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2012.04.13

北朝鮮ミサイルは「失敗」したのか

 北朝鮮のミサイル打ち上げが失敗した。事前報道では打ち上げは14日という想定が多かったように思えたので、私も今朝の騒動には驚いた。一段落付いてみると、さて本当に失敗と言えるのか、また、失敗とは何を意味しているか、多少疑問が残った。
 今回のミサイル実験が事前に失敗すると想定できたかというと、難しかっただろう。2009年のミサイル実験では、一段目を切り離し日本の東北地方の上空数百キロメートルを通過し、二段目も切り離して飛んだ。今回もその程度には飛ぶ可能性があると見られても不思議ではなかったからだ。2009年のミサイル実験でも今回同様、人工衛星と称していたが、衛星軌道到達速度には到達せず、その点からすれば失敗でもあったが、北朝鮮は成功と発表した。
 今回は一段目を切り離した直後に爆破したらしい。普通に考えれば、白を黒と言いくるめることが難しいレベルの失敗であり、北朝鮮がどう評価するのかが興味津々といったところだが、あっさりと失敗を認めた。そのあっさり感に逆にある種の違和感が伴う。もしかすると最初からこうした失敗は想定されていたのではないかという疑問も残した。
 この疑問については、事前からある程度予想されていた。11日のNHKかぶんブログ「専門家"技術的には前回より難しい"」(参照)がわかりやすい。まず、技術的な難易度だが、東方向けに発射された2009年のミサイル実験では地球の自転速度に後押しされるが、今回の南向きではその後押しがない分、より多くの推進力が必要になるため、難易度が上がる。


これについてロケット工学などに詳しい九州大学名誉教授の八坂哲雄さんは「南向きで、新たに必要となる推進力は、全体の5%ほどだが、もともと限界ギリギリに作られている機体にとって、さらに5%も能力を上げるのは、とても難しい。エンジンや機体の構造を変えたり、燃料を増やしたりする必要があり、3年前の東向きに比べ、技術的に難しくなる」と指摘しています。

 別の言い方をすれば、2006年の実験から3年間でその5%の推進力を得たかというのが、今回のミサイル実験の技術的な関心事であった。
 蛇足に近いが、日本の安全保障という点では田中防衛相が暴露しているように、今回のミサイル実験にはあまり意味がない。すでに日本を射程に収める300台ともいえるノドンミサイルを北朝鮮が配備できる現状にあり、とりわけ今回のミサイル実験だけが脅威となるわけではない。今回の実験が成功すれば米国のアラスカを北朝鮮が射程に収めるため、米国としては危機感を持つかもしれないという話である。
 ここであらためて問いを出してみたい。今回その5%推進力の向上という点で見たとき、はたして今回のミサイル実験は失敗したと言えるのだろうか。より技術的な視点でいうなら、1段目のエネルギーがどのように評価されるだろうかということになる。この点は現状ではよくわからない。
 かぶんブログにはもう一点、重要な指摘があった。

また、新たに能力を向上させた機体の場合、失敗する懸念があるとしています。八坂さんは「日本や欧米の場合でも、新型のロケット打ち上げではたびたび失敗している。打ち上げに失敗してロケットがコースを外れた場合、周辺の国の安全を考えた適切な監視態勢を北朝鮮自身がどこまで整えているか、とても懸念している」と話しています。

 大陸弾道ミサイルの打ち上げは失敗しがちなものであるという前提で、では失敗した場合、「周辺の国の安全を考えた適切な監視態勢を北朝鮮自身がどこまで整えているか」ということが当然問われる。
 周辺国というと、南接する韓国は当然のこととして、日本でもその領域に落下物が入る懸念もあり迎撃がものものしく問われていた。だが韓国を除けば、一番懸念するのは今回の飛行予想経路からして中国であることは間違いなく、であれば、予定コースが逸れて中国に落ちる可能性が考慮されているかが問われる。そこが北朝鮮に考慮されていただろうか? 中国は考慮していただろうか。
 私は、中国への落下は両国で考慮されていただろうと思う。あまりに不測の事態は避けたいはずだ。ではその対応はどういうものであったか。迎撃はありえないので、北朝鮮自身の遠隔操作によるミサイルの自爆であろう。
 そのあたり識者がどう見るのか気になっていたが、早々にNHKニュースでフォローされていた。「“みずから爆破指令の可能性も”」(参照)より。

ロケット工学に詳しい九州大学の八坂哲雄名誉教授は、「1分以上飛行して洋上に落下したということは、1段目のエンジンの付近で何らかのトラブルが起きたとみられる。その結果、機体が爆発したか、予定のコースを外れたために、北朝鮮がみずから爆破の指令を出した可能性もある。今回はこれまでよりも難しい打ち上げで、性能を向上させようと、設計で無理をした可能性もある」と指摘しています。

