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2012.01.14

がんばれ、野田ちゃん改造内閣

 野田佳彦首相が13日、改造内閣を発足させた。理由は、参議院で問責決議を受けた一川保夫防衛相と山岡賢次国家公安委員長をすげ替えないと、野党と協調して国会運営ができないからだが、つまり政局がらみということだ。一川さんは防衛相には素人すぎて使えないし、山岡さんは合法とはいえマルチ商法推進みたいで困り者。小沢派と輿石東(75)氏へのメンツを立てるという党内人事もわからないではなが、普通に考えて人選ミスだった。ここは穏便に二氏をすげ替えたほうがいい(参照)。だから、すげ替え自体には違和感はない。
 何にすげ替えたか。国家公安委員長に松原仁副国土交通相をすげ替えたのは悪くないが、防衛相に田中直紀・民主党総務委員長は、まいった。仲井真弘多沖縄県知事が「田中真紀子さんは有名な方だから知っている。ご主人でしょう?」「今は民主党にいたんですか。確か…お名前しか知らないんですよ」(参照)と言ったが頷けてしまう。
 田中直紀氏は、田中角栄の娘・田中真紀子の旦那さんで、奥さんが自民党から民主党に鞍替えしたあとで追って自民党から民主党に鞍替えした人、というくらいしか普通知られていない。経歴を見てると外交防衛委員長の経験はあるが、素人去ってまた素人という印象が強い。輿石東(75)氏が推したのだろうが、あれだなあ、これはこれで強い意思表示だ。沖縄問題、非吾事。それ以外に、次期主力戦闘機、南スーダン国連平和維持活動派遣、武器輸出三原則緩和といった話題で田中氏は素人力を発揮しちゃうんだろうな。
 一川・山岡両氏をすっこめる程度で留めておけばいいのに、他もいじった。小沢派や輿石東(75)氏への手前か、単純に野田ちゃん本人の意気込みなのか、どうせいじるなら小宮山洋子厚生労働相もすげ替えて舛添さんを三顧の礼で招けばいいのに。
 文科相は中川正春氏から平野博文国対委員長。これは、ようするに使えない平野博文国対委員長のすげ替えと言ってもいいだろう。法相は平岡秀夫氏から小川敏夫・同党参院幹事長。法相のすげ替えはオウム事件の死刑執行がらみもあるのだろうか。
 改造内閣の目玉は、岡田克也前幹事長の副総理兼社会保障と税の一体改革担当相への起用だった。簡単にいえば、野田ちゃん内閣の消費税増税への意気込みを示すということ。報道を見るに岡田さんもう増税にお熱を上げている。
 野田ちゃん改造内閣は、消費税増税内閣と言ってよいだろうし、本当にそれに突入するなら野田ちゃんには力量不足なので、実質は岡田内閣ということになるしかないだろう。つまり、岡田さんお得意の熱血空回りが始まることになるのか。
 鳩山さんといい菅さんといい、そして野田ちゃんまでも自滅にまっしぐらというのは、なんとかならないのか。受け皿の野党の自民党がしっかりしているなら、さっさと民主党政権は終了にしてもよいかが、自民党もぼろぼろになっていて、消費税でもTPP問題でも政策の統一はできない。そこで政界再編成を望むという期待も出て来てはいるのだろうが、それって民主党の政権交代のときの期待と同じことになるだろう。
 再考するに、一川・山岡両氏を事実上更迭したのはよいとして、消費税増税に意気込んでしまったマイナスをどうしたらいいのかということだ。
 だが、野田ちゃん首相がいくらがんばっても、衆院解散前に消費税増税はできないだろう。そう考えてみると、逆に今回の改造内閣の意図は、衆院解散に向けた土台作りと見てもよいのかもしれない。あたかも日本の課題は「税と社会保障の一体改革」と天下布武の旗を揚げて奮迅する絵が描ければいいということだろう。それはありかもしれない。
 すると実際に天下布武の旗の下での決戦は、(1)国会議員定数削減、(2)公務員給与削減、(3)子ども手当を自民党時代に戻してやりなおし、(3)郵政改革、といった分野になる。
 率直にいうと、復興の公共投資を拡大し日銀に復興国債買い取りさせ円安に誘導するほうを最優先にするほうがいいと思うけど(参照)、現下の情勢ではまったく不可能に見える。となれば、先の4分野とかについて、自民党を巻き込んで民主党がぼろぼろになるまで戦うというのは悪くないのかもしれない。
 国会議員定数削減は、まず議員から身を切るということで前提の前提だし、公務員給与削減は実際にはさしたる意味がないけど、こういう危機のときは、「日暮硯」(参照)や「二宮翁夜話」(参照)、はたまた上杉鷹山の経営学(参照)ではないけど、お役人様が民衆とともに困苦に耐えるパフォーマンスをしないと日本はどうにもならないものだ。
 子ども手当を自民党時代に戻してやりなおす件については、実際には小手先の対応を積み重ねていくしかないし、郵政改革は小泉改革の状態に戻すにはもう手遅れなので、最悪の事態を避ける手は必要だが、それも早急にというものでもないだろう。
 麻生内閣路線のような成長戦略は取れないが、国会議員定数削減と公務員給与削減ならあと二年でなんとかなるんじゃないか。がんばれ、野田ちゃん改造内閣。
 
