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2011.12.24

finalvent's Christmas Story 6

 教会付属の幼稚園でクリスマス会を開くのであなたにサンタクロースをやってほしいと、ルツから電話があった。大崎のホテルから12月下旬の東京の夜景を見下ろしながら、仙台に暮らすようになっていた彼女のことを思った。
 今年もKFFサンタクロース協会の仕事は断ったが、12月に入ってマリーから「フクシマに行ってみませんか」とメールがあった。「ご関心があるのでは」とも。援助活動ですかと返信で訊くと、投資のための資料作成だという。視察団に加わり、後日、電子会議で意見を述べることになる。
 成田に向かい、そこで一泊した。集まった視察団八人は翌朝、日本政府から認可されている地域を小型のバスで回った。車窓から見えるのは退屈な風景ばかりだった。街があっても映画のセットのようだった。二日目は東京の下町を見て回わった。まとまらない印象を抱えたままホテルに戻ったところだった。
 仙台に行くことにした。調査団には私的な滞在に変更すると伝え、早朝の新幹線に乗った。仙台駅に待つルツは、てっきり修道女の姿とばかり思い込んでいたが、若者のような白いダウンジャケットを着て微笑んでいた。ハワイで会ったのは8年前になるが60歳近い女性には見えない。私が不審げな表情をしていたのだろう、「修道女にはならなかったの」と言った。理由はきかなかった。
 幼稚園のクリスマス会は楽しかった。これが本当のサンタクロースというものだ。ホーホーホー。災害よりもサンタクロースとの出会いが子供の記憶に残ってほしいと願った。
 クリスマス会を終え、報道で見たような被災地も見ておきたいとルツに言うと、その予定でしたと彼女は答えた。やってきた自動車は大柄で黒髪の40代くらいの女性が運転していた。同僚のリサとルツが紹介した。
 仙台駅前から海岸方向に進む。しばらくは日本のどの地方でも変わらない雑然とした風景が続いたが、大きく歪んだガードレールが現れてから、遠望に目をやると置き去りにされた自動車が点在しているのがわかった。荒廃していた。アフリカの戦場も連想した。ため息をつくとリサは後部座席の私を気にしたのか鏡で見ていた。
 二時間ほど被災地を見て回り、ホテルの喫茶室で震災のことを聞いた。ルツは自分のことはあまり語らなかったが、生きていることが理解できないような日々が続いたと言うのが固いもののように響いた。
 話が一段落つくと、リサはルツにメリークリスマスと言って写真集を渡した。二人も久しぶりの再会だったらしい。ルツは写真集を開き、嬉しそうに眺め始めた。私が気にするそぶりをすると写真が見えるように向きを変えた。海辺の花樹の写真だった。
 糸状の花弁が合歓の花のように、ブラシのように集まっている。色は深紅。4メートルほどの樹木全体が赤く見える写真もある。花の接写には白黒でネズミが写っているものがある。写真集はむしろ花とネズミがのテーマのようだ。ルツは楽しそうに見ている。
 「クリスマス・ツリー」とルツがつぶやくと、リサは私に「ニュージーランド・クリスマス・ツリー。ポフツカワ。クリスマスのころに咲きます」と説明した。
 リサはそのまま帰った。私とルツは夕食をともにし、その夜を一緒に過ごした。そうする予定ではなかったが、過ごす時間を贈り物のように思った。細く引き締まったルツの体を抱きすくめると少女のような声で言った。
 ――ネズミは夜になるとクリスマス・ツリーの花の蜜を吸いに来るの。わたしを生きている花だと思えるなら蜜を吸ってください。メリークリスマス――
 
 

