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2011.02.05

[書評]睡眠はコントロールできる(遠藤拓郎・江川 達也)

 「睡眠はコントロールできる (メディアファクトリー新書)」を読んだ。二度読んだ。さらに読むかもしれない。タイトルからすると、睡眠をどうコントロールするかという点に関心を持つかもしれないが、内容はやや違っていて、著者の一人、遠藤琢郎氏による睡眠クリニックの話がメインである。つまり睡眠障害にある人の事例を挙げて解説するというもの。で、それはそうなんだが……。

cover
睡眠はコントロールできる
遠藤拓郎、江川達也
 この本の面白さ、あるいは有用性はそこではないのではないかと思う。じゃあ、どこか。簡単に言うと、各種の精神的な問題、あるいは勉強や仕事などに関連する社会的問題が、本人は自覚していないけど実は睡眠に起因しているという側面をよく描いている点にある。いろいろ現代思想するんじゃなくて、それ、睡眠障害だよ、みたいな。
 読みながら思ったのだが、ツイッターにいろいろネガネガをまき散らしている某氏・某女史は、精神的な問題あるいは社会問題、ひいては日本社会の問題に悩んでいるみたいに見えるが、あれ、睡眠障害じゃねーの、とか。あー、自分は抜きにしてという話ではあるが。
 その方面でもうちょっとつっこむと、各種社会問題を引き起こす精神病理な人たちも、案外睡眠クリニックできちんと立ち直れるのではないかと、そんな気になる一冊でもあった。人によってはマジ、人生が変わるかもしれん。
 なので、まあ、そのあたりに琴線が触れる人は読むといいと思う。ただし、鬱オタの人は、こんなことは全部知っているぞと言い出すかもしれない程度の内容ではあるが、この本の真価、実は、そこじゃないのな。じゃあ、どこ?
 この本、というか、著者の一人の遠藤氏がすごいなと思ったのは、結果的に、これ、認知療法かつ行動療法なんですよ。ご本人の自覚があるかどうかはよくわからないし、SSRIの処方やドーパミンコントロール、コルチゾールの目安といったことは、それなりに医学的な背景があり、それなりにというか、かなり専門的な対処ともいえるのだけど、読んでいくと、ほんとか? それEBMどうなんだ?みたいな疑問がぽつぽつとは浮かぶ。しかし、全体としてみると、これ認知療法かつ行動療法になっている。すごいんじゃないか。そして……
 これって、実は新興宗教ではないのかという疑問がちらと湧く。もちろん、新興宗教ではない。変な教義はない。かなり医学的な議論でもある。が、どことなくそういう雰囲気があり、そこを漫画家の江川達也が微妙に嗅ぎ取っているあたりが、江川氏の本領発揮でもあり、編集のお仕事としても面白い仕上がりになっている。
 いや、腐しているわけではない。面白いんだよ、本として。

 構成としては、遠藤氏が見てきた睡眠障害の事例を9例にパターン化し、その事例をまず江川氏が漫画にする。水野遥も出てくる。そして遠藤氏の解説がある。特徴的なのは、どの事例にも、行動計のグラフが出ていて、各症例の行動パターン化が可視になっている。行動計というのは腕に付けた万歩計のようなもので、実際その人が24時間どう活動しているか、どう寝ているか、寝ているときに動いているかなどが記録される。
 9つの事例のなかで、私がほぉと思ったのは、3つ。まず、睡眠障害が原因というよりPMS(月経前症候群)が関与している事例。これは女性にけっこうありそうだと思うし、これで人生の困難に直面している人は多いだろうと思う。自覚のある人も多いだろうけど、本書の話で、え?そうなの? と思うことで救われちゃう人も少なくないんじゃないか。
 コルチゾールが高いおっさん管理職の話も面白かった。これは、小説のネタになるんじゃないかという深みすらある。それはそれとして、たしかにコルチゾールの検査というのはもっと広く実施して労働管理とかすればいいのではないかなとも思う。この件については、自分も振り返って、痛いものがあるな。
 もう1点は冬季鬱病の話。これは結果から見ると間違いなく冬季鬱病なのだが、事例の女性の精神性というか対人傾向にちょっと面白い典型的なパターンがある。睡眠障害と関連しているんだろうかという疑問もわずかに。
 ところで本書の形態だが、iPhoneアプリで読んだ。ちょっとした偶然で見かけたものだった。電子書籍というのだろうか。お値段はたしか115円。え?なバーゲン。理由はよくわからない。期間限定かもしれない。知らないです。

