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2012.05.12

[書評]センタリングの祈りと内面の目覚め(Centering Prayer And Inner Awakening)(シンシア・ブジョー)

 詳しく調べたわけではないが日本語の訳本はないのではないかと思う。シンシア・ブジョー(Cynthia Bourgeault)による「センタリングの祈りと内面の目覚め」というタイトルはオリジナル「Centering Prayer And Inner Awakening」(参照)の仮訳である。内容はそのまま、「センタリングの祈り」についての簡易な解説であり、その歴史と神学的な背景も平易に説明されている。彼女の語りくちも興味深く、英語も平易で読みやすい。

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Centering Prayer And
Inner Awakening
Cynthia Bourgeault
 「センタリングの祈り」とは何か? 公式な説明ではないが、「人が存在の中心(センター)である神に立ち返る祈り」としてよいのではないかと思う。
 命名したのはシンシアの師でもありこの祈りの現代的な提唱でもあるトーマス・キーティング(Thomas Keating)である。彼は当初は、黙想の祈り(contemplative prayer)としていたようだ。
 一般的に「祈り」というと、「祈りの言葉」というように、言葉がおもてに立つが、黙想の祈りでは、聖なる言葉(a sacred word)を道具として使うものの、言葉を廃し、沈黙のなかで、ありのまま(naked intent)に神に向かう。禅にも近く、瞑想にも近い。
 私がこの本を読んだのは偶然からで、先日読んだ「不可知の雲」(参照)を現代の人がどう受け止めているだろうかと関連のものを読んでトーマス・キーティングを知り、彼が提唱する「センタリングの祈り」を知った次第である。
 であれば、キーティングの書籍を読むべきなのだろうが、もっと簡便な本がないかと物色していて、評判の高い本書を試しに読んでみた。序文はキーティングが寄せていることから本書がキーティングの教えに沿っている点も安心できた。読み出すと、面白くてつるつると読み終えてしまった。
 著者であるシンシアにすぐに心を奪われたと言っていい。彼女が若い日にグルジェフのワークをしていたというあたりにも共感を持った。家庭的な環境がクエーカーであったことも興味深かった(三田の教会を懐かしく思った)。アーシュラ・ルグウィンの「ゲド戦記」もいくどか本文に引かれているが、そうういう感性も自分にとってはツボだった。
 私自身はこのテーマについては「不可知の雲」からの関心だったが、キーティングは別途、ベネディクト会などの伝統から、黙想の祈りに接していたのではないかと思っていた。もちろん、キリスト教の実践であるレクチオ・デヴィナ(Lectio Divina)という、読み・理解し・祈り・黙想する(read, meditate, pray and contemplate)というところに、しかも最終の過程に黙想があるので、そうした伝統的な部分からの改革と思っていた。が、本書によれば、1960年代に「不可知の雲」の再理解から直接的に発生した運動のようだ。むしろ、「不可知の雲」が20世紀の後半に突然のように新しく理解されるようになったと言ってよいもののようだ。またキーティングとは異なる黙想の祈りの現代化についても言及があり、初期教父たちの詩編による実践の再現などの指摘も興味深いものがあった。
 本書で、ハウツーとして語られている「センタリングの祈り」は「不可知の雲」にきちんと沿っている。ただし、これは自分にとって幸いだったのかもしれないが、「不可知の雲」から「センタリングの祈り」を見ると、考え方によればではあるが、少し違うところも感じられた。
 例えば、後半で「センタリングの祈り」から生まれた、「歓待の祈り」(Welcome Prayer)があるが、これはシンシアの解説が正しいのだろうと思うので「センタリングの祈り」の運動から付随的に生まれたと見ていのだろうが、「不可知の雲」にもそれに等しい部分が含まれている。また、「センタリングの祈り」がヒーリングとして機能する部分についても、「不可知の雲」には別途深い洞察がある。まさに「不可知の雲」がたぐいまれな名著であることが類書から実感される。
 キーティングによると見られる「偽りの自己」(False Self)についても、シンシアも本書で原罪との関連を述べ、これを「分離」と見ているが、この部分の洞察は「奇跡講座」のほうが深いようにも思えた。いや、本書に欠点があるというのではない。「不可知の雲」や「奇跡講座」の価値も再認識したというだけだ。
 本書のメリットは実践面においてわかりやすいこと、さらに、類似の修法との差違が明確に描かれている点だった。というのは、「センタリングの祈り」は、マハリシ・マヘーシュによる超越瞑想のキリスト教版のようなものと理解されやすいのだが、「聖なる言葉」はマントラとは異なり、それ自体に聖性がないことは強調されている。また、ヨガの八枝や禅との違いも明確になっていた。そのあたりの説明はかなり明晰であった。
 特に説明として使われる「アポファティック(apophatic)」と「カタファティック(cataphatic)」の対立は説得的だった。前者は訳語的な「否定」ではなく「非言語的な・明示的な」ということであり、端的に「God is unknowable(神は不可知)」ということであり、不可知のままに祈りによって向き合うこととしている。このあたりは、なるほど、アポファティックなものをカタファティックに表現したようなクザーヌスなどを思っても頷ける。
 また、アポファティックだから「ケノーシス(kenosis)」が理解できることにもなる。kenosisは、英語としては、empty(空無)やsurrender(降伏)として理解されるが、これは、言うまでもなく、人となりし神、イエス・キリストそのものである。このあたりの議論は、理神に至ってしまった現代文明に向き合う不可知としての神の存在が際立っている。
 とま、私の関心にそってだらだら書いてしまったが、むずかしい書籍ではなく、現代人の生活のなかで生かし、また癒しをもたらす「センタリングの祈り」のハウツー書として読まれるようにも書かれている。
 黙想の祈りは、外的には、じっと静かに20分(20分が標準であった)すごしているというだけに過ぎない。ただ、そこで想念を凝らしたり、作仏ならぬ作神をせず、まさに己を「無」にして不可知の神に向かうだけである。
 余談だが、シンシア自身はグルジェフの教えを否定したわけでも、それを変形したわけでもないようだが、センタリングとして神に立ち返る部分に、グルジェフの「自己留意」(Self remebering)が意識されているようにも読めた。「自己留意」については、ウスペンスキーの解釈(double arrow)が流布しているが原形はクリシュナムルティの「受動的な気づき」(Passive Awareness)に近いものであり、まさに本書で説かれるセンタリングにも近い。

