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2012.03.10

ぴょんぴょん

 僕の前に座った女の子にメニューを手渡すと、彼女はいろいろと見て迷い、結局ザルうどんにしたようだった。僕はカレーにしていた。注文が終わるとほかにすることがなく、僕はぼんやりしていた。彼女はケータイを見ていた。メールのチェックだろう。ケータイには緑色の、柔らかな直径3センチほどの玉がついていた。
 最初にカレーが来た。それからザルうどんが来た。なんとなく目が会ったので、「うどん、コシがありますか?」ときいてみた。やっぱりうどんにすべきだったかなと思っていたのだった。
 けげんそうな顔というのではなかったけど、彼女は何を問われているのかわからないようだったので、「固いですか」と付け加えた。
 「ええ」と彼女は言う。
 「うどん、好きなんですか」
 「ええ」
 会話はそこで終わるはずだった。彼女が僕に「カレー、好きですか」ときくことはないだろう。まあ、そのとおり。
 ふとした間があってから、彼女は「名古屋のうどんが好きなんですよ」と言った。名古屋?
 文脈がよくわからなかった。「きしめん?」ときいてみた。「いえ、普通のうどんです」。
 普通?
 いや、そんなことを問い返してもなんだなと思って、うなづいてからカレーを食べながら、このカレーだって普通といえば普通だなと思った。そう思っているあいだ、僕の目は彼女のケータイについている、あの柔らかそうな緑の玉を見ていたのだろう。「何か変ですか」と彼女は言ったのは、私の目線を追ったのかもしれない。
 「それ、なんですか?」と僕は緑玉を指さした。彼女のほうが、え?という顔をして、まるで初めてそこに緑玉が存在することに気がついたみたいだった。
 「それ触ってみていいですか」と言った自分に自分で驚いたが、彼女はケータイをもって、それを僕の前にぶらんとぶら下げたので、手を伸ばして親指と人差し指でつまむように触ってみた。たしかに柔らかい。二度ほどつまんで、つい、ぴょんぴょんと言ってしまい、目に突然砂が入ったように後悔した。
 ぴょんぴょんはないだろ。ぴょんぴょんは。
 「ありがとう」と僕は言って、カレーに専念することにした。幸い、彼女は微笑んでいるふうでもある。
 彼女はうどんを食べているのだが、あまり見ないようにした。僕はといえば、頭のなかで、ぴょんぴょんとまだ言っている。指の感触が残っている。ああ、あれだと思う。あれだ。あれはなんと言うのだろうと考えて、われを失っているのを彼女が、落とし物これですよ、みたいな顔で見ていることに気がつき、ぴょんぴょん、と口をつく。なんてこった。
 「なにが、ぴょんぴょんなんですか」
 「蛙、です」
 「蛙?」
 「緑の蛙」
 話が成立しない。カレーの味もよくわからなくなってきた。
 「蛙のおもちゃなんですよ」
 「蛙のおもちゃ?」
 もう絶望的な気分。
 「ゴムでできた蛙のおもちゃなんですよ」
 「それが?」と彼女はくちごもる。
 「蛙のおもちゃに、そのしっぽみたいがあって、それに、そのやわらかい玉みたいのがあって、それを摘むと、蛙の足がぴょんぴょんとするんです」
 それで通じるわけないだろ。「そのお、緑の玉がポンプになっていて、そこからこう空気を送ると、蛙の足に空気が入って、その、ぴょんぴょんと」
 「はい」と彼女は小さい声で言って、ケータイについている緑の玉をあらためて見る。
 「あ、いえ、それに空気が入っていると思っているわけではないし、それにケータイが蛙だと思っているわけでもないんですよ。ただ、なんか、似ているなと思って」
 「そうなんですか」
 「ええ」と僕は言って、なんとなく照れ笑いして、この場を終わりにしたいと神に祈る。ついでにこのまま世界が終わってもいい。
 それを察してか、またうどんとカレーの世界が始まり、そして終わる。
 では、と言って、すべてが終わるはずだったのに、彼女は「さっきの話のおもちゃ、おもしろいんですか?」ときいた。
 「あ、おもしろいということでもないんですよ」 何を話しているのだ僕は。
 「ぴょんぴょんと跳ねるんですよね」
 「ええ」と僕は答えるのだけど、どうも何かが間違っている。
 「ひとつ、きいていいですか」と彼女は言う。外人なら、シュアとかオフコースとか答えるところだが、「ええ」と間抜けに答える。で、ご質問は?とは言わない。
 「蛙とそのポンプは細いパイプのようなものでつながっているのですよね」
 「ええ、緑のビニールのパイプです。それで、こう、こっちから空気が送られて、ぴょんぴょんと」
 「するとパイプの長さしか、蛙は跳べませんよね」
 「そうですね、たしかに。たしかに、そうです」
 「その場で、ぴょんぴょんとするだけですか」
 「そういうことになりますね」
 「おもしろいんですか?」
 言われてみると、そんな蛙のおもちゃの何が面白いのかわからなくなってくる。
 困惑した僕の顔を彼女は察して、「でも、おもしろいんですよね」ときく。
 「ええ、ぴょんぴょんと」
 「ぴょんぴょんと」と彼女が言う。
 気まずいような沈黙が1秒くらいあってから、彼女は笑う。はははは、こりゃ僕も笑わないとしかたがない。死にたい。
 「その蛙のおもちゃって、名前あるんですか」
 「名前ですか。考えたこともないです。現在売っているかどうかもわからないです」
 「そうですか。なにか残念な気持ちがしますね」
 そして本当に残念な感じがして僕が沈み込むと、彼女は、ケータイのそれを、つまんで「ぴょんぴょん」と言った。私は笑った。
 話はそれで終わり。僕に神様のお恵みを。
 
