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2012.01.08

[書評]タイランド(村上春樹)

 村上春樹の短編小説「タイランド」は、「蜂蜜パイ」と同じく2000年に出版された「神の子どもたちはみな踊る」(参照)に収録されている作品で、先日「蜂蜜パイ」を読み返したあと気になって読み返した。

cover
神の子どもたちはみな踊る
 私はこの短編「タイランド」が村上春樹の短編の最高傑作ではないかと思っていた。技巧的にも、その文学的な深みにおいても……。しかし時を置いて再読してみると、意外に文章は拙なく技巧も熟れていない印象が強く残った。が、依然好きな作品であり、強い印象をもつ作品であるし、再読して新しく心に残る部分もある。エントリを起こして書く意味があるのかよくわからないが、自分の関心にそって書いてみたい気がする。
 短編小説「タイランド」は、いわゆる世間に流布されている村上春樹のイメージからすると異色な作品と言えるだろう。主人公は五十歳過ぎの女性に設定に設定されていることや、タイという異郷に設定されていることといった表面的な指標からもそう言える。この作品は日本語で読むよりルービンによるこなれた英訳の方が美しく読めるかもしれない。だが曖昧で無意識的な暗喩を駆使する文学手法や主題への切り込みかたは村上春樹そのものであり、またおそらくとても日本的な作品でもあろう。
 物語は、免疫学研究を米国で続けてきた、五十歳過ぎの日本人女性「さつき」がバンコック・マリオットで開催される世界甲状腺会議に出席するためのフライトの光景から始まる。
 さつきはフライト中、閉経に伴う更年期障害・ホットフラッシュに悩まされながら、医者を求める機内アナウンスに答えるべきか悩む。医学者ではあるが臨床医ではなく、かつてそうした状況で臨床医によって受けた冷ややかな態度を想起する。
 4日間の医学者会議後はタイのリゾート地で一週間の休暇を取るとし、物語はそのタイでの出来事が綴られる。さつきは、おそらく米人であろう夫と離婚し、また米国社会での日本人差別にも疲れ、日本に戻ろうかとも考えているが、心の底に去来するものは、日本で過ごした若い日の堕胎とその経緯で憎むようになったある男性のことであった。
 さつきの離婚の理由は夫の不倫やいさかいもだったが、夫からすれば子供を産まないさつきへの不満もあった。さつきは若い日の堕胎で不妊となったのだろう。
 タイの休暇では、「ニミット」と名乗る六十歳過ぎのガイド兼運転手の男がさつきの世話をする。二ミットは三十三年間ノルウェイ人宝石商の運転手を勤めていた経験からプレーンな英語を話し、おそらくゲイであろう心情の細やかさから、さつきの苦悩を察し、現地のシャーマンの老女に会うことを勧める。老女はさつきの手を取り、じっと見つめながら、さつきにその癒しとなる指針を託宣し、さつきはその託宣の暗喩を深く受け止める。
 筋立てとしては以上のようなものだが、老女の託宣とニミットが語るかつての主人による北極熊の話がメタフィクション的に構成されるところに技工性があり、また二ミットが主人から相続したジャズ名盤やさつきが機内で読むジョン・ル・カレの小説(おそらく「われらのゲーム」であろう)などに村上春樹らしい安定した雰囲気が設定されている。
 主題は明瞭に、さつきの癒しと言ってよい。若いの恋愛がもたらした憎悪を抱えつつ五十歳まで生きた人間の苦悩と言ってよいだろう。だから、そうした憎悪のような苦悩を抱えない人間にとってはこの小説は薄っぺらな気取った文学趣味でしかないのはしかたがない。
 この憎悪がこの小説において文学的な光を受けるのは二つの光源からである。一つは神話的な思考とも言えるが、阪神大震災という惨事を惹起しうる強度に比喩されていることだ。
 ニミットはさつきが阪神大震災に遭遇しなかったかと問い、また知人が惨禍に遭わなかったかと心配して語る。

