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2012.07.08

[書評]世界でもっとも有名なシェフ カーネル・サンダースの自伝(ハーランド・デーヴィッド・サンダース)

 ケンタッキーフライドチキンの店頭に立っている白髪・白装束・黒ぶちメガネのカーネルおじさん人形の本人が書いた自伝の日本語訳「世界でもっとも有名なシェフ カーネル・サンダースの自伝」が無料で、PDF形式でケンタッキーフライドチキンのサイトからダウンロードできる(参照)というので読んだ。広告みたいなものかなと思っていたら、全然違った。

 やたらと感動しまくってしまった。がんばれ、サンダース。どん底の人生から這い上がって成功しては、またどん底に。そしてまた成功してどん底に。その繰り返しを屁とも思わず、チャレンジしていく。不屈のカーネル。
 なにより驚いたのは、後世、ケンタッキーフライドチキンで著名になるカーネルがこのフランチャイズのビジネスを開始したのは、全財産すって年金暮らしという65歳のときだったということだ。65歳からの再出発でまた人生に成功した。すごいなんてもんじゃない。それに、慈善家。孤児たちに最高級のアイスクリームをおなかいっぱい食べさせるんだという情熱に、読んでて涙が止まらない。
 自伝というのだから、当然書いたのはカーネル・サンダースことハーランド・デーヴィッド・サンダース(Harland David Sanders,1890-1980年)本人で、90歳まで生きたカーネルが65歳のときの作品だった。ということは、現在のケンタッキーフライドチキンのビジネスを開始したころの作品で、本書にもその意気込みが溢れている。と同時に、まだケンタッキーフライドチキンのカーネルじゃない、もうアイアンシェフとしてのカーネルの姿がそこにくっきり描かれている。
 アイアンシェフ、まさに。それを如実に示すのが本書に添付されている33のレシピだ。カーネルが心からおいしいと思い、みんなに食べさせたいと思っていた特上のレシピが公開されている。ただし、ちょっと見るとどってことないようにも見える。ミートローフ、ローストビーフ、煮カボチャ、ローストターキー、スクランブルエッグ……、なーんだと思う。使っている材料もシンプル極まりない。でも、そのとおり作ってみると、愕然とする。ああ、これだと思う。以前長島亜希子さんの「私のアメリカ家庭料理」(参照)を紹介したときに、私はこう書いた。「どこの国の料理が一番食べたいと聞かれて、そして正直に答えてよさそうなら、私はアメリカ料理と答えてしまうかもしれない。それでいいのかなと今一度自分に問うてみて、それほど確たるものはないが、概ねそれいいかなとやはり思う」今もそう思う。カーネルのレシピをみて、ああ、これだと思うのである。
 たいていのレシピはなんとなく想像が付く。想像が付かないのは「豚肉のリンゴ詰め」。いや、これはうまそうだという想像が付くけど、最後の部分がわからない。自分には才能の一種なのかもしれないけど、味覚の想像力とか構成力みたいのがあって、レシピ見るとああなるほどねと味がわかる。でも最後の部分がわからないというのは魅力だ。作ってみるしかないか。作ってみた。初回なんで、きれいにはできなかった。リンゴが違うんだものという泣き言も言いたい。


 

 食った。うまかった。これが食べたかったんだよ、という味がした。豚肉の味に甘酸っぱいリンゴとバターがからむと、こんなにうまいものかと思った。
 フライド・トマトにもびっくりした。青トマトのフライがあるのは知っている。ズッキーニもわかる。赤いトマトでフライができるもんか? 味は……うーむ、これもつめのところが想像できない。できるだけしっかりしたトマトを選んで、作ってみた。