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2012.05.10

[書評]「しがらみ」を科学する 高校生からの社会心理学入門(山岸俊男)

 すでに社会人となった人間でも、社会のなかで生きていくのはどういうことなんだろうかと立ち止まって悩むことがある。まして学生だと、実際の社会はよく理解できない。だから、怖いようにも思える。どうしたらよいのか。
 なるほど、こういう本を読んでおくとよいのだというのが、本書「「しがらみ」を科学する 高校生からの社会心理学入門」(参照)である。社会人が読んでも得るところが多い。

cover
「しがらみ」を科学する
高校生からの社会心理学入門
(ちくまプリマー新書)山岸俊男
 著者、山岸俊男氏は、これは名著と言ってよいと思う、「安心社会から信頼社会へ―日本型システムの行方 (中公新書)」(参照)の著者でもあるが、本書「「しがらみ」を科学する」のほうは、社会を見るための原則論がわかりやすく書かれている。
 冒頭、経済学者トーマス・シェリングが出したクイズが引用されている。クイズ自体を理解することはそれほどむずかしくはないので、ちょっとしたパズルだと思って、ちょっと立ち止まって考えてみるといいだろう。私はこのクイズの解答にちょっと驚き、その驚きから本書の主旨をうまく理解できたように思う。
 こういうクイズだ。トニックウォーターについては、普通に「水」と理解していいし、ジンは「アルコール」と理解していい。均質に混ざり合う2種の液体が等量2つのコップに入っているという状態だ。

 さて、ここに二つのコップがあります。左側のコップにはジンが入っています。同じ大きさの右側のコップにはトニックウォーターが入っています。左側のコップに入っているジンの量と、右側に入っているトニックウォーターの量は全く同じです。

 そこで、左のコップからスプーン一杯のジンをすくい出して、右のコップにそそぎます。

 そして少しジンの混じった右側のコップの中身をよくかき回して、今度は、ジンが少し混じった右のコップから、同じスプーン一杯のジン+トニックウォーターをすくって、左側のコップにそそぎます。

 こうすると、左側のコップにはジンに少しトニックウォーターが混じることになる、右側のコップには、トニックウォーターにジンが少し混じることになります。

 さて、ここで問題です!

 左側のコップに入っているトニックウォーターと、右側のコップに入っているジンでは、どちらが多いでしょう?


 問題は理解できただろうか?
 理系ならこう考えるかもしれない。初期値の双方の量をx、スプーンの量をyとする。最初のスプーン一杯の移動によるジンの比率はy/(x+y)。そして次に……として式を立てる。そして計算すると答えが出る。
 ところが、このクイズ、計算しなくても直感的に即座に答えが出る。文系的な発想? いえ、文系理系ということではない。
 この解答が即座に理解できるなら、本書を読む意味の半分はないだろう。即座に答えが出なかった人は、この本を読む価値がある。このクイズで本書が読者に考えさせるのは、むしろ問題をどのように見るかということで、そこに本書の重要性があるからだ。
 もう一つ本書のクイズを紹介したい。離婚の統計を見て、その推移の理由を考えるというものだ。1883年から2010年までの、千人あたりの離婚数の推移をグラフ化するとこうなる。

 注目したいのは、1983年の離婚率のピークから、1988年にかけて離婚率が17パーセント低下している部分だ。なぜ、ここで離婚率が減ったのだろうか?
 この問いに対して、学生は3種類の答えを出した。

(1)民主主義的な教育を受けた戦後世代の夫婦関係がよくなったから。
(2)結婚しなくても自立できる女性が増えたので離婚率も減ったから。
(3)バブル好況だったので離婚の原因が減ったから。

 どれだろうか。
 答えは、3つのどれでもない。
 どの答えも根本的に間違っている。なぜか。
 本書はそれぞれの答えを吟味したのち、それが根本的に間違っている理由として、問題を個人の心理的な原因に求めている点をあげている。
 つまり、ある社会問題が提示されたとき、それを「心」の問題として答えようとすることが根本的な間違いなのだ、ということが本書で説明されていく。
 問題を心に求めて解答とする傾向を著者は、「心でっかち」と呼ぶ。
 なるほど、私たちは、社会的な問題が提出されると、それをまず心理的な問題に還元しがちだ。そしてそれから精神論に移ってしまう。
 そういう考え方が根本的に間違っているのだというのが本書の主張であり、むしろ、精神論で社会を見つめていくことをやめれば、社会が理解できるようになる。
 なるほどと思う。
 では、本書には含まれていないが、こういう問題はどうだろうか。
 読売新聞に8日「就活失敗し自殺する若者急増…4年で2・5倍に」という記事が掲載された。