 

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2012.01.13

[書評]孤独のグルメ【新装版】(久住昌之・著、谷口ジロー・画 )

 中年男の孤食を描いた漫画「孤独のグルメ」(参照)が電子ブックで売っていた。電子ブックでこの漫画を読むとどうなんだろうかという素朴な興味と、通して読んだことはなかったなという思いがあって、買って読んだ。泣けたというのとは違う、胸にずんとくる感慨があった。中年男の孤食というものの、いわくいいがたい微妙な心情をよく描いていることもだが、私自身生きてそして食ってきたあの時代が絵の一コマ一コマにそのままにあったのだった。

cover
孤独のグルメ
【新装版】
 物語は、個人経営の洋雑貨輸入商・井之頭五郎が、背広姿で見知らぬ町を巡った営業帰りに、食いそびれた昼飯をその町の店屋で食うというだけの設定が多い。表題にグルメとあるが、普通の意味でグルメといったものではない。下町のさびれた定食屋のようなところで、中年男が、がつがつとありふれた食事をするだけの短い話。B級グルメといったものでもない。食うのは腹がいっぱいになればいいやといったくらい。
 だが結果として、たくまずしてというべきか、一人の中年の男の像を、普遍的な男というものの本質から照らしながら、上手に描いている。表題の「孤独」に偽りはない。見知らぬ町で、その町の見知らぬ人間として、彼は物語に立たされる。中年男というのは、そうやってこの世の中に立ち尽くすものである。
 主人公・井之頭五郎は酒を飲まない。それだけでもグルメといった、うんざりしたうんちくから解放される思いがする。甘物が好きだが菓子職人がどうたらとも言わない。そしてこれはいいなと思うのは、やたらと煙草を吸うことだ。食事を終えたら普通に煙草を一服。そこに何かもう失われた時代を見る。この物語、現在テレビドラマ化されているらしいが、煙草のシーンはあるだろうか。
 読み進めながら、これは私の世代の話だなとも思った。団塊世代の次の世代。原作の久住昌之が1958年生まれで私と同級生といってもいいくらいなせいもある。物語の時代は1995年止まり。オウム事件と阪神大震災が変えてしまう前の日本の風景だと言ってもいい。が、その変移はかつて東京オリンピックが変えたそれほどドラスティックではない。むしろ、この物語に銀座の変容の一話もあるが、なだらかな変化の途中を描いているともいえる。現在でもなお探せば同じ風景もあるだろう。
 1995年の風景のなかで井之頭五郎は何歳くらいか。私は37歳だった。その感じからすると5歳くらい年上には見える。私より10歳年上の谷口ジローの自意識と所作が五郎の年齢設定に反映しているように思う。
 物語の時間の4年前、五郎がパリで女優と過ごしたときの回想シーンがひとつある。女優の同棲への焦りは、あの時代の女の30歳くらいを反映しているのだろう。それにすれ違う五郎はあの時代の30代後半にさしかかるといったところだろう。そしてパリの回想風景が群馬県高崎の風景に切り替わるあたりに、中年男というものの存在の絶妙の苦みと味わいがある。他にも、新幹線のなかで若い見知らぬ女の隣席ではた迷惑なシュウマイを食っている自分の存在にズレというものを思うあたりも、ああ、そうだよ、おまえは俺、とかも思う。(もちろん、五郎と私はかなり違ってもいるのに。)
 ただ懐かしく胸に迫る風景もある。西荻の自然食屋ふうな店は満月洞である。私はプラサード書店で「The Fourth Way」とか買って夕飯を食った。あるいはホビット村のイベントのあとに、また待晨堂で時間を費やした帰りに飯を食った。酒も飲んだ。紅乙女が好みだった。友だちもいた。ヒッピーくずれのいつもの米人もいた。あの店内の段差も覚えている。
 江ノ島の魚見亭では、ちょうど五郎の座っていたところに私も座って、失われた青春を思って暮れゆく海を見ていた。石神井公園も懐かしい。板橋区大山町にも懐かしい思い出がある。大阪市北区も思い出すことがある。どうしてこうも思い出が詰まっているのか、この漫画、と不思議なくらいだ。たぶん、そうした不思議さに打たれるのは私だけではないだろう。
 電子ブックとしてはどうか。iPadで最初起動したときアプリがiPhoneアプリサイズだったので、これはしまったと思った。二倍サイズにすると絵がぼけるのだろうと諦念していたが、さにはあらず。ボケもせず、漫画として読むにちょうど解像度になった。iPadで読むのにちょうどよい。しいて欲を言えば、背景色を白からもう少し柔らかいものにしたいくらい。
 