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2011.12.23

山田うどんの煮込みソースカツ丼

 「山田うどん」(チェーン店名)があるからといってそこが埼玉とはかぎらない。だが、そこが東京であれ神奈川であれ千葉であれ、とても埼玉みたいなところだ。山田うどんの店内に入り、「埼玉県人、挙手っ!」と呼びかけたら、みんな手を上げる。
 山田うどんに入るのは三年ぶりくらいだ。カウンター席に座る。頼むのは、うどんだろ。やはり、うどんだろ。なにせ山田うどんだ。いや、山田うどん通ならみんな知っているが、うどんを食べに山田うどんに来るわけではない。でも、うどんかな。
 メニューを見ると、11月のお薦めは辛味噌と煮込みソースカツ丼とある。11月? 埼玉はまだ11月なのだ。ま、いいや。辛味噌は辛そうで食べられないが、煮込みソースカツ丼なら……え? 煮込みソースカツ丼って何?
 言葉から連想できるものはある。「煮込みソースカツ丼」だから、カツをソースで煮込んでどんぶりご飯に載せたものでは、あるまいか。「きつねラーメン」ならラーメンにお揚げが載っているし、「カレー天ぷらうどん」ならカレーうどんのなかに海老天が入っているのだ。当然。
 とはいえ煮込みソースカツ丼とは何か? メニューに解説がある。ソースベースのタレで煮込んだ、一味違う山田オリジナルメニュー!ぜひご賞味ください、だと。じゃ、食わないわけにいかないだろ。
 写真を見ると、ソースカツ丼が卵でとじてあるみたいだ。どんぶりのふちには鳥の糞みたいなものもついている。辛子?
 店員のお姉さんが来る。20代だろうか。埼玉らしくふっくらとしたやさしさが感じられるのだが、それはさておき。「この、煮込みソースカツ丼ください」と言うと「セットは何になさいますか」と問われた。はて? 困った顔をしているとお姉さんは壁を指して「うどんかおそばがお選びできます」と言う。
 煮込みソースカツ丼はうどんと一緒に食うものだったのか。知らなかった。まあ、うどんは残せばいいやと思って、ふとメニューを見ると、単品というのがあった。「単品でもいいんですか?」 「はい……」と不安げなおねえさん。そういう客は初めてなんだろうな。でも「じゃ、単品で」
 おねえさんはまだ少し困ったような表情をしている。店長から客にはうどんを食わせるようにというノルマでもあるのだろうか。違った。「カツを揚げるのにお時間がかかりますがよろしいでしょうか」と言う。「いいですよ」と答えたとき自分は暢気な異邦人なのだと知る。
 ぼんやり店内を見渡す。私は人生で半年ほど埼玉に住んでいたことがある。山田うどんを食ったことがあるというのと同じ意味だ。山田うどんのカウンターで青春を語り合った友だちもいた、と、回想シーンで場をつなぐことなく、三分もしないで煮込みソースカツ丼が出てくる。別に待たせてないじゃん。
 オレンジ色のたくわんと、スープが付いてくる。スープ? やたらとネギのスライスが入っているから中華風かなと、飲んでみると、山田うどんのうどんの汁を薄めたものである。
 さて、煮込みソースカツ丼を食う。卵は完璧に火が入って白身すら凝固しているのだが、それすらもこってりと、ソースで煮込まれている。カットされたカツの手前のパーツを取りあげると、カツの衣はじっくりべっとりソースを吸っている。
 カツなのかこれ? 疑問にも思うが、それ以外のものではない。本当にカツなのかこれと疑念を抱えつつ食う。ソースのお味は、とんかつソースかな、これ。つまり、ソースです。ソースかけ過ぎたタコ焼きとかソース焼きそば食っている感じ。
 それでもカツだから豚肉はというと、固っ。こりゃ固いな。「かつや」のくにゃっとしたアメリカンポークとはわけが違う。噛みしめる噛みしめる。昭和な豚肉が強烈なソースとともに口に拡がる。年寄りは食えないんじゃないかと店内を見ると、平均年齢は60歳。でも、カツ丼食っているの俺だけみたい。
 それにしても、なんでソースで煮込んじゃったんだろうか。ソースで煮込むといっても、煮込みハンバーグみたいにドミグラソースじゃないんだよ。とんかつソースみたいの。お好み焼きにべたべた塗るようなやつ。
 ソースカツ丼なら、「かつや」にだってあるし、あれはまあ、ソースカツ丼だよな。どう見ても。そして「かつや」なら、普通に卵で閉じたカツ丼もある。「かつや」は店によって、とじた卵が生っぽかったりはするけども。しかし、それらを統合して、煮込みソースカツ丼というものはどうなんだろうか。わからん。と考えつつ噛みつつ、メニューを見直したら普通のカツ丼もあった。値段は同じ。580円。
 べっとりカツ、もうひと切れを、がっしがっし噛みしめながら食う。食ったことによって生じるどんぶり上部のカツの欠落によって、どんぶり内のご飯が見えるかと思いきや、何? いやご飯は見えるのだが、茶色。なんというのか、これ、ソース茶漬け? 炒めたタマネギとご飯がどっぷりとソースに浸かっている。
 べちゃっとした焼きそば食っている感じでソース漬けのご飯を食う。ご飯はソース味。ソース漬けのカツを食う。カツはソース味。もうひたすら、ソース味。このまま食えるのかとふと、盆を見ると、鳥の糞みたいなものは小皿に載っていて、辛子でした。辛子でアクセント。
 ソース味カツ、ソース味ごはん、辛子ピリリ、ソース味カツ、ソース味ごはん、オレンジたくわんポリポリ、ソース味カツ、ソース味ごはん……。その繰り返しで飽きるかと思ったが、ふと我に返ると、食い尽くしていた。
 俺は、「かつや」のカツ丼の小でもご飯残しちゃうんだが、たいらげちゃったよ。えっへんと思って壁を見ると、うどんとそばの写真。ああ、それも食ってこそ、山田うどん、一人前なんだろうな。いや、プラス50円で大盛りにもできますとある。ああああ、無理。埼玉、すごすぎる。
 カツ丼食ったというより、とんかつソースをビンの半分くらいごくごく飲み干したような満足感。もし、それを、満足感というなら。(のどが渇いて、マクドに寄ってコーヒーを飲んだ。140円。いつ値上げしたんだ?)
 
