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2012.04.13

北朝鮮ミサイルは「失敗」したのか

 北朝鮮のミサイル打ち上げが失敗した。事前報道では打ち上げは14日という想定が多かったように思えたので、私も今朝の騒動には驚いた。一段落付いてみると、さて本当に失敗と言えるのか、また、失敗とは何を意味しているか、多少疑問が残った。
 今回のミサイル実験が事前に失敗すると想定できたかというと、難しかっただろう。2009年のミサイル実験では、一段目を切り離し日本の東北地方の上空数百キロメートルを通過し、二段目も切り離して飛んだ。今回もその程度には飛ぶ可能性があると見られても不思議ではなかったからだ。2009年のミサイル実験でも今回同様、人工衛星と称していたが、衛星軌道到達速度には到達せず、その点からすれば失敗でもあったが、北朝鮮は成功と発表した。
 今回は一段目を切り離した直後に爆破したらしい。普通に考えれば、白を黒と言いくるめることが難しいレベルの失敗であり、北朝鮮がどう評価するのかが興味津々といったところだが、あっさりと失敗を認めた。そのあっさり感に逆にある種の違和感が伴う。もしかすると最初からこうした失敗は想定されていたのではないかという疑問も残した。
 この疑問については、事前からある程度予想されていた。11日のNHKかぶんブログ「専門家"技術的には前回より難しい"」(参照)がわかりやすい。まず、技術的な難易度だが、東方向けに発射された2009年のミサイル実験では地球の自転速度に後押しされるが、今回の南向きではその後押しがない分、より多くの推進力が必要になるため、難易度が上がる。


これについてロケット工学などに詳しい九州大学名誉教授の八坂哲雄さんは「南向きで、新たに必要となる推進力は、全体の5%ほどだが、もともと限界ギリギリに作られている機体にとって、さらに5%も能力を上げるのは、とても難しい。エンジンや機体の構造を変えたり、燃料を増やしたりする必要があり、3年前の東向きに比べ、技術的に難しくなる」と指摘しています。

 別の言い方をすれば、2006年の実験から3年間でその5%の推進力を得たかというのが、今回のミサイル実験の技術的な関心事であった。
 蛇足に近いが、日本の安全保障という点では田中防衛相が暴露しているように、今回のミサイル実験にはあまり意味がない。すでに日本を射程に収める300台ともいえるノドンミサイルを北朝鮮が配備できる現状にあり、とりわけ今回のミサイル実験だけが脅威となるわけではない。今回の実験が成功すれば米国のアラスカを北朝鮮が射程に収めるため、米国としては危機感を持つかもしれないという話である。
 ここであらためて問いを出してみたい。今回その5%推進力の向上という点で見たとき、はたして今回のミサイル実験は失敗したと言えるのだろうか。より技術的な視点でいうなら、1段目のエネルギーがどのように評価されるだろうかということになる。この点は現状ではよくわからない。
 かぶんブログにはもう一点、重要な指摘があった。

また、新たに能力を向上させた機体の場合、失敗する懸念があるとしています。八坂さんは「日本や欧米の場合でも、新型のロケット打ち上げではたびたび失敗している。打ち上げに失敗してロケットがコースを外れた場合、周辺の国の安全を考えた適切な監視態勢を北朝鮮自身がどこまで整えているか、とても懸念している」と話しています。

 大陸弾道ミサイルの打ち上げは失敗しがちなものであるという前提で、では失敗した場合、「周辺の国の安全を考えた適切な監視態勢を北朝鮮自身がどこまで整えているか」ということが当然問われる。
 周辺国というと、南接する韓国は当然のこととして、日本でもその領域に落下物が入る懸念もあり迎撃がものものしく問われていた。だが韓国を除けば、一番懸念するのは今回の飛行予想経路からして中国であることは間違いなく、であれば、予定コースが逸れて中国に落ちる可能性が考慮されているかが問われる。そこが北朝鮮に考慮されていただろうか? 中国は考慮していただろうか。
 私は、中国への落下は両国で考慮されていただろうと思う。あまりに不測の事態は避けたいはずだ。ではその対応はどういうものであったか。迎撃はありえないので、北朝鮮自身の遠隔操作によるミサイルの自爆であろう。
 そのあたり識者がどう見るのか気になっていたが、早々にNHKニュースでフォローされていた。「“みずから爆破指令の可能性も”」(参照)より。

