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2011.02.19

バーレーン情勢について西側の見方から

 バーレーンの争乱について現状をメモしておきたい。基本的に西側がこれをどう見ているかという観点を取る。結論を先に言えば、米国を含め西側諸国はバーレーンのさらなる民主化を望んでいると見てよい。
 バーレーンの争乱は形の上ではエジプトの争乱に触発された形で始まった。14日に首都マナマをはじめ、シーア派住民の地域でデモが計画された。偶発的ではないことから治安当局も前日にこれらの地域に警察を配置し厳戒態勢を敷いていた。
 デモでは、マナマ周辺でシーア派住民約100人が当局と衝突。他の地域でも同様に衝突し、警察は催涙弾・ゴム弾・衝撃手榴弾で鎮圧に乗り出した。
 バーレーンの警察はバルチ族やシリア人といった外国人が多く雇用されており、鎮圧に国民的な温情は期待されない。ある程度予想されていた事態でもあるが犠牲者が出て、その感情的なエネルギーでデモはさらに活性化した。18日時点の報道(参照)では死者は4人、負傷者は66人とのこと。15日夜にはデモは数千人に及び、マナマの真珠広場に集結し占拠したが後、強制排除された。
 17日、治安維持に軍が出動したが、中国天安門事件のような軍による大惨事という拡大はない。バーレーンは米海軍第5艦隊が司令部を置く米軍の中東防衛の拠点でもあるが、それに影響を及ぼすという事態にもなっていない。米国側には、この争乱自体は、それほどの危機という認識はない。ただ、深い危機の前触れの懸念はある。
 チュニジアから始まった一連の争乱は、日本ではIT技術や民主化というくくりで語られがちだが、チュニジア争乱は実際はフランスとの関係を背景にした政権交代に近いものであったり、エジプト争乱の実質は軍部のクーデターであったり、イエメンは元から破綻国家に近かったりなど、それぞれの国の事情の要因が強い。民主化として注目できるのはイランの争乱くらいかもしれない。
 バーレーンについては、当初のデモの要求に、当局に拘束されているシーア派住民の釈放があるように、基本的にシーア派住民の不満が背景にある。その後、1971年以来継続しているハリファ首相の退陣要求もあり、さらに現スンニ派の王体制の転覆も叫ばれてはいる。シーア派中心の反政府活動は、隣国で反イスラエル・反米政策を採るシーア派国家イランとの関連も疑われるが、仮にその要因があったとしても顕在的な問題とはなっていない。
 バーレーンは人口80万人弱で世田谷区より少ない。国内総生産(GDP)は鳥取県ほど。先に言及したようにペルシャ湾の入口という地理的な条件から米軍基地があり、金融センターとしても発展している。
 2002年からは日本のように立憲君主制となり、二院制議会も持つ。内閣は王によって任命された首相が担う。司法も独立し、普通選挙も実施されている。それなりに民主化しているではないかと見えないこともない。
 実態はかなり異なる。今回の争乱がシーア派住民から起きたように、国民の四分の三はシーア派であるが、構造的にシーア派は差別されている。王家を中心としたスンニ派との間に構造的な社会対立があり、後で触れるワシントンポスト社説は、シーア派住民には公民権がないとまで述べている。
 醜悪と評してもよいと思うが、警察にバルチ族やシリア人を雇用し公民権を与えているのは相対的にシーア派の人口を抑制する目的もありそうだ。立憲君主制といっても日本のような象徴性ではなく、王は議会に対して拒否権を持っていて、緩和な専制になっている。
 昨年夏には、バーレーン当局は、24名ほどのシーア派指導者をテロ対策法の名目で逮捕拘留した(参照)。今回のデモの背景は、一連の中東争乱というより、昨年のこの事件の余波と見てよいだろう。
 バーレーンの政体で興味深いのは、とりあえず制度的にはシーア派が政治プロセスからまったく排除されているわけでもないことだ。内閣23閣僚のうち11人も王家親族がいるが、4人はシーア派であり、議会でも40議席の内、18議席をシーア派のウィファーク会派の議員が占めていてる。彼らは今回のデモに協調して議会ボイコットに出ている(参照)。
 事態が憂慮されるのもそれなりに議会が機能しうる可能性があるからあり、映像報道にしやすい争乱の風景は、フランスなど西側諸国の出来事にも似ている。バーレーンの場合、民主的なプロセスで正常化に至る可能性がないわけではない。が、それを阻む大きな問題は別のところにある。
 米国が今回の事態をどう見ているかだが、比較的米国の国益に近い観点を示すワシントンポスト社説「Bahrain's crackdown threatens U.S. interests」(参照)は、バーレーン政府の強圧的な態度を非難し、米国の国益に合致しないと見ている。


Not only is the crackdown likely to weaken rather than strengthen an allied government, but the United States cannot afford to side with a regime that violently represses the surging Arab demand for greater political freedom.

バーレーン政府による弾圧はこの同盟国政府を強化するよりも弱体化させがちであるばかりでなく、政治的自由の拡大を求めるアラブの台頭を暴力で弾圧する政治体制に対して米国が支持しづらくなる。


 ワシントンポストとしては、エジプト争乱と同様、米国政府はバーレーンに争乱が起きる前に民主化に関与すべきであったし、オバマ政権はまたしても失政であったという立場は取っている。
 ニューヨークタイムズ社説「Now Bahrain」(参照)も、バーレーンにいっそうの民主化を求めるという点でワシントンポストの論調と似ている。
 興味深い指摘も含まれている。日本などではつい、米国は反イラン体制を取るため、バーレーン争乱でも、イランを中心とするシーア派弾圧に米国政府が荷担するかのような見方もあるかもしれない。ニューヨークタイムズ社説は、対シーア派弾圧についてこう言及している。

Now the government is looking for a scapegoat - blaming Iran for the unrest. Tehran certainly never misses a chance to foment trouble. But the Shiites’ demands are legitimate, and the appeal of Iran and other extremists will only grow if the government continues on this path.

現状バーレーン政府はスケープゴートを探している。争乱についてイランを非難しているのである。確かにイラン政府に争乱を助長させる可能性がないわけではない。しかし、バーレーンのシーア派住民の要求は合法的であり、バーレーン政府がこうした態度を続けるのなら、イランの主張やその他の過激派を増長させるだけになる。


 イランを非難しているのはバーレーン政府ではないかという指摘である。さらに、イランへの非難は逆にイランの問題を悪化させるだけだとニューヨークタイムズは見ている。この指摘は正しいだろう。
 米紙でないがフィナンシャルタイムズ社説「Bahrain gets tough」(参照)も米2紙に近い見解を出し、バーレーン政府の圧政を非難し、民主化改革を求めている。

A fairer share of the national pie and government for the Shia, and a beefed-up parliament able to dismiss prime minister and cabinet, would secure the rule of the al-Khalifas, until now not under real challenge.

シーア派住民に国家資源と政府をより公平に分配し、首相と内閣を解任でき力を持つ議会は、アール・ハリーファ王の支配を確たるものにするだろう。だが、現状本当に求められている状態ではない。


 フィナンシャルタイムズ社説で興味深いのは、米紙ではないこともあるだろうが、この問題の背景にあるサウジアラビアについてかなり踏み込んだ言及をしている点だ。民主化改革の前提としてこう述べている。

To do that, the ruling family and its patrons in Saudi Arabia will need to overcome their contempt for the Shia, which long predates their paranoia about Iran.

