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2011.10.29

海洋進出してくる中国にどう向き合うか

 海洋進出してくる中国にどう向き合うか。ブロガーなどが提言するような話題ではないが、とりあえず思うところを簡単にまとめて、関連の記事の紹介をしておこう。
 基本は三つある。(1)状況を見極めること、(2)中国の甘い提言に屈しないこと、(3)米国との軍事同盟を崩さないことである。
 一点目は、原則論よりも状況論を優先していくこと。原則論は議論としては受けがいいが実質的な外交上の成果をもたらさないうえ、問題をこじらせる。
 二点目は、いわゆる、「いったん紛争を棚上げにしてまず双方の経済利益を計る」という議論で、朝日新聞社説などでよく見かけるものだ。正論のように見えるが、これは単に、中国の海洋進出を許すだけの結果にもなり問題をこじらせる可能性がある。ではどうするかなのだが、基本は、中国を国際的な枠組みに誘導してタガを嵌めることで、それと経済メリットを勘案することになる。
 三点目は、前回おちゃらけ記事で書いたが、中国は軍事オプションを放棄しないし、今後の軍拡も停滞はしないので、対抗的な軍事オプションは欠かせない。日本の場合、実質自国のみの防衛は不可能なので、米国との軍事同盟を崩さないようにするしかない。
 議論を要するのは、二点目の棚上げ論を正論としてはいけないというテーマについてである。なぜか。
 これについては、今週の日本版Newsweekにも転載されていたが、ディプロマットに寄稿されたフランク・チン(Frank Ching)氏の「Abusing History?」(参照)が簡素にまとめている。資源開発にまつわる海洋紛争の際、中国は必ず棚上げ論を持ち出すがこれについては。


One compromise that China has offered to its neighbours is to shelve the territorial disputes and engage in joint development of natural resources. This was proposed by President Hu Jintao as recently as August 31, when he met the Philippine President Benigno Aquino.

中国が隣国に提示する妥協案のひとつは、領土紛争を棚上げして、天然資源の共同開発に従事しようとするものだ。最近では、8月31日胡錦濤国家主席がフィリピンベニグノ・アキノの大統領と会談した際にも提言された。

However, there are serious problems. Just what does China mean by this policy?

しかし、これには深刻な問題がある。この政策で中国は何を意味しているか?

The Chinese Foreign Ministry website explains: ‘The concept of “setting aside dispute and pursuing joint development” has the following four elements:

中国の外務省ウェブサイトはこう説明している。「紛争を棚上げして共同開発を求める」という考え方には、以下の4要素が伴う。

‘1. The sovereignty of the territories concerned belongs to China.
‘2. When conditions are not ripe to bring about a thorough solution to territorial dispute, discussion on the issue of sovereignty may be postponed so that the dispute is set aside. To set aside dispute does not mean giving up sovereignty. It is just to leave the dispute aside for the time being.
‘3. The territories under dispute may be developed in a joint way.
‘4. The purpose of joint development is to enhance mutual understanding through cooperation and create conditions for the eventual resolution of territorial ownership.’

1 該当領域の主権は中国に存する。
2 領土紛争の完全解消の時期が熟さないうちは、主権の問題は延期して棚上げにしておく。棚上げというのは、主権放棄を意味しない。当面紛争を避けるだけである。
3 紛争域では共同開発をしてもよい。
4 共同開発の目的は、協力を通して相互理解を強化し、領有権問題の最終解決の条件を作ることである。


 非常にわかりやすい。論点は、日本では誤解されやすいのだが、実は、経済問題よりも領有権にある。つまり、経済的な利益の一部を隣国に渡す構造を通して、紛争地域を中国領土とせよということなのである。
 ぶっちゃけて言えば、これ、中国庶民のボトムに至るまでの経済原則と同じ。同じ利権や賄賂の仲間にしてずぶずぶに引きずり込むという、あれである。
 なので、華僑のいる隣国地域では、この意味は明瞭すぎるので、統合性のある国民国家ならこんな提言は受け入れるわけがない。

These four points make it clear that instead of shelving the territorial disputes, the idea of joint development is China’s way of imposing its claims of sovereignty over the other party. Chinese sovereignty is the stated desired outcome of any joint development. No wonder that no country has taken China up on its proposal.

上記四点は、領土紛争を棚上げする代わり共同開発をするという考え方が、中国の領有権を押しつける手段であることを明確にしている。中国の領有権が、共同開発での既述の望ましい結果になる。中国のこんな提案を真に受ける国家は存在しない。


