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2012.04.26

[書評]浄土真宗はなぜ日本でいちばん多いのか(島田裕巳)

 本書「浄土真宗はなぜ日本でいちばん多いのか」(参照)の表題の問いについて関心がある人なら、それは「おわりに」の数ページが扱っているだけなので、さっとそこだけ立ち読みすれば終わる。ただ、さっと読んでわかる回答は書かれていない。筆者の用意した回答としては「庶民の宗教だから」というのが筆頭に来るが、それが明瞭に支持された解説に拠らずややわかりづらい印象を受ける。しかし、そこは本書の欠点ではない。

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浄土真宗はなぜ
日本でいちばん多いのか
島田裕巳
 むしろ本書全体を読めば、明瞭な答えに導かれる。つまり、浄土真宗は妻帯から家系による寺の相続が可能になったこと(本来寺はそういうものではない)と、妻帯に伴う縁組みで閨閥が形成できることだ。
 浄土真宗を宗教としてみるとわかりづらいが、諸侯や商店の特異とも見ればよいとも言えるだろう。浄土真宗藩や浄土真宗店とでもいうようなものである。さらに江戸時代に幕府から特別に保護されたことの要因も大きい。
 ただし、それらの要因が浄土真宗において実質日本社会に影響力を持つのは、諸侯のような通常の経営力よりも、葬式という死者を管理する仕組みをもったことだ。
 本書で興味深いのは、本書が、なぜ日本の仏教は葬式仏教なのかについて、かなり明瞭な答えを出している点である。実際のところ日本の仏教の経営の実態は葬式と死者の管理なのであり、公的部門の民営化だったのである。
 その意味で、「日本の仏教とはなんだろうか」「なぜ世界の仏教とこんなに違うのだろうか」という疑問や違和感を持つ人にとっては、本書はかなり明晰な答えを与えるし、これ、英語に翻訳すれば各国のシンクタンクで日本の分析に活用されるだろう。もっとも、それだけの魅力が日本の国家に残っているならばではあるが。
 別の言い方をすれば、本書は、実に適切でコンパクトな日本仏教概論になっている。従来から日本仏教概説といった書物は多種あるが、どれでも中途半端な、各派の教義のパッチワークか、あるいは帝大系仏教学の援用といったつまらないもので、現実の日本の仏教に対応したものではなかった。これに反して本書は、日本仏教というのを実用的に概説している。実に便利な書籍である。
 私個人としては「これは痛快だな」と思えたのは、空海や親鸞の虚像を剥いでいくあたりもだが(これらは学術研究ではすでにわかっていたことではある)、なんといっても、道元から葬式仏教が出てくるという指摘だった。しかも道元をオウム真理教に比すカルト宗教として捉えているのも的確だった。もちろん、私も含めて道元を敬愛する人でも学術心がなければ嫌悪してしまうかもしれない。
 道元の創始した曹洞宗が日本の葬式仏教を生み出し、これを江戸時代に体制化した浄土真宗がパクることで現在の葬式仏教体制が成立した。
 なぜ道元のような純粋な仏教思想からこんな奇っ怪な事態が生じたのかというのは、マックス・ヴェーバーの「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」を読むような逆説的な面白さがある。
 私も含めて曹洞宗の歴史をそれなりに知っているものからすれば、道元後の永平寺の動向も知っているので、その意味では、それは道元の思想が誤解されたもの、あるいは世俗化したものという理解は難しくはない。しかし、そのような意味合いは結局のところ護教的な説明に堕しているだけで、むしろ本書のように徹底的に社会学的な視点から捉えたほうがわかりやすい。同時に、葬式仏教は本来の仏教ではないとして、本来の仏教という奇っ怪なものを提示する陥穽に落ちずに済む。
 日本の葬式というのは、宗教学を多少なり囓ったものであれば、仏教ではなく儒教であることは知っている。なぜ儒教が日本の葬式仏教になったかといえば、これはすでに先行して宗教混合(シンクレティズム)が進んでいた中国の模倣だからである。ではどこで、中国の風習が日本に流れ込んだかということだが、そのあたりの経路と追跡が本書で簡素にまとまっている。
 話を本書の表題の修辞的な疑問に戻すと、「浄土真宗はなぜ日本でいちばん多いのか」について、「庶民の宗教だから」という曖昧な回答を、むしろ受け入れる要素があるのは、戦後の状況である。
 寺院の家系相続がより明確になったのも戦後ではあるが、戦後を意味付ける仏教の動向は、これも端的に言えば、日蓮宗と創価学会であった。本書が、昭和40年代まで日蓮宗と創価学会がモダンな都市民の宗教として魅力を持っていた実態を明らかにしているのも、現在となっては貴重だろう。このあたりは、私のように昭和の人生が長い人間には当たり前だが、自覚した人生が平成時代という人には感覚としてはわかりづらいようだ。
 本書には言及されていないが、戦後大衆にアピールした政治思想と宗教は、その躍進という点からすれば、共産主義と創価学会であった。共産主義についてはハンガリー騒動を受け、60年代・70年代の新左翼分化と、カルト的に体制化していく社会主義によって薄れて、現在はもはや老人の巣窟(それと日共産下の病院)くらいしか残っていない。だが、創価学会のほうは時代的な要因からはずれてもむしろ、当時の二世・三世のある種のエリート化によって現在も所定の影響力を維持している。これも逆に言えば、形骸化としての維持なので戦後の創価学会の躍進のエネルギーはない。
 話をより葬式仏教全体に及ぼせば、これも形骸化した維持の状態にある。団塊世代から葬式仏教は徐々に崩壊しつつあるものの、死者の層もここが大きいので、新聞などと同様以外と長く持ちこたえる。最終的に葬式仏教が終焉するのは、私がある程度寿命をまっとうしたらその頃になるだろう。いずれ、葬式仏教は日本から消える。そうした中期的な日本の精神風土の見取り図としても本書は役立つ。
 本書には欠点もある。仏教学を多少なり学んだ人ならいくつか誤りを指摘できそうだ。私も読み始めのころは、首をかしげる部分があった。しかし私のような浅学ですらそうなら、著者の下にはいろいろ改善点が集積されているだろうし、今後増補版を出されればいいだろう。
 むしろ、本書のカーバーする範囲ではないのかもしれないし、本書が定説や近年の学術研究を簡素にまとめたせいもあるのだろうし、また新書としての制約もあるだろうが、民俗学的な知見が欠落していているのは残念に思えた。
 地蔵信仰や観音信仰、さらには近世の新興宗教などについてはほとんど触れられていない。奈良・京都・鎌倉といったいわゆる正史的な寺院以外に、民衆の仏教史跡などを見て回れば、また違った仏教の風景が見えるものだ。なぜ地蔵信仰があるのか、観音仏が多いのはなぜか、薬師如来とはなにか、など。これらの大衆の仏教信仰を本書に補強すれば、ようやく日本仏教史というものの総体が見えてくるだろう。
 