そのためには、バーレーン王家とサウジアラビアにいるその守護者は、シーア派住民への侮蔑を克服する必要がある。これはイランへの妄想以前からあるものだ。


 あらためて読み直して、フィナンシャルタイムズはものすごいことを言うものだと思う。これこそ宗主国意識というものかもしれないが、スンニ派とシーア派の確執のど真ん中直球である。ここで両派の歴史とバーレーンの歴史を解説してみたい気にもなるが避けておくのが無難だろう。
 いずれにしても、バーレーン問題の背景にはサウジアラビアがあり、実際のところ、これまでの中東の争乱はそこに至るかが注目される導火線でもある。

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2011.02.18

エジプト争乱と軍部への疑念

 もう大分世間の関心も薄れて来つつあるエジプト争乱だが、とても重要な時期に来ているように思われる。昨日のエントリでも触れたが、今日18日、エジプトでは「勝利の行進」というデモが予定されている。このデモの動向がどうなるか。概ね危機的な状況を引き起こすことはないと見てよいだろうが、政治的には重要な転機になるかもしれない。
 日本国内ではどう報道されているか、朝日新聞記事「ムバラク政権の閣僚ら4人拘束 汚職容疑でエジプト検察」(参照)を読むと、表題の汚職容疑に触れたあと、こう伝えている。


 また、軍幹部はロイター通信に、次期大統領選で軍部からは候補を擁立しない考えを示した。ムバラク政権の崩壊を受けて全権を握る軍最高評議会が、腐敗の是正や民選政府の樹立など、市民や野党勢力の要求に応じたかたちだ。
 一方、ムバラク氏を退陣に追い込んだデモを続けてきた若者グループ「4月6日運動」やムスリム同胞団などは18日、「勝利の行進」と名付けたデモを行う予定。デモでは「革命の勝利」を祝うとともに、軍最高評議会に対し、政治犯の釈放や迅速な民主化などを求める予定だ。

 朝日新聞記事からだと、エジプト軍部は市民や野党の要求をよく受け入れており、また、「勝利の行進」もその一環のようにも見える。そうだろうか。
 ロイター「カイロで政変祝う「勝利の行進」計画、前大統領派もデモへ」(参照)と比べると興味深い。

 政権崩壊から約1週間が経過したものの、エジプト国民の生活は正常化には依然程遠い。通りには戦車が配備され、銀行や学校も閉鎖されたままで、ストライキも続いている。
 簡易ブログ「ツイッター」には「あす(18日)100万人が変革と要求を守るためのデモを行う」と投稿され、活動家らは会員制交流サイト「フェイスブック」でもデモ参加を呼び掛けた。
 一方、前大統領を支持するグループはムバラク氏の功績をたたえ、政権崩壊に至ったことを「謝罪する」デモを計画。デモを呼び掛けたグループによると、前大統領支持派は黒、反体制派は白を基調とした衣装を身にまとうという。
 大規模なデモが計画されるなど混乱が続く中、軍最高評議会が混乱を鎮めようとする動きもみられている。

 ロイターのほうが状況を詳しく伝えている。
 「勝利の行進」だが朝日新聞記事では「若者グループ「4月6日運動」やムスリム同胞団など」の「など」にムバラク支持派が入っていることを読み取るのは難しい。この対立のデモの展開になる可能性もある。しかし、推測だがムバラク支持派がここで大勢を巻き返すというシナリオはないだろう。
 問題はロイター記事が伝えている「通りには戦車が配備され」という現状である。軍が依然、エジプト国民を鎮圧している状況に変化はない。1981年発令の非常事態令は解除されていない。
 軍側は解除の意向があるとの報道はある。朝日新聞記事「「エジプト軍、非常事態令を解除」 大統領選前に」(参照)はこう伝えている。

ムバラク大統領の退陣を受け、全権を掌握したエジプト軍最高評議会が任命した憲法改正委員会の委員が16日、「軍部は6カ月以内に予定している大統領選と議会選の前に、30年前に発令されたままの非常事態令を解除すると確約した」と述べた。
 最大の野党勢力ムスリム同胞団から憲法改正委に参加しているサレハ氏が、ロイター通信に語った。軍最高評議会も11日の声明で「混乱が収束すれば、非常事態令を解除する」との考えを示していた。

 ここをどう読むか。
 冒頭のほうの朝日新聞記事に戻るが、この記事をよく読むと「勝利の行進」について、「政治犯の釈放や迅速な民主化などを求める予定」とあり、実は、政治犯はいまだ釈放されていない状況がわかる。後から争乱の起きたリビアが政治犯を100人以上釈放しているのに、なぜエジプトでは遅れているのだろうか。
 そもそもこれらは遅れなのだろうか?
 同じくエジプト国民に求められている改憲だが、このプロセスも疑問がある。産経新聞記事「改憲案の策定始まる 「ムバラク路線」踏襲に懸念」(参照)より。

ムバラク政権が崩壊したエジプトの改憲委員会メンバーが15日、全権を掌握する軍最高評議会によって任命され、改憲案の策定作業が始まった。最高評議会は「10日以内」という日程を示し、早期の民政移行に向けた改憲手続きを進める姿勢を示しているが、その半面、審議時間が少ないことから改正は小幅にとどまらざるを得ないとの見方が強い。


最高評議会が指示したのは、(1)大統領選の立候補資格の緩和(2)大統領の再選回数の制限(3)司法による選挙監視(4)非常事態令の解除-などに必要な条文の見直しで、これらは、ムバラク前大統領が辞任前日の10日にテレビ演説で約束したものとほぼ同じだ。

 現状では、ムバラク元大統領がエジプト国民の要望を受けるとした状況から変化はない。ムバラク氏が辞任したことによる違いは実はなにもない。
 何かおかしいのではないかとする報道は、なぜか日本国内ではあまり見かけないが、ワシントンポストは15日社説「Keep pushing in Egypt」(参照)で疑問を投げかけている。前向きな変化もあるとしているが。

Those were positive steps. But the military's early actions are also giving grounds for concern that it may not accept key demands of both the Egyptian opposition and the United States - measures that are critical to establishing a genuine democracy.

これらは前進ではあった。が、軍部の初期行動は、エジプト国民と米国双方の重要な要求を受諾しないのではないかと懸念させる根拠も与えている。要求されているのは、民主主義を樹立する上で決定的に重要である手法である。



While two generals met on Sunday with a group of representatives of the youth movements that organized the protests, neither those representatives nor other opposition leaders have been included in the regime's decision-making. Nor have the generals been willing to meet with several key opposition leaders, such as former U.N. official Mohamed ElBaradei. The cabinet appointed by Mr. Mubarak last month has been reconfirmed.

抗議運動を組織した青年運動家グループ代表に、将軍ふたりが日曜日に面会したものの、これらの代表も反対派リーダーも、依然政治体制の意思決定機構に含まれていない。さらに将軍らは、前国連役員モハメド・エルバラダイ氏など、重要な反対派指導者とは面会していない。ムバラク氏が任命した内閣は依然、再確認されたままである。


 米側の指標としては、エルバラダイ氏の政治参加に着目しているのだろう。
 ワシントンポストが疑念を持つようにエジプト軍部の実際の動向は朝日新聞記事などが前向きに報道している状態とはかなり異なっている。
 エジプト民主化の方向は決まっているのだから慌てることはないという考えもあるだろうが、実態は、事態の展開を急いでいるのはエジプト軍部であるとワシントンポストは見ている。

Rather than create joint structures to decide on such matters as how to amend the constitution, when to hold elections and what other reforms to undertake, the military has been rushing ahead with its own plan - which looks a lot like that promoted by Mr. Mubarak and his vice president, Omar Suleiman.

