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2012.05.10

[書評]「しがらみ」を科学する 高校生からの社会心理学入門(山岸俊男)

 すでに社会人となった人間でも、社会のなかで生きていくのはどういうことなんだろうかと立ち止まって悩むことがある。まして学生だと、実際の社会はよく理解できない。だから、怖いようにも思える。どうしたらよいのか。
 なるほど、こういう本を読んでおくとよいのだというのが、本書「「しがらみ」を科学する 高校生からの社会心理学入門」(参照)である。社会人が読んでも得るところが多い。

cover
「しがらみ」を科学する
高校生からの社会心理学入門
(ちくまプリマー新書)山岸俊男
 著者、山岸俊男氏は、これは名著と言ってよいと思う、「安心社会から信頼社会へ―日本型システムの行方 (中公新書)」(参照)の著者でもあるが、本書「「しがらみ」を科学する」のほうは、社会を見るための原則論がわかりやすく書かれている。
 冒頭、経済学者トーマス・シェリングが出したクイズが引用されている。クイズ自体を理解することはそれほどむずかしくはないので、ちょっとしたパズルだと思って、ちょっと立ち止まって考えてみるといいだろう。私はこのクイズの解答にちょっと驚き、その驚きから本書の主旨をうまく理解できたように思う。
 こういうクイズだ。トニックウォーターについては、普通に「水」と理解していいし、ジンは「アルコール」と理解していい。均質に混ざり合う2種の液体が等量2つのコップに入っているという状態だ。

 さて、ここに二つのコップがあります。左側のコップにはジンが入っています。同じ大きさの右側のコップにはトニックウォーターが入っています。左側のコップに入っているジンの量と、右側に入っているトニックウォーターの量は全く同じです。

 そこで、左のコップからスプーン一杯のジンをすくい出して、右のコップにそそぎます。

 そして少しジンの混じった右側のコップの中身をよくかき回して、今度は、ジンが少し混じった右のコップから、同じスプーン一杯のジン+トニックウォーターをすくって、左側のコップにそそぎます。

 こうすると、左側のコップにはジンに少しトニックウォーターが混じることになる、右側のコップには、トニックウォーターにジンが少し混じることになります。

 さて、ここで問題です!

 左側のコップに入っているトニックウォーターと、右側のコップに入っているジンでは、どちらが多いでしょう?


 問題は理解できただろうか?
 理系ならこう考えるかもしれない。初期値の双方の量をx、スプーンの量をyとする。最初のスプーン一杯の移動によるジンの比率はy/(x+y)。そして次に……として式を立てる。そして計算すると答えが出る。
 ところが、このクイズ、計算しなくても直感的に即座に答えが出る。文系的な発想? いえ、文系理系ということではない。
 この解答が即座に理解できるなら、本書を読む意味の半分はないだろう。即座に答えが出なかった人は、この本を読む価値がある。このクイズで本書が読者に考えさせるのは、むしろ問題をどのように見るかということで、そこに本書の重要性があるからだ。
 もう一つ本書のクイズを紹介したい。離婚の統計を見て、その推移の理由を考えるというものだ。1883年から2010年までの、千人あたりの離婚数の推移をグラフ化するとこうなる。

 注目したいのは、1983年の離婚率のピークから、1988年にかけて離婚率が17パーセント低下している部分だ。なぜ、ここで離婚率が減ったのだろうか?
 この問いに対して、学生は3種類の答えを出した。

(1)民主主義的な教育を受けた戦後世代の夫婦関係がよくなったから。
(2)結婚しなくても自立できる女性が増えたので離婚率も減ったから。
(3)バブル好況だったので離婚の原因が減ったから。

 どれだろうか。
 答えは、3つのどれでもない。
 どの答えも根本的に間違っている。なぜか。
 本書はそれぞれの答えを吟味したのち、それが根本的に間違っている理由として、問題を個人の心理的な原因に求めている点をあげている。
 つまり、ある社会問題が提示されたとき、それを「心」の問題として答えようとすることが根本的な間違いなのだ、ということが本書で説明されていく。
 問題を心に求めて解答とする傾向を著者は、「心でっかち」と呼ぶ。
 なるほど、私たちは、社会的な問題が提出されると、それをまず心理的な問題に還元しがちだ。そしてそれから精神論に移ってしまう。
 そういう考え方が根本的に間違っているのだというのが本書の主張であり、むしろ、精神論で社会を見つめていくことをやめれば、社会が理解できるようになる。
 なるほどと思う。
 では、本書には含まれていないが、こういう問題はどうだろうか。
 読売新聞に8日「就活失敗し自殺する若者急増…4年で2・5倍に」という記事が掲載された。