 就職活動の失敗を苦に自殺する10~20歳代の若者が、急増している。
 2007年から自殺原因を分析する警察庁によると、昨年は大学生など150人が就活の悩みで自殺しており、07年の2・5倍に増えた。
 警察庁は、06年の自殺対策基本法施行を受け、翌07年から自殺者の原因を遺書や生前のメモなどから詳しく分析。10~20歳代の自殺者で就活が原因と見なされたケースは、07年は60人だったが、08年には91人に急増。毎年、男性が8~9割を占め、昨年は、特に学生が52人と07年の3・2倍に増えた。
 背景には雇用情勢の悪化がある。厚生労働省によると、大学生の就職率は08年4月には96・9%。同9月のリーマンショックを経て、翌09年4月には95・7%へ低下。東日本大震災の影響を受けた昨年4月、過去最低の91・0%へ落ち込んだ。

 記事にある「就職活動の失敗を苦に自殺する10~20歳代の若者が、急増している」ということは事実である。では、なぜ、急増したのだろうか?
 読売新聞の記事では、「背景には雇用情勢の悪化がある」としている。が、その答えは、記事からすると警察庁の見解か、読売新聞記者の見解か判別したいが、後者と見てよいだろう。
 事実として「就活失敗し自殺する若者を4年で2.5倍に押し上げた」がある。そして、読売新聞が出した答えとして「雇用情勢の悪化」がある。
 これは、はたして答えになっているだろうか。答えというのは、「雇用情勢の悪化が就活失敗し自殺する若者を4年で2.5倍に押し上げた」と言えるだろうか。
 
 

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2012.05.09

極東ブログ・メールマガジン 試作品 No.3 (2012.5.9)

 とりあえず、前回と同じ方針で試作。この形式で続けていくかは未定。
 実は、一昨日できていたのだけど、最新情報の変化があるかと気になって遅れた。予想外のことはあまりなかった。


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極東ブログ・メールマガジン 試作品 No.3 (2012.5.9)
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目次
[フランス] オランド新大統領の財政緩和策は失敗する
[ギリシャ] ギリシャの混乱は小休止しEUには緩和な危機が続く
[イスラエル] イスラエルはオバマ再選を織り込んだ
[ベネズエラ] チャベス大統領死去には政変の可能性
[アフガニスタン] アフガニスタン戦争敗戦に向けてアヘン利権が問われる
[米国] オバマ政権はエジプト支援でも失敗した
[書籍] 手づくり英語発音道場 対ネイティブ指数50をめざす (平凡社新書)
[テレビ] キティ・沖縄・アメ横
[コラム] Evernoteの中国データセンター建設でささやかれること
[コラム] オランド氏の恋人とフランスにおける少子化対策について
[コラム] 近視が増えるアジア人の子供
[コラム] 環境中の電子音が気になる
[コラム] 豆腐餻(とうふよう)

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[フランス] オランド新大統領の財政緩和策は失敗する
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 フランス大統領選挙の決選投票は、社会党のオランド前第1書記が得票率51.62%で、現職サルコジ大統領を48.38%に押さえて勝利した。オランド氏の勝利は予想通りだったが、決選投票が近づくにつれ予想の差は狭まり最終的には3.24%になった。オランド氏当選に危機感を抱いた層の動向と見てよい。オランド氏の勝利の結果が出ると、為替市場も織り込み済みだったのに、ユーロが売られ円が買われた。
 オランド氏は、ドイツのメルケル首相とサルコジ大統領が欧州連合(EU)の政策として推進してきた緊縮財政に反対し、「ユーロ圏共同債」発行などで財政緩和策を提唱している。実現にはユーロを融通する必要があるが、それ決めるのはドイツである。
 ドイツのメルケル首相も予想外ではないので、儀礼上オランド氏を立てる演技として経済成長も必要だという立場に立つだろう。欧州中央銀行(ECB)も同様である。具体的には、個々の国向けに「成長促進措置を推奨する」といった方針を出すことになる。だが、これは財政協定に付随する形になるだろう。
 「ユーロ圏共同債」については、ドイツの中央銀行であるドイツ連邦銀行が現状では否定的だがいずれ、その方向を強いられるだろう。ドイツ国民の意識から、ECBが高めのインフレ目標を設定する可能性は低い。
 オランド氏もドイツを巡る困難な事情を知らないわけではないが、来月の下院選挙(国民議会)に向けた態勢固めとして、支持層を幻滅させないためにもったいぶった演技をしばらく続けるはめになる。
 その後だが、成長戦略を掲げながらも実質的な政策をもたず、反サルコジだけで選挙を過ごしたオランド政権は、日本の民主党のように内部から崩れ、未熟なオランド氏を取り残す形で実質サルコジ時代と同じ路線に戻るだろう。