 

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2012.01.12

2012年版 賢くなる31の方法

 今週のNewsweekに「2012年版 賢くなる31の方法」という話があった。そりゃいいや。

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Newsweek
January 16, 2012
 オリジナルは「31 Ways To Get Smarter In 2012」という特集記事。ネットにあるかと思ったらあった(参照)。
 オリジナルの"smart"には「賢い」という意味に加え、ちょっと流行の気取りといった意味合いもあるだろう。以下、適当な意訳と私のコメント。正確な内容が気になるかたは原文を見といてくださいな。あるいは今週のNewsweekを購入してもよいのでは。Kindleなら月額購入だと300円くらい。

1 スマホでクロスワードとか
 認知症の予防にもなるらしい。飛行機のなかではしないこと。日本だとこの手の言葉を使ったパズルはなんでしょうかね。

2 ウコンを摂ろう
 これも認知症の予防にもなるらしい。日本人はカレーをよく食べるから自然に摂取量は多いかも(ちなみに日本のカレーは脂肪も多い)。Newsweekには書いてないけど、米国のウコンのサプリメントだとクルクミン成分が標準化されているのが選べるので、そのほうが効果はあるかもしれませんよ。

3 テコンドーをしよう
 それ以外にも多少心拍が上がるもんならよいらしく、Wii Fitも挙げられていた。

4 ニュースはアルジャジーラで
 CNNやBBCよりも世界を広く見られるようになるとのこと。そういえば私は昨年からアラブニュースを読むようになりましたね。「キングダム」でサウジアラビアを連想します。次。

5 ネットをオフにする時間を持て
 ネットから自由になる時間を持とうと。ごもっとも。ツイッターや最新情報に嵌りすぎているなあと反省すること、しきり。

6 よく眠れ
 昼寝も取れよと。ただ、深く眠るというのは難しいものですね。

7 TEDのアプリがお薦め
 というわけで、TEDのアプリを落としてみた。日本語翻訳もついている。鳩山元首相もTEDを見ているみたいでしたね。ひゃっほ~。

8 文芸祭に行こう
 「文芸祭」としたけどオリジナルは"Literary festival"。それって、日本にあるのか? ジュンク堂とかでよく作家の会みたいのがあるから、あれでもいいのかもしれない。そういえば、若い頃はよく偉い人の講演会を聞いたものだったな。"convocation"というのも日本ではあまり聞かないですね。次。

9 記憶術を学ぼう
 慣れている建物や場所とかのイメージをキーにして記憶するという手法。記憶術とかの本によくありますよ。オリジナルでは"Memory Palace"とある。Newsweekにないけど、"Method of loci"とも言いますね、これ。ローマ時代の弁論法の一部なのかも。

10 外国語を学ぼう
 英語もまともにできないのにとか思うけど、それはそれとして他の言語とかやってみたい気はしますね。フランス語とか聞いていると、英語と共通の単語が多くて、何言っているかなんとなくわかる感じもするので。でも、ま、難しいか。「蒼穹の昴」を見ていたら中国語がわかるような気がしたのと同じくらいの、自己暗示かも。

11 ダークチョコレートを食べよう
 健康にいいかもっていう、よくある話です。Newsweekには書いてないけどカカオにはテオブロミンが含まれているというのはありますね。効果があるほど食うのはいかがなものかとは思うけど。

12 編み物会に入ろう
 脳にもいいらしいですよ。そうかもしれないなという感じはするな。村上春樹のエッセイに、編み物パブの話があったが、個人的には編み物している女性は苦手。男性はというと橋本治とか広瀬光治とか連想する。いやいや、「広瀬光治のゆび編みレッスン」(参照)とかいいかも

13 笑顔を消してみる
 難しそうな顔すると難しいこと考えられるとのこと。ほんとかねと思うけど、あれです、ロダンの地獄の門で「考える人」のポーズとか半跏思惟像ポーズとか全裸でするとよさげです。

14 暴力性のビデオゲームをやってみる
 心のなんかを解放するんでしょうかね。それもありかも。私も一時期「BATTLE BEARS」に嵌った。最近のだと「斬撃のREGINLEIV」(参照)とかやってみるかな。

15 ツイッターでこの人たちをフォローする
  @Nouriel @JadAbumrad @colsonwhitehead だそうです。日本だと誰でしょうね。キュレーターみたいな人はやめといたほうが、いいんじゃね(思索の刺激にならんよという意味で)。

16 ヨーグルトを食べよう
 脳にもよいそうです、はいはい。

17 SuperMemoをやってみよう
 忘却曲線とかを使った記憶強化ソフトみたいです。スマホ向けにはなさそう。iPhoneにそれっぽいものがあったのでやっみてダレた。この手のものは飽きるというのがなんとも。

18 シェークスピア劇を見よう
 昔BBCのシリーズで見て面白かったですよ。日本でいうと近松とかになるのかな。「7人のシェイクスピア」(参照)って面白いっすか?

