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2012.10.19

[書評]これが物理学だ! マサチューセッツ工科大学「感動」講義(ウォルタ-・ル-ウィン)

 強い通り雨が過ぎて晴天の空が現れたとき、私は小高い場所か、空を広げる場所を探す。太陽を一瞥してその反対の空を見上げる。運が良ければ、そこに虹がある。大空を渡す虹がきれいに見えているなら、円弧の外側に目を向け、もう一つの虹、薄い副虹を探す。虹はしばしば二重になっているのだ。主虹と副虹。そして、その二つの虹の色の順序が逆になっていることを確かめ、すこしうっとりとした気持ちになる。

cover
これが物理学だ!
マサチューセッツ工科大学
「感動」講義
 なぜ、主虹と副虹と色の順序が違うのか? その前になぜ虹が現れるのだろうか。その説明は比較的簡単な物理学で説明できる。もし私の横に同じ虹を見ている人がいて、そのことに疑問を持つなら説明したい。なぜ? 私は虹が好きだし、その仕組みも好きだ。物理学が好きな少年だった。
 そうした思いがそのまま本書「これが物理学だ! マサチューセッツ工科大学「感動」講義」(参照)にある。主虹と副虹もきちんと実験を含めて説明されている。そうだ、これだよと思う。オリジナルタイトルはまさに「物理学の愛に(For the Love of Physics)」(参照)である。邦訳書のタイトルは、ハーバード大学白熱講義のブームを意識して付けられているが、原題の思いは表紙に描かれた虹のイラストで察することができる。
 本書は読みやすい物理学の入門書だ。おそらく物理学を大学で学んで来た人でも、そうなんだよなと共感しながら楽しく読むことができるだろうし、本格的な物理学を学んでいない中学生や高校生、さらには文系のまま大人になった人でも、物語のように楽しんで読むことができる。それでいて、そうした主旨で日本で販売されているポピュラーサイエンス、つまり、一般向けの科学入門書とはひと味もふた味も違う。
 日本の科学入門書は、しばしば数式を使わないで、比喩や物語を使って考え方を示すというタイプが多い。漫画を使った解説もけっこうある。ウイスキーをコーラで割ったという感じだろうか。本書も数式はほとんど登場しないが、比喩やファンタジーといった間接的な説明はほとんどない。著者ウォルタ-・ル-ウィン教授は、とにもかくにもまず、物理学の美しさということを正攻法で伝えようとしている。正攻法とは実験である。言葉だけではない。現物を提示する。そのようすは物理学の美しさに取り憑かれたアーティストといってもいい。あるいは大道芸とも言えそうな楽しいパフォーマンスに裏付けられている。

 本書は、ル-ウィン教授がMIT(マサチューセッツ工科大学)で大学生に教えた講義が元になっている。彼は、物理学を教える教師として「わたしの目標は、学生たちに物理学を好きにさせることと、物理学の世界を違った角度から見させることであり、これは生涯変わらない!」という。


 たいていの高校生や大学生は物理学を学びたがらないが、それは、物理学が複雑な数式の集合として教えられることが多いからだ。わたしはMITでもそういう教え方はしないし、本書でもそれは避けてきた。わたしは世界が見えるための手立てとして物理学を紹介し、通常わたしたちの目から隠れているたくさんの領域――自然界でいちばんちっぽけな粒子である素粒子から果てしなく広がる宇宙に至るまで――への窓を開いていく。


こんなふうにして、わたしは日ごろから、物理学を学生たちのあいだに芽吹かせようと努めている。ほとんどの学生は物理学者になるわけではないのだから、複雑な数理計算に取り組ませるより、発見することのすばらしさを胸に刻ませるほうが、ずっと大切ではないかと思う。

 ではどうすればいいのか。

教える者が学生の地平を広げてやれば、学生たちは今まで絶対にしなかったような質問をするようになるだろう。物理学の世界の鍵をあけるにあたって心すべきことは、物理学を学生たちがほんとうに興味を持っているものに結びつける方法をとることだ。

 ここで、本書がたぐい稀な、教育書であることもわかる。
 たまたま本書は物理学がテーマになっているが、歴史学でも文学でもプログラミングでも、すべて同じ原理があてはまるし、そうして学生の興味をぐいぐいとその学問の本質に引き入れる、一つの例であることがわかる。
 本書はMITの講義を元にして編集されている。オリジナルの講義の一部もインターネットで閲覧することができる(参照)。大道芸と見間違えそうなル-ウィン教授の講義は見ていて楽しいが、私自身の印象としては、本書のほうがわかりやすい。もちろん、実際の講義でなくては伝わらない部分もあるのだが、本書はすっきりと意識を整えて理解でできる。
 読み終えてから、これ、英語学習をかねて英語でも読んでみようかという気分にもなった。
 
 

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コメント

「実体験」は基本ですわな。

投稿: のらねこ | 2012.10.20 00:18

今年7月にMITにて、ウォルタ-・ル-ウィンの特別講義シリーズがNHKの番組収録のために行われました。非常に面白く、毎回講義30分前には長蛇の列になっていました。
話によると、Harvard白熱教室の物理版として、今年~来年に放送すると言うことです。

物理の教育において、そのとっかかりに"平易に科学の楽しさを含めて教える"ことは難しいですが、彼の講義にはその重要な何かがある気がします。

投稿: KaI | 2012.10.20 20:13

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