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[ギリシャ] ギリシャの混乱は小休止しEUには緩和な危機が続く
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 ギリシャの議会選挙の結果、緊縮策を進めてきた連立与党の議席が過半数を2議席不足で割り込み、連立政権の樹立もまた困難になった。大統領令で再選挙が実施されることになるだろう。今回の混乱に懲りて緊縮策を進めてきた連立与党が再結成されれば、ギリシャのユーロ離脱と国家破綻は避けられ、当面はなんとか持ちこたえる。
 中長期的に見ればギリシャがユーロを維持できる見込みはなく、一定の時間をかけてユーロ離脱の方向を取ることになるだろう。欧州連合(EU)側にしてみると、ギリシャは歴史上名誉欧州国または欧州専属リゾート地といった位置づけで、国家経済の規模も小さく重要性も低い。むしろ、ギリシャのユーロ離脱と国家破綻が及ぼす他国への影響の懸念が大きい。
 このため、時間をかけつつ、多少のコストを払ってギリシャの痛みを軽減しつつ離脱を誘導することが合理的な選択になる。ギリシャにしても自国通貨を復活させれば金融政策もやりやすい。


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[イスラエル] イスラエルはオバマ再選を織り込んだ
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 イスラエルのネタニヤフ首相は、来年10月に予定されていた総選挙を今年の9月に前倒しにすると与党リクードの会合で発表した。9月4日が有力視されている。国内向けには政権の安定を求めるとのことだが、11月の米国大統領選挙で二期目を迎える米国オバマ政権への対応と見てよい。オバマ政権はイスラエルの対外活動に慎重な姿勢を求めているが、二期以降この傾向がさらに強まると予想されている。
 今回の決断はネタニヤフ政権として、米国共和党のロムニー大統領候補の敗北を織り込んだ動向とも読める。イスラエルロビーによるロムニー氏支援となるような仕込みも軽減され、イラン攻撃といった大きな決定も秋以降に延期されるだろう。
 それまでは一種のモラトリアムとも言えるが、このためパレスチナ和平交渉の再開も困難になる。その前提のようにイスラエルは4月24日、ヨルダン川西岸に建設された三つの違法ユダヤ人入植地を合法化した。こうしたイスラエル国内の動向はさらに続く。


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[ベネズエラ] チャベス大統領死去には政変の可能性
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 ベネズエラのチャベス大統領の健康を巡り不穏な話題が続いている。チャベス氏は10月7日に予定されている大統領選で4選を目指し出馬を表明しているが、現在癌治療中であり、それまで大統領職がまっとうできるのか疑問視されている。万一の場合、権力移譲がどのように実施されるのかについても重大な関心が寄せられている。
 チャベス大統領が4月13日から10日間ほどテレビから姿を消した際、死亡したとの噂が流れた。放射線治療でキューバに滞在して後、報道が絶えていたのが噂の元だった。チャベス氏は国営テレビの番組に電話を通じて出演して噂を否定した。
 現状、チャベス氏の健康状態と万一の際の権力移譲について明確な情報はない。噂は二分されている。チャベス大統領死去による圧政からの解放の期待と、チャベス大統領の死期に備えた特別体制が用意されているというものだ。
 独裁者にまつわる健康状態の噂は珍しいものではないが、今回の場合、10月7日という明確で正当な権力移譲の期限が設定されているので、期日に近づくにつれ、問題が可視になっていく。ベネズエラについて言えば、クーデターを含む、かなりやっかいな問題が起きる可能性は高い。


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[アフガニスタン] アフガニスタン戦争敗戦に向けてアヘン利権が問われる
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 アフガニスタン戦争の報道が散漫になってきた。再選を目論むオバマ政権の失態が浮上しないような配慮からだろう。
 オバマ米大統領が選挙戦時代から重視し、大統領就任後も注力してきた「オバマの戦争」ともいえるアフガニスタン戦争だが、2010年6月にマクリスタル司令官を事実上更迭した時点でベトナム戦争と同様な敗戦に向かっていた。大失態と言える事態なので、再選に向けての大きなつまづきにもなりかねない。1日、 野田首相と会談を形式的にそそくさと終了させ、アフガニスタンに電撃訪問したのもその懸念からだった。
 アフガニスタン訪問でオバマ大統領は、米国民には「撤退する」と述べ、アフガニスタン政府には「撤退しない」と述べた。この手の矛盾した話芸で彼にかなう人はいない。
 アフガニスタンの戦争はどのようになっているのか。米国防総省はタリバンが弱体化していると述べ、米民主党のファインスタイン上院議員は勢力を拡大していると述べた。実態はオバマ大統領流の修辞の問題ではなく、見解の相違によるもので、総じて見れば膠着状態にある。
 オバマ政権は和平交渉として敗戦処理を進めているし、タリバンの穏健派も同意しているため、たびたびリークされる米兵の侮辱行為についても、直接的な反感がアフガニスタンで沸き起こっているわけではない。
 和平工作の障害となっているのは、力の均衡というよりもアヘン栽培の利権の問題である。アフガニスタンにおけるアヘン生産は順調に増加していて、アフガニスタン政権を支える地方権力とタリバンとで上手に配分する必要がある。
 事態の危うい均衡を崩しかねないのは、アフガン駐留仏軍約3千300人の年内撤退を公約としていたフランスの新大統領オランド氏である。このため、オバマ政権は早々に米仏首脳会談の早期開催を打診した。米仏直接対話が、ワシントン郊外で開催予定の主要八カ国(G8)首脳会議の後に回るようだと両国関係は水面下にこじれているというメッセージになる。が、その事態は回避された。