cover
新書がベスト
小飼弾
 電子書籍の操作性としては悪くない。ちょっと使いづらい感じもしないではないが。こんなふうに新書なんかも、電子書籍で300円くらいで販売されれば、小飼弾氏くらい新書がガンガンと読めそうな気はするな。彼みたいにガンガン速読するかどうかはわからないが。

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2011.02.04

2月4日、エジプト争乱について

 エジプト情勢についてもうちょっと書いておくかな。BBCとか見ているとエジプト情勢の緊迫化という感じだし、ナバネセム・ピレイ国連人権高等弁務官によれば「確定的ではないが、300人程度が死亡、3000人以上が負傷したとの情報がある」(参照)とのこと。大変な事態だが、都市部市民生活の基盤崩壊による余波も大きいのではないか。予想されたように都市部の食糧の争奪は発生している。時事「食糧難、パン争奪で死者=備蓄に走る市民-エジプト」(参照)より。


 大統領独裁体制の打倒を目指すデモが続くエジプトでは食糧の入手が困難になってきた。経済活動がまひし、商業活動や物流に影響が出ている。主食のパン価格が首都カイロでは4倍に高騰するなど品薄気味。1日付の独立系紙アルマスリ・アルヨウムによると、パン購入をめぐるトラブルで客が銃で撃たれるなど4人が死亡する事件も発生した。
 報道によれば、パン屋の店主が値上げに反発したとみられる何者かに撃たれて死亡した事件も起きている。食卓には欠かせないアラブパンを1人で10枚買おうとした客が別の客とトラブルになり、射殺された事件も伝えられる。

 「何者かに撃たれて」という銃は誰が、そしてどこから入手したかと考えてみるに、すでにカイロの市民生活は私兵によって守られているという状態が見えてくる。当然、この「守られている」がどういう意味を持つかは状況によって変わる。恐らく、すでに市街地の中産階級はその予想に怯えていることだろうし、では彼らがなにを求めているかというと治安だろう。
 さて、こんな大騒動になるなんて、と私の読みは外したのだろうか。強弁するわけではないがまったくそう思っていない。軍のチキンゲームという想定どおりに話が退屈に進んでいるばかりに見える。
 しいて言えば、軍とは別に恐らく内務省側だろうと思われるがムバラク派の直轄的な動きを派手に開始したのはやや想定外だった。言うまでもなく、エジプトには正規軍以外に、内務省管理の中央保安軍が35万人ほどいる。これらの「暴力」も統制されないと市民にとっては危険なことになるし、4日以降の状況に惨事をもたらす可能性はある。
 が、軍は依然市民弾圧には乗り出していないし、そうであれば、天安門事件再来といった、国家意志が国民を惨殺するという事態にまではならないだろう。そして、この軍の抑制こそがまさに米国の思惑そのもので、結局米国の意向がエジプト市民を守るかというのが当面の注目点になる。
 この間、日本では依然、エジプト市民が親米ムバラク政権の打倒を反米思想から行っている話も聞く。が、そもそも今回の争乱は、反米傾向が脱色されていた点に特徴がある。イラク政治史専門の酒井啓子氏もこの点をきちんと指摘しいた。「エジプト:軍とイスラム勢力にまつわる「誤解」」(参照)より。

 政権交替にまつわる妥協と調整が、旧態依然としたエリート間調整の域を出ないように見えるのに対して、今回の動乱で新しいのは、反政府デモのあり方だ。イスラエルや米政治家の一部は、「ムバーラクが倒れたらムスリム同胞団が出てきて、反米・反イスラエルに転ずる」と危機感を煽っているが、今、デモで掲げられるスローガンに反米、反イスラエルは一切出てこない。イスラーム色よりも世俗的、左派的色彩が前面に打ち出されている。

