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2012.05.03

盲目の人権活動家・陳光誠氏をめぐる事件

 中国当局によって自宅軟禁に置かれていた、盲目の人権活動家・陳光誠氏の奇跡の脱出、そして米大使館駆け込みの事件だが、最新の報道では、人権弾圧を続けている中国と人権擁護を一応は掲げている米国とで政府レベルの手打ちとなった。
 陳氏は米国亡命を求めたがかなわず、「米国に裏切られた」と発言したとの報道もあった(参照)。だが米国オバマ政権の高官は、「亡命を要請したことは一度もなかった」とまるで中国政府高官のようなことを述べて米大使館から陳氏を結局放り出した(参照)。
 事態の真相はよくわからないが、中国政府下に戻された陳氏に言論の自由などありようもなく、真相解明の大半は不可能になった。オバマ政権、グッジョブ。
 表立った報道からわかる範囲で経緯を見ると、中国政府がこの事件を嫌うのは当然として、オバマ政権もこの事件を嫌っていたようだ。クリントン米国務長官は5月3日、北京で開催された米中戦略・経済対話の開会式でこの事件については言及もしなかった。人権問題よりも外交や経済が重視されているのだ。
 米中両国ともに内政に大きな問題を抱えつつ、大きな政権交代または交代の可能性があるなか、やっかいな事を起こしたくない。それでも今回の事態は米国の大義である人権問題に触れるため、オバマ政権にイヤイヤ感が滲むのはしかたがない。
 なによりタイミングが良すぎる。クリントン米国務長官とガイトナー財務長官が、米中戦略・経済対話で北京入りする予定にドンピシャで北京の大舞台が大騒ぎが繰り広げられた。普通に考えると偶然なわけないだろうと思える。
 人権弾圧主義の中国の化けの皮が剥がれるし、山東省臨沂地区から遠く離れた北京の米国大使館に駆け込むところから見て、奇跡脱出劇に西側の人間が関与していたことは疑いないのに最後は米国大使館から放り出すという結末で、人権擁護国として米国の顔もつぶれた。
 陰謀論で見るのは避けたいが、どう見てもこれ、なんか裏はあるだろうと考えざるをえないような一幅の絵に仕上がっている。この絵を眺めながら、さてどうしたものかと考える。もちろん、中国の人権弾圧は非難されなければならない。これまでこのブログではなにかと批判を浴びながらも人権問題ををけっこう扱ってきたつもりだが、チベットやウイグル問題を見てもわかるように中国の人権弾圧はひどすぎて、どこから非難してよいかわからない。
 裏はあるだろうか。裏といっても英国タブロイド紙デーリーメールの記事みたいな愉快な話をこさえてもなあとは思う。一応経緯と日本であまり報道されていない情報をちょっとまとめてみますか。
 直接的な事件の経緯だが、陳氏が自宅軟禁から脱出したのは4月22日とのこと(参照)。情報は、実際に山東省から北京にまで560キロの道のりに自動車で陳氏を乗せた何培蓉(He Peirong)自身のツイートからだった。その後、彼女は南京にいたと確認されたが(参照)、直後、公安当局に拘束された(参照)。彼女は4月27日の時点で、「何が起こったか詳しいことは言えないが、われわれの勇気を見てほしい。米国務省にも接触するが、日本政府に支援の声明を出してほしい」と時事通信に伝えた。そういえば日本政府、中国の人権問題になんか発言しましたことってありましたかね。



 何氏から陳氏を引き取って北京の米国大使館に渡したのは、テキサス州に拠点を置く人権弾圧チャイナエイド(CHINAaid)(参照)のボブ・フー(Bob Fu)氏である。