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[米国] オバマ政権はエジプト支援でも失敗した
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 中国の盲目の人権活動家・陳光誠氏の事件では、米国オバマ政権の人権問題棚上げ外交が大きな失態を招いた。同様の失態がエジプトでも展開されている。
 米国外交は表向き人権擁護を掲げるが、現実にはキッシンジャー流外交を典型とするように、他国の人権問題には目をつぶる。オバマ政権もその方向で優等生的な外交を展開してきたことが裏目に出た。
 外貨準備が減少し経済が困窮しているエジプトの軍事政権だが、オバマ政権は3月23日、民主化を条件にせよとする議会を押し切って、年次13億ドルの軍事・経済援助を延長した。オバマ政権としては、軍事援助を停止すれば、エジプト情勢のさらなる不安定が懸念されるとした。
 だがその後の動向を見ると、援助によってエジプト軍政はむしろ悪化した。エジプトで活動している人権団体への弾圧は強まり、イスラエルに対しても天然ガス輸出契約を破棄した。


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[書籍] 手づくり英語発音道場 対ネイティブ指数50をめざす (平凡社新書)
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 英語の発音について、いわゆる音声学といった専門書を除けば、これほど徹底的に議論した本はないのではないか。著者は大学で英米学を学んだ経歴はあるが、その筋の専門家ではなく、自力で英語を学習していった人。その苦労の過程が独自の体系としてまとめられている。読本的であるが、実習書としても使える。つまり、この本を読んで口ずさめば、基本は米語発音であるが、その回数分だけ英語の発音が向上する。
 例を上げよう。発音してみてほしい。やさしいものからというと、これ、"internet"。「インターネット」と聞こえるようではダメ。「ター」の音は聞こえない。どう聞こえるかというと、「え」にアクセントを置いて、「えなね」。言われてみると、実際米人はそう発音していることに気がつくだろう。
 第二問。"Israel"。「イスラエル」は当然ダメ。「イズラエル」かな。いえいえ、「ラ」とか聞こえる時点でアウト。どう聞こえるか。「え」にアクセントを置いて「エズリアゥ」。本書はこれを「エズイウ」としている。いずれにせよ、そんな音。
 英語の発音をきびしく矯正した人なら、本書は不要かもしれないし、多少音声学を学んだ人にも疑問は残る。それでも、え?そうだったのと思えるような指摘がいくつかあるはずだ。
 興味深い主張もある。私にとって意外だったのは、フォーニックス教育を否定しているところだった。本書の説明を読むと説得力はあった。
 雑談的な話も楽しい。TOEICへの批判やコウビルドやロングマンなどを含めた辞書論なども納得できる。
 本書の、いわば日本人向け発音矯正論は、きちんとした教育メソッドにまとめ上げることができそうにも思える。だが、私の知る限り類書は見当たらない。[ http://goo.gl/RtH9O ]


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[テレビ] キティ・沖縄・アメ横
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 5月15日は沖縄の本土復帰記念日ということでその特集番組が2点ほどあった。「テレビが見つめた沖縄」を見たいと思っている。他に、イラン生まれのタレントさんが「アメ横」の紹介をするという番組にも関心をもった。一時期エスニック料理に凝って、アメ横通いをしたことがあり、懐かしく思う。

◆NHKスペシャル「追跡!世界キティ旋風のナゾ」
NHK総合5月12日(土) 午後21時00分~22時13分
 世界の情報を見ていて、ときたまあらぬところで「ハローキティ」に出会う。アラブ圏や社会主義国。いったいどうなっているのかと疑問に思っていたが、そのライセンスによるビジネスの実態を紹介する番組 [ http://goo.gl/D9ebE }

◆テレビが見つめた沖縄 アーカイブ映像からたどる本土復帰40年
Eテレ5月13日(日) 夜10時
 沖縄の本土復帰40年をテレビはどのように描いてきたか。映像を掘り出し、現地での証言を交えて構成。ちょっと偏向した内容になるのではないかと懸念するけど、気になる番組。 [ http://goo.gl/jMqhc ]

◆おふっ、「サヘル・ローズ わたしの街“アメ横”」
BS3 5月15日(火) 19:30-20:00
 イラン生まれのタレントのサヘル・ローズさんお気に入りの「アメ横」の紹介。中学時代からの親友とアメ横へ出かけるという番組。きっと大津屋とか出てくるのではないかと期待。


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[コラム] Evernoteの中国データセンター建設でささやかれること
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 Evernote(エバーノート)は、スマーフォンなど各種の装置で作成した個人データをインターネット上に保存して、いつでもどこでも参照できるようにするというサービス。日本でも人気が高い。というか、日本で人気が高くてこのビジネスが復活した。当初は、手書き文字認識技術の会社で、創設者は懐ゲーのテトリスの関係者だった。
 インターネット上に保存するといっても、実際にはデータセンターに保存する。それはどこにあるのか。利用者は気にしなくてもよい、ということになっているのだが、中国となると話は別。言うまでもなく中国語に「自由」はない、ということはないが、中国政府はいかようにも個人の自由を蹂躙できる。陳光誠氏の事件でも明らかだった。かくして、Evernoteの中国進出も問題となった。
 ネットビジネスにとって、多数の人口を抱えている中国は魅力的な市場だが、同時に「危ない」市場でもある。公正なルールはない。中国政府は身勝手に行動するので利用者の権利も守れない。妨害行動だってしちゃう。Googleが苦渋の決断で撤退したものだった。そこにがっつりEvernoteである。なんでも記憶するEvernoteは、Googleの困難を忘れている。
 Evernoteの言い分はというと、リスクはわかっているが中国だって無法なわけじゃない、心配しすぎはよくないよ、である。ツイッターやフェイスブックはこれまで中国政府にブロックされてきたけど、Evernoteは大丈夫だった。それって安心に聞こえますか?
 中国人のネット利用者はどう受け止めているか。これを話題に取り上げたBBCの記事で読んだ声だと、普通の利用者が個人上を蓄積するにはいいじゃないの、とのこと。でも、活動家とかなら蓄積したデータが安全だと過信しないほうがいいよ、という感じ。
 日本人利用者のデータが中国のデータセンターに蓄積されるということは、現状のニュースからはなさそうだが、この話題、英語圏ではいろいろ取り沙汰されている。なぜか日本では話題に上ってない。ちょっと不気味なほど。

