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2012.01.07

吉本隆明の言う「精神の速度」について

 正月ぼんやりとだが、「精神の速度」ということを考えていた。もはや遠く過ぎ去った時代のこととして吉本隆明「完本 情況への発言」(参照)をつらつらと読んでいるとき、三分冊本(参照)の二巻(参照)と三巻(参照)の後書きが、2008年の2月と3月とで同一のテーマとして「精神の速度」だったことに気がついたのが、きっかけだった。

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完本 情況への発言
 「情況への発言」は分冊本の一巻が出たときに購入したが二巻は購入に失した。三巻はすでに宝島「情況へ」(参照)でカバーしていたので、私としてはいずれ二巻分だけ買えばよしとしてたが、完本もあってもよいかと思いなおして購入しておいた。
 「情況への発言」は吉本隆明の同人誌『試行』の巻頭に連載されていた、その時点の政治状況への提言であった。結果として1960年代から1990年代の、あるいは昭和から平成の歴史も兼ねているともいえる。『試行』は直接購読以外に紀伊國屋書店でも販売されていて、私は1983年から購入して読んでいた。完本として読むのと、状況の渦中で読むのとは随分違うものとも思う。
 吉本隆明の言う「精神の速度」だが、現在振り返ると2008年ころの暢気な時代の話題にも思える。あの頃、了解しづらい理由から、いじめ、親族間の殺人、無差別殺人といった殺伐とした事件が発生していは話題になっていたものだった。
 吉本隆明はこの了解しがたい殺人をもたらす「精神の蒙っている苛立ち(殺気だち)」の起源について、「影響力のある最新の産業の循環の速度がその地域の人間の精神の速度を決定する」ということを思索の基点に置き、そこから「その地域の人間の精神の速度がその速度に違和感をもっていれば、その違和感によって大小ざまざまな苛立ちを喚起するだろう」と述べていた。「そして限度を超えれば精神の失調として、あるいは疾病としてあらわれると考えられる。」とした。言うまでもなく懐かしい吉本隆明節である。
 吉本の思索の基点である「影響力のある最新の産業の循環の速度がその地域の人間の精神の速度を決定する」が、正しいかどうかすら疑わしいとも言えるが、吉本に傾倒した私だからということではなく、50年余も生きてみた人間としては、それは直感的にも正しいように思われた。
 自分なりに敷衍するなら、彼のいう「精神の速度」とはもっと平易に「人生観」と言い換えてもよいだろう。つまり、生まれ、誰かの子供となり、成長し性の開花を経て成人となり、子供をなし、老いて死ぬ、そういうプロセスを所定の手順または所定の速度の結実として了解する、その了解のしかただと言い換えてもよいだろう。
 子供は、いつの時代でもどの社会でも、残酷でしかないかもしれないのだが、「大人になったら何になるか」と問われるものだ。その問いのなかに、その文化における大人と社会、そして人生というプロセスが強制的に前提に組み込まれる。
 結婚はまさにその典型である。人はいつか結婚して、そして子をもち、父なり母なりとなる、とされる。「人間とはそういうものだ」という前提は、その成長を担保する「精神の速度」に依存している。
 すると吉本がここで言わんとしていることはなにか。前段は、人が人生のプロセスを了解できなくなる混乱・困惑によって精神の病理が起こるということだ。問題は後段である。それが、最新の産業循環によって引き起こされる、ということだ。そうなのだろうか。
 吉本はこの点について、「産業の速度はその地域で生産される製品の循環速度群の大きさの盛衰によって決定される」と述べる。吉本思想の文脈では「ハイイメージ論」に属するとは思われるが、ここではその迷宮に入る必要はないだろう。
 理解のために、逆に違和のない「精神の速度」を想定してみる。旧来の日本人の精神の速度を包括するアジアの精神の速度について、吉本はこう大きく補助線を引く。

種子をまき、苗を植え、収穫する時期も大凡おなじであり冬を農閑期とする循環も大凡変わりないところからアジアの人の平穏で温和で、停滞しがちな自然本意の性格が生まれた。

 日本人は、農耕だけと限定されないまでも四季循環の自然に生産の様式を沿うようにして精神の速度を形成し、そして人生の全体時間の概念をその内側に獲得するようになった。そう理解してもよさそうだ。
 この吉本のアジア観は、私にとっては原発事故以降の、あるもやもやとした精神の問題も深く抉り出した。簡単に言えば、福島を中心として農家が2011年の四季を通してどのように農産物を生産するのかということが、自分にとって常に喚起される問題意識でもあった。
 私はその自分の意識をいぶかしくも思った。極論すれば、食物など海外から輸入すればよいではないか。そもそも日本の弱小農家はすでに補助金による保護対象でしかないではないか。だが私の精神・感性はそれを肯んじはしなかった。
 四季の雑草を、樹木を、その花々を眺め、またそこに住まう昆虫や鳥・小動物のことを思わずして、私という人間は生の実感を得ることができない。その感性は、農業というものへの基底的な連結を有していた。反原発といったイデオロギーに私は同調はできないが、その、敢えて言うなら精神の病理は、吉本のいうようにアジアの精神速度というものからすれば、必然的な帰結でもあったことは理解できた。
 TPPへの反感についても、農協などの政治的な仕込みを除いても、農業の神話性をそう単純には棄却できはしないだろうとも思った。農業をすることが生きることであり、大地の生産物を消費することがまた生きることであるという、アジアの精神性は両義的でありながら、依然強固なものである。
 私はここで、吉本のいう最新産業の速度と原発事故を同値しているが、それは以上のようなアジア的なるものへの理解からすれば、されほど乖離したものでもないだろう。
 留保しなければならないのは、吉本のいう精神の速度と生産の速度が問題の基点だというなら、それはそもそも工業生産そのものが本質的に持つ問題である。では、現代・情況の課題として特化できるだろうか。
 この点について一つの前提は、日本にありがちな農本ファシストまたは農本ナショナリストとしての左翼といったものを除外すれば、工業化こそが資本論のマルクスにおける人間の最大課題であったことだ。人がプロレタリアートとして生産手段を奪われた存在となることが資本論の前提であり、社会主義は工業化の達成の自己矛盾による止揚として提示された。
 吉本は明示してはいないが、現在の日本における、日本の理想の絵柄は、昭和後期の高度成長時代である。限定された意味であるが、本来のマルクス的な意味でのプロレタリアートが国家を――政治ではないまでも――経済的に専有した社会主義的な時代である。もっと簡単に言えば、日本人の人生つまり日本人の精神速度は、工業化のある段階までは耐ええたし、むしろそこからナショナリズムの再構築をほぼ完成したのだった。自動車産業に日本の威信を見ているといった神話の登場だったとも言える。
 別の言い方をすれば、実際は社会主義の一形態に近い日本型資本主義が、1980年以降、ポスト資本主義の生産様式に変化し、そこでの速度向上が日本人の精神病理を生み出したと言える。原発についていえば、その時代の忘れられた、浦島太郎の玉手箱のようなものでもあった。
 難解ではあるが、吉本のいう産業循環にもう少し踏み込んでみよう。