 とりあえず表に立っているのは、何培蓉氏とチャイナエイドのボブ・フー氏である。これだけでも両者にはつながりがあると見て妥当だし、実際つながりはあった。だが今回の事件の立案者がどちらかであるかは、これだけではよくわからない。仮に何氏側が立案の主体であるとしても、彼女はいわば中国における人権と解放のジャンヌ・ダルク的なシンボルでもあり、さらに背景または支援があるかもしれない。
 他方チャイナエイドとはどのような団体か。もちろん非営利の中国における人権擁護団体であるが、そのミッション(参照)を読むとわかるように、信教の自由に力点が置かれている。設立者がボブ・フー氏である。
 フー氏自身、かつて北京でキリスト教徒として迫害に遭っていたが、チャイナエイドもキリスト教系の団体と見られている。MSNBCにもフー氏についての記事(参照)があるので気になる点をまとめておこう。
 フー氏は元はキリスト教徒ではなかった。1989年の天安門事件に加わり、その後の弾圧下で米国戦教団から英語を学び、彼自身も北京で英語教師となりながら、精神の自由をもとめてキリスト教徒となり、さらに地下教会の牧師となった。おかげで「違法な福音派」として投獄もされている。ということは福音派のようだ。
 1996年、妻と子供と米国に亡命し、2002年の中国でのキリスト教弾圧をきっかけに米国でチャイナエイドを創設した。近年の活動としては、劉暁波のノーベル平和賞受賞にも貢献した。中国の地下教会の支援金も多く集めている。陳氏もフー氏も中絶反対を求める米国福音派から支援を受けやすいし、フー氏の経験からすると陳氏も亡命が想定されていたのではないか。
 フー氏の米国亡命のきっかけは妻の妊娠だった。彼にとっては初子だったが出産には中国政府の許可が必要で、妻の妊娠が発覚すると中絶を強いられる状況だった。そこで地下教会の信徒の力を借りて二階の浴室窓から夫婦で逃げ出した。陳光誠氏の活動も中国の一児政策に違反した妊婦に対する、中絶や不妊の強制に戦うものだったし、必死の逃走という点でもフー氏には陳氏への共感が強くあっただろう。
 フー氏自身、今回の事件について4月30日、ワシントンポストに意見を掲載している(参照)。それによると事件は数か月前から立案されていた。当初、俳優のクリスチャン・ベールが陳氏に面会しようとし、その勢いで中国での活動を喚起しようとしたがうまくいかなかった。今回助けとなったのはネチズン(ネット市民活動家)だった。またそのなかで重視されたのが何培蓉氏だった。彼女は今回の脱出劇で、陳氏のような清い心をもった人のためには死んでもかまわないとの決意をもっていた。事件の時期については、陳氏救出に米政府を巻き込む必要性からだったようにも読める。
 心を打つ物語であるが、話は救出の後半部ということで前半部は別にある。山東省での陳氏救出はクリスチャン・ベール以外にも試みられていた。
 2011年10月5日、女性民主活動家の劉沙沙氏の呼びかけで、ネチズンら数十名が陳氏が拘束されていた村に集結しようと計画し、10人前後が拘束された(参照)。その後も試みられたようだが、今回の陳氏の脱出劇でもネチズンが陽動作戦に出たのだろう。
 そこで、劉沙沙氏やネチズンの思想や背景が気になる。
 劉氏もまた何氏のように運動の看板ということがあるかもしれないが、劉氏のツイッターでの発言を追うと、欧米などに多い人権活動家とさほど違った印象はうけない。むしろ、劉氏についてはチベットやウイグルの独立には反対の考えを表明している(参照)。


反对藏独和疆独的原因(1)对领土的眷恋,对“弱小”的恐惧。从小到大看到的地图都是这广袤的样子,失去西部三分之一甚至二分之一的领土,对我们来说,是一种难以承受的痛,这样的领土让我们感觉安全,只剩下一半的领土,让我们恐惧。RT @tengbiao RT @degewa:
lss007 2012/01/15 13:47:03 Content from Twitter
lss07 劉沙沙
チベット独立と新疆独立に反対する理由その1:領土への未練とはすなわち、“弱小になる”ことへの恐怖。幼いころから大きくなるまで見慣れた地図は全部この広大な面積の状態だったわけで、西側の3分の1ないし2分の1の国土を失うなんて、私たちに言わせれば、ある種受け入れ難い痛みなわけ。こういう(今のような広大な面積の)領土があって私たちは安心できているのであって、もし半分の領土しか残らなかったら、もう恐怖でガクブルよ。