19 思考を洗練させよ
 ダニエル・カーネマン(Daniel Kahneman)の「Thinking, Fast and Slow」(参照)にならって、思考の速度を使い分けよと。この本、そろそろ翻訳出るんじゃね? あるいは出てますか。

20 水分補給
 これ、英語では"hydrate"とか言っている。水を飲めというのと、皮膚から水を逃さぬということでしょうかね。後者はワセリン(参照)とかいいんじゃないかと思うけど。

21 iTunes Uの活用
 無料で学べる米国の大学講義ってやつです。よく勧められるけど、さすがに退屈なの多くて続かない。日本だと放送大学とかEテレとかですかね。これらもなかなかに退屈な代物。

22 ニューヨーク近代美術館を見よう
 日本だとなんでしょうかね。私は以前セゾン美術館とかの会員で毎回毎回見ていて勉強になりましたよ。サントリー美術館もよく行った。こっちはいまでもある。知り合いがいた。最近、美術館とか行ってないです。

23 楽器をやろう
 言われてみればの類。iPhone APPが意外と楽器になったりする。MorphWizとか嵌っていた。

24 手書きの勧め
 実際に手に鉛筆や万年筆や筆持って紙に書くということ。大切ですよ。よくしてます。

25 タイマー使って25分単位で物事をする
 英語だと"Pomodoro Technique"。なんでトマト(Pomodoro)なのかというと、トマトの形の、真ん中からねじって回すキッチンタイマーを使うというやつが原点。一時期流行った。この手のライフハックも最初はいいけど、だれる。

26 ぼけっとしてみる
 英語だと"zoning out"。枠に拘らないという意味もある。Newsweekにはないけど、この手の瞑想法に"Open space meditation"というのがあって面白いので、いずれ紹介するかも。

27 コーヒーを飲む
 カフェイン効果というところだけど、香りの刺激も。

28 忍耐力!
 英語だと、"Delay Gratification"で、ご褒美は後でということ。こういうのドMな人でないと無理じゃないかな。

29 得意分野を作る
 楽々できる分野をもちなさい。やってて楽しいことでメリットを伸ばす。ハックル先生とかから学べるものは多いんじゃないかな。次。

30 書評を書こう
 書評と限らないけど、試したものの評価を文章で書いてみる。これは確かによいですよ。個人的なアドバイスを加えると、けなす批評っていうのは、自分が偉そうに思えるつまらない詐術なんでそこにどつぼらないように。

31 街から出て自然のあるところに
 自然に触れようということでしょうかね。そりゃそうでしょ。ワイル先生の新刊「Spontaneous Happiness」(参照)の抜粋を先日Newsweekで読んだけど、そんな内容でした。

以上、31点。Baskin Robbinsみたいなもんでしょうかね。
 
 

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2012.01.11

脳の劣化は45歳から始まる

 脳の劣化は45歳から始まるという話が先日のBBCにあった(参照)。話題の元は定評ある医学誌BMJの研究(参照)である。参照してみると研究規模は小さくないので、今後、高齢者への行政にも影響があるのかもしれない。さて、私は今年55歳になるわけで、してみるとだいぶ劣化しているよね。
 研究結果をみると、男女ともに45歳から49歳で論理推論の機能が3.6%ほど減退する。具体的に調査されたのは、記憶(memory)、論理推論(reasoning)、語彙(vocabulary)、発話(phonemic fluency)、聞き取り了解(semantic fluency)の5分野で、まず劣化するのが論理推論の機能だ。思考力が衰えると言ってもいいのではないか。
 逆に劣化しにくいのが語彙力である。文章を書くという能力への影響は多少遅れるのかもしれない。なお、研究結果は学歴などの差違は補正されている。対象となってのは公務員なので、公務員って脳劣化しやすくないとかちょっと思わないでもない(冗談です)。
 BBC記事は、老化による脳の劣化をアルツハイマー病と結びつけているようにも読める。徐々に進行する脳の劣化から認知症に至るといった想定があるかもしれない。が、そのあたりはよくわかっていないはずなので、経年劣化と認知症とは分けてもよいだろう。
 さてと、問題は、俺。
 脳が劣化しているかな、俺。
 あまた寄せられてきた罵倒はそれを支持している。みなさんのご期待に添いたい。が、正直なところ自分ではあまり脳の劣化感はなく、逆に意外と脳ってボケないもんだなというのがある。「それがボケの兆候だろ」というのもわかるけど。
 もちろん身体の老化と同じで、思考力にも活力が続かないというのはある。いつでもぼんやりとした感じがないわけでもないが、若い頃もそうだったしなあ。
 自分はまだまだ若いとか愉快なことが言いたいわけでもなく、ガキの気分は抜けないし、本人はボケを納得しているもんではないなというところ。つまり、老人っていうのは自分はボケてないと思っているもんだというのが結論ではあるんですよ。
 ざっくり30代半ばのころと現在を比べて、「思考力は5%劣化していますよ」と言われたとする。そのくらいは劣化している感じはないでもない。ボードゲームとか若い人とやると「かなわないなあ、ぐへ」の感はある。最近、「さすがに俺、劣化しているな」と思うのは、微妙な得点差で追い込む勝負のタイミングでの得点計算ミスだ。「その差2点。うっ、こんなはずじゃねーぞ」とか思うことが多い。それがボケなんですよと言われると、はいそうですね。
 全体的な老化といえば、もう見るからに爺だろというのもあるし、疲れやすいし、目が一段と悪くなった。本を読む持久力みたいのは減った(ただ速読力みたいのがあるとすれば、そちらはあまり劣化した感じはない)。目が悪くなった反面、補うように勘を使うようにもなった。あれです、フォース。いや冗談は冗談なんだけど、私は若い頃自分の勘というのを使いたくなかったんですよ。禁じていた。最近、少し許すようになった。ずるしているなというのと楽に補ってもいいかというのはある。この勘というのは一種のマクロ的な思考でもあるんで、地味な思考が疎かになりさらに思考力が衰えるという面もあるんだけど。
 視力の劣化でいうと、これもよく「爺、老眼だろ」と罵倒されるが、その自覚はない。あの、文字を読むとき離して読むというの、あれがなんだかさっぱりわからない。それでも細かい文字は近視・乱視で読みづらいのは確かなんで困ってはいる。