 

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2012.03.09

[書評]Living With the Himalayan Masters: ヒマラヤの師匠と暮らした日々(Swami Rama: スワミ・ラマ)

 米国では有名なヨガ行者スワミ・ラマ(Swami Rama)だが、あまり関心を持ってこなかった。ビートルズやミア・ファロー、カート・ヴォネガットの先妻などがかぶれたTM(超越瞑想)のマハリシ・マヘーシュ(Maharishi Mahesh)や、あのヘンテコ衣装とかでもオウム真理教に影響を与えたかに見えるバグワン・シュリ・ラジニーシのような類型ではないかと私は思い込んでいたのだった。ニューエージ思想に関連したインド思想は敬遠していた。
 反面、ラーマ・クリシュナ(Ramakrishna Paramhansa)やラマナ・マハルシ(Ramana Maharshi)、スワミ・ヴィヴェーカーナンダ(Swami Vivekananda)、オーロビンド・ゴーシュ(Aurobindo Ghose)などそれ以前から日本読まれてきたインド思想家の著作・言行録などは特に違和感もなく読めるものは読んできた。
 その中間的とも言えるパラマハンサ・ヨガナンダ(Paramahansa Yogananda)の著作では「あるヨギの自叙伝」(参照)が面白いと思ったし、コルカタを旅行したときは、ラーマ・クリシュナとパラマハンサ・ヨガナンダのゆかりの地の訪問した。関係者にお会いもした。
 とはいえこうしたインド神秘思想みたいなものに、全般的には一定線以上心惹かれることもなかった。しいて言えばジッドゥ・クリシュナムルティ(Jiddu Krishnamurti)はかなり傾倒したし、ヨガはB.K.S.アイアンガー(B.K.S. Iyengar)のメソッドを米人から学んだりしていた。