 興味深い指摘である。2点に分けて考えることができる。(1)予定コースを外れたので遠隔操作で自爆させた、(2)そもそも設計で無理をした(だから失敗と爆破は想定されていた)、という点である。
 1点目については、1段目の落下地点がわかれば想像は付くだろう。そこで北米航空宇宙防衛司令部の情報を当たってみると「落下点はソウル西165キロメートル」(参照)とあるので、地図を見て確認すると、当初の飛行予定経路からそう外れてはいないし、中国に落下する可能性は読み取れない。すると現状では、中国にミサイルが落ちないように自爆したという説は説得力はない。
 2点だが、これを明確に否定することが難しい。冗談っぽい話ではあるが、落下した2段目に燃料がないとわかれば確定である。最初から2段目以降を飛ばす気がなかった、と。だが、その確認は実質できないだろう。
 また、そもそも1段目の推進力のための実験であったか、という可能性だが、そのあたりは、ミサイルの本来の目的を合わせた評価が必要になる。とはいえ、これも概ね、単なる失敗と見てよいだろう。
 2点目に関連することだが、この失敗が想定されていたか、つまり「設計で無理をした可能性」はどうか。
 ここで政治的な問題が関わってくる。北朝鮮の技術者やミサイル推進派が、一か八かの勝負に出たということなのか、現在の金正恩ハリボテを操っている勢力が「失敗してもいいからやれ」としたかである。
 私の推測だが、後者であろう。ここで失敗しても、北朝鮮国内的には「人工衛星」打ち上げに失敗したで通せるし、軍事的には続けて核実験をすれば十分北朝鮮の脅威のアピールは可能だからだ。実態としてはそのあたりではないだろうか。
 冒頭の疑問に、「失敗とは何を意味しているか」を加えておいたが、それも言及しておきたい。日本の報道を見ると、今回のミサイル実験を北朝鮮の軍事的な脅威のアピールとして捉える筋が多い。だが、北朝鮮におけるミサイル開発は、日本でいったら自動車産業とか高速鉄道技術売り込みといった、外資を稼ぐ産業なのである。売り込み先は、公表はされないものの、イラン、パキスタン、シリアなどが想定されている。その点で、今回のミサイル実験失敗は、iPad4新製品発表会といった感じのイベントでもあった。実演会場で転けて恥じかいたのだろうか。
 こうした読みは奇妙に思える人も多いかと思うが、ロイターが早々にこの筋で米政府高官のコメントとして伝えている(参照)。

"This launch was also a chance for North Korea to showcase its military wares to prospective customers. The failure will make those customers think twice before buying anything."

今回の発射は北朝鮮が軍事品を見込み客に展示する機会でもあった。この失敗によって、これらの顧客は購入前に再考するようになるだろう。


 米国側の思惑を差し引いても、北朝鮮からミサイル技術を購入予定の国が「なーんだ北朝鮮のミサイル技術は使えねーじゃん」という評価になりかねない。
 この点についてどうなのか。概ねそうだとは言えるだろう。北朝鮮ミサイル、ダメじゃん、ということ。だが、技術的に見れば、これも切り離した1段目の性能評価による問題なので、そのあたりは技術者の解説を待ちたいところだ。
 
 

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2012.04.12

雨音はショパンの調べと小林麻美

 先日のイースターのことだった。この季節になるといつもユーミンの「ベルベットイースター」を思い出す。荒井由実としてのファーストアルバム「ひこうき雲」(参照)に収録されている。村上春樹がたぶん三鷹で暮らしていた1973年のこと。ユーミンは1954年生まれだから、19歳。14歳でミュージシャンしていたが、まだティーンエージャーで、呉服屋さんの娘らしく多摩美で日本画を学ぶ学生だった。コント55号の二郎さんが彼女のぞっこんのファンだったのも思い出す。NHKラジオで、サンディーアイと同じ時間帯だったと思うけど、ディスクジョッキーもしていた。
 「ベルベットイースター」だが、なんでベルベット(ビロード)なのか今もってわからない。欧米人にそういう感覚はないと思う。歌詞中「天使が降りてきそうな空」というのも欧米的な感覚なのかよくわからない。たぶん、この天使は「ナイトミュージアム2」(参照)とかに出てくるああいう感じなんじゃないか。
 まあ、いい。いつもその頃、聞きたくなる曲で、また聞きたいと思った。そこで、たまたまユーチューブで聞いたら、あれ?と思った。アレンジが違うのである。ピアノのアレンジも含めて、なかなかアンニュイでいい感じ。声はだいぶ古いので、2000年以降のコンサートの録音だろうか。そうでもなく、2003年の「Yuming Compositions」(参照)に収録されているバージョンだった。
 2003年のユーミンならまだ声が大丈夫なんじゃないかなと思って、カバーの写真にちょっとどん引きしたが、初回限定版がまだ売れ残っているみたいなんで買ってみた。まあ、よかった。私が沖縄で暮らしている時代、あれほど好きだったのにユーミンを離れていたので、このアルバムの存在すら知らなかったのだった。