憲法改正の手段、選挙の時期、そしてその他の改革といった事項の決定に、参加的な政治機構を形成するよりも、軍部は自身の計画を急いでいる。状況は、ムバラク氏やその副大統領であったオマール・スレイマンで推進された状況とよく似ているのである。



The military's intentions look even more questionable because of its continuing refusal to lift an emergency law that restricts public gatherings and allows detention without charge, and its failure to release thousands of political prisoners.

公的集会を制限し、令状なしの拘留を規定する非常事態令撤回を拒否と、数千人の政治犯を釈放不履行を継続していることからすると、軍部の意向はいっそう疑問符が付く。


 民主化を求めるのであれば、どこに指標を置くべきか。議会である。
 ワシントンポストの論調もそこに集約される。

Opposition leaders themselves differ on how quickly elections can be held and whether the constitution should be amended or scrapped. That's all the more reason why these questions should be hammered out around a round table, rather than abruptly decided by martial decree.

反対派指導者自身、選挙の迅速な実施や憲法を改正するか廃棄するかについて意見を異にしている。こうした状況だからこそ、これらの疑問は、軍部の指令で突然決定するのではなく、円卓会議において議論されなければならない。


 議会の前段となるものが可視なるとき、エジプトの民主化も現れ始める。

追記・翌日
 デモのようすをBBCはこう伝えた。「Egyptians celebrate but military starts talking tough」(参照)。


Egypt's ruling military council says it will not tolerate any more strikes which disrupt the country's economy.

エジプトの支配する軍事評議会は、国の経済を混乱させるこれ以上のストは許容しないと声明を出す。


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2011.02.17

エジプト争乱、ワエル・ゴニム氏の役どころ

 エジプト争乱で一躍英雄となったワエル・ゴニム(Wael Ghonim)氏だが、少し気になることもあるので、いずれ米国が関与する類似の事件を考えるときの参考にもなるだろうから、これもついでまとめておこう。
 そう思ったのは、昨日、ちょっと奇妙なニュースを毎日新聞記事「エジプト:18日に大規模デモ 「若者連合」幹部」(参照)で見かけたからである。


 【カイロ和田浩明】エジプトのムバラク大統領(当時)に対し、即時辞任を求めて今月初めに反政府デモグループの全国的な連合組織として結成された「革命の若者連合」幹部、ハリド・サイード氏(27)が15日、毎日新聞と会見した。実権を掌握した軍部と16日に面談し、内閣刷新や新憲法の導入、野党弾圧に使われてきた非常事態令の解除などを求めることを明らかにした。「革命はこれからも続く」とも語り、18日に大規模デモを実施して要求受け入れを迫る考えだ。

 カイロにいる新聞記者が「ハリド・サイード氏(27)」とそのまま書いてしまうのはどういうことなんだろうというのが奇妙な点である。もしかすると、本当にそういう名前の人がいるのかもしれないし、記事には顔写真もついているので、いかにもこの人という印象は受けやすい。しかし、この争乱をそれなりに見てきた人なら、その名前を聞けば、それは仮名でしょと思うはずだ。そのあたりは後で触れたいと思う。
 もう一つ、この記事で気になったのは以下。

 同連合は、1月25日からの反政府デモを主導した若者団体「4月6日運動」や「自由と正義」など5団体で構成する。国際原子力機関(IAEA)前事務局長のエルバラダイ氏の支援者や、穏健派イスラム原理主義組織で最大野党勢力の「ムスリム同胞団」の関係者らも含まれる。

 この若者連合は、米国とつながりのある「4月6日運動」(参照)を含んでいるのだがその関係はよくわからない。また、ネットを通じた活動の英雄といえばワエル・ゴニム氏だが、その関係もよくわからない。ただ、結論だけいうと、エルバラダイ氏を巻き込み、ムスリム同胞を相対化させるという米国の思惑とは同調している。
 さて、英雄ワエル・ゴニム氏だが、13日付けのニューズウィーク「The Facebook Freedom Fighter」(参照)に詳しい話がある。同記事は昨日の日本版にも抄訳がある。執筆者はマイク・ジリオ(Mike Giglio)とのみあるので同社の記者であろうか。過去記事から見ると、エジプト争乱に対する米国の関与を否定していくスタンスが強い記者なのでそのあたりのバイアスを前提にして記事を読む必要はあるだろう。
 同記事は、ニューズウィークが入手したワエル・ゴニム氏とナディヌ・ワハブ氏の交信記録とゴニム氏へのインタビューを元に構成されている。当然ながら、そんな記録どこからどういう思惑でニューズウィークに流れたのかというのも気になるところだ。
 記事のポイントはこの二人にある。二人のつながりにあると言ってもいいかもしれない。二人の関係の成立だが、昨年の春に遡る。

Ghonim and Wahab met electronically last spring, after Ghonim volunteered to run the Facebook fan page of Mohamed ElBaradei, the Egyptian Nobel Prize winner who had emerged as a key opposition leader; Wahab offered to help with PR. Ghonim had a strong tech background, having already founded several successful Web ventures. But it was his marketing skills that would fuel his transformation into Egypt’s most important cyberactivist.

ゴニム氏とワハブ氏が遭遇したのはオンラインで時期は昨年の春のことであった。ゴニム氏は、エジプト人ノーベル賞受賞者モハメド・エルバラダイのFacebookファンページをボランティアで運営してからのことである。エルバラダイ氏はすでに政府反対派のキーマンとなっている。ワハブ氏はその広報に助力したいと申し出た。ゴニム氏はすでに成功したWebベンチャーをいくつか設立していて、強い技術背景も持っていた。


 ワハブ氏とはどのような人物か? ゴニム氏が連行された3日後の話に彼女の紹介がある。

Three days later in Washington, D.C., Nadine Wahab, an Egyptian émigré and media-relations professional, sat staring at her computer, hoping rumors of the caller’s disappearance weren’t true.

三日後、米国ワシントンD.C.で、エジプト人亡命広報専門者のナディヌ・ワハブ氏は、パソコンを見つめ、呼び出し人失踪が噂であることを期待した。


 ゴニム氏のサポーターであるナディヌ・ワハブ氏は、エジプト人亡命機関の広報専門者である。ごく簡単にいえば、エジプト民主化の米国政治団体と見てよいだろう。そして、であれば、ウィキリークスが暴露(参照)した、エジプト民主化への米国の関与組織とも関係があると見てよいだろう、ごく普通に。
 そして記事にもあるしかつ報じられてもいるが、ゴニム氏のほうは、米国インターネット検索大手Googleの幹部である。グーグルとしてもそれはゴニム氏のプライベートの活動ですから知りません、というはずもないだろう。陰謀論のように推論する気はさらさらないが、ウィキリークス公電暴露から見てもわかるように、ワハブ氏のような政治団体やウォルフ米議会議員らの活動はネットを使った中東民主化サミットで繋がっていたと見てよいだろう。
 もちろん、それがすべて最初から一体であったわけではないだろうし、ゴニム氏とワハブ氏の遭遇はオンラインであったとすることに疑義を持つものではない。が、注目したいのは、ゴニム氏が昨年春時点で、エルバラダイ氏を担いでいること、ワハブ氏もエルバラダイ氏に注目していたことだ。つまり、ネットメディアを使ったエジプトの民主化というより、エルバラダイ氏をいかに担ぎ出してエジプトに送り込むかというのが、この時点のテーマであった。
 エジプト在Googleのゴニム氏と米国政治団体ワハブ氏によるエルバラダイ氏担ぎ出し運動用のFacebookは昨年の6月には、広報成果もあるだろうし、ウィキリークス公電暴露からも推測されるように各種の支援からも、すでに人気となっていたのだが、この6月に事件が起きた。

That month, a young Alexandria businessman named Khaled Said, who had posted a video on the Web showing cops pilfering pot from a drug bust, was assaulted at an Internet café by local police. They dragged him outside and beat him to death in broad daylight. Photos of his battered corpse went viral.

