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2012.10.31

[書評]チョコレートの帝国(ジョエル・G・ブレナー)

 「チョコレートの帝国(ジョエル・G・ブレナー)」(参照)は、米国のチョコ菓子会社ハーシー(Hershey)とマーズ(Mars)の歴史を描いた1999年の作品である。邦題は「チョコレートの帝国」となっているが、オリジナルタイトルは「チョコレートの皇帝たち:ハーシーとマーズの隠された世界の内情(The Emperors of Chocolate: Inside the Secret World of Hershey and Mars)」(参照)として複数形で両雄が暗示されている。

cover
チョコレートの帝国
 本書は米国のチョコレート産業史と言ってもよいが、チョコレート好きに限らず、おそらく一定の年代上の人にとっては、かけがえのない歴史物語でもあるだろう。1957年に生まれ、1994年から沖縄で8年暮らした私にしてみると、庶民生活の背景に潜む歴史を知ることで感慨深かった。さらに加えるなら、フィッツジェラルド(Francis Scott Key Fitzgerald)などロストジェネレーションの文学に関心がある人にとっても興味深いノンフィクションだろう。執筆に10年を要したのも頷ける厚みがある。
 日米のチョコレートの歴史について、こう言ってはいけないのだろうと思うが、日本の板チョコはハーシーの板チョコの代替品のようなものだった。マーブルチョコレートは、これは形状からしてマーズのm&mを強く意識したものだろう。「マーブルマーブルチョコレート♪」というコマーシャルに「マー・マー」とmが繰り返されているのは偶然だろうか。しかしなによりあの広告で、私より一歳年上の上原ゆかりさんのことを思うと胸がじんとくる。彼女はケペル先生の助手を務めたあとも活躍され、1980年代半ばに事実上引退された。

 マーブルチョコレートが発売されたのは1961年。半世紀も経った。「もやは戦後ではない」と言われた年に上原ゆかりさんが生まれた。ギブミーチョコレートという戦後が終わったわけである。
 進駐軍が子どもに与えていたチョコレートが、まさに、ハーシーとマーズだった。第二次世界大戦に両社のチョコレートは欠かせないものとなっていた。
 そして私は沖縄で暮らしながら、両社のチョコレートが米軍統治下の歴史として沖縄の庶民生活に根付いていることも知った。キスチョコは銀チョコと呼ばれていた。
 米国人にしてみれば軍需品ともいえるほどのチョコレートなのだから、コカコーラの歴史のように広報されていたかというと、意外にも本書が出される1999年以前は知られていなかった。両社ともに徹底した秘密主義であり、本書によって米国人も自国のチョコレート産業の歴史を知ることになった。米国のファミリービジネスの一例としても興味深い。
 しかし、すべてが知られていなかたわけではない。私ですらハーシー社は創業家を通して慈善財団に深く関わっていることは知っていた。本書でも説明されているが、ハーシー社の株主がその慈善団体である。
 ハーシーの創業者でもあり事実上、本書の主人公の一人ミルトン・ハーシー(Milton S. Hershey)は、ペンシルベニア州にチョコレート工場の創設とともにその従業員のために、児童養護施設や病院を含めた町を創設した。ミルトン夫人は遺言で全保有株式を慈善財団に寄付し、財団がハーシー株の三割近くを所有した。
 ところが本書の出版後の2002年、団体がハーシー社の株を売るという話が持ち上がり大騒動になったことがある。結果は司法もかかわったが、町の住民の存続の声に押された形になった。
 そのあたりから、ミルトン・ハーシーというのは何者なのだという疑問があり、もちろん慈善家であることはわかるのだが、もう少し内情を知りたいものだと思っていた。
 私も本書で知ったのだが、1875年生まれのミルトンの両親は再洗礼派のメノナイトだった。特に母親はメノー派の牧師の娘でその気質を深く負っていた。生涯、メノーの衣服だったらしい。ところが父のヘンリーはというと、野心家でもあり、さまざまな事業に手を出しては失敗していた。ミルトンの慈善家の精神はメノーに由来するとは言えるが、その宗派信仰に執着していたわけでもなく、その人生はむしろ野心家の父に近いものだった。ミルトン自身は40歳を過ぎて26歳のカトリック教徒を妻にしたが、子どもがなく、そのことが慈善事業に入れ込んだ一つの理由でもあった。この話は本書に詳しい。
 本書のもう一人の雄は1904年生まれのマーズのフォレスト・マーズ(Forrest Mars, Sr.)だが、マーズ社の創業は1883年生まれのその父フランク・マーズ(Franklin Clarence Mars)である。彼もまた失敗続きの野心家だったが、バタークリームの菓子で成功した。このビジネスをチョコ菓子に継いだのがフォレストである。
 本書がおそらく米国民に驚きをもたらしたのは、その主力製品であるm&mの由来を明らかにした点だろう。最初のmは誰もがわかる。マーズそのものである。問題はもうひとのmである。これはムリー(Murie)だというのである。ムリーとは、ブルース・ムリー。ミルトン・ハーシーの右腕ウィリアム・ムリーの次男である。チョコレート会社のライバルとみられる両社の歴史に隠された深い繋がりがあった。そのあたりが、本書を一種の推理小説の味わいに仕上げている。
 本書は米国のお菓子に馴染んだ人には懐かしい製品がいろいろ出てくる。自分の無知も思い知らされる。たとえば、ペディグリーチャムもマーズの製品だとか、米国のキットカットはハーシーが販売しているとか、ベルギーチョコのゴディバの株主はキャンベルだったとか(今はトルコの会社)……。
 生活に近い部分の生き生きとした歴史を知ることは非常に面白いものだということを確認する珍しい書籍である。ジャーナリズムの一つの形としても充実している。
 
 

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