ロケット工学に詳しい九州大学の八坂哲雄名誉教授は、「1分以上飛行して洋上に落下したということは、1段目のエンジンの付近で何らかのトラブルが起きたとみられる。その結果、機体が爆発したか、予定のコースを外れたために、北朝鮮がみずから爆破の指令を出した可能性もある。今回はこれまでよりも難しい打ち上げで、性能を向上させようと、設計で無理をした可能性もある」と指摘しています。

 興味深い指摘である。2点に分けて考えることができる。(1)予定コースを外れたので遠隔操作で自爆させた、(2)そもそも設計で無理をした(だから失敗と爆破は想定されていた)、という点である。
 1点目については、1段目の落下地点がわかれば想像は付くだろう。そこで北米航空宇宙防衛司令部の情報を当たってみると「落下点はソウル西165キロメートル」(参照)とあるので、地図を見て確認すると、当初の飛行予定経路からそう外れてはいないし、中国に落下する可能性は読み取れない。すると現状では、中国にミサイルが落ちないように自爆したという説は説得力はない。
 2点だが、これを明確に否定することが難しい。冗談っぽい話ではあるが、落下した2段目に燃料がないとわかれば確定である。最初から2段目以降を飛ばす気がなかった、と。だが、その確認は実質できないだろう。
 また、そもそも1段目の推進力のための実験であったか、という可能性だが、そのあたりは、ミサイルの本来の目的を合わせた評価が必要になる。とはいえ、これも概ね、単なる失敗と見てよいだろう。
 2点目に関連することだが、この失敗が想定されていたか、つまり「設計で無理をした可能性」はどうか。
 ここで政治的な問題が関わってくる。北朝鮮の技術者やミサイル推進派が、一か八かの勝負に出たということなのか、現在の金正恩ハリボテを操っている勢力が「失敗してもいいからやれ」としたかである。
 私の推測だが、後者であろう。ここで失敗しても、北朝鮮国内的には「人工衛星」打ち上げに失敗したで通せるし、軍事的には続けて核実験をすれば十分北朝鮮の脅威のアピールは可能だからだ。実態としてはそのあたりではないだろうか。
 冒頭の疑問に、「失敗とは何を意味しているか」を加えておいたが、それも言及しておきたい。日本の報道を見ると、今回のミサイル実験を北朝鮮の軍事的な脅威のアピールとして捉える筋が多い。だが、北朝鮮におけるミサイル開発は、日本でいったら自動車産業とか高速鉄道技術売り込みといった、外資を稼ぐ産業なのである。売り込み先は、公表はされないものの、イラン、パキスタン、シリアなどが想定されている。その点で、今回のミサイル実験失敗は、iPad4新製品発表会といった感じのイベントでもあった。実演会場で転けて恥じかいたのだろうか。
 こうした読みは奇妙に思える人も多いかと思うが、ロイターが早々にこの筋で米政府高官のコメントとして伝えている(参照)。

"This launch was also a chance for North Korea to showcase its military wares to prospective customers. The failure will make those customers think twice before buying anything."

今回の発射は北朝鮮が軍事品を見込み客に展示する機会でもあった。この失敗によって、これらの顧客は購入前に再考するようになるだろう。


 米国側の思惑を差し引いても、北朝鮮からミサイル技術を購入予定の国が「なーんだ北朝鮮のミサイル技術は使えねーじゃん」という評価になりかねない。
 この点についてどうなのか。概ねそうだとは言えるだろう。北朝鮮ミサイル、ダメじゃん、ということ。だが、技術的に見れば、これも切り離した1段目の性能評価による問題なので、そのあたりは技術者の解説を待ちたいところだ。
 
 

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コメント

finalventさん、おはようございます、

元々米国と北朝鮮の出来レースだったという説を聞きました。沖縄を狙うことで、沖縄県民の国防意識を高め、(論理的には無関係ですが)米軍駐留の情緒をたかめようと。だから、失敗でも狙うことが大切であったと。

このエントリーの趣旨から言えば、米国、中国、北朝鮮の利害が一致しないとありえないという結論になりますから、可能性は低いとは想いますが。

投稿: ひでき | 2012.04.14 04:24

この話題が出てきて、鳩山元首相のイラン訪問の話が記事にならないのが何か不思議ですね。

投稿: enneagram | 2012.04.14 08:23

鳩山問題は触れること自体が
当時民主党を支持した人には辛いでしょうな

「これは1段目の実験であって実は成功です」
と言うロジックはちょっと受け入れがたいですが

投稿: みかん | 2012.04.15 02:54

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