その月、麻薬捜査物件から麻薬を盗み出す警官の映像を投稿したハリド・サイード(Khaled Said)という名の、アレクサンドリア在の若いビジネスマンはインターネットカフェで地元の警察から急襲された。彼は真っ昼間に引きずりだされ、撲殺された。彼の撲殺写真はネットのウィルスのように拡散した。


 チュニジアと同様、エジプトでも昨年夏、当局暴力による象徴的な若者の犠牲死があり、ハリド・サイードという名前はその象徴ともなった。冒頭、毎日新聞記事に私が不審をもったもの、ハリド・サイードという名前のそうした連想からである。
 ゴニム氏とワハブ氏の活動にもこれは影響を与えた。それ以上かもしれない。

Ghonim was moved by the photos to start a new Facebook page called “We Are All Khaled Said,” to which he began devoting the bulk of his efforts. The page quickly became a forceful campaign against police brutality in Egypt, with a constant stream of photos, videos, and news.

写真に心動かされたゴニム氏は、「私たち全員がハリド・サイードである」というFacebookページを新規に立ち上げ、ネット活動の力をそちらに注ぎだした。このFacebookページは、一連の写真やビデオ、ニュースを持っていることから、急速に警察暴力に反抗する力強い政治運動になった


 ゴニム氏はこう語る。

“My purpose,” he said in a conversation with Wahab, “is to increase the bond between the people and the group through my unknown personality. Thisway we create an army of volunteers.”

「私の目的は、私を個人的に知らない人々やグループ間結束を増やすことだ。こうして私たちは志願兵による軍隊組織を形成するのだ」と彼はワハブ氏との対話で述べている。


 ここをどう読むかが難しい。素直に読めば、元来はエルバラダイ氏担ぎ出し運動であったものが、警察当局の暴力への対抗で感情的な批判運動へと、ゴニム氏の感情から転換したとも言える。ただし、ワハブ氏もこの変化に寄り添っていたことを考えに入れると、反対派勢力を盛り上げる広報戦略として、エルバラダイ氏からハリド・サイードに鞍替えしたと見るほうが妥当だろう。しかし、この鞍替えが政治的な文脈としてよかったかは疑念の残るところだ。ある意味、これはゴニム氏とワハブ氏が想定していなかった方向に暴走し始めたと見ることもできる。そして、これらを軍部はどう見ていたか。
 エジプト争乱のきっかけはチュニジアの暴動であったが、同記事を読むと、ゴニム氏とワハブ氏は焚きつけるだけ焚きつけておきながら、その行き先に確信はなかったようにも読める。1月25日のデモ行動に参加を募った後でもゴニム氏はこう考えていた。

In the space of three days, more than 50,000 people answered “yes.” Posing as El Shaheed in a Gmail chat, Ghonim was optimistic but cautioned that online support might not translate into a revolt in the streets.

3日間で5万人を越える「YES(参加する)」という回答を得た。ゴニム氏は、エル・シャヒードの偽名によるGmailチャットで、楽観視はしているが、ネットの支持は市街の抵抗運動に変わるわけでもないとも警告していた。


 ゴニム氏はありがちな扇動者というところだ。記事には言及がないが、私の推測ではこの脇の甘さが、実際には、別運動団体の事実上の便乗と軍部の察知から謀略を招いた。
 そう推測するのは、当局の動きからだ。翌々日、すでに尾行を探知していたゴニム氏だが連絡が途絶え、翌朝失踪したのである。当局による拉致であるが、極秘に行われた。当局側が25日の運動でゴニム氏を危険視したというのが穏当な考え方だが、私は、当局はウィキリークス公電暴露からもわかるように、当局は彼らの活動を知っていて、それ以前から注目し、泳がすだけ泳がした。都合の良い時期にこの暴動を乗っ取るシナリオが動き出したと見てよいように思う。
 ゴニム氏が消えてからは、米側のワハブ氏の奮迅となる。そのプロセスは同記事に劇画風に描かれていて面白いのだが、面白すぎて、ワハブ氏の背景を覆い隠している。
 ウィキリークス公電にも事例が暴露されていたが、米国政府は著名な反対派活動を調査しつつ解放をエジプト政府に迫っている。この暴露事例から見ても、ゴニム氏の解放へ米側が強力に動いたことは間違いないだろう。これを陰謀論というなら、もういちどウィキリークス公電の暴露事例を読んでいただきたい(参照)。
 二週間後解放されたゴニム氏自身は、反対運動の盛り上がりに浦島太郎状態であったように同記事は書いている。それはそうかもしれないが、すでにゴニム氏は別の駒として使うように釈放されていたと見てよい。匿名で煽動するはずのゴニム氏は、この間、すっかり英雄として演出する舞台が設置されていたのである。
 すでに明らかになっているように、ムバラク氏の引きずり下ろしは軍部と米国間で規定事項であった。15日付け毎日新聞記事「エジプト:「辞任か追放」 軍、ムバラク氏に迫る--10日演説後」(参照)より。

エジプトのムバラク前大統領が今月10日に「即時辞任拒否」の演説をした後、一転してカイロを追われ辞任する事態になったのは、エジプト国軍が「辞任か追放」という二者択一の最後通告を突きつけた結果だったことが、米紙ワシントン・ポストの報道で分かった。
 同紙によると、反政府デモの高まりの中、エジプト国軍とムバラク政権指導部の間では先週半ばまでに、ムバラク氏が何らかの形で権限移譲をすることで合意していた。オバマ米政権も10日までに、国軍から「辞任か権限移譲」の二つのシナリオを聞いていたという。

 あとは、だめ押しでガス抜きし、流れをムスリム同胞団相対化に結びつければよいのである。ゴニム氏に渡された脚本は、解放された時にはもう決まっていたということだろう。まあ、そう表現すると修辞のわからない人から脊髄反射的に陰謀論とか批判さそうだけど、仔細を冷静に見れば、そういう流れの事態であった。

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2011.02.16

エジプト軍部クーデターの背景

 エジプト軍部がなぜ巧妙に偽装したクーデターを画策したのか。その背景を知るのに、ニューズウィーク記者クリストファー・ディクニー(Christopher Dickey)氏の、13日付けニューズウィーク記事「The Tragedy of Mubarak」(参照)が興味深いものだった。いくつか気になったところをメモしてみたくなった。ちなみに、今日付けの日本版にも抄訳が載っているが、かなり記事に手を入れている。まあ、それはそんなものかな。
 NHKのニュースなどでも、ムバラク元大統領に関連する欧州銀行口座が凍結されたみたいな話があり、それを聞いていると、ムバラク氏もかなりの不正蓄財がありそうにも思えるが、そうでもないらしい。


Mubarak’s fall is not a story like the one that unfolded in Tunisia, of a dictator and his kin trying to take their country for all it was worth. Although there have been widely reported but poorly substantiated allegations of a $40 billion to $70 billion fortune amassed by the Mubarak family, few diplomats in Egypt find those tales even remotely credible. “Compared to other kleptocracies, I don’t think the Mubaraks rank all that high,” says one Western envoy in Cairo, asking not to be named on a subject that remains highly sensitive. “There has been corruption, [but] as far as I know it’s never been personally attached to the president and Mrs. Mubarak. They don’t live an elaborate lifestyle.”