cover
Yuming Compositions
松任谷由実
 アルバムは、ユーミンが他の歌手向けに提供した曲を自身がカバーするという趣向である。率直に言って本人カバーでこれはいいなというのは、とても残念なのだけど、ない。「「いちご白書」をもう一度」はユーミンが歌うの聞いてみたいなとずっと思ってたので、これはこれで満足、というか泣けてしまったけど。
 「Woman "Wの悲劇”より」は薬師丸ひろ子のほうがいいなと、ついユーチューブを漁った。一番、え?と思ったのは、「雨音はショパンの調べ」だった。これってユーミンの作品じゃないでしょ、とよく見ると、訳詞が松任谷由実だった。知らなかった。聞いてみると、これはこれで悪くはないのだけど、猛烈に、小林麻美の声が聞きたくなった。
 私は、小林麻美のファンではない。断じてない!とつい声にリキが入るくらいだ。
 嫌いというのではない。1954年生まれのユーミンもだし、1953年生まれの小林麻美も、自分にとっては憧れのお姉さんの世代でもあるだが、どうにも小林麻美にはアンビバレンツな思いがある。彼女にぞっこんな人々への嫌悪もあるのかもしれない。まあ、いい、猛烈に、小林麻美の声が聞きたくなって、これもユーチューブを漁った。知らなかったけど、とんでもないPVを見つけてしまった。初っぱな、煙草の煙がほへっと出るところで悶絶した。

 なんなんだろこれと呆然とした(たぶん、これもうすぐ消されると思うけど)。
 小林麻美の魅力がこってこてに出ていると言えばそうだし、美人なのか、貧乳なのか(いやそうではないんだが)とか、眉毛だろ眉毛、とか、もう千々に心乱れる。動揺してしまいましたよ。なんというか、記憶喪失になった人が、禁断の記憶をよみがえらせるというか、紅音也の意識だけが復活したような、うわぁぁな気分。
 竹下夢二の絵のような女といえばそうだし、長谷川泰子にもちょっと似てないかとか、似てないけどシャーロット・ランプリングを思い出すとか、なんだったんだろう、あの時代。トリップ。あの時代、若い自分が生きていたし、女というのはこういう形をしていたのに。

 今の時代でも、小林麻美みたいな女優っているのだろうか。まるで知らない。いたとして、で、どうというものでもない。
 小林麻美が引退したときのことは覚えている。その後のことはまるで知らない。藤村美樹と小林麻美のその後のことには関心を持たないように生きてきたのだった。
 が、わかる時代である。彼女、37歳で結婚されたから、お子さんはいないような気がしていたが、いるらし。というか息子さんも20歳近いのだろう。芸能界に出ているのかと思ったが、わからない。
 ご本人は、早見優のような、すてきなおばさまになっているのだろうか、あるいは、と思った。わかるわけないと思っていたけど、どうもすてきなおばさまになっているようだった(参照)。
 いや、別にいいんだ。全然、いいんだ。動揺なんかしてないってば。
 
 

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2012.04.11

ソコトラ岩

 アラビア半島の底辺というかイエメンとオマーンの国境の洋上、そしてソマリア、そのアフリカの角の先、アデン湾を出たところにソコトラ島がある。海賊の多い海域なので物騒にも思えるが、世界遺産にもなっていることから観光地と言えないこともない。「インド洋のガラパゴス」とも言われる自然景観は写真などを見ると異世界のようにすばらしい(参照)。チャンスがあれば行ってみたい場所ではある。安全はというと、在イエメン日本国大使館は「十分注意してください」とし、外務省はイエメン側で異変があれば影響も受けるだろうといった微妙な書き方をしている。
 ソコトラ島の名前の由来は、語感からするとギリシア語のようでもあるが、サンスクリット語の"dvipa sukhadhara"「至福の島」ということらしい。「ソコトラ」にはこのうえなき歓喜といった意味合いがあるのだろう。
 長い枕だったが、話は「ソコトラ島」ではなく、「ソコトラ岩」である。ソコトラ岩は、ソコトラ島にあるわけではない。どこにあるのかというと、海面下と言えないこともないが、地理的に見るなら、韓国済州島の南西にある。黄海と東シナ海の区切りあたりである。
 とすれば、中国様が俺の領土だと言わないわけがないだろうと誰もが思う。もちろん! 韓国様も俺の領土だと言う。もちろん!
 しかも、韓国は李承晩ライン決まっているというのである。もちろん! かくして、中韓の領土紛争のテーマになっている。中韓の両国に対して実質的な領土問題を抱えている日本としては、中韓様が領土についてどのようにお考えになっているのを学ぶ、またとない事例と言えないこともないかなと傍観する。
 しかしなにゆえ、「ソコトラ岩」。ハングルで「ソコトラ」なのだろうか。そうではない。1900年、イギリス商船「ソコトラ丸」が最初に気づいたかららしい。というか、その10年後英国の軍艦が確認したのでそうなったらしい。「ソコトラ丸」という船の名前は、たぶんソコトラ島に由来するのだろう。
 「ソコトラ岩」については1938年に日本も測量している。このとき、日本が何と呼んだのかはよくわからない。中国名では「蘇岩礁」である。韓国名では「離於島」である。が、韓国では「波浪島」とも呼ぶらしい。戦後韓国が日本が放棄すべき島の一つとして竹島などと合わせて挙げたものの、所在がはっきりせず、「じゃあ、蘇岩礁」としたらしい。だとすると、日本領だったのか。