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文藝春秋
2012年2月
 そんなものでしょと、みなさん、と思っていたら、音楽家の坂本龍一が42歳で老眼になったという話が今月の文藝春秋にあった(参照)。42歳で珍しい、へえ、と思ってツイッターできいたら、そんなのですよみたいなレスをいくつかいただいた。
 他、坂本さんは耳鳴りもひどいらしい。私もたまに耳鳴りはある。それとは別に、誰にもである、無音で聞こえる耳鳴り(無難聴性耳鳴)が大きくなった感もあり、これは老化だなと思っている。この無難聴性耳鳴って、気にして神経集中すると感度が上がって、聴音も大きくなる。坂本さんも気に過ぎているんじゃないかとも思ったが。
 かくして坂本さんは、野口整体をするようになり、マクロバイオティックスなどもしたらしい。これもへえと思った。ネットだとこの手のカルト的な代替医療というのは敵視されがち。でも、相手がそういう人たちの憧れの坂本龍一だとあまり批判もされないのではないか。謎の身体不調があり標準医学で相手にしてくれないと、代替医療的なものに走ってしまうのは誰にでもありがちなことではないかと思うが。
 老化といえば、2ちゃんねるのまとめサイトに「自分の老化に驚いたこと」(参照)というのもあった。人それぞれ老化を感じることはあるのでしょう。
 
 

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2012.01.10

米国の婚姻率減少の理由はなにか

 目黒公証役場事務長・拉致事件の平田信容疑者(46)は17年に渡る逃亡生活を続けた。その彼をかくまっていたとされる女性(49)が出頭した。二人は14年間生活していたらしい。逃亡生活が落ち着く以前からすれば16年にも及ぶのではないか。すると、そうだな、それは「愛」って呼んでもいいのかもしれないなと思ったものの、もちろん男女の内情というものはわからない。それでも事実婚という関係だったのだろうか。そうすると、婚姻率には含まれないことになる。いや、それ以前に逃亡生活か。
 米国の婚姻率が減少しているという話題をBBCが取り上げていた。題は「なぜ米国の婚姻率は急速に減少したのか?(Why is the US marriage rate falling sharply?)」(参照)。ネタは調査会社フューが昨年末公開した米国の婚姻状態についての報告である(参照)。
 BBCにつられて、ではどれだけ米国の婚姻率が落ちたか、というと5%である。そういうこと。多いと見るか、なだらかな傾向と見るべきか、後者ではないかと思うが、BBCはネタとして取り上げてみましたということである。じゃ、ブログにも借りますかね。

 グラフの見せ方にもよるが、それでも婚姻率の減少という変化については、60年代以降の継続的な大きなトレンドであって、この数年に大きな変化があるわけではない。
 が、多少なりともネタ感があるのは、婚姻率が51%ということで、もうすぐ半数を割るのだというあたりの感慨だろう。米国社会の半数の人は結婚してないんだなみたいな。
 BBCは初婚年齢の上昇にも注目している。米国では男性は28.7歳、女性は26.5歳である。