 

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2012.04.24

アフマディネジャド大統領のアブムサ島訪問について

 イランのアフマディネジャド大統領がアブムサ島を訪問した。この件について、ざっと調べた程度ではあるが、毎日新聞を除いて日本ではほとんど報道がなかったようだった。しかし、現在の中東問題の大きな構図を考えていく上で重要な問題を含んでいると思えるのでブログで拾っておきたい。
 例外的とも言える毎日新聞記事だが、22日付けの「ペルシャ湾:3島の領有権巡り イランと湾岸諸国対立」(参照)である。冒頭は以下のとおり、簡素にまとめられていて読みやすい。


【テヘラン鵜塚健】ペルシャ湾に浮かぶアブムサ島、大トンブ島、小トンブ島の3島の領有権を巡り、イランと湾岸諸国との対立が過熱している。イランのアフマディネジャド大統領が今月11日にアブムサ島を訪問したことに、領有権を主張するアラブ首長国連邦(UAE)が強く反発。サウジアラビアなど6カ国で作る湾岸協力会議(GCC)がUAEに加勢してイランを非難し、地域の新たな火種になっている。

 基本の問題構図は、イランとアラブ首長国連邦(UAE)の領土を巡る対立である。アブムサ島、大トンブ島、小トンブ島という小さな3島の領有権の争いなので、東アジアや南米などにもある、よくあるタイプの領土問題のようにも見える。