 

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2011.12.22

北朝鮮崩壊時の最悪のシナリオとは

 北朝鮮の金正日・総書記が死去したことで、「北朝鮮崩壊時の最悪のシナリオとは」といったお題をメディアでよく見かけた。吉例大喜利といったネタでもあるのかもしれない。
 ネタの形式は決まっている。できるだけ不安をかき立てるが現状は安定が見込まれる、といったものだ。不安の演出の妙味が評点になるが、このネタ、すでに出し尽くした感もあり、どれも想定内でそれほど面白くはなかった。が、一点、そう来たかと呻るものがあった。
 まずはいかにもネタ臭いものから見るとすると、まんまやんけのタイトルは産経系Zakzak「北朝鮮“最悪シナリオ”…軍暴走で“核のボタン”大丈夫か」(参照)である。軍部の若手将校が暴発してクーデターが発生するかもしれないというのだ。二.二六事件の歴史をもつ日本にはわかりやすいお話なのかな。


 北朝鮮情勢に詳しい「コリア・レポート」の辺真一氏は「政権委譲が済んでから亡くなった金日成主席のときとはワケが違う。金総書記は、正恩氏が『軍部の掌握』を済ませる前に死んでしまった。独裁体制を失ったことでクーデターが起こる危険性も出てきた」と話す。

 どういうからくりで?

 金総書記の死去に伴い、北朝鮮は、(1)正恩氏と後見人である金総書記の義弟、張成沢(チャン・ソンテク)国防委員会副委員長を中心としたロイヤルファミリー(2)朝鮮人民軍の首脳陣(3)朝鮮労働党-のトロイカによる集団指導体制に移行するとみられる。
 この過程で、辺氏は「三つどもえの権力闘争が起こり、最終的に人民軍が実権を掌握することになる」と推測。そのうえで「既得権を握った軍首脳に反発した若手将校が決起。韓国で朴正煕政権が倒れたときと同様の軍事クーデターに発展する可能性がある」と警告する。

 わかりますか。私はよくわからない。
 三集団が権力闘争するというのは仮説としていいとしても、さらにその一つの権力である軍が権力を掌握するのもいいとしてもだ、なんでこの構図で若手が反発するのかわからない。Zakzakさんの書き方が拙いだけかもしれないが。
 構図的に見るなら、軍が国家権力を掌握できない場合、軍が割れて他の権力集団に迎合した分派でも出るというのだろうか。
 こっそり言うと、軍の若手の造反の可能性が懸念されているのは現下のエジプトの情勢のほうなのだが、ひどい状態になっているわりに日本のメディアもネットもあまり関心はないようだが。
 お次。

 軍事評論家の世良光弘氏は「すぐにクーデターが起きることはないだろうが、(金総書記死去で)軍内部の統制が緩むのは必至だ」といい、こう続ける。
 「軍内部では食料さえまともに配給されていない状況で、厚遇されている一部の高官以外の軍人には不満が鬱積している。統制を保てるのはせいぜい2~3カ月では。その後の情勢は不透明で、春先に大規模な反乱が起きてもおかしくはない。警戒が必要だ」

 軍の統制が弱まり、経済的に不満をもった分子が反乱するというのだ。どうだろか。そもそも軍に属しているだけで北朝鮮は恵まれた階級なのだが。
 お次はクーデターはないよ説。

 アジア情勢に詳しいジャーナリストの富坂聰氏は「金総書記の死亡情報の出方が非常に統制されていた。重要情報が従来では考えられない速さで発表され、他国に情報が漏れることもなかった。体制が弱体化していれば、完璧にことは運ばなかった。北朝鮮は金総書記の個人支配という段階を超えて、堅固な官僚組織を構築している可能性がある」と指摘する。

 すでに北朝鮮内では権力が掌握されているから問題はないよというのである。その証拠に金正日死去の情報もきちんと統制されたではないかと。そう言われてみるとそうかもしれない。
 もひとつ。

 北の軍事情勢に詳しい早稲田大学アジア研究所客員教授の惠谷治氏も、暴発の可能性について「危険性は少ない」と分析する。
 惠谷氏によると、朝鮮人民軍はロシア製の戦闘機約500機、国産戦車2000~3000台を所有するが、「戦闘機は型落ちで現代戦に耐えうるものはほとんどなく、戦闘員も『半軍半農』で使い物にならない。

 それもよく言われることだが、昨年の延坪島砲撃は、北朝鮮軍がやるきになればソウルに大砲の弾が届くということではなかったか。でも、惠氏はそこはスルーして核に話を移す。たしかに、そっちが問題ではある。

核は最終手段で、他国に戦争を仕掛けるのは非現実的。(政権委譲で)指揮系統が再構築されるまで、半年から1年はかかる。政権は軍の掌握を第一義に考えるため、この間は諜報活動も小康状態になるはず」という。