 グラフ的に見ると、米国は晩婚化が進んでいるものだとも言えるが、日本の現状(参照)は、男性は30.5歳、女性は28.8歳。米国より二年ほど晩婚化している。BBCの記事では、英国では男性は32歳、女性は30歳。そんなものでしょ。
 先進諸国では、初婚年齢は男女ともに30歳を超えるというのがざっくりとしたところなので、それから見ると、米国はやや晩婚化が遅れているとも言える。
 BBC記事を読んでいて、それでも、へえと思った指摘は、米国の婚姻率が学歴差で分かれる点だ。大卒だと64%だが、高卒だと47%ということで、それだけならそういう社会もあるんじゃないかと思うのだが、60年代にはこの差はなかったと指摘されている。
 大卒のほうが婚姻率が高いのはなぜだろうと考えざるをえないのだが、その説明らしきBBCの話はよくわからない。大卒のほうがリベラルな傾向があるが、婚姻については伝統的に考えているみたいな話があるにはある。
 BBCはさらに婚姻に貧富差の影響を挙げていき、ネタらしく、でも実際のところ、このところの婚姻率の低下は経済の低迷じゃないのと落ちがつく。いや、不景気だとなかなか結婚式は挙げられないでしょということで、まあ、そんなとこではないのか。
 BBCの話は以上なのだが、元ネタのヒューの調査を見ていくと、もう少し、むむむっといった感じがする。
 まず、初婚率が減少している。どう解釈するものかいま一つわからないのだが、結婚というのが一回して添い遂げるというものではなくなりつつあるということではないか。
 年代別の既婚率は、年代下がるごとに減っていく傾向がありそうだ。これは時代とともに結婚している状態が減少しているのか、結婚というのは概ね40代以降の現象になりつつあるのか。後者のように思えないでもない。
 ざっとした印象だと米国では、結婚する人は半数くらいで、30代でやってみて、40歳以降になってだいたい安定するということだろう。
 そうしたなかで子供はどうなるのかと思うが、モデル的に想像するに30代で産んではみたものの、なかなか家族は安定しないという光景に収まるのだろう。あるいは、子供の収まり方で、婚姻の安定感が決まるのかもしれないが。
 
 

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2012.01.09

ホルムズ海峡封鎖の可能性について

 イランがホルムズ海峡を封鎖すると脅している。脅されているのはイランに敵対する諸国の経済だと見なされている。ホルムズ海峡が封鎖されれば世界経済に大混乱が起きるとも想定されている。
 理由はホルムズ海峡が石油フローにおいて最も大きなチョークポイントだからである。昨年の資源エネルギー庁「エネルギー白書2010」の「第4節 総合的なエネルギー安全保障の定量評価」(参照)に引かれている「IEA World Energy Outlook 2004」は、年次が古いがおおよそのようすを知るにはわかりやすい。余談だが今年の白書は昨年とは打って変わった様相で感慨深い。
 それによると、エネルギー安全保障面での世界の4大チョークポイントは、ホルムズ海峡、マラッカ海峡、マンダブ海峡およびスエズ運河で、ホルムズ海峡が最も大きい。しかも実際にこれらのチョークポイントに依存している国を見ると、主要国では中国・日本・韓国が大きく、米国やEU諸国は低い。米国、英国、フランス、ドイツは国策としてチョークポイント依存度を低下させてきたが、日本は原発体制と同様に安閑となんら手を打たなかったに等しい状態が続いていたことがよくわかる。
 ホルムズ海峡封鎖で経済的な影響を受けるのは中国・日本・韓国の三国で、米国および英仏独には比較的影響を与えないだろう。
 対イラン石油政策では、日中はその資源開発においては対抗的でもあったが、同一のパイを狙うという意味では同一の利益の上にあるとも言える。日本のエネルギー問題の命運は米国と中国に掛かっているとも見えないことはない。
 実際の封鎖に対応するのは米国だが、米国から見ると、国連で拒否権を持つ中国とどう対応するか、また日韓経済の打撃をどう見るかということになる。
 話が戻るが、イランが強行な素振りを見せるには、イランの核化を阻止しようとする米国中心の圧力であり、より端的に言えば、イラク戦争と同様に、イスラエルとサウジアラビアへの脅威を米国が肩代わりするかということになる。
 基本的にこの問題は、中国、日本、韓国、イスラエル、サウジアラビアの5国の命運のバランスをどう米国が見るかという問題だとしてもよいだろう。(言うまでもなく、日本が見捨てられる可能性は低くはないし、これをネタに日本に同盟国強化への脅しをかけてくる可能性もある。)
 また別方向で話が戻るが、そもそもイランは本気でホルムズ海峡を封鎖するかという問題もある。
 簡単にいうと、イランがホルムズ海峡封鎖を実施すれば、イラン自身も対外的な貿易路としてこのチョークポイントに依存しているので、イラン国内経済が壊滅すると見られる。
 また米軍はこの危機の可能性について長期的に関与してきたので、大方の見方では、イランによるホルムズ海峡封鎖をはね除けることができそうであり、実際、イランがブラフをかけてきても現状市場の動揺はない。日本を含め世界経済全体が低迷しているので、エネルギー需要では基本線で影響力が少ないとも言える(逆に好機になりかねない)。
 むしろこの構図は、太平洋戦争の際の日本のABCD包囲にも似ていて、イランにホルムズ海峡封鎖という暴発を迫る仕組みなのではないか。もちろん、そのようなプランを米国が持っているというほどの陰謀論ではないが、全体の構図からはそういう種類のゲームであり、日本が真珠湾攻撃をしたことをチャーチルが喜んだように、イスラエル側がその暴発を好機とする可能性がある。
 構図を追っていくと着火点になりそうなのはイスラエルであり、そもそもこの問題を引き起こしたのがイスラエルの安全保障であったことを想起してもそう見なせるだろう。
 イスラエルの動向はどうか。また、イスラエルの対イラク戦略を米国はどう見ているか。
 現状、イスラエルの動向がよくわからない。イスラエルがイランを本気で暴発に追い込むほどの国家意思を持っているのか、あるいは、その意思の混迷が結果的にイランを不用意に刺激しているのか。イスラエルの滑稽な内政の現状からすると後者のようにも見える。
 イスラエルに視点を置いて米国側の思惑を見直すと、米国オバマ大統領再選の文脈が重要になる。オバマ政権または共和党が強行なイスラエルロビーをどれほど重視しているかという問題である。どうか。簡単にいえば、この勢力は滑稽なほどの強行をアピールするニュート・ギングリッチに傾倒している、つまり滑稽なというにふさわしい状況にあり、オバマ側の再選の強い要因にはなっていないだろう。
 オバマ政権としては、この現状で世界に不安定要素を持ち込みたくないと見てよいだろう。
 以上の筋から見ると、オバマ政権の基本戦略としては、温和にイランに圧力をかけてレジーム変更を促しつつ、イスラエルの暴発を抑えるということになるだろう。(その点では、イランのレジーム変更が大きな課題だが、どうもこれはイラク戦争以前のイラクのような状態になりそうでもある。)
 日本ではあまり見かけなかったが、イラク駐留米軍は、イスラエルとイランの中間にあって、イスラエルの暴走を抑える蓋の働きもしていた。その蓋がはずれた現在、代替の蓋が必要になる。と見ていると、早々に米国とイスラエルが合同演習を始めた(参照)。表向きは、イランのミサイルに対する防衛ということだが、実際には、イスラエルの蓋ということではないか。
 