ある地域・国家(都市や地域共同体でもいい)のいちばん典型的でしかも最新鋭の生産設備(生産手段)を備えた産業(群)を取り挙げて、その生産者(群)から消費者(群)に時間を、たとえばAなる生産地域のAなる産業で生産されたAなる製品が、通信や交通の機関Aによって消費産業Aに交通運搬され、製品移送時間Aによって消費市場Aに移送され、そこから小売企業またはAの精算時から消費者の手に帰するまでの時間を製品の一循環とすればその平均値(または統計的平均)の値は手易く知ることができる。そのA地域(国家、共同体)の産業の循環期間はその地域(国家、共同体)のすべての精神的な労働行為に対する第一級の支配力の近似性をも容易に計算できるだろう。
 このようにしてわたしたちは日本国における精神活動と産業的循環の相互関係の実体を大過なく把握することができる。それは何人によっても、どんな社会勢力によっても左右されないし従属する必要もない計算できる問題。

 吉本は不用意に難解な書き方をしているとも言えるし、吉本らしい素直な考え方をしているとも言える。いずれにせよ、わかりづらい。
 簡単に言えば、製品が現れそれが消費者に届くまでの時間によって、特定の国家の産業速度が計測でき、その速度が雇用と消費意識(快楽)を規定するということだ。
 蛇足になるかもしれないが、吉本がこういう手順で考えるのは、この生産の速度が、精神の上部構造に対するマルクスのいう下部構造となるからである。いわゆる浮ついたイデオロギーに左右されることない思想の基盤を彼は常に前提に置いてきた。
 もっと簡単に言ってよいのだと思う。製品を生み出すために素早い速度が求められるなら、私たちの雇用は安定しない。また製品の素早さはその消費の素早さであり、私たちは快楽に翻弄され愛着した製品やサービスを持ち得ない。
 身近な比喩でいうなら、iPad3は中国で生産されアップルの発表の数日後に私の手元に届き、旧型のiPad2は玄関のデジタルフレームになる。
 そうした速度を持つ世界は私たちに、古典的な意味での人生の全体像を与えはしない。精神を大人から老人へと深化させることはない。大人とは権力か財力を所有することが問われ(それで性が交換され)る存在であり、老人とはただ若者から唾棄される老醜へと変化させらる。若者は快楽の速度に追われて自滅していく。
 私の粗暴な吉本理解はそうはずれてはいないだろう。吉本はこの文脈をさらにこうつなげていくからだ。

わたしの想像を遙かに超えた第一の要因は、消費産業(第三次産業)の担い手である通信・情報担当の科学技術と、その空間、時間の均質化とその能力である。


この情況はわたしなどの貧弱な創造力をはるかに超えた。ことに学的には少しの思いつきを追ったにすぎないと思えることが莫大な富の権力と結びつきうるという事態の怖さを見せつけた、とわたしには思える。

 ライブドアの事件やフェイスブックの興隆などを想定してもいいだろう。

 現在のことろ嘗て戦中にそうであったとおなじように、この情況に素直に無意識によろこんで乗っているのは、二十代、三十代の若者だけだが、この地域の空間と時間の無境界化の拡大に対応したり対抗したりする思考や思想もわたしたちはもっていない。古典的戦後の後進ナショナリズムが幅をきかせているのだ。

 ここでは、ホリエモン対亀井静香を想定してもいいだろうし、後進ナショナリズムは左翼と言い換えてもいいだろう。

凡庸な認知学がこれを謳歌し後押ししている。唯脳主義は名前を変えて唯〈お笑い家〉と合致する。

 ここは浅薄な科学・啓蒙主義や社会問題を心理機構に還元する学門芸者といったところだろう。
 こうして「精神の速度が病理をもたらす」という問題を提起した吉本だが、展望の暗示はしていない。浅薄な捨て台詞を吐く程度で終わっている。
 明白に言えることがあるとすれば、農本ファシストや農本ナショナリスト、つまり、左翼的な言辞で構成されたユートピアに未来などはないということだ。
 高速な産業循環を否定することなどできはしない。iPad3は普及するだろう。書籍のデジタル化が進まないのは、それが精神性の齟齬を起こす前線に見えるからであって、結果自体が描けないものではない。それは先行した米国の状態からでもわかる。
 この産業の高速化のなかで、人間が再び、その人生の総合的な意味を獲得することが可能なのか。私にはわからない。私について言えば、人間なのだから、そうする意外ないだろうというだけだ。
 そして吉本隆明から私が学んだ、人間が生物的に十分に人間である幻想領域が対幻想であるというなら、人はなんらかの形で家族を志向するしかないだろう。それは伝統的なものであるか血族を離れた連帯であるか、浅薄なイデオロギーを廃してなお根の深い部分で問われなければならない。
 
 