 宗教についても基本的なところで嫌悪感を持っているようだ。

你们反抗中共,反抗什么?为何反抗?千万别提宗教,宗教对你们很神圣很美好,对内地民众则很奇怪。你们越虔诚越激烈,汉人看着越恐惧。也别提酷刑——我受的酷刑在一般网友面前都很少谈,因为离他们的生活印象太远,他们不会相信,越哭诉越不信。@degewa @tengbiao @kungat
返信する RTする ふぁぼる lss007 2012/01/15 21:28:18
Content from Twitter lss07 劉沙沙
あなたがたは中国共産党に反抗しているけど、いったい(共産党の)何に反抗しているの? 何のために反抗しているの? くれぐれも宗教を挙げないでくださいね、宗教はあなたがたにとっては神聖で美しいものかもしれないけど、内地民衆にとってはおおよそ怪しげで不気味に感じるものなんだから。あなたがたの信仰がより敬虔に、より激烈になるのを、漢人は見るほどに怖くなってくるの。それから、拷問も挙げないでくださいね――私も、自分が受けたひどい拷問について一般のネット友達の前で口にすることはほとんどありません。なぜなら、(拷問は)彼らの生活の中でイメージできることからかけ離れすぎていて、信じられないものだから。私が泣いて訴えれば訴えるほど、信用されなくなるんです。

 これらは案外気軽な発言ではなく政治的な発言なのかもしれない。だが、普通に読んでうけた印象では、劉氏のネチズンとしての活動は、チベットやウイグルの解放運動とも米国キリスト教徒の関連も見られそうにない。
 何氏や劉氏の背景から、なにか政治的な勢力が潜んでいるとは思えない。むしろ、陳氏の問題は基本的にフェミニズムの問題ではないか。これについて日本や米国のフェミニズムの思想家がどう考えているかはまるでわからない。
 結局、今回の大騒ぎに大した裏はないのかということだが、全体の利害の構図でいえば、陳氏による温家宝への糾弾発言(参照)からすると、この権力交代時に現政権側への反発を強めることは、共青団的な勢力への批判ともなる。すると、太子党的な富裕層による政治の動きかというと、そこまでも見られない。

 むしろ、中国の若い世代には、共青団的な勢力と近代化したネチズンとの対立があるのかもしれない。ただ、そのネチズンは概ね、ナショナリズムに彩られているとはいえそうだ。
 

追記(同日)
 19時24分のNHKニュースで陳光誠氏が米国出国の意向をNHKに明らかにした。「陳光誠氏 一転出国の意向示す」(参照)より。


 中国の盲目の人権活動家、陳光誠氏は、保護されていた北京のアメリカ大使館から病院に移ったあと、一転して出国したいという意向を示し、一応の決着が図られたかに見えた問題で、米中両国が再び対応を迫られています。
 北京のアメリカ大使館で保護されていた陳光誠氏は、米中両国の交渉の結果、3日、北京市内の病院に移され、アメリカ政府は、今後、中国国内の安全な場所に、家族と共に移されると発表しました。
ところが、陳氏は、NHKの電話インタビューに応じ、「中国を離れて体を休めたい」と述べ、中国にとどまりたいとしていた当初の希望を変えて、家族と共にアメリカに出国したいという意向を示しました。
 その理由について、陳氏は、母親が残っている山東省の自宅に新たな監視カメラが設置されていることや、自分の携帯電話の通話が制限されていること、それに、病院で友人との面会が許されないことなどを挙げ、「中国では人権が保障されないからだ」と述べました。
陳氏の扱いを巡り、中国との交渉に当たったアメリカのキャンベル国務次官補は、ラジオ局のインタビューで「陳氏は、中国で普通の暮らしを送ることができるかどうかが重要だと考えていた。亡命や訪米については一度も口にしていなかった」と述べています。
 ただ、別のアメリカ政府高官は「陳氏は意向が変わり始めたが、まだ考えが十分整理できていないようで、把握するためにも、本人と話し合いを続ける」と述べて、陳氏の意向を改めて確認していることを明らかにしました。
 一方、中国外務省の劉為民報道官は、3日の定例会見で「アメリカ大使館が、正常でないやり方で陳氏を大使館に連れ込んだことに、強い不満を表明する」と、従来の立場の説明を繰り返しました。
 陳氏を巡る問題は、いったんは一応の決着が図られたかに見えていましたが、陳氏が一転して国外に出たいという意向を示したことで、米中両政府は再び対応を迫られています。


