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2012.03.16

吉本隆明が亡くなった

 吉本隆明が亡くなった。未明に地震があり、あの震源はどこだったんだろうと思ってテレビの音声を聞いているときに、訃報を聞いた。
 まあ、お年だからなと思った。糖尿病を抱えヘビースモーカーで87歳というのは大往生の部類ではないか。彼の死についてはかねて理解している以上のことはないなと思って、ぼうっとしていたら、自然に涙が出て来た。ツイッターにも吉本の死のことは書くまいと思ったが、堰を切ったように連投してしまった。
 僕は吉本さんに個人的に会うことはなかった。知人が吉本さんの本の編集などをしていたので会うこともできないものでなかったけど、まあいいかと思っていた。自分が若い頃、自暴自棄になって自分の学んだことをすべて放り出したいと思ってプログラマーになって、ヴェイユのひそみもあって工場でファームウエアのアセンブラプログラムとかしているとき、吉本さんの本の、宮沢賢治に触れたところで、知識人は知性を罪責と思い自分を滅ぼしたいと願うものだがそれはダメだ、というようなことが書かれてたのを読み、それではっとして人生の転機になった。それが救いのようなものだったかどうかは、わからないけど。
 大学院にいた頃、教授の指示もあって反核ビラを撒いたことがある。世界から核兵器をなくそう、それがどんなにいいことかと思ったが、奇妙な違和感にぶつかり、それだけが原因ではないが、さまざまな青春の蹉跌といったものに遭遇した。その中心にある違和感のようなものは、その後、吉本さんの「反核異論」(参照)で心に形を作るようになった。吉本隆明の本を読むようになったのは、20代の後半、80年代半ばだったと思う。
 パソコン通信を通して知り合った全共闘世代のかたから、その時代のことを伺い、そしてその時代に生きていた吉本隆明の姿も知った。雑誌・試行は新宿の紀伊国屋でも販売しているので毎号買っては読んだ。それから、どんどんと吉本隆明に傾倒した。たぶん、団塊世代的な吉本隆明への傾倒の、いちばんしっぽにあるのが私ではないかと思う。自負とかではぜんぜんなく、時代的な文脈で理解できた最後ということ。
 吉本隆明がどういう人だったか。友だちの奥さんをかっさらって、60年代安保闘争で拘置所にぶちこまれ、70年代には昼寝をしていたという人。戦後、おまえさんはなにをしていたのかと問われたら、二人の娘をせいっぱい育てていたという以上はないな、と言った人。買い物かごをさげて、近所のスーパーでほうれん草をかっておひたしにし、味の素をふって醤油をかけるのが旨いという人。そういう人だった。そういう人であることの意味を問いかける人だった。
 吉本隆明が格闘した思想家は、親鸞と夏目漱石を上げることも可能かもしれないが、なによりマルクスであったと思う。吉本隆明という人は思想的にはコジェーヴにも近いヘーゲリアンで現代でいうなら、フランシス・フクヤマに近い。だからその根から分かれたフコーを早期に共感から注目もしていた。しかし、なんといっても吉本さんの中心にあるのはマルクスである。千年に一度しかこの世界にあらわれないといった巨匠とも彼は評した。
 吉本隆明が仮に戦後最大の思想家だとしても、千年に一度しかこの世界にあらわれないといった巨匠にかなうものではない。では、その巨匠の生涯というものは何か。吉本隆明は、「市井の片隅に生き死にした人物の生涯とべつにかわりはない」とした(参照)。


市井の片隅に生まれ、そだち、子を生み、生活し、老いて死ぬといった生涯をくりかえした無数の人物は、千年に一度しかこの世にあらわれない人物の価値とまったくおなじである。


市井の片隅に生き死にした人物のほうが、判断の蓄積や、生涯にであったことの累積について、けっして単純でもなければ劣っているわけでもない。これは、じつはわたしたちがかんがえているよりもずっと怖ろしいことである。