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2012.01.06

「○○○は絶対反対」主義の蔓延をどうしたものかな

 ブログのエントリーで正月、「年頭にあたり云々」みたいな話題もありかなあと思いはしたが、書いても詮無しという感じがしたのと、危機煽ったり嘘臭い希望を語ったり、ありがちな世代間闘争とか消費税云々とかいうお決まりのお題をこなしたりとかにもうんざりしたのでゲームばっかりしていた。とはいえ、お節やお雑煮を食い過ぎて伏せりながら、いろいろ思うことはあった。一つは「○○○は絶対反対」主義の蔓延をどうしたものかな、と。
 昔もそうだったといえばそうかもしれないが、小泉政権のあたりから、「○○○は絶対反対」という人が多くなったような気がする。たぶん、昔からあるのだろうけどネットの利用者が拡がることで目に付くことも多くなったのではないか。
 以前の話だが沖縄で暮らしたころ、久茂地「りうぼう」で買い物をすると向かいの県庁の前でよく反戦運動とかの座り込みやデモを見かけたものだったが、妙に小規模なものだと思うことが多かった。たぶん定例会のようにやっているのだろうし、それがいい悪いとかいうものではない。だが、あれをテレビや報道写真を通して見ると、それなりに反対運動らしい絵柄に仕上がっていた。へえと思ったものだ。揶揄しているのではないよ。メディアを通すと「絵」ができるものだなと思ったのだった。
 その絵を描くメディアの機能が現在ではインターネットも分担しているということではないかな。ツイッター世論とか。ブログのコメント欄のご熱心なかたとか。
 別の言い方をすれば、少数派の意見をある程度自動的に抑制したりマスメディアで取りあげたてネタにしたりして、それなりに世論っぽいものを作り上げてきた――つまりそれもまた幻想ではあるのだろうけど――ということだったのだろう。メディアの変遷でその産出も変化してきたのだろう。繰り返すけど別にそれがいい悪いといったことでもない。
 形式としては「○○○は絶対反対」という形式が多いなとは思う。そして、率直に言って、その形式だとそれだけで、うへぇうんざりと思うようになった。
 TTP絶対反対。原発絶対反対。消費税アップ絶対反対。八ッ場ダム再開絶対反対。女性天皇絶対反対。歴史修正主義絶対反対。偽科学絶対反対。社会格差絶対反対。米国覇権主義絶対反対。中国覇権主義絶対反対。などなど。
 思うのは、それらは、絶対反対な「私」というのを各人が主張したいのだろうということ。いや主張というより、昆虫が特定の状況で仲間や異性を呼ぶために独自の臭いを発するように、仲間がここにいるというシグナルを発するという機能が「絶対反対」なのではないか。ツイッターとか見ていると特に昆虫の世界みたいだし。
 「絶対反対主義」になると言説というか言葉というものが、「オマエも絶対反対なんだろうな?」という審問にしかならなくなる。言葉が相手に「踏み絵」として提出され「さあ、踏むや否や」というキリシタン狩りという江戸時代の状況になっていく。踏んだら、あるいは「絶対反対主義」の絶対に抵触しそうな意見を言おうものなら、罵倒・中傷の嵐になってくる。
 もう言葉が内容伝達や議論として機能しないのだからそうなると黙るしかない。それだけの覚悟をしても発言するのが言論の自由なんだというのもあるかもしれないが、まあ、私のような小心者には無理。
 そもそも民主主義というのは、それを成立させる前提に対しては厳格な規定はあるものの(暴力で言論を封じてはダメだよとか)、基本的に利害対立を前提にして、どう妥協を図るかということが課題になるものだ。民事事件なんかも同じと言っていいのではないか。判決という正義よりも示談が求められる。だから「絶対反対主義」ではなく、反対条件を提示してそこから話合っていかなくてはいけないと思うのだが、なんとも、どうにもならないご時世になった。
 この「絶対反対主義」という、率直に言うと一種の精神病理がどうして蔓延してしまったのか。先にシグナルと書いたけど、基本的にシグナルとしてしか機能しないし、そのシグナルの機能は昆虫みたいに「群れること」。人が基本的な社会連帯を失って孤独になっているということの裏返しなのだろう。
 人間なんて誰しも突き詰めれば孤独なものだし、その上で「人はみな一人では生きていけないものだから♪」みたいなところで妥協する。妥協が社会制度でもあるわけで、その妥協で「自分の孤独も腹八部」みたいに我慢するものだが、そういうのが難しくなってしまった。
 もう一つはルサンチマンだろう。怨恨。嫉妬と言ってもいいのかもしれない。自分と同じような能力のある人間が偶然ラッキーなポジションにいると、それを見て、社会は間違っていると思うのもしかたない。それも一定の条件で諦める類のもののようには思われる。諦められないというのは、その相手への憎悪(ルサンチマン)があり、連帯の欠落というのも、やはり孤独や連帯の欠如ということだろうか。
 実際のところ「絶対反対主義」の主張者がそれを満たしたとしても、さほどその個人にメリットはない。それが満たされないと世界の終わりのようにパニックを起こすのかもしれないし、それなりに多少社会パニックが起きるということもあるかもしれないが、だからといって「絶対反対主義」の人が特別ということはない。
 「じゃ、どうすんの」というのも正月つらつらと考えた。
 「承認」ということかな。孤独のシグナルというのは、承認欲求のシグナルでもあるのだろうし、日常的な承認が得られないことで「絶対反対主義」にドツボってしまったのだろう。
 地域社会やそれを少し超えたところで、各個人が上手に妥協的な承認を得るような制度というのが、これからの日本に求めらるのではないかと思う。あるいは、承認欲求が「絶対反対主義」みたいなうるさいものにならないようにするとか。プチ承認ゲームとか言ってもいいかもしれない。
 具体的にというなら、あまり商売っ気をださないでリアルと関連があるソーシャルゲームみたいのがよいのではないか。あるいは、そういうソーシャルゲーム的な要素を含んだコマース(商法)みたいなものもあるかもしれない。
 考えてみると、ブログなんかもそうしたプチ承認ゲームではあるんで、このブログなんかも、日本のブログ論壇とかいうより、「絶対反対主義」者さんがお熱を上げないように、プチ承認ゲームのぷちぷちしたところにすっこんでいるほうがいいだろうな、とか、思った。
 どや?(プチ承認)
 
 

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2012.01.05

[書評]蜂蜜パイ(村上春樹)

 一昨日の晩なんとなくラジオを聞いていたら、少し気になる感じの女性の声で朗読があった。何だろうかと思ったがすぐにわかった。熊の「まさきち」といえば、村上春樹の短編「蜂蜜パイ」である。2000年に出版された「神の子どもたちはみな踊る」(参照)に収録されてる。声は松たか子であった。しばらく聞いて、そして結局その回を全部聞いた。翌日に続きがあったが聞き逃した。が今朝の最終回は聞いた。7日の午後にその二回分の再放送があるらしい。