 ところでさっき「海面下と言えないこともないが」と書いたが、自然のままであれば、ソコトラ岩は海面下である。その海面近い岩の上部に2005年、「海洋科学基地」を建設を開始し2003年6月完成した。ヘリパッドがあり、8人が15日間居住できる施設になっている。

 中国としてはそれまでは、ソコトラ岩を水面下の暗礁であるとして、よって国際法上領土の問題には関係しないとしていた。こういうものができてしまうと話はややこしくなる。
 この面白い話題は、ようするに海底資源争奪だろうと思っていたのだが、どうもそうとばかりも言えないらしい。3月22日付けディプロマット「China’s Next Flashpoint?」(参照)では軍事的な側面を上げていた。


South Korea is also seeking a military presence nearer to Socotra and China, to strengthen its claims of control and provide a foothold in the event of conflict. Without a base on Jeju, South Korea’s navy must operate in the area from Incheon, nine hours to the north.

韓国はまたソコトラ岩と中国近辺への軍事的存在感を求めている。それは紛争時には、制御主張の強化と足がかりの提供ともなるものである。済州島の基地がなければ、韓国海軍は9時間も北にある仁川からこの地域の作戦行動を迫られる。


 ようするに、ソコトラ岩の「海洋科学基地」を保護するという名目で、済州島に海軍基地を作りたいというのである。
 済州島海軍基地については、昨年の産経新聞9月1日付け「対中国警戒の要 済州島海軍基地計画 反対激化で政治問題化」(参照)に話題がある。

韓国最大のリゾート地である済州島で建設が進む海軍基地への反対運動が激化し、与野党が対立する大きな政治問題となっている。東シナ海に面する済州島基地は、海洋権益拡大を狙って海軍力増強を続ける中国を牽制(けんせい)する意味がある。李明博政権は来年の大統領選と国政選挙を前に対中関係、国防政策の在り方や世論動向への対応で微妙な対応を迫られている。


海軍基地は島南部の西帰浦市海岸に約9770億ウォン(約700億円)をかけて建設し、政府は2014年完成を目指している。韓国国防省によれば軍民共用港で、完成時にはイージス艦などの大型艦20隻と、15万トン級船舶2隻が同時に係留できる埠頭を備える。

 そうした構図で見ると、「ソコトラ岩」の問題は、いわゆる中韓の領土問題とは割り切れないことにはなる。
 
 

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2012.04.10

伊勢物語第二十三段のこと

 テレビ版の「孤独のグルメ」(参照)が終わった。見たのは二回目からだったが、その後は最終回の十二回まで毎回待ち遠しく見た。面白かった。原作の漫画のほうは以前に読んでいた(参照)ので、テレビ番組の台詞の元ネタなどが連想できるのも愉快だった。見逃した第一回も、つてあって見た。

cover
孤独のグルメ
DVD-BOX
 「孤独のグルメ」といえば、中年男が誰からも指図されずさして世間にはばかることもなく、ただ自分が旨いと思うものを腹一杯食うという自由と至福が描かれているのだが、テレビ番組では毎回と言ってもよいと思うが、食事のシーンの前に女が出てきた。あるいは食事のシーンに女が出てきた。そしてそれが、女というものの、中年過ぎた男ではないとなかなかわかりづらい独自の感触を表現していた。色っぽいこともあり、母性の表出でもあり、懐かしさでもあるのだが、それが食という行為と交わるところで、孤独とは言い難い、人間の接触でありながら、それでいて奇妙な孤独の姿を描いていた。あれは、なんなのだろうと、全回を見終えたあとも長く心に印象が残った。そして、伊勢物語第二十三段のことが思い浮かんだ。
 伊勢物語第二十三段は「筒井筒」「井筒」とも言われる。「筒井筒」という日本語には、この古典に拠って「幼友だち」「幼なじみ」の意味もある(参照)。幼いころから親しみそのまま夫婦に契るような男女を指すと言ってもよいだろう。現在の世界でもたまにそういう、不思議な夫婦がいる。
 この段は高校の教科書にも載っているらしい。私はラジオで、鈴木一雄先生の伊勢物語の講座で学んだ。先生の朗らかな解説には今にして思うと色気のようなものがあり、それが今の自分にも印象深く残る。
 伊勢物語第二十三段は、多少長い話の部類で、そして多少こみ入っている。

昔、田舎わたらひしける人の子ども、井のもとにいでて遊びけるを、おとなになりにければ、男も女も恥ぢかはしてありけれど、男はこの女をこそ得めと思ふ。女はこの男をと思ひつつ、親のあはすれども、聞かでなむありける。さて、この隣の男のもとより、かくなむ、筒井筒井筒にかけしまろがたけ過ぎにけらしな妹見ざるまに。女、返し、くらべこし振り分け髪も肩過ぎぬ君ならずしてたれかあぐべき、など言ひ言ひて、つひに本意のごとくあひにけり。

