっちのほうがわかりやすいかもしれないが。製品・サービスの伸び率を時価で示したもの。実質成長率はこれから物価上昇を引いたもの。
 名目成長率だと「時価」が重要になる。おカネの価値というのは変化するので、その時でのおカネの価値で伸び率を見るということ。なので、おカネの価値が下がっていると、名目成長率は伸びやすいし、その状態は、おカネの価値が下がる分、物価が上がっていくことでもあるから、インフレにもなる。
 ということで、フィナンシャルタイムズが言っているのは、名目成長率を上げるには、多少インフレが必要だよということで、日銀が1%であれ、インフレに向けた金融政策をやってくれてよかったねというのである。
 だた、これね、読みようによっては爆笑ものの皮肉かもしれない。1%というのは誤差の範囲だし、以前から日銀はそれを知っていて1%は暗黙に織り込まれていたものだった。なので、今回の日銀の政策は、実は「なんちゃってインフレターゲット」という面白い代物。
 続けてフィナンシャルタイムズはこう述べていく。

 日銀がこの目標を達成するには、利用する手段の面でもっと創意工夫が必要になるだろうし、いずれはこれを2%に引き上げることも検討すべきだろう。3~4%の名目成長率が数年続けば、すでにGDP比200%という心配な水準に達している政府債務残高の引き下げにも確実に寄与するだろう。

 ここがポイントで、フィナンシャルタイムズは、日銀に向けて、インフレ目標を「いずれは2%にしなさい」と言っているのである。
 「利用する手段の面でもっと創意工夫」のあたりの原文はこう。

The bank needs to be more imaginative in the instruments it deploys to meet that goal – and should consider raising it to 2 per cent in due course.

 意訳すると、こうなるかな。

日銀は、中央銀行に任されている手段の独立性から、その行使できる手段に頭を使って、インフレ目標を達成する必要がある。つまり、所定の時期には2%に上げることを考慮すべきなのだ。

 ということで、フィナンシャルタイムズは日銀に対して、近い時期にインフレ目標を2%にしなさいよと勧めているのである。頭を使えよと。
 そして、インフレ目標が、3~4%なれば、数年のうちに、政府債務残高の引き下げが見えてくるというのである。
 つまり、人気のブロガーさんとかネットで人気のご先生が毎回毎回手を替え品を替え、莫大な赤字を抱えた日本はいずれ大変なことになるなんたらかんたら、とネタを投下いるけど、フィナンシャルタイムズは、それ、3~4%のインフレ目標でなんとかなりますからぁ、と言っているのである。
 わかっている人にとっては、「別にどってことない普通の話」ということなので、それでネットでもこのフィナンシャルタイムズの社説はさほど注目されなかったのかもしれない。
 ただ、この社説、そのあとに、野田政権の増税もいいんじゃないのと、一見、転調している。

 野田佳彦首相が消費税率引き上げ法案(現行の5%を2014年に8%に引き上げ、2015年に10%に引き上げる)を提出したことは幸先のよいスタートだと言える。もしこの法案を通す対価が首相の地位の喪失であるなら、野田首相はこの対価を払うべきだ。

 しかも、その増税のために、野田ちゃんは切腹しても浮かばれるよ、という雰囲気なのだ。
 へえと思うかもしれないけど、実は、これ、世界が野田政権に向ける目を、けっこう赤裸々に表現していて面白いところ。野田ちゃん、哀れだなとも思うけど、世界が君に求めているのは、ご切腹なんですよ。ひどいなあと思うけど。
 なので、ここでフィナンシャルタイムズが、インフレ目標の意味をわかっていながら、増税もまた善し!、なんてなぜ言っているのか、不可解でもあるけど、それは、長期的に日本には増税は必要だと見なしているから。

 長期的には、日本は若い労働者たちの負担を軽減し、裕福な高齢者や現金をため込んでいる人々の負担を増やすべきだろう。消費税率の引き上げはその一助になる。何らかの富裕税や、投資や利益配当を促す法人税の導入も必要だろう。また女性の労働参加率は48%とあまりに低く、英国を約7ポイントも下回っている。