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神の子どもたちはみな踊る
 一昨日の晩、途中だった朗読の先が気になって書棚から「神の子どもたちはみな踊る」を取り出し「蜂蜜パイ」を通して読んだ。
 村上春樹の短編集の中ではこれがもっとも優れているだろうと私は評価しながらも、最後に置かれているこの書き下ろしの「蜂蜜パイ」は失敗作ではないかとも考えていた(他短編は「新潮」連載)。だが、松たか子の朗読を聞きながら、そうは簡単に割り切れない部分と、今になって思い至ることがいくつかあった。自分でも意外だったのだが、最終回の最後の部分の朗読を聞いて思わず嗚咽した。
 以下、この話のネタバレもあるので、未読のかたにはご注意。
 「蜂蜜パイ」という話だが、さほど売れない36歳の純文学作家・淳平が、熊の「まさきち」という即興の創作童話を5歳の女の子・沙羅に聞かせるところから始まる。沙羅は小夜子の娘で、小夜子とその夫の高槻と淳平の三人は、大学の同級生でもあり親しい友だちでもあった。朗読では松たか子の声が小夜子のイメージによく合っていた。
 浪人して入学した一歳年上の高槻は、大学一年の新学期にすぐ淳平に友だちになるように声をかけた。小夜子へもそうだった。高槻を介して三人は友情を育んだといえばそうだが、そこには漱石の「こころ」にも似た三角関係がある。
 小説家を志向する淳平と英文学者を志向する小夜子は文学を介して通じ合う心情があり、それは恋愛感情とも言えるものだ。高槻はたまたま文学部に入ったが、後、新聞記者になるように文学への志向も感性もない。高槻も小夜子を愛していたし、早々に高槻と小夜子は性関係を結んだ。それを知った大学一年の淳平は動揺し放心もするのだが、小夜子からの懇願もあって三人は大学時代、また以降もずっと友情を保った。高槻と小夜子は結婚し沙羅を産み、離婚した。
 小説には明示されていないが、高槻は自身と小夜子との恋愛関係に淳平を必要とした。ポジション的にいえば淳平が「こころ」のKになる。だが、漱石の小説とは微妙に異なり、淳平と高槻には自死に追い詰めるような精神の純化といった倫理はなく、小夜子もまた性の欲望に無関係の存在としては設置されていない。その意味で言えば、小夜子は宇治十帖の浮舟に近く、高槻は匂宮、薫が淳平のポジションにある。
 いや、私は不用意な文学趣味をここで述べたいのではない。「蜂蜜パイ」の物語は、源氏物語や漱石文学と類型があることと、身体の性の欲望の意味合いを重視したいと思うだけだ。
 高槻が淳平との友情に小夜子を持ち込んだように、小夜子もまたその友人の女性を淳平の恋人に誘導したという短いエピソードがある。その女性で淳平は童貞を失うのだが関係は続かない。作品には明示されていないが、小夜子は淳平がその女性との関係を挫折するように仕向けたにすぎない。むしろそのエピソードにおいて高槻と小夜子の、大人としての性の欲望が示されるなか、淳平は彼らに愚弄されているに等しい被虐状態にある。にもかかわらず高槻も小夜子もその淳平を必要としている点で、端的に言えば、三人は性の病的な共依存の関係にある。
 この物語はある性心理の病理を描いているが、これが村上春樹文学の特徴の一つでもある。この病理の一つのバリエーションは短編集「螢・納屋を焼く・その他の短編」(参照)収録の短編「蛍」であり、これは後、長編の「ノルウェイの森」(参照参照)に発展して、病理に一つの形が与えられた。
 このバリエーションは失敗であった。それが「蜂蜜パイ」創作の意味になる。年代系列として言えば、「ノルウェイの森」に至る「蛍」の失敗が、もう一つのバリエーションとして「蜂蜜パイ」に至った。その意味で「蜂蜜パイ」の長編化も期待されていた。
 「蜂蜜パイ」を村上春樹の中・長編作系列に位置づけてみる。明瞭にわかるのは、「蛍」から「ノルウェイの森」に至るような発展長編がないことだ。年代的には「蜂蜜パイ」が執筆されただろう1999年には「スプートニクの恋人」がある。この作品の「ぼく」と恋人のすみれの関係は、淳平と小夜子の関係に似ているが、「蜂蜜パイ」の変奏ではない。ただ偶然だろうが、すみれは「ぼく」をKと記しているのが漱石の「こころ」の符牒にはなっている。
 2002年の「海辺のカフカ」(参照)は「蜂蜜パイ」を連想させないが、2004年の「アフターダーク」(参照)には明瞭な関連がある。「蜂蜜パイ」において、小夜子と沙羅を脅かす無名の存在は「アフターダーク」の主題となる悪意と同一である。「蜂蜜パイ」で、高槻と離婚した小夜子と淳平の性交中に、無形の悪意に怯えた沙羅が訪れた後の描写は明示的である。

 その夜、沙羅は小夜子のベッドで眠った。淳平は毛布をもって居間のソファに横になった。でも眠ることはできない。ソファの向かいにはテレビがあった。彼は長いあいだそのテレビの死んだ画面を眺めていた。その奥には彼らがいる。淳平にはそれがわかった。彼らは箱のふたを開いて待っているのだ。背筋のあたりに寒気がして、それは時間が過ぎても去らなかった。

 テレビが点けられ、「彼ら」の側から描かれた中編が「アフターダーク」である。しかし小夜子と沙羅の物語がそこに直接暗示されているわけではない。
 2009年を待って長編「1Q84」(参照参照)が発表される。この物語の、天吾と青豆の関係は、淳平と小夜子の関係が強く投影されている。「蜂蜜パイ」での、淳平と小夜子が初めて性交に及ぶ描写が、天吾と青豆の性交描写と酷似していることからでもわかる。
 引用はしないがその描写はさほど美しもなければ感興も催さない。三十歳を過ぎた男女が、童貞と処女のように、しかしようやく性の欲望に至るといった性交描写は、普通の性の感覚を持つ男女であれば、苦笑の対象でしかない。なのに村上春樹はそうした中年の男女の性の再結合を愛の物語として執拗に描いてきた。この作家はそれが成熟した大人にとって性の病理でしかないことが理解できていない。
 いや、そうした「純愛」が病理であることの一つの克服のプロセスが、「蜂蜜パイ」であると言えないこともない。その超克が「蛍」・「ノルウェイの森」を廃棄して「蜂蜜パイ」を創作した意味であると解することもできる。それは成功しているだろうか。そうは読めない。
 「蜂蜜パイ」の結末において、淳平は怯える沙羅と小夜子を守ろうとし、また小夜子に結婚を申し込もうとするが、他面において淳平は高槻の関係の修復を求めている。小夜子もまたそれを期待している。
 普通の大人であれば、それは沙羅という子との関係において望まれる倫理に過ぎないのだが、淳平も小夜子もその文脈も倫理も理解しているふうはない。少なくとも淳平は理解していない。淳平は沙羅の父となるという自覚はない。
 ぞっとするような性倫理の欠落が物語の根底にある。その欠落は再び漱石の「こころ」を想起される。「こころ」の終末が描くだろう光景を覚えている人はいるだろうか。それは「先生」の自殺ではない。Kと先生と先生の妻となった女の三人が並ぶ墓石である。「蜂蜜パイ」もまた高槻と淳平と小夜子が並ぶ墓石を描き出そうしている。
 私はここでゲロを吐きそうになる。そんなものは理想としたくもない、美しくもなければ文学ですらない、と。だが、その汚辱に似た感覚こそがまさに文学であるかもしれないし、日本文学であるのかもしれない。
 「蜂蜜パイ」の物語は、この私などには嫌悪しか催さない病理的な性関係の追究や、高槻と淳平と小夜子の愛情の再構築が、熊の「まさきち」と「とんきち」という童話の暗喩で、いわばメタフィクションとしても語られている。その関係を取り持つ象徴が表題でもある「蜂蜜パイ」である。
 メタファーの童話には、蜂蜜取りが上手で世慣れた熊の「まさきち」の話の後、鮭を捕るのが上手で世渡りの悪い熊の「とんきち」が登場する。安易なメタファーではないが「まさきち」は高槻であり「とんきち」は淳平である。蜂蜜はまさきちの愛情であり鮭は淳平の文学であろう。小夜子の位置は隠されているが、まさきちの蜂蜜がより付加価値のある「蜂蜜パイ」となる暗喩は、淳平の小夜子への愛と沙羅への家族的な愛ではあるだろう。
 童話でとんきちは動物園に送られる。世間的に孤独にそして心理的にも束縛され、短編作家に限界を持つ淳平自身の一つの自虐としても語られる。沙羅の無意識はそれを察して、まさきちの蜂蜜でとんきちが蜂蜜パイを作って売ればいいのではないかと提案する。小夜子と沙羅という家族愛を淳平が受け止めればよいという暗喩でもある。そこがこの物語のハッピーエンドへの転機を暗示する。
 その転機で物語はもう一つ、小夜子の乳房が象徴として出現する。かつて高槻と小夜子が性関係を結び淳平が懊悩しているとき、小夜子が淳平を訪問し抱擁し、淳平にその乳房を結果的に印象付けた。
 物語の転機では、沙羅の提案で「ブラ外し」ゲームをする。服を着たままブラジャーを脱いでまた急いで装着するという小夜子の一人ゲームである。この挿話はこの短編においてもっとも美しい装置になっている。
 物語において脱いだブラは装着されていなかった。そのことが、小夜子が淳平と性交に及ぶという決意でもあるのだが、実際に彼らの性交においてブラのない乳房が現れる描写は割愛されている。短編なので省略されたのかもしれないが、沙羅を襲う恐怖の場面で淳平がブラを発見するシーンとの整合ができなかったせいもあるだろう。