 吉本隆明という人はその恐ろしさをずっと表現しつづけた。奥さんの和子さんは、そうした夫を、あなたの背中で悪魔の翼がばたばたと音を立てていると言った。そのとおりだろう。その和子さんがなぜ隆明を選んだのかというと、あの人は立ち小便をしない人だから、とも言った。同じことかもしれない。
 千年に一度しかこの世界にあらわれないといった巨匠も戦後最大の思想家も市井の片隅に生き死にした人物と変わるものではない、ということはどういうことなのか。
 そこから吉本隆明特有の難解さが始まる。彼の難解さには、東工大出の化学屋さんでニートになって遠山啓のもとでカントールを学びなおしたような、鳩山由紀夫風理系頭のせいもあるが、思想というものを、その人の自立に問い詰める本質的な難解さもある。

人間が知識――それはここでとりあげる人物の云いかたをかりれば人間の意識の唯一の行為である――を獲得するにつれてその知識が歴史のなかで累積され、実現して、また記述の歴史にかえるといったことは必然の経路である。

 彼がカール・マルクスについて述べたその評は、そのまま彼の後の親鸞像に繋がっていく。知識がどこまでも高度化する往相が意味を持つのは、歴史の、無数の市井の片隅に生き死にした人物に帰る還相にある。余談だが、吉本さんの頭ではこれは化学のイメージで描かれているだろう。
 思想家というのは、愚かなものでもある。が、幻想としての価値もあるのではないか。悪魔の翼をばたばたとはためかせて。

そして、これをみとめれば、知識について関与せず生き死にした市井の無数の人物よりも、知識に関与し、記述の歴史に登場したものは価値があり、またなみはずれて関与したものは、なみはずれて価値あるものであると幻想することも、人間にとって必然であるといえる。しかし、この種の認識はあくまでも幻想の領域に属している。幻想の領域から、現実の領域へとはせくだるとき、じつはこういった判断がなりたたないことがすぐにわかる。

 思想がどのように現実への小道を降るかが思想というものの課題である。ヒッキーが歌う「山は登ったら降りるものよ」である。吉本隆明は親鸞に触れ、それは人が渾身の生涯をたどれば不可避の一本道として現れるとした(参照)。ヒッキーなら「自分を認めるカレッジ・私の内なるパッセージ」である。
 だが、その道を避けるのが知と呼ばれるものであり、生半可なインテリが夢想する知の擬制であり、市井への道を閉ざすことで形成された王国であり、知識人ぶって罵倒をコメントしまくる臣民が集う。
 吉本隆明は、そうした風景に、柄谷行人や浅田彰、蓮実重彦、中沢新一らを置いた。前三人については、くずれインテリが崇拝するにふさわしい三馬鹿トリオと言った。それは吉本という食い詰め江戸っ子のユーモアでもあり、蓮実は苦笑しつつも、うっすら畏れた。
 吉本隆明の著作は、多少なりともアカデミズムに触れ学んだものには、田舎素人の馬鹿丸出しに見えるものだ。が、それゆえに馬鹿と呼ぶものは馬鹿なんだということくらい蓮実は賢かったのかもしれない。中沢はその後、糸井重里の実質的な仲介で吉本派に転向し、吉本自身もそれを受け入れていたが、あれは、老醜というものだな。
 宮台真司が出て来たときは、本当の馬鹿というものが現れたと吉本は言った。反面、福田和也は肯定的に評価した。いや、その馬鹿度は同じではないかと私はうっすらと思ったが、ネットの社会だといろいろご信者様の活動も盛んだし、私は吉本さんの芸風を継げるわけでもないので、しだいに口をつぐむことにした。
 吉本さんは、80年代、急に知識人化したビートたけしを横目で見つつ、トークバトルでもしてみませんかと編集者に問われ、もう少し話芸を磨いてからと言っていたが、そこは年には勝てない部分があった。吉本さんの罵倒芸は、からからと快活に市井の人を笑わせるものがあり、それ自体が彼の思想の健全性でもあったのだが。
 あのころ吉本さんは、吉本25時というイベントもやってみた。まあ、失敗でしょ。僕は行かなかったけど、行った知人に吉本、どうだったときいたら、ボートピープルみたいに舞台のわきでお山座りをしているのがよかったよと言っていた。いいかも。いやいいな。その横にじっと座っていたいものだ。
 死というものを問い詰めた吉本さんだが、現実的には死は無だと言っていた。幻想としてはそうでもないのかもしれない。
 ありがとう、吉本さん。倶会一処。
 
 

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2012.03.15

日米欧がレアアースで中国をWTO提訴、え?