 争乱の全体構図の読みも私がすでに書いたものに近い。

 第一は、軍に対する認識である。ムバーラク政権は、52年以来続いてきた紛うことなき軍事政権である。52年の共和制革命を担った主役として、以来軍は支配層の中核にあった。ムバーラク批判が強まるにつれて、軍が真っ先に考えたことは、ムバーラクとともに心中はするものか、ということだっただろう。特に、近年ムバーラクが息子ガマールを後継者として重用してきたことから、支配層の間で、ビジネス界を中心とするガマールの支持基盤と、過去半世紀以上支配エリートの座に君臨してきた軍との間で、相克が生まれていた。
 ムバーラクとガマールが去ったとしても、支配エリートとしての軍の特権を失わないように、どう振舞うべきか。それが、民衆の反感を買わないデモ対応につながった。そう考えると、結局のところ、今のエジプトで起きていることは、支配層が「しっぽ」ならぬ「頭」だけ切って、生き延びていこうとしているように見える。軍や警察が姿を消すと略奪が起きるよ、というのも、存在意義をアピールする材料だ。

 かくして現状は、「軍や警察が姿を消すと略奪が起きるよ」というチキンゲームが淡々と展開されている。
 チキンゲームを脇で盛り上げているのがBBCや元BBCスタッフが中心となってできたアルジャジーラである。これらの報道という窓を通してみるとなるほど壮絶な事態が見える。が、かたや他の地域はというと別の風景がある。レクソールの生活を描いたブログ「Luxor News - Jane Akshar」の2日のエントリ「Why spoil a good story with the truth!」(参照)より、国際報道に対して現地の視点として。

According to their own reports before yesterday the maximum number of people in demonstrating was 10,000 in Cairo. This is a city of 25 million, so do the sums .0004 % of Egyptians, Now you might be forgiven for thinking it was at least half the city judging by the news reports. Could they even have been creating the story, it was a tiny minority and the cameras focused on them continually. They did not report the MILLIONS who were not protesting at all. Here in Luxor we believe the protestors were 2-300 out of a population of 500,000, the sums .0006 %. Yet the news reports that it is unsafe to visit Luxor, what a load of poppy cock.

昨日前の彼らの報道によると、デモの最大の数はカイロで10,000人。2500万人の都市でのことです。エジプト人全体からすると0.0004%。ニュース報道から判断すると、少なくとも市民の半数のように考えてもいいと思うでしょ。彼らは物語を作っているのかもしれません。彼らが始終カメラを向けているのは少数派でした。彼らは抗議活動をしない何百万人もの報道はしていません。ここルクソールだと50万人のうちの2、300人が抗議をしているようだけど、全体で見れば、0.0006%です。なのに、報道ではルクソールは危険だと言っています。なんて大騒ぎなんでしょう。



I was interviewed by the BBC, I told them it is safe, business as normal. Did you hear any of that, of course not. It is much more fun the scare every tourist away, destroy the economy and the lives of ordinary Egyptians. Al Jezera was reporting at one point that there were tanks in Sharm, BBC World was saying there wasn’t!

私はBBCからインタビューされたので、言いましたよ。安全ですと。仕事もいつもどおり。お聞きになりましたか? もちろん、ありませんね。旅行客を遠ざける恐ろしい話のほうが面白いのです。そして、経済と普通のエジプト人の生活を破壊します。アルジャジーラは、シャーム戦車がいたということだけ報道していました。BBCはいなかったと言っていました。


 このあたりの話は観光業社としての苦情ということもあるだろうが、ルクソールあたりまで、ムバラク抗議運動が広がって騒然としているのではない光景が見える。というか、カイロ市街ですらそうではないのだが。

If there had of been it would have broken the terms of the peace treaty with Israel, pretty irresponsible reporting, well I got to the point I didn’t believe any of them. Al jezera said there were over 2 million demonstrating yesterday, BBC less than a million. All I can tell you is there were no problems AT ALL on the West Bank, Luxor where I live. If it hadn’t been for the TV I wouldn’t have known there was a thing wrong.