「それはなによりです。先日の神戸の大震災ではたくさんのかたが亡くなりました。ニュースで見ました。とても悲しいことです。ドクターのお知り合いには、神戸に住んでおられる方はいませんでしたか?」
「いいえ。神戸には私の知り合いは一人も住んでいないと思う」と彼女は言った。でもそれは真実ではなかった。神戸にはあの男が住んでいる。


あの男が重くて固い何かの下敷きになって、ぺしゃんこにつぶれていればいいのにと彼女は思った。あるいはどろどろに液状化した大地の中に飲み込まれていればいいのに。それこそが私が長い間望んできたことなのだ。

 老女の託宣の後さつきはこう思う。

生まれなかった子どものことを思った。彼女はその子どもを抹殺し、底のない井戸に投げ込んだのだ。そして彼女は一人の男を三十年にわたって憎み続けた。男が苦悶にもだえて死ぬことを求めた。そのためには心の底で地震さえも望んだ。ある意味では、あの地震を引き起こしたのは私だったのだ。

 憎悪から天変地異を求めるという心情は神話的であるが、そこからさらに天災を惹起した原因が自分である、というのはさらに神話的な心情を形成する。もちろん、そのようなことはありえない。天災が天罰などでもありえないように。
 だが憎悪の心情の理路では、すくなくともその憎悪を抱える本人の心情からの世界理解としては、その憎悪の維持のゆえに、憎悪の発現として天災が理解される。それは不思議ではない。憎悪を介して他者との関係を叫ばざるを得ない人々が多いことは、阪神大震災の後16年後の天災と事故でも普通に見られたことだ。
 逆にこう問うてみるとよい。憎悪がなければ、天災や事故に憎悪の実現に胸がすく思いがなければ、人はもっと助け合えることができるし、災害を乗り切ることができる。しかし、人には、おそらくできない。
 二点目は、この憎悪の存在とそれを抱えて五十歳を超えてきた、さつきという初老の女性にとって、生きることも死ぬことも不可能になるジレンマである。憎悪を抱えて生きるということは、死を達成しないし、死の準備ができない、ということだった。これがシャーマンの女性が語るメッセージの核心でもあった。
 癒しとは達成的な死を可能にすることだ。ニミットはさつきに静かに上手に死んでいくことを間接的にだが勧めた。

あの男が私の心を石に変え、私の身体を石に変えたのだ。遠く山の中では灰色の猿たちが無言のうちに彼女を見つめていた。生きることと死ぬことは、ある意味では等価なのです、ドクター。

 私たちは――そう言ってもいいだろう、心と身体を石にしてしまって半世紀も生きてしまう私たちは――生きるための、成功するための隠された目的でもあった憎悪を手放して、どうやって上手に段階的に死ぬことができるだろうか。答えは、ドリームワークである。夢の作業・課題である。
 ドリームワークが大きな課題として村上春樹文学に登場したのは、「世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド」(参照)に顕著だが、彼の文学がそもそもそういうものであったことに加え、ちょうど「タイランド」が書かれる時代「村上春樹、河合隼雄に会いにいく」(参照)に示されるようにユング心理学の河合隼雄(参照)との対話の影響があった。
 物語では、シャーマンの女性はさつきに、さつきが見るであろう夢を告げ、その夢での行動に「勇気」を求めた。夢のなかの課題・作業、ドリームワーク(参照)である。そして勇気とは「自分を認めるcourage」でもあり、「新しき存在」への勇気でもある。
 しかしそう語るだけでは何ももたらさない。この小説もその夢の門前で終わり、その夢の内部には入っていかない。村上春樹はその夢を語り、彼自身がその勇気を、聖ヨハネのように達成しなければならない。ではその文学は出現したのか。「1Q84」にその片鱗がある程度だろう。
 私たちは自分たち憎悪をその生の限界のなかで上手に死に接地させる精神の速度を失っている。夢が、ドリームワークがそれを可能にするというなら、私たちはどのような夢を持ちうるだろうか。夢、つまり、文学を。
 
 

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