 問題の基本構図から発展している部分がある。UAE側にサウジアラビアなど6カ国で作る湾岸協力会議(GCC: Gulf Cooperation Council、サウジアラビア、クウェート、バーレーン、カタール、UAE、オマーン)が荷担していることだ。結論の一部を先回りしていうと、この構図で重要になるのはイランとサウジアラビアの対立である。
 問題のもうひとつの側面は、毎日新聞記事にも言及があるが、この3島がホルムズ海峡に近いことだ。イランがこのところちらつかせているホルムズ海峡封鎖との関連がある。
 アフマディネジャド大統領のアブムサ島訪問について日本で、ほとんど報道されていない理由はよくわからない。全体構図の理解が難しいのかもしれない。背景知識も多少こみ入っている。なぜアブムサ島、大トンブ島、小トンブ島に領有権問題があるのか。どのような経緯を辿っていたのか。毎日新聞記事には簡素に言及している。


アブムサ島は、英国撤退後の71年からイランが実効支配。しかし、同年に独立したUAEがその後、他の近隣2島も含めた領有権を主張した。以降、論争が続くが、本格的な衝突はなかった。

 少し補足する。
 この3島は元来ペルシャ帝国の領土だったものを英国が1908年に支配下に置いた。この際、現在のUAEの地域も英国の支配域に含まれた。第2次世界大戦後、世界各地の英国植民地が独立したが、アブムサ島も1960年代に英国管理下のシャールジャに移管された。1968年に英国がペルシャ湾域の支配放棄を宣言すると、パーレビ皇帝(日本では国王と呼ばれる)を頂くイラン帝国がアブムサ島に軍を派遣し、実効支配に及んだ。
 1971年、アブムサ島についてイラン帝国とシャールジャは英国仲介の下、シャールジャが島民管理をするもののイラク軍の駐留も是認する協定を結んだ(参照)。この時点では領有権は曖昧な状態だったが、シャールジャが英国支配からUAEとして独立した後、1974年以降はUAEも領有権(共同管理)を主張した。アブムサ島は石油を産出するうえ、地理的にもホルムズ海峡支配の点で戦略的な位置にあるため、注目される。
 1979年のイラン革命で成立したイラン・イスラム共和国は、1992年、自国領土と宣言し、アブムサ島からUAE系の住民を追放した。この話題は現在と異なり、日本のメディアでも随分と報道されたものだった。
 なぜイランがこの時期に強行に出たのかについては議論が分かれるが、1991年に終えた湾岸戦後、GCCがエジプトとシリアを主軸とする「湾岸平和維持軍」創設の構想していたので、これにイランが対抗したものだろう。サウジを筆頭とするGCCとイランとの対立という構図は今回も再現されている。
 ここで毎日新聞記事に戻る。先の引用は次のように続く。

 しかし、大統領がアブムサ島を訪問したため、UAE政府は在UAEイラン大使を呼んで抗議。UAEが加盟するGCCは17日、外相会議を開き「イランの行為を、GCC全体に対する侵略行為とみなす」とする非難声明を出した。

 同記事ではこうも指摘している。

 イランとGCCは、反体制派への弾圧を続けるシリアのアサド政権に対する是非や、バーレーンの反政府デモを巡る立場でも対立。3島の領有問題が加わり、さらに対立が深まりそうだ。

 そう見ることもできる。だが、今回のアフマディネジャド大統領のアブムサ島を訪問は、「さらに対立が深まり」というような追加的な対立ではない。
 GCCがシリア問題を論じる会議日程に合わせて、いわばサウジ向けにイランがこのパフォーマンスを行ったと見るほうが自然だろう(参照)。
 つまり、シリア問題へのGCCの取り組みに対抗して危機を煽る意味があった。するとそのメッセージ性が重要になる。
 実はシリアでの実質内戦に近い状況は、サウジとイランの代理戦争の様相をもっていることが今回の件からもわかる。
 
 

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2012.04.23

極東ブログ・メールマガジン 試作品 No.1 (2012.4.23)

