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2011.12.10

[書評]謎とき平清盛(本郷和人)

 来年のNHK大河ドラマ「平清盛」の時代考証に史学者の本郷和人氏が入ると聞いて、その趣向の書籍だろうと、とりあえず買ってみた。当たりだった。書籍としての構成、特に章構成はやや緩くも思えたが、随所にエキサイティングな話題がある。歴史愛好家にはたまらない一冊と言えるだろう。

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謎とき平清盛
本郷和人
(文春新書)
 本書を読み始めて何より「あっ」っと不意を突かれたのは、「平清盛」というのは天皇制の物語なのだということだ。言われてみれば当たり前でもある。親皇として表面的に対立した平将門などのほうが天皇制を外的に意識しやすいが、天皇制の内実を捉えるという点では「平清盛」はその特徴をよく表すことになる。
 おそらくだが、お茶の間的にはさほど違和感なく受け入れられてしまうだろうが、天皇家を「王家」として扱うのはNHK大河ドラマでは初めてのことになる。天皇家は王家で当たり前。皇室でも「天皇」でもないのである。そういう感覚がようやく日本国市民の常識に根付いていく。人生の半分を昭和の時代とする私などには隔世の感もある。
 本書は、史学的には権門体制論の枠組みの自壊にあるが、「平清盛」はそのもっとも特徴的な部分を解体的に描き出している。さらにその継続に本郷氏が専門とする鎌倉幕府の位置づけも明確にされる。つまり「平清盛」は幕府を開いたということだ。それだけ取りあげると奇矯な意見のようにも見えるが、かなり整合的に考察されている。上皇による権力の二元制が武家の体制を導くというあたりも納得させられる。藤原信西の評価も興味深い。
 先にもふれたが、新書という小冊子でありながら、構成はやや緩く、編集的な意匠から「巻」を導入している。たぶん各章は単独で読んでもさほど問題はないだろう。

巻の1 清盛の時代を知る
 第1章 史実とフィクションの間で
 第2章 大河ドラマの時代考証
 第3章 清盛、その出生の謎
 第4章 平家は武士か貴族か

巻の2 改革者・清盛は何を学んだか
 第5章 ライバル源氏、義朝と頼朝
 第6章 武力のめざめ、保元・平治の乱
 第7章 頂点に立つ平家幕府
 第8章 源平の戦いと清盛の死


 別の言い方をすれば、各章の独立性が高くそれぞれに興味深い。
 「第1章 史実とフィクションの間で」と「第2章 大河ドラマの時代考証」は、いわゆる史学と歴史物語の関係を、史学者としての立場から平易にまとめている。ごく当たり前の話でもあるが、本郷氏の歴史への情熱と愛情が読み取れて楽しい。
 「第3章 清盛、その出生の謎」だが、ようするに清盛御落胤を排するという話で、史学的には一つの合理的な見解ではある。だが、氏も自覚しているようにそれほどの議論になるものではない。そのせいか、お馴染み本郷恵子氏のコメントも登場して話を落としている。本書の枠に収まるとも思えないのでしかたがないが、私の率直な印象で言えば、これはこれでもっと深く議論されてよい問題ではないかと思う(落として済む話ではないでしょう、と)。
 「第4章 平家は武士か貴族か」は第3章の、清盛の武家の延長した議論になっていると同時に、平家のありかたをどう見るかという議論になる。本郷氏は武士として見ているという論だが、ドラマのもう一人の考証者・高橋昌明氏(参照)は貴族(公家)として見ていて、本郷氏の見解とは対立している。
 余談めくが私は平家というか清盛は広義に交易の王権としていわゆる権門体制論から外れたところに本質があるのではないかと思っている。つまり、いわゆる日本という国家の政治や軍事の権能ではなく、交易の調停としての権能がどうその後の歴史に継続するか、つまり「富」の視点のほうが、この時代の本質ではないか、と考えている。
 「第5章 ライバル源氏、義朝と頼朝」は、まさに本郷氏がNHK大河ドラマ「平清盛」の時代考証に関わるきっかけとなった源家を語っている部分である。本書のもっとも重要な部分でもあるが、残念なことにその考察はドラマにはほぼ反映されないらしい。東国武士団のエートスが、実質的に源家を排した北条レジームを決定し、室町幕府や各種の自律的共同体の「法」を形成していくので、その背景も興味深い。道元を支えた波多野氏も出てくる。
 「第6章 武力のめざめ、保元・平治の乱」から「第7章 頂点に立つ平家幕府」、さらに「第8章 源平の戦いと清盛の死」はいわば、平家幕府から鎌倉幕府への通史であり、崩壊の視点から権門体制論を描いている。読みながら、率直なところ、保元・平治の乱について、いわゆるありがちな権力闘争くらいに思いそれほど重要性を感じていなかったので、本書の考察は刺激的だった。
 この第6章から第8章は、自分でもまだ十分に消化できたとも思えないが、NHK大河ドラマ「平清盛」を見ながら一年くらいかけて考える課題にしたい。
 