 これも左翼さんとかにもよく見られる北朝鮮安全論だが、実は論点はそこにはない。
 この手の話で似たようなものに、元駐タイ大使・岡崎久彦氏「北の権力継承の読み方と安定度」(参照)もある。

 金正恩氏の名が出てきた後は、観測気球説、時期尚早説、失脚説などが飛び交ったが、恐らくは、全ては流説であって、北朝鮮の中枢、とりわけ軍では、一貫して、08年10月21日の路線を粛々として実行してきたといえると思う。
 とすると、今回の継承は金正日氏の意向の下に、3年前から一貫して準備されてきた路線であり、まして、実力者である軍の支持があるのであるから、当面、後継体制が揺らぐことはなく、政権交代が北朝鮮の政局、政治に及ぼす影響はあまりないと判断される。

 呉克烈の動向や延坪島砲撃などを考慮するとそう暢気な話でもないし、張成沢と軍の関係も単純でもないだろうと思うが、張については後続文脈でも言及してもいる。
 ネタ話はさておき、岡崎氏も重要な指摘をしている。北朝鮮の核を巡る米中の関係である。実際のところ、問題の焦点はここにある。余談だが、先日のエントリ-「金正日・朝鮮民主主義人民共和国・総書記、死去: 極東ブログ」(参照)も、書き方が悪いせいもあるが誤読した人もいたようだ。暗殺が主題ではなく、北朝鮮の核化の国家意志が問題であり、独裁者に見られた金親子もその従属機関に過ぎないのではないか、ということだった。
 さて、岡崎氏の指摘だが。

 他方、最近の東アジアにおける「対中統一戦線」の結成という情勢の下で、中国の戦略家が将来の米中対決を視野の一部に入れていることは間違いない。その場合、中朝国境を流れる鴨緑江まで米韓の勢力が及ぶことは中国としては避けたいであろう。そうなると、中国は国際的に評判の悪い北朝鮮との親密化に躊躇(ちゅうちょ)は感じつつも、北朝鮮に対する影響力確保は、国家戦略上の要請となってくる。
 筆者の個人的感触としては、将来、北朝鮮が崩壊するような場合に、中国は、核施設の安全確保、あるいは難民の流入阻止などの口実はあろうが、北朝鮮の少なくとも北部は占領してなかなか引かないのではないかと感じている。

 要点は、北朝鮮という国家が崩壊することや難民ということもだが、中国が北朝鮮の核管理に乗り出すということだ。
 北朝鮮の不安な核が中国管理下に入るならよいことではないかと言えるし、この点について米中間で極秘に合意が進んでいると私は見ていた。2008年だがその話題が漏れたことがある。読売新聞(2008年9月12日)「金総書記の容体重く、米中が体制崩壊後を協議…米報道」(参照)より。

 【ワシントン=宮崎健雄】米FOXテレビ(電子版)は11日、米政府高官の話として、「脳卒中」を起こしたとされる北朝鮮の金正日総書記(66)の容体は、回復途上にあるとする韓国政府の発表よりも悪く、米国と中国は非公式に体制崩壊後の対応を協議していると伝えた。
 高官は同テレビに対し、金総書記は死に近いわけではないようだが、韓国政府の発表は受け入れられないと発言。現在は北朝鮮が不安定化する兆候はないものの、金総書記には定まった後継者がいないため、政権を退く場合、円滑に権力が移行される可能性は高くないという。

 体制崩壊後の対応が金正恩氏の擁立を意味することになったと言えないでもないが、実際のところ、体制崩壊後の対応とは核管理である。
 これがどうやら頓挫していたようだ。長い前振りになってしまったが、冒頭呻ったのはそこであった。フィナンシャルタイムズ「Death of a tyrant」(参照)にぞっとする話がある。

But, more importantly, there is a need for international co-ordination if the situation spins out of control. Beijing once rejected Washington’s efforts to prepare a joint contingency plan should the regime collapse. But efforts to open a dialogue must be renewed. Seoul, Washington and Tokyo may have different strategic aims for the region to those of Beijing, which would not want reunification under a democratic South Korea. But instability in a nuclear-armed country is in no one’s interests.

しかしより重要なことは、状況が制御不能状態であれば、国際協調の必要がある。米政府が労して提案した、北朝鮮崩壊時の合同緊急計画の準備を中国政府は拒絶した経緯がある。だが、対話は再開される必要がある。韓国による民主化再統合を望まない中国政府は、韓国政府、米政府および日本政府とは、この地域において異なる戦略を持つかもしれない。だが、核武装された国家の不安定はどの国の国益にもならない。


 フィナンシャルタイムズが正しければ、北朝鮮崩壊時の核管理において米中間の協調体制はできていない。中国は統一朝鮮も望んでいないとしている。
 これがどういう問題を起こしうるか。

The nightmare scenario is not the collapse of the Kim dynasty, but a clash of US and Chinese troops as they rush across the border to secure the country’s nuclear facilities. Avoiding such an outcome should be the priority.