 つまり、フィナンシャルタイムズとしては、今回の消費税引き上げよりも、政府が増税にシフトすることで、高齢者からカネを吸い上げろよ、と言っている。
 その意味では、だったら、逆進性の高い、しかも歯止めの利かない消費税というのは、筋、悪すぎじゃね、と私などは思うのだが、まあ、そこはフィナンシャルタイムズはぐっと目をつぶってしまう。
 そして、話の締めで、海外労働者の受け入れを提言するから、これに反感をもつ人の多いネット民には受けが悪い。そこだけ注目されることにもなる。

最後に、日本は移民の受け入れをもう少し増やしてもよいのではないか。確かに、深刻な人手不足は生じていない。だが若い世代や女性の待遇を良くする場合と同様に、日本は移民の受け入れからフレッシュなアイデアや活力を得ることができるだろう。

 しかしこの締めは、現下の日本とっては、英国風なジョークと聞き流してもいい部分。そこだけ着目して釣られてしまうのもなあ。
 さてと。
 このフィナンシャルタイムズの要点をまとめると、こうなる。

(1) 政府のカネをばらまいて見せかけの成長を演出しても線香花火に終わるから、日本は成長戦略が必要になる。
(2) 特に名目成長率が重要なので、日銀は2%のインフレ目標を掲げる時期を考慮せよ。
(3) おカネを貯め込んだ高齢層からカネをむしり取るために増税が必要になるという文脈で、消費税増税もしかたない。
(4) 日本が国家として増税をきっかけに成長戦略に転じることを世界は注目している。

 とま、そんなところです。
 
追記
 「a flash in the pan」の説明についてコメントをいただき、なるほどと思い、その部分を訂正した。

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2012.05.28

野田政権「社会保障と税の一体改革(消費税増税)」の見取り図

 謎と言ってもよいのではないかと思う。野田現政権「社会保障と税の一体改革」が、である。わずかではあるが自分なりの整理と見通しを書いておきたい。

今回の消費税増税は、増税日本の第一歩
 「社会保障と税の一体改革」といっても根幹は、村山内閣以降18年ぶりの消費税増税法案である。3月30日に閣議決定され、国会に提出された。閣議決定とはいえ、政権交代のマニュフェストにもなく、与党民主党のなかで合意されているわけでもない。民主党の有力者と騒がれている小沢一郎代議士も反対している。野党自民党としては、与党民主党内の合意ができてから審議に応じようとしている。与党がまとまっていないければ、野党の対応もできないのは当然だろう。
 閣議決定された消費税率引き上げ法案は、消費税率を二段階に分け、現行の5%から10%に引き上げることが表向きの目的である。一段階目は2年後の2014年4月でここで8%になり、二段階目は2015年10月に10%に引き上げることになる。ようするに3年後には消費税が10%になる。おそらくその後も上がる。各種の試算からしてそれでは足りないからだ。消費税があと5%上がるというより、増税日本の突破口となるのがこの法案の本質である。

「景気弾力条項」は意味を持つのか
 自民党政権時代、特に最後となった麻生政権時代でも消費税増税は検討されていたが、日本経済の回復を待って実施するという常識ある方針であった。民主党はその点の配慮もないのかというと、さすがにそうもいかない。自民党時代の政策を真似て、消費税増税は「経済状況の好転」を条件とした。これが「景気弾力条項」である。
 具体的に「経済状況の好転」が何を意味するか。これは、2020年度までの平均で「名目3%、実質2%の経済成長率」を「政策運営上の努力目標」とする、としたことである。
 このあたりから、謎が忍び寄る。
 まず疑問。2015年には消費税は10%に上がるが、その時点で2020年度までの「名目3%、実質2%の経済成長率」はどういう扱いになるのか。
 とりあず消費税を上げてしまって、その後の5年間でなんとかなるさ、あるいは、消費税を上げれば「名目3%、実質2%の経済成長率」となるさ、ということなのか。と、書いていて吹き出してしまうが、冗談のような話である。
 謎としてまとめるとこうなる。2020年までの「名目3%、実質2%の経済成長率」という「景気弾力条項」は、2020年以前の時点でどの程度、条件としての拘束力を持つのか。まったくわからない。たぶん、無視されるのだろう。