 

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2011.12.09

鍋焼きうどん2.0

 頬に当たる小さな雨粒が冷たく、かすかに痛い。霙か。重たい色の空を見上げていると雪に変わっていくのがわかる。積もるなんてことはないだろうと思っているうちに、降り止む。ぞっとするほど寒い。遠くの森のコビトが朝会で鍋焼きうどんだと言う。ほんの一瞬。0.1秒。だが脳裏をよぎった幻想は後になって思えば悲劇の予告編だった。
 慣れないショッピングセンターを出てどこに車を停めたっけと人の気配のない駐車場を回っているうちに、道なりに続く住宅街の一軒が、こざっぱりとした新築の小料理屋に見える。こんなところに小料理屋があったかと思っているうちにショッピングセンター従業員が数名、店に入っていく。営業中。つられて店の前に向かい、戸口に立つと、うどん屋だった。手打ちうどん専門らしい。
 店主、よほどうどんが好きで脱サラでもしたのだろうか。期待もあって、うどんにするかと戸を開くと飲み屋のようなつくりの店内には七割がた客も埋まっている。常客の雰囲気。だったら、そんなに悪くもないだろう。
 勧められたカウンターに座りメニューを見ると、うどんしかない。グラム指定で四段階の注文ができる。よほど手打ちに拘っているのだろう。メニューの裏には天麩羅数点と、日本酒やビールなど酒がある。閉店は8時とのこと。
 鍋焼きうどんだなと自然に思う。が、鴨うどんというのも悪くない。五十は過ぎただろうが年のわからぬタイプの女がやってきて注文をきく。鴨うどんと言うと困惑したような顔でカウンターの向こうの店主らしき板前風の中年男に目を向ける。男は、鴨切れてましてすみませんと声を上げる。じゃ、鍋焼きうどん。
 店内には常連客の和やかな熱気がある。田舎の同窓会にも似ている。身内の人の恋愛だの行事の段取りだのという話題のようだ。山梨と埼玉と千葉を擦り潰して混ぜ合わせたような田舎の盛り上がり。もしかすると僕は、とんでもないところに来てしまったのかと少し不安になる。
 15分くらいだろうか。慣れない店ということもあり、ずいぶん待たされた気がしたが鍋焼きうどんが来る。二つ。一つは別の客。どうやら後の客の注文とまとめたようだ。
 鍋はというと、いわゆる鍋である。マンション住まいのアラフォー女が一人、ブログを書き終えて今晩はお鍋という感じの花柄デザイン。蓋は、してある。
 さて、これを手で掴んで開けろということか。熱くないのか。と、もう一人の鍋焼きうどんの客を見ると、ためらいもなく開けている。ではと蓋を摘むと、ひんやり。
 だが、鍋はぐつぐつと泡立ち沸騰していた。
 すぐに泡が引いてその姿を現す。
 え? これが鍋焼きうどん?
 なんと言っていいのかよくわからない。未知の大陸で未知の生物に出会ったときの驚きとでもいうのだろうか。未知とはいえ何かに似ているぞ、これは。そうだ、鍋焼きうどんに似ている。鍋に入っているのだから、鍋焼きうどんの一種だろう。理性は告げる。
 鍋の中央に落としたばかりの卵がある。最後に入れたのだろう、生のままだ。
 海老天は、と探すと、端っこに、かっぱえびせんを立体スキャナーでスキャンしてプラスチックで二倍にモデリングしたような、ぽってりとしたものがある。よく見ると小さな海老のしっぽが出ているので海老天ではあるのだろう。他に具は?
 生卵の横に三角形の小さなお揚げがある。煮た形跡はない。
 海老天らしきものの横に薄い蒲鉾のスライスが沈んでいる。小さな生椎茸の四分の一もある。どれも煮込んだ形跡はない。ホシはまだ遠くに行ってない。
 うどんの合間の野菜は、と見ると、白菜のざく切りである。これがざくざくとあり、白菜鍋にうどんを入れましたという風体。ネギはその陰で申し訳ないがここに置かせてくれと隠れている。
 これで全部なのか。全部だ。これ、鍋焼きうどん?
 店主、うどんの手打ちに人生を賭けて、うどんという料理には関心が向かったのだろうと僕は前向きに立ち直る。他の客だって美味しそうに食べているじゃないか。人生前向きでなくちゃ。うどんだろ、決戦は。
 うどんに箸を寄せる。何かおかしい。思わず箸を引く。こ、これ、うどん?
 うどんは熱いつゆのなかにあるのだが、固定されている。高校生のころ、美術の時間で木炭画を仕上げた後、表面を固めるスプレーを吹き付けた。なんかそれに類する溶剤で安定化の工夫でもされているのだろうか。そんなわけもあるまい。再度箸を入れ、うどんをつついて、よっこらせと持ち上げると、メキシコの山奥の薬草植物の根っこみたいものが出現する。いや、うどんだ、と私は自分に問いかける。うどんだ。うどんに会えたんだ。
 だが自然に沸き起こる、これ、うどんかよ? という自問に責め立てられる。うどんだ、うどんだ、うどんだ。そう信じなければ、この場の俺は、どうしたらいいんだ。別れ話を切り出した女の前で泣き崩れそうな俺が、ここにいる。
 呆然と、うどんのようなものを箸で摘み上げているうちに、熱気も薄れる。口を開き、口に運び込む。よく管理された工場の試運転。
 噛みしめる。ぐっちゃっ。
 なんだこの感触。
 歯ごたえもなければ、駅のホームの、立ち食い茹で置きうどんのような、へちょっ感でもない。これはまさに、うどん粉をシンプルに固めてみましたという何かだ。すいとん? いや、すいとんなら、もっとつるっとした感触がある。ほうとう? 本当? 駄洒落、考えてどうする。
 この、ぐっちゃっと踏み込んだら最後、歯を引き離さないモルディングの感覚は、歯医者で歯形を取るアレに近い。じゃ、五分ほどじっとしていてくださいねと歯科医の助手の女の巨乳が顔面に迫ってきた、あの圧迫感がフラッシュバックする。えへへぇ~。いや、そんな場合じゃないぞ。
 ぐっちゃっ・ぐっちゃっ・ごっくん。俺はこの鍋焼きうどんのようなものを食わないことには、どうしようもないんだ。鍋焼きうどん? 違うだろ。じゃ、なんだよこれ。鍋焼きうどん2.0。
 多めに入っている生っぽい白菜を噛みしめる。ぎっしぎっし。うどんがぐっちゃっぐっちゃっ。労働者の正しい社会主義ユートピアに前進しているような倒錯した高揚感。どうにでもなれという感じで、進む。前進、文化大革命。海老天らしきものも、薄い蒲鉾も工場のベルトコンベアーを流れていく。つゆの味は? いや、もうそういう次元じゃないんだ、これは。
 人生つらいときは考えても、つらいばかり。永遠にこの鍋焼きうどんが続くわけでもない。考えるのはやめようと、とりあえず胃の腑に所定の粉の塊を流し入れていく。
 それでも驚愕。海からマンタのようなもの出現。手打ちうどんの端切れがそのまま三角形のうどん粉の塊になっていた。これなら、きちんと全部の歯形が取れる。
 ギブアップ。もうだめ。
 まわりを見回すと、田舎の同窓会みたいな熱気は続いている。淡々とみなさん、うどんを食っている。
 もしかして、これが正しいうどんなんじゃないか。自分は今、間違った価値観の洗脳が解けていくプロセスにあるんじゃないか。そんな気がしてくる。
 そうなのかもしれない。そうに違いない。そうでなくちゃと、なにかが胸にこみ上げてくるのか、消化しづらいうどん粉が胃にもたれているのか、よくわからない。
 会計するとき、千円と言われたので千円札を出す。何を買ったかといえば、経験である。
 入ったときと同じ戸を開くと、眼前に茫漠とした世界が拡がっていた。まだまだ未知な鍋焼きうどんだって、ある。空から声がする。参るぞ、悟空!
 