 就職活動の失敗を苦に自殺する10~20歳代の若者が、急増している。
 2007年から自殺原因を分析する警察庁によると、昨年は大学生など150人が就活の悩みで自殺しており、07年の2・5倍に増えた。
 警察庁は、06年の自殺対策基本法施行を受け、翌07年から自殺者の原因を遺書や生前のメモなどから詳しく分析。10~20歳代の自殺者で就活が原因と見なされたケースは、07年は60人だったが、08年には91人に急増。毎年、男性が8~9割を占め、昨年は、特に学生が52人と07年の3・2倍に増えた。
 背景には雇用情勢の悪化がある。厚生労働省によると、大学生の就職率は08年4月には96・9%。同9月のリーマンショックを経て、翌09年4月には95・7%へ低下。東日本大震災の影響を受けた昨年4月、過去最低の91・0%へ落ち込んだ。

 記事にある「就職活動の失敗を苦に自殺する10~20歳代の若者が、急増している」ということは事実である。では、なぜ、急増したのだろうか?
 読売新聞の記事では、「背景には雇用情勢の悪化がある」としている。が、その答えは、記事からすると警察庁の見解か、読売新聞記者の見解か判別したいが、後者と見てよいだろう。
 事実として「就活失敗し自殺する若者を4年で2.5倍に押し上げた」がある。そして、読売新聞が出した答えとして「雇用情勢の悪化」がある。
 これは、はたして答えになっているだろうか。答えというのは、「雇用情勢の悪化が就活失敗し自殺する若者を4年で2.5倍に押し上げた」と言えるだろうか。
 
 

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コメント

離婚の話はどれが正解か思わず考えてしまいました。答えは分からないという事なんでしょうかね。

投稿: ヒロ | 2012.05.10 20:39

こんにちは。
>この解答が即座に理解できるなら、本書を読む意味の半分はないだろう。
私には読む意味が半分ないな。ふん!

投稿: けろやん。 | 2012.05.11 05:09

今流行りの図書館のプライバシー問題だけど、公立図書館のデータシステムって、データ型が、書籍情報+貸し出し情報(期間と個人ID)が基本になっていて、なんと、貸し出し情報は蓄積されないで上書きになっているという、恐ろしく古いやりかたというか、昔の図書館の貸し出しシステムをしっていれば、つまり、本に日付をハンコでおして、本についたカードを、利用権と合体させて、本を渡すかわりに、そちらを預かってとか。つまり、この物理的やり方を、そのままPCシステムにして、恐ろしいことに、データベースでなく、プレーンなテキストのままのような。まぁ、公立図書館のHPいって検索すれば、わかると思う。このシステムを、このまま丸投げして、せいぜい貸し出し回数の統計ぐらいはしてもいいですよ。なんだと思う。つまり、ネット側のユーザーは、現実の図書館を知らず、アマゾンのようなシステムになるんだと妄想しているだけなんだと思う。あと、公立図書館をネット利用しているのも、ごく一部ということもわかっていないと。だいたい、うちの図書館も、前まで、予約が入ったら電話連絡するというのがあって、かなり長い間やっていて、やっとのこと、メールで知らせるか、HPで自分でチェックするかの2択になったぐらいで。そんな感じなで、なんか気の毒だよね。だいたい、役人も政治家も、コンピューターシステムなんてまるっきり信じてないし、活用方法もわかっていないのだから、もっと、しっかり理解して、公務員をリストラすればいいのに。ていうか、リストラできないように、図書館のシステムを当たり前の情報管理なんか絶対しないような。ま、いずれ、形になれば、ハッキリわかるけど、その頃には世間から忘れられていて、個人情報が流用されないけど、使い勝手がさらに悪くなるか、企業側からメリットがないっておりてしまっているような予感。外国企業にやられることは気にしないわりには、国内や政治と関係していると、神経質になるような状況の方がおかしいよ。むかつくよ、実名つけて、プライバシーを収集されるのに、あそこと最近のあそこだけど。

投稿: | 2012.05.11 22:07

話は少しずれるけど。

本を読む

心でっかちに対する優越感

「心でっかちに陥るのはそいつの心に問題があるから」と考えている自分に気づく

心でっかちも結局環境に対する精神の普遍的な反応のひとつにすぎず、現代人のモラルの低下(笑)とかではないのではないかと思い始める

なんか嬉しくない

今ここ!


実は心の問題ではないこともあるんだから、それに気がついて、距離をとってみては?というメッセージを本から受け取った気がする。でも、心の問題にしないとメシウマできない俺に愛の手を!!!

投稿: ドランゴ | 2012.05.18 23:41

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