昔、地方周り官僚の子供が、井戸のまわりで無邪気に遊んでいたものだが、大人になると色気づいて互いを恥ずかしいと思うようになる。男はあの女を恋人にしたいと思うようになった。女のほうもあの男がいいなと思うせいか、親の持ち込む縁談を断ってきた。そうしたおり、男からラブレターが届く。「井戸と背比べしいた自分ももう井戸の高さを超えましたよ、あなたを抱かないでいる間にね」 すると返信あり。「子供のころはあなたと同じくらい長さだった髪の毛も、肩を超えました。この髪をかき上げもらって愛したい人は、あなた以外にはいません」。かくして両者、合体。


 ここでめでたしめでたし、という話でもよいのだが、これが前段。中段には波乱が沸き起こる。男が女に飽きてしまったかに読める。

さて、年ごろ経るほどに、女、親なく、頼りなくなるままに、もろともにいふかひなくてあらむやはとて、河内の国高安の郡に、行き通ふ所いできにけり。さりけれど、このもとの女、悪しと思へるけしきもなくて、いだしやりければ、男、異心ありてかかるにやあらむと思ひ疑ひて、前栽の中に隠れゐて、河内へ往ぬる顔にて見れば、この女、いとよう化粧じて、うちながめて、風吹けば沖つ白波たつた山夜半にや君がひとり越ゆらむ、とよみけるを聞きて、かぎりなくかなしと思ひて、河内へも行かずなりにけり。

さて、年が経ち、女は収入の頼りにしていた親を亡くし、女の家計で男を支えるのも難しくななった。しかたないなと男は、食いはぐれないように大阪に別の女を作った。幼なじみだった妻も気を悪くするだろうと思ったが、別の女の家に行くときも嫌そうな素振りがない。妻のほうも浮気しているんじゃないのかと男は疑って、大阪の女のもとに行くと言ったものの庭陰に隠れ、妻の行動を見ていたら、妻はきれいに化粧をして、憂い顔にて大阪のほうを見つつ、「夜盗も多いと聞く夜道をあなたは越えていくのでしょう、心配です」とつぶやく。これは愛しいと男は思い、大阪の女のもとにあまり行かなくなった。


 男も浮気心がないわけでもないから、女にも浮気心がないものかと疑心を抱くのだが、女にはその素振りもなく、むしろ純愛に見える。男、メロメロ、銀ダラ、といった物語にも読めるのだが、男が見ていないところでバッチグーな化粧で決める女ってなんなんだ?というのが、古来謎でもあり、この物語の大きな魅力となっている。
 この化粧の意味は、呪い、という説もある。戻れや男ぉ、という呪詛かもしれない。ただ、そういうことがそれほど行われたふうもなく、この物語で際立つので、ここはやはり異様な印象を残す。
 私の解釈は、男を殺しているのだと思う。別の女の元に行く男を、心のなかで殺害し、その死者の儀礼に向き合っている化粧だろうと思う。狂おしい死者のエロスである。
 いや、それはないでしょ、そこまで気違いってことはないでしょ、という人もいるかもしれないが、私は世阿弥もここをそう読んでいたと考えている。
 話は後段に入る。男は大阪の女と縁が切れたわけでもない。

 まれまれかの高安に来てみれば、初めこそ心にくくもつくりけれ、今はうちとけて、手づからいひがひ取りて、笥子のうつはものに盛りけるを見て、心うがりて行かずなりにけり。さりければ、かの女、大和の方を見やりて、君があたり見つつを居らむ生駒山雲な隠しそ雨は降るとも、と言ひて見いだすに、からうじて、大和人、来むと言へり。喜びて待つに、たびたび過ぎぬれば、君来むと言ひし夜ごとに過ぎぬれば頼まぬものの恋ひつつぞ経る、と言ひけれど、男住まずなりにけり。

 それでもまれに大阪の女のもとに行くと、最初のうちは恋心ドキドキというのもあったが、現在では、まったりとした関係にもなっている。食事なども、下女を使わずに、女が自分自身でご飯を盛ってくれるのだが、そのとき男は鬱に沈む。どぉーん。そして、この女のもとに寄らなくなった。大阪の女としては、男が戻っていく奈良側の生駒山を見て、「あなたのいるところを泣きながら見ています。だから生駒山にかかる雲はあなたを隠さないで」と、男に伝えると、男は「行きますよ」と返信があるので、大阪の女も喜んで待っていたが、実際は来ない。「あなたが来ると言うから毎晩待っているけど、頼りない恋心のまま時が過ぎていくだけ」と男に言うと、男はもう二度と来なくなった。