ムバラク失墜は、チュニジアの独裁者と親族について流布されている物語には似ていない。ムバラク家は400億ドルから700億ドルの財産を持つと報道されるが、さしたる根拠はない。ある在エジプト外交官はその話をおよそ信用していない。「他国の私物化体制に比べて、ムバラク氏が最高水準にあるとは思えない」と重要な地位にある匿名の在カイロ西側特使は語る。「腐敗はあったが、私が知る限りでは、それは一度もムバラク大統領夫妻に拠るものではなかった。ご夫妻は奢侈な生活をしていない。」


 そうなのではないかと思われるのは、ムバラク氏の妻、スザンヌ夫人の人徳による。

His partner in the family tragedy was Suzanne Mubarak, the daughter of a Welsh nurse and an Egyptian doctor, who married Hosni when he was a young Air Force flight instructor and she was only 17. By the time she was in her late 30s, when her boys were teenagers and her husband was vice president, she set about reinventing herself as a social activist in Egypt and on the international stage. “Suzanne is 10 times smarter than her husband,” says Barbara Ibrahim of the Civic Engagement Center at the American University of Cairo.

ムバラク家の悲劇はスザンヌ夫人にあった。彼女は、ウェールズ人看護婦とエジプト医師の娘でわずか17歳のとき、空軍兵士のムバラク氏と結婚した。子供がまだ10代で夫が副大統領であった30代の後半、彼女は自身で国際的な社会改革家として活動した。「スザンヌ夫人は夫より10倍も賢い」とアメリカ・カイロ大学市民活動センターのバーバラ・イブラヒム氏は言う。


 ムバラク氏もまた野心をもって独裁者になったわけではなかった。偶然に近いものだった。

As commander of the Egyptian Air Force, he had been a hero of the 1973 war against Israel, so when President Anwar Sadat summoned him to the palace in 1975, he thought maybe he was going to be rewarded with a diplomatic post, but no more than that. (Friends say Suzanne told him to try to get a nice one in Europe.) Instead, Sadat named him vice president. And on Oct. 6, 1981, as Sadat and Mubarak sat side by side watching a military parade, radical Islamists opened fire, killing Sadat and making Mubarak the most powerful man in the land.

ムバラク氏は、エジプト空軍司令官として、1973年の対イスラエル戦争の英雄でもあったが、当時のアンワル・サダト大統領が、1975年、彼を宮殿に呼び出したとき、彼は、報償として外交官にでも任命されるのではないかと思っていた。スザンヌ夫人もそれなら西洋がいいわと薦めていた、と友人らは語る。現実は、サダト大統領は彼を副大統領に任命した。そして1981年10月6日、サダト氏とムバラク氏が並んで座り軍事パレードを見ていたとき、イスラム過激派は銃撃でサダト氏を殺し、かくしてムバラク氏はこの地で最高権力者となった。


 なにが夫妻の人生を狂わせたか。ただの時の流れであったか。記者は、夫人の後年の一家のための権力欲とムバラク氏の虚栄心だと見ている。そうかもしれないし、そうでないのかもしれない。
 ムバラク氏は82歳にもなって権力の座にしがみついていると言われたし、実際にそうでもあったのだが、自身の晩年には、人間らしい悲劇はあった。溺愛していた12歳の孫が2009年脳内出血で死亡し、以降後継者への希望も生きる希望も見失っていたらしい。病気も抱えていた。
 長男のアラー(Alaa)氏はサッカー好きのビジネスマンで政治家になる気はなかった。一家を継ぐ母の期待は次男ガマル(Alaa)氏にのしかかっていたのだろう。

The president’s younger son had spent nearly a decade studying the art of politics in his father’s ruling National Democratic Party ever since returning from London, where he had worked for Bank of America and then run his own company, Medinvest. He imported organizational ideas and administrative techniques from abroad, especially from Britain’s Labour Party. (“Tony Blair has taken more vacations in Egypt than God,” a friend of the family notes in passing.)

大統領の次男は、バンカメで職を得、自身の会社メディンヴェストも運営していたロンドン生活から戻ってからは、父が支配する国民民主党の政治手法の習得に10年を費やした。彼は秩序だった経営理念と管理技法を海外、特に英国の労働党から導入した。(ちなみに「トニー・ブレアはエジプトで神より多くの休暇を取った」と一族の指摘している。)


 ガマル氏は日本で言うところの「新自由主義」と途上国的な独裁政治手法を習得していた。ガマル氏はその面ではそれなりに有能でもあり、理想もあったのだろう。政治家としては能力に欠けてはいたのだが。

Even so, many of Egypt’s best and brightest businessmen gathered around Gamal’s standard. Some profited mightily from the association, while others set out to modernize an economy still weighed down by policies dating back to the “Arab socialism” of Gamal Abdel Nasser. Some did both, and several were brought into the government. Liberalization, privatization, and modern telecommunications began to transform the business landscape.

いずれにせよ、エジプトで最も有能なビジネスマンの多くはガマル的な価値観に集結した。このグループから多大の利益を得た者もいたが、他方、古くさいガマル・アブダル・ナセルの「アラブ社会主義」の政治で疲弊した経済の近代化を推進しようとした者もいた。各種の思いの人々が政府に入っていった。自由化、民営化、現代の通信技術はエジプトのビジネスシーンを変革しはじめた。


 日本で言うところの「新自由主義」政策が実施され、エジプトの国家経済は向上したが、日本と同様の反動も生まれた。全体の経済がボトムアップすると相対的に所得格差は広がる。また旧来の社会主義政策的な権力基盤にある人々から、反発が沸き起こっていた。

Foreign direct investment increased dramatically at first, and until last year the economy was growing by 6 to 7 percent. But the new money also created a new class of super-rich Egyptians. It stoked resentment among tens of millions of people living on the edge of survival, among the young and educated who still could find no jobs - and among the military and secret-police establishment that was, for all the government’s new business-friendly technocratic veneer, the real foundation of Mubarak’s regime.

外国からの直接投資は最初は劇的に増大し、昨年まで、エジプト経済は6~7%も成長していた。しかし、新しいマネーはエジプトに超富裕新興階級をももたらした。このことが、生き残りの縁にいる数千万人の怒りをもたらした。それには、職のない若者世代や高学歴者もいる。そしてさらに軍部と秘密警察の幹部も含まれていた。彼らこそ、政府内のビジネス志向の新興階級にとって、ムバラク体制の本来の基盤であった。


 かくして、打倒「新自由主義」である。打倒「親米政府」である。
 どっかの国で起きたような反動に国民の熱気が巻き込まれていく。これこそが、エジプト軍部クーデターの背景であった。

As a weakened Mubarak leaned more on his Army to save him, the generals’ first targets were the “businessmen” in the cabinet. Gamal’s allies were forced out. Several were threatened with prosecution. The old guard had won its first victory. Then the president himself stood down. The old guard was in charge again. The fact will register on ordinary Egyptians soon enough. Another soap opera - or another tragedy - may begin. But this one won’t be called The Mubaraks.