 第2次か第3次かわからないけどメールマガジン(メルマガ)のブームらしいというのと、ブログという形式と少し違った展開もあっていいかと、このところメルマガのことを考えていた。考えてみたら、考えてもしかたがないので試作品でも作ってみるかなと思い直し、どういう試作品するかと悩んだ。でも、試作品は試作品なので、とりあえずなんか作ってみた、と。
 ブログとは違って、読みやすく手短で、情報が多いほうがよいのではないかと思っている。(ブログより明瞭に書いていこう、とも)
 ネタとしては、これも思ったのだけど、これまでのブログとまったく違った分野というのもなんなので、従来路線っぽい感じ。どうしようかなとは悩んでいる。
 メルマガを実施するとなると有料化ということで、これはいく人か相場とか動向など意見を聞いてみた。なるほどと思うことはある。購読者はページビューの5%くらい。月額500円あたりが相場のようでもある。それだとアフィリエイトより大きな額になるのだけど、率直なところ無理なように思う。無理じゃないとすれば、それだけのコンテンツの実感が出て来たところだろう。
 最低でも週一回のペースだと、最初はいいけど、そのうちにきつくなるだろうと思う。そのあたりのネタのペース配分もできるかどうか。
 ブログはブログで継続する予定。むしろ、メルマガやっぱし無理じゃねということであれば、試みもおしまい。
 というわけで、試作品とはいえ、今日ネタなんで、ほいじゃ。

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極東ブログ・メールマガジン 試作品 No.1 (2012.4.23)
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目次
[フランス] フランス大統領選、オランド候補が当選して混乱が広がるだろう
[米国] オバマ大統領の最大業績「オバマケア」が消えて再選が危うくなる
[技術] 日本も狙われた招き猫(Luckycat)サイバー攻撃の背後に中国政府と民間中国人
[書籍] やり直し教養講座 英文法、ネイティブがもっと教えます
[テレビ] NHK「シリーズ 医療研究の最前線」
[コラム] 2012年5月21日の朝、7時34分頃、東京で金環日食

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[フランス] フランス大統領選、オランド候補が当選して混乱が広がるだろう
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 フランス大統領選第1回投票が、日本時間の23日午前3時に締め切られた。開票率75%時点の仏内務省中間集計では、1位オランド氏27.9%、2位現職サルコジ氏26.68%。3位マリーヌ・ルペン氏19.3%、4位メランション氏10.8%、5位バイル氏9.8%となり、過半数を獲得する候補はなく、大統領選出は5月6日の第2回投票でオランド氏とサルコジ氏の決戦になる。
 結果の予想だがオランド氏勝利となるだろう。今回の大統領選挙は現職のサルコジ大統領再選潰しという否定的な理由で他候補がまとまっているためで、他候補票の多くはオランド氏に流れる。右派と見られるマリーヌ・ルペン氏の票もサルコジ氏には流れない。
 社会党のオランド候補が当選することでフランスは混乱することになるだろう。もともとオランド氏は、女性問題のスキャンダルで失脚した国際通貨基金(IMF)前専務理事ドミニク・ストロスカーン氏の代用で、にわかに仕立ての候補だった。その支持は反サルコジ気運と組織票であって、オランド氏の資質や社会党の政策によるものではない。
 問題となるのは、サルコジ大統領が推進してきた年金制度改革の逆行である。この改革が決まった2010年10月には学生を含んだ大規模なデモがあった。学生たちにしてみると「老人にさっさと年金をやって引退させ、自分たちに職をくれ」ということであった。
 これがオランド大統領の下で、62歳の底辺が60歳に引き戻される。だが、改革を逆行させて財政を維持する見込みがあるわけでもない。各方面の補助のもとになるバラマキは増税となって跳ね返る。
 他にも懸念がある。オランド氏は、財政赤字の大幅な削減を義務付ける欧州連合(EU)の「新財政協定」再交渉も公約としている。これは欧州危機の不安を増加させる。
 フランス国民の多くは現状、オランド氏を支持しているだろうが、第2回投票までの間、金融市場は別の意志を表示するに違いない。その意思表示の強さがもたらす結果は、存外のサルコジ氏再選か不吉な欧州経済か、いずれかだろう。