イスラエルとの和平条約が破棄されたとしたらと思うと、ひどく無責任な報道です。そんなこと思いもかけませんでした。アルジャジーラでは昨日200万人のデモがあったと言います。BBCだと100万人弱。でも私が言えることは、ここ、私が住んでいるウエストバンク、ルクソールにはなんの問題もありません。テレビがなければこんな間違ったことを知ることはなかったでしょう。


 興味深いのが、無責任な報道でエジプトとイスラエルの和平条約を壊すのはやめてほしいという感覚だ。このあたりの心情、つまりは反戦心情がどの程度、エジプト国民が共有しているのかはより知りたいところでもある。

I am not going to go into the politics, what happens next etc, that is up to the Egyptian people but I totally resent the way the media has manipulated the story for their own ends and harmed many thousands who are dependent on the tourist trade. My message to the world, support Egypt, support Egyptians and come and visit West Bank, Luxor in total safety.

今後はどうなるかなど政治に首をつっこむつもりは私にはありません。それはエジプト国民の問題です。だけど、メディアが自分たちの都合で操作して物語りを作っていることにはまったく怒を覚えます。旅行産業に関わる何千人に損害を与えています。私が世界に向けるメッセージは、エジプトとエジプト国民を支援してください。ウエストバンク、ルクソールを訪問してください。全く安全です。


 読みながら、私は少女レイプ事件の渦中の現地沖縄のことを思い出した。あれは観光業被害をもたらしたわけではなかったが報道と現地の生活感覚の落差を思った。そういえば私もBBCにインタビューされたことがあったな。
 ルクソールの状況については同ブログにその後の話もある。騒ぎ立てる人はいるようだ。興味深いのは、エルバラダイは米国の手先といった煽動もあるらしい。いずれにせよ、日本国としてはすでにエジプト渡航についてはすでに延期を薦める注意が出ている(参照)。
 今後のエジプトの動向だが、西側諸国としては、そして軍のシナリオとしてもムバラク退陣というところだろうが、そこが落としどころになれば、数年してみるとあれはなんだっけかなという、グルジアやウクライナの色の革命みたいな記憶に落ち着くかもしれない。
 今回の争乱を独裁者を追い出した「革命」として見るなら、つまりキルギスのバキエフ政権崩壊(参照)のように独裁政権が打倒される光景として見るなら、前回の選挙で与党八百長大勝利だったとはいえ、主導が議会側に代わらないと意味がない。そして議会が主体となって大統領選挙を正統に行う必要がある。率直に言って、そこまで行ったら私の読みも外したなと思う。
 エジプト軍を現状各方面から抑え込んでいる米国としては、しかし、その意向はなさそうだ。失政の上にさらに右往左往してきたオバマ政権だが、3日付けニューヨークタイムズ「White House, Egypt Discuss Plan for Mubarak’s Exit」(参照)が報道する「出口戦略」としては、ムバラク大統領を即時辞任させても、依然、軍のスレイマン氏を副大統領として立てるつもりらしい。日本ではツイッターなどを見ると、「米国はエジプトのムスリム同胞団を排除したい」とする思惑も行き交っているが、ニューヨークタイムズ記事によれば、米政府にそのような思惑はなく政治参加を開いている。
 2日付けフィナンシャルタイムズ社説「The hour strikes for Hosni Mubarak」(参照)も米政権シナリオ先行して語っている。ムバラク退任が遅れれば遅れるほど惨事の危険性が高まるとしてこう語る。

But it is essential that Mr Mubarak’s associates exclude him from the transition process. Such a task is best handled by responsible figures in the old regime - such as Omar Suleiman, the vice-president, or commanders of the armed forces - who must in turn co-operate sincerely with opposition representatives.

本質は、ムバラク氏の取り巻は政権移行過程でムバラク氏を外すことである。このお仕事をもっとも上手にこなせるのは旧体制である。たとえば、オマール・スレイマン副大統領か、軍司令官らだろう。彼らは反対勢力代議員と真摯に協調する必要がある。