 一般的な解釈では、男に慣れた女が、風呂上がりに裸でうろついたり、おならをしたりといった感じで、「ご飯食べるぅ? あたしもってあげるぅLove」みたいな状況に、うへぇ、とげんなりしたというふうになっている。
 私はここも通解は違うと思っているのだった。
 男は、大阪の女との生活に幸せと安定を見つけてしまったのだと思う。「俺はここでこの若い女と幸せに生きられるんだ」とわかったとき、存在の根幹から震撼したのだと思う。
 女のこさえる飯も旨かった。まったりと、のんびりとして、さほどカネに苦労することもなく生きることができる。まあ、昔の女は捨てなくてはいけないが、あれは化粧もしないと見られたもんでもないし、あれも相応の年になったのだから、わかってくれるだろう。それにまったく捨てるといったものでもないし、光の君よろしく、たまに行ってやれば喜ぶだろう。いいじゃないか。オールラウンド・ハッピー。
 というところで、男は死にたくなったのだと思う。もういいよと思ったとき、そのまま古女房のもとに戻った、と。
 大阪の女は若いのだろうし、男を愛してもいたのだろう。そしていつか別の男に飯をもって、それはそれで幸せに暮らせのだろう。幸せ、いいじゃないか。
 男はそうは生きられないし、そうは生きられない女もいる。それが奈良の女の生きる姿でもあった。
 幸せに生きられる人はいい。不幸のなかに老いていくエロスを見つめる男というものもある。
 そういう女もいる。そのあたりの裏の物語を、その次の第二十四段は描いている。そこでは別の男と幸せを見つけたはずの女が、突然すべてを捨てて死に疾走する。
 この続く第二十四段物語が第二十三段の裏の物語だということも、世阿弥は見抜いていた。
 
 

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2012.04.08

ジェファーソン聖書

 米国のティーパーティ(茶会党)は日本では右派・保守派として見なされ、日本でリベラルと称する人たちが攻撃の対象とすることも多いようだが、ティーパーティ(Tea Party)は、1773年のボストン茶会事件(Boston Tea Party)に由来したもので、その史実を見ていくと、もしかすると日本でリベラルと称する人には、歴史的な背景をよく理解していない人もいるのかもしれない、と思うことがある。
 ボストン茶会事件は1773年12月16日、当時英国の植民地だった現在の米国、マサチューセッツ州ボストンで、英国議会による植民地の紅茶関税を規定する茶法(Tea Act)に反対した現地の人々が、示威行動として、ボストン港停泊中の英国東インド会社の商船に侵入して船荷の紅茶箱をボストン湾に投棄した事件である。英国は東インド会社の紅茶関税を排することで紅茶輸出の拡大を望んでいたが、ボストンの貿易商(実質は密貿易)には不利益となるものだった。
 茶法は直接重税を課すものないが重税と同じ効果を持つことから、現在のティーパーティは「税金はすでに十分取られている(Taxed Enough Already)」の略として、国税強化への反発のシンボルともしている。
 ボストン茶会事件が歴史的に重視されるのは、米国独立の大きな要因となったからだった。英国はこれを機にボストンを軍政下に治めたが、植民地側が反発して自治権(市民による市政権)を主張するようになった。翌年1775年、ボストン郊外レキシントン・コンコードで英国軍と、自治権を主張することで市民となり武装した民兵が衝突した。傭兵もいた。これが1783年まで続く独立戦争となった。余談だが、「米国独立戦争」は現在の英語では"American Revolutionary War"、つまり「市民革命」として理解されている。その意味でフランス革命などに並ぶものして米国では理解されている。
 独立戦争・市民革命には、市民という意識を鼓舞するためには大義やシンボルが重要になる。それは市民=民兵に命をかけさせるため大義である。市民に対して受容な事項として、あたかも教育勅語や戦陣訓のように朗唱させる必要がある。その目的で起草されたのが独立宣言である。1776年7月4日、大陸会議(the Continental Congress)によって採択された。そこで7月4日が独立記念日となる。
 なんだか世界史の講義のようになり、「日本に関係ないっす」の声が聞こえそうだが、毒皿気分でちょっと独立宣言を読んでみよう。


We hold these truths to be self-evident, that all men are created equal, that they are endowed by their Creator with certain unalienable Rights, that among these are Life, Liberty, and the pursuit of Happiness.

我々にとってこの真理は自明である。つまり、人は生まれながらにして平等であり、侵されることのない権利が天から与えられている。それには、生命、自由、幸福の追求がある。

That to secure these rights, Governments are instituted among Men, deriving their just powers from the consent of the governed, That whenever any Form of Government becomes destructive of these ends, it is the Right of the People to alter or to abolish it, and to institute new Government, laying its foundation on such principles and organizing its powers in such form, as to them shall seem most likely to effect their Safety and Happiness.

