シリア情勢が一線を越えた。化学兵器流出の危険。
シリア情勢が一線を越えたようなので、少し言及しておきたい。一線とはなにかというと、化学兵器流出の危険である。
世界情勢を見つめていて、非道なものだなと思うのは実際に情勢が動き出すのは人道的な危機ではなく、特定の危機の構造である。中東問題で言うなら、あまり端的に言うのもなんだが、サウジアラビアかイスラエルへの脅威が構造的に形成される契機が重要になる。米国が本気で動き出すのは、この二国の安全保障上の、繰り返すが、構造的な危機の可能性である。今回の一線ではイスラエル側にある。化学兵器がイスラム過激派や反イスラエル運動の組織に渡ると、イスラエルで大量殺人が起きかねない。イスラエルが本気になりつつあり、当然米国を巻き込むという構図になる。
日本ではあまり報道されていないので正確な議論をするのは難しいため、飛躍的な結論のように聞こえるだろうが、現下のシリア危機だが、当初は基本的にサウジアラビアとイランの代理戦争という意味合いが強かった。が、混迷が深まるにつれ、事態の深刻化には反イスラエルのイスラム過激派の拡大がある。西側諸国としては、独裁者アサド大統領を「民衆の力」で倒せばそれで事態が好転するというおとぎ話のようなことはまるで想定されず、むしろ化学兵器の管理のためにアサド大統領の勢力を温存しておいたほうがよいというのが、これまでの実際上の行動判断の基底にあった。それが崩れつつある。そこが一線でもあった。
アサド政権側も、実際のところ自身の権力基盤はこの化学兵器使用というより、化学兵器管理能力にあることを理解しているため、その管理強化に乗り出した。初報道は7月13日のウォールストリート・ジャーナル(参照)のようだがこの時点ではどのくらい信憑性がある報道が判然としなかった。
基本的な事実確認だが、シリアは化学兵器禁止条約に署名していない。それ以前に、化学兵器の保有を否定も肯定もしていないためである。しかし、米国のシンクタンクは、シリアは首都ダマスカス、ハマ、ホムスなど約50か所にマスタードガスやサリンを分散して保有させ、アサド政権をもっとも身近に援護するアラウィ派の精鋭部隊で固めていると見ている。
しかしシリア国防相を含む要人も殺害され、首都に次ぐアレッポでも戦闘が激化し(参照)、アサド政権側の打撃が大きくなるにつれ、化学兵器管理能力に疑問がつき始め、状況が一転しはじめた。
話が多少前後するが、この状況をさらに変化させるためには、イスラエルと米国がシリアの化学兵器管理介入活動の「大義」を必要とするため、アサド政権が化学兵器を使用するという恐怖報道が先行するはずである。そう思って状況を見ていると、どうやらその時期が来たようである。ロイター報道だが(参照)、反体制武装組織「自由シリア軍」で軍事戦略などを担当する、シリア軍離反元准将ムスタファ・シェイフ軍事評議会議長が「アサド政権は化学兵器を保管場所から出し、使用に備えて分配している」と語ったとしている。
シナリオが動き始めたようだ。このあと、「大義」のために暴発的に化学兵器の限定的な利用もありうるかもしれない。もちろん、それだけでも危機でもあり、さらに当初の「大義」のシナリオを越えて、大混乱になる可能性もゼロではない。ただし、合理的に見るならアサド政権が維持される限り、アサド政権側から化学兵器を使用する可能性は低い。次に触れるが後ろ盾となるロシアの信頼を損ねるからだ。
シリア状況をこれまで固定化させてきたのは、表面的には中露だったが、アサド政権側の化学兵器管理能力維持の点でイスラエルと米国は、人道的なそぶりの裏腹で実質的な是認を行っていた。今回の危機構造の変化で、ロシアにとってもイスラエルと同質の危機が共有される可能性が出て来た。つまり化学兵器がロシア内のイスラム過激派に伝搬する危険性がある。その点で、ロシアがようやく国際協調という美談に乗る可能性も出て来ており、ロシアが動けば孤立したくない中国も腰を上げざるをえなくなる。ただ、このロシアの転機はそう近くには想定されない。