 このあたりが西側の総意に近いのではないかと思う。ちなみに、日本が問われるなら右にならえとなるだろう。


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2011.02.02

15歳のロシア少年の寿命は15歳のソマリアの少年の寿命より短いらしい

 ロシア・モスクワ郊外ドモジェドボ国際空港で1月24日、自爆テロ事件があり、35人が死亡、約180人が負傷した。その後、ロシア捜査当局は、犯人を南部北カフカス地方出身の20歳男性と断定し、背後関係を調べている、とのことだ。ふーんと思う。
 そう思って、不謹慎だなとは思うが、あまり関心がわかない。関心がないのは私だけでもないらしく、ツイッターのタイムラインを見ていてもこの話は見かけない。もう3年くらい前のことのような印象すらある。事件があったときですら、またかとつい思ったし。
 なぜそのようなテロ事件がロシアで起きるのか。背景はなにか。そういう点については、エジプト争乱ほどには異論はない。いやこちらもイラク政治史の専門家酒井啓子氏のコメント(参照)などを除けば、日本などでは異論は少ないのかもしれない。まして、ロシア、おそろしあ。
 いやダジャレで済む話ではないな。ご関心のある向きには、ニューズウィークの「Losing to Terrorism」(参照)がていねいに解説している。今日付けの日本版にも訳稿が載っている。まあ、そんなところ。ネットですらっと知りたいなんて言えば、空気を読んで人気ブロガーさんが人気の付きそうなネタを書いてくれるかもしれない。知らんが。
 今回のロシアのテロ事件について後から情報を見直すと、自分の、けるだいような関心のなさの核に微妙に呼応してくる事実があることに気がつく。該当空港ではテロが1週間前から通知されていた。しかも到着ロビーという場所まで特定されていた。
 それ、みなさんご存じでしたか。私は知らなかったのだが、いやこれは陰謀論でもがせネタでもない。スレート「Do Russians Have a Death Wish?」(参照)というマーシャ・ガッセン氏の寄稿の頭に書いてある。これも今号のニューズウィークにタイトルはないけど訳稿が載っている。そういえば、マーシャ・ガッセン氏はポアンカレ予想のペレルマンの話題を書いた彼女ですよ(参照)。
 寄稿の話はこう続く。


There is a peculiarly horrible sense of recognition that you get watching footage of the aftermath of terrorist attacks that occurred in a place that is intimately, physically familiar. You almost get the feeling that you have touched the carnage.

愛着があり、よくなじんだ場所で発生したテロ事件惨状の映像を自分は見始めているのだという認識からくる、特有の恐怖の感覚がある。あたかも自分で虐殺に向き合っているように感じる。


 彼女も自身の生活圏内で起きたテロ事件を思い浮かべる。この心の動かし方は、微妙に日本で起き、そしてなんとなく忘れられたような、無意識に抑圧されたようなテロの光景の想起にも似ている。
 だがガッセン氏はここから寄稿のトーンを転調し、ロシアがいかに危険なのかと問う。そこで面白いというのも不謹慎なのだが、ほぉと思うような事実を私は知る。

Russia is the world's only developed country where the average life expectancy has steadily fallen over the last half-century. Russia is the only country that is experiencing catastrophic depopulation while not being formally at war.

ロシアは世界の先進国のなかで、この半世紀の間平均寿命が低下している唯一の国だ。ロシアという国は、公式な戦争もないのに、壊滅的な人口減少を経験している。


 ロシアでは人口減少が進み、また平均寿命がそれほどでもないということは私も知っているが、それがずっと低迷しつづけているとまでは知らなかった。しかも、その先の話が驚きで、ロシア人口は1992年以降、女性で200万人、男性で500万人減少し、公衆衛生でいう「超過死亡(excess mortality)」だというのだ。感染症でもない状態でそういう言い方をしてよいのか私には疑問が残るが、ある異常な事態ではあるのだろう。こうも言われている。

Eberstadt is fond of pointing out that the life expectancy for a 15-year-old Russian boy today is less than that for a Somalian 15-year-old.