 

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2011.12.08

産後鬱病とか伝染性セックス依存症とか

 先日……、いや、ちょっと調べ直すと、5日だ。NHKの7時のニュースで「出産後冷める愛 夫しだいで保つ」(参照)という話をやっていた。300組の夫婦を対象にベネッセ次世代育成研究所が4年間の継続調査したところ、出産後、夫を愛していると感じる妻の割合が大きく減少していたというのだ。ニュースは報告を引いている。


 それによりますと、妊娠中は、夫も妻も「愛していると実感する」のは74.3%で、差はありませんでした。ところが、出産すると「夫を愛していると実感する」妻の割合は大きく減少し、子どもが0歳の時は、およそ30ポイント下がって45.5%。1歳の時は、さらに9ポイント近く下がって36.8%。2歳の時は、さらに下がって34%となりました。
 一方、「妻を愛していると実感する」夫の割合は、子どもが2歳の時に51.7%あり、妻に比べて減少幅は緩やかでした。また、「妊娠した時」も「子どもが0歳になった時」も、変わらずに夫を愛していると実感する妻の調査結果を調べると、「夫は家族との時間を努力して作っている(79.9%)」「私の仕事や家事をねぎらってくれる(71.5%)」などと感じている割合が高く、家族と一緒に過ごす努力や、妻をいたわることばが、愛情を保つ大切な要素になっていました。

