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2012.03.27

北朝鮮「人工衛星」打ち上げ問題の違和感

 来月に予定されている北朝鮮による「人工衛星」打ち上げ問題について、どうにももどかしい感じがするので、散漫になるかと思うが書いておきたい。もどかしいというのは、この問題をすっきり見渡せる視点が私の見る範囲では英米圏の報道にも見いだせないのに、遠目で見れば非常に明瞭な図柄が浮かび上がってくる奇っ怪さがあるからである。
 もどかしさにはいくつか違和感がある。まず感じられるのは、日本の市民に国防上の危機感が感じられないことだ。「そんなことはないだろう。報道を見ればNHKを筆頭に連日危機感を煽り立てているし、旧社会党残留濃度の高い民主党の政府も物々しい対応をしているではないか」というのはあるだろう。だが、日本市民として、いち生活者として、日本の安全が脅かされるといった空気は感じられない。そんな空気はないほうがましだというのはあるかもしれないが、日本市民は比較的安閑として構え、むしろ福島原発の放射能に危機感を感じているといった風情である。
 なぜなのか。「人工衛星」の落下物が日本領土内に落下する危険性があると言われても、さほどの危機感が日本の市民にないのは、おそらく、1998年、小渕内閣時代だったが、北朝鮮が通告無しに「人工衛星」テポドン1号を発射した事件のせいだろう。ミサイルは津軽海峡付近上空で日本列島をまたぐように飛び、第一段目は日本海にそして第二段目は太平洋に落下した。あのとき日本の市民は、事後になって知って大騒ぎをして、そしてそれからなーんだと内心思ったのではないか。つまり、慣れちゃったのである。今回の「人工衛星」の落下物については、さらに日本列島には落下しそうにもない。ほとんどの日本人が「関係ないじゃん」と思っているのではないだろうか。むしろ、政府の物々しい対応を違和感を持って見ているようにも、みえる。
 違和感というほどでもないが、1998年を思い出すとあのときは、ミサイルか「人工衛星」かという、率直にいえば愉快な議論があった。今回はない。あのとき国連安保理は、「ロケット推進による物体を打ち上げた行為に対し遺憾の意を示す」というジョークのような声明すら出した。が、今回は北朝鮮がどれほど「人工衛星」といってもミサイルでしょということになっている。人工衛星の技術はミサイルと同じだという話も出てくる。だったら日本の人工衛星はどうなのという話はこの文脈ではあまり聞かないが、まあでも、常識的に考えて、北朝鮮の「人工衛星」は普通にミサイルでしょ。
 違和感を列挙する。なぜ米国は騒いでいるのだろう。オバマ大統領は韓国まで出向いた。前回の北朝鮮のミサイルでもここまで騒ぐことはなかった。なぜなのか。大統領選挙で韓国系の票が欲しいというのを除いても、いくつか思うことがあるので、これも列挙すると、(1)北朝鮮の金王朝の新王には従来にないほどの危険性があること、(2)今回は非武装を理想とする平和主義の日本が脅かされるのではなく韓国領空を通過するので日本とは異なる韓国の国防意識を配慮したこと、(3)オバマ政権のヘマ、である。私は、そうこれは、オバマ政権のヘマの結果だと思っている。
 そういえばと、元外務相官僚天木直人さんのブログを見たら、案の定書いてあったが(参照)、米国はとうの昔に北朝鮮のミサイル発射方針を知っていたというのである。天木さんはこれをさも隠蔽された重要な情報だと見ているようだけど、いやそれ、わかってましたって。NHK解説委員ブログ「人工衛星"発射宣言の思惑」(参照)より。


先月の米朝協議で、北朝鮮は核実験やミサイル発射を一時凍結することを約束しました。アメリカはその見返りに栄養補助食品を支援することで合意しています。北朝鮮は、「アメリカと合意したのはミサイルの発射を凍結することであって、人工衛星を打ち上げるのは何ら問題ない」と言っていますが、アメリカだけでなく国際社会から反発を受けるのは当然、予想していたはずです。理解に苦しむところです。

 とはいえ曖昧に書かれていてわかりづらいし、他のネット上のソースがさっと見つからないが、この米朝協議で北朝鮮は「人工衛星を打ち上げるのは何ら問題ない」を米国と合意していたのだった。当然、これはミサイルだというのを米国もわかっていてこの協議を呑んだということである。
 その意味で、やるだろうなというのは米国側にはわかっていたし、実際にここまでこじらせたのは、端的に言えば、焦ったオバマ政権のヘマの一種だろう。もっともそれ以外に合理的な外交もなく、米国としても中国との何らかの手打ちの上で、ごっくんしたのかもしれないが。もうちょっと露骨にいうと、「人工衛星」かミサイルかの判定は実質米国が握っていたと言ってもいいのかもしれない。
 さて、いちばん大きな違和感。ミサイルのコースである。産経新聞「「衛星」発射 日本領空、通過の可能性 北、IMOに通報」(参照)の図を借りる。

 このコースを見て2つのことを思った。(1)どこを狙っているのか?、(2)この二段目落下地点の意味はなにか?
 1点目だが、狙いはオーストラリアである。むちゃくちゃな妄想と思う人も日本人にはいるかもしれないが、これ、普通にオーストラリアの人が見たらそう思うでしょと思って、オーストラリアの報道を見ると、普通にそう受け止めていた(参照)。
 ではなぜオーストラリアなのか。もちろん、米国の同盟国だからだし、時系列の文脈からすれば「極東ブログ:豪州米海兵隊駐留計画について」(参照)で触れたようにエアシーバトル(AirSea Battle)との関係があるだろう。
 2点目は、これはどう見てもあれでしょと思うのだが、その議論をメディアでもブログでも見かけないので不思議な感じがするし、であれば私の読み違いかもしれなが、それにしてもというのがあるので、まずこの図をご覧あれ。