 日本、米国、欧州連合(EU)が13日、共同して中国のレアアース(希土類)輸出を不当に制限について世界貿易機関(WTO)に提訴(紛争解決手続き)をした。中国が設定したレアアースの輸出税で各国企業が貿易上の不利な扱いを受けているというのである。
 中国を国際ルールに載せるためにいろいろな手を打ってますというポーズが米国に必要なんだろうなと聞き流していたら、朝日新聞を除いて大手紙がこの問題を社説で扱っていて、むしろそのことに驚いた。
 ざっと各紙社説を見ておこう。読売新聞社説「レアアース提訴 中国はWTOルールの順守を」(参照)より。


 レアアースは、ハイブリッド車や省エネ家電のモーターなどに不可欠な材料で、中国が世界生産の9割を占めている。
 中国は2010年からレアアースの輸出規制を強化し続けている。「環境と資源保護のため」と主張するが、自国企業に有利なように資源の囲い込みを狙っているのは明らかである。
 輸出規制で需給が逼迫した結果、レアアース価格が急騰している。日本や米欧企業の生産に支障が出ているのは問題だ。
 中国の輸出規制を放置すれば、企業生産への悪影響が一段と広がる。他の新興国などでも保護貿易主義の台頭を誘発しかねない。

 中国のレアアース規制で世界の企業に支障があるとしているが、よく読むと問題は「レアアース価格が急騰」であることは押さえている。

 今回の提訴を主導したのは、今秋の大統領選で再選を目指すオバマ米大統領である。
 大統領は、製造業復活や雇用拡大を掲げている。最大の貿易赤字国である中国との公正な競争のルール作りを訴え、選挙戦で主導権を握りたい考えだろう。

 背景に米国大統領選があるとの指摘だが、妥当なところだろう。
 毎日新聞社説「中国WTO提訴へ レアアースの確保急げ」(参照)の基本線は読売新聞社説と同じ。

 政府は中国政府に対し、改善を求めてきたが、変化の兆しはない。こうした情勢の中、政府が問題をWTOに持ち込んだことは、国際的な紛争処理ルールにのっとって、公正で透明性の高い解決を目指すものとして評価したい。
 もっとも、今回は米国の政治的思惑も拭いきれない。対中貿易赤字が膨らむ米国では、中国の経済政策に対する不満が高まっている。大統領選を控えるオバマ政権は、中国に対する強硬姿勢を示す必要があったと思われる。

 危機管理の文脈から中国依存への転換も指摘されている。

 尖閣諸島沖での中国漁船衝突事件が起きた10年秋には、2カ月にわたって対日輸出がストップし、レアアースが外交カードに使われたとされる事態も起きた。レアアースは、付加価値の高いハイテク製品で活性化を目指す国内製造業の命運を握るものともいえるだけに、中国依存一辺倒からの脱却を急ぐ必要もある。
 商社などが、カザフスタンやベトナム、インド、オーストラリアなどでレアアースの資源確保を進めつつある。政府の支援で後押しする必要があるだろう。代替技術の開発や家電製品からの資源回収などにも一段と力を入れてほしい。

 常識的な議論に見えるが、その実情を背景にしているわけではない。
 産経新聞社説「中国とWTO 規範破りに厳しい対応を」(参照)は産経らしい風味があるというくらいで他紙と主張の方向に違いもないので省略し、日経新聞社説「圧力と対話で中国に譲歩促せ」(参照)だが、基本は同種の主張であるものの、外交上の問題を注視している。

日本が中国をWTO提訴するのは初めてで、対中通商政策の転換点ともいえる。日米欧が共同歩調をとったことで中国への圧力は格段に高まった。国際ルールを使い、案件ごとに是非を問う今回の判断は正しい。
 ただ、圧力だけでは問題は解決できない。日本にとって大切なのは資源の安定確保だ。WTOでの議論とともに、中国との対話も並行して進める必要がある。