cover
Living With
the Himalayan Masters
Swami Rama
 スワミ・ラマについてはちょっと先入観で誤解していたかなという反省もあって、彼自身の自伝ともいえる「Living With the Himalayan Masters: ヒマラヤの師匠と暮らした日々」(参照)を読んでみた。当初、有名な本だから古書に翻訳があるだろうと思って探したが、どうもなさそうだった。ついで調べてみると意外にも、スワミ・ラマの本の翻訳というのが見当たらない。クリシュナムルティの本の翻訳も少なかったころを思うと、いずれ出てくるのかもしれないが、あまりの少なさに不思議な感じもした。
 本書だが、なるほど面白い本だった。書名のとおり「Living With the Himalayan Masters: ヒマラヤの師匠と暮らした日々」が描かれている。基本となる話は、スワミ・ラマが少年から一人前のヨガ行者となるまでの物語である。読んでみると、日本人からすれば、ヨガの行者というより、お寺のお坊さんと小僧さんの日常というイメージに近い。寺に預けられたやんちゃ小僧がお坊さんになる物語でもあり、一休さんみたいな逸話も出てくる。
 ヒマラヤ地方の自然や暮らしなども描かれていて、それらも興味深い。もちろんと言うべきなのだろうが、聖者や奇蹟の話もいろいろ出てくる。サイババみたいな聖者はヒマラヤにはいろいろいるようだ。
 小僧が師匠のもとで学ぶ話で、しかもヒマラヤ、というと、チョギャム・トゥルンパ(Chogyam Trungpa)の「チベットに生まれて―或る活仏の苦難の半生」(参照)を連想する。神秘思想がどのように僧院で指導されているのか、その教育システムはどうだろうか、とも関心を持った。が、そうした面は本書には、あまり描かれていない。むしろ、小僧がお師匠様から言われていろいろ旅して、あちこちの聖者に会って学んだという話が多い。言葉や書物による指導ではなく、聖人と一対一に学んでいくといくのが「知」のシステムとなっているようだ。そうした点では、グルジェフの「注目すべき人々との出会い」(参照)にも似ているし、たぶん、グルジェフもこうした僧院や聖者との遭遇はあったのだろう。
 スワミ・ラマのお師匠さんが、どこそこの師匠に学べ、とかいうとき、師匠同士はどうも「知」のネットワークを形成しているようにも見える。そしてそのネットワークは聖人とも関連がありそうだった。無名の聖人から、ラマナ・マハルシやオーロビンドなどもグラデーションのように描かれていたし、マハトマ・ガンジーもそのグラデーションに収まっている。
 本書を読みながら懐かしく思ったのは、パラマハンサ・ヨガナンダの「あるヨギの自叙伝」にも出てくるババジである。スワミ・ラマの師匠の師匠に関係しているらしいが、はっきりとは読み取れない。コルカタ地方を基点とした聖者伝説が曖昧に書かれているのかもしれない。つまりというべきなのか、マハー・アヴァターババジ(Mahavatar Baba)と同一視されているようでもある。たぶん、パラマハンサ・ヨガナンダの系譜の分岐点であるラハリ・マハサヤ(Lahiri Mahasaya)との関係もあるのだろう。
 本書の最終部では、スワミ・ラマが師匠から指示され、師匠の師匠に会いにチベットに向かうという話がある。なぜ師匠の師匠がインドではなくチベットにいるのか、というのがよくわからないが、読みながらテオス・バーナード(Theos Casimir Bernard)のことも思い出した。
 1906年生まれの米人バーナードは、1936年にインドに行ってヨガを学ぶのだが、短期間でハタ・ヨガを習得した後、その師匠からこれ以上の技法はチベットで学べと言われ、現在では紅茶でも有名なシッキムから、その地方のラマのつてでチベットの僧院に入り、そこで高度なヨガを学ぶのだが、年代からすると、スワミ・ラマ小僧時代と重なる。地域も当然関連している。
 バーナードはその後、米人初のチベット仏教徒となるも紛争に巻き込まれて死ぬが、スワミ・ラマの本書でも、彼がスパイに間違われて身を危うくする話がある。おとぎ話のような物語が、リアルな歴史と接触する興味深い部分でもある。
 そういえば、日本人初のヨガ行者中村天風が縁あって、ヒマラヤ、カンチェンジュンガで修行したのは1912年である。天風は師匠をカリアッパ聖人としているが、彼のヨガもスワミ・ラマのヨガに近いものがある。修行を脚色して描いた「ヨーガに生きる―中村天風とカリアッパ師の歩み」(参照)には共通点も多いように思えた。が、こちらの本は案外、スワミ・ラマの本などをネタにしていないとも限らないだろう。
 本書の世界、インドの神秘思想、というといかにもインド的な、ヒンズー教の神話や古代仏教が論敵とした外道思想などを連想するが、キリスト教もけっこう出てくる。どうやら近世以降のヒンズー教的な世界はキリスト教と融合している部分がある。読みながら「なんじゃ、これは」という奇妙な印象も持ったが、歴史を振り返っても、インドと近世西洋キリスト教の関係は深い。そういえば、パラマハンサ・ヨガナンダの師匠でもあるスワミ・ユクテスワ・ギリ(Yukteswar Giri)も「聖なる科学―真理の科学的解説」(参照)でインド哲学と聖書の神秘の融合を説いていた。
 インド神秘思想とキリスト教の融合といえば、よくあるシンクレティズムではないかと思いつつ、スワミ・ラマのヒマラヤ山中での洞穴暮らしや洞穴僧院などの記述を読んでいると、意外と初期キリスト教のほうがこれらに近いものだったのかもしれないと思えてくる。ギョレメ岩窟教会などの実際は、こうしたヒマラヤ隠者たちと類似していたのかもしれない。
 本書は、スワミ・ラマの思い出話を散漫に詰め込んだという印象があり、実際の自伝の代替にはならない。スワミ・ラマは晩年セクハラ問題で訴訟を受けたり、また青年期に結婚していて子供もあったらしいことが伝えられているが、後者については本書にその仄めかしとも思えるような記述もあった。彼は30代まで、そしてたぶん結婚のころまでは、ヨガ行者というより学僧に近かったのではないか。南インドで古典の講師もしていた。彼はハタヨガに近いこともするのだが、どうもその体系で身体を鍛えたというよりボディビルもしていたようだ。もっともプロティンを取っていたわけでもなく、筋肉もりもりというものでもなそうだ。