人口統計学者のエバースタットは、現在の15歳のロシア少年の寿命は、ソマリアの15歳の少年よりも短いと指摘したがる。


 ソマリアの少年の寿命よりもロシアの少年のほうが短い。それはとんでもない状態だなと思う。ガッセン氏はこれをロシア的な文化の無謀さとして見ていく。エイズを恐れていてもコンドームの使用率は世界最低のロシア!
 しかし、こうした筆の滑り方は日本のコラムニストやブロガーでもついやりそうだ。若者の不満からくる無気力が、密かなるテロを育てているのだ、みたいなつまらんレトリック、とかな。
 ロシアは「超過死亡」という事態なんだろうかとため息をつき、別件で医学データベースを当たっていたとき、あれ? あの話は元来は医学の領域ではないのかと思い立つ。ついでにちょいと検索してみると、"Excess mortality during heat waves and cold spells in Moscow, Russia."(参照)とかが目に付く。モスクワの寒暑が与える一定年間の「超過死亡」の研究である。暑さ寒さがきついとなかなか寿命は伸びないものだろうなという常識にも合致している普通の話でもある。そういうことなんじゃないか、つまり。
 とはいえ、それが1992年からの継続的現象というなら別段気象に帰せるわけもない。はたして、やはりこれはガッセン氏のいうように、結果的に自暴自棄に走り、またそれを結果的に受け入れてしまうロシアの気質というものなのかもしれないと、ため息をつき、ブログにたらりと書いておしまい。


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2011.01.30

米国はエジプトをどう見ていたか、なぜ失政したのか

 エジプトの暴動を反米のスジで読みたい人がいても別段かまわないが、あまりに予想通りの筋書きを目にすると萎えてくるものだ。背景を少し補足しておいたほうがよいのかもしれない。
 今回のエジプトの暴動は時系列的にはチュニジアの暴動の飛び火と見るしかないが、エジプトでいずれ問題が起きることは予見されていた。問題はすでに昨年の時点にあったからだ。
 この手の問題に敏感なワシントンポストは昨年11月5日の社説「Egypt's Mr. Mubarak moves to lawless repression」(参照)でエジプトの問題をこう描写していた。


Now, with a parliamentary election approaching, the regime's political repression has grown more rather than less severe. Hundreds of political activists from the banned Muslim Brotherhood party have been arrested; critical television talk shows and newspaper columns have been canceled; student leaders have been rounded up. In a number of recent cases, peaceful political activists, including those supporting secular democratic movements, have been "disappeared": abducted and held for days by the secret police and sometimes beaten or tortured, before being released on roads outside Cairo.

現在、議会選挙が近づくにつれ、政権による弾圧は強化され緩和されていない。非合法とされるムスリム同胞団の活動家は何百人も逮捕され、批判的なテレビ番組や新聞寄稿は中止され、学生指導者は一斉検挙されてきた。最近の事例では、世俗的な民主制を支持する平和主義的な活動家も「失踪」している。秘密警察に拉致・拘束され、鞭打ちや拷問もともない、カイロ路上に放置される。


 そういう状態。それを米国はどう見ているかというと。

Fortunately there are signs that the White House is at last waking up to its Egypt problem. This week a number of senior officials met with an ad hoc group of foreign policy experts who have been trying to call attention to the need for a change in U.S. policy. Some good ideas were discussed, such as a strong presidential statement about the conduct of the elections or the dispatch of a special envoy to Cairo. A new U.S. ambassador committed to political change, rather than apologizing for the regime, would help. What's most important is to make clear to Mr. Mubarak that the administration expects some immediate, even if incremental, changes. An end to the beating and abduction of peaceful activists would be a good place to start.

幸いにしてホワイトハウスもついにエジプト問題を察知した兆候がある。今週、複数の政府高官が、米国政策に変化を求める外交専門家の臨時グループに面談した。エジプト選挙について大統領が強い声明を出すとか、カイロに向けて特使を派遣するなど有益な議論がなされた。現エジプト政権を弁護するより変革を求める米国の新大使も有益だろう。ムバラク氏に対して、前進が多少であれ即効性のある変化を米国政府は期待している。それを明確にするのがもっとも重要である。平和な活動家に対する鞭打ちと拉致を終結させることは、平和へのよい一歩になるだろう。


 ということで、年末時点で米国はエジプト政権問題にかなり懸念を抱いていた。
 さらに放置すればどうなると予想されていたか。

This slide by Egypt toward the police-state methods usually associated with Syria or Sudan is a problem for the United States as well as for Egyptians. Mr. Mubarak is 82 and ailing; by rejecting political liberalization and choosing deeper repression, he is paving the way for even worse developments once he dies and the struggle to succeed him begins. Mr. Mubarak's successors will need to acquire political legitimacy; if they cannnot do so through democracy they probably will resort to nationalism and anti-Americanism.