 面白いのは実質ダブルスタンダードを勧めている点である。

 米中の間には経済政策について幅広く話し合う、米中戦略経済対話の枠組みがある。それに比べ、日本と中国とのパイプは不十分だ。表舞台で高めた圧力を背景に、政府は中国から譲歩を引き出す対話を深めてほしい。

 以上、今日まで沈黙している朝日新聞を除き、大手紙社説間で大きな意見の相違はない。中国を国際ルールに載せようという点と米国の外交戦略の一環であるという点である。別の言い方をすれば、資源問題ではないというのが明瞭な形ではないものの押さえられている。
 比較にフィナンシャルタイムズ社説「レアアースについての誇張された脅威(The overstated fear for rare earths)」(参照)を読むと、レアアースだから稀少というイメージに反して、希少性の問題とは言い難いことを明言している。

China’s market dominance has less to do with the rarity of these minerals - they are not all that rare - than with better standards elsewhere having made Chinese supplies particularly attractive. Other countries and companies are belatedly developing new sources of rare earths.

中国の市場支配は、これらの鉱物資源の稀少性に関連しているというより、他所にはましな基準があるせいで特段に中国の供給に旨味があることに関連している。これらの資源は稀少ではない。他国と企業は遅ればせながらレアアースの新資源を開発している。


 レアアースは、ようするに中国品が安いから中国に集中していたわけで、安さの原因は環境規制の緩さにある。
 フィナンシャルタイムズとしては、今回提訴受けて中国が規制強化を弁明にしたが、あながち外れているわけでもないとも指摘している。それでも貿易ルール上は問題がないわけでもないから、提訴もよいだろうと展開して、日本の大手紙と似たような主張に落としている。ただし、米国大統領選といった読みについては言及していない。
 話はそれだけのことだが、ちょっと面白い指摘もあった。

Weak demand from stagnating economies has put downward pressure on prices. Last year, buyers of China’s rare earths did not use up the available export quotas.

経済停滞による需要弱化は価格の下方圧力をもたらしている。昨年の、中国のレアアース購入者は、入手可能な輸出割当てを使い切っていない。


 例外もあるのではないかとは思うが、フィナンシャルタイムズが指摘しているように、現実はレアアースが入手できないと騒ぐほどことはなく、むしろ逆に、世界経済の停滞で資源価格の低下が問題になっていた。
 とすると、逆に見ることも可能だろう。価格維持のために、中国は市場と需要を見つつ規制を強化しているのはないか。
 レアアースと限らず、世界経済停滞による需要弱化は石油などにも及んでいるはずで、石油危機も多分に同種の演出がありそうだ。
 
 