  * http://goo.gl/PvJ5C


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[米国] オバマ大統領の最大業績「オバマケア」が消えて再選が危うくなる
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 米国大統領選挙が、現職の民主党のオバマ氏と共和党のロムニー氏の対決構図で見られることはしかたがない。だが、現職オバマ氏の再選のカギを握るのは、彼のもっとも重要な業績となる可能性のある、2年前に成立した「オバマケア」こと「患者保護と手頃な医療法(PPACA: Patient Protection and Affordable Care Act)」についての違憲訴訟だろう。
 皆保険となるオバマケアを市民が拒否すると罰則が適用されるのだが、それは合憲だろうか。最高裁が6月下旬に違憲判断を下すと、オバマ氏最大業績が消える。大統領としてのヴィジョンの評価も下がり、再選も危うくなる。
 判決を左右するのは法的な議論だが、一般的には最高裁を構成する9人の判事の色分けだと見られている。現状9人の色分けが、共和党系が5人、民主党系が4人と拮抗している。そのままの色分けなら共和党に有利だが、レーガン大統領が任命したアンソニー・ケネディ判事は問題ごとに個別の判断を下す中間派なので、今回も同検事の判断がカギを握る。
 どうなるだろうか。違憲判断となるのではないかと思う。判断は法学的になされるだろうが、他の要因も大きい。(1)オバマケアのような国の根幹に関わる制度が超党派的な合意なく決定されたこと、(2)当初のコスト見積もり正しくなく正確なコストの見通しができていないこと、の2点が大きくのしかかっている。


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[技術] 日本も狙われた招き猫(Luckycat)サイバー攻撃の背後に中国政府と民間中国人
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 インターネットをめぐるハッカー活動が活発になり、その背後に各国政府の関与も疑われるようになってきた。最近の事例では、3月にシマンテックが調査を公開した「招き猫(Luckycat)攻撃」と呼ばれる標的型攻撃について、ニューヨークタイムズ報道(*)が中国政府の関与を疑わせた。
 招き猫攻撃は当初、インドの軍事研究所やマレーシアの海運機関を標的としていたと見られていた。しかし、特定の個人や組織を標的にする「標的型攻撃」ではあるが簡易言語を使っていることやハッキング後の操作が手作業であることから単独犯ではないかとも見られていた。その後、トレンドマイクロが独自に追跡調査したところ、攻撃は単純とも言えず、また対象には日本も含まれていた(福島第二原子力発電所のデータが偽装に利用されていた)。
 ニューヨークタイムズ記事ではトレンドマイクロによる調査の非公開情報を使い、この攻撃者が中国のネット大手「騰訊(テンセント)」所属の"Gu Kaiyuan(音訳:顧開元)"氏であることを突き止めた。当人にもインタビューを求めたが関与してないとの返事だった。それでも、中国政府の関与が疑われる。同時にニューヨークタイムズによる追究にも米政府の裏があるのではと疑問が残る。
 中国は現在、国際間のサイバー攻撃に「サイバー民兵(Cyber militia)」を活用している。当初はサイバー攻撃・防御の舞台を政府機関で育成しようとしたが人材流出が多いことから、民活に切り替えて、サイバー民兵とした。

  * http://goo.gl/ATV7a


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[書籍] やり直し教養講座 英文法、ネイティブがもっと教えます
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 「どうお考えですか?」という日本語の表現を英語で「How do you think?」というとする。文法的には間違ってないが、英語のネイティブが聞くと違和感が残るらしい。"How"の持つ「方法」という語感から、「どのような方法であなたは考えますか? いかなる思考法?」という印象になる。正しくは、「What do you think?」である。
 デイビッド・セイン氏が著者に入った本書『やり直し教養講座 英文法、ネイティブがもっと教えます』(*)は、英語ネイティブならではの語感をうまく伝えた『英文法、ネイティブが教えるとこうなります』の続編になる。英語知識の小ネタ集でもあり、すらすらと読めるが、前著より文法に配慮している。例えばこういう英文。

   Had you come a little earlier, you could have met me at the party.