弱体化したムバラク氏が救済を彼の軍部に求めたとき、軍部の将軍達の最初の標的は、「ビジネスマン」たちであった。ガマル氏の同盟者は力尽くで押し出された。起訴で脅迫された者もいた。守旧派は最初の勝利を勝ち取った。次に大統領自身が引きづり下ろされた。守旧派の掌握が再建された。この事実はすぐにエジプト国民に刻み込まれるだろう。別の昼メロドラマが始まるだろう。それは別の悲劇というべきかもしれない。いずれにせよ、それはもはや、ムバラク家の物語とは呼ばれまい。


 大河ドラマ、ムバラク家の物語は終わり、エジプト守旧派の昼メロがこれから始まるのである。それは記事がためらいがちに予想するように、エジプトの悲劇であるかもしれない。
 「新自由主義」打倒!、親米政権打倒!の勇み声で倒された政権を持つ国家が、その後、どんなにしょぼいことになるのかということについては、まあ、語るまでもないだろう。

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2011.02.14

BBCが報道した日本の自殺賃貸

 先日BBCで現代日本社会について多少気になる記事を見かけた。一言で言えば、賃借者が自殺した賃貸物件についての話である。世間でよく聞く話でもあるし、誰も賃貸のお世話になるときは気になる項目でもある。が、自分の印象ではあまり日本の報道で見かけたことはない。
 住宅域で増えている空き家の少なからずも住んでいた人の自殺が関係しているのではないかなと思いつつ、先日、NHK追跡!AtoZで「消えた家主を追え ~都会で急増 “迷惑”空き家~」(参照参照)も見たが、その関連の話はなかった。ちなみに同番組は足で稼いで努力をしたのは理解できるが、特例一例に着目するだけのひどい代物で、しかも落とし所に最近NHKのネタである無縁社会を持ってきてしまった。普通に考えたら空き家でも所有者がいるなら固定資産税がかかっているわけで、普通ならまずそのあたりについて調べるだろうに。というか、NHKも調べたはずに違いないのだが、なんかよくわからない別の話にすり替わっていた。
 BBCの記事だが、2月10日付け「The stigma of Japan's 'suicide apartments'」(参照)である。タイトルは「日本における自殺アパートの汚名」とでもなるだろうか。拙い訳でよければ全訳したほうが話が早いような気もしたがBBCの著作権の扱いがわからないので、言及するに留めよう。

 話は、近年、22歳の娘さんを無くした仙台の父親の描写から始まる。仏壇に入れることがでない娘の写真に悲しむというものだ。娘さんは東京のアパートに暮らしていて、薬剤を多量に摂取して亡くなった。記事には特定されていないが睡眠薬であろうか。その死を知らされたのは父と娘の母である前妻とあるので、親は離婚しているのだろう。父親としては自殺だったと理解しているわけではない。警察がどう扱ったかについても記事には言及はない。そのあたりが、後段の話と関わりがありそうにも思うので、多少気にはなるのだが。
 BBCの話の主題は、世界に名だたる日本の自殺率の高さではなく(それはさらりと前振りにある程度)、賃貸者が自殺した場合の賃貸物件についてである。娘を亡くしたその父には、悲しみに追い打ちをかけるように家主から請求書が届いたというのだ。額は£18,650とある。250万円くらいになる。娘さんが借りていた賃貸が月額どのレベルであったかわからないが、月10万円としても二年分くらいにはなる。そんなにも請求されるものだろうか。またそのような請求に根拠があるのだろうか。
 BBCの記事にはその疑問はなく、日本人は賃借者に死者が出ると、汚れたものとしてその浄化儀式に費用がかかるといった文脈でさくさくと進んでいく。"Many families are also required to pay for expensive purification rituals."(多くの家族もまた高額な浄化儀式の支払いが求められる)というわけである。いや、自殺者が出ると不動産物件の価値が毀損されたという話もあるが。いずれにせよBBCとしては、自殺者を宗教的に不浄と見る日本社会を描き出しているつもりなのだろう。当たってないわけではない。いや、大当たりかな。
 文脈は、仏教徒の不動産屋が篤信でこうした物件を半額で扱うといった話があるが、私がちょっと読みを誤っているかもしれないけど、仏教の関わりで記者が何を言いたいのかはよくわからない。英国では仏教徒ならそういう日本の因習はないと見ているということなのだろうか。
 BBCの話はそれだけで、文化的な誤解とも言い切れないがなんとも後味の悪い記事で、この数日心に引っかかっていた。
 気になるのは、自殺者の賃貸物件補償なのだが、これは連帯保証人ということですよね(いや、そうでもないらしい)。それと、こうしたことは世間にそう珍しいことでもないから、相場が存在しているはずでと、ちょっとググってみると、OK Waveにあった。「娘が賃貸アパートで自殺しました。保証人である父親が賃貸アパートのオーナーに賠償請求されています(参照)」とのこと。


賃貸物件:1Rが14戸ある築3年の賃貸アパート。
賃貸料:5万
自殺者:賃貸契約者(保証人の娘)
自殺状況:部屋で薬により自殺。死後40時間後発見。
発見当時は夜中で近辺の人が騒ぎに気が付いたもよう。
部屋の状態:自殺による部屋の汚れは全く無し。
 
現在の交渉で、賃貸アパートのオーナーは次のような賠償を請求する意向のようです。
 
1:空室になった全部屋の入居までの家賃全額
2:自殺があった部屋の5年間の家賃割引総額(月1万5千円程度*5年分)
3:御祓い費用
4:部屋の洗浄費用

 請求額は、1万5千円の60か月ということで、90万円ほどになる。
 寄せられた回答は、リンク先を見よということで、辿ると(参照)。

●賠償金を相続人保証人に請求可能
 立証された場合、相続人である家族に賠償金を支払ってもらうことができる。法人契約していた場合も、法人は入居者が履行補助者となるので、債務不履行として請求することができる。また、保証人は、賃借人の用法義務違反の損害賠償責任をも保証するため、損害賠償金を請求することができる。
 ただし、ここで問題になるのは、どのくらいの金額を請求することができるかである。
 例えば、一つの目安として、事件後10年間は、住み心地の良さを欠くとして瑕疵担保責任を追求することが可能だが、10年間入居者が決まらないという可能性を立証することは難しい。そのため、10年間分の家賃を請求することは困難である。
 そのため、あらかじめ契約書の特約事項に「万が一、自殺行為があった場合は、違約金として○円を徴収する」という事項を明記するのもひとつの手である。ここで気をつけたいのは、この違約金の額を一方的に賃借人に不利な数字を掲載すると、消費者契約法にひっかかってしまうことである。そのため、3ヶ月から半年分の家賃が妥当だと考えられる。
 ちなみに次の入居者には、「自殺があった物件」であることは必ず告知しなければいけない。目安として、事件後5年間位は新規入居者には告知する必要があるという。

 どの程度業界的に妥当なのかよくわからないが、「事件後5年間位は新規入居者には告知する」が先の5年請求の元になっていそうな雰囲気はある。
 親族に死なれるのもつらいが、不動産屋としても現実の損失があるので、妥当な調停は必要なのだろう。とはいえ、こういう物件に対して、「無神論者の私は気にしませんから」という市場を設定してもよさそうな気もする。でも、実際にやったら、無視論者を言明している人が実際には避けたりして。
 余談だが、先日、以前住んでいた町を通り過ぎ、そういえば、この二階の事故で死者が出たなあとあるビルを感慨深く見上げた。そこは塾になっていた。町の風景は変わり、この町であの事件を知っているのは私くらいかもしれないなと不思議な気がした。


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2011.02.13

ウィキリークスがエジプト「4月6日運動」について暴露した2008年12月30日の公電

 昨日のエントリ(参照)について、補足がてらに該当ウィキリークスの他の部分も含めて、ざっと翻訳しておくことした。もしかすると、すでにどこかで翻訳されているかもしれないし、訳は粗くて申し訳ないのだけど、ご参考までに。

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S E C R E T SECTION 01 OF 02 CAIRO 002572
秘密分野 カイロ002572 02の01
SIPDIS
FOR NEA/ELA, R, S/P AND H
NSC FOR PASCUAL AND KUTCHA-HELBLING
E.O. 12958: DECL: 12/30/2028
TAGS: PGOV PHUM KDEM EG
SUBJECT: APRIL 6 ACTIVIST ON HIS U.S. VISIT AND REGIME CHANGE IN EGYPT
件名:「4月6日運動」活動家の米国訪問とエジプト政体の変革について
REF: A. CAIRO 2462
¶B. CAIRO 2454
¶C. CAIRO 2431
Classified By: ECPO A/Mincouns Catherine Hill-Herndon for reason 1.4 (d).