追記(2012.5.5)
 陳氏は留学が名目で亡命可能。NHK「NY大学 陳氏迎える用意ある」(参照)より。

 盲目の人権活動家、陳光誠氏は、保護されていた北京のアメリカ大使館から市内の病院に移されたあと、家族と共にアメリカに出国したいという意向を示し、中国政府は4日、留学を目的とする形であれば、出国を認める考えを示しました。
 こうしたなか、ニューヨーク中心部、マンハッタンにある私立大学の「ニューヨーク大学」は4日、声明を発表し、「陳氏を客員研究員として迎える用意がある」として、本人に伝えたことを明らかにしました。

 何培蓉さん、釈放。個人的にはこの報道に安堵した。これが重要な問題だった。時事「陳氏の自由「うれしい」=拘束の女性活動家釈放-中国」(参照)より。

中国の盲目の人権活動家・陳光誠氏の脱出を支援し、先月27日以降拘束されていた女性人権活動家・何培蓉さん(40)が釈放され、4日、時事通信の取材に「陳氏が自由を得られたことが最も重要でうれしいことだ」と語った。

 事態の転機は、陳氏による米議会直訴だったのだろう。CNN「陳氏、渡米支援を米議会に直訴 米中対話では人権が議題に」(参照)より。

 中国の人権活動家、陳光誠氏(40)は4日、入院先の北京の病院から電話を通じて米議会の委員会で証言し、中国を出て米国へ行きたいとの要望を伝えた。

 今回の事件だが、当初エントリーに書いたように、オバマ政権の大失態と見てよい。ロムニーが言うように「オバマ政権の恥」と言ってもよいだろう。オバマ政権も事実上議会を握る共和党側に押された形になった。その意味では、共和党的な勢力の勝利ともいえるし、やや選挙戦絡みの陰謀めいた読みが含まれることは否定しがたい。
 陳氏の今後の活動だが、氏に強いビジョンがあるふうでもないので、率直なところそれほど期待できるものではないだろう。だが、大きなシンボルとはなりうる。
 報道での分析はないが、経緯の詳細を見ると、キリスト教福音派や中国ネチズンもだが、天安門事件のネットワークがいろいろ動いていたようには思えた。
 
 
 

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コメント

今回の中国との人権問題(盲目の陳氏)は、実に茶番だと思う。
はっきり言って今のアメリカは本当に卑怯だと思う(もともとけっこうご都合主義の民主主義と個人主義をかざしていい加減なことをして来たくせに、今でも世界をひっぱていると思い込んでいる嫌な奴)、世界の中で、まともな交渉ができなくなり経済としての中国市場が欲しいあまり、適当な手打ちで問題をごまかそうとしたオバマという男と、その政権のあほらしさにはブッシュ前政権と同程度の無責任集団としか思えません。思えば日本の民主党政権と自民党の様なざまを呈しています。つまり今の政治家なんてただ以上の営業マン(俺も営業マンだけどこんなに馬鹿だと思っていないぞ)俺達は人(世の中)を見ていかないとな!世界はけっこうやばいぞ。今回の問題には真の怒りを持とう!!

投稿: 臼田繁人 | 2012.05.03 19:59

大学二年の女子大生です。
陳氏について調べていたらこのブログを見つけました。
この事件にアメリカと中国のこんな裏事情があるなんてびっくりです。
わたしは無知ですが、また記事参考にさせていただきます(^_^)

投稿: りー | 2012.05.04 20:15

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