 本書の最終部では、ヒマラヤに戻ってヨガ修行を再開し、修行の集大成として、11か月の洞穴閉じ込め修行がある。すさまじい修行で、こういう逸話のパロディをオウム真理教もやっていたのだろう。
 その後、彼はお師匠様の命令でドイツや日本、米国に派遣される。ほぼ無一文で世界に放り出されるという話だ。米国に拠点を作るための足がかりで日本で半年過ごしてもいた。その日本での仮拠点は"Mahikari"(真光)だった。
 真光側の受け入れ担当は"Yokadasan"とある。「よかださん」とは不可解だが真光の指導者とあるので、岡田光玉のことだろう。スワミ・ラマの話では岡田がヒマラヤ聖者の幻視をしたらしいのだが、いずれにせよ、スワミ・ラマの師匠と岡田光玉とは繋がりがあったらしい。岡田側でそれらしい聖者を求めていたのか、それ以前からの繋がりかはわからない。岡田は戦中ベトナムにはいたがインドとのコネクションはなさそうなので、戦後の岡田の活動だろう。
 岡田の「世界真光文明教団」の成立は1963年。スワミ・ラマが来日したのは、1969年になる。その後も、スワミ・ラマと真光の関係は続いたようだ。岡田の仲介もあってから、カトリックとの接点もあり、スワミ・ラマは上智大学で講演などもしていた。

cover
次元の超越者スワミジ
ヒマラヤ聖者の教え
(超知ライブラリー)
 1970年代に彼は米国で活動を広げるのだが、その話は本書にはない。当然といえば当然だが、と思っていたら、「次元の超越者スワミジ―ヒマラヤ聖者の教え (超知ライブラリー)」(参照)という翻訳書があった。書名を見るとちょっと引くし、帯に「聖者について学べる格好のテキスト――船井幸雄」とあると、これは手を出すタイプの本ではないなと思ってしまうが、内容は普通に、スワミ・ラマが米国に来た2年後、1972年から弟子となったジャスティン・オブライエンによる、スワミ・ラマの回想録である。
 つまり、「Living With the Himalayan Masters: ヒマラヤの師匠と暮らした日々」の続編として読めてしまう。本書は、さすがにスワミ・ラマのお弟子というだけあって、スワミ・ラマの書籍のような奇蹟溢れる愉快なトーンで書かれている。すっかり心酔者の視点である。文学的な面白さはなく、そのまま読むとトンデモ本という印象もある。が、同時にスワミ・ラマの、テニスを愛好するといった近代人らしいようすも描かれている。
 こちらの本も面白いかといえば面白いし、スワミ・ラマとメンニンガー財団との関わりなども興味深い。こちらにも真光との関わりが描かれている。というところで思ったのだが、スワミ・ラマは真光と関係があるために逆に日本ではさほど紹介されなかったり、運動にもならなかったのかもしれない。
 あるいはそうではないかもしれない。
cover
Path of Fire and Light
 というのは、スワミ・ラマはヨガの行者だし、現代人からすればオカルトにも近い神秘思想を持っているのだが、彼自身は明瞭に科学も意識していた。米国では布教をしていたという面もあるが、それでカルト的な教団を作り上げるというよりは、科学実験に参加している。実際のところ、バイオフィードバック理論の大半はスワミ・ラマに依存している部分がありそうだ。
 スワミ・ラマに関連する興味から、実際に彼がどのような思想をもっていたのか、どのような教説を展開していたのかも関心をもったので、ついでに、「Path of Fire and Light(火と光の道)」(参照)とその続編の「Path of Fire and Light Volume 2」(参照)も読んでみた。
 「Path of Fire and Light」は、主にプラナヤマ(呼吸法)の解説だが、冒頭にこの本は上級者向けなので指導者なくして実践しないようにと注意があった。そこでどんな高度なプラナヤマが説明されているかと思うが、技法としては日本で流布されているヨガの本を大きく超えるものではなく、B.K.S.アイアンガー「ヨガ呼吸・瞑想百科」(参照)でカバーされている。が、説明についてはなるほどと思えるタントラ(密教)身体学的な観点が維持されていて、技法の意味がわかりやすい。ただし注意されているように、指導者なくこれらのプラナヤマを修行するのは危険だろうなとは思った。
cover
Path of Fire and Light
Volume 2
 「Path of Fire and Light Volume 2」は、読んでみるとまったく違った種類の書籍だった。スワミ・ラマが自分の学校で行った講義を文字化したといったもので、こちらはプラナヤマ技法にはまったく触れず、マントラや瞑想の意味について触れたあと、ヨガ・ニドラとしてシャヴァヤトラなどの簡易な修行を説明していた。こちらのほうが初心者向けとは言えるが、マントラなどはやはり指導者を前提としているので、技法的な側面にはあまり立ち入っていない。
 スワミ・ラマがこれらを教えたというのはわかるが、そのスクール(学派)でないとわからないことが多い。もうちょっとなんとかならないものかと、スワミ・ラマ系のヨガの入門書「Moving Inward The Journey to Meditation:内面に向かう。瞑想への旅(Rolf Sovik)」(参照)を読むと初心者向けの実践がやさしく書かれていた。というか、ここまで読んでみて、なんとなく全体像がわかるように思えた。
 わかってどうよ、オカルトなんか意味ないじゃんといえばそれまでだが、十万遍・百万遍念仏の意味やら、葬式の道具となってしまったお数珠だがその修行上の使い方などもタントラの文脈で理解してみると、昔の日本人なら普通に知っていた修行だったのだろうと思えて、じんとくるものはあった。