¶1. (C) Summary and comment: On December 23, April 6 activist XXXXXXXXXXXX expressed satisfaction with his participation in the December 3-5 "Alliance of Youth Movements Summit," and with his subsequent meetings with USG officials, on Capitol Hill, and with think tanks. He described how State Security (SSIS) detained him at the Cairo airport upon his return and confiscated his notes for his summit presentation calling for democratic change in Egypt, and his schedule for his Congressional meetings. XXXXXXXXXXXX contended that the GOE will never undertake significant reform, and therefore, Egyptians need to replace the current regime with a parliamentary democracy. He alleged that several opposition parties and movements have accepted an unwritten plan for democratic transition by 2011; we are doubtful of this claim. XXXXXXXXXXXX said that although SSIS recently released two April 6 activists, it also arrested three additional group members. We have pressed the MFA for the release of these April 6 activists. April 6's stated goal of replacing the current regime with a parliamentary democracy prior to the 2011 presidential elections is highly unrealistic, and is not supported by the mainstream opposition. End summary and comment.

¶1. (C) 要約とコメント:「4月6日運動」の活動家であるXXXXXXXXXXXX氏は、12月3日-5日の「青年運動サミット同盟」に参加し、加えてシンクタンクを伴う米国連邦議会開催の米国政府役員と会合に満足したことを12月23日に表現した。彼は、国家治安調査局が帰国時に、彼をカイロ空港で拘束したようす、またサミットで実施した、エジプトにおける民主化変革の要望についてのプレゼンテーション・メモと議会会合のスケジュールを没収したようすについて記述した。XXXXXXXXXXXX氏は、エジプト政府はけして重要な変革を受け入れないし、よってエジプト国民は現体制を議会制民主主義に置き換える必要があると主張した。彼は、いくつかの野党と運動団体が2011年までに民主主義への移行についての書かれざる計画を受け入れたと主張した。私たちはこの主張を疑っている。XXXXXXXXXXXX氏によれば、国家治安調査局は最近2人の「4月6日運動」の活動家を解放したが、さらに3人のグループ活動家を追加で逮捕したとのことだ。私たちは、「4月6日運動」の活動家の解放をエジプト外務省に催促した。2011年の大統領選挙に先がけて現政権を議会制民主主義と入れ替えるという、「4月6日運動」の活動家らが語る目標は非常に非現実的なため、主流の反対党派には支持されていない。
要約とコメントを終える。

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Satisfaction with the Summit
サミット会議で満足
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¶2. (C) XXXXXXXXXXXX expressed satisfaction with the December 3-5 "Alliance of Youth Movements Summit" in New York, noting that he was able to meet activists from other countries and outline his movement's goals for democratic change in Egypt. He told us that the other activists at the summit were very supportive, and that some even offered to hold public demonstrations in support of Egyptian democracy in their countries, with XXXXXXXXXXXX as an invited guest. XXXXXXXXXXXX said he discussed with the other activists how April 6 members could more effectively evade harassment and surveillance from SSIS with technical upgrades, such as consistently alternating computer "simcards." However, XXXXXXXXXXXX lamented to us that because most April 6 members do not own computers, this tactic would be impossible to implement. XXXXXXXXXXXX was appreciative of the successful efforts by the Department and the summit organizers to protect his identity at the summit, and told us that his name was never mentioned publicly.

¶2. (C) XXXXXXXXXXXX氏は、他国の活動家と会合し、エジプト民主化に向けた自らら運動目的を説明できたと指摘して、12月3日-5日、ニューヨーク開催「青年運動サミットの同盟」に満足を表した。彼は、サミット参加の他活動家が非常に協力的であり、サミットに招待された彼に対し、エジプト民主化支持に向けた公的なデモ活動支援を自国で提供しようとする者さえいたと語った。XXXXXXXXXXXX氏は、「4月6日運動」の活動家は、国家治安調査局による嫌がらせと監視を効果的に回避する手法を他の活動家と議論したと言った。これには、通信用コンピューターの「シムカード」を絶え間なく入れ替える手法が含まれる。しかし、XXXXXXXXXXXX氏は、「4月6日運動」の活動家の大半がコンピュータを所有していないため、この戦術の実施が不可能であろうと私たちに嘆いた。XXXXXXXXXXXX氏は、米国国務省による成功した努力と、サミット会議主催の機関がサミット会議で彼の身分を保護してくれたことに感謝した。彼は自身の名前を公的に秘匿するようにと語った。

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A Cold Welcome Home
自国での冷ややかな受け入れ
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¶3. (S) XXXXXXXXXXXX told us that SSIS detained and searched him at the Cairo Airport on December 18 upon his return from the U.S. According to XXXXXXXXXXXX, SSIS found and confiscated two documents in his luggage: notes for his presentation at the summit that described April 6's demands for democratic transition in Egypt, and a schedule of his Capitol Hill meetings. XXXXXXXXXXXX described how the SSIS officer told him that State Security is compiling a file on him, and that the officer's superiors instructed him to file a report on XXXXXXXXXXXX's most recent activities.

¶3. (S) XXXXXXXXXXXX氏は、国家治安調査局が米国から帰国した12月18日に彼をカイロ空港で拘留し、探索したと私たちに語った。XXXXXXXXXXXX氏によると、国家治安調査局は彼の荷物の中から2つの文書を発見し、没収した。(1)エジプトを民主化移行させるための「4月6日運動」の要求を説明したサミットでの彼のプレゼンテーションのためのメモ、(2)彼の米国連邦議会会合のスケジュール、の2点である。国家治安調査局当局員が国家保全機関による彼の情報収集状況を語ったことと、および当局員上部がXXXXXXXXXXXX氏に対して最近の活動報告をまとめるように促されたと、XXXXXXXXXXXX氏は述べた。

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Washington Meetings and April 6 Ideas for Regime Change
米国政府会議と「4月6日運動」による政体変革の考え方
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¶4. (C) XXXXXXXXXXXX described his Washington appointments as positive, saying that on the Hill he met with Rep. Edward Royce, a variety of House staff members, including from the offices of Rep. Ros-Lehtinen (R-FL) and Rep. Wolf (R-VA), and with two Senate staffers. XXXXXXXXXXXX also noted that he met with several think tank members. XXXXXXXXXXXX said that Rep. Wolf's office invited him to speak at a late January Congressional hearing on House Resolution 1303 regarding religious and political freedom in Egypt. XXXXXXXXXXXX told us he is interested in attending, but conceded he is unsure whether he will have the funds to make the trip. He indicated to us that he has not been focusing on his work as a "fixer" for journalists, due to his preoccupation with his U.S. trip.