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[コラム] オランド氏の恋人とフランスにおける少子化対策について
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 フランスの新大統領はオランド氏に決まった。彼は1954年生まれ。エリート中のエリートを養成するフランス国立行政学院を卒業した。そのエリート校で、前回の大統領選挙でサルコジと争った候補ロワイヤル氏と熱愛。二人は二男二女、四人の子をもつに至った。
 それだけ聞くと、今回の大統領選挙、前回のカミさんのカタキを今回はダンナが取ったようにも思える。が、二人は2007年に関係を解消している。
 離婚? 婚姻関係がないと離婚とは言いがたい。事実婚だったのか。そうでもない。PACS(パクス: 市民連帯協定)という婚姻に近い関係にあった。PACSは元来は同性愛者のための事実上の婚姻制度として進められたようだが、婚姻よりはゆるく、一方的に破棄できるので普及した。さて、オランドとロワイヤルどっちが破棄を言い出したか。
 きっかけは、オランドの浮気である。ロワイヤルが社会党公認の大統領候補に選出されて話題になったころ、取材に来た社会党担当の美人記者ヴァレリー・トリエルヴィエールにオランドが夢中になる。で、ロワイヤルは嫉妬。こんな女性記者は外せ、とトリエルヴィエール記者の上司に圧力をかけた。
 ロワイヤルはオランドとの関係が最悪の時期に前回サルコジと戦っていた。負けた。選挙戦が終わって、関係が終わったことを書籍「敗北の舞台裏」で明かした。オランドは今回、若い恋人とウキウキして勝利した。かくしてファーストラヴァーとなるトリエルヴィエールだが、離婚経験もあり、子供も三人とのこと。
 関係する子供、えーと、都合七人。少子化対策ってこういうものなんですね。


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[コラム] 近視が増えるアジア人の子供
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 先日ネットで「近視の原因は日光に当たる時間の短さという研究結果」という話題を見かけた。ネタ元は定評ある医学誌「ランセット」とのことなので、該当論文の概要(http://goo.gl/KJpkd)を読むと、アジア都市部の子供に見られる近視に関係するのは、「戸外で過ごす時間が減少してきたという生活習慣の変化に伴う教育のプレッシャー」とある。戸外で当たる光も関係あるが、論文の要旨としては、過剰な教育の問題とされていた。
 ネットで話題となったネタはAFP通信の記事からだった。そちらの英文を読むと、太陽光に当たることでドーパミンの産出がよくなり、これが近視を妨げるという話が強調されている。「近視の原因は日光に当たる時間の短さ」と伝言ゲームにしてしまうのはしかたがない面はありそうだ。
 この話題、BBCも拾っていたが、現代のアジア人の子供が置かれている状況に重点が置かれていた。いわく、アジアの主要都市の子供の近視は90%にも上るが、英国だと20-30%ほどという。アジアの子供たちがまだ現代的な生活様式でない時代には、近視の率は英国と同じだったという指摘もある。イギリス人に言われると、ちょっとね。
 近視を正すのに、どの程度の光が必要なのかというと、明確にはわからないが、1万から2万ルクスとルックスとのことだ。曇の日の多い英国でも満たされる光量になる。それだと、英国と日本の子供とで、それほど環境差はないようには思えるのだが。


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[コラム] 環境中の電子音が気になる
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 昨年の震災以降、緊急地震速報の電子音に敏感になった。電車の中や人混みで、例のピロリンピロリンという音が鳴ると身構えてしまう。そういうふうに反応してしまう自分もとてもいやだ。やがて来る恐怖に束縛されているような気がする。
 もちろんあの音は、そういうふうに身構えるためにある。それは理解している。でも、と思う。私が身構えたいために、私が用意した音ではない。
 気にしすぎかもしれない。緊急地震速報以外にも、この手の電子音が増えたように思うのだ。ピー。ピロン。ピロロン。注意を払え。注意を払え。電子音が環境に増えているように感じられる。誰の関心が欲しいのだろう。私?
 繰り返すけど、人によっては有益な注意喚起の音声なのはわかる。それでも電子音が環境にだだ漏れという感じがしてならない。
 このだだ漏れという感じは他にも影響しているんじゃないか。テレビのニュース速報でもそう感じる。突然、ニュース速報が出る。なにかと思うと、東電の社長に誰が決まった、ということ。それって重要なニュースなのか。30分、1時間待って聞いたら遅いニュースなんだろうか。
 これは勝負の世界なのかもしれない。聞くんだ、ジョー! メディアで勝つというのは、聴衆者の気を引いてその時間を奪うことだ。
 いろいろ工夫して気を引かせるようにするのはわからないではないが、自分については電子音が溢れてくるのは耐えがたくなっていく。音量としてはそれほどでもないけど、なにか、ごく基本的なゆるい規制というか、ルールみたいなものはできないものだろうか。
 この提言にそれほど賛同が得られるとは思っていない。この手の音に困ったなあと感じている人をあまり見かけないからだ。若い人ほどそうみたいだ。なぜ? 生まれたときからあったとかゲームで慣れたとか。
 ひとつわかったことがある。若い人たちとだらっと過ごしたときに、わかった。ケータイとかスマートフォンのメールの通知音が、しょっちゅう鳴る。彼らはいやだなという感じはなく、自然に反応している。アライグマがいる。ピロロン。芋も落ちている。ケータイを見る。小川が流れている。返信を書く。芋も洗う。自然な反応。
 機械的な音で呼び出されるというのは、私は身体の深いところから不愉快だ。歩道を歩いていて、後ろから自転車でチンとかされるのもいやだ。どけ!とか声をかけてもらうほうがまだいい。そこで人間と向き合える。