 子供が二歳になるころ、夫を愛していると実感する妻は三分の一にまで減少する。
 すごい減少率だなと驚いたのだが、基点を妊娠中に取ると最初から夫に愛情を覚えるという人は四分の三くらい。全体としては半減くらいだろうか。それなりにこの夫でやっていけるかなと思っていた若妻の二人に一人は、とほほということなのだろう。
 しかし、「夫を愛していると実感する」というのが、必ずしも愛情とイコールいうものでもないだろうとも思った。新婚のころのような実感は減っても愛はあるということもある、とか。そう考えないとちょっと救われない話でもあるな。
 この話題、ツイッターでも多少話題になったので、反応を追ってみると、「そんなもんじゃないすか」みたいなつぶやきも見られた。うーむ。そんなものなのか。もわもわ。
 関連しているというわけでもないだろうが、今日のロイターで「Women's Post-Natal Depression Linked to Partners' Abuse」(参照)というニュースが流れていた。邦訳は見かけないが、話は「産後の鬱は夫からの虐待による」といったところ。虐待というのは、実際の暴力もあり心理的なものもあり。夫が冷たく当たる、というのも含まれるだろう。もちろん暴力のほうが悪影響が強い。
 いずれにせよ、夫からの虐待があると産後の妻の40%は鬱に苦しむというのだ。
 そうなのだろうなとも思うが、なんとなく連想したのは、鬱とまでいえない落ち込みの感覚ならもっと多くあるだろうし、夫からの虐待がなくても、出産自体の影響で鬱の傾向もあり、それが影響して夫の愛情への不満というのもあるのでは。相互作用というか。そんなことも思った。
 穏当な結論から言えば、妻が出産した後、夫の精神的なフォローはとても大切である、ということになる。
 だが、この話、そういうお行儀のいい教訓で終わるものでもなさそうだという印象も持った。いや、結婚し子供は産んだけど、恋愛の感情は、むしろ、いわゆる不倫の方向にずれていく萌芽もあるんじゃないか。
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Newsweek Asia
December 5, 2011
 こうした話と直接関係があるわけでもないが、Newsweekの12月5日号に「The Sex Addiction Epidemic」という記事があり、表紙もこのネタを暗示していた。なお、記事のタイトルは「This Man Is Addicted to Sex」ともなっていた。内容は英文のほうは無料で読むことができる(参照)。
 話はタイトルからもわかるように、「セックス依存症の伝染病」ということ。どうも現代人は、セックス依存症という伝染病に感染しやすいのではないか、ということだ。含みとしては、夫婦関係が維持できないということもありそうだった。
 日本版のニューズウィークに、この記事、翻訳されるのか、その後の2号を追ってみたがなかった。
 日本人向けの話でもないからなというのと、英語版のこのネタだが、同号に「Sex Addiction and the City」(参照)があるように、スティーブ・マックイーン(Steve McQueen)が監督した映画「Shame」から釣られたネタでもあるからだろう。同映画は、2011年ヴェネツィア国際映画祭で国際映画批評家連盟賞を受賞、主人公がヴォルピ杯男優賞(マイケル・ファスベンダー)を受賞し、ちょっとした話題になっていた。日本で上映するんでしょうかね。

 英国映画ではあるが、話は、ニューヨークの富裕なビジネスマン中年男ブランドンのセックス依存症を描くという作品。当然、エロなシーンは多くて18歳未満は鑑賞できない「NC-17」というレーティングとなった。まあでも、エロというより、薬物依存症のような陰鬱な映画だ。若者に見せると鬱になるからという配慮と受け取りたい。
 Newsweekの先の記事も、基本的にセックス依存症を薬物依存症と同系統に扱っている。記事は食いつきを狙ってか、女性の事例から始まっているが、実際には、当然という言うべきなのか、依存症は男性が多い。
 とはいえ、医学的な統計を元に語られているわけではなく、対処にあたる側の現場の声から導いている。背景としては、れいのIMFのドミニク・ストロスカーンやタイガーウッヅなどの話題もある。
 さらに背景として、流行の伝染病らしい部分にデジタル革命を置いている。いわく猥褻サイトが身近になりスマートフォンなどもそうした用途に使えるといったノリである。ただ、記事としては先にもふれたが、薬物中毒と同系統に落とし込んでいるので、セックスという特有の様相への考察は弱い。