¶4. (C) XXXXXXXXXXXX氏は、米国政府による約束を好意的に受け取っていると語った。具体的には、米国連邦議会で彼はエドワード・ロイス議員と政権スタッフと会合したことだ。会合には、ロス・レヒティネン(R-FL)議員、ウォルフ議員(R-VA)および二人の乗員議員スタッフも含まれている。XXXXXXXXXXXX氏はまた、彼が何人かのシンクタンクメンバーと会ったと述べた。ウォルフ議員の事務局は、エジプトにおける宗教および政治の自由についての下院決議案1303号に関連して、1月下旬の公聴会での後援者として招待されていると語った。XXXXXXXXXXXX氏は、出席に関心はあるが、その旅行のための基金が確保できないと認めた。彼は、米国旅行に手一杯だと、ジャーナリストの黒幕としての仕事に専念できていないと私たちに語った。


¶5. (C) XXXXXXXXXXXX described how he tried to convince his Washington interlocutors that the USG should pressure the GOE to implement significant reforms by threatening to reveal information about GOE officials' alleged "illegal" off-shore bank accounts. He hoped that the U.S. and the international community would freeze these bank accounts, like the accounts of Zimbabwean President Mugabe's confidantes. XXXXXXXXXXXX said he wants to convince the USG that Mubarak is worse than Mugabe and that the GOE will never accept democratic reform. XXXXXXXXXXXX asserted that Mubarak derives his legitimacy from U.S. support, and therefore charged the U.S. with "being responsible" for Mubarak's "crimes." He accused NGOs working on political and economic reform of living in a "fantasy world," and not recognizing that Mubarak -- "the head of the snake" -- must step aside to enable democracy to take root.

¶5. (C) XXXXXXXXXXXX氏は、米政府側の対話者に説得しようとしていることとして、米政府がエジプト政府に重要な改革を実施するよう圧力をかけるべきだと語った。その手段としては、エジプト外務省員が結託してタックスヘブンに不正を口座を持っていることを暴露することがある。彼は、米国と国際社会がジンバブエ大統領ムガベ盟友の口座のように、銀行預金口座を凍結することを望んだ。XXXXXXXXXXXX氏は、ムバラクがムガベよりたちが悪く、エジプト政府はけして民主改革を受け入れないことを米国政府に納得させたいと言った。XXXXXXXXXXXX氏は、ムバラクの正統性は米国の支援に拠っていると断言し、それゆえ米国はムバラクの犯罪に責任があると糾弾した。彼は政治経済改革を進める各種非営利団体はファンタジーの世界に住んでいて、民主主義を根付かせるためには蛇の頭であるムバラクを排除しなければならないことを理解していないと責めた。

¶6. (C) XXXXXXXXXXXX claimed that several opposition forces -- including the Wafd, Nasserite, Karama and Tagammu parties, and the Muslim Brotherhood, Kifaya, and Revolutionary Socialist movements -- have agreed to support an unwritten plan for a transition to a parliamentary democracy, involving a weakened presidency and an empowered prime minister and parliament, before the scheduled 2011 presidential elections (ref C). According to XXXXXXXXXXXX, the opposition is interested in receiving support from the army and the police for a transitional government prior to the 2011 elections. XXXXXXXXXXXX asserted that this plan is so sensitive it cannot be written down. (Comment: We have no information to corroborate that these parties and movements have agreed to the unrealistic plan XXXXXXXXXXXX has outlined. Per ref C, XXXXXXXXXXXX previously told us that this plan was publicly available on the internet. End comment.)

¶6. (C) ワフド党、ナセル主義者、カラマとタグム党、ムスリム同胞団、キファヤ、および革命社会運動など各種の政府反対派は、議会民主主義への移行、さらに2011年の大統領選挙を前にして弱体化している大統領派と強化している議会首相および議会について、書かれざる計画に合意を得ているとXXXXXXXXXXXX氏は主張した。XXXXXXXXXXXX氏によると、反対派は、2011年の選挙前の暫定政府のために軍隊と警察から支援を受けることに関心を持っているとのことだ。XXXXXXXXXXXX氏は、この計画は扱いが難しいので文書化はできないと主張した。(意見:私たちはこれらの反対派と運動家が、XXXXXXXXXXXX氏の主張する非現実的な計画に協調しているという情報は得ていない。XXXXXXXXXXXX氏によれば、以前はこの計画がインターネットから公然と入手可能であったと私たちに言った。意見終わり。)

¶7. (C) XXXXXXXXXXXX said that the GOE has recently been cracking down on the April 6 movement by arresting its members. XXXXXXXXXXXX noted that although SSIS had released XXXXXXXXXXXX and XXXXXXXXXXXX "in the past few days," it had arrested three other members. (Note: On December 14, we pressed the MFA for the release of XXXXXXXXXXXX and XXXXXXXXXXXX, and on December 28 we asked the MFA for the GOE to release the additional three activists. End note.) XXXXXXXXXXXX conceded that April 6 has no feasible plans for future activities. The group would like to call for another strike on April 6, 2009, but realizes this would be "impossible" due to SSIS interference, XXXXXXXXXXXX said. He lamented that the GOE has driven the group's leadership underground, and that one of its leaders, Ahmed Maher, has been in hiding for the past week.

¶7. (C) XXXXXXXXXXXX氏は、エジプト政府が、最近、「4月6日運動」活動家を逮捕することで、取り締まりをしていると言った。XXXXXXXXXXXX氏は、国家治安調査局は、過去の数日間、XXXXXXXXXXXX氏とXXXXXXXXXXXX氏を解放したが、他の3人の活動家を逮捕したと語った。(注釈:私たちは、12月14日にXXXXXXXXXXXX氏とXXXXXXXXXXXX氏の解放をエジプト外務省に催促し、12月28日に、追加の3人の活動家を解放するようにエジプト政府に要請した。注釈終わり。)「4月6日運動」には、未来の活動のために実行可能な計画はないとXXXXXXXXXXXX氏は認めた。この活動家らは、2009年4月6日に別のスト実施を求めているが、国家治安調査局の妨害で不可能だろうとも理解していると、XXXXXXXXXXXX氏は語った。彼は、エジプト政府がこのグループの指導者を地下組織に追いやってきたし、リーダーの1人、アーメド・マーヘルは、過去1週間姿を隠していたことを嘆いた。

¶8. (C) Comment: XXXXXXXXXXXX offered no roadmap of concrete steps toward April 6's highly unrealistic goal of replacing the current regime with a parliamentary democracy prior to the 2011 presidential elections. Most opposition parties and independent NGOs work toward achieving tangible, incremental reform within the current political context, even if they may be pessimistic about their chances of success. XXXXXXXXXXXX's wholesale rejection of such an approach places him outside this mainstream of opposition politicians and activists. SCOBEY

¶8. (C) 注釈:2011年の大統領選挙に先立ち、現政体を議会制民主主義に差し替えるという、「4月6日運動」の非現実的な目標に向けた具体的手順のロードマップをXXXXXXXXXXXX氏はまったく提供しなかった。大半の反対派と独立非営利団体は、成功の見込みという点で悲観的ではあるものの、現状の政治的状況において、確実で漸進的な改革を進めている。XXXXXXXXXXXX氏が、反対派政治家や活動家の主流から外されているのは、このような大ざっぱな拒絶によるものだ。

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