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2012.03.06

[書評]めまいについての二冊の新書

 人はなぜ病気になるのか。病気をもたらす実体が明らかになれば対処も可能になるので、近代医学はそれを細菌やウイルスとして突き止めていった(真菌の毒性については伝染性がないことで研究が遅れた)。
 ウイルスによる疾患も多く解明されてきたが、まだまだ未知な部分もある。さらにウイルスという実体が原因とは考えづらい病気も多い。例えば、癌によってはウイルスによって発症することもあるが、基本的に遺伝子の変異から起きる。また発生した癌を身体から排除しきれないという点では、免疫の問題とも言える。
 めまいという疾患については因果関係がさらに複雑になる。細菌やウイルスといった実体が関係していないわけでもないが関与は少ないようにも見える。遺伝子変化や免疫の問題ともいいがたい。しかし、日常多くの人が遭遇する病気でもあり、一般書も多く書かれている。病気とは何かという観点も含めて、比較的最近の知見を含んでいると思われるめまいについての二冊の新書を読んだ感想のようなものを記してみたい。

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めまいの正体
 一冊目は「めまいの正体(神崎仁)」参照)である。2004年の刊行だがまだ絶版にはなっていない。読み継がれているかあまり売れなかったかだが、前者ではないかという印象はある。帯に「それは生活全体の赤信号!」とあるように、生活習慣によってめまいがコントロールできることが主旨になっている。本文を読むと「めまいのかなりの部分は生活習慣病である」とまで書かれている。全体の構成もその主旨によっている。

第1章 セルフコントロールをめざして
第2章 めまいを起こすからだの仕組み
第3章 四つの誘因ここにご注意!
第4章 はじめようセルフコントロール
第5章 セルフコントロール可能なめまい
第6章 セルフコントロールできないめまい
第7章 生命にとって危険なめまい
第8章 リハビリテーションと自己評価

 著者はこの分野の専門家ではあるが、肥満や高血圧といった生活習慣に関連深い病気とめまいが同種の範疇に入るのか素人でも疑問に思うだろう。標準的な医療書「メルクマニュアル」(参照)を参照しても、めまいが生活習慣によるといった知見は見当たらないように思える。が、仔細に読み直してみると重篤な病気が原因となるのは5%とあり、そこから類推すると、大半のめまいは生活習慣によると言ってもよいのかもしれない。
 本書では、6章と7章といった後半部でセルフコントロールできないめまいを扱うが、全体としては、めまいをコントロールするための生活習慣の提言となっている。3章では、めまいの要因として、睡眠・血圧・脳循環・ストレスを取り上げている。4章ではこれをコントロールする生活習慣が論じられる。
 読んでいて正直なところ奇異に感じられるのは、それらはめまいというより、普通に「健康」という問題なのではないか。問題設定が正確とはいえないのではないかということだ。「睡眠・血圧・脳循環・ストレスといった生活習慣が問題なのです」の主題には「鬱病」や「肥満」、「心疾患」なども含まれそうに思える。
 また巻末の付録に顕著なのだが、めまいについて、個人の性格と関連した、実質的には「心身症」と見ているようだ。