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不倫の恋で苦しむ男たち
(新潮文庫)
 これは何かなとぼんやり思って、ふと鞄の整理をしていたら、ぽろっと未読の「不倫の恋で苦しむ男たち」(参照)が出て来て驚いた。なんとも奇妙な偶然。
 この文庫本、どう考えても5年前に自分で購入したものだろうが、記憶にない。なぜ買ったんだろうか。当時自分が不倫の恋で苦しんでいたわけでもない。
 なんとも奇妙な偶然だと読み始めると、面白いには面白い。
 テーマは不倫男の生態だから当然、中年男がいろいろ登場し、50歳を超えた、自分の年代の男の話もある。状況的には共感できないが、男の心情としてそういうことはあるかもしれないと理解できる面もある。
 だが、これ、なんというのか、一時代前の話ではないか。古いな。と、疑問に思い、当初の出版年を見ると、2001年であった。つまり、収録されている話はどれも10年前であり、50代の男性は、私の年代と思いきや、現在は60代。団塊世代。なるほどな、自分とは世代的な感性が違うなとも思った。もちろん、本書の40代の男は、今の私くらいの年代ではある。
 この本の50代の不倫男性は今60代か。お相手が40代くらいの女性だと、50代か。不倫も老いの領域に突入していくものか。その前に破綻しちゃうのか。どういう人生の風景なのだろうかといろいろ想像してみた。
 
 

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2011.12.07

[書評]知はいかにして「再発明」されたか―アレクサンドリア図書館からインターネットまで(イアン・F・マクニーリー、ライザ・ウルヴァートン)

 思想や知識について現代日本人の私たちは、定式として扱いがちだ。例えば、リベラリズムなど何々イズム。あるいは概念。例えば、一般意志、絶対精神といったもの。そしてそれをつい思想家または思想家の系譜として考えてしまう。リベラリズムなら、ジョン・ロックやジョン・スチュアート・ミルなど。概念についてはそれを生み出した思想家としてルソーやヘーゲルといったふうに。その配列や一覧表が思想史や思想と呼ばれてしまい、あたかも現代社会に生きて知を営むありかたが、その帰結であるように考えてしまうことがある。

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知はいかにして「再発明」されたか
アレクサンドリア図書館から
インターネットまで
 だが思想や知識というものは社会への機能からすれば、それらを枠付ける、知の制度にこそ重要な意味を持つのではないか。別の言い方をすれば、リベラリズム、一般意志、絶対精神といった主義や思想を、再解釈したり、現代に文脈化するのではなく、知そのものの、歴史社会における運動の流れを正確に理解しなおし、社会のなかで再構築していくことが、人類に可能な知やそれに基づく社会の構築に大きな意味を持つのではないか。
 つまり、現代社会の思想や知の構築には、どのような制度的な仕組みと歴史を持っているのか、その遍歴を構造的に理解しなおす必要がある。これを俯瞰的にさらに未来の展望から描いたのが、「知はいかにして「再発明」されたか―アレクサンドリア図書館からインターネットまで(イアン・F・マクニーリー、ライザ・ウルヴァートン)」(参照)である。扱われている知の制度は、現代文明が宿命的に負っている西洋の知が問われるが、イスラムや中国、インドなど他文明における知の制度の比較も扱われている。
 具体的に西洋知の制度は次の6つに分けられ、それぞれに章が当てられる。結論は第7章としてもよいかもしれない。

第1章 図書館 ――   紀元前3世紀~西暦5世紀(library)
第2章 修道院 ――   100年~1100年(monastery)
第3章 大学 ――    1100年~1500年(university)
第4章 文字の共和国 ――1500年~1800年(Republic of Letters)
第5章 専門分野 ――  1700年~1900年(disciplines)
第6章 実験室 ――   1770年~1970年(laboratory)
結論 そしてインターネットへ