 眠るのをあきらめてキッチンに行き、コーヒーを作った。テーブルの前に座ってそれを飲んでいるときに、足下に何かくしゃっとしたものが落ちていることに気づいた。小夜子のブラジャーだった。ゲームをしたときのままになっていたのだ。彼はそれを拾い上げ、椅子の背にかけた。飾り気のないシンプルな、意識を失った白い下着だった。それほど大きなサイズではない。夜明け前のキッチンの椅子の背にかけられたそれは、遠い過去の時刻から紛れ込んできた匿名の証言者のように見えた。

 村上春樹の文学を体系的に読んできたものなら、このシーンからは「羊をめぐる冒険」(参照)を思い出すだろう。そこではブラではないが女の残した下着を椅子にかけてその不在が語られた。
 「蜂蜜パイ」のこのシーンではすでに淳平は小夜子との性交を終えている。ブラのない露わな小夜子の乳房を淳平は経験しながら、「それほど大きなサイズではない」として、ブラだけを、その乳房の不在のように鑑賞している。
 性衝動が単純であれば、ブラは乳房を比喩するだけであり、乳房をもった生身の小夜子への愛に至るはずだが、淳平はここでブラと不在の暗示に愛着を持っている。フェティッシュではない。「遠い過去の時刻から紛れ込んできた匿名の証言者」は、あのときの乳房、つまり高槻と小夜子が性関係を結んだ後に淳平に押しつけられた若い小夜子の乳房であるはずだ。
 だがこの文脈で淳平が想起したのは、若い日の高槻であった。嫉妬ではない。不在であり、消耗の暗喩である。

人生という長丁場を通じて誰かひとりを愛し続けることは、良い友だちをみつけるのとは別の話なのだ。彼は目を閉じ、自分の中を過ぎていった長い時間について考えた。それが意味のない消耗だったとは思いたくなかった。

 友情や友情にも近い若い日の恋愛感情が「人生の長丁場」に試される場に、高槻も淳平も小夜子も立たされた。高槻はそこで蹉跌し、小夜子と淳平はそこで再度決意したとも言える。もっともその決意は、「こころ」のような三つの墓石が暗示されてもいるが。
 物語のエンディングは1996年を指している。36歳の淳平と小夜子は1960年生まれ、37歳の高槻は1959年生まれであろう。朗読を聞きながら、私は初めてそのことに気がついた。彼らは私に近い年齢であった。これは私の世代の物語でもあったのだと思った。そして私もまたその年齢で「蜂蜜パイ」の物語に等しい大きな人生の転機があったのだった。自分の経験を記憶として辿るとき、そこに物語として問われるものがある。人は物語なくしてその問いを発することができない。「蜂蜜パイ」に向ける私の稚拙な憎悪と感動の混合はまさに現在の問いの形をしている。
 
 