悪夢のシナリオは金王朝の崩壊ではない。この国が保有する核施設の確保を巡り米軍と中国軍が越境して衝突することである。この結果を避けることが優先事項なのである。


 問題は、北朝鮮の崩壊よりも、それをきっかけとする米軍と中国軍の、核施設を巡る衝突だというのだ。
 中国はこの問題に折れることはないだろうから、実質的には米国が上手に北朝鮮から手を引く状況を作り出すことが重要なのかもしれない。
 
 

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2011.12.19

金正日・朝鮮民主主義人民共和国・総書記、死去

 朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の金正日・総書記が死去した。北朝鮮の朝鮮中央テレビ報道によれば、17日8時30分、恒例の現地視察に向かう列車内で心筋梗塞を起こし、心原性ショックを併発して死去したとのこと。69歳だった。金正日氏は、核保有国を宣言し、核兵器及び弾道ミサイルの開発を推進し、韓国や日本に脅威を与える北朝鮮の最高指導者でもあった。その死は近隣諸国から世界にも大きな波紋を投げかけることになる。
 想定外の死であったと言えるだろうか。金氏は心臓や腎臓に疾患を抱えたうえ、糖尿病も患っていた。2008年8月には脳卒中で倒れ、死去が噂されもした。しかし翌2009年7月8日には金日成主席追悼大会出席の映像が報道され、存命ということになった。
 映像からは後遺症が見られ、米政府はこの時点で氏の余命は一年の可能性があると見ていた(参照)。その推測が確かであれば、2010年に寿命が尽きるかとも思えるが、2011年の今年、彼は中国やロシア訪問などもこなしていて、在韓米軍高官も金氏の健康状態は以前より改善しているとの見方を示していた(参照)。
 呼応するように、来年2012年は、故金日成主席生誕百年祭、さらに、金正日総書記の誕生日とされる2月16日には出生地とされる、白頭山の密営で「金総書記をたたえる国際大会」も計画されていた(参照)。
 こうした流れを見ると、健康に不安を抱えながらも、少なくとも北朝鮮政権内の一部では、金氏の死は想定されていない、突然の事態であったとも言える。まるで暗殺でもされたかのように。
 暗殺の可能性はあるだろうか。現状ではそれを臭わせる具体的な情報はない。だが、符牒のように思えないこともない背景もある。まず彼の父、金日成氏の死が想起される。
 1994年7月8日の金日成氏の死が暗示的である。金日成氏の死は公式には暗殺だとはされていない。だが、疑念が消え去ったわけではない。死因は執務中の過労からくる心筋梗塞と報じられた。以前から心疾患を抱え、82歳の高齢でもあることから、いつ死んでも不自然ではないとも言える。だが、過労の背景となる外交には重要な意味があった。
 1994年、北朝鮮が国際原子力機関(IAEA)を脱退し、プルトニウム生成可能な黒鉛炉と核開発を継続するとしたことに米国は怒り、北朝鮮空爆が検討された。戦争となっても不思議でもなく、ソウル市民避難も進められた。この危機を回避すべく、当時のビル・クリントン大統領の使者としてジミー・カーター元大統領が金日成氏と交渉し、米朝枠組み合意を結んだ。表面的には危機は脱したが、その合意終結時に金日成氏は急死したのである。
 後日の結果からすれば、米朝枠組み合意を北朝鮮は反故にしている。最初から履行する意志もなかったと見られる。とすれば、合意に加わった金日成氏を排除する政治的な理由がなかった言えるだろうか。
 金日成の急死が想起されるのは、今回の金正日氏の死にも似たような背景があるからだ。
 2日前の17日、北朝鮮は米国からの食糧提供の見返りに、核兵器開発に繋がるウラン濃縮停止の合意に達していた。産経新聞記事「北、「食糧」見返りにウラン濃縮停止 米朝暫定合意と韓国通信社報道」(参照)より。


 【ソウル=加藤達也】韓国の通信社、聯合ニュースは17日、米国が北朝鮮に対し、ビスケットなどの栄養補助食品を支援することで両国が暫定合意したと伝えた。外交筋の話として、支援総量は毎月2万トンずつ計24万トンになるとしている。また北朝鮮側は食糧支援の代わりに、6カ国協議再開の前提として日米韓が要求しているウラン濃縮停止などの事前措置の履行を受け入れたとも報じている。
 米朝は15、16の両日、北京で接触し、乳幼児の栄養支援の方法や配分状況の監視手段などについて協議した。聯合ニュースは、北朝鮮が米国側監視要員30~50人の受け入れを認めたもようだとしている。
 来週にも米朝は核問題に関する高官協議を開くとの見方があり、来年2月に6カ国協議が再開されるとの観測も出ている。ただ、北朝鮮が事前措置を日米韓の要求通りに履行するかどうかについて、6カ国協議筋の間には懐疑的な見方が根強い。協議筋は「北朝鮮の出方を中長期で慎重に見極める方針を放棄していない」としている。