 各制度はそれぞれその起源と終了あるいは最盛期の期限によって、歴史時間のなかで限界付けられている。年代を見ればわかるように、概ね知の諸制度の変遷と見ることができるが、各制度は時期的な重なりがあり、一つの時代から次の時代に転換するというふうに見られているわけではない。
 これらの知の制度だが、一見すると、世界史なり、あるいは思想史なりの従来の書籍を読んできた人間には、ごく当たり前なものに思える。率直に言えば、各章で言及されている史実については、新発見もなくさほど創見と言えるものもない。もちろん、その叙述を裏打ちする厚い教養はそれ自体で読み応えはあり、巻末注釈は、邦訳されていない基礎文献の貴重なリストといった趣もある。このリストだけでも本書の価値があるかもしれないほどである。
 本書にぐっと引き込まれるのは、これらの制度名とその時代を再考察したときだ。例えば、図書館というとき、初源が紀元前3世紀となれば、「薔薇の名前」(参照)からも連想されるが、ヘレニズム世界から続くアレクサンドリア図書館がすぐに想起されるだろう。そのとおりなのだが、ではなぜ本書ではこの制度が西暦5世紀に限界付けられているのだろうか。図書館は現代にも続くものであり、図書館学についてはむしろ近代が基礎になる。知の制度としてみるなら、図書館は紀元前3世紀に始まるとしても現代にまで続くものとして扱われるべきものであるように思われる。だが、本書はそうではない。そこに、本書の知の制度という手法の意味合いが強く反映している。文明がその存続と発展に依存する活動的な知の制度こそが問われている―そのことがこの限界付けに暗示されているのである。
 図書館に続く、修道院や大学も、歴史に限界付けられる知の制度として扱われている。修道院については、これもまた「薔薇の名前」が連想されるが、ある時代の知の制度としてごく常識的に本書のような限界付けが理解できる。だが、大学はどうだろうか。大学もまた本書では16世紀までに限界付けられている。これらは、世界史に馴染み深い人なら、ルネサンス期の自由七学芸、リベラル・アーツ(liberal arts)(参照)を意味していることがわかるだろう。リベラル・アーツは今日において大学の起源や規範として議論されることがあるが、今日の大学はむしろ本書の専門分野(デシプリン)が近い。
 「第4章 文字の共和国」は本書でおそらくもっとも知的興奮を誘う。歴史用語の"Republic of Letters"の定訳語を私は知らないが、本書の「文字の共和国」という訳語には翻訳者の苦心があったと推測される。歴史学的な意味から考えれば、「文芸会」「文壇」といったこの時代の知的サロンがこの用語から想起されるし、ルソーの伝記などから彼がこの"Republic of Letters"にどう関わったかなど読書人の常識でもある。だが、この章では、"Letters"の書簡的な意味合いや、印刷による「文字」の強調から、あえて「文字の共和国」の訳語が捻出されたのかもしれない。
 いずれにせよ、西洋近代を生み出す知は、文字による書籍や手紙をメディアとして知が国家を超えて興隆した「文字の共和国」であったことは再確認できる。もちろん、この軸でのみこの時代が総括できるわけではなく、ミシェル・フーコーが古典主義時代の「エピステーメー」として特徴付ける博物学などは、本書の枠組みでは文字の共和国と専門分野にまたがってくる。
 実験室という視点も興味深い(参照)。アントワーヌ・ラヴォアジエやルイ・パスツールはまさに実験室という知の制度としてくっきりと浮かび上がる。本書には言及がないが、バラス・フレデリック・スキナーやヴィルヘルム・ライヒなどもこの知の制度のある独自の廃退に近い意義を持っている。
 さらに「第6章 実験室」が興味深いのは、この知の制度が、世界の冷戦構造に伴いビッグ・サイエンスの登場によって限界付けられることだ。考えてみれば、量子力学なども黎明期においては小さな研究所でも可能であり、思弁が大きな意味を持っていた。しかし、現在では国家を必然的に巻き込み出している。本書が大きな問いを提出しているのはここである。
 専門分野や実験室という知の制度が、冷戦期を経て民族国家から帝国的な国家に従属する知の制度と化している現在の動向と、あたかもそれを水平的に分散し世界化しているかに見えるインターネットとの拮抗の意味を問うている。
 しかし、本書はその問題にはやや抑制的でもある。おそらくそれは、知の制度としてのインターネットがまだ不定型であるということに対して、知の働きそのものの本質的な謙虚さによるものでないだろうか。インターネットの興隆がそのまま、人類の新しい知の制度になるわけでもないことは、初期のブログのコメント欄とその後の変容からも自明のようにわかることだ。
 本書は、翻訳文としては読みやすいが、内容からすると、世界史の素養を要するという点でそれほど読みやすいものではない。また、章ごとの各論はそれぞれに興味深いが全体の知の制度の関連に意識を統制するのは難しいかもしれない。
 本書は、各論に興味があるのではなければ、邦訳書に付された長谷川一氏による手短な解説を読み、それぞれの知の制度への概要を理解したのち、「はじめに」と「結論」を読まれるとよいと思う。
 本書における「結論」は、いわゆる結論ではなく、人類の知の制度がどうあるべきかという、まさに私たちに迫る命題を明確に形作っているという点で、熟読される大きな価値がある。
 
 

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2011.12.06

[書評]さむらいウィリアム 三浦按針の生きた時代(ジャイルズ・ミルトン)

 本書「さむらいウィリアム 三浦按針の生きた時代」(参照)のメインタイトルはオリジナル「Samurai William: The Adventurer Who Unlocked Japan」(参照)のメインタイトルをそのまま受け、江戸という時代が築かれようとする時代に、英国人でありながら日本のサムライ(旗本)となったウイリアム・アダムス(William Adams)、日本名・三浦按針に焦点を当てている。