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2012.03.14

アルファブロガー・アワードの終わり

 アルファブロガー・アワード2011の会合の案内をマルチメールで徳力さんからいただいて、こっそり参加してみたい気がしていた。隠れてという意識はない。ブログも形式上匿名でやっているけど隠れていたいという意図ではない。初代ASCII-NETでsigopもしてたしNiftyでsyopもしててネット歴が長く、そのころのハンドルを少し変えたみたいなつもりでいた。あのころは20代から30代でもありオフ会とかもよく出ていた。IPの仕組みもわかるのでネットに匿名もないだろとも思っていた。アルファブロガー・アワード2011については、一つの終わりの風景を傍観してみたい気がしていた。少し悩んだがその日、地域の会合があってそっちを優先した。
 「極東ブログ」という名前は冗談だった。自分のイメージとしては鉄人28号的なレトロな昭和のイメージと欧米への距離感を込めたものだが、ネーミングだけで右翼だと思っている人が多いようだった。私は吉本隆明に傾倒したせいもあり戦後左翼の偽善を嫌悪しているせいかいわゆる反リベラル的な主張が多いのだが、そうした戦後が消失したせいか、私を右翼だ保守だと思う人もいるようだった。ブログの世界というのは、そういうものだった。つまり、よくは読まれないのだ。
 それと、ブログというのは、ちょっと精神に問題のある人を引き寄せてしまう仕組みでもあるんじゃないかというのと、そういう仕組みにいずれにせよ関係している自分の精神の歪みのようなものも感じた。率直に言うなら、自分のブログは自分の成長というか生き方においては見事な失敗だったし、その責任は自分にあると思っている。
 アルファブロガー・アワードの初回に選出されたとき、まあ、そういうものですかという感じと、こっそりと、じゃあ、アルファブロガーというものになってみますかという思いがあった。ブログが大衆化していけば、大宅壮一がテレビ文化を予見したように、いずれくだらないものになるだろうというのはわかっていた。Niftyの掲示板から2ちゃんねるの掲示板の変化は大衆化ともに避けがたい。
 では、ウォルフレンが推奨したようなインナーなコミュニティあるいは旧態依然の知的組織みたいなものがあればいいのではないか、というのもあるだろう。それでもせっかっくだし、ブログというメディアがなんであるか、そしてブロガーというのはなんであるか。それを自分の活動から定義してみようではないかとも思った。ソクラテスがいなければ「哲学者」も「哲学」も定義できない、というほどでもないけど。
 ちょっと気取った言い方をすれば、ブログなんて糞ばかり、ブロガーなんて馬鹿ばかりという人がいずれぞろぞろ出てくるのだから、そういう人の前に立ちはだかるようなブログとブロガーはできないものだろうかと思った。既存のメディアや知の制度というものに対立するなにかの知的存在ではありたいと思った。
 有名になろうとも思わないし、これでビジネスにする気はさらさらなかった。もともとそういう器の人間でもない。でも、ブロガーというのになれるんじゃないか。そんな感じ。
 その結果についてはよくわからない。結果というのは、単純な話、世の中の評価のことだし、世の中というのは、消費社会にあっては消費の仕組みとして整合したものでないといけない。いや、だとすれば、これも見事な失敗だった。他のアルファブロガーさんのように本を出してみますかなんていうオファーはなにもなかった。(いや、一つ文庫の後書きを書いた)。
 では、アルファブロガーなんて、いいことがひとつもなかったかというと、それもよくわからない。よく、読まれなかったし、消費社会との整合は失敗した、として、では、読まれなかったか、というと、これは小林秀雄が言ったことだが青年は隠れるし読者は必ず存在する。その惧れのような手応えはあった。戦時に吉本隆明が決心したこととして、世の中の変化ときには声を出そうというのがあったが、世界が日本が大きな転機を迎えたとき、一人の人間として、独立した声を出してみようとは思った。私という人間はそうした声をじっと聞いて生きて来たせいもあるし。隠れた青年が本当に隠れていたというのも一興かと。
 民主主義の国家がどうあるべきか。いろいろな議論はあるだろうけど、絶対的な条件は、そこに複数の声があることだと思う。複数の声というのは、異なる複数の声であって、数の多寡ではない。数の多寡を問うような世論の空気が醸され、熟議に見えるものがどれほど「正義」を掲げてもただいずれかのイデオロギー派の従属を問うだけになったら、そうじゃないんだよ、僕はこう思うんだよ、という声を上げなくてならない、というのが市民の務めだろう。私という隣人があなたという市民と暮らしているという声を上げなくていけない。
 そしてできるだけ、その声を残しておくことも重要だと思う。ブログの記事は参照可能に蓄積して、それ自体が社会の精神的な豊かさなっていけばいいと思う。自分のブログについては、まあ、いろいろ考えたのだけど、僕が死んだら、このブログはココログの有料コースで維持されているので、閉鎖して記録も消えるだろうし、そのことの未練みたいのは特にない。
 現在の自分という点で考えると、アルファブロガー・アワードの頃の気負いみたいなものはない。終わった感はある。ブログも、市民の声というより、ちょっと変わった隣人のぼやきみたいなものでもいいかと思っている。もともとブロガーなんていうのが大したものであっていいわけもないだし。さて、うどんでも食いに行くかな。


 
 