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2012.01.04

郊外型マクドナルドに行ってみた

 正月帰省ラッシュのピークが過ぎたのか幹線道路は空いているようだった。渋滞に立ち往生もすることもないと思ったら気が抜けて、飯でも食う気になった。うどんか。いや、うどんはないだろ。でも、うどんか。いや、さすがにもう、うどんはないだろと前方に目をやると、m(エム)の看板がある。マクドナルドである。
 ドライブスルーでなんか買うかとも思ったが、ダークな色調の店舗で妙にピカピカとした感じがしたので入ってみることにした。ドアの前に立ってから、それが自動ドアではないことに気がつく。よく見ると禁煙マークがある。入り口に禁煙マークのあるマクドナルドって存在するのか。その違和感が、コインを落としたかのように脳裏に響いた。
 店に入ると、ぷんと化学物質臭がした。マクドといったらすえたショートニングと煙草の臭いだろと無意識に予想していたので面食らう。見回してみて、どうやら新築ということらしい。
 ドナルドがやって来きて、「新築マクドナルドにようこそ。マクドナルド3.3.1 を使うとあなたのルックス、性格、そしてファストフード・エクスペリエンスが向上します。いえ、実は最後の項目だけですが、まあいいでしょう :)」とか言ったりしてね。ははは。
 一人ネタを思いついてくくくと笑うが、まわりは静かである。もしかして開店してない店なんてことはないよな。駐車場にも車は入っていたし、客もいるにはいる。スタッフもいる。なんとも変な感じがするのは学生がいないからだろうか。まあいいや、食えるなら。
 注文カウンターに向かい、メニューを見る。ない。グラコロがない。実は昨年マクドのグラコロの無料クーポン券を貰ってサイフに入れてあるのだが、店舗によってはないのか。メニューに記載されていないのか。聞いてみた(トリビア泉のナレーションの声で)。
 期間限定です、とのこと。じゃ、チーズバーガー。「セットになさいますか?」
 困ったな、セットというがよくわからない。「ポテトがつくの?」「Mサイズがつきます」 まあ、いいや。それとコーヒー。490円。
 二階がある。食い物のトレイを持って階段を上がると、二階は、おや、というくらい明るい。広々として落ち着いている。やたらと広い窓ガラスが四方を囲んでいる。ポスターもない。リア充の若者も当然、いない。家族連れや中年の男女がぽつんぽつんと居るようだ。
 客はまばらだが、ビューのいい席も空いている。これならカウンター席の端っこでひっそり人様に迷惑をかけまいとする、いつもの行動を取らなくてもいいんじゃないかと、ゆったりと窓際の椅子に座る。ここで、え?と思う。
 椅子があるのだった。そりゃ、ある。いや、椅子が動くのである。自動で動くというのではない。手に取って引くと椅子が動くのである。あの、環境型権力とは何かの議論でよく出てくるマクドナルドの椅子ではないということだ。
 それどころか、背もたれはないけど、クッションのきいた椅子すらある。これが、郊外型マクドナルドってやつなのか。へえと思う。世の中変わったな。明るく伸びやかな空間にいると、逃走者も出頭したくなる気持ちがふと理解できる。
 広い窓ガラス越しに街道を行き交う車と青空の拡がる遠景を見つつ、コーヒーを飲む。今日は砂糖とミルクを入れてもいいような気がしてくる。入れる。チーズバーガーをほおばる。これだけは青春時代と変わらないような気がして、やっぱり自分はマクドナルドにいるんだと心落ち着かせる。
 だが、ピクルスが二枚入っている。なんかの間違いだろうか。不安な気持ちになる。遠望、急速に暗雲が立ちこめる。そういえば、昨日の天気予報で、今日は午後雪になると言ってた。スマホを取り出して天気予報を見ると、これから曇、そして雨になるらしい。
 そういえば、この店、Wifiっているのかと試してみると、ない。電波の入り具合は悪くない。むしろ、電波は入りやすいんじゃないか。電波?
 そのとき、後ろで大きな怒号がした。俺は驚きながら振り返った。いや、ちょっと違うか。
 背後から強烈な罵声があったので、俺はまためんどうなことになったなぁ、とか、そういや昼飯も食い終わってないなぁとか色々な思いを巡らせつつも振り返ることにしたのである。いや、そんなラノベ調ではない。
 突然の罵声というものを想像するとき、僕はアフリカの砂漠に忘れられたCDプレーヤーのことを想像してみる。それは恐ろしく空しく、かつては希望であったものの残存なのだ。いや、そんな春樹風でもない。
 空気が、震えた。猛狂うような罵声に振り返ると、郊外型マクドナルドの店内の客たちは凍り付いた。女は腹の底から雄叫びを繰り返した。やはり北方謙三だろ、ここは。
 四十歳は超えている変な格好の女が怒り狂って、「あほか」「なんべんいうたらわかるんか」「ぼけ」とかでかい声で言いまくっているのである。
 もちろん、私は彼女が携帯電話をしているのだと思った。彼女の夫か、恋人か、友だちか、同僚か。ここにいない敵に向かって、何かとてつもない怒りを発散しているのだと思った。そういうことは誰の人生にもある。私にはあまりないんだが。
 半径1メートルということはないが、2メートル圏内の、女の関西弁の罵声は続く。しばらくすれば治まるだろうと高を括ってチーズバーガーを囓ったそのとき、「ぼけ!」と一段と強い声がした。
 もしかして私に怒っているのではないか。もしかして彼女は僕が青春時代心ならずも別れた恋人の一人であるとか……いかんな……振り返ると、彼女の目は私の方向を向いているのだが、ガラスの向こうを見ているようである。遠い誰かを罵っているのだと思ったそのとき、私は彼女が携帯電話など手にしていないことに気がついた。うっぷす。これは強力な電波だ。彼女は見えない敵と戦っているのだ。
 冷静になれ、俺。
 危害があるわけではないし、社会はそういう人々と共存していくべきなのだ。がまんできる範囲ではないのか。「ぼけ!、わからんかい!」 すまん、わからん。
 構図的に、他から見ると、どうも私が罵声の対象のようにも見える。どうも、少ない客も凍り付いたようなテンションで、こちらを盗み見ているようでもある。
 だめ、もう限界。一階にも席があったことを思い出して、引き上げる。というか、さりげなく引き下がる。成功。
 階下の席の隣には、40歳くらいの男が一歳くらいの赤ん坊にハンバーガーをちぎって食わせている。嫁はどうしたのだろうと思うし、もしかするとそこには悲惨な物語が秘められているのかもしれないが、赤ん坊が可愛いので見つめているうちに、店員がなんども二階に上ったり下りたりしていることに気がつく。
 もしかして、マクドナルドのマニュアルにある緊急オペレーション発動なのだろうか。ああいう客をどう対処するのだろうか。いかん、もうワクテカ状態。店内を見渡すと、なぜか英語の注意書きばかりで、トイレもない。トイレは二階か。じゃと、トイレに行くふりでもしてもう一度階を上る。
 女は、さっきと変わらず、怒り猛っているのだった。さっきまであの罵声の2メートル圏内に居た自分の残存を想像してみた。ぞぞぞ。
 まあ、もういいや。手だけ洗ったふりして階下に降りる。食事した気がしない。チーズバーガーは消えている。たぶん自分が食ったのだろう。隣の赤ちゃんが食ったとしてもいいけど。
 Mサイズのポテトは大量に余っている。心のスイッチをオフにしてぼうっとしながら機械的にポテトを食う。なんか青春とかにそういうことあったなとか少し記憶の残骸のようなものがよぎる。
 ポテトにはさして味がない。そういえば、30年くらい前、一つ年上のコリアンの女性とマクドでポテト食ったとき、日本のマクドナルドのポテトにはどうしてケチャップついてないのかしらと言っていた。彼女が暮らしていた米国だと、小パック皿のケチャップが付いてきて、ポテトの先をディップして食うのだそうだ。へえと思ったものだった。でも、日本でもカウンターで頼めばもらえる。この店でも、もらえるかなときいてみたらもらえた。
 マクドナルドでは、ポテト用のケチャップは言えばもらえます。これ豆知識な。
 
 