 泣けるほどうまい。カーネルのアドバイスにベーコンの脂を使うといいとあるけど、そうだとしたらこれはもうもう絶品だっただろう。
 あきれたなと思った。レシピには料理人の魂みたいなものがこもっていて、自伝のほうの七転八倒の人生談と合わせて、カーネルさん、人間じゃないよ。いや、あの立像のことじゃない。人間を越えている、すげーなと思った。
 本書は、カーネルの人生という点でも面白いのだが、1890年生まれ、日本でいったら明治23年生まれの米国人の人生として歴史的な観点から読んでも面白い。F・スコット・フィッツジェラルドが1896年の生まれで、カーネルより少し年下なんだが、カーネルの人生談を読んでいるとフィッツジェラルドの小説や映画の風景が浮かんでくる。そういえば映画のベンジャミン・バトンは1918年生まれだったが、原作のほうは1860年で、時代の雰囲気としてはずれるのだけど、あの歴史の空気みたいのは似ている。
 「世界でもっとも有名なシェフ カーネル・サンダースの自伝」は英語版もある。原本だ。KFCのフェイスブックのサイトからこれも無料でダウンロードできる。同じくPDF形式なのだが、こちらはデザイン的にもきれいな仕上がりで、写真も多い。見ていて本当にきれいだ。
 この本、つまりは電子書籍なのだが、これだけ良書だと本棚に置いておきたいんで、書店から購入できないのかと探したが、なかった。1965年の作品だから英語版のほうなら古本でもあるんじゃないかとさらに探したら、驚いたのだけど、英語版のほうも今年発表されたらしい。カーネルのこの自伝、今まで日の目を見ることがなかったらしい。ガーディアンの記事を読んだら、昨年11月にカーネルの遺品から発見されたらしい。
 自伝はけっこうしっかり書かれている。たぶん、都合の悪そうな部分は編集されているのだろうなとも思うけど、全体はしっかりしていて問題はない。カーネルは長生きだったから、後年、その自伝をなぜ出さなかったのか不思議に思えた。なにか理由があるんだろうと思うけど、わからない。フライドチキンで売り出したから、他の極上レシピがあるというのは、フランチャイズ商売としてはまずかったのだろうか。
 PDF本という形式はけっこう読みづらい。特に日本版は横置きで2ページを押し込んでいてめくりづらい。Kindleだとほぼ無理。iPadでもiBookだと日本語の本のめくり方向が指定できないので不自然。i文庫はさすがだった。iPadのi文庫だと読みやすい。
 ああ、これ、英語版なみのデザインで、リアルに出版してくれないだろうか。絶対に買いますよ。
 
 

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コメント

おお! コーヒー淹れるときに卵を割り入れるワザ紹介してある!

これを紹介してある、ってだけで他のレシピも本物だってことがすぐにわかります。すごい!

投稿: 千林豆ゴハン。 | 2012.07.08 15:44

カーネル・サンダースは、あまり幸福な晩年を送っていませんでした。

彼が、KFCを他社に売却した後、その人物たちはKFCを自伝に載っているようなメニューを出すレストランから、現在のような安物のファーストフードチェーンへ方針変換を行ってしまいました。

にもかかわらず、カーネルは契約に縛り付けられ、KFCの広告塔として、あの人形のような格好をして全米を廻らされることとなってしまいました。

という内容を、記憶が定かではありませんが、ボブ・グリーンのコラムで読んだことがありました。

これらレシピを読み、今のKFCの有様を見ると、今の人間が食っているのはまともな料理じゃないなと思わざるを得ません。

投稿: F.Nakajima | 2012.07.08 22:48

マクドナルドのレイ・クロックやGMのアルフレッド・スローンは、あまり感心する人物ではなかったみたいですね。企業家もいろいろか。

投稿: enneagram | 2012.07.10 05:37

いつの作品であるかを見付けることはできなかったのですが、
> 90歳まで生きたカーネルが65歳のときの作品

売却した時の話(1964年?)や、ホレイショ・アルジャー賞受賞(1965年)の話、『最近では日本の東京にもフランチャイズ店舗ができました』(多分1970年)などの記述もあるから、80歳くらいの時の作品では?

それとも、とても穿った見方をすると、実を言うと売却後の話は自伝ではなく・・・ということでしょうか?

投稿: ふじ元 | 2012.07.15 16:07

なんだかとても有益な情報をありがとうございます。

投稿: | 2017.01.03 21:27

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