 あらためて言うまでもなく第一列島線と第二列島線である。冷戦時代、西側が極東で共産主義を封じ込めるために引かれたものだが、近年では逆に中国はこれを突破することを軍事目的としている(参照)。
 今回の北朝鮮ミサイルの第二段目はこの第一列島線を意識するように落ちる。というか、明確に第一列島線が中国の軍事目的であることを表明している。
 え? 中国?
 違和感はそこだ。なぜ北朝鮮が中国の軍事戦略を先回って推進する必要があるのだろう。オーストラリアを狙うのも、これも対米国戦略と合致している。
 とすれば、このミサイル実験だが、(1)裏にいるのは中国、(2)北朝鮮が中国におもねっている、(3)米国が対中戦略で北朝鮮を陥れた、のどれかだろう。
 中国という文脈が出てくるなら、今回の実験を中国がどう見ているかだが、公式には、中国は北朝鮮のミサイル発射中止を要望している(参照)。現胡錦濤政権としては、北朝鮮の活動はご迷惑といったところだろう。ここまで露骨に東アジアの覇権を明示することは中国にもデメリットしかない。少なくとも、中国の国家規模の軍事戦略の一環に北朝鮮の核化とミサイルが組み込まれたということはなさそうだ。もっとも中国内の分子が北朝鮮と結んでいる可能性はある。
 するとどうなのか。基本線としては北朝鮮が中国に色目を使いながら軍事的な圧力をかけていると見てよいし、金王朝の新王にしてみると、先代を廃したとしても、その路線しかない。
 案外、オバマ政権はヘマしたわけでもなかったのかもしれない。
 最初から米国側で仕組んだということはないだろうが、北朝鮮にミサイル実験をさせることで、中国封じ込めの軍事体制をここで強化できるようになるからだ。少なくとも、沖縄の米軍基地を含め、日本を完全にその軍事体制に取り込む仕事がさくさくと進んでいるように見える。
 
 

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コメント

打ち上げコースですが、建前では「人工衛星を極軌道へ投入する」とのことです。
周回軌道(東方向へ打ち上げるコース)と違って、衛星からくまなく地球全体を観察できるというメリットがあります。

投稿: | 2012.03.27 12:52

なぜ「日本国民」ではなく「日本市民」と言う妙な書き方をするのですか?

投稿: | 2012.03.27 16:05

『市民』の世界史的な意味合いから考えて軍事的な責任まで含むのが市民
軍事問題を日本は人任せにしすぎだよね
古代の市民のように実際に戦えというわけじゃなくて思索を放棄してるという意味で人任せなんだけど
日本国民でも日本市民でも言い方はどっちでもあり
軍事について考えるときに市民という言葉を選択する歴史センスは何となくわかるよ
私の勘違いかもしれんが

投稿: 一人の戯れ言 | 2012.03.27 19:39

つ ttp://ja.wikipedia.org/wiki/市民

投稿: | 2012.03.27 23:05

南に向けて打つのは失敗したときに周辺諸国の迷惑にならないようにするためです。
過去二回の大型ロケット(テポドン1号・2号)は飛距離を伸ばす思惑や人工衛星打ち上げに偽装したこともあって東に向けて打っていましたが、実はこれは非常に危険なことでした。最初のロケット開発というのは幾度となく失敗した末にようやく成功するものです(日本は7回目で成功、韓国は3回連続失敗で未成功)。
東に向けて打ち続けていれば何時かは日本本土に落ちてきます。何処の国も宇宙開発黎明期は無人の海に向けて打ち上げます。北朝鮮の場合、未完成のロケットは地理的に南に向けて打つしかないのです。
つまり、今までが異常で今回からようやく正常になったのです。
正常になった背景には中国やアメリカの『指導』があったのかも知れませんが・・・。

投稿: neanias | 2012.03.28 23:08

イテコマされた国民が2%もいるよ!

北朝鮮の衛星打ち上げに関する緊急世論調査結果
   (2012年4月・日本各地の街頭で46430人に聞きました)

http://esashib.web.infoseek.co.jp/eiseisodo01.htm
北朝鮮の衛星打ち上げと隅田川花火はどちらが危険と思いますか?
隅田川花火打ち上げの方が危険  83%
どちらも危険ではない      11%
分からない            4%
北朝鮮の衛星打ち上げの方が危険  2%

北朝鮮衛星打ち上げの騒動をどう思いますか?
腐り切った日米財界と腐敗マスコミの猿芝居である 56%
腐った日米財界と天下り欲しさの防衛省の猿芝居  42%
もう直ぐ北朝鮮軍が島根県を占領する        2%

PAC3は北朝鮮衛星を打ち落とせると思いますか?(重複回答もOK)
究極のインチキ兵器だからハエも落とせない   86%
自衛隊の天下りのための兵器だから落とせる筈がない  92%
防衛予算を盗むための只のインチキな箱だから役立たず 95%
落とせる  0・2%

http://blog.goo.ne.jp/fugimi63119/e/29ccca663b23645d9044876e57310274

投稿: kj | 2012.04.09 13:45

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