「名目3%、実質2%の経済成長率」は日銀が変わらない限り無理
 謎はふくらむ。「景気弾力条項」である「名目3%、実質2%の経済成長率」はどのような具体的な政策課題となっているのか。まともな人間なら物事を計画するにあたって条件を整えようとするものだ。当然、消費税増税以前に、条件を満たすための政策課題が議論されなければならないはずだ。
 ところが、野田政権、これが皆目見当たらない。謎である。
 簡単に考えてみよう、実質2%の経済成長率というのは普通に成長戦略である。名目3%の経済成長率は、日本の通貨の価値が関係しているから、日銀の金融政策、つまり金融緩和が関わってくる。
 だが、その2面が見えない。いや、1面は明確に見えている。日銀は断固として金融緩和を拒んでいるからだ。日本の名目成長率は2000年以降マイナス0.6%なので、大きな政策転換なくして名目3%になりうるわけがないのだが、その政治プロセスはすでに途絶している。あー、つまり、ダメダメじゃんということ。

なぜ野田民主党政権は、増税に爆走したのか?
 現状、野田政権は、消費税問題の条件整備をすっとばして、なによりも消費税増税に邁進している。なぜこういうことになってしまったのだろうか。
 この謎、つまり野田政権の爆走理由については、それほどむずかしくない。解いてみよう。ポイントは、貧乏人対策である。
 現状、「社会保障と税の一体改革」で大きな課題になっているかに見えるのが、貧乏人対策である。そして、この部分、「社会保障と税」が、消費税増税と一体になるから、「一体改革」なのである。あなたが貧乏人なら、話はさらにわかりやすい。
 国家が消費税増税に突っ走ってしまうと、貧乏人は振り捨てられる。金持ちは高い物も買うから消費税を多く支払うともいえるが、金持ちはどの価格帯の物を買うかは選択可能だ。ところが貧乏人は基本、安い物しか買えない。それにがっつり、消費税が付く。つまり、消費税というのは貧乏人イジメの政策である。これを「逆進性」と言う。
 なお、消費税は逆進性ではないのだという、あたかも増税で経済成長するみたいな面白い屁理屈がないわけではない。だが現状の国政の状況としては、消費税の逆進性を対処するかという課題になっているので、面白い話題はネットで人気のご先生がたに任せて、ここでは現実を見ていこう。

逆進性の補正は「給付付き税額控除」か「複数税率」か
 消費税の逆進性、つまり、貧乏人には重税になるという傾向を補正・是正するには、基本、二つの政策がある。その二つがまさに現在、議論されている。
 一つは、消費税増税で貧乏人に重税になった部分、補正としてお金を上げましょうということだ。これが「給付」。他の税を軽減するという「控除」もある。2つを含めて「給付付き税額控除」という対処方法になる。これが、野田政権側が対処として提示している政策だ。機能するなら悪くないといえるし、採用している国もある。
 もう一つの政策は、貧乏人が買う物の消費税は安くしとけ、という方式である。食品は貧乏人の生死に直結する。だから食品の消費税は軽減し、学生はブログなんか見てないで書籍で学ばないとますます阿呆になるから書籍の消費税は軽減する、といった政策である。消費税が複数になる。これが「複数税率」である。自民党がかつて掲げたわりに、現下の党としての政策としてまとまっている印象はない。
 自民党と民主党って、もはやなんの違いもないというか、民主党はかつての自民党の単なる劣化版になってしまった現状はあるが、それでも理念としては、自民党は人が働いてそれでも所得が少なければ税金を軽くしましょうという政党である。これに対して、民主党は貧乏人には国がお金を上げましょうという政党である。
 当然、民主党は、貧乏人が増えるならじゃんじゃん、バラマキしょうということになる。さて、そのカネどこから? というのが問題になる。
 民主党はバラマキのための財源が欲しい。だから、消費税に血道を上げているのである。
 これは、国家に寄生する官僚制度にも都合がいい。特に財務省が野田政権を全面的に支援しているという図ができあがる。
 「でも、民主党のバラマキ方式でいいじゃん。私、貧乏人だし」という人もいるだろう。そこで、「複数税率」ではなく「給付付き税額控除」なのか。

