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2012.10.28

[書評]ゼロからトースターを作ってみた(トーマス・トウェイツ)

 先日トースターを買い換えたおり、6年くらい使った以前のトースターを分解してみた。正確に言うと、壊れたので分解して直せるかと思ってやってみたのだった。直せないこともない。というか分解修理は二度目だった。バラしてみて、どうしようかと思った。そんなに高いものでもないしと悩んだ。が、買い換えた。T-Falの新しいトースターである(参照)。新品、その後どうか。快適。いわゆるトーストだけでなく、クロワッサンのあっためとか便利だった。あんパンをさくっとあっためても、うまい。

cover
ゼロからトースターを作ってみた
 それはさておき、分解したトースターのポップアップの仕組みの一部に電磁石を使っているのを見て、それなりにメカニカルではなく電子的な制御もしているのだなと思ったものだった。ほかには、これは単純な機械だな、自分でも作れるんじゃないか、とも思った。
 この本、まさにそう思ったトーマス・トウェイツ君のトースター作成プロジェクトの記録である。
 トーマス君は2009年に英国芸術大学の大学院を卒業したというから、まだ20代なのではないか。実際、この本を読んでみると、その冒険譚に、こりゃ20代の馬力がないとできないかなと思う。そしてなにより、彼の専門がアートにあることがポイントだ。デザインと人間の文明への視点が記録のすべてに表れている。
 私など技術屋の倅の技術屋くずれだと、トースターを自作するというとき、ちょっとアキバに行ってきますから、みたいにさくさく行動してしまう。足りない部品は渋谷のハンズとかにも行く。まあ、そんな感じ。トーマス君はそうではなかった。
 英語でよく"from scratch(スクラッチから)"という表現がある。ゼロから作るということだ。本書も副題は"Or a Heroic Attempt to Build a Simple Electric Appliance from Scratch"(参照)である。プログラマーならこの表現は誰でも使う。既存のパーツやライブラリーなど再利用できるものを組み立てるというのじゃなくて、まったくオリジナルにコーディングをするというやつである。トーマス君のトースター作成プロジェクトは、スクラッチからが想定されているのだ。アキバやハンズにゴーというわけではない。
 なぜなのか。トーマス君は、「銀河ヒッチハイク・ガイド」五巻「ほとんど無害」(参照)の主人公アーサー・デントの述懐を引用する。物語のアーサーは未開な惑星に足止めされているとき、自分の文明の技術力でその星の皇帝になることを夢見るのだが、無理だと察するのである。

 自分の力でトースターを作ることはできなかった。せいぜいサンドイッチぐらいしか彼には作ることができなかったのだ。

 トーマス君はこの視点に執着した。本当にトースターはできないものなのか?
 逆に言えば、本書の視点は、私たち現代人が技術の皇帝のような振る舞いをしている実態を暴くための、一つの批評としてのアートの行為にある。そもそも工学的にトースターを再発明しようというプロジェクトではないし、そういう視点で、このプロジェクトを読んでもあまり意味はない。
 実際に本書を読んでみるとわかるが、彼が作っているものは、トースターとは言いがたい。ではなにを作っているのか。
 鉄であり、マイカ(雲母)、プラスチック、銅、ニッケルである。
 どうやって鉄を作るか?
 そりゃ鉄鉱石から作るんでしょ。そこから鉄を製錬すればよいではないか。鉄など人類は紀元前18世紀に作っている。もちろん、トーマス君も途中まではできる。鉄塊ができた。では、それををハンマーで叩いて伸ばして鉄板を作ればよい。叩いた。砕けた。
 トーマス君は挫折する。なるほど副題にあるように、勇者ヨシヒコのように「勇者の試み(Heroic Attempt)」である。というか、この英語の含みは「英雄の医学(Heroic medicine)」(参照)のように絶望的な色合いがある。
 どうしたら鉄板ができるのか? いったんは挫折したトーマス君のその先の挑戦が面白い。電子レンジを溶鉱炉にするのである。
 それ、話が違うのでは? いやいや。このあたりから本書ががぜん面白くなる。電子レンジで溶鉱炉を作るという話は、胸躍る。鉄をスクラッチから作るというより、電子レンジを溶鉱炉にしちゃうという行為がすでにアートだ。電子レンジっていったいなんだということを再考させる。
 その他もその類だ。プラスチックなら原油から作ればいいのだが、それはしない。最初はジャガイモとか使っている。これはもうわざとだろ。それから廃品を使う。明らかにグロテスクな外装ができる。ニッケルにいたっては、カナダの硬貨を潰している。やったね。
 一言でいえば、文明批判のアートである。もちろん、反原発で江戸時代の日本に戻そうといった時代錯誤の文明批判ではない。文明の意味をくみ取るための自覚の行為とみてよい。文明とはかくも偉大だと再認識するのではなく、そのプロセスのなかの人間的なアート(技芸)がどこまで人間的に理解可能なのかを示している点が重要なのである。本書を読み終えたとき、誰もが日常の物との関係を問い直されるような奇妙な感覚を持つだろう。
 そしてなによりもこのプロジェクトが面白いことにつきる。ありゃあ、やっちゃったなという、なんでもやっちゃう感がたまらない。


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コメント

書評を読んでいても「どこが面白い」って思った。

で、Thomas Thwaites でHPぐらいは持っているだろうと思って検索したら、「ああ、エンジニアじゃなくてアーティストなのね」(すまん、書評をちゃんと読んでいなかった(汗))と言う事で納得。

でも、これは写真じゃなくて、エキシビジョンを実際に見ないとアーティストとしての真価は問えないと思う。訳が出たということは、多分日本への巡回があるんだろう。そのときが楽しみだ。

投稿: F.Nakajima | 2012.10.28 17:02

でも食品分野ではゼロからではないものもフルスクラッチとか呼んだりするんですよね。家庭で「餃子をフルスクラッチ」というと最低でも粉や肉を挽くところからやるだろうと思ったら単に皮を粉から作るだけだったり、パン屋では粉からパンを作るのもフルスクラッチというのが常識なんだそうです。捏ねてあったり発酵させてあったりするドウを仕入れて作る店も結構あるかららしいです。

投稿: 横着サイクリスト | 2012.10.29 08:45

先日?前にもトースターが壊れたと書いてたような?と思ったらそのトースターの話でした。前回のところ、ちゃんと読んでなかったので読んでみたら、ピンク!?いったい何個パン焼くんだ?と笑ってしまいました。
トースト美味しいですよね。家にはかなり前からトースターもオーブントースターもないので・・。
ちなみに、私はあんパン大好きでほぼ毎日食べます。あんパンマンです(笑)。冷蔵庫に入れた冷たいあんパンを熱いコーヒーで食べるのが好きです、関係ないか。

このトーマス君、毎日楽しそうですね。

投稿: | 2012.10.30 07:56

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