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2012.06.03

[書評]トーマス・マートンの黙想の祈り(トーマス・マートン)

 現代的なキリスト教瞑想・黙想の基点の一つとしてシンシア・ブジョー(Cynthia Bourgeault)がトーマス・マートン(Thomas Merton)について言及していたので(参照)、彼の数多い作品から関連するものとして「トーマス・マートンの黙想の祈り(Contemplative Prayer)」(参照)を読んでみた。マートンはベトナム戦争時代の平和論者として日本でも注目され、また米国でも過去半世紀においてはもっとも有名な宗教的著述家としても知られていたこともあり、宗教的な著作でも比較的翻訳書はある。同書も既に翻訳されているかもしれないが見当たらなかった。

cover
Contemplative Prayer
Thomas Merton
 ブジョーの語るトーマス・キーティング(Thomas Keating)やジョン・メイン(John Main)(参照)と比べ、マートンの瞑想観は、その精神性や神学観では類似ているし、その面においてキーティングやメインの展開に影響を与えているように思えた。だが、マートンの視点には、例えば、「20分間、瞑想・黙想する」といった具体性はなく、十字架のヨハネ(Juan de la Cruz)の現代的な考察が中心に置かれている。本書を読むこと自体が一つの黙想的な祈りとなる、深みのある書籍でもあった。
 瞑想・黙想の技法についえば、聖なるイメージは排され、むしろ積極的に否定している。アトス山やシナイ修道院に残る、ヨガにも似た正教の瞑想・黙想の技法に言及している部分もあり、マートン自身それらについて一通りの知見を持っているが、正教の技法より、その「心の祈り」という本質に焦点を置いている。

 ジョン・メインは、そのマントラ的なキリスト教瞑想の基点にヨハネス・カッシアヌス(Johannes Cassianus, John Cassian)を取り上げていたが、本書のマートンもカッシアヌスを重視している。しかし、メインのように焦点的あるいは例証的にカッシアヌスに注目するというより、その師にあたるエヴァグリオス・ポンティコス(Evagrius Ponticus)を含め、いわばキリスト教の黙想的な潮流のなかで取り上げている。これにヌルシアのベネディクトゥス(Benedictus de Nursia)が続く。
 こうした歴史的な考察のなかで、砂漠の教父たちの時代から修道会が形成される時代において、黙想の祈りと典礼の祈りの変遷とその変わらぬ本質が議論されていく。
 マートンとしては、典礼の祈りを儀礼として退けるのではなく、黙想の祈りに共有する心の祈りの本質から現代的な、結果的にカトリシズムではあろうが、より現代的な宗教的な精神性に導きたいとしたのだろう。このことは彼が、仏教やイスラム教と実質的にまた深い精神的に交流をもったこととも関係しているが、本書は再びマートン自身の原点に戻ろうとする、ある情熱が感じられる。そこは、十字架のヨハネの「暗夜」の考察とあいまって、マートン自身の深い苦悩も垣間見られ、また深い考察でありながら、ある種の途上感として残されている。

 これはどういうことなのだろうか? これというのは、このキリスト教原点への回帰と著作に暗示される彼の懊悩の二面であり、後者がむしろ前者のスタンスを取らせたものだろうと思える。
 読後、この問題に黙想し、それがある明瞭な形が私自身の心に形作るに至り、ぱらぱらと棒線部を読み返しているうちに、明白な見落としに気がついた。本書の出版時のタイトルは「修道会祈祷の風土(Climate of Monastic Prayer)」であった。本書冒頭、「修道会の祈りが興隆した風土は砂漠であった。そこには人の慰めもなければ、市街で守られる安全な生活もなく、神への純真な信仰で支えられた祈りを必要としていた」とあり、そこから付けられたものだろうが、そのタイトルはマートン自身の意図であっただろうか。また、してみると「黙想の祈り」も適切なタイトルであろうか。
 見落としがもう一つあった。本書が出版されたのは1969年であり、マートンの死の翌年であった。本書こそがマートンの遺作であったのかもしれない。もちろん、本書がマートンの死後に出版されたことは、マートンと親交の深かったティク・ナット・ハン(釈一行、Thich Nhat Hanh)が巻頭に寄せた長文の紹介文や、神学者・哲学者でもありクエーカーでエキュメニストのダグラス・ステア(Douglas V. Steere)の序文からわかる。だがマートンには著作が多いこともあり、まさか本書がマートンの最後の思想点であったとは思ってもいなかった。
 マートンの年譜を見直し、私はさらにうかつにも、彼の享年を失念していたことに気がついた。60歳は越えていただろうと思っていたのだが、彼が死んだのは53歳だった。現在の私より若いのである。呆然とした。
 ダグラスの序文にも事故死であることは書かれていたが、どういう事故だったと見ると、バンコクでの宗教会合に出席の旅先、ホテルの浴室で感電死したらしい。ああ、神様! 神に仕えた人生の余りに早く、そしてこの無念な断絶はなんなのだろうか。それが人生の実相というものさ、ということはあるのだが。
 つられてマートンのエピソードを調べていくと、彼の、結果的に晩年の恋のことも知った。1966年というから、51歳のときであろうか、腰痛で手術し入院しているとき、看護婦学生の少女と恋に落ちた。僧籍を捨てることも考えていたようだ。
 呆れたと言っていいのかよくわからない。お相手の看護婦学生さんは、へたすると10代ということはないんだろうか。51歳の男が10代の女性と恋に落ちるか? しかも、マートンはすでに確固たる名声を極めていたというのに、それをすべて、かなぐり捨ててしまうものなのか。いや、捨てるだろう。
 その恋は彼にとって、僧としての純潔の問題よりも信仰上の苦悩であったようだ(参照)。と同時に、それは誘惑というより、むしろ神の招命の一環をなしていたと見るべきだろう。本書の十字架のヨハネの暗夜に比されているものは、修道会への再回帰的な考察さえも、そうした恋と懊悩が背景にあったと見てよいのではないか。
 本書を越えたところから、本書を解するのは間違いでもあるが、本書のもつ静謐な叙述には、ある種奇妙な情熱と未達成感が裏打ちされているように思えた。

  Accende lumen sensibus,
  Infunde amorem cordibus.
 
 

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