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2012.03.12

今年の3月11日に思ったこと

 昨日は東日本大震災から1年という日だった。振り返って自分はどう思うのかというと、これがまったくわからない。亡くなったかたへ黙祷などもしない。黙祷というのがどういう意味があるのかもよくわからない。なにかの集会で黙祷しましょうと言われたら、特に否定もしないし、ほかの人がするようなしぐさをする。心は空っぽのまま。そういうことは他にもある。日の丸が飾ってあっても君が代が流れていても、さほど関心を引かない。そうする人がいても、あるいは反発する人がいても、まあ、いいんじゃいのくらい。
 自分の心が幼いからだと思うのだが、震災については、まずもって恐怖の映像が心を去らない。風化もしない。メディアを通して見ているのに、自分の最期となる瞬間が訪れてきたようにリアルに想像してしまう。
 NHKニュースの報道だったが、自動車に閉じ込められて洪水に流されていく人がいた。あれ、あの人、このまま死んじゃうんじゃないのか、ええ?と恐怖に思って見ていた。たまたまそのときツイッターしていたら、同じことを思う人がいて、やはりそう感じるよねとも思った。あのとき、映像があのまま切り替わったけど、あの人、生き延びたんだろうか。これで自分は死ぬのかと絶望して死んだんじゃないだろうか。そういう最期というのは、自分も含めて、人間の人生の真相みたいなものなんだろう。
 ざっくり言っていいのかわからないが、自分はこれだけの災害をどう理解していいかまったくわからず、ただ呆然としてしまう。とりあえず、自分は生きているのだから、生きていくというくらいでしかない。どこかでたぶん、ぶつんと終わるのだろうとは思う。災害か病気か事故か。
 大災害の大きさがよくわからないと言ったものの、よくわからないというのは、死が迫るありかたであって、その観点から見ると、災害というのはそれほど特徴的なことではないのではないかとも思っている。この感覚はあまり他人に通じないので、言っても詮無いかもしれない。
 先日、7日だったらしいが、タレントの山口美江さんが一人亡くなった。51歳とのこと。私より少し若いが私の世代の人。私は山口さんにさほど関心はなかったが、それでもずっと記憶に残っている。芸能界を引退して、アルツハイマーで寝たきりの父親を独り身で介護していたらしい。母親は彼女が16歳のときに白血病死んでいる。そして今度は山口さん自身が孤独のなかで亡くなった。死因は、今ニュースを見直すと心不全とある。事件性はないらしい。
 不幸な人生だったか。それは本人でないとわからないものだし、自分の人生を幸福と見るか不幸と見るかというのは、案外本人の認識の問題であったり、自由意思による選択の問題だったりする。
 ただ自分と年代が近いし、そのくらいの年代差の嫁さんを貰っている人が多いので、同じくらいの年代の女性で恋愛して別れた女性のこともふと連想する。あるいはそういう女性のこととして幻想する。山口さんは、個人的にはまったく知らないが、世代的には自分と若いころ恋愛とかしていても、完璧に不思議ということはないような幻想もあるからだろう。
 自分がかつて愛して、でもなんか別れた女性が、そういう末路であったとする。それはどういうことなんだろうと考える。妄想と言えば妄想だし、自分に関係ないよという話でもある。基本的に言うなら、あるいは原則的に言うなら、みなさんお幸せにお暮らしくださいねとは思う。そして、その幸せというのは、結婚して子供があって、社会的にステータスを得てということだろうか。
 タレントの清水由貴子さんのことも思い出す。彼女も自分と同世代のタレントだった。明るい笑顔はずっと覚えている。2009年、ちょっと調べると4月20日だったが、父親の墓前で自殺した。彼女もたしか未婚で、母親の介護をしていた。なんとも割り切れないような感じだけが残った。
 芋づる式に他の人も連想はするのだけど、そうしたなんとも理不尽に見える死についても、自分はいつも呆然と立ち尽くす。ただ、自分とその人たちとの距離感だけが、呆然を曖昧にする。
 その曖昧とした呆然の、霞んだ霧の向こうに何万人も、理不尽な死に遭遇した死者がいる。おーい、こっちこっち、と呼ばれているようにも思う。
 黙祷、あるいは哀悼。よくわからない。ご冥福、というのはなんか違うような気がする。自分とその霧に冥界の境のようなものはないし、冥福というその幸福が見えずに祈るしかないほど自分は隔絶されているようにも思えない。
 
 

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