 訳せますか? 高校英語なのでそれほど難しいわけではないが、"Had you come ~"は、"If you had come ~"という仮定法条件説を倒置したもの。文語的だろうと思っていたが、そうでもないらしい。言われてみれば、よく見かける。
 同書では他に、「ビジネスメールは3行で書く」といった話も面白い。(1)状況説明、(2)願望、(3)解決方法、を1文ずつ書けばよいそうだ。

  *「やり直し教養講座 英文法、ネイティブがもっと教えます(デイビッド・セイン、森田修)」NHK出版 (2012/4/6) \777  http://goo.gl/WeHjK


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[テレビ] NHK「シリーズ 医療研究の最前線」
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 NHK BS1で、4月23日の深夜24:00から1時間ほど、海外放送局の医療研究の最前線の番組が4回放送される。興味深いテーマを扱っている。私は1から3までは予約をセットした。

 NHK BS1
 1 4/23(月) 奇跡の治療法を求めて ~ヒトゲノム解読の成果は? (BBC)
 2 4/24(火) 老いを止める ~人類の夢は実現するか~(December Films)
 3 4/25(水) 絶食療法の科学(Via Decouvertes Production/ARTE France)
 4 4/26(木) 癒やしロボットで認知症治療(Filmtank)

 1のテーマ、ヒトゲノムは、10年ほど前に解読されたが、その後、当初期待されていたような成果は上がっていない。いろいろな理由がある。だが、医療に寄与した部分もあり、そのあたりを確認しておきたい。
 2の老いを止めるは、寿命に関わっている「テロメア」に焦点があたるらしい。
 3は異端的な医療にも見えるが、絶食療法の医学的な側面は確認できそうだ。


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[コラム] 2012年5月21日の朝、7時34分頃、東京で金環日食
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 先日ショッピングモールをぶらついていたら、のぼり旗の白地に大きな赤字で「日食グラス」と書かれていた。立ち止まった。一瞬意味がわからなかったが、横に「金環日食を安全に観察」と小さめな文字がある。日食観測用の黒いグラスの販売だとわかった。
 千五百円くらい。間近になると入手が難しいのだろうから今のうちに買っておくか、前回の日食用のがどこか引き出しに入れたままだったか。思い悩んで通り過ぎた。なんとなくまた曇になるような気がした。
 金環日食は字のとおり、月の陰になった太陽が金色の光の輪になって見えるものだ。皆既日食だと全部隠れるが金環日食だと外輪が残る。地域によっては輪にならず三日月のようになる。東京はというと、2012年5月21日の朝、7時34分頃に金環がきれいに現れる。今回、東京はベストな位置にある。日食帯の中心線近くだ。他にそういう都市というと鹿児島や静岡がある。串本あたりもそうなるだろう。
 もし見ることができるなら、生まれて初めて金環日食を見ることになる。わくわくとする。子どもの頃、2012年に東京で金環日食が見られると教わったのではなかったか。
 いや今思うと2000年以降まで生きている自分というのは、子どもの頃には想像もつかなかった。1984年ですら遠い先だと思っていた。金環日食を見たら、生きててよかったという気分になるだろうか。そうした思いが怖いので曇でもいいような気分があるのだろう。
 今回見逃すと次回は2035年。中心線は北陸・北関東を通る。生きていたら私は78歳。生きているかなと疑問に思う。案外見るかもしれないな。
 太陽の動きということの余談だが、今年の秋分は9月22日になる。例年は23日。ずれるのは33年ぶり。1979年の秋分の日は24日だった。

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極東ブログ・メールマガジン 試作品 No.1 (2012.4.23)
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2012.04.22

[書評]意識は傍観者である: 脳の知られざる営み(デイヴィッド・イーグルマン)

 デカルトの「我思う故に我あり」は通常、「思考している自分は存在している」と理解される。「自分という意識は確実に存在している」というわけである。当たり前ではないかと思うかもしれない。残念でした。「自分という意識」は脳機能の処理結果であって、それ自体で存在しているわけではない。あなたには自由意志なんてない。あなたの意識や自由意志は脳のプロセスの、ただの傍観者なのである。