 

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2012.01.08

[書評]タイランド(村上春樹)

 村上春樹の短編小説「タイランド」は、「蜂蜜パイ」と同じく2000年に出版された「神の子どもたちはみな踊る」(参照)に収録されている作品で、先日「蜂蜜パイ」を読み返したあと気になって読み返した。

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神の子どもたちはみな踊る
 私はこの短編「タイランド」が村上春樹の短編の最高傑作ではないかと思っていた。技巧的にも、その文学的な深みにおいても……。しかし時を置いて再読してみると、意外に文章は拙なく技巧も熟れていない印象が強く残った。が、依然好きな作品であり、強い印象をもつ作品であるし、再読して新しく心に残る部分もある。エントリを起こして書く意味があるのかよくわからないが、自分の関心にそって書いてみたい気がする。
 短編小説「タイランド」は、いわゆる世間に流布されている村上春樹のイメージからすると異色な作品と言えるだろう。主人公は五十歳過ぎの女性に設定に設定されていることや、タイという異郷に設定されていることといった表面的な指標からもそう言える。この作品は日本語で読むよりルービンによるこなれた英訳の方が美しく読めるかもしれない。だが曖昧で無意識的な暗喩を駆使する文学手法や主題への切り込みかたは村上春樹そのものであり、またおそらくとても日本的な作品でもあろう。
 物語は、免疫学研究を米国で続けてきた、五十歳過ぎの日本人女性「さつき」がバンコック・マリオットで開催される世界甲状腺会議に出席するためのフライトの光景から始まる。
 さつきはフライト中、閉経に伴う更年期障害・ホットフラッシュに悩まされながら、医者を求める機内アナウンスに答えるべきか悩む。医学者ではあるが臨床医ではなく、かつてそうした状況で臨床医によって受けた冷ややかな態度を想起する。
 4日間の医学者会議後はタイのリゾート地で一週間の休暇を取るとし、物語はそのタイでの出来事が綴られる。さつきは、おそらく米人であろう夫と離婚し、また米国社会での日本人差別にも疲れ、日本に戻ろうかとも考えているが、心の底に去来するものは、日本で過ごした若い日の堕胎とその経緯で憎むようになったある男性のことであった。
 さつきの離婚の理由は夫の不倫やいさかいもだったが、夫からすれば子供を産まないさつきへの不満もあった。さつきは若い日の堕胎で不妊となったのだろう。
 タイの休暇では、「ニミット」と名乗る六十歳過ぎのガイド兼運転手の男がさつきの世話をする。二ミットは三十三年間ノルウェイ人宝石商の運転手を勤めていた経験からプレーンな英語を話し、おそらくゲイであろう心情の細やかさから、さつきの苦悩を察し、現地のシャーマンの老女に会うことを勧める。老女はさつきの手を取り、じっと見つめながら、さつきにその癒しとなる指針を託宣し、さつきはその託宣の暗喩を深く受け止める。
 筋立てとしては以上のようなものだが、老女の託宣とニミットが語るかつての主人による北極熊の話がメタフィクション的に構成されるところに技工性があり、また二ミットが主人から相続したジャズ名盤やさつきが機内で読むジョン・ル・カレの小説(おそらく「われらのゲーム」であろう)などに村上春樹らしい安定した雰囲気が設定されている。
 主題は明瞭に、さつきの癒しと言ってよい。若いの恋愛がもたらした憎悪を抱えつつ五十歳まで生きた人間の苦悩と言ってよいだろう。だから、そうした憎悪のような苦悩を抱えない人間にとってはこの小説は薄っぺらな気取った文学趣味でしかないのはしかたがない。
 この憎悪がこの小説において文学的な光を受けるのは二つの光源からである。一つは神話的な思考とも言えるが、阪神大震災という惨事を惹起しうる強度に比喩されていることだ。
 ニミットはさつきが阪神大震災に遭遇しなかったかと問い、また知人が惨禍に遭わなかったかと心配して語る。