この権利を守るために国民は政府を設置するのだから、政治の権力というものは、支配される側の国民の同意に基づいている。それゆえ、どのような形であれ、政府が国民の権利を守るという目的に反するなら、国民は政府を変更し、廃止し、新しい政府を樹立する権利を持つのである。新しい政府の樹立は、国民の安全と幸福が最大になるような形で、権力機構を構成されることになる。


 意訳っぽい、あるいは誤訳かもしれないが、大意はそんなところ。
 すぐに気がつくように、これは福沢諭吉の「学問のすゝめ」と日本国憲法前文の論理と同じである。逆にいえば、米国独立宣言の精神が、明治時代の大ベストセラー「学問のすゝめ」を作り、その理解の下地で米国占領軍が「日本国憲法」を作ったのである。日本人の民主主義と国家の基盤の直接的な源泉が、ここにあると言ってよい。
 米国の現在のティーパーティもこの厳格な権力への警戒意識をもった独立宣言を理念としているという意味で、文脈上日本国憲法の理念とも通じるところが大きい。日本国憲法が日本のリベラルとって重要なら、米国のティーパーティとも通じるというものだ。
 さて、この独立宣言文を書いたのが、トーマス・ジェファーソン(Thomas Jefferson)である。第3代米国大統領でもある。ティーパーティに支持されるジェファーソンの思想が米国を作り、敗戦国日本の国家の仮構を作り出した。ちなみに、米語の発音だと「ジェファスン」になる。
 ではジェファーソンという人は、どんな人だったのか? どうしてこんなこと考えたのか? その精神的な支柱というのはなんだったのか?
 ジェファーソンは1743年4月13日、現在のバージニア州オールバーマール郡シャドウェルで農園主の息子(10人兄弟の3番目)として生まれた。9歳のとき、長老派が経営する学校に通い、ラテン語、ギリシャ語、フランス語など語学に加え、乗馬や博物学を学び、15歳には著名な教師のもとで博物学など諸学を学んだ。16歳でウィリアム・アンド・メアリー大学に入学し、ここでジョン・ロック(John Locke)、フランシス・ベーコン(Francis Bacon)、アイザック・ニュートン(Isaac Newton)など英国経験論の影響を受けた。卒業後は、弁護士となり、政治家となった。
 政治家なんだから、当時の政治の中心課題である独立問題に関わり、独立宣言を書いても不思議はないようだが、なぜ彼が書いたのかというと、このあたりずばりと記した参考文献はないようだ。そこで私は考えるのだが、ようするにジェファーソンは、英国の当代風の教養があったからではないだろうか。
 すると、ジェファーソンの思想といっても、当時の自然思想や博物学、啓蒙主義といったものにすっぽり含まれ、それほど深い特殊な思想背景があったわけでもないだろう。当代きっての教養人ではあったが、オリジナリティのないという点では凡庸な人だったのではないだろうか。
 いや、凡庸な人間というのは、なにか凡庸を迫るべき大きな精神的な重圧のようなものを負っているものである。ジェファーソンのように、ただの凡庸とも思えない人物には、なにかがありそうなものだと見ていく。まず、自身が記したとされる墓碑銘が気になる。自画自賛がこのあたりに噴出していそうだ。

HERE WAS BURIED THOMAS JEFFERSON
AUTHOR OF THE DECLARATION OF AMERICAN INDEPENDENCE
OF THE STATUTE OF VIRGINIA FOR RELIGIOUS FREEDOM
AND FATHER OF THE UNIVERSITY OF VIRGINIA

ここにトーマス・ジェファーソンは埋葬されている
米国独立宣言の作者にして
信教の自由のためのバージニアの法の作者
そしてバージニア大学の父


 どうやら、ご本人としては、「RELIGIOUS FREEDOM」(信教の自由)を重んじたというのが人生の功績だったと思っているようだ。
 まあ、信教の自由は、英国経験論の影響を受けた人間なら当然の意識であるが、米国独立宣言文を含めて、ジェファーソンにはどことなく宗教っぽいねっとり感がある。彼は、いったい宗教というものをどう考えていたのだろうか。ニュートンのようにユニテリアンで、そしてなにか変な宗教観を実はもったのではないか?
 あった。「ジェファーソン聖書(Jefferson bible)」である。ジェファーソンは、既存の聖書を切り貼りして自分の聖書というのをこっそり作っていたのである。
 といっても聖書全体にわたる作業ではなく、新約聖書の福音書についてである。4つの異なる福音書がそれぞれ別個にイエス・キリストを描く状態と、どれもに奇跡が含まれているということが、英国経験論として許せなかったのだろう、とてつもなく。

 福音書を統合しようという情念の原形は、福音書の調和・統合をもたらした「ディアテッサロン(Diatessaron )」の作者タティアノス(Tatianos)が有名である。彼は、ユスティノス(Justinos)の弟子筋の、2世紀のシリア生まれの神学者で、現在の四福音書構成を作った、同時代のエイレナイオスの敵対勢力だった。
 そのためタティアノスは異端(Encratites)ともされた。ちなみに、ユスティノスの神学はフィロンの系譜にあると言ってもよく、その意味でタティアノスの思想が異端なのかは再吟味が必要かもしれない。この話題は、「ディアテッサロン」を組み込んだ「ペシッタ聖書(Peshitta)」にも関連する。
 いずれにしても、そうした統合福音書を作成しようという情熱は、正典を軽視するということで異端の特徴とも言える。
 ジェファーソンとそのジェファーソン聖書も異端なのではないだろうか? ジェファーソン聖書にはいったい何が書かれているのだろうか?。
 内容は、ジェファーソンが設立したバージニア大学から公開されている(参照)。タイトルは「The Life and Morals of Jesus of Nazareth(ナザレのイエスの生涯と教え)」である。