 産経新聞以外に、同じく聯合ニュースを元にしているがAPも「N. Korea 'agrees to suspend uranium enrichment'」(参照)で報道している。AP報道によれば、この、食糧見返りによるウラン濃縮停止は、今週の木曜日・金曜日に北京での米中北朝鮮会議でアナウンスされることになっていた。
 16日付け毎日新聞「北朝鮮・核問題:ウラン濃縮、北朝鮮が中断受諾を示唆 先月、米専門家訪問団に」(参照)では、同内容を関係者筋として報道していた。また16日の時事「22日ごろ北京で米朝会談=北朝鮮、ウラン濃縮中断など譲歩―聯合ニュース」(参照)では米側の見通しも伝えていた。

韓国の聯合ニュースは16日、外交筋の話として、北京で22日ごろに核問題をめぐる米朝会談が行われる見通しだと伝えた。北朝鮮が米国に対し、ウラン濃縮活動の中断など日米韓が6カ国協議再開に先立ち履行するよう求めていた事前措置について、受け入れる用意があるとの意向を示したという。19日に米国が発表するとしている。
 米朝会談は7、10月に行われたが、事前措置について双方の溝が埋まらなかった。同ニュースは、今回の米朝会談では、北朝鮮が寧辺のウラン濃縮活動を中断し、これを検証するための国際原子力機関(IAEA)査察団の復帰を受け入れることで合意する可能性が高いとしており、この通りならば、6カ国協議再開に向けた大きな前進となる。同ニュースは、実務的調整を経た上で、6カ国協議は来年2月ごろに再開されるとの見通しを伝えている。 

 核開発停止に繋がる合意が実質結ばれたその日、17日に金正日氏は消えた。彼の父・金日成の急死と同じ構図が浮かび上がる。
 金親子の暗殺の可能性については現状では疑念に留まるが、金正日氏の急死がウラン濃縮活動停止合意の叛意に結びつくなら、この奇っ怪な構図はより鮮明になる。
 今後だが、北朝鮮の新体制がウラン濃縮活動停止の合意をどう扱うかで、その権力の構図も浮かび上がってくる。北朝鮮内部の権力構図の推定は、この合意の履行を注視して後に想定したほうがよいだろう。
 
 

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2011.12.18

帰ってきたプーチン

 ロシアで4日、下院選挙(定数450)が実施された。日本の衆議院に相当するロシア下院は比例代表制をとっている。今回の選挙では7政党の争いとなり、7%以上の得票率を得た政党に議席が与えられる。注目は、来年3月実施の次期大統領選挙に立候補を表明した、プーチン(Vladimir Putin)現首相率いる与党・統一ロシアへの、ロシア国民の評価であった。大統領が確実視されているプーチン氏による、来年以降ロシア体制を占うものとして見られたのである。
 結果はというと、与党・統一ロシア党の得票率は49.5%とわずかだが50%に達せず、前回下院選と比較すると14%減となったため、日本や西側の報道ではプーチン与党の大きな敗北と報道された。ロシア通の石川一洋NHK解説委員ですら、「『プーチン氏はロシア国民のナショナルリーダー・国民的指導者であるという』プーチン神話が終わったと言えます」とまで述べていた(参照)。エコノミストも「見えてきたひび割れ(The cracks appear)」(参照参照)として「こうした事態は、1999年末にプーチン氏が初めて権力の座について以来、政権に生じた最大のひび割れとなっている」と述べた。
 プーチン氏は弱体化したのか。
 まず正確に下院での統一ロシアの勢力を勢力を見ておきたい。前回に比べると77議席を失いはしたが。238議席数を得ている。定数450だから単独で過半数は維持できる数である。対する野党勢力だが、二大政党的な野党は存在しない。第2の政党はロシア共産党の議席数は92。前回に比べて35議席増やしたが、プーチン与党の半分にも満たない。第3の公正ロシアは63議席、第4のロシア自民党は56。共産党が頭ひとつ伸びているかに見えるものの、プーチン与党からすれば野党はドングリの背比べでしかなく、むしろ、ロシア市民の野党支持は散漫な状態であることが浮かび上がる。大局的に見るなら、統一ロシアは下院過半数を維持できており、ロシアにさほどの変化があったわけでもない。
 当然ながら、来年3月の大統領選についても概ね今回の下院選挙の動向が見られることだろう。第一回の投票で過半数を超え、一回の投票で決まるといったかつてのような圧勝は難しいかもしれないが、いずれプーチン氏に落ち着くだろう。
 とはいえ、プーチン与党にとって今回の下院選挙が予想外の苦戦でなかったかといえば、そうとも言えない。石川NHK解説委員も指摘していたが、ブログやソーシャルメディアによる反プーチン・反統一ロシア活動の盛り上がりは異様な印象があった。統一ロシアを「ペテン師と泥棒の政党」と呼ぶビデオがインターネットで流された。人気ブログは「統一ロシア以外に投票しよう」と呼びかけた。こうした影響による反対運動が都市部を中心に盛り上がった。
 いうまでもなくこれは「アラブの春」と呼ばれる中東・アフリカ争乱や米国暴動、米国金融街選挙運動いったものの真似事・流行病のようなものであった。安易な否定性に飛びつく若者らしさでもある。だが、安易な否定性からは何も生まれない。どのような政治の理念を対話のなかで組み上げていくべきかという視点と活動が本来なら求められるものである。
 選挙後、都市部では反プーチン集会や反政府デモも起きたが、プーチン首相自身は動じることもなく、若者が政治姿勢を明瞭にして喜ばしいと評価した。「プーチン露首相、反政府デモを「若者の自己表現は喜ばしい」」(参照)より。


