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2011.03.05

最近聞いているジブリの歌のカバーとか

 久石譲のファンということもあって、ジブリ映画の音楽は総じて好きだが、なんとなくカバーで聞いてみたいと思うことがある。いろんな人が歌っているからというのもある。

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島本須美singsジブリ
 意外なカバーといえば、安田成美のじゃなくて、島本須美の「風の谷のナウシカ」(参照)だろうか。けっこう嫌いではない。好きと言っていいかもしれない。失念していたが、島本さん、私より年上なんだ。そりゃそうか。ナウシカも映画は1984年で、もうそんなになるのか。ナウシカについてはまあ嫌いではないが、どうにもちと微妙な感じがしてならない。というか、そのころのジブリ音楽やアニメの音楽を特に聞きたいというものでもない。平野文のCDを無くしてしまったのはちょっとさみしい気はしているが。
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記憶の森のジブリ
竹仲絵里
 最近のお気に入りは、竹仲絵里の「もののけ姫」(参照)である。何がいいのかと言われるとよくわからない。シンプルな曲作りで声が生かされていて、その声が好きということなんだろう。朗読少女ではないけど、なんか語りかけるような声質が染みてくる。というか、朗読的な歌という感じがする。歌詞中の「切っ先によく似たそなたの横顔」の「そなた」のところで微笑んでいる感じがする。その解釈でいいのか。そこはもっと怖い響きじゃないのか。とか、戸惑っているうちにこの歌唱にはまっている。



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わが麗しき恋物語
クミコ
 これはもうカバーというもんじゃないように思うが、クミコの「人生のメリーゴーランド」(参照)は、覚和歌子の歌詞と歌唱とメロディが嵌りすぎて泣けてくる。「夕焼け見渡せる楽屋口のドアは軋ませないで閉めきるのにコツがあるの」とかじんとくるじゃないか。映画でこれ歌ってたんじゃなかったっけと勘違いしそうになる。そういえば彼女、昨年の紅白に出て、聞いたのだけど、すまん、「INORI~祈り~」とか僕は好きではない。
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紅の豚
加藤登紀子
 ついででこれはカバーじゃないけど、おときさんの、とか言うとまるで全共闘世代になってしまうが、加藤登紀子の「時には昔の話を」(参照)。残念ながら圧倒的。実際に聞いているのは、iTuneで売っているほうの別バージョン(参照)。本人の持ち歌だからカバーではないのだけど、なんか別の人の歌唱にも聞こえる。少し音外してんじゃないのというずれと、60歳過ぎた女性の声の、なんというのか、やっぱ圧倒的な人間力とでもいうのか。これも考えようによっては、語りの歌か。泣けてくるしかないでしょ、こりゃ。

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2011.03.04

[書評]宇宙は何でできているのか(村山斉)

 「宇宙は何でできているのか(村山斉)」(参照)は昨年秋に出た本でそのころ書店に平積みにあったのが気になり、年明けになってふと思い出して別の本のついでなんとなくアマゾンで買ったものの、さらに積ん読状態だったが先日読んだ。

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宇宙は何でできているのか
村山斉
 普通の読書人が一読すればわかるが、そして書名のコンセプトが違うというものでもないが、2008年のノーベル物理学賞受賞の南部陽一郎氏、小林誠氏、益川敏英氏の業績の意味を一般向けに説いて下さいという幻冬舎の企画だったのではないかと察せされる。また著者の側からすると、当時民主党のめちゃくちゃで削られていく科学研究予算に反対するための科学啓蒙の意図もあったのではないかとも思われる。
 ですます体で書かれていることもだが、口述書き起こしを思わせる語り口調で、あたかもNHKあたりの教養番組焼き直し書籍の印象も与える。ところどころ、これも編集が頼んだのではないかなと思わせるが、著者一流のユーモアやギャグが添えてあり、心和む。総じて読みやすく、あとで知ったのだがけっこう売れた本らしい。評価も高かったというのも頷ける。
 内容はというと、先に南部博士らの名前を挙げたが、彼らが活躍していた1970年代を知っている科学少年としては、「ああ、懐かしい話だなあ」という印象のある素粒子論である。最終章は別にすると、どちらかといえば、物理学的な部分についてはやや退屈な印象がある。が、同時に、理論は先行していても実際の科学的な知識として人類が共有していくには、実験というものが持つ大きな意味合いも再確認できるあたりの、理論と実験のクロニカルな関係について、本書はとても上手に解き明かしている。
 現代物理学の知見を上手にまとめているかというと、概ねそうだと言ってもよいが、基本となる量子力学とアインシュタイン理論については、要点のつまみ食いに、エピソードで色を添えているという感じで、たとえば、量子力学のコペンハーゲン解釈などの説明もあるにはあるが、これで一般向けにわかるのだろうかという疑問も残った。
 終章を除くと、雑誌「ニュートン」とかで図解しそうな話題なのだが、この終章「第5章 暗黒物質、消えた反物質、暗黒エネルギーの謎」は別の意味で微妙な感じだった。率直にいうと、ここだけ解説された新書があるとよいと思うし、探せばあるのかもしれないが、どうなのだろう。「ワープする宇宙―5次元時空の謎を解く(リサ・ランドール)」(参照)か、佐藤勝彦氏の著作あたりだろうか。
 私の関心点は2つある。一つは統一理論である。本書でも端的に描かれている。