シリアやスーダンで日常見られる警察国家主義にエジプトが移行していることは米国にとってもエジプト国民にとっても問題である。82歳で患うムバラク氏は、政治的自由を拒絶し、さらなる弾圧を選択することで、彼の死後のさらなる悪化と後継者紛糾への道を敷いている。ムバラク氏の後継者は政治の正統性を必要とするが、彼らがそのために民主制を経ることに失敗すれば、おそらく、ナショナリズムと反米国主義を頼みとするだろう。


 結論からいえば、エジプトにとって喫緊の課題はムバラク氏の後継者問題であり、ムバラク氏自身は息子への継承を想定していたのだろうが、それでは政治的正統性を得られない。政治的正統性がなければ軍もまた正統性を失いかねないことを恐れて、軍が先に手を打ったのが今回の事態であり、ムバラク氏とその息子を屠って国民から喝采が得られれば、正統性の代替となる。クーデター政権の常套でもある。
 それはそれとして、ワシントンポストの昨年時点の主張で興味深いのは、こうしたエジプトの混乱からの出口に、ナショナリズムと反米主義が想定されていたことだ。
 反米主義は、エジプトにも似た状況から経済大国となった日本にもいまだ残滓のある傾向で、しかも若い世代にも見られる。例えば、ブロガーのちきりん氏は「アラブの政変で負けようとしているのは誰なのか?」(参照)というエントリーではてな界隈で人気を博している(参照)が、こう述べている。

ムバラク大統領など親欧米政権は、「イスラエルに刃向かわない」「欧米と敵対するイラクやイランと仲良くしない」などの欧米からの要請をすべてのみ、素直に従ってきました。イラクやイランを攻撃するための米軍の駐留さえ許してきました。だから欧米は、この独裁政権を支持してきていたのです。

一言で言えば、ムバラク政権を支持していたのは、エジプト国民ではなく“アメリカの政権”でした。今、デモによって打ち砕かれようとしているのは、その“米国政府の意思”なのです。


 確かに過去においてはそうだったし、なぜそうだったかについては後でも触れたいが、現状のエジプト暴動を「米政府の意思」への反抗と見ることはまさにワシントンポスト紙が昨年懸念した事態であった。
 この問題を複雑にしたのは、端的に言えば、米国民主党政権の、結果的な失政にあった。
 ワシントンポスト紙は同月の11日に追加の社説「Clinton's silence on Egyptian democracy」(参照)を出した。まず、米議会がエジプト政権に懸念を示していることが明記されている。

SENIOR OBAMA administration officials profess to share congressional concerns about recent political developments in Egypt. With a parliamentary election due Nov. 28, 82-year-old President Hosni Mubarak has launched a crackdown against his opposition and independent media; he also has rejected a direct appeal from President Obama to allow international observers at the polls.

オバマ政府高官は、最近のエジプトの政治状況の展開について、議会の懸念を共有すると公言している。11月28日に予定されている議会選挙に向け、82歳のホスニ・ムバラク大統領は反対者と独立系メディアの取り締まりに乗り出した。彼はまた、投票に際して国際的な監視団の認可を求めるオバマ米大統領からの直接的な訴えを拒絶した。


 「米国政府の意思」がムバラク政権に反映しているなら、この点が重視されるべきだった。しかし、そうではなかった。
 また、その先の一押しを米民主党政権はしなかった。表題の「Clinton's silence(クリントンの沈黙)」はその意味である。結果からすれば、米民主党政権の失政が今回のエジプト暴動を招いたとも言える。
 では、米民主党政権がエジプト政権の問題を理解しつつ、今ひとつ押しが足りなかったのはなぜだろうか?
 一つには、オバマ政権の取る柔軟な外交政策がある。特にこの時期、米国はスーダン南部独立投票問題を控えていて、アフリカやイスラムについて刺激的な行動に出たくなかったということがある。
 もう一つは、明確にはされていないのだが、イスラエルとサウジアラビアへの配慮があっただろう。
 この背景についてウィキリークスで明確になった点がある。そう言えば先のちきりん氏のエントリではこうウィキリークスについて言及があった。