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意識は傍観者である
脳の知られざる営み
 冗談のようだがこの話は脳科学を学んだ人には常識の部類である。なにかをしようと意識するよりも身体のほうが先に動くことは実験科学的にわかっているからだ。座っていて「ちょっと立ち上がろうかな」という自由な意識は、実際には立ち上がろうとする身体の神経反応の後から生じている。生理学者ベンジャミン・リベット(Benjamin Libet)が1980年代に明らかにした(参照)。身体運動についての自由意識と思われているものは、身体意識の承認のような意味しかない。いろいろ異論はあるが、全体として、どうやら自由意志というのは存在しないというのは、ほぼ脳科学の定説と見てよい。哲学的にも「自由意志」には根拠は与えられていない。なんらかの必要が産んだ虚構のようなものである。
 本書「意識は傍観者である: 脳の知られざる営み」(参照)もリベット説を扱っているが、さらに包括的に犯罪と法の関係にまで立ち入って考察している点が興味深い。自由意志がなければ、犯罪を裁くというときの対象となる悪なる意志というものが想定できなくなる。精神障害者や未成年が殺人といったことを引き起こしても、通常、罰せられることはないのもそのためだ。
 極端な話、夢遊病者が夢の意識の状態で殺人をしても罰せられることはない。まさか実際にはそんなことはないだろうと思うかもしれない。あるのだ。本書にはその話が比較的克明に描かれている。自分自身殺人を犯すだろうと知り苦悶しながら自分を抑えることができずに殺人を実行した人の話も詳しく描かれている。
 そもそも犯罪というのは、人間の自由意志から生じたものなのか? そうでないなら、私たちの社会は犯罪者にどう対処したらよいのだろうか。
 そのあたりが本書の一番おもしろいところだ。特にこの問題を扱った「第6章 非難に値するかどうかを問うことが、なぜ的はずれなのか」には貴重な議論が展開されている。著者イーグルマンはここでかなり大胆とも思える考え方を提出している。
 非難に値する犯罪(自由意志によると想定される犯罪)と非難に値しない犯罪(脳の問題などが引き起こした犯罪)は明確な区分はなく、脳科学など諸科学の進展によって区別の線引きは揺らぐ。だから、人間の脳の仕組みにあった法制度改革が必要になるというのだ。
 私たちの社会では、犯罪者に罰を与えたいという欲求も強く根付いているし、それがとりわけ根深い文化も存在するものだ。だが近代社会の考え方からすれば、犯罪者への対処で考慮すべきことは罰もだが、所定の罰を与えた後の再犯リスクある。どうすれば再犯者を減らすことができるか? 再犯率が減らせれば社会の利益にもなる。
 イーグルマンの議論を読みつつ興味深いと思った事例は、性犯罪者の再犯率の管理である。当初、精神科医や仮釈放委員会などいわゆる専門家が検討したが明確にできなかったらしい。そこで数理学的に各種の因子を総ざらえして計算してみたら、妥当な数理検定ができたというのである。冗談のようだが、著者イーグルマンは、その数理検定が米国で刑期の算定に利用されていると述べている。
 このあたりまで読んで私はちょっと失念していたことがわかった。著者イーグルマンを科学分野の学位はあっても、実質サイエンスライターだと思っていた。本書は訳がこなれていることもあり、多少饒舌にも聞こえる科学漫談といった趣もあるからだ。だが、イーグルマンは学位を取得したベイラー医科大学で前線の神経科学者であり、その知見から法制度に対する提言を行う研究に従事していた。まさに脳と法を議論する最適な専門家であった。その意味で、本書は最新脳科学を解き明かす軽い読み物というより、現代社会における刑法のあり方を模索する最前線の報告書でもあった。昨年発売されニューヨークタイムズでベストセラーを15週キープしたのもうなづける。
 6章では、脳科学の知見を応用した量刑のありかたの考察のほかに、犯罪者の更生の効果的な手法も議論されている。具体的には犯罪の抑制を司る前頭葉の機能改善といった話も含まれている。このあたりの議論は、効果的なダイエットといった卑近な話題と実は同じ構造をしているし、ある種の認知療法のようでもあるので、さほど違和感なく読めるのだが、読みつつ、これは一種のディストピア(Dystopia)になりかねない懸念も湧いた。ハクスレイの「すばらしい新世界」(参照)やオーウェルの「一九八四」(参照)のようにも思えた。吉本隆明がオウム事件を実質擁護するとき市民社会が規定する善悪を超える視点に留意するよう求めたような問題が潜んでいそうだった。
