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2012.12.25

finalvent's Christmas story 7

 KFFサンタクロース協会にいくつか裏の顔があることは知っている。SEつまり「サイエンティフィック・エンカレッジメンツ」もその一つと言えないこともない。科学教育普及の看板を掲げているが、本当にそれだけが目的なのか。しかしマリーからSEの支援に行ってほしいという話が夏にあったとき、とりあえず引き受けることにした。その日がクリスマスなのも気がかりだった。
 支援先は、カイロにある英国国教会系のスクールで開催される講演会である。主役は2002年にノーベル生理学・医学賞を受賞したシドニー・ブレナーと、その弟子にあたるサミュエル・ショルマンという若い学者だ。彼もブレナーと同じヨハネスブルグ出身とのことだった。ブレナーの講演は以前一度聞いたことがある。非常に面白かったが、今ではもうけっこうなお年のはずだ。
 10年前と代わり映えのしないカイロ空港に着いてみると、ブレナーは出席できないとのメッセージが入っていた。最初からそういうことだったのかもしれない。結局当日は、ショルマンが一人、ミトコンドリアについての話をした。
 私はといえば、そのあとの分科会の教室に集まった20人ほどの高校生にSEからのプレゼントとしてウレタンで出来た細胞の模型を渡すことになっていた。直径40センチほどのボールで、内部の色とりどりのパーツは取り外しもできる。「細胞」と言われなければ、とても細胞には見えない。生徒に行き渡ったので簡単に説明することにした。
 「細胞を開けてみましょう。真ん中のこれが細胞核です。核膜に覆われています。これを幾重にも壁のように取り巻いているのが粗面小胞体。ショルマン氏が講演で語ったミトコンドリアは細胞核から離れて多数存在しています」など。
 説明していくことで、生徒も細胞の模型らしく思えてくるのではないか。
 生徒の一人が「模型でもミトコンドリアは原核生物のように見えますね」とさりげなく言った。長く黒い髪がコイルのようになっている。ユダヤ系の印象がある。
 私は「そうですね。そしてミトコンドリアのDNAは核のそれと異なります」と、生徒の関心をひいてみる。
 「ミトコンドリアが継いでいるのは母系のDNAだけ。そうですよね」と生徒は答える。
 私は「そうです」とゆっくり答える。
 生徒は私の目を覗き込むように「なぜミトコンドリアは細胞内に共生したのでしょうか?」と問いかける。この年代特有の顔つきだ。こんなとき大人は実は何も答えることができない。
 「科学は『なぜ』に答えるのが難しいのです」と私は言い、言葉を足す。「『どのように』というなら、リン・マーギュリス博士は、太古に二種のバクテリアが細胞に侵入し共生した結果だと考えました。最初の侵入で核が形成され、次の侵入で酸素をエネルギー源にできるようにしたという仮説です。」そう答えながら、昨年11月に亡くなったリンのことを思い出した。年を取ってもチャーミングな女性だった。
 「ハイパーセックス!」うしろにいた背の高い生徒が高い声で叫んだ。
 数名の生徒はまたかという感じで顔をしかめている。
 私はその生徒に「彼女の本を読みましたね?」と問いかける。
 生徒は即答する。「ドリオン・セーガンとの共著ですよ」
 「そうでした。よく勉強していますね」私はその生徒に答え、「しかし、共生をセックスとして理解するのは詩的な比喩ではないかと思いますが」と加える。
 すると先ほどの巻き毛の生徒が「セックスだからこそ、死を受け入れたのではないですか?」話に割り込んでくる。彼はふざけてはいない。
 「どういうことですか?」私はこの子の思いに関心が向く。
 「ミトコンドリアの共生は、多細胞生物にとって死の獲得でもあったと思うのです」
 「アポトーシス、つまり自死のことを言いたいのですか?」
 「仕組みはそうです。問題はその意味です。生命が生きるためにセックスをして死を受けれたのではないですか?」
 「詩的ですね」そう私はつぶやいてみたものの、その先をどう答えてよいかわからない。いつからか、私はそうした問いについて考えることをやめていた。いや、問い続けている自分を認めたくなかった。
 正直に「私にはわからない」と答えた。科学が答える疑問ではないと言うことは控えた。
 背の高い子はまた笑いながら「科学は『なぜ』に答えるのが難しい、のですね」と言う。さほどからかっているふうでもない。
 私は生徒たちを包む何かに自分が問われているように感じた。この生徒たちを生み出すに至った多数の死者たちが、問いかけているのかもしれない、なぜ私はここにいるのか?
 ふと気がつくと、生徒たちは、私が自分の内面に引きこもりそうになったのを少し心配げに見ていた。
 笑っていた生徒も、「気分を害されたのなら、申し訳ありません」と謝った。
 「いや、そんなことはありませんよ」と私は答えたが、それ以上は言葉が詰まった。
 分科会を終えて教室を去ろうとすると、あの二人の生徒が「メリークリスマス」と私に呼ぶように声をかけた。私は驚いて振り返った。
 「そうだったね、メリークリスマス」
 それこそが、ここに来た意味だったのだろう。それこそが、ここにいる『なぜ』の答えだった。
 問いかけ続ける者に祝福は贈り物として与えられる。私も受け取ることになっていたのだった。
 
 

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コメント

私は、人よりかなり本を読んでいないのですが、Finalventさんの話(物語風なもの)は、なんかとても好きです。
素敵な話ですね。本読まない人に言われても嬉しくないと思いますが。
「ぴょんぴょん」は、私のお気に入りです。ひやひやしながら読みました。(笑) 

投稿: | 2012.12.26 08:22

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