「それはなによりです。先日の神戸の大震災ではたくさんのかたが亡くなりました。ニュースで見ました。とても悲しいことです。ドクターのお知り合いには、神戸に住んでおられる方はいませんでしたか?」
「いいえ。神戸には私の知り合いは一人も住んでいないと思う」と彼女は言った。でもそれは真実ではなかった。神戸にはあの男が住んでいる。


あの男が重くて固い何かの下敷きになって、ぺしゃんこにつぶれていればいいのにと彼女は思った。あるいはどろどろに液状化した大地の中に飲み込まれていればいいのに。それこそが私が長い間望んできたことなのだ。

 老女の託宣の後さつきはこう思う。

生まれなかった子どものことを思った。彼女はその子どもを抹殺し、底のない井戸に投げ込んだのだ。そして彼女は一人の男を三十年にわたって憎み続けた。男が苦悶にもだえて死ぬことを求めた。そのためには心の底で地震さえも望んだ。ある意味では、あの地震を引き起こしたのは私だったのだ。

 憎悪から天変地異を求めるという心情は神話的であるが、そこからさらに天災を惹起した原因が自分である、というのはさらに神話的な心情を形成する。もちろん、そのようなことはありえない。天災が天罰などでもありえないように。
 だが憎悪の心情の理路では、すくなくともその憎悪を抱える本人の心情からの世界理解としては、その憎悪の維持のゆえに、憎悪の発現として天災が理解される。それは不思議ではない。憎悪を介して他者との関係を叫ばざるを得ない人々が多いことは、阪神大震災の後16年後の天災と事故でも普通に見られたことだ。
 逆にこう問うてみるとよい。憎悪がなければ、天災や事故に憎悪の実現に胸がすく思いがなければ、人はもっと助け合えることができるし、災害を乗り切ることができる。しかし、人には、おそらくできない。
 二点目は、この憎悪の存在とそれを抱えて五十歳を超えてきた、さつきという初老の女性にとって、生きることも死ぬことも不可能になるジレンマである。憎悪を抱えて生きるということは、死を達成しないし、死の準備ができない、ということだった。これがシャーマンの女性が語るメッセージの核心でもあった。
 癒しとは達成的な死を可能にすることだ。ニミットはさつきに静かに上手に死んでいくことを間接的にだが勧めた。

あの男が私の心を石に変え、私の身体を石に変えたのだ。遠く山の中では灰色の猿たちが無言のうちに彼女を見つめていた。生きることと死ぬことは、ある意味では等価なのです、ドクター。

 私たちは――そう言ってもいいだろう、心と身体を石にしてしまって半世紀も生きてしまう私たちは――生きるための、成功するための隠された目的でもあった憎悪を手放して、どうやって上手に段階的に死ぬことができるだろうか。答えは、ドリームワークである。夢の作業・課題である。
 ドリームワークが大きな課題として村上春樹文学に登場したのは、「世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド」(参照)に顕著だが、彼の文学がそもそもそういうものであったことに加え、ちょうど「タイランド」が書かれる時代「村上春樹、河合隼雄に会いにいく」(参照)に示されるようにユング心理学の河合隼雄(参照)との対話の影響があった。
 物語では、シャーマンの女性はさつきに、さつきが見るであろう夢を告げ、その夢での行動に「勇気」を求めた。夢のなかの課題・作業、ドリームワーク(参照)である。そして勇気とは「自分を認めるcourage」でもあり、「新しき存在」への勇気でもある。
 しかしそう語るだけでは何ももたらさない。この小説もその夢の門前で終わり、その夢の内部には入っていかない。村上春樹はその夢を語り、彼自身がその勇気を、聖ヨハネのように達成しなければならない。ではその文学は出現したのか。「1Q84」にその片鱗がある程度だろう。
 私たちは自分たち憎悪をその生の限界のなかで上手に死に接地させる精神の速度を失っている。夢が、ドリームワークがそれを可能にするというなら、私たちはどのような夢を持ちうるだろうか。夢、つまり、文学を。
 
 

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