 このデモについて、プーチン首相は「テレビで見たが、大勢の若者たちが元気に自分たちの意見を主張しているのを見て、喜ばしく思った」と語った。また、こうした行為について「極めて当たり前のことだ。法の範囲内で行動している限りはね」と釘を指した上で、「今後も、おおいに続けてほしいものだ」と付け加えた。
 モスクワ(Moscow)で10日に行われた反プーチン集会には数万人が集まり、1991年のソ連崩壊前後の混乱期以降では、最大規模の抗議行動となった。
 反プーチン集会の参加者たちは抗議の象徴として白いリボンを身に着けていたが、プーチン首相は当初「エイズ撲滅の集会だと思った」という。「失礼ながら、(白いリボンが)コンドームを変な風に折り曲げたように見えたのでね。だが、よく見たら違った。最初は、彼らは健康なライフスタイルを訴えているんだなと思った」と語った。

 プーチン氏にしてみればデモ活動は治安に問題を起こさない範囲のごく普通な市民の活動として見ていた。が、批判もないわけでもなかった。

 その一方で、首相は抗議者らを糾弾する姿勢も見せた。「私にはわかっている。あの学生たちは、お金をもらってデモに参加しているんだ。いくばくかの金銭を稼げるのは、いいことだがね」と述べるなど、反政府デモの参加者らは買収されているとの見方を示し、一般市民は野党の圧力に負けて反政府デモに参加して自分をおとしめるべきではないと訴えた

 AFP報道だけ見ていると、プーチン氏は若者の行動を根拠なくおとしめるかのように聞こえもするし、ざっと見渡しところ、なぜプーチン氏がこのように述べたかについて解説しているメディアはなかったように思われた。しかし、まったく根拠のない発言ではなかった。米国はロシア下院選挙に口出しならぬカネ出しはしていたのである。「米大統領府 ロシア議会選挙支援への支出情報を確認」(参照)より。

 米国は、米国務省の「ロシア議会選挙プロセス支援」への支出に関する情報を確認した。米国のカーニー大統領報道官が9日、ブリーフィングで述べた。
 これより先、米国務省のトナー報道官はイタル・タス通信に対し、米国はロシアの議会選挙に900万ドル以上を費やしたと伝えていた。
 カーニー大統領報道官は、これらの支出はロシアにおける野党グループへの援助、すなわちロシアの内政問題への介入を意味しているのかとの質問に対し、そのプログラムの詳細については知らないとこたえ、米国は「世界中の民主主義を支援する」活動をしていると指摘した。
 これより先、ロシアのプーチン首相は、ロシア情勢の不安定化を試みたとして米国務省を非難した。プーチン首相は、主権国家の選挙プロセスへ外国からの資金が注入されることは許しがたいものだとの考えを表した。

 このロシア側の報道はふかしだろうか? そうではない。米国のカーニー大統領報道官による9日のブリーフィング(参照)には、その発言が存在する。関連の質疑応答からはそれ以上の支出も疑われる。プーチン氏の発言にはそれなりの裏があった。
 他の面でもプーチン氏の言動には興味深い情報察知がある。リビアのカダフィ殺害についての米国関与の内情も知っていた。「ロシア首相、カダフィ殺害に米国が関与と批判」(参照)より。

 モスクワ(CNN) ロシアのプーチン首相は15日、国営テレビに出演し、米軍機がリビアのカダフィ大佐殺害に関与したと非難した。
 番組内でプーチン首相は、マケイン米上院議員が「首相はカダフィ大佐と同じ運命をたどるだろう」と述べたとされる件について質問され、こう答えた。
 「これが民主主義だろうか。米軍機を含む無人爆撃機がカダフィ大佐の車列を攻撃し、その場にいるはずのない特殊部隊が、いわゆる反政府勢力や民兵を無線で呼び寄せた。そして捜査も裁判もなしにカダフィ大佐は殺された」
 パネッタ米国防長官はカダフィ大佐の死の翌日、米軍などの無人機がカダフィ大佐の車列を攻撃したことは認めているが、地上部隊の参戦は否定している。