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さむらいウィリアム
三浦按針の生きた時代
ジャイルズ・ミルトン
 だが、白石一郎が三浦按針を主人公に描いた歴史小説「航海者―三浦按針の生涯」(参照)のような、フィクションを交えた、その生涯の物語描写とは異なる。かなり違うと言っていい。
 本書は、三浦按針に主軸を置きながらも、邦題の副題が示すように「三浦按針の生きた時代」という時代そのものを描き出している。実際のところ、ウイットに富む小説的な叙述の形式を取っているが、描き出す手法は正統の歴史学に近い。本書は、オリジナルの副題が示すように、西欧にとって未知の国であった日本をこじ開け、日本とはどのような近世の幕開けを持つ国かを開示してくる。
 繰り返すが、三浦按針の生涯の全貌が本書でわかるというものでもない。だが、按針の生涯への関心は欧米でも高い。オリジナルについた米国アマゾン評などからもうかがわれる。
 欧米人が按針に関心を持つのは、英国人がサムライになったという歴史の奇譚もだが、1980年に米国で放映されたテレビドラマ「将軍 SHOGUN」(参照)の主人公ジョン・ブラックソーン(John Blackthorne)のモデルとされているためだろう。
 本書は作者がジャイルズ・ミルトンであることからわかるように、彼が大航海時代の側面を描いた「スパイス戦争―大航海時代の冒険者たち」(参照)の続編または外伝といった趣きも強い。ポルトガル、イギリス、オランダの争いや東南アジアでの交易や香辛料の話は本書にも多く描かれている。だが本書の特徴は、交易より宗教、つまりイエズス会やフランシスコ会などカトリックと、日本を含めて展開されるイギリスやオランダなどプロテスタントの争いが興味深い。
 本書の前半は、按針が日本に至るまでの地獄のような航路のようすが史実にそって描かれる。よくこの悲惨を按針や、八重洲の地名の元になるヤン=ヨーステン・ファン・ローデンスタイン(Jan Joosten van Loodensteijn)が生き延びて日本に到達したものだと感嘆するとともに、歴史というものの不思議さも思わざるをえない。
 そして按針の幸運もだが、彼を見出して重臣とする徳川家康の、人物を見抜く人間的な力量にもあらためて驚嘆する。按針は大きく日本の歴史の方向を変えるのだが、その決定的な要因は家康にある。そのようすも本書が実に説得的に描いている。また、秀忠も狡猾な人物として印象深く描かれている。
 本書の後半は、大航海時代の東アジアの交易と日本の関わりに焦点が置かれ、ともすれば按針は脇役か、あたかも歴史の、重要だが小さな歯車のようにしか登場しない。代わりに、煮ても焼いても食えないような愚劣な英国人群像が登場する。
 率直なところ、この道徳観も持ち合わせないような人々が繰り広げるスラップスティックはなんなのだろうといぶかしくすら思える。しかも引き起こされる事件の尻ぬぐいは毎度、按針の役どころである。この経緯のなかで按針はまさに日本人のなかの日本人のようにも見えてくるのは、ペーソスのようでもある。
 滑稽な群像のなかでも群を抜いているのが、平戸商館長コックスである。彼は悪人とは言い難いが商才も知略もまるでない凡庸な人間である。中年に至っても女に振り回されるなさけない男でもある。だが、商館長としてそれなりのカネが使えるとなると、ガーデニングをしたり金魚を飼ったり、グルメに走ったり、あげく、日本の遊女に血道を上げる。
 いや、読みながら、こういうコックスのような人生に一抹の羨望も持つ。異国の美女を入れあげて放埒を尽くしてみたいものだなといったような。
 コックスを含めた英国商館の群像がここまで詳細に描けるようになったのは、1990年以降の歴史学の成果を取り入れているからだ。その意味では、本書は、この20年間のこの分野の新資料を駆使して描いている。
 実際本書を読みながら、いわゆる戦国時代物の通念から見る日本像とは異なる、意外な日本を感じることがなんどかあった。まったくの新しい知見とは言い難いのかもしれないが、全体像としては新しい視座のもとに日本の歴史を見直すという奇妙な体験が得られる。もっとも、史学者ならここは間違いと指摘できる箇所も多いようにも思えた(大坂冬の陣・夏の陣など)。
 按針については、一つ深く考え込まされることがあった。彼は日本人の妻を娶る。歴史小説だとどのようにも描けるが、実際のところは家康からあてがわれた女ではないかと私は思っていた。
 だが史実から考察するミルトンの描写を見ると、馬込勘解由の娘・お雪を妻としたのは、按針がお雪を愛したからにほかなるまいと思えてきた。愛以外に妻を娶る理由がない。そんなばかなことが歴史にあり得るのだろうか。愛などは物語にしか存在しない虚構にすぎないと思う疑念深い私だが、按針とお雪についてはそれ以外には理解できない。それはそれなりに自分には衝撃的なことでもあった。
 

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2011.12.04

[書評]河北新報のいちばん長い日 震災下の地元紙(河北新報社)