 詳しい説明を省いて言うと、この超ひも理論は、重力を含めた4つの力を1つの理論で統一できる可能性を秘めています。標準模型では電気力と弱い力が統一されそうですが、そこに強い力を含めた「大統一理論」はまだ確立されていません。ところが超ひも理論は、そこに重力まで加えて、すべての物理学者が夢見る完全な力の統一を実現できるかもしれないのです。

 重力をどう理論化するかということが、結局のところ物理学のテロス(目的)と言ってもいいのだろう。本書の書名のように「宇宙は何でできているのか」という問いかけに対して、アトミックに「それは素粒子です」というのでは、実は答えにはなっていない。にも関わらず、本書ではその部分が最終的にぼやけた印象はある。冒頭でも述べたように、南部博士らの研究や科学研究費といった日本の文脈があるというのは理解できないでもないが。
 もう一つは、これも結論的な言い方をすると、重力の問題に帰すると思われるが、終章の題にもある暗黒物質・暗黒エネルギーをどう捉えるかということなる。もちろん、その部分こそ、未知であり、理論的には本書の表現を借りるなら「何でもアリ」ということだいうこともわからないでもない。
 科学少年のなれの果ての私としては、科学的であるということは、既知の知見を知識として振り回すことではなく、宇宙とはなんだろうか、暗黒物質とはなんだろうか、暗黒エネルギーとはなんだろうか、という問いを出して、それに、さっぱりわからない、では「何でもアリ」というくらいに想像力豊かに考え、そして実験してみようじゃないか、ということだと思う。
 宇宙のエネルギーの73%は得体の知れない暗黒エネルギーという事実は、人間の知を困惑させるとともに、科学が人間の知に問いかける最上のなにかを持っている。その部分への本質的な愛情が実に上手に表現されているという点では、なるほど本書はよくできている。

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2011.02.28

[書評]移り気な太陽 太陽活動と地球環境との関わり(桜井邦朋)

 「移り気な太陽 太陽活動と地球環境との関わり(桜井邦朋)」は、昨日のエントリ「[書評]眠りにつく太陽 地球は寒冷化する(桜井邦朋): 極東ブログ」(参照)と同じく、桜井邦朋氏による著作で、テーマもほとんど同じと言ってよい。出版は昨年の11月だが、実際に執筆されたのは昨年の初夏のようでもあり、前著より早い時期のようだ。

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移り気な太陽
太陽活動と地球環境との関わり
桜井邦朋
 本書は専門書でも大著ではなく、広義に一般書になると言ってもよいが新書のような軽さはない。その分、科学的な記述と説明が多く、いわゆる科学書に仕上がっている。科学的な性向のある人には、本書のような議論の展開のほうが読みやすいかもしれない。
 テーマは副題にあるように、「太陽活動と地球環境との関わり」であり、地球の気象変動をどのように考えるかということから、「気候変動に関する政府間パネル(IPCC: Intergovernmental Panel on Climate Change)」の温暖化説を、地球環境変化の内因説として捉え、これに対して著者の専門である太陽物理学による外因説を対峙させている。結果的には、外因説を取ることで内因説による地中温暖化説を否定していると見てよさそうだ。
 全体は6章構成になっている。

第1章 “地球温暖化"とは何か―内因説と外因説―
第2章 内因説の推移―温暖化物質の循環と蓄積効果―
第3章 外因説―太陽、星間ガス、地球の公転ほか―
第4章 地球環境の形成―二つの太陽放射:電磁波とプラズマ―
第5章 太陽放射の長期変動から見た地球環境
第6章 気候変動の歴史と太陽の変動性
第7章 近未来を予測する― 気候はどう推移するか―

 本書を読んでよかったと思ったのは、すでに明白だが、地球環境変化を内因と外因の2つの面から考える視点を得ることだった。そうすることで、逆にIPCCの温暖化説が相対的に理解が深まる面もあった。
 従来、地球環境変化を、特に地球温暖化について内因と外因に分けて考えにくかった理由もはっきりとわかった。結論を先回りすることになるが、素直に外因説に立つのであれば、地球環境変化をもたらす外的な電磁放射エネルギー流入に変化があることが前提となる。しかし、そこにはほとんど変化は存在していない。

