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2011.10.13

オキュパイ・ウォールストリート

 「オキュパイ・ウォールストリート」だそうだ。カタカナで読むと、空目というか、豊満なるもの、あるいは荒野の干しぶどうといったなにか別のものに読み間違えそうだ。英語では、"Occupy the Wall Street!"。"occupy"には「連合国軍占領下の日本(The Allied Occupation of Japan)のように軍事用語的な含みがあるから、訳すと「ウォール街を占領せよ」ということだろう。
 「ウォールスト街」は巨大金融会社を比喩しているから、ようするに、「体を動かして働きもせずに金融なんてものであぶく銭を稼いでいるやつらをこらしめたれ」という衆愚なルサンチマン(怨恨)の運動であり、懐かしの20世紀の社会主義の情念である。9月の中頃から話題になってきた。
 とはいえ、これはいったいどういう運動なんだ? ということでいろいろ解説もつく。予想されていたことだが、茶会党(Tea Party)に対抗した運動になりうる、みたいな面白いお話をNHKまでも担ぎだした。
 基本は「ウォールスト街」でルサンチマンなんだから、あれである、リーマン危機以降のFF兄妹救済のように、国家のカネ、つまりワシらの税金で銀行員を救済したことへのやっかみである。普通に考えたら、この救済に反対していた保守派と同じ発想だし、つまりは茶会党の馬鹿騒ぎとさして変わらない。
 運動のぼそぼそとした立ち上がりと拡がりは、しかし、金持ちへのルサンチマンから各種の不定形のルサンチマンを巻き込み、「なんでもいいから不満をぶつけたれ」という分別なしのゴミ箱と化している。不満のロングテールである。飲み屋でくだを上げているのと変わらない。日本でもその路線でやるらしい。がんばれよ。
 しいて不満の核を取り出せば、2つある。(1)雇用の問題であり、(1)オバマ大統領への失望、であろう。後者については、日本人が日本の民主党に感じているように、こんなはずじゃなかったのになぁ、という失望を自分で味わうのがいやなので他にぶつけているのである。
 そうだったらアンチ・オバマで、アンチ米国民主党かというと、そうでもない。それどころか、これに乗じて労組も流れ込んでいるし、オバマさんも共感を示したりもしている。政治的に見るなら、行き詰まったオバマ政治の打開策として共和党議員に不満の矛先を向けてくれというところなのだろう。オバマさんを引き下ろしてヒラリーさんにすげ替えるという動きでもなさそうだ。
 デモで逮捕者は出ているが、中近東の動乱のようなマジなことにはならない。もっとも、ロングテールの全体が大きくなれば突発事校が起きないでもないだろうが、映像から見えないところで警察はぎっちり統制しているようなので、その懸念も少ないだろう。寒くなるまで続けて、日本吉例の越冬闘争のようにちょっと名前を変えて場所を変えてメディアの気を引いてみるかな、ここはあれ、ハロウィンに流れこんで楽しくして終わりにするかな。オバマさん、キャンディ、くれ。くれないと、いたずらしちゃうぞ。冗談ではない、運動の馬鹿騒ぎは個人宅への嫌がらせにも発展している(参照)。
 事態をもう少し客観的に見てみよう。つまり、映像になる話題だけ取りあげるのではなく、この馬鹿騒ぎを米国民はどう見ているのか。ロイターに報道がある。「Most Americans aware of Wall Street protests: Reuters/Ipsos」(参照)である。
 結論から言うと、「馬鹿だなぁこいつら」ではなく「そういうのもありだろ」くらいの肯定的なものである。「じゃ、どうなのさ」と聞くと、さして米国民の総意の回答といったものはない。デモに主張がないせいもあるが、受け取る側でも特に主張はない。
 米国というのはけっこう田舎っぺの集まりなので、国際報道で米国が取り上げても、おらが村でそんな話知ってるやつはいねえ、みたいところがある。「オキュパイ・ウォールストリート」はどうかというと、意外にも82%が聞いたことはあるとしている。
 うち、38%は好意的に見ている。35%は特に意見はなく、24%は好ましくないとしている。日本語でいうと、「ふーん」といったものである。「よくある馬鹿騒ぎだろこれ」という項目はないのは、馬鹿騒ぎ慣れした米人だと思いつかないのか。
 米民主党支持者と共和党支持者とではどうかというと、知っているかというレベルではさして違いがない。民主党で84%、共和党で82%。政治観の違いから、関心自体に差があるというものでもない。
 民主党支持者と共和党支持者が同じように見ているか。違いはある。民主党は51%が好意的で、11%が不愉快。共和党は22%が好意的で、44%が不愉快。無党派はというと、好意的が37%で、14%が不愉快。好感と嫌悪は国民性で基本が決まり、あとは政治的な視点からの段階的な差があるということだろう。
 自由の国なんだから、ああいうデモがあってもいいんじゃね、というと、うぜーと思うのといろいろ。それも自由である。
 