 より中国の現実に即していうなら、共同開発による利権は、中国内の地方権力を利して、中国の統制を蝕むという側面もあり、それを巧妙に利用できるくらいの芸当ができる国家なら逆手を取ることも可能だが、まさに現下の日本の状況では無理だろう。
 中国の言う、平和的な共同開発とやらのトリックはかくのごときチープな代物ではあるが、次の問題は、そもそもの、中国の領有権主張にある。これをどう見るか。
 中国の領有権主張については、二点の考慮が必要になる。一点目は、中国お得意の、意味をどんどん変えてくるという問題である。
 中国は1996年に国連海洋法条約(参照)を批准したのだが、この時、領有権の問題については関係国との協議することとしていた。だが2009年には、これらの領域にちゃっかり領有権を主張しはじめた。同時に、従来は中国領海の通航にのみ求めていた申請を排他的経済水域(EEZ)にも求めるようになった。ここで、公海の自由を国是とする米国とがちんこでぶつかるようになった。
 一言で言うなら、中国の国内でやるやり方を公海でもごりっと押してきたわけで、国際社会のルールを知らない田舎っぺにありがちな夜郎自大な所業である。中国のずるずるの意味の変化は、きちんと国際ルールに引き戻す必要がある。
 二点目はこの中国のずるずるの変化に関連しているのだが、中国における領土観の変化がある。これは中国にしてみると、国力が増加したことに合わせた当然の展開であり、これに基づいて領土観を見直し、国際世界に主張するということではあるのだろう。
 ではその変化、つまり領土拡張を支えるものは何かというと、これがまた笑ってしまうほどの歴史主義なのである。
 いわく、漢王朝の時代からこの海域ななんたらというお話である。歴史が領土の根拠というヘンテコな議論である。チン氏の記事はこの中国の態度について、「Abusing History?」、つまり、歴史の濫用ではないかと問うている。
 何が滑稽かといえば、国連海洋法条約は、歴史を領有権の根拠とはしていない点である。この条約は、あくまで近代国家間の合意として領有権を扱っているわけで、中国も批准した1996年にはそれに順応した振りをしていた。なのに、国際社会の契約的なルールをずるずると無視して、自国の歴史という文化による正統性を持ち出してきたわけである。チン氏もこれには苦笑して皮肉なコメントをしている。

And, if history is to be the criterion, which period of history should be decisive? After all, if the Qin or Han dynasty is to be taken as the benchmark, then China’s territory today would be much smaller, since at the time it had not yet acquired Tibet, Xinjiang or Manchuria, now known as the northeast.

であれば、仮に歴史を基準とするなら、どの時代が決定的であるべきであるか? いずれにせよ、秦または漢王朝が基準なら、チベットや新彊ウイグル自治区さらに現在北東として現在知られている満州は中国ではなかったので、今日の中国の領土はかなり小さなものになるだろう。


 近代史を顧みても、孫文すら満州を中国と認識していたか微妙なところだ。
 いずれにしても、文化や歴史を根拠に現代の外交や軍事の議論を言い出す中国に対して国際社会は、冗談はよせ、と言うほかはない。
 こうした自国の歴史という物語に依存する考え方は、戦前の日本や光復後の韓国のように、中華圏の文化にありがちな近代的な過渡期の倒錯の一形態でもある。よって、その社会を近代市民社会に漸進的に変化させるほかには、根本的な変革の道はない。
 中国についても、そうした市民社会変革の道を上手に歩ませるような手助けが必要であり、一部は近代化に先んじた日本の役割でもあるだろう。
 
 

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2011.10.28

いい加減にしないと寛大な中国様も切れますよ、と

 「太平洋」、英語でいうと"the Pacific"。形容詞なら"pacific"は「平和な」「紛争を終わらせる」という意味もある。だが、中国四千年、言葉というものは言葉、実体は実体、相和せず。あるいは言葉の端には誤差もある。
 18日、フィリピンと中国が領有権を争う南シナ海海域で、無人小型艇25隻を数珠つなぎで曳航していた中国漁船に、違法操業の疑いでフィリピン哨戒艇が接近した。中国漁船は振り切るように逃げたが、フィリピン当局は無人小型艇を取り押さえた。その後、中国側は返還を求めたものの、フィリピン側は拒絶(参照)。
 22日、韓国全羅南道・可居島西方約30キロの排他的経済水域(EEZ: Exclusive Economic Zone)で不法操業の中国漁船を韓国海洋警察当局が拿捕。すんなりとは行かなかった。中国漁船船員はスコップや棍棒を振り回して応戦、韓国警察はヘリコプターを出動させ上空から催涙剤を散布。ようやくの鎮圧で、船員31人を拘束(参照)。中国は引き渡しを求めている。
 中国様は大変ご機嫌斜めである。環球時報の社説「东亚离海上冲突越走越近了」(参照)に、ご不満をぶちまけた。
 残念、扶桑の平成の民、中国語はわからん。というわけで、英語版「Don't take peaceful approach for granted(平和的解決手段が当然だと思ってんじゃねーよ)」(参照)を覗いてみる。


Recently, both the Philippines and South Korean authorities have detained fishing boats from China, and some of those boats haven't been returned. China has been increasingly confronted with sea disputes and challenged by tough stances from the countries involved.

最近、フィリピンと韓国の両当局が中国発の漁船を拿捕したが、いまだ返還してない漁船もある。中国は海洋紛争に直面し、関係国から強面の態度で迫られることが増えてきた。


 こういうことされると、いかに寛大な中国様としても、困るんだよねというのである。

China has emphasized its reluctance in solving disputes at sea via military means on many occasions. Peace is vital for its own economic development. But some of China's neighboring countries have been exploiting China's mild diplomatic stance, making it their golden opportunity to expand their regional interests.

中国は海洋紛争の解決に軍事を用いることには不本意なのだと、ことあるごとに強調してきた。平和は経済成長に欠かせないものである。だが、中国の温和な外交につけこんで、自国利益の拡張の好機としようとする隣国がある。


 お困りの中国様。いったいどの隣国が困らせているのか。

What has recently happened in the South China Sea is a good example. Countries like the Philippines and Vietnam believe China has been under various pressure. They think it is a good time for them to take advantage of this and force China to give away its interests.

南シナ海で最近起こったことは、そのよい例だ。フィリピンやベトナムといった国は、中国がなにかと切迫していると思い込んでいる。彼らは、これを好機とし、中国の国益を断念させようとしている。


 フィリピンやベトナムは、中国が、自国民の不満や、地方債務やインフレといった各種の問題で弱体化しているとでも思っているのだろうか、と……。

Their inspiration is illogical and it is rare to see small countries using "opportunistic strategy" on bigger countries. Hard-line response will cause trouble for China, but if the problems and "pains" these countries bring exceed the risk China has to endure to change its policies and strategies, then a "counter-attack" is likely.

こうした隣国の思いつきは辻褄が合わない。小国が大国に対して「日和見戦略」とることは稀なものである。強行な反応は中国を困惑させるが、小国が起こす問題や労苦が危険をもたらすほどになれば、中国としても政策と戦略の転換を余儀なくされ、「反撃」もありうるのである。


 反撃などしたくはないのだ、大国中国は。小国というものは、大国を患わせてはならんである、おわかりかな。おい、そこのシャオリーベン、聞いとるか。

If these countries don't want to change their ways with China, they will need to prepare for the sounds of cannons. We need to be ready for that, as it may be the only way for the disputes in the sea to be resolved.

中国への対応を変えないなら、これらの国は数千の大砲を用意することになろう。海洋紛争を解決する手段がそれしかないようであれば、私たちにはその用意がある。


 しかし、しかしですよ。小国日本の大新聞にして日本国民の良心の証ともいえる朝日新聞などは、常々、話し合いによる平和な解決を求めている。朝日新聞を筆頭として、日本国民の良識の声は、中国様には通じないのものか。
 そこんとこ、どうなんでしょう、中国様、ずばり。

Conflicts and disputes over the sovereignty of the seas in East Asia and South Asia are complicated. No known method exists to solve these issues in a peaceful way.

東アジアと南アジアの海洋に関する主権の衝突と紛争は複雑なものである。平和に解決する手法は存在していない。


 な、なるほど、海洋紛争に平和的な解決はない、と。
 φ(..)メモメモ...
 このお諭し、きっと、朝日新聞や岩波書店など、日本の平和ジャーナリズムも理解することでありましょう。ははははは。
 とま、そういう話でしたとさ。
 中国修辞学のごく初歩でもあったのだが、これ引用以外の全文をよく読むと、さらに含蓄が深い。
 引用部でも、確かにトラブルを起こしているという点では、フィリピンとベトナムの二国もそうなんだが、当面の問題は、どう見たって、韓国。
 中国様、韓国にぶっち切れ寸前というところなのだが、だからこそ、韓国のハの字も出てこない。指桑罵槐のごくごく基本。当然、その後に土下座するのはシャオリーベン。
 では、もう軍事的解決にムキムキの中国様か、というと、そうでもない。
 英語版のこの社説はこれでもかなり抑制されていて、米国や日本の政策担当者には、「そこんところわかってくれよ」というメッセージも含まれている。というのは、最初の段落の末文にはこうある。

These events have been promoting hawkish responses within China, asking the government to take action.

こうした事態は、政府に実行を求める中国国内のタカ派を刺激してきている。


 胡錦濤政府としては、「軍部側の圧力を強くするようなことは、やめてくれよ」というのである。
 「小国は中国が弱体化していると思っているのだろう」と鼻息ふんふんさせているところも、実態は、「おれたち困ってんだよ、わかれよ~」ということである。
 ま、そうこと。
 では、日本としても、従来通り、朝日新聞社説的な鄧小平路線で、紛争は棚上げして共通の利益を目指そう、といけるかというと、そう簡単な話でもない。そのあたりは、また別の機会に。
 
 

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2011.10.27

[書評]サイバー・クライム(ジョセフ・メン)

 日本でも、「サイバー・クライム(ジョセフ・メン)」(参照)がようやく今月13日に翻訳・出版されるというので予約を入れておき、読んだ。情報産業の業界と限らず、その他の産業人や政治家にとっても必読といえる書籍である。これからの情報社会の問題や国際情勢を語る上で、すでに避けがたい古典ともなっている。逆にいえば、本書通読が可能なくらいの予備知識がないと、ビジネスも政治も立ちゆかないだろう。

cover
サイバー・クライム
 本書はもちろん一般読者向けに書かれ、基礎的な事項についても丹念に説明されているのだが、おそらくこの分野の基本知識のない人にとっては内容が難しいだろうとも懸念する。あと一段階から二段階かみ砕いた別の補助説明書が必要になるのではないか。ボットネットの仕組みなどについても、DNSとは何かということも含めて絵解きでじっくり説明したらよいのではとも思えた。しかし政治家にそうした説明書を読んでもらう時間はない。政治家をサポートするブレーンのかたは、本書が提起する問題点を手短にまとめて伝えたほうがよいだろう。
 本書は、ノンフィクションではあるが、上質なフィクションのように読めるので、逆にこれはそもそも上質な小説なのではないかと誤解するかもしれない。二人の主人公たちのキャラクターは際だっているし、悪役や悪の組織も魅惑的だ。情報技術な部分への抵抗がなければ、物語に引き込まれるように読める。作者メン氏の筆致は鮮やかすぎる。そして、ふと、これがフィクションではなくリアルな現実世界なのだと知ったとき、背筋が凍る。だからこそ、本書の提起するリアルな問題提起を早急に社会が受け止める必要もある。
 この点は出版社もよく理解しているようだ。この分野の専門家であり本書監修の福森大喜氏による「はじめに」は簡潔に書かれ、また巻末には筆者メン氏との対談が添えられていて、読書の便宜になっている。「はじめに」については、書店で手短に立ち読みもできるが、ネットでも公開してはどうだろうか。
 原書は昨年年頭、英米圏では「Fatal System Error」(参照)という表題で出版された。直訳すると「致命的なシステムエラー」となり、よくあるパソコンのエラーメッセージのようだが、含意は、わたしたちのこの現代世界というシステムが孕んでいる致命的な問題ということである。インターネットに依存しその恩恵にあずかる現代世界は、それゆえに強烈な悪をも含みこんでいる。その意味で、本書が日本で「サイバークライム」つまり、情報化社会の犯罪と改題されたのは理解できる。
 問題は、インターネットにメリットがあればデメリットがあるといったものではないことだ。現在世界の国家システムの本質的な悪がここに露出しているということが大きな問題なのである。
 本書では、特に米国のマフィアの実体と、国家と関連したロシア・東欧のハッカー集団が悪の絵柄で登場するため、あたかも国家間のサイバー戦争といった構図にも読めるのだが、問題は現状もう一歩進んでいる。国家と結託したハッカー集団はすでに軍事的な要素と不可分になっているのである。だから、そこには国家間の軍事協定と類似の国家間の調整が必要になるのである。この意味が日本の政治家に通じなければ、日本は高齢化問題や貿易問題、表面的な軍事脅威以前に、早々に立ちゆかなくなるだろう。神経系が麻痺した生物が生存できなのと同じことが起こりうる。
 本書は、2つのパートに分かれている。前半の主人公は、若き情報セキュリティの専門家、バーレット・ライアンである。天才的な能力を持つが、子供時代には読字障害も持っていた。日本では成功した天才を後から賛美する傾向があるが、今の時代に注目しなければならないのは、バーレットのような青年像である。
 物語は、バーレット青年に、インターネットを使ったカジノ、つまり、オンラインのギャンブル会社の防衛が依頼されるところから始まる。オンライン・ギャンブル会社はインターネットで賭博を行っているのだが、ここにハッカーたちが、「インターネット攻撃によってギャンブルシステムを利用不能にさせるぞ」と脅して大金をせびる。その要求を拒めば大量の通信がギャンブルシステムに集中し、システムがダウンする。
 バーレット青年はそれを当初、情報セキュリティの問題として対処していくのだが、彼自身、情報産業で起業したいという思いもあって、気がつくと、オンラインのギャンブルの世界に嵌っていく。そこにはマフィアに関連をもつダークな世界もあった。どうしたらよいのか。何が悪なのか。こうした問題を個人の倫理に問いかける、米国的精神風土の隠れた一面も興味深い。
 この時期、米国では新種のポーカーとしてテキサス・ホールデムが流行し、それがオンラインゲームと関わりをもっていた。あの熱狂の時代を知っていると、パート1の物語はさらに面白みが増すだろう。
 パート2は、英国サイバー犯罪対策庁(NHTCU)捜査官のアンディ・クロッカーの物語である。中年の彼はバーレット青年とは違い、根っからの情報技術分野の人ではない。むしろ、旧式な、いかにもタフでジョンブルの捜査官である。ハッカーを追い詰めるために、バーレット青年から情報を提供してもらい、単身悪の巣窟であるロシアに乗り込む。ロシアのなかでいかに味方を見つけていくのか、それは捜査以前に生存の条件でもある。パート2の物語は、上質なハードボイルドであると同時に、ロシアというものの本質をえぐり出す。この世界を熟知せず北方領土返還を息巻く日本人はいかに幼稚なことか。
 パート1とパート2、この二つの物語は完全に分離しているわけではなく、有機的に繋がっている。そしてそれは共通にサイバークライムの本質も描き出していく。見事というほかはない。
 しかし物語的に描かざるを得ないこともあって、サイバークライムの現状理解にとっては、筆者メン氏も理解しているのだが、すでに一時代前の話題になっている。古いのだ。
 それでもベーグルと呼ばれるウイルスの歴史はもはや基礎知識ではあるし、スタックスネットについても本書で言及されている。スタクスネットは、イランの核施設制御のウィンドウズを破壊するウイルスで、言うまでもなくこれはもう軍事兵器そのものである。本書は、通説どおりこれがイスラエルと米国が関与して作成されたとしているのだが、本書を仔細に読むと、マイクロソフトに食い込んだロシアのスパイとの関連は仄めかされている。
 現状、本書で言及されているボットネットの大半は昨年、マイクロソフトが尽力してかなり弱体化している。そのマイクロソフトの物語も別途読みたいところだが、なかなか見当たらない。
 いずれにせよ、マイクロソフトのおかげで、依然ボットネットはサイバークライムのインフラではあるものの、従来のように多勢で押していくタイプの攻撃はもう一時代前のものになっている。現下、標的型のサイバークライムが出て来たのは、こうした背景がある。と同時に、現在は、アンドロイドがサイバークライムの前線となる夜明けである。
 
 

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2011.10.26

カダフィ氏はいかに殺されたか その2

 カダフィ氏はいかに殺されたか。その話は先日のエントリー(参照)に書いた。それ以上書くこともないだろうと思っていたが、ツイッターで「これは米英が「国民評議会にカダフィを殺させた」って理解でいいですか? 」と訊かれ、少し困惑した。それだけではどう返答していいものかわからない。
 そこで「どう思いますか?」と問い返した。答えは、「少なくとも殺さないようにした、とか。また、英米が拘束しないようにした、とも読めます。あくまでリビアの国内問題問で処理させる」とのことだった。それも、率直なところ、よくわからなかった。何か前提が欠落しているのではないかとも思った。
 いずれにせよ、カダフィ氏の殺害については、もう少し補足したほうがよいのかもしれないと思い至ったので、もう少し書いておこう。話のネタはスレートの「Muammar Qaddafi should not have been killed but sent to stand trial in The Hague」(参照)である。今週の日本版ニューズウィークも取りあげていた。
 話は単純極まる。なぜ、カダフィ氏は裁判にかけられなかったのか? そのことにはどういう意味があるのか? この2点の疑問にどう答えるかである。
 記者のクリストファー・ヒッチェンズ(Christopher Hitchens)は冒頭、リビア問題に関わるフランス有力者にカダフィ氏の国際裁判を求めるメールを書いたと記す。


Simple enough? It is some time since the International Criminal Court in The Hague has announced itself ready and open for business in the matter of Libya.

難しいとでも? ハーグの国際刑事裁判所は、リビア問題を扱う用意があり、作業を開始すると発表してからそれなりに時が経過している。

But now Muammar Qaddafi is dead, as reportedly is one of his sons, Mutassim, and not a word has been heard about the legality or propriety of the business.

ところが現状、カダフィ氏は死に、その息子の一人、ムアタシムもが死んでいるにもかかわらず、この所業の合法性とその意味合いについての発言は聞こえてこない。

No Libyan spokesman even alluded to the court in their announcements of the dictator’s ugly demise.

リビア広報者は、独裁者の醜悪な死去の発表に際し、司法について仄めかしさえしなかった。

The president of the United States spoke as if the option of an arraignment had never even come up.

米国大統領は、罪状認否の選択肢などなきがごとく語っていた。

In this, he was seconded by his secretary of state, who was fresh from a visit to Libya but confined herself to various breezy remarks, one of them to the effect that it would aid the transition if Qaddafi was to be killed.

この件では米国国務長官も大統領と同様だった。リビア訪問を終えたばかりのクリントン国務長官は、カダフィが殺害されれば政権移行のタシになるだろうといった、脳天気なことしか言わなかった。

British Prime Minister David Cameron, who did find time to mention the international victims of Qaddafi’s years of terror, likewise omitted to mention the option of a trial.

デイビッド・キャメロン英国首相は、カダフィによるテロ時代の犠牲者が各国に及んだことを言及しつつも、裁判という選択について言及しないのは同様だった。


 リビアもその支援国も誰も、国際司法のことを言わなかったのである。
 忘れていた? まさか。これはどう見ても、国際司法でカダフィ氏を裁く気なんかなかったと見るほうが妥当だ。ヒッチェンズ記者がこう思うのも頷ける。

Among other things, this tacit agreement persuades me that no general instruction was ever issued to the forces closing in on Qaddafi in his hometown of Sirte.

なによりこの黙約によって、基本方針のある命令などカダフィの故郷シルトでの追討部隊にまったく発せられていないと私は納得した。

Nothing to the effect of: Kill him if you absolutely must, but try and put him under arrest and have him (and others named, whether family or otherwise) transferred to the Netherlands.

「やむを得なければ殺害するとしても、出来る限り、彼や彼の家族などの関係者を逮捕し、ハーグの国際刑事裁判所に移送せよ」といった命令はなかったのだ。

At any rate, it seems certain that even if any such order was promulgated, it was not very forcefully.

そうした命令があったとしても、強制力はなかった。


 生きたまま逮捕できたはずであった。

But Qaddafi at the time of his death was wounded and out of action and at the head of a small group of terrified riff-raff. He was unable to offer any further resistance.

死期迫るカダフィは負傷し、動けず、怯えた下っ端を率いているだけだった。彼はそれ以上の抵抗はできかった。

And all the positive results that I cited above could have been achieved by the simple expedient of taking him first to a hospital, then to a jail, and thence to the airport.

先述したような好ましい結果も、彼をまず病院に送ることで容易く得ることができたはずだ。それから牢に送り、空港へと移送もできた。


 国民評議会軍はそれができなかったと言うのだろうか。北大西洋条約機構(NATO)軍は関与してないとでも言うのだろうか。そうではないなら、これはどういう事態なのか。

But it will be a shame if the killing of the Qaddafis continues and an insult if the summons to The Hague continues to be ignored.

カダフィ家の殺害が続くならそれは恥となるし、ハーグの国際刑事裁判所へのの出廷命令が無視されるなら、侮辱行為となるだろう。


 カダフィ氏の殺害は、国際社会が無法そのものであることを示している。
 それは、私たちの恥でもあるし、法への侮辱でもあり、つまりは、正義への愚弄そのものである。
 
 

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2011.10.25

シャヴァヤトラ(Shavayatra)

 ヨガについては若い頃関心をもっていろいろ学んだり調べたりもした。今でもたまに気になることがあり調べるのだが、その過程で、シャヴァヤトラ(Shavayatra)について日本語のソースがなさそうに思えたので、気まぐれに書いてみたい。
 シャヴァヤトラは、英語圏では「61点リラクセーション法(61 point relaxation technique)」とも呼ばれている。身体の61の点に意識を移していくことでリラックスするらしい。
 シャヴァヤトラは名前から連想されるように、日本ではよく「死体のポーズ」とも呼ばれているシャヴァサナ(Shavasana)の一種のようだが、その関係はよくわからない。シャヴァサナは、死体のように寝ているだけの単純なアサナのように見えるが、アイアンガー師の「ヨガ呼吸・瞑想百科」(参照)を読むと、きちんとするにはそれなりにむずかしいことがわかる。
 シャヴァヤトラ(Shavayatra)の「シャヴァ」の部分はヒンディー語で「死体」の意味ではないかと思うし、ヒンディー語で「शवयात्रा」を引くと「葬式」とあるので、死に逝く作法という意味があるのかもしれない。

cover
Advanced Yoga Relaxations
 修法の出典は、ヒマラヤ研究所(Himalayan Institute)というところで、音声によるガイドは、ロルフ・ソビック(Rolf Sovik)師によるCDの「Advanced Yoga Relaxations」(参照)にある。他に、オーディブル版もある。詳しく知りたい人は、英語の朗読だが参考にするとよいだろう。
 さらにその伝承元だが、師匠筋のスワミ・ラマ(Swami Rama)による「Path of Fire and Light: A Practical Companion to Volume One」(参照)のようだ。同書では、この修法はShithali Karanaに続き、さらにYoga Nidraに続いている。
 ヨガ・ニドラ(Yoga Nidra)については、ググってみると日本で教えられているヨガでも扱うところがあるようだ。が、どのような修法なのかは、わからない。ウィキペディアを見ると、Swami Satyananda Saraswatiが起源のようでもあり、ラジニーシ(Bhagwan Shree Rajneesh)なども採用していたように書かれているので、各種の修法があるのだろう。
 シャヴァヤトラに話を戻すと、身体の61の点に順に意識を移していくということでリラックスするというものだ。仙道の小周天にも似ているが、骨格を伝わっていく点が違う。ウスペンスキーによれば(参照)、グルジェフのワークにも小周天に似たようなものがあり、フェルデンクライス・メソッド(参照)にも似たようなレッスンがある。つまり、瞑想技法によくある身体知覚(Body Scan)の一種でもあり、やってみると、類似性は感じられる。ただ、シャヴァヤトラについては、骨格を辿る以外に、チャクラの扱いが興味深いとも言える。
 ソビック師の指導では、点毎に青い炎をイメージするとある。番号の意識については、番号ありとなしの二通りがある。やってみるとわかるが、利き足ではないほうの指の識別知覚に番号留意の意識が重なると、独特の意識の保持が必要になる。眠くなるというタイプのリラックスではなさそうだ。
 そういえばこの手のものはオカルト風味なので、「そもそもリラックス効果なんかあるのか?」という疑問ももっともだが、妊婦対象にした研究( Indian J Physiol Pharmacol. 2008 Jan-Mar;52(1):69-76.)もあり、まったく無根拠というものでもなさそうだ。もちろん、医学的に確実な効果があるとまで言えるものではないのはもちろんのことだ。
 ソビック師の指導では、最初は31点までとしている。確かに、いきなり61点よりはよいのかもしれない。
 シャヴァアサナの状態で、指定された身体内の31の点(または61の点)について、額の中央の奥の点から、ひとつひとつ意識し分けて、青い炎がもとることをイメージし、次の点へと意識とイメージを移していく。
 身体の各センターはチャクラに対応しているかに見えるが、スヴァディシュターナ(Swadhisthana)・チャクラは含まれていない。理由だがスワミ・ラマはShithali Karanaについてだが、そう経典にあるからとのみ説明している。

1:額中央
2:首中央
3:右肩
4:右肘
5:右手首
6:右親指
7:右人差し指
8:右中指
9:右薬指
10:右小指
11:右手首
12:右肘
13:右肩
14:首中央
15:左肩
16:左肘
17:左手首
18:左親指
19:左人差し指
20:左中指
21:左薬指
22:左小指
23:左手首
24:左肘
25:左肩
26:首中央
27:胸中央
28:右胸
29:胸中央
30:左胸
31:胸中央

32:おへそ
33:恥骨部
34:右足股関節
35:右膝
36:右足首
37:右足親指
38:右第2指
39:右第3指
40:右第4指
41:右足小指
42:右足首
43:右膝
44:右足股関節
45:恥骨部
46:左足股関節
47:左膝
48:左足首
49:左足親指
50:左第2指
51:左第3指
52:左第4指
53:左足小指
54:左足首
55:左膝
56:左足股関節
57:恥骨部
58:おへそ
59:胸中央
60:首中央
61:額中央

追記
 シャヴァヤトラは日本語でどこかで読んだことがあるんだがと、書棚を見ていて「バイオフィードバックの驚異―心は血圧までコントロールできる (エルマー・グリーン、アリス・グリーン )」(参照)に気がついた。同書に、スワミ・ラマとの共同研究でシャヴァヤトラが掲載されている。ただし、「体の中を旅する」とある。実験結果では、被験者の脳波のシータ波がよく出るようになったらしい。
 
 

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2011.10.24

カダフィ氏はいかに殺されたか

 カダフィ氏はいかに殺されたか。シルトにいた英国ジャーナリスト、ベン・ハーマー(Ben Farmer)が今日付けのテレグラフに、参考になる、興味深い記事「Gaddafi's final hours: Nato and the SAS helped rebels drive hunted leader into endgame in a desert drain」(参照)を書いていた。
 シルトに追い詰められたカダフィはすでに観念はしていたらしい。追い詰める者が遠隔の地にいることも知っていただろう。


More than 6,000 miles away, deep in the lunar landscape of the Nevada desert, American specialists trained to their computer screens spotted unusual activity at around 7.30am in District Two. From their windowless bunker, lit by constantly flickering computer screens, the analysts directed their unmanned Predator drones to zoom in on the convoy as it picked up speed and headed west. Nato's eyes were suddenly trained on Gaddafi's convoy.

はるか1万キロメートルも遠く、月面を思わせるネバダ州の砂漠の奥深く、米国人のコンピューター画面監視専門者は、7時半、第二区で、尋常ではない動きを見つけた。不断に点滅するコンピューター画面に照らされつつ、窓もないその掩蔽壕から、監視の評価者は、急速に西に向かうこの部隊について、ドローンとも呼ばれるプレデター(殺傷能力を持つ無人偵察機)で拡大視察するように命じた。NATO(北大西洋条約機構)の目がまさにカダフィの部隊を捉えた時だった。


 カダフィは、イエメンでアンワル・アウラキ師を無人殺戮機で殺害した(参照)時と同様に、米軍の衛星によって発見され、欧州のNATO軍にも伝達されたのだった。後で触れるがリビアの人民には伝達されてはいなかった。

High above Sirte the heavily-armed American USMQ1 Predator drones, which are piloted by satellite link and can provide surveillance or fire missiles in all weather, day and night, had been circling.

シルト上空では、衛星中継で操縦され、いかなる天候でもミサイル発射のための監視ができる、重装備の米国製プレデターUSMQ1が旋回していた。

The aircraft, which can remain "on station" for up to 18 hours, were being remotely flown from Creech air force base in Nevada. One of the predator pilots had now received permission to attack the fleeing convoy.

18時間も空中任務可能なその飛行装置は、ネバダ州にあるクリーチ空軍基地から遠隔操作されていた。このプレデターの操縦者の一人に、今や逃げる部隊を攻撃する許可が与えられた。

Around 40 miles off the Libyan coast a Nato AWAC early-warning surveillance aircraft, flying over the Mediterranean, took control of the battle and warned two French jets that a loyalist convoy was attempting to leave Sirte.

リビア海岸沖65キロメートルの地点では、地中海上空を横断するNATO軍のAWAC早期警報用偵察機が戦闘の指揮を担い、カダフィ派部隊がシルトを脱出させなように、仏軍ジェット機に警告した。

As the convoy sped west, a Hellfire missile was fired from the Predator and destroyed the first vehicle in the convoy.

その車隊が西に急いだとき、ヘルファイア(地獄の業火)ミサイルがプレデターから放たれ、先頭車を破壊した。


 これでカダフィが死亡していたらアンワル・アウラキ師暗殺と似たような結果になっただろうが、そこは米国としても、米国と欧州による戦争であることがもろバレのヘマをするわけにはいかなかった。
 ハーマー記者はどう思っていたか。

By now, the NTC troops had realised that the loyalists were escaping and a small number of lightly armed rebels began to give chase.

今頃になって、国民評議会軍は、カダフィ派部隊が逃走したことに気がつき、軽装の反抗勢力があたふたしはじめた。

To me it seemed like a wild, chaotic situation. But we now know that it had, in fact, been foreseen by the British SAS and their special forces allies, who were advising the NTC forces.

私は乱雑で混沌とした状況だと思った。だがこの事態は、国民評議会軍を指導する、英国陸軍特殊空挺部隊(SAS)とその同盟する特殊部隊にとっては、予期されたことだったのだと今は理解している。


 リビアの解放を唱える国民評議会軍は、カダフィ殺害の急変時の埒外に置かれていたが、西側特殊部隊はこの事態を想定していたのだった。そりゃそうだ。クリントン米国国務長官によるリビア訪問を見ていたら、そろそろ頃合いだなとわかる。
 英国陸軍特殊空挺部隊(SAS)は、予定通りの仕事を始めた。

A senior defence source has told The Sunday Telegraph that at this point the SAS urged the NTC leaders to move their troops to exits points across the city and close their stranglehold.

軍高官は、この時点で、英国陸軍特殊空挺部隊(SAS)は国民評議会軍指導者に指示して、その部隊を都市の出口に移動させ、カダフィ派を袋のネズミとさせた。

After the Hellfire missile struck its target, the convoy changed direction, possibly hoping to avoid a further strike, before heading west again. It had begun to fracture into several different groups of vehicles.

ヘルファイア・ミサイルミサイルが標的を撃った後、車隊は、これ以上の砲撃が避けられるかもしれないと西に向かう前に方向を変えた。車隊がちりぢりになり始めた。

The French jets were also given permission to join the attack.

仏軍ジェット機もこの攻撃に参加する許可を得た。


 それでもカダフィは仕留められていない。そりゃね。

Col Gaddafi had survived the air strike, but was apparently wounded in the legs. With his companions dead or dispersed, he now had few options.

カダフィ大佐は空爆を逃れたが、足に傷を負った。死んだ同僚やちりぢりになった同僚とともに、彼が選択できることはほとんど残されていなかった。


 ハーマー記者が現場に駆けつけたときはすでにカダフィは殺害されていた。
 そこから先の話は、NHKとかでも報道されていたが、こんなもん。
 20日NHK「ダフィ大佐 攻撃受け死亡」(参照)より。

リビアの国民評議会の複数の幹部は、行方が分からなくなっていたカダフィ大佐について、国民評議会の部隊の攻撃を受け、死亡したことを明らかにし、首都トリポリなどでは、兵士らが喜びの声を上げています。

 
 

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2011.10.23

[書評]信長協奏曲(石井あゆみ)

 「信長協奏曲(石井あゆみ)」(参照)が面白いというので、じゃあと注文してみたものの、表紙を見て怯んだ。

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信長協奏曲 1
 釣り文句の「ごくごく普通の今どき高校生サブロー。そんなサブローがひょんなことから飛ばされたのは、なんと戦国時代! そう、彼はタイムスリップしてしまったのである」を読んで後悔した。
 が、この程度の後悔、我が人生の後悔の峻峰に添えても微々たるものよ。ところが、はずれた。面白いのである。めったくそ面白い。というわけで、出ているだけ、5巻まで買って読んだ。大人はいいぞ。
 はっきり言ってタイムスリップの小細工は、狂言回しであって、良くも悪くもない。道三や弾正に充ててくるのも、まあどうでもよい。漫画は漫画。面白いのは、プロット(筋立て)とキャラとディテールである。
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信長協奏曲 2
 キャラで、これはすごいなというのは、秀吉である。秀吉ってこういうやつだったんだろうなという疑念があったのだが、それがするするほどけて快感になってくる。浅井攻めの際の殿軍(しんがり)とか、ああ、なるほどねという感じ。もちろん、真相がそうだったかという話ではなく、こういうふうに解釈するのは面白いじゃんかということ。
 プロットですごいな、まいったなと思ったのは、協奏曲(コンチェルト)という、モダンというだけの思いつきの命名ではないかという印象のタイトルの意味がきっちり開示される3巻目の末である。つまり、この物語の主人公はサブロー信長一人ではない。ここまでは前振りであったか。やるなあ。
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信長協奏曲 3
 ディテールもなかなか笑える。桶狭間の戦いの功労者に武士名をつけるところで、いいかげんに「やなだまさつな」が出てくるが、簗田政綱である。戦の後、サブローに「でも場所は桶狭間ではなくて田楽狭間だったな……」とかつぶやかせるのも笑える。信長記との異同を含めた議論を踏まえていて、これはかなり資料を読み込んでいるなと思わせる。竹千代に鯛の天麩羅食わせるところやエロ本の逸話も笑える。なにかとディテールは笑える。作者は女性らしいので、いわゆる「歴女」というのか、よくわからないが。
 作者については、公式サイト(参照)に、「1985年9月24日生まれ。神奈川県出身」とあるので、26歳ということになる。若いな。他に代表作もないようなので、これが代表作として意気込んで書かれたか、出版編集側でかなりリキを入れたかなのだが、結果がよければよいでしょう。
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信長協奏曲 4
 印象にすぎないが、歴史の読みのあたりは、作者ひとりによるのではなく、スタッフの練り込みかなという思いは残る。プロットは小池一夫風味もありそう。また、絵の構図も、武者絵などを参照している印象もあるが、これは他にも見たことある感じだなという印象は強く、絵自体の斬新さはあまり感じられない。漫画通の人なら、この絵のタッチはなになにと系統的に分析できるのではないか。しかし、それがどうたらという話でもない。
 いずれにせよ、面白くて、成功しているし、この先、20巻くらいは続きそうなで今後も楽しみ、というところなんだが、作者の資質は、ちょっとこの路線とは違うんじゃないかなという感じもした。ので、そのあたりも。
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信長協奏曲 5
 1巻の巻末に特別ミニ読切「吸血鬼タマクロー」という、いい意味でしょーもない短編がおまけで付いているのだが、これが、作者のギャグの資質をよく表している、という点で見ていくと、そのあたりの資質が、お市の方や上杉家の女忍の表現に反映されていることがわかる。その微妙に、女性的と言うとまたそれは少し違うのだが、あまり類例のない性的な表現の資質が感じられるのが、この作家の才能ではないか。それが今後の表現にうまく統合できるとよいと思う。帰蝶のキャラを膨らませるのは無理っぽいので、つまり、そのあたりを強烈にした女性のキャラが途中から出せるか。あるいは、この作品が成功裏に終わっても、あまりこの歴史物語路線に拘らないほうがよいのかもしれない。
 3巻の表紙裏というかカバーの折り返しに、作者のひとこととして「日本各地、行ってみたい場所はたくさんあるんですけど、旅行とか嫌いなもんでなかなかどこにも行けません。かなしいです。」とあるが、案外すでに行っているのかもしれないが、安土には行ってみるといいんじゃないか。僕は安土の水郷に行って、シーズンはずれのせいもあって、たまたま舟を一人借り切って、船頭さんにいろいろ話をきいたことがある。よかったすよ。
 
 

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