しかしながら、図2に示すように、過去一五〇年ほどの期間を通じて、僅かに〇・二パーセント(%)ほどしか、このフラックスは変化していない。この事実から、太陽からの電磁放射エネルギーの総量における変動が、現在進行しているいわゆる地球温暖化(global warming)の原因になりえないことが、明らかである。”気象変動に関する政府間パネル”(IPCC)の評価報告が、人類の産業活動が生み出した炭酸ガス(CO2)の大気中における蓄積を、その原因としているのは、太陽放射の変動性が非常に小さいことによるのであろう。

 議論はIPCCによるモデルを元にしているが、実際にIPCCの議論がこのような理路で外因説を考慮外としているかについてまでは私にはわからない。
 本書はこの後、「外因説をとるならば、ほかに原因をもとめなければならないのである」として、外因説の構築に向かう。
 外因説の議論は、私の理解では、3つの点から構成されている。第1は、太陽活動が生み出す地球磁場の変動である。この点が本書のもっとも面白いところである。地球温暖化への珍妙な反論ではないかといぶかしく思う人にもこの議論は有益であろう。第2はこの変動によって引き起こされる宇宙線量の変化である。この点についてもおそらく異論は少ないのではないだろうか。
 そしてこの2点の構成から、太陽活動と過去の地球環境の変動の記録が考察され、そこに因果的な的な関係があるという展開になる。この部分は昨日エントリで紹介した新書と同じ論法である。
 特に明確な関連があるかに見えるのは、太陽周期と年平均気温の推移で、これを強調した1991年のFriis-Christensen and Lassenのグラフは本書2章でも引用されている。

 産業革命以降の時代において、太陽活動の周期の長さの変動が平均気温の変動とあまりにもきれいに重なりすぎて、逆にうさんくさい感じがしないでもないし、この程度の話はすでに地球温暖化議論では却下されているのではないかという印象もある。本書としても、これを出して外因説の証拠だとしているわけではなく傍証的な扱いに留まっている。
 むしろ外因説で興味深いのは、太陽活動の長期変動と宇宙線が大気中で生成するベリリウム同位体(10Be)の存在量の変化の関係で、このあたりの議論は知的な興奮を誘うだろう。
 残念ながらというべきか、3点目の問題、宇宙線量と気象の因果関係の説明はやはりスベンスマルク説を参考にするのみという印象がある。実際には、スベンスマルク説については本書ではほとんど触れられていないので、外因説の最終的な詰めの部分は弱いと言わざるをえないだろう。私としても、ここにスベンスマルク説がきっちり嵌るかというと疑念が残る。なんらかの別のメカニズムが存在するようにも思える。
 本書は、太陽活動の不活発の予想と過去の地球気温変動の類推から、地球が寒冷化に向かうとしている。また、1999年以降、地球の温暖化は進んでいないとする言及もある。
 ここでしかし、誰もが昨年の猛暑を思い出し、昨年の平均気温は統計収集を始めた1891年以降のデータ中、2番目に高い値であったことを思いだすだろう。また気象庁によれば、今年の夏は昨年のような炎暑にはならないまでも、平年(1971-2000年)よりは高くなると気象庁は予想している。この夏が暑ければ、本書のような寒冷化予想は滑稽なものに思えるかもしれない。
 私は本書の予想が重要な意味をもつのは、サイクル24がピークとなるはずの2013年ではないかと思う。現在予想されているようにそのピークが低ければ、寒冷化の長期傾向はあるのではないか。
 サイクル24の異常が確認されるにつれ、本書の社会的な価値は変わってくるだろう。まだ先のことではあるが、思えばこのブログも7年もやっているので、そのくらいのスパンで留意しておきたい。

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2011.02.27

[書評]眠りにつく太陽 地球は寒冷化する(桜井邦朋)

 「眠りにつく太陽 地球は寒冷化する(桜井邦朋)」(参照)は昨年の秋に出た本で、そのころに読んだが、いろいろ思うところがあってこの間、なんども考え続けてきた。書籍として面白い本かといえば、文句なく面白いと言ってよい。
 桜井氏は太陽物理学の世界的な権威でもあり、一般向けの書籍も多く文章も達文で読みやすい。世界史・日本史など歴史に関心のある人にとっても興味深い指摘が多く、読みながらなんどもはっとさせらる。科学少年だった私が中学・高校生時代に好んで読んだブルーバックスに似た印象もあり、楽しい。