「給付付き税額控除」は無理
 話を簡単にすると、「給付付き税額控除」は無理。なぜかというと、貧乏人がどのくらい貧乏なのかというのは、その所得の情報を国家が知っておく、つまり捕捉する制度が必要になる。逆に言えば、国民の所得捕捉の制度ができてから、「給付付き税額控除」が可能になる。だったら、今議論すべきは、国民の所得捕捉の制度ではないかとなる。ところがそうなっていない。
 この時点で、実は野田政権はまともな政治プロセスとしては、終了になっているはずなので、なんでこのゾンビが、かくまでがんばっているのかよくわからない光景ではある。輿石先生のフォースであろうか。
 消費税を上げるというなら、「複数税率」にするしかない。
 だが、これは無理ではないが、困難。なぜ困難かというと、流通での計算が複雑になるからということもだが(もともと日本の消費税にはインボイスがないという欠陥がある)、官僚がそこまで仕事をしたくないのである。もっと官僚さん働いてよという感じでもあるが、だって人手が足りませんと答えらるのがオチになる。
 だったら、できるだけ、簡素な「複数税率」の制度から始める、まず、食品から、となりそうなものだが、現状の自民党にはそうした議論はほとんど見かけない(あるのかもしれないが)。かろうじて目立つところでは5月28日の産経新聞社説「軽減税率 与野党で導入を議論せよ」で提言されている。
 結論からいうと、消費税を上げるなら食品を基本とした簡素な「複数税率」から着手すべきだが、現状では誰もやる気がない。原発廃止というもっと重要な課題があるからもしれない(冗談)。

こりゃびっくりの奇手登場
 じゃあ、どうなるの。ダメじゃん、ということになる。
 ところが、それでも野田政権は暴走しようとして、奇手の政策を出してくる可能性がある。おっと、その手があったかと。日本の官僚は、「兵は詭道なり」の孫子を学んでいるのである。これが政治を面白くしてくれる。眺めていると二つ、奇手がありそうだ。
 その一。目眩ましの折衷案。「複数税率は好ましいが、いずれ消費税は10%を越えるのだから、その時点で食品など貧乏人につらい消費税を10%に抑えよう」というのである。これは名案。朝日新聞が5月20日の社説「消費増税と低所得層―軽減税率は将来の課題に」で掲げ、旭日旗をばたばたと振って支援している。なるほど、この理屈なら複数税率の議論は、野田政権消費税を上手に救ってくれるではないか。
 ご冗談でしょ、朝日新聞社さん。
 いくら、目先の10%が大増税国家への一里塚とはいえ、現段階から10%を越える消費税を国民的合意にせよというのですかね。そりゃ無体な。
 そしてこの奇手は、その後の軽減税率が空手形であるということからしても、現状の議論のまさに目眩ましそのもの。
 その二。カナダで実施されている「GSTクレジット」という直接給付制度の真似がある。消費税増税に合わせて、貧乏人、つまり、低所得世帯に直接お金を給付するのである。それって、民主党の「給付付き税額控除」と同じではないかと思えるし、同じなのかもしれない。しかもそれって「子ども手当」の本質だったんじゃないとも思えてくる。それもそう。
 だが、現下の消費税増税ならなんでもするという状況での直接給付は、所得の捕捉なんて細かい制度はどうでもよく、どんぶり勘定で貧乏人にバラマキということになる。おそらく、安価な食品の増税分は試算しやすいだろうから、その分はカネで渡してしまえば、貧乏人も消費税増税に文句はあるまい、ということである。
 この奇手で問題となるのは、貧乏人を詐称する人である。これを防ぐには、現在貧乏人詐称をするとひどい目にあわせておくといい。というか、昨今の貧困騒ぎは生活保護の文脈ではなく、直接給付の下準備なのではないか。


 いずれにせよ、野田政権は失費税増税に爆走しているものの、そして、「景気弾力条項」も実質消えてしまっているものの、貧乏人対策なしでは、消費税増税は難しいだろうなというのが最後の関所になっている。
 自民党としては簡素な複数税制で、民主党としては大ざっぱな直接給付で乗り切りたいところだろう。
 財務省的には乗り切ればいいので、どっちでもいいよ。
 日銀的には金融緩和がなければ、どっちでもいいよ。
 

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2012.05.27

「努力」とはなにか

 「努力」とはなにか、について考えたら、文字認識のゲシュタルト崩壊じゃないけど、意味のゲシュタルト崩壊を起こして、えっ?えっ?、「努力」って何? 意味わかんねー状態になってきた。
 「努力」とはなにか? なんて考えるのが間違いの元だというのは、わかっているんだが、気になるとダメ、もう。
 話のきっかけは、これ、「「努力できる人」は脳が違う」(参照)というワイヤードの記事。へえと思った。そう思う人も多いんじゃないか。ネット界のゴミ箱とも呼ばれアルファーブロガーなら閲覧禁止指定がデフォでしょとされるブコメを覗くと予想通り、たんまり食いついている(参照)。
 私はというと、いや頭を抱えて、そして冒頭のゲシュタルト崩壊に至った。ちょっと説明させてくれ。
 記事の冒頭を引用するから、読んで味噌。