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[コラム] 豆腐餻(とうふよう)
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 沖縄の郷土料理に豆腐餻(とうふよう)というものがある。沖縄の豆腐(島豆腐)を米麹、紅麹、泡盛に漬けて発酵させ、熟成させた食品で、麹と泡盛の甘い香りに、チーズのような、たんぱく質の発酵食品らしいこってりとした味わいがある。赤い色は紅麹の色素である。苺を模したお菓子の成分に着色で紅麹を使ったものがたまにある。毒性はないとされている。ここからコレステロールを抑える薬剤の開発が始まった歴史もある。
 豆腐餻は琉球時代、明から伝わった腐乳が元になっていると言われる。京都、宇治、隠元禅師開祖の黄檗山万福寺の普茶料理にも豆腐羹がある。同種のものだろう。
 沖縄の豆腐餻は、現在中華食材屋で安価に購入できる腐乳とは味が違う。こちらは塩味の調味料だ。現在の沖縄の豆腐餻が出来たのか。あるいは腐乳のほうが変化したのか。それとも最初から豆腐餻のような腐乳があったのか。疑問になる。はっきりとはわからないが、沖縄の豆腐餻は、辻(遊郭)で饗される珍味ではなかったかと私は思っている。
 珍しい食品ということもあって自作しようとする人もいる。沖縄の豆腐を入手し、塩をして干し、麹と泡盛に漬ける。豆腐を風晒しに陰干しするというのが奇妙な、秘伝の手順のようにも思える。
 干した段階で出来るものが「るくじゅう」である。漢字は「六十」または「六条」と充てる。するとこれは、六条豆腐のことではないかと私は推察している。六条豆腐もまた豆腐に塩をまぶして陰干しにする。酒に浸したりまたは吸い物の具にしたりもする。京都六条に由来すると言われる。月山にも同種の六浄豆腐がある。
 六条豆腐はかちかちの乾物のようなものなので、沖縄の「るくじゅう」とは異なるかのようだが、そうでもない。沖縄染色工芸「紅型(びんがた)」で彫りの台座に「るくじゅう」を使うが、これがやはり固い。同じ物である。紅型は13世紀に始まる。そのころ「るくじゅう」を使用していたのだろうか。
 こうしたことから、沖縄の「るくじゅう」は六条豆腐に起源をもつ本土の文化ではないかと私は思っている。沖縄の文化は、中国的に覆われた部分を除くと本土の室町時代の文化が起源と見られるものがいくつかある。

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極東ブログ・メールマガジン 試作品 No.3 (2012.5.9)
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2012.05.06

[書評]不可知の雲(The Cloud of unknowing)

 「不可知の雲(The Cloud of unknowing)」は、14世紀末中世の英国で書かれた瞑想のガイドブックあるいは指導書である。かなり割り切って言えば、瞑想のハウツー本である。
 なんのための瞑想か。神を知り、原罪の苦しみを軽減するいうことだが、現代人にとって精神的に得るところ部分だけ取り上げれば、つらい気持ち、鬱、怒りといった心に安らぎをもたらすことである。その点では、禅やその他の宗教の瞑想とそれほど変わらないとも言えるだろうし、道元の禅によく似ているとも思った。
 当然、なんともスピリチュアルな本であるし、実際にキリスト教神秘主義の有名な著作でもある。作者の名前は伝わっていない。匿名ということだが、これは謙遜として名を残さなかったということなのだろう。

cover
The Cloud of Unknowing
A New Translation
 この本を読むきっかけは偶然だった。先日、スワミ・ラマの自伝(参照)を読んで、近代インドにおけるキリスト教神秘主義を知り、その関連の本を見ていたり、テレビでケン・フォレットの「大聖堂」(参照)を見て、中世英国のキリスト教ってどうなんだろとも思っている際に、幾つかの側面からこの本「不可知の雲(The Cloud of unknowing)」に遭遇した。なんというのか、いろいろな符牒がこの本を読めと促しているような印象でもあった。
 かくして読んでみたいとまで思ったが、英語を読むのはめんどくさい。有名な古典なら、翻訳書がありそうなものだと探すとすでに二種類ある。一つはエンデルレ書店から出ているので版元にも訊いてみたが在庫はなかった。
 絶版でも古書くらいはあるだろうと探すと、どちらもたいそうなプレミアム価格がついていた。そこまでして訳本を読む気はないなと思った。じゃあ、原文?
 中世英語は学んだことがあるが、注釈なしで読めるほどの実力はない。結局、縁のない本だなと諦めようとしたところ、どうやら現代の欧米人も現代語訳で読んでいるらしい。そりゃそうだろうな。
 探すというまでもなく、イーヴリン・アンダーヒル(Evelyn Underhill)が1922年(大正11年)に翻訳した英文が現在ではパブリック・ドメインになっていた。それをするっと入手した。1875年生まれのアンダーヒルは、1882年生まれのヴァージニア・ウルフとだいたい同年代の人なので、そんなに読みづらい英文でもないだろうと思ったし、序文はそういう印象だったのだが、本文に入るや、冒頭こんな感じである。

GHOSTLY friend in God, thou shalt well understand that I find, in my boisterous beholding, four degrees and forms of Christian men's living: and they be these, Common, Special, Singular, and Perfect.