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眠りにつく太陽
地球は寒冷化する
桜井邦朋
 良書ではあるのだが、この間、逡巡していたことが2点ある。まず、地球温暖化説との関係である。
 本書は副題からもわかるように、地球温暖化については現在マスコミで報道される地球温暖化説とまったく逆の立場にあり、寒冷化を主張している。当然、温暖化説への反論ともなり、その文脈で読まれることになる。
 しかし、本書を読むとわかるが、寒冷化説の科学的な論拠の提示は弱く、さらに温暖化説への否定も弱い。いち読者の結論のような言い方になるが、この文脈では、著者の専門とする太陽物理学ではなく、「[書評]“不機嫌な”太陽 気候変動のもうひとつのシナリオ(H・スベンスマルク、N・コールダー): 極東ブログ」(参照)で扱ったスベンスマルク説の援用を示唆しているに留まり、しかもスベンスマルク説の解説はごく軽く触れられているにすぎない。
 論の流れとしては、著者が専門とする太陽物理学からは、太陽活動が地球気象に影響していると見られるが、その因果説としてはスベンスマルク説が有力ではないかといった示唆に留まっている。論理的には、本書の主張はスヴェンスマルク説と独立としてもよい。別の言い方をすれば、本書は地球温暖化説への反論という枠組みを意識せず読まれたほうがよいだろう。
 もう一点は、標題に「眠りにつく太陽」とあるように、太陽活動の不活発化への仮説をどう理解してよいか、困惑していたことである。実際はどうなのだろうか。
 太陽の活動には平均で約11年の周期があり、各周期には天文学的に番号が振られている。現在は24番目を意味する「サイクル24」という時期になる。しかし、このサイクル24に異常と疑われる事態あるという指摘が本書のテーマである。
 前提となる前回のサイクル23だが、1996年に始まり、最も活発となる極大値は2000年だった。平均であれば、2007年ころには終わり、2008年ころからはサイクル24に入るはずなのだが、本書出版時の2010年秋ですらもその気配がなかった。
 サイクル23が14年にわたりだらっと続いた状態が続いた。そのこと自体でもすでに太陽活動は不活発になっているとも言える。また2003年ころから見られる太陽の自転速度からも太陽活動の不活発が想定されていた。
 自明とも言えるが、サイクル24が到来しないとは考えられない。本書の主張では、サイクル24は弱いものになるだろうという推測になっている。では、それはどの程度に弱いのか。実際にサイクル24が力強く立ち上がる兆しは見られるのか。
 サイクル24は弱いとする本書の予想自体は、著者独自のものではない。NASAでも概ねそのように推測している。

 NASAの予想図では、周期太陽活動に強い、普通、弱いの3つのシナリオを想定している。強い場合でも、サイクル23よりは弱くなると見られる。
 現時点ではどうかというと、この間、大きなニュースがあった。16日のBBC「Sun unleashes huge solar flare towards Earth」(参照)でも報じられたように、日本時間の15日の午前11時過ぎに、サイクル24で初となるXクラスの大きな太陽フレアが観測されたのである。
 世界中の天文学関連学者とアマチュア無線家とオーロラ愛好家が、いよいよサイクル24が本格的に始まると狂喜乱舞した。学者にしてみると太陽への関心が高まる。アマチュア無線家は遠方まで電波が飛ぶ祭という事態になる。オーロラも出現する。つまり、太陽フレアは地球に影響を与える。
 このことで著者桜井氏の予想が外れたということではない。今後、サイクル24の立ち上がりが急速になり、ピークも高くなれば、氏の予想は外れたと見てよいだろう。その最終的な評価は2015年になるだろうが、衰退の予想は、今年から来年にかけて深まるだろう。
 本書が過去の地球気象歴史と太陽活動の経緯から推測していることが正しければ、その因果的な説明はさておき、小氷期の到来が予想されることになり、2015年あたりで地球の農産物生産にも影響を与え出すだろう。
 そうなるだろうか。
 現時点ではわからないとしか言えないが、本書を読みながら、私も小学生でアマチュア無線技師資格をとった人なので思うのだが、サイクル24が微弱であることは、IT産業にはよい影響を与えるのではないか思う。
 先のBBCの報道にもあるが、過去の太陽サイクルのピークにおける太陽嵐によって電話網がダウンしたことがある。送電網に誘導電流が加わり過剰電流でダウンしたこともある。高度な通信網を使う現代では、太陽嵐はアマチュア無線家が喜ぶだけでは済まない影響力がある。
 NASAが元ネタ(参照)とも言えるが、英国大衆紙SUNは、今年の2月、サイクル24の不活発をネグって、2013年には太陽フレアで地球は大災害を受け、空が真っ赤になるかもとネタを飛ばしていた。おそらくそうはなりそうにないが、それは小氷期の到来の可能性を意味するかもしれない。


英国大衆紙SUNは太陽フレアで
空が真っ赤になるかもとネタを飛ばした。


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