退屈な作業をやりとげようとする意欲の強い人と、途中であきらめてしまう人がいる。彼らの「脳の違い」を明らかにする研究が行われた。

この文章を書いているわたしは、そのうち退屈し始めるだろう。文字を見続けることに飽きて、気晴らしを求め始めるのだ。この画面から去って、どこか別のページへ行き、まったく関係ないサイトで楽しむ。そうした無駄な時間をしばらく費やしたあと、罪悪感が大きくなってきて、再びこの文章に戻ってくるはずだ。

それは、われわれの内にある「動機」と、外から来る「退屈」との果てしない闘い、意志と快楽のせめぎあいだ。何をしなければならないかは知っているが、したいことをするほうがずっと簡単なのだ。


 え?と思ったのだった。それって、「努力」?
 添付写真では"effort"が下線で強調されている。"effort"=「努力」という翻訳記事なんだろう。
 疑問は、ですね、「退屈を乗り越える能力」のことを「努力」って言いますか? なんか変じゃないか。再びはてブを見る。あった。

raitu これは「退屈我慢能力」というよりは「どんなものにもゲーム感覚を見出して楽しめる能力」の話。短期的には損得勘定上「やるだけ損」な作業でも愉しみを見出せるかどうか。自分は普段ちゃんと寝てるとそうなりやすい
m-tanaka 「退屈な作業をやりとげようとする意欲の強い人」は「努力の出来る人」とは違うと思う

 記事読んで、それって、「努力」?と疑問に思う人は300人に1人くらいはいそうな感じ。
 ええと私はですね、ゲシュタルト崩壊から0.5秒後に立ち直った後で、これ、誤訳じゃないのと思った。いや、英語的に誤訳とか思わないし、ネットでありがちな誤訳の指摘という話ではない。
 「努力」とはなにか? 大辞林を引いてみるとこう。

心をこめて事にあたること。骨を折って事の実行につとめること。つとめはげむこと。 「目標に向かって-する」 「-のたまもの」

 なるほど。「心を込めて」するわけですよ。「骨を折って」するわけです。痛そう。
 ロングマンで"effort"を引いてみた。

1 physical/mental energy
the physical or mental energy that is needed to do something

 「何かをするために必要な気力または体力」
 なーる!
 気力だから、どこまで続くかという話なわけですよ。納得。
 でもそれって日本語で「努力」っていいますかね。
 ロングマンをさらに見ると。

2 attempt
an attempt to do something, especially when this involves a lot of hard work or determination

 「何かに挑戦すること」が"effort"なわけか。
 学生援助募集サイト!とか挑戦するのも"effort"か。それに、困難や決意が伴うとより"effort"らしくなる、と。やっちまってから困難や決意が求められるというのはちょっと違う。なーんて冗談を書いてみたんだが、ロングマンの用例に"a fund-raising effort"というのもあった。やっぱ、"effort"なのか
 日本語の「努力」と英語の"effort"とでそれほど意味が違うということでもないといえばそうなんだろうが、現代英語だと、エネルギー量みたいなイメージが先行するとは言えそうだ。
 実際、この記事も、そうした量的概念を前提とした実験モデルになっている。
 今まであんまり考えてなかったが、語源も見ると、"esfort"とあり、"force"というがコアになっている。もとから、「力の発揮」みたいな言葉なわけか。というか、英語のウィキペディアだと"effort"で"energy"に飛ばされた。あっ! てこの原理で力点のことを"point of effort"というのだったな。

 ベタに、ぐいっとする「力」というわけか。
 ついでなんで、ボードゲームのタイトルで気にもなっていた"endeavor"も見ると。


attempt to do something new or difficult

 これは「努力」というより「挑戦」と訳したほうがいいような感じ。
 日本人だと「努力」というと心や精神の構えのような、徳目として考えがちがだが、欧米人の"effort"というのは、「レバ刺し食っていっちょやったるかぁ」みたいなノリなんじゃないか。(欧米人がレバ刺し食うか知らんが)
 
 

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