 今年はどんな年だったかといえば、東日本大震災の年だったと言うほかはない。NHKニュースに流れる災害報道の映像は見ていた。そのくらいは見るようにした。
 かつて大伴家持の晩年を偲んで一人旅して回った多賀城市の惨状は、胸抉られる思いがした。あまりの圧倒的な惨事に心がついて行けなくなった。自分について言えば、少し日が経って以降、震災についてはあまり考えないようにしていた。逃げていた。

cover
河北新報のいちばん長い日
震災下の地元紙
 そうもいかない。震災を少しづつ考えようと思ったとき、まず言葉が欲しいとも思った。映像やニュースではなく、その経験のただ中にいた、人間の言葉が欲しい、と。それが、この「河北新報のいちばん長い日 震災下の地元紙(河北新報社)」(参照)にはあった。
 書名「河北新報のいちばん長い日」は第1章の章題でもある。3月11日の、その当日から、奇跡的と言ってもよいだろう、翌日の朝刊を作り上げる12日の未明までの河北新報の活動がドキュメンタリータッチで描かれている。
 その冒頭は皮肉にも、あの日の午後1時、震災など想像もできない時刻、翌日の朝刊のトップの話題はないかと思いあぐねていた報道部デスクの述懐から始まる。そうなのだろう。平穏な日々、新聞社はなにが話題だろうかと気を配っている。だが、デスクはその思いに「のちに激しく後悔することなる」。想像だにできないことが起きた。
 惨状が真に迫るのは、河北新報社をも襲う激しい地震のさなか、誰も叫び声を上げなかったことだ。「人間は本当の恐怖を感じ取ると言葉を失うものだ」と記されている。壮絶な体験がつづく。その災害のなかで不可能と思えるような困難のなかで、新聞を発行しようと同社が一丸となっていく。
 私は無神経に思う、そんな惨状で命がけで新聞を作る意義があるだろうか、と。無理なら無理として、しばし休刊すればいいのではないか。私は、そんな程度の人間であり、本書を読みながら恥じることになる。
 同社は停電にはなったが、自動発電装置は稼働した。報道部の素材管理システムと整理部の組版システムは被害があるものの使える。輪転機も無事だった。だが、組版基本サーバーは倒壊し、自社では新聞が発行できない。
 そこで新潟日報との非常時の協定(号外は2ページ、朝刊は8ページまで組版が依頼できる)を活かして新聞の作成に取りかかることになる。そういう非常時対策があったのかということに無知な私は驚きもした。
 かくして当日夜の号外、そして朝刊ができあがる。1897年創刊以来、休刊日を除いて一日も休むことなかった河北新報が続く。そのことの意味は、東京在の私などには想像しがたいが、地元では大きな支えになっていたのだと知る。
 3月12日以降続く現地の取材のようすは凄惨という他はない。映像やニュース報道とは異なり、人間の目を通して見られた地獄のような情景が、人の思いを介して言葉になっていく。読者はそれを言葉として読み取りながら、理解していく。どれほど情報技術が発達しようが、そこに変わりないだろう。であれば、新聞記者、特にその地域に生きる記者たちの基本的な仕事には変わりがあろうはずがない。新聞というのはすごいものだなと素直に思う。
 河北新報の「河北」の名称は、「白河以北一山百文」(白河の関より北には一山が百文の価値しかない荒れ地)という、明治維新の際の薩長からの侮蔑を逆手に取った独立心を表している。と同時に、白河という地名が一つの目安になると言ってもよい。私は西行や芭蕉を偲んで白河の関へ一人旅したことがある。南湖公園で一人寂しくボートにも乗った。福島県の思い出である。
 震災は福島原発事故も引き起こした。河北新報も地元紙として取材にあたる。福島には11人の記者がいる。そのようすを描いた「第6章 福島原発のトラウマ」は記者の当事者としての、息を飲む描写が続く。記者はその場を去るべきなのか。当初、社は避難指示を出す。
 中島記者は15日に福島に戻る決意をする。28歳の女性・菊池記者は、いったんは故郷、佐渡に避難したが、19日に福島に戻ってくる。記者として悩むその間の日々の記録も本書に記されている。
 危険を冒しても現場に居たい。新聞記者魂ではあるが、それだけにまとめることのできない心情が言葉として本書には滲んでいる。記者の思いが、その後の福島原発報道の背後に裏打ちされていく。
 第9章は「地方紙とは、報道とは」と題されているが、この章だけではなく、本書全体が、未曾有の危機のなかで、まさに「地方紙とは、報道とは」が問われたことを示している。
 地方がどうあるべきか。地方の再生はどうするか。そうしたいかにも明瞭な問いかけには答えとなる各種の議論があるものだ。だが、答えなどあまり意味はない。
 地方が生きているということは、その人々の生活を写し取り伝える基本機能なくして成立しない。当たり前のことと言えばそうだが、その当たり前は、命がけの仕事ともなりうる。そこまでの使命感を支えるもの、それを信じられることが大きな意味を持つ。
 
 

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