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2012.01.03

ボードゲーム 「カルカソンヌ」日本語版

 「カルカソンヌ」も今となっては古典的なドイツボードゲームである。2001年に「ドイツ年間ゲーム大賞」と「ドイツゲーム大賞」を受賞した。「カタンの開発者たち」に次ぐエポック・メーキングな作品でもある。非常に面白いし、私の印象だが、ゲームとして数学的に美しい。特にiPadへに移植された版は、音楽、ビジュアル、操作性においても、ワンダホ!の美しさである。

cover
カルカソンヌ
日本語版
 ゲームの題材となった地名「カルカソンヌ(Carcassonne)」は、フランス南部ラングドック地方の、海にも面しスペインにも近いオード県の県庁所在地である。
 ローマ時代にすでにこの地に要塞都市が建設されていた。その後、4世紀のフン族移動に圧迫された西ゴート族(Visigoth)が5世紀にこの地に侵入し、この地をセプティマニアとした。
 453年にテオドリック1世が、現在のカルカソンヌに西ゴート王国の北部の前線の要塞都市を建設した。508年にパリを首都と定めたフランク国王クロヴィス1世が同年、この要塞都市を攻撃したが不落であった。
 725年、バルセロナから侵攻してきたサラセン帝国がこの地を制圧したが、ピピン3世(小ピピン)は759年に奪還した。以降カロリング朝の下、ベローがこの地の領主(伯爵)となり、ベロニド朝としてこの地に君臨する。
 カルカソンヌという地名は12世紀に作成された伝説で説明されることがある。その一例よると、サラセン帝国統治下の時代、カール大帝(シャルルマーニュ)はこの要塞都市を攻め、都市の王バラアチを倒したが、難攻不落の要塞はその王妃カルカス引き継つがれ籠城戦が続いた。カール大帝は要塞の食糧が切れることを期して持久戦に持ち込んだ。5年にわたる包囲戦で要塞内の食糧が枯渇したが、カルカスはそこで一計を案じ、最後に残る小麦で肥えさせた豚を一頭、城外のカール大帝軍に投げつけた。これを見て大帝は城内にはまだ食糧があると思い込み、撤退を決意する。かくしてカルカスは勝利の鐘を打ち鳴らしたという。これで「カルカス(Carcas)が鳴らす(sonne)」で「カルカソンヌ」という地名となったというのである。駄洒落である。伝説には他にカラカスをキリスト教徒に擬すものもあるようだ。実際の名称の由来については「小城」を表す"Castellone"の音変化と見られている。
 近代に復元された城壁都市部は1997年にユネスコ世界遺産として登録された。以降国際的に著名な観光地となり、ボードゲームもそれにあやかったものではないかと思う。
 ゲームはというと、プレイヤーが七並べよろしく、また坊主めくりよろしく、正方形の地形の厚紙タイルを捲ってはルールに従って敷き詰め並べて、カルカソンヌ地方の地形を形成し、その地形の道や都市などに専有の印を置いて得点を得るというものだ。
 得点は、道が繋がることや、城壁都市や修道院を造ること、さらに草原を得ることがある。取得部分には各プレーヤーの駒を置き、得点完成時には印を戻す。各プレーヤーは7つの駒を持つ。タイルが全部敷かれたら終わり。得点は、クリベッジから模倣されたと思われる得点ボードで表現される。
 ルールは「カタンの開拓者たち」などにくらべると易しいともいえるし、一度ルールを理解すれば小学生低学年でもできる。ただそれでも、ルールを読んで理解するのは難しいかもしれない。特に、「草原ルール」は囲碁にも似た雰囲気があり、最終になるまで得点が見えないことが多い。このため最初にするときや、初心者や低学年の子供を含めるときは、「草原ルールは、なしにする」ということもある。
 カルカソンヌには、追加キットがいろいろあるが、私はやったことがない。だが、追加キットとはやや異なる別バージョンの「運命の輪」は持っていて、たまにする。こちらは日本語化されてないらしく、ドイツ語版を購入した。地形が複雑で意外な結果になるというのと、ボード中央の「運命の輪」がゲームに加点や減点の要素を追加する分、複雑になる。
 この「運命の輪」だが、輪を回す役割をするのがピンク色の豚の駒なので、さてはカルカソンヌの伝説の豚を模しているのかとも思うが、そうでもなさそうだ。というのも、「運命の輪」のドイツ語版には同タイトルのヘレネ・ルイーズ・コペルという作家のペーパーバック小説が同梱されているが、伝説をノベライズしたものではなさそうだ。これは別途「Das Gold von Carcassonne」(参照)として出版されている小説と同じものらしい。
 私の購入した版には同梱されていなかったし、同梱されていてもドイツ語の小説は読めない。調べてみると物語は、13世紀を舞台とした歴史恋愛小説のようだ。まあ、修道院なども重要な要素になるのだから、その時代だろうとは思う。
 カルカソンヌは、カタリ派とも関係深く、その要素も物語に含まれているようだ。いや、それはそれで読みたいぞ、その小説。
 
 