 

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2011.10.12

エジプトのコプト教徒差別

 8日付けの前回のエントリではあまり明確には書かなかったが、エジプトでは社会緊張の高まりから突発事件が懸念されていた。翌日9日夜から10日未明カイロで、コプト教徒のデモと軍およびイスラム教徒との衝突し、25人が死亡、320人以上が負傷した。
 エジプト国営テレビによれば、コプト教徒が南部アスワン(Aswan)の教会襲撃に抗議するデモを行っていた際、デモ隊による発砲で兵士3人が死亡し、これが大規模な衝突に発展したとのことだが、コプト教徒側では軍からの攻撃だと主張している(参照)。
 真相は公正に解明されなくてはならないが、今回の事態が惨事となったのは軍側の暴走が大きな要因であることは確かだ。クーデター政府としての軍部が国家という暴力装置として、諸暴力を収納する機能を果たしたわけではなかった。
 エジプトの軍部クーデター政府は、クーデターを偽装したい意図もあって、暴力装置としての治安機能を抑制する傾向があり、軍内の統制が取れずに事態を悪化させている。別の言い方をすれば、現状の軍クーデター政府は、国家という暴力装置として軍の暴力を十分に装置化できていない。そのため装置化されない暴力が露出する状態にあり非常に危険である。
 さらに軍内部では、大衆の不満の矛先を一割がたの少数グループであるコプト教徒に向けさせる傾向があり、今回の背景にもその印象がある。他方、民主化を求める勢力の一部が殊更に社会不安を醸成しようとする傾向もある。
 個別の問題として見れば、今回の惨事は、旧来からのコプト教徒とイスラム教徒の対立であるといえるが、今回の事態についての背景報道は日本では見かけなかった。そもそもコプト教徒についての説明も、日本ではあまり十分とはいえない。子供向けではあるが、典型的な例が産経新聞「まめちしき 「コプト教」ってどんな宗教?」(参照)である。


 Q エジプトでデモ隊と警官隊らの衝突(しょうとつ)が起き、多数の死傷者が出たと聞いたよ。デモ参加者は十字架(じゅうじか)を持っていたようだけど、どんな人たちなの?
 A コプト教と呼ばれるキリスト教の一派のことだね。コプトはエジプトを意味するギリシャ語。歴史はキリスト教初期にさかのぼり、7世紀にイスラム教徒がエジプトを征服(せいふく)する前からこの地域に住んでいた。エジプトでは人口約8400万人の約9割がイスラム教徒で残りの約1割がコプト教徒といわれている。
 Q なぜ衝突が起きたの?
 A 考え方や生活習慣の違いから、2つの教徒の間には根深い対立があるんだ。コプト教徒は被害を受けているにもかかわらず、なかなか事件を取り締まれない政府にもいらだっている。両者が仲良く暮らすことは、新しい国作りを行うエジプト社会の安定にとって、とても大事なことなんだ。