 プーチン氏の公正・正義についての感性が正しいことは、国際刑事裁判所もまたカダフィ大佐の殺害を戦争犯罪の可能性があると見ている(参照)ことからでもわかる。
 プーチン氏擁護のような論調になってきたが、実際のところは西側が批判するように、下院選挙が十分に公正であったとは言い難い。だが、不正は地域的に見ると、その異常ともいえる支持率からも主にタタルスタン、チェチェン、ダゲスタンなど民族共和国に偏向して起きていることだと見てもよいだろう。
 対する都市部の支持率は、西側の梃子入れもあってか、また昨今の反抗の流れもあってか、かなり低い。首都モスクワでは46%、サンクトペテルブルクは32%である。これらは別段ロシア政府側から隠蔽されることもなかった。すでにメドベージェフ現大統領が不正調査支持を出したが、実際のところ都市部では、不正も結果を覆すというほどにはひどくはないと思われる。
 もともと今回の都市部における反感は、歴史的な動向から見るなら、プーチン氏と与党が導いた成功の、逆説的な反映であったとも言える。一定の所得を獲得した中間層ならではの不満である。現地の住民インタビューなども聞いてみると、不満はあるものの体制の転覆まで望んでいるロシア市民はほとんどいない。
 ロシアの問題はむしろ、非都市部である民族共和国にあると見てよいだろう。言うまでもなく、ロシアの地方行政は民主主義によるものではなく、中央からの任命によるものなので、与党と国家が一体になって独裁的な不正に関与していると見てよい。
 このことはプーチン与党の権力が地方に依存しているということでもあり、民族共和国への強権をもって支持を取り付けているとも言えるが、独立国家共同体の動向から察すると実態はおそらく逆で、地方への強権なくしてはロシアが国家として立ちゆかない危機感を反映していると見たほうがよい。加えて、これらの地域は他国との国境や海域で接しており、外交も微妙な采配が求められる。
 私の印象にすぎないが、特にこの部分、民族共和国や隣接国の政治面において、メドベージェフ現大統領は失敗していた。日本ではあまり報道が見られなかったが、メドベージェフ氏は米国のオバマ大統領と個人的な信頼関係を形成しすぎたし、日本に対しても強攻策と取られないかねないヘマをしていた。ロシアの国是からすればこれらは逆でなければならない。プーチン氏としてはメドベージェフ氏の稚拙さを見てられないという苛立ちもあっただろう。
 今後のプーチン体制で問題となるのは、今回の下院選挙でも見られたように中間層への不満対処もだが、より大きな論点としては、プーチン氏をここまでの成功に導いた基本政策でもあるエネルギーの支配が立ちゆかないことにある。ごく単純に言えば、石油や天然ガスが一定以上の価格を維持していなければ、この基本政策は維持されない。だが見通しは暗い。Newsweek記事「In Decline, Putin's Russia Is On Its Way to Global Irrelevance」(参照)は重要な指摘をしている。

Putin used to think Russia’s vast reserves of natural gas and oil–24 and 6 percent of the global total, respectively–entitled him to act like a global Don Corleone, making offers that trembling energy importers couldn’t refuse. News just in: there is so much untapped oil and refining capacity in North America that the U.S. is about to become a net exporter of petroleum products for the first time in 62 years. And by 2017 Kurdish and Caucasian natural gas should be flowing to Europe via Turkey’s Nabucco pipeline, ending the stranglehold of Russia’s Gazprom on the EU market.

ロシアは全地球規模で見て24%の天然ガスと6%の原油という膨大な資源を有しているから世界規模のドン・コルレオーネにもなれるとプーチンは考えたものだった。エネルギー輸入国が拒絶できないように震え上がらせたのである。だがここで最新のニュース。北米には実掘削の原油と精製能力があるり、米国は62年ぶりに石油製品についての純輸出国に変わる。さらに、2017年までに、クルドとコーカサス地域の天然ガスはトルコのナブッコ・パイプラインによって欧州に提供できるので、ガスプロムによる欧州締め付けは終了する。


 よって、プーチン氏のエネルギー戦略はもう通用しなくなるというのだ。
 重要な指摘ではあるが、事態は逆になるだろう。ロシアは隣国との宥和を通してエネルギー供給を計ることで自国の安全保障を維持する方向に向かうだろうし、さらにロシア国内のエネルギー生産効率を高めようと産業の育成を計ることになるだろう。
 むしろこの指摘は別の意味を持つように思われる。つまり、米国はエネルギー政策としては、南米への原油依存が減り、より自国中心的になるだろうし、中東原油の重要性はアジア発展を通して米国の利益に繋がるものと見られるようになるだろう。
 大筋として暗い方向性はないが、すべて明るい方向でもない。ナブッコ・パイプラインはより危険な存在ともなりうる。これはロシアの関与が想定されているというより、トルコを含めこの地域的な問題が深く関与することになるからだ。
 
 


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