イスラエルと米国が、シリアの化学兵器管理介入に動き出すとなると、リビア騒動のときと同様に報道は抑制されるものの、かなり組織的な活動が始めるし、これを察知してイラク側のなんらかの動きがあるだろう。また、イスラエルと米国の活動はトルコの援助が不可欠だろうと思われるので、そのあたりの動向も気になる。ただし、リビアの時のように、要人をロボットで殺害すれば済むというオバマ流の安直の手法で事が解決するとは思えない。
むしろアサド政権が崩壊し、化学兵器管理能力維持が崩れた時点で、米国は7万5千人規模の地上部隊のシリア投入が必要になる(参照)。その体制の整備がそろそろ必要になると思われるのだが、報道からははっきりと見えない。オバマ大統領が自身の大統領選挙戦などの配慮から、大量部隊投入のチャンスを逸すると大変な事態になりかねないのだが、米国側としても対イスラエルのチキンゲームかもしれない。
逆に言うと、リビアでの巧妙な介入やロボットを使った殺戮を拡散しているオバマ政権のことだから、なにかまた奇策のようなものを進めているようにも思われる。リビアを使って介入させたり、あるいはアルカイダの一部と実質組むというようなことがあっても、それほど不思議ではないような薄気味悪い状況である。
一番穏当なシナリオはというのもなんだが、ロシアを説得して、アサド大統領を表面的に退陣させアラウィ派の権力構造を維持させ、国内争乱を弾圧することだろう。西側としては権力管理ができるならバアス党でもよい。最悪のシナリオは、「大義」の演出の後の7万5千人規模の米軍地上部隊のシリア投入だろう。
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コメント
イラクね大量破壊兵器との関連を指摘しないとはね・・・
投稿: | 2012.07.22 15:14
こんにちは、こちらのブログは日本で影響力が大きいようなので、ぜひ、銀行家によって支配されたG7メディア以外も取り上げていただきたいと希望します。化学兵器うんうんについては、アフガニスタン、イラク、リビアでもありました。プロパガンダです。
そのうち、バッシャール・アル=アサド大統領の海外隠し資産がまことしやかにリークされ始め、アサド大統領の豪遊ぶりが取り上げられます。そしてシリアにある海外資産が凍結され、どこかにきえていくのでしょう。
シリアのインターネット回線が一時遮断されました。シリア国内からの情報発信は、シリア政府系放送局がNATO=GCCにより、サテライトライセンスを停止されました。インターネットからの発信を止められて困るのは、シリア政府側です。G7は「反政府シリア自由軍のよると」という注釈で、何でも書けるわけですから。
アノニマスはシリアファイルでWIKILEAKS同様に反アサドに利用されましたが、降旗作戦のネット停止で、また利用されるのでしょうか?
アサド大統領は失脚します。カダフィが失脚したようにです。そういうシナリオができています。
アラブの春 は「大中東構想」へ向けた西側
ウイリアムイングドール氏の分析です。
http://www.youtube.com/watch?v=jarnJ7APmKI
せひご覧ください。
「中東の窓」というブログに昨年のリビア侵略時に大変丁重にコメントをしましたら、すべて削除してくださいました。
こちらはブロガー当事者への私信に近いので、別に公開を求めてはいません。ぜひイングドール氏のビデオをご覧いただけるとありがたいです。
投稿: dandomina | 2012.07.24 19:41
なんにせよ311テロをやられた日本としては、
反ユダヤ金融悪魔を目指さなければならない。
人類の敵であるあいつらが
滅びますように祈ろう!
投稿: 佐藤学 | 2012.08.02 00:09
有毒化学というように大学では教えてられなくなったか?とにかく化学屋が暗躍すると鉱毒や放射線被害が暗黙のうちに先行する。
投稿: マタンゴ米国 | 2012.12.01 23:05