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2012.09.30

[書評]長く生きてみてわかったこと(高見澤潤子)

 先日ツイッターで田河水泡の話があり、彼は小林秀雄の義弟だというのを知らない人がいた。別段、いても不思議でもない。ついでに田河水泡の名前の由来が、本名の高見澤仲太郎の名字、高見澤(Takamizawa)を、田(Ta)河(ka)水(miz)泡(awa)という話も出た。これも知らない人がいた。いや別段、いても不思議でもない。ついでに言うと、田河のお弟子がサザエさんの長谷川町子なのだが、知らない人もいるかも知れない。以下略。

cover
長く生きてみてわかったこと
高見澤潤子
 田河水泡の本名名字が高見澤だが、本書著者・高見澤潤子はその嫁さんである。すると旧姓は小林潤子かというと、そうではなく小林冨士子である。「潤子」のペンネームの由来については私もわからない。田河水泡というペンネームの由来は本書に書かれているが、本人のほうは書かれていない。ちょっと調べてみると、昭和26年の雑誌「演劇」の7号に高見沢潤子名の戯曲「霊柩車とともに」があるので、これをきっかけにしたものだろうか。ついでだが同号は吉田健一、武田泰淳、飯島正、松井須磨子、芥川比呂志などの名前も見かける。
 本書「長く生きてみてわかったこと」(参照)は彼女が94歳のときの作品。いやさすがに「長く生きて」と言って遜色のないもので、私の知る限り彼女名の最後の著作である。書かれている内容は、兄・小林秀雄、夫・田河水泡、田河の弟子・長谷川町子の三人のエピソードと言っていいだろう。他、両親のことなどにも触れている。編集は西妙子とあるが、おそらく聞き書きではないだろうか。同年に近い作品に「九十三歳の伝言」(参照)もあるが、こちらはクリスチャンらしい彼女の人生観が中心になっている。
 高見澤がクリスチャンとなった経緯だが、きっかけは長谷川町子であった。長谷川町子の家族がどれほど熱心なクリスチャンであったかについては1979年のNHK朝ドラ「マー姉ちゃん」で有名である。町子は田河水泡の内弟子としてお女中さん兼のように同居するのだが、その際、教会に通えることが大きな条件で、そうしたことから、高見澤も教会と関わり、二年後にクリスチャンとなった。夫・田河水泡はそれに17年遅れてということだが、妻の影響であろう。本書には長谷川町子が内弟子時代の15歳とおぼしき昭和10年の写真があるが、いやリアルサザエさんみたいで面白い。
 田河の「のらくろ」の連載が始まったのが昭和6年。雑誌「少年倶楽部」のその新年号からであった。当初は、のらくろ二等兵である。連載は好評で10年続いたが、昭和16年に内閣から、のらくろの執筆禁止令が出て10月10日に終了した。ちなみに、10月16日に近衛内閣が総辞職、10月18日東條英機内閣組閣、そして12月8日に開戦となった。考えてみると、のらくろは結果として一種の反戦文学と言ってもよいものだし、読むとわかるが、登場「犬」物は戦争が嫌いである。
 高見澤の結婚のきっかけが面白い。話は、小林秀雄と長谷川泰子に関係する。彼らが同棲していた貸家の向かいの貸家に田河が住んでいて、小林もご近所として知っていた。当時の田河は前衛芸術家でその貸家も原色で飾られ、本人も長髪でルバシカを着ていた。まあ、しょくぱんまん様を想像してもいいかもしれない。
 とはいえ、田河と高見澤の出会いは小林が介したものではなく、小林の貸家の大家の松本恵子である。小林が出奔して一か月後、恵子とお茶を飲んでいるときに、田河との結婚を勧めれた。恵子も英国暮らしの経験があり、また夫の泰も翻訳・文筆などもしていて、芸術家への親近感はあったのだろう。
 結婚は昭和3年。田河がキリスト教式がよいとした。仲人は松本夫妻である。結婚の牧師は恵子の父の知り合いとのことだ。恵子自身もクリスチャンだったのではないか。
 田河が29歳、高見澤が23歳だろうか。結婚式の写真が本書にあり、率直に言うと、ちょっと驚いた。

 これが昭和3年の日本である。戦前の日本なのである。

cover
のらくろ ひとりぼっち
夫・田河水泡と共に歩んで
 驚いたのは、なんとなく結婚式は「のらくろひとりぼっち」(参照)の表紙のようなものを思っていたからだった。
 考えてみると、高見澤の父、小林秀雄の父でもあるが、小林豊造はベルギーでダイヤモンド加工研磨の技術を学んだ。御木本で貴金属加工の工場長にもなった。書棚には聖書もあり、少年の小林秀雄が読んでいた。
 
 

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コメント

少年の小林秀雄が聖書を読んでいたというのは本当ですか?

投稿: illuminations | 2012.10.01 00:03

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