 本書は7章で構成されている。「第1章 僕の頭のなかに誰かがいる、でもそれは僕じゃない」から「第4章 考えられる考えの種類」は、基本的に最新の脳科学の知見をまとめた、知的に楽しい読み物になっている。たとえば「第2章 五感の証言―経験とは本当はどんなふうなのか」では、意識されていないが人間行動を支配する興味深い事例として、恋愛と名前の最初の文字の関係といった例が挙げられている。ジョエルはジョニーに、アレックスやエミーに、ドニーはデージーに恋に落ちやすい。まさか。ところが統計を取ると優位な結果が出てくる。さらにこの関係は職業選択にも及ぶらしい。デニーやデニスは歯医者(デンティスト)になる可能性が高い。
 読みながら、よく血液型性格学は偽科学だと言われるが、日本のように血液型性格学信奉の意識が蔓延している社会では、自身の性格規定が逆にその社会的な憶見に影響されていて、統計の取り方によっては、血液型はその憶見を介して性格の表出傾向に対して有意な結果がでるんじゃなかろうかとも思った。
 「第5章 脳はライバルからなるチーム」では、マーヴィン・ミンスキー「心の社会」(参照)のように心がサブモジュール(下部機能)の連携で機能するモデルから、脳内の諸機能のライバル的な関係というモデルを立て、そこから人間の自由意志が単一的に存在するものではないという課題に迫っていく。これが、法的な議論に踏み込む「第6章 非難に値するかどうかを問うことが、なぜ的はずれなのか」の議論の前段となっている。
 事例が興味をひく。俳優メル・ギブソンが酩酊した際、ユダヤ人差別となる発言した問題を扱っている。しらふに戻ったメル・ギブソンはユダヤ人社会に謝罪したが、さて本心ではメル・ギブソンは差別主義者だろうか。酩酊することによって、本心が暴露されたと見れば差別主義者であるとも言えるかもしれない。というのは、酩酊したからといって差別言動をしない人はしないものだ。著者イーグルマンは、こうした「本心」のいう考え方自体を批判的に捉えていく。差別主義という考え方が脳のサブシステムに浸透していったとしても、それがその人の自由意志を支えるような「本心」であるとは限らない。そもそもどのような人でも多様な意識のサブシステムをもっているというのだ。では、犯罪を犯したときにどうなるのか。それが6章に継がれている。
 終章「第7章 君主制後の世界」では、人間の自由意志が宇宙においてどういう意味を持つのかという哲学的な問いかけに踏み込んでいる。また、ベルクソンのように脳を記憶や思考の実体ではなく媒介的な機関である可能性にも言及している。簡単にいえば、偽科学批判などに見られるような浅薄な還元主義には留まっていない。ただ、総じて言えば身心問題の深い部分にまでは肉薄せず、現場の科学者らしい未知への探求への期待をもって終わりとしている。
 本書は随所で小ネタ的な話もある。電磁場のふるまいを記述する古典電磁気学の基礎であり、またアインシュタインの特殊相対性理論の起源ともなったマクスウェルの方程式だが、マクスウェル本人は、死の床にあって生涯の秘密として、あれは「自分のなかの何か」が発見したのだ、とつぶやいたらしい。マックスウェルとしては自分が発見したのではなく、どこからか降ってきたのだというのだ。チャネリングみたいなものらしい。困ったなあと秘密を死の床まで抱えて生きていたのだろう。
 小ネタとも違うが5章に含まれている「秘密」についての話題もおもしろい。人はなぜ秘密を語りたくなるのだろうか。助言が欲しいわけでもないし、解決や処罰を求めているわけでもない。秘密を抱えた人間がただ聞いて欲しいと願うのはなぜなのか。著者イーグルマンはさらに、なぜ秘密の受け手が人間または神のように人間に似た存在でなければならないのかと疑問に思っている。言われてみれば、それは不思議でもあるし、直感的にはこの疑問には深い真理が潜んでいるようにも思える。秘密というのは案外、自由意志という虚構の核なのではないか。
 
 

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