欧米諸国はこれに先立ち、wikileaksの挑戦も受けています。彼らが明らかにしようとしているのは「大量破壊兵器がある」という眉唾な情報に基づいて、石油のために世界中からイラクに軍隊を派遣するような先進国の“帝国主義的・覇権主義的な横暴”の舞台裏です。

欧米は、アラブを始めとする世界諸国において、「欧米に従順な政権であれば、独裁政権でも支持」し、「欧米に刃向かう政権であれば、いちゃもんをつけて爆弾を落とす」という態度を貫いてきました。


 「石油のために世界中からイラクに軍隊を派遣する」といっても米国の石油は南米に依存しているので誰のための石油かというと、これはコモディティのためとしかいえない。このあたり、少し経済を学んだ人間ならわかることでもあり、ネタで筆が滑っているのだろう。しかし、ウィキリークスへの「挑戦」は違う印象がある。
 おそらく、ちきりん氏はウィキリークスをバランスよく見ていないのだろう。ウィキリークス公電は、今回のエジプト暴動の背景となる政治情勢をこう暴露していた。原文は「Viewing cable 08CAIRO1067, CODEL BAIRD MEETS WITH EGYPTIAN LEADERS ON MARGINS」(参照)にある。

¶3. (C) Asked about Egypt's reaction if Iran developed nuclear weapons capability, Mubarak said that none will accept a nuclear Iran, "we are all terrified." Mubarak said that when he spoke with former Iranian President Khatami he told him to tell current President Ahmedinejad "not to provoke the Americans" on the nuclear issue so that the U.S. is not
forced to strike. Mubarak said that Egypt might be forced to begin its own nuclear weapons program if Iran succeeds in those efforts.

イランが核兵器の可能性を発展させたかどうかと、エジプトの反応について尋ねられ、ムバラクは、核化のイランは受け入れない、「我々はみな恐怖している」と述べた。ムバラクは、イランのハタミ前大統領と話したとき、米国は空爆せざるをえなくなるから、アフマディネジャード現大統領は核問題の件で米国を刺激するなと語った。ムバラクは、イランが核化の努力を達成するなら、エジプトも自国での核兵器プログラムを開始することを強制されるかもしれないと語った。


 イスラム圏は一つのまとまりをなしているわけではない。まとまるためには反米イデオロギーのような憎悪対象が必要になりかねないことくらい、知識人ならわかりそうなものだが、この構図を日本人もうまく払拭できない。
 現実はといえば、エジプトはイランの核化を恐れているし、米国による核施設空爆があるとすれば、かつてイスラエルがイラクにした空爆を代替するためで、つまりはイスラエルを配慮してのことになる。ムバラク大統領はそれなりにイスラエル問題の混迷も避けたいとしていたとともに、核化の野望を米国にちらつかせることもしていた。
 ウィキリークス公電ではサウジアラビアのアブドラ国王談話も暴露されたが、イランが核兵器開発に成功すれば、サウジを含めた中東各国が同様の行動を取るだろうと述べ、さらにはイラン空爆を米国に求めていた(参照)。
 イラン空爆はブッシュ政権が巧妙に回避したものだったが、背景ではそれを容認し推進するアブドラ国王の思いがあった。
 そしてここが難しいところでもあるが、アブドラ国王は「米国の意思」を代弁しているのではなく、イスラムの思いとメッカを守る盟主として思想を体現しているのである。日本ではなぜかあまり知られていないが、フォーブス「世界で最も影響力のある人物」の第三位はアブドラ国王である(参照)。
 米国としては、エジプトの核化を避けるためにも、イランの核化を阻止しなければならないし、イスラエルにしてみれば、イランの核化もエジプトの核化も脅威である。しかしイスラエルとしては隣接するガザの問題も抱え、表面的にであれ協調体制をそれなり取るムバラク政権のエジプトを刺激したくはない。
 イスラエル政権寄りの米国民主党政権は、そうしたイスラエルを配慮して、むしろムバラク政権の維持に傾いているが、それがちきりん氏のいうような「米国の意思」とは言い難い。
 米国が悪の帝国なら世界は単純で済むだろうし、悪の帝国に、中国なりロシアなり、あるいはどっかの国をあてはめて憎悪しみても、現実の理解にはならない。そして残念ながら私たちは現実の世界に生きているのである。


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