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2012.01.02

ボードゲーム「カタンの開拓者たち」日本語スタンダード版

 いまさら「カタンの開拓者たち」(参照)でもないでしょうという人も多いだろう。

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カタンの開拓者たち
スタンダード版
 でも、それなりにプレーしやすい日本語のリニュー版「カタンの開拓者たち(日本語スタンダード版)」(参照)が出たのは昨年4月末だった。いやはや、待ちましたよ。
 率直に言うけど、製品がどういうものか了解している人なら、「カタンの開拓者 携帯キャリーケース版」(参照)や「ポータブル カタン」(参照)でもいいが、初めて「カタンの開拓者たち」をするというなら、この日本語スタンダード版がよいのではないか。それなりにゲームボードも厚く広いし、駒もカードもそれなりに使える。むしろ今の自分としては、別の言葉でもいいからもっと上等な作りのがほしい。
 「カタンの開拓者たち」はボードゲームの世界に革命的な変化をもたらしたともいえるほどの定番ボードゲームで、1995年にドイツの「年間ゲーム大賞」と「ドイツゲーム大賞」を受賞している。現代古典とも言えるボードゲームだし、現在でも当然、面白い。時間はプレーヤーが強くなるにつれ長くなる傾向はありそうだ。一時間では終わらないかな。
 面白いボードゲームだし、入門的なボードゲームでもあるのだけど、初めてプレーする人にとっては、最初は、とっつきにくいかもしれない。ルールは覚えてしまえば難しくはないが、説明書だけで理解するのは難しいだろう。
 日本版販売元のサイトをみると小学生向けの解説書(参照PDF)もあったが、わかりやすいという印象は受けない。製品添付の説明書(参照PDF)も公開されているが、どうだろうか。やはり、最初は知っている人に教えてもらうほうがいいだろう。
 基本のゲームは、六角形のタイルを19枚円陣(ハニカム)に敷き詰めて形成されたカタン島へプレーヤーが開拓者となって入植していくというものである。土地よって資源の産出が、木材・煉瓦・麦・鉄鉱石、羊と異なり、この産出と交易をもとにコストを支払って都市を線上に発展させていく。発展状況に応じて加点され得点で争う。
 資源の産出は二つのサイコロの数で決まることから、よく出る目の確率の土地が肥沃ということなる。だが、初期時点で肥沃な土地は独占できない。そこで、貧相な土地や、資源の偏りなどから、戦略と交渉力が問われることになる。また最もよく出る目は盗賊の対象にもなるので、肥沃な土地は抑制されやすい。
 やってみると、会社経営のように経営ゲーム的にも見えるし、コストと投資の関係が自然に問われるようになる。こういうのきちんとやれば、生産力やコストを無視した理想論とかに振り回されないような市民の教育にもなるのではないか。自由貿易が双方の利益になるときに発生することも、楽しく学べる。小学校の授業で取り入れてるのもお薦めしたい。
 「カタンの開拓者たち」には、英語表示だがiPad版・iPhone版共通で使える電子ゲームもある。ちょっとアメコミぽい感じの、プレーヤーのキャラ絵は好みが分かれるだろう。操作性は悪くない。プレーヤーのキャラはターン毎に「俺の勝ちだぜ」みたいなぶつぶつつぶやく機能もある。現実のボードゲームのプレーも、こんなふうなコミュニケーションも楽しいものなんだが、iPadでやっているとうるさくも感じられる。それでも、iPad対戦とかやってみると、ルールの確認にもなるし、戦略の検証やチャンスのシミュレーションにもなる。
 
 

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2012.01.01

ボードゲーム「世界の七不思議」日本語版

 ボードゲーム「世界の七不思議」(参照)は、2009年の「ドミニオン」(参照)に続き、昨年「ドイツ年間ゲーム大賞 エキスパートゲーム大賞」「ドイツゲーム賞 大賞」「アラカルトカードゲーム賞 大賞」の三大賞を獲得した。評判に押されて日本語版も出たのでやってみた。なるほどの面白さであった。

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「世界の七不思議」
日本語版
 「世界の七不思議」は「ドミニオン」同様、カードが主体なので、ボードゲームと呼ぶのは違うようにも思うが、広義にドイツボードゲームとしてもよいのではないか。やってみた感触はトレーディングカードっぽいドミニオンより、純然たるボードゲームである「エンデバー」(参照)に近い。
 「エンデバー」が出たついでに言うと、このゲームは大航海時代の世界で、「世界の七不思議」は古代ヘレニズム世界である。何回かやってみると、歴史的な象徴の暗喩もよく練られていることがわかって楽しい。
 ボードゲームには詳しくはないのであまり比較はできないが、「世界の七不思議」の資源産出・交易・建設コストという基本の考え方は、「カタンの開拓者たち」(参照)に近く、カタンの建設コスト表が各カード化したような印象もあった。
 ゲームは「世界の七不思議」というだけあって、7名までプレーできる。各プレーヤーは「七不思議」の一つの「不思議」、つまり驚異の建造物に代表される都市国家を受け持つ。具体的には、ギザのピラミッド、ロードスの巨人像、アレクサンドリアの灯台、エフィソスのアルテミス神殿、バビロンの空中庭園、オリンピアのゼウス像、ハリカルナッソスのマウソロス霊廟である。
 日本語では「不思議」と訳されているが、Wondersは「驚異」を覚えるような対象ということでもあり、古代へレジニズム世界の名所旧跡的な意味合いもあった。ちなみに、ギザとエフィソス、オリンピア博物館は実際に行ったことがあるので、親近感も持った。
 ゲームは各人七枚のカードを持ち、一枚ずつ切る。これを三期に分けて使いこなす。一期に六枚のカードを切って(最後の一枚は切らない)、各古代都市の富や建造物、軍事力を通して得点を得る(ピラミッドなどを各不思議を構築しということではない)。
 三期の各期はそれぞれ都市の発展段階を比喩している。特に一期目は、自己都市と隣接都市の産出資源を理解していく必要がある。
 一枚カードを切ったら手持ちの残りのカードは隣の人に渡す。つまり、手札はプレーヤーを流れていく。このことによって相手の情報を読み取ることが可能になる。最初は自分の手札から最適なカードを切って、しこしこと自己没頭型ゲームのようにも思えるが、いや、全然違う。
 面白いのは、局面毎の最適戦略を採っていくと自滅することだ。ゲームの進展シナリオの全体を構想する能力が求められる。また特定の戦法を採っていくのも自滅しやすい。最終的な得点では、「科学」「ギルド」というインフレーションの仕組みが物を言うが、それでも全体的な得点のバランスを志向したほうが強いようだ。
 反面、ゲームに慣れているプレーヤーだと、第三期あたりで混戦というか、いったい誰が勝っているんだ、誰が誰を裏切っているのだというのが、非常に微妙になってくる。基本的に隣接する都市との交易が重要になるが、隣接しない都市で資源や継続カードが止められていることもある。
 いやはや、よく練られたゲームだと言えるが、欠点としては、ゲーム終了で得点計算するまで、誰が勝者かわからないことが多い。しかし、分かってみると「あのときに、糞、してやられたんだ」とむらむらとくる後悔が味わい深い(もちろん、けけけと後から勝利感を味わうこともある)。
 ゲームでカードを切る機会は基本的18回しかなく、プレーヤー毎に順繰りということでもないので、慣れてくるとゲームはさくさくと進む。標準プレー時間30分というのも頷ける。が、実際は難しい局面があり、長考場面が出てくるので30分はちょっと無理かもしれない。それでも、「挽回できないのいつ終わるんだこのゲーム」みたいなぐったり感はないので、つい続けて二回戦くらいにはなる。
 ゲームのルールだが、一度覚えてしまえば、シンボルの仕組みは簡単なので小学生でもプレーできる。が、ルールブックから理解しようとすると極めて難解。
 カタンやドミニオン、エンデバーなどをやっていると、なるほどという類推は効くが、それでも難解。もう少しわかりやすいルールブックに書き換えられないかとも思ったが、具体的に考えてみると思いつかない。最初は誰か知っている人に教わったほうがいいのではないか。
 ゲームは無理なく七人でできるが、四人くらいだとカードの流れと読みが複雑になり一番面白いように思う。二人だけの対戦型のルールもある。
 
 

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