附録1 何かを受診するか
附録2 めまいの診療手順
附録3 心理検査 ①エゴグラム、②CMI・うつ病質問票、③STAI検査法
附録4 自律訓練法
附録5 認知療法

 率直なところ一種の疑似科学の領域に近い印象ももった。もちろん、睡眠・血圧・脳循環・ストレスを管理するのは健康によいのだから、よいではないかと言えないことはない。
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薬も手術もいらない
めまい・メニエール病治療
 二冊目「薬も手術もいらない めまい・メニエール病治療(高橋正紘)」参照)は今年の1月の刊行で、先の文春新書の書籍から6年が経過し、別の著者ではあるが、同じテーマがどのように扱われているか関心をもって読んだ。結論からすると、文春新書と同じく、生活習慣を問題としている。

 めまいやメニエール病の原因の多くは、実は日常生活のひずみにあり、いわば生活習慣病なのです。ですから生活習慣を正さない限り、根本的な解決や治療はありません。

 率直なところ、それでは文春新書に加えて読むほどの意味はないとも思われた。が、本書では、実際の治療にあたってきた著者の現場感覚のようなものが興味を引いた。

 長らく大学でバランスや揺らぎの研究をしてきた私が、専門知識を患者さんに還元し、さらに研究を深めたいとめまい専門クリニックを開設したのは2006年5月です。以来5年間に、約3000人の患者さんを診察し、治療にあたるなかで、さらにめまいに対する理解が深まり、治療に確信が深まってきました。

 特にメニエール病に焦点を当てている。

 メニエール病の人の内耳には「内リンパ水腫」、つまり水ぶくれの状態ができていることはわかっていますが、なぜそれができるのか、まだ解明されていません。1974年(昭和49)年に厚生省特定疾患(難病)の一つに指定され、専門家によるメニエール病調査研究班が発足、以来40年近く研究が続けられていますが、わからないことがあまりにも多い病気です。


 メニエール病治療の現状は惨憺たるものです。現在盛んに行われている治療では、残念ながらメニエール病は治りませんし、それどころか副作用や後遺症を残すことすらあります。特に、私は次の3点に大きな疑問を持っています。
 第一は、無効な薬が何の疑問も持たれずに、20年以上も使い続けられていること。
 第二は、一時的な効果しか得られない手術が、一部の医療機関では、ひんぱんに実施されていること。
 第三は、後遺症のリスクの高い治療が、安易に実施されていること。

 ざっと読むと、標準的な医学に挑戦するトンデモ医学といった印象があっても不思議ではないが、本書は多数の臨床経験に加え、医学的な基礎をもって書かれていて、これらの疑問の正当性には説得力がある。
 実際の治療だが、書名のように「薬も手術もいらない」として生活習慣の改善が提起されている。内容は、文春新書よりも一歩進めて、有酸素運動も提起している。帯に「めまいは寝てても治らない」「3000人の患者を『ウォーキング』で治した!!」とあるように、有酸素運動として「ウォーキング」が指示されている。だが、実際の治療の説明を読むと通常のウォーキングよりも負荷は高いように思える。
 私の読後の印象だが、本書は臨床を考える上で非常に興味深い事例が多く、その治療法も実績を積み上げつつあることは理解できる。だが、医学的な説明としては納得しづらい面もあった。先にも述べたように、問題設定が明確ではなく、一般的な心身症に還元されているのではないか。また、指示される有酸素運動の効果は、うつ病などにも効果的なのではないか。そうであるなら、疾患の特定がまだ十分にできていないのではないかと思われた。
 生活習慣をあらため運動を生活に取り入れることは健康維持によいことに異論はない。またそれによって治療効果が得られるならよいことだ。ただ、メニエール病の病変が内リンパ水腫であるという点からは単純にヘルペスウイルスのようなウイルスが関与しているのではないだろうかとの疑念は残る。
 
 

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