CHAPTER 1
1: And it came to pass in those days, that there went out a decree from Caesar Augustus, that all the world should be taxed.
そしてその時代、全世界に課税せよとの勅令が皇帝アウグストから出された。

2: (And this taxing was first made when Cyrenius was governor of Syria.)
そしてこの課税当初、クレオニがシリアの総督であった時代に実施された。

3: And all went to be taxed, every one into his own city.
そして、だれもが課税のために、それぞれ自分の町に行った。

4: And Joseph also went up from Galilee, out of the city of Nazareth, into Judaea, unto the city of David, which is called Bethlehem; (because he was of the house and lineage of David:)
ヨセフも、ガリレアの町ナザレを出て、ユダヤのダビデの町であるベツレヘムに行った(ヨセフはダビデの家系であったから。)

5: To be taxed with Mary his espoused wife, being great with child.
彼は、子供を宿した正妻のマリアともに課税されるためであった。

6: And so it was, that, while they were there, the days were accomplished that she should be delivered.
そして、彼らがそこにいる頃、マリアは出産日となった。

7: And she brought forth her firstborn son, and wrapped him in swaddling clothes, and laid him in a manger; because there was no room for them in the inn.
そして彼女は初子の男の子を産み、布でぐるぐる巻きにして飼い葉おけに横たえた。宿には空き部屋がなかったからだった。

8: And when eight days were accomplished for the circumcising of the child, his name was called JESUS.
そして、男の赤ちゃんにさずける割礼の8日となり、この子は「イエス」と名前が付けられた。


 つ、つまんない。
 というか、これは欽定訳聖書のルカによる福音書とまったく同じ。切り貼りしているから、オリジナルの聖書以上ことは原則として含まれていない。ジェファーソン聖書で重要なのは、彼がなにを削除したのかということだ。この部分でいえば、処女降誕の話をばっさり切り捨てたのだった。
 すると復活もないんじゃないか。そのとおり。エンディングはこうなっている。

61: Then took they the body of Jesus, and wound it in linen clothes with the spices, as the manner of the Jews is to bury.
それから彼らはイエスの遺体を受け、香料とともに亜麻布で巻いた。イエスを埋葬する儀礼であった。

62: Now in the place where he was crucified there was a garden; and in the garden a new sepulchre, wherein was never man yet laid.
彼が磔刑となった場所には庭があり、庭には、まだ誰も葬られてない新しい墓所があった。

63: There laid they Jesus,
そこにイエスを横たえた。

64: And rolled a great stone to the door of the sepulchre, and departed.
そして、巨石を墓所の入り口まで転がし、立ち去った。


 終わり。イエスは磔刑となり、共同墓所に埋葬されて、おしまい。え?
 復活はなし? なし。
 この部分は欽定訳ヨハネによる福音書とほぼ同じ。違うところもある。つまり、削除された部分がある。63の後の次の部分が削除されている。

therefore because of the Jews' preparation day; for the sepulchre was nigh at hand.
なぜならユダヤ人の準備の日だったからだ。墓所は近くにあったからでもあった。

 準備というのは「過越(Passover)」であり、共観福音書とは異なり、ヨハネによる福音書ではイエスの磔刑は、過越の犠牲の羊に模されて14日、過越の前日になる。この部分についてジェファーソンは、「復活に関連する話は削っちゃえ」としたというより、「共観福音書と合ってねーじゃん」と思ったのだろう。でも、共観福音書の文章は採用していない。
cover
The Jefferson Bible
Smithsonian Edition
 ジェファーソン聖書には、処女降誕も復活もない。他、奇跡もない。偽科学批判の人たちにもご納得の一冊ということになる。たぶん創造論も含まれていないのも、お得。ご購入は……これがマジで販売されているのである。スミソニアン博物館のお土産にもなっている(参照)。
 マジでこれを聖書の代用としている人もいるだろうし、米国議会の宣誓式でこれを使ったら……どうなると思いますか? 
 無問題。というのは、1904年には米国議会自身がこのジェファーソン聖書を出版し、新選出の議員のプレゼントとして配布していたのである。マジ!(参照)。
 ジェファーソンはいったいどういう宗教意識を持っていたのだろうか? ユニテリアンではないがそれに近いことは本人の証言がある(参照)。総じていえば、キリスト教風味の理神論宗教ということだろう。
 理神教、いいじゃないか(井之頭五郎の声で)。
 ただ、それはおそらくジェファーソンの秘密でもあった。こっそりとした背徳もあった。そもそも理神教なら聖書を必要とするわけもない。
 そう考えると、ジェファーソン聖書の意味はくっきりと見えてくる。処女降誕や復活や奇跡を否定せずにはいられなかったのである。理神を背徳として生きる人物は他にもいる。小説にも描かれている、イヴァン・ヒョードロヴィッチ・カラマーゾフとか。
 
 

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