 また。

What art thou, and what hast thou merited, thus to be called of our Lord?

 欽定訳聖書を読んでいるような、なんとも擬古文的な英語。
 それでも17世紀の英語といったものではないので、意味がとれないほど難しくはない。おそらく英米人にとっては、その擬古的な雰囲気がいい味わいなのかもしれない。だが、私としては、引いてしまった。
 余談だが、アンダーヒル訳の「不可知の雲」はジェファーソン聖書(参照)と合本になっているものもある。かたやキリスト教神秘主義、かたや理神論的聖書と、まるで水と油のような組み合わせのようにも見えるし、合本は近年のことではあるのだろうが、意外とこの組み合わせは、日本でいうと大正時代から昭和の時代の英米人の宗教性に合致していたのかもしれないとも思った。日本人でいうと、新渡戸稲造の時代でもある。彼も、クエーカーだからということではないが、似たようにスピリチュアルな印象はある。
 いずれにせよアンダーヒルの擬古文は苦手だなと思っていた。そう思う現代英米人もいるらしく、アマゾンを調べたら現代語の意訳が見つかった。いくつかあるようだが、カーマン・アセベド・バッチャ(Carmen Acevedo Butcher)現代語訳「The Cloud of Unknowing: A New Translation」(参照)が一番読みやすそうだった。たとえば、先と同じ部分はこうなっている。

DEAR SPRITUAL FRIEND in God, I want to tell you what my humble searching has found true about growing as a Christian. You'll experience four stages of maturity that I call the ordinary, the special, the singular, and the perfect.


Who are you? What have you done to deserve being called by our Lord to this work?

 これならいいんじゃないかと思って、こちらを買って、ぽつぽつと読んだ。
 短い章が75章もある。全体としては小冊子というくらいの本なので、さっと読めばさっと読めるのだが、読みつついろいろ思うこともあって、まさにぽつぽつと読んでいた。
 読んでいて、奇妙に幸せな気分になる。そしてどうもオリジナルのメンター(師匠)の精神性が親しみやすい肉声として感じられてくる。
 さらに言い回しと内容が「奇跡講座」(参照)に似ているようにも思えてくる。なんでだろうかと不思議に思っていたのだが、考えてみると、どちらも思想としては、ディオニシウス(偽ディオニシウス・アレオパギタ; イベリアのペトルス)的な新プラトン主義だし、「奇跡講座」を記述したヘレン・シャックマン(Helen Schucman)はその思想的な傾向からして、アンダーヒル訳の本書を読んでいた可能性は高い。直接的な影響もあるのかもしれない。
 思想的な部分以外にも、「不可知の雲」と「奇跡講座」では論述のしかたが似ている。なんというのだろうか、同じテーマと思える部分が何度も変奏して、ぐるぐる登場してくる。両書、構成が悪いということはなく、簡素で堅固な構成になっているのだが、わからせようとする意識のあり方が、これはさすがに現代人の思考法ではない、という感じがする。
 「不可知の雲」の内容なのだが、瞑想のハウツー本でもあるので、その面ではわかりやすい。だが、独自の瞑想の伝統を持つアジア人としては、坐法や呼吸法といったその形式性に着目しがちになるが、その面についてはほとんど言及はない。逆に、どうやら当時存在していたらしい、瞑想的な身体技法への反論が後半部に縷々と展開している。東洋的な宗教にありがちな観想(イメージ形成)というのも痛烈に否定されている。
 仏教でいう三業、つまり身口意という面で言うなら、「不可知の雲」は「意」の部分の技法に集約されている。これがキリスト教神秘主義らしさで上手に統合されている。簡単に言えば、雑念・妄念をどのように払うかというのが論点になっている。といっても、繰り返すが、難しい内容ではない。
 本書全体のもつ中世的な精神性はそのまま現代語で通じるというものでもないが、内容の実技的な部分は現代人にも十分に通用するし、私が読んだバッチャの現代語訳もそのまま現代の英米人に有意義なものとして受け止められているようだ。そのようすを見ていると、結果として心の病を癒すという効果もありそうに思える。
 その意味で、簡素な現代日本語訳で「不可知の雲」の小冊子があれば、現代日本人にも役立つ、本当の意味でスピリチュアルな書籍になるだろう。岩波文庫とかに入っていてもよいのではないか。
 ただ、「不可知の雲」というタイトルそのものが現代的ともいいがたい。「知りえない雲」とでもするか。それだと気が抜けたようでもあるが。
 ところでなぜ「不可知の雲」なのかというと、人の思いと神の間には、人知の及ばない雲のようなものに覆われているためである。瞑想の技法としては、いかに不可知の雲を扱うかというより、その対極にある「忘却の雲」が重視される。感覚、記憶、思い、いっさいを忘却の雲のなかに投げ捨てると、あとは神のはからいによって感覚を越えた世界に導かれるという。
 
 

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