 前半の質疑応答については深入りしないとして、子供向けとはいえ後半の今回の事態に関わる部分については、十分な説明になっていない。
 一番の理由は、今回のコプト教徒のデモの理由であるアスワン教会襲撃事件がこれまで十分に報道されてこなかったように見えるからだ。
 コプト教徒への弾圧については、このブログでは6月22日「残念ながら簡単に言うとアラブの春は失敗: 極東ブログ」(参照)で少し言及したが、今回の事態の背景は込み入っている。
 デモの背景となった事態を9月30日のAP報道「Mob attacks Christian guesthouse in southern Egypt」(参照)から見てみよう。

Officials say hundreds of people attacked a Christian guesthouse in southern Egypt after its caretakers erected a dome with a cross atop the building.

当局によれば、南部エジプトでキリスト教ゲストハウスのドーム屋上に十字架を設置した後、数百もの群衆がこのゲストハウスを襲撃した。

The mob took down the dome with the cross and accused its caretakers of trying to convert the building into a church without permits.

暴徒は十字架をドームから引き下ろし、認可なく施設を教会に改造しようとしたとして管理者を告発した。


 問題はこのゲストハウスである。
 今回の日本での報道は、しゃあしゃあと「教会襲撃」と書かれているが、当時のAP報道では「ゲストハウス」であった。しかし、ドームと書かれているように、実際には教会なのである。
 どういうことなのか。
 実は、コプト教徒は実質新設教会を持てない宗教的な差別状況にある。フィナンシャルタイムズ「Religion, tolerance and Egypt’s tumult」(参照)が簡素にまとめている。

Egyptian law makes it far harder for Copts to build a church than for Muslims to build a mosque. The result is that Christians despairing of being granted permission to build a place of worship apply for the right to build something else, which they then adapt into a church. Too often, the sudden appearance of unauthorised churches leads to tensions with local Muslims. The sooner such laws are removed, the better.

エジプト法律は、コプト教徒による教会建築を、イスラム教徒によるモスク建築よりはるかに困難にしている。その結果、礼拝所建設認可を断念したキリスト教徒は別の施設建設権を申請することになる。それをその後に教会として使う。このため頻繁に、非認可の教会の出現はその地域のイスラム教徒と緊張をもたらす。このような法律の撤去は早ければ早いほどよい。


 つまり、コプト教徒としては新教会が持てないため慣例的に「ゲストハウス」と称するしかなく、これは実質的にエジプト法制度による構造的な宗教差別を形成している。

There are limits, however, to what even the best-run police force can achieve if the laws it enforces are discriminatory. The Scaf must also overturn the less overt, but no less pernicious forms of legally-sanctioned discrimination with which Copts routinely struggle.

実施されている法律が差別的なら、警察組織が良好に運営されていても限界がある。軍最高評議会は、さほど有害ではない法的を根拠とする差別ではあるが、コプト教徒が日々格闘している差別を明白に転換する必要がある。


 しかし、それは実施されていない。おそらく実施される見込みもない。少数者を弾圧するのことは独裁的な政治の常套だからだし、この陰湿な抑圧構造こそがこのクーデター政権の本質なのである。
 しかし、ここでも核心的な問題は社会制度ではなく、やはり経済なのである。フィナンシャルタイムズの指摘はその点では示唆深い。

The Scaf’s task will be easier if it can jump-start Egypt’s ailing economy. As often as not, it is competition for scarce resources, rather than ideological difference, that sparks inter-faith conflict.

軍最高評議会が、不調の経済を活性化できれば、事態は容易になるだろう。たいていの場合、異教徒間の衝突は、考え方の相違よりも、稀少な資源の争奪なのである。


 フィナンシャルタイムズがわかっていないのは、エジプト経済を蝕ませた張本人が、西側報道に乗じて大衆を